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夏のおわりに

夏のおわりに(東條と猛田)

「どうした、食べないのか」
「いや、食うけど」
 何食わぬ顔でスプーンを口に運ぶ東條を見ながら、猛田も彼にならってスプーンを手に取った。山盛りの氷に緑色のシロップがたっぷりとかかって、さらに仕上げとばかりにぐるりと練乳が乗っている。ごくりと唾を飲み込んで、大きめのスプーンですくい上げたカキ氷を頬張る。冷たいそれは運動後の火照った体に心地よく、一口食べると目の前の東條のことなんてすぐにどうでも良くなって、猛田は夢中でスプーンを動かした。冷たい氷に頭がキンと痛む。
「そんなに慌てなくても、氷は逃げないぞ」
 珍しく穏やかな顔で微笑んでみせた東條に、この頭の痛みは決して氷のせいだけではないだろうと猛田は考えていた。
 
 ことの発端は、偶然居合わせてしまったバッティングセンターから始まる。休日の日課として猛田には毎週通っているバッティングセンターがあるのだが、運悪くそこで東條と出くわしてしまったのだ。予想外の人物にどうすればいいのか分からず、まずはいつもの通り喧嘩を売り、気が付けばそのまま勝負をすることになっていた。どうせ勝負をするのなら何か賭けねば面白くない、そんなことを言いだしたのは一体どちらだったか。売り言葉に買い言葉、今となっては記憶もはっきりしないが、特に思い出す必要もないだろう。
つまり、この氷は猛田が勝利した報酬であった。もちろん代金を払うのは東條である。バッティング勝負に勝った猛田は、分かりやすく何か奢ってもらうことにしたのだった。
「ここにはよく来るのか?」
「ん、ああ」
 氷を口に運びながらゆったりとした口調で尋ねてくる東條にどこか居心地の悪さを感じながら、猛田はごまかすように氷を頬張った。思い返してみれば、こんな風に二人でゆっくりと話す機会など今までなかったので、どうしていればいいのか分からない。東條と一緒にいると、猛田はいつも言いたいことの半分も言えなくなってしまうのだった。
 だいたい、ここは猛田馴染みの喫茶店であるはずなのに、どうにも落ち着かない。バッティングセンターへ寄った後、ここで甘味を食べて帰るのが猛田の習慣であり、密かな楽しみであった。本来ならば、普段通りパワフルデラックスパフェを食べるつもりだったが、東條の手前やめておいた。べつに東條の財布に気を気を使ったわけではない、男なのにそんなものを頼むのかとからかわれるのがイヤだっただけだ。しかし、東條はそんな猛田の気持ちなど知る由もなく、のんびりと氷を食べている。意外だが、どうやら東條も甘いものが好きなようだ。
「……イチゴ、好きなのかよ」
「ん?」
「やっぱ、なんでもない!」
 東條の食べているそれは、赤いシロップがたっぷりかかったイチゴ味だった。東條とイチゴ味、意外だなと、ただ単純にそう思っただけだ。猛田は残りの氷を一気にかきこみながら、東條と赤色の組み合わせは本当に似合わないと一人で納得をした。

「待たせたな」
「べつに」
 会計を終えた東條が店から出てきたので、一足先に外で待っていた猛田はさっさと歩き出した。振り返って一言礼を言うと、東條は少しだけ驚いたような顔をしてから笑った。びっくりした猛田は思わず足を止めてしまったのだが、東條が構わず歩いていくのでどぎまぎしながらそれに続いた。
 夕焼けに染まる空を見上げていると、なんだか途端に寂しいような不思議な気持ちが胸を満たして、猛田はそんなことあるはずがないと首を振った。東條とここで別れることが寂しいだなんて、そんなことこれっぽっちもあるわけがない。ただもう少し体を動かし足りないと思っただけだ。
「おい、猛田」
  ぼんやり歩いているといつの間に隣にいたのか、東條の顔がすぐそばにあった。心底びっくりした猛田は変な声を出して、飛び退いたついでにあやうくひっくり返りそうになった。なんだよとわざと機嫌悪く答えると、なぜだか東條は笑っている。
「お前、この後時間あるか」
「あるけど……なんだよ」
「一緒に練習して帰らないか」
「練習って……じきに日も暮れるぞ」
「まだボールは見えるだろう」
 なんだか物足りないような顔をしているしな。どうやらすべてを見透かされているらしい、東條はさらりと言うと猛田のことなど構うことなく再び歩き出した。そんなに自分は分かりやすいだろうか。こいつのこういうところが苦手なのだと猛田は思ったが、確かに体を動かしたいのは本当だったので何も言い返さなかった。
「東條、お前また負けたら奢りだからな」
「問題ない。次に勝つのはオレだ」
「ぜってえ、次も負けねえ!」
 二人分の声が夕暮れに溶けていく。猛田が嬉しそうに笑っているのを見て、東條もまた笑っていた。





ーーーーーーーー
約九年ほど前に、お世話になった方へ向けてこっそり書かせてもらったものでした。
その節は大変お世話になりました。
あっという間に時間が過ぎてしまいましたが、お元気でいらっしゃいますでしょうか。
当時、楽しくお話させてもらったことを思い出しながら、このたび掲載させていただきました。
またいつかどこかで、一緒に猛田くんのお話が出来たら嬉しいなあと、ささやかな祈りを込めて。

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