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夢のおわりははじまりの鐘

10カイザース/主友


「パワプロさん。これ、お返しします」

そう言って友沢がオレに差し出したのは、ひとつのグラブだった。それはずいぶんとくたびれていて、はっきり言ってしまえばもう使えないだろうと思うほどぼろぼろのものだった。自分の方へ差し出されたグラブと友沢の顔を見比べる。友沢は眉のひとつも動かさずにオレを見ていた。そのまま思わず受け取ってしまったが、正直何も思い当たることはなく、オレは首をかしげた。

そもそも、友沢にこうして話しかけられたこと自体が初めてなのである。オレはこの頃ようやく調子を上げてきたプロ野球選手で、友沢はつい最近同じチームに入団してきた期待の大型ルーキーであった。今までに面識もなければ、あいさつ以上の話をしたこともない。
しかし、わざわざオレの自主練が終わるのを待ち構えていたかのように現れた友沢には、明らかに何か意図があるように思えた。そんなことを考えながら相変わらず首をかしげたままのオレに、友沢は焦れたように、そして半ばあきれたように口を開いた。

「まさか、なんにも覚えてないんですか?」

はあ、としらじらしく溜息をついた友沢はオレの顔をまじまじと眺めたあとにグラブを指さした。

「それ、昔あんたがオレにくれたんですよ」

そう言うと友沢は再び黙ってしまい、じっとオレの顔を眺めた。その仕草に何か記憶の端に引っ掛かるものを感じたが、しかしオレはそれ以上何も思い出すことができなかった。
どうやら友沢はオレのことを知っているようで、知っているどころかオレが渡したらしいグラブを返しにきたという。
オレは困り果てて、手の中にあるグラブに目を落とした。ずいぶんとくたびれたそれは、ぼろぼろではあるもののしっかりと手入れがされていて、何度も修復をしながら大切に使ってきたことが分かるものだった。思わずはめてしまったそれは驚くほど自分の手に馴染み、オレはグラブの感触を確かめるように何度も開けたり閉めたりを繰り返した。友沢はやっぱり黙ったままこちらを見ている。

「うーん…」
「あんたって人は…ほんとうに、何も覚えてないんですね」
「うん…悪いけど。人違いじゃない?」
「まさか。オレは、あんたにこれを返すために今日までやってきたんだ」
「そう言われても…確かに、このグラブはずいぶんオレの手に馴染むみたいだけど」
「友沢亮」
「え?」
「友沢亮。オレの名前」
「それはもちろん知ってるよ」
「…」
「…あっ?」

射抜くようにこちらを見つめる友沢の瞳の色に、オレは、ここではないいつかどこかで同じ色を見たことを思い出していた。そうだ。あれはもう何年前の話だろう。公園で、一人の中学生に会った。野球をしていたその子とは、そのあとも何度か偶然鉢合わせすることがあった。そうだ、あれは確か…

「まさか、お前があのときの中学生なのか?」
「だからそうだって言ってるでしょ。思い出すの遅すぎですよ」
「友沢…そうだ、友沢!お前、プロになったのか!」

ようやくすべてを思い出したオレは、嬉しさのあまりぐしゃぐしゃと掻き混ぜるように友沢の頭を撫でまわしたのだが、当の本人はそれが気に入らないようで、うっとうしそうな顔をしていやがるような素振りをしてみせた。しかしそれだけで、実際にオレの手を振りほどいたりやめるように言うことはなかった。すべてを思い出したオレは満面の笑みで友沢に声を掛ける。

「プロ入りおめでとう!オレは、お前なら絶対大丈夫だって、あのときから信じてたよ!」
「…うす」
「しっかし、まさか同じチームになるとはなあ!あのときの中学生と!」

どうやら照れているらしい友沢は、明後日の方を向いたまましきりにそわそわと視線を泳がせた。その様子を見ていれば見ているほど、オレの頭には数年前の記憶が鮮明に蘇ってくるのだった。
とんでもない野球センスを持っているにも関わらず、あの日偶然スポーツ用品店で再会した友沢は、もう野球をやめるとオレに言ったのだ。今でも詳しいことは分からない、しかし、家の事情でもう続けられないと確かに言っていた。野球は、金がかかる。だから、やめるのだと。そのときに、オレはふたつ持っていたグラブのうちのひとつを友沢に手渡したのだ。間違いない、はっきりと思い出した。

「でも、これはオレがお前にあげたものなんだから、べつに返してくれなくても…」
「あんたはあの日、グラブを受け取らないオレにこう言ったんだ。グラブをあげる代わりに自分の学校を応援してほしい、自分を応援するのと交換にこれをくれるって。きっと甲子園に行くから、その応援をしてほしいって」
「ああ、そういえば、そんなことを言ったような…」
「でもオレはもう、あんたを応援することは出来ないから」
「…どういうことだ?」
「オレは今まであんたを応援することしか出来なかった。でも、これからは違う」
「?」
「オレはプロになった。これからオレは、やっとあんたと同じところで野球ができる。…オレたちはもう、ライバルだから」

もうオレにあんたの応援をすることはできないから、返します。

そう言う友沢の目は、確かにオレを挑発していた。自分はオレと肩を並べて競い合うライバルなのだと、堂々と宣告しているのだ。遠目から応援するのではなく、今後は切磋琢磨し合いながら競うライバルなのだと。
思わず笑み崩れてしまったオレに、友沢はびっくりしたように瞳を瞬かせた。

「ルーキーのくせに生意気ばっかり言いやがって、こうしてやる~!」
「わっ、ちょ、やめてくださいよ、大人げない!」

オレにくすぐられた友沢は、いやそうな顔をしながら笑うという器用な芸当を披露していたが、くすぐっているオレの方こそ笑えてきてしまって仕方がなかった。他に誰もいない室内演習場に二人分の笑い声が響く。
そうして散々笑い合ったあと、友沢は生意気そうな笑みを唇に乗せて言った。

「オレ、腹が減りました。先輩なんだからなんか奢ってください」
「ったく、もっと可愛げのある誘い方はできないのか?久しぶりに再会した先輩の話を聞きたいです!とかさ」
「寝言は寝てから言ってください」

そう言って振り返った友沢の顔があんまり優しく笑っているものだから、オレはたまらず、もう一度だけその頭を撫でた。ぽふぽふと何度か撫でると、友沢は今までに見たことのない複雑な顔をしていた。その口から、「子ども扱いするな」という批判の声が聞こえてくる前に、オレは何が食いたいかと友沢に尋ねるのだった。


―――――――――――――――――――――――
2011の、高校生の主人公が中学生の友沢にグラブを渡すというイベントにしこため夢を詰め込んだ結果
かわいすぎました

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