ひとつの結末
ポケ7/ スポーツドクター進と高校生の主人公
キャッチボールしませんか?
おそらく断られるだろうと思って言ってみたのだが、意外なことにも返事はオーケーだった。たまにはいいかもね、笑った猪狩さんはなんだかいつもより楽しそうに見えた。
「だけどボク、グラブもなにも持ってないけど」
「あ、もちろんオレの貸しますから」
野球道具が一式入っている鞄をごそごそと漁る。部員のみんなには野球バカだと言ってからかわれるのだが、オレはどこでもキャッチボールができるようにいつもグラブを2つ持ち歩いているのだった。もちろん今日だって例外ではない。
言うと、猪狩さんは目をくりくりさせた後にくすりと笑った。キミは本当に野球が好きなんだね。
柔らかい日差しが心地良い午後のひととき。特に目的もなく住宅街をぶらぶらと歩いていたところ、また猪狩さんと出くわしたのだった。猪狩さんとここでばったり出会うのもこれで何度目かになる。この辺りに何か用事でもあるのだろうか。挨拶もそこそこに身体の調子を尋ねてくる様子は相変わらずで、いつもと変わらぬ仕事熱心ぶりにオレは笑った。
だって、この前なんて会って早々いきなり上着を脱がされたのだ。あれには面を食らったが、どうやら彼は夢中になると周りが見えなくなることもしばしばらしかった。
「キャッチボール、どこでやります?」
「そうだな…ここからなら河原が近いんじゃないか?」
意外なことに結構乗り気らしい猪狩さんは自分から提案すると、先頭を切って歩き出した。大人しく彼に従って後ろをついていく。ひょろりとしていて細身だが、猪狩さんは結構背が高い。自分よりも少し高い位置にある頭を眺めながら、オレももっと背を伸ばそうと心に決めた。自分よりも背の高い人を見るとどうしても羨ましくなってしまう。成長期なのだから焦らなくてもこれから伸びるだろうと周りには言われるが、オレは早く身長が欲しかったし、大きな体になってもっと野球が上手くなりたかった。
猪狩さんの結び髪がひょこりと揺れる。
「後ろを歩かれるとなんか気になるな。隣に来てよ」
「あ、ああすいません…猪狩さんって意外と背が高いですよね」
「意外とは余計だけど…パワプロくんは、これからが伸びる時期だよ」
「そうだといいんですけどね」
「成長期だからな。そのためには健康的な食事をとって、よく運動してよく寝ること。休むことっていうのは、キミが思っているよりもとても大切なことなんだよ」
話しているうちに視界が開けて、いつの間にか河原についていた。この近道は今まで通ったことがなかったので、これからはこの道を使ってみようと思う。どうやら猪狩さんはこの辺りのことにかなり詳しいらしい。
「じゃあさっそく始めようか」
「どうぞ、これ使ってください」
「ありがとう」
グラブを受け取った猪狩さんは早速左手にはめると、感触を確かめるように2、3度開いたり閉じたりを繰り返した。
「よく手入れがしてあるね」
「グラブをいじってる時間が好きで」
ボールをぽいと渡して距離をとる。どうぞと大きく手を振って合図をすると、猪狩さんは緩やかな動作でボールを放った。それはしっかりとグラブに収まって、オレはボールをつかむと猪狩さんのしたようにゆっくりと振りかぶって返球をする。やっぱりキャッチボールは楽しいし、野球はとても楽しい。見ていると猪狩さんも楽しんでいるようだった。朗らかに笑うその顔からは、どこか張り詰めているいつもの空気は微塵も感じられない。
「そういえば、パワプロくんは投手だったね」
「あ、覚えててくれたんですね」
「もちろん」
「この前はゴムチューブありがとうございました、使ってます」
「それは良かった」
和やかな会話を繰り返しながらしばらくキャッチボールを続けていたが、猪狩さんは急にその手をとめるとにやりと笑った。
「パワプロくん。ボクが座るから、ちょっと投げてみてよ」
「ええ?」
「肩はあったまっただろう?」
「そりゃあ、まあ」
「この前はモーションだけだったけど、今日は実際に見れるからね」
この前指摘したフォームが直っているかどうか見させてよ。そう言った猪狩さんはボールを投げ返すと、こちらの返事もきかずに座ってしまった。仕事熱心なところは変わらないらしい。
いそいそとボールを待つその様子にオレは確信をする。猪狩さんは、やっぱり野球が大好きなのだ。キャッチボールをしていて、オレはすぐに思った。ボールに気持ちが乗っている。
「防具もなにもないし、本気では投げないでくれよ」
「分かってますよ」
座った猪狩さんは悪戯っぽく笑う。猪狩さんの構えたミットのど真ん中、オレは振りかぶってストレートを放った。ボールは小気味の良い音でミットに収まり、ナイスピッチという声と共に返球される。その一連の動作を見て、オレは少なからず驚いていた。
「猪狩さん、野球部だったって言ってましたけど、キャッチャーだったんですね」
「どうしてそう思うんだい」
「どうしてって、だって、普通ボールがミットに収まったときそんないい音しないですよ。キャッチングが上手すぎます」
「はは、そんなに褒められるとはね」
再び猪狩さんがミットを構える。今度は外角低めいっぱい、ここに投げろと要求しているのだ。ぐ、と構えられたミットを見る。猪狩さんはもう笑っていなかった。
要求されるまま、オレは何球もボールを投げた。そのたびにボールは気持ちよくミットに吸い込まれ、オレはいつしか夢中で投げていた。猪狩さんは一度もこぼさなかった。
「ふう。パワプロくん、いいボール投げるね。だけど、やっぱりまだひじの位置が下がるときがあるから、それを意識して」
「分かりました」
「それと、ボクは確かにキャッチャーをしていたこともあるけどね。ボクはキミと同じピッチャーだったよ」
「そうなんですか?」
猪狩さんが嘘をつくとも思えないし(そもそも嘘をつくメリットが見当たらない)、こんなにキャッチングが上手いというのに彼はピッチャーだったらしい。
一瞬、キャッチャーから転向した理由を尋ねようとも思ったが、やめた。きっと何か事情があったのだろう。
「キミの決め球はなんだい?」
「まだ模索中ですけど…一応、スライダーです」
「そうか、スライダーか」
再び猪狩さんが座ってミットを広げる。どうやらスライダーを投げろという意味らしい。要求されたまま、オレはスライダーを放った。当然のように捕球した猪狩さんは、少しだけ考える顔をしてからオレに言った。
「パワプロくん。今のがキミのスライダー?」
「はい」
「するどく変化したな」
「えっ?そういえば、ちょっとにぎりを変えてみたんだっけ」
「ひょっとしたら、もっといい変化球になるかもしれない」
ただ、身体の負担が増えるから、変化球を磨くのはもう少し後になってからだな。そう言った猪狩さんは立ち上がってこちらに歩いてくると、オレの掌にボールを握らせた。もう少ししたらアドバイスしてあげようとも言ってくれた。
「実は、ボクの決め球もスライダーだったんだ」
「へえ!そうなんですか」
「懐かしいな」
猪狩さんはグラブを見つめたまま言ったが、その目はグラブではなくどこか遠い違うものを見ていた。昔を懐かしむその顔は幸せそうでもありどこか寂しそうで、猪狩さんの今までの人生を彷彿とさせる。彼がスポーツドクターという道に進むことになったきっかけを、オレはほとんどなにも知らない。
「ねえ猪狩さん。オレ、猪狩さんの投げるとこ見たいです」
「見たってなんにもおもしろくないぞ」
「べつにスライダー投げろなんて言いませんから、ちょっとだけ。ね、オレ座りますから」
猪狩さんの手にボールを握らせると、オレは返事も聞かずに走って距離をとった。勝手に座ってミットを開く。猪狩さんは困った顔で立ちすくんでいたが、やれやれと言った表情で最後には折れてくれた。
「一球だけだよ。それに、もう長いこと投げていないから、ひどいものだよ」
「大丈夫です」
仕方がないな、と言った猪狩さんは掌でボールを弄ぶと、マウンドを慣らすように足を動かした。きっとあれが彼の癖なのだろうなとオレは思った。一球だけだよと、彼はもう一度念を押した。力強く頷いて、オレはミットを前に出す。
猪狩さんが大きく振りかぶる。あ、と思った時には、ボールはもうミットに収まっていた。ひどいものなどと言っていたが、とんでもない。オレのような腕前でもボールはきっちりミットに入り、一目でそれと分かった。彼は、今でも投球練習をしている。
「トルネード投法、ですか」
「ちょっと珍しいかな」
「珍しい、ですし、なにより猪狩さんがこのフォームで投げるなんて思いもしませんでした」
猪狩さんとトルネード投法、どう頑張ってもオレの頭では結びつくことのない意外な組み合わせだ。
大きく振りかぶる腕からボールを放つトルネード投法は、投手が一度大きく打者に背中を見せるのが特徴だ。独特のフォームで投げるそれは球速、球威共に増すが、同時に体全体を大きく使って投げるため、体の軸や目線がぶれやすい。大きなモーションは当然身体に負担をかけるため、強靭な下半身と高いバランス感覚がなければ絶対に投げられないものだった。
「猪狩さん、ほんとにピッチャーだったんですね」
「ほんとにってなんだい」
からからと笑っている猪狩さんは、なんだか今までと別人のように思えた。今ここにいる猪狩さんは野球が大好きで、ただ純粋に目の前の事柄を楽しんでいる様子は幼い少年のようでもあった。
快活そうに笑い、額からきらりと一筋汗が伝う。
「ああ、暑いな。タオルもなにも持ってきてないや」
「あ、オレ予備がありますから」
タオルを差し出すと、ほんとうに準備がいいなと言いながら猪狩さんは受け取った。
ありがとうと改まって礼を言われ、若干たじろぐ。気にせず使ってくださいと言うと、猪狩さんは眼鏡を外して額の汗をぬぐった。眼鏡を外した顔はさらに若々しく見えた。
「猪狩さん、眼鏡を外すと印象変わりますよね」
「そうかい?」
「普段はコンタクトにしたらいいのに。きっとモテモテですよ」
「ははは」
顔に何かつけてるのが落ち着くんだよ。そう言った猪狩さんにオレは首をかしげる。
「眼鏡以外に、顔につけるものなんてあります?」
「そうだな…」
例えば、マスクとかね。ああでも、パワプロくんには似合わないかな。
そう言った猪狩さんは、今日いちばんの顔で笑った。
その意味をオレは解さなかったが、もう少しだけキャッチボールをしようと提案されたので、オレは喜んで賛成した。
こんないい天気の日には、やっぱり野球をするに限るのだ。
いきますよ、振りかぶったボールは、太陽の光の下できらきらと瞬いていた。
―――――――――――――
妄想大爆発で辛抱たまらず
この世界の進は兄さんのことが大嫌いなようなのでそういうのを表現したかったのですが、気づけばこんなことに
マスクさんのことが好きすぎてトキメキダッシュ
ポケ7進の一人称「ボク」に無限の可能性
トルネードはググりました。ウィキさんありがとう
いつかマスクさんについて本気で書きたいです書きます
キャッチボールしませんか?
おそらく断られるだろうと思って言ってみたのだが、意外なことにも返事はオーケーだった。たまにはいいかもね、笑った猪狩さんはなんだかいつもより楽しそうに見えた。
「だけどボク、グラブもなにも持ってないけど」
「あ、もちろんオレの貸しますから」
野球道具が一式入っている鞄をごそごそと漁る。部員のみんなには野球バカだと言ってからかわれるのだが、オレはどこでもキャッチボールができるようにいつもグラブを2つ持ち歩いているのだった。もちろん今日だって例外ではない。
言うと、猪狩さんは目をくりくりさせた後にくすりと笑った。キミは本当に野球が好きなんだね。
柔らかい日差しが心地良い午後のひととき。特に目的もなく住宅街をぶらぶらと歩いていたところ、また猪狩さんと出くわしたのだった。猪狩さんとここでばったり出会うのもこれで何度目かになる。この辺りに何か用事でもあるのだろうか。挨拶もそこそこに身体の調子を尋ねてくる様子は相変わらずで、いつもと変わらぬ仕事熱心ぶりにオレは笑った。
だって、この前なんて会って早々いきなり上着を脱がされたのだ。あれには面を食らったが、どうやら彼は夢中になると周りが見えなくなることもしばしばらしかった。
「キャッチボール、どこでやります?」
「そうだな…ここからなら河原が近いんじゃないか?」
意外なことに結構乗り気らしい猪狩さんは自分から提案すると、先頭を切って歩き出した。大人しく彼に従って後ろをついていく。ひょろりとしていて細身だが、猪狩さんは結構背が高い。自分よりも少し高い位置にある頭を眺めながら、オレももっと背を伸ばそうと心に決めた。自分よりも背の高い人を見るとどうしても羨ましくなってしまう。成長期なのだから焦らなくてもこれから伸びるだろうと周りには言われるが、オレは早く身長が欲しかったし、大きな体になってもっと野球が上手くなりたかった。
猪狩さんの結び髪がひょこりと揺れる。
「後ろを歩かれるとなんか気になるな。隣に来てよ」
「あ、ああすいません…猪狩さんって意外と背が高いですよね」
「意外とは余計だけど…パワプロくんは、これからが伸びる時期だよ」
「そうだといいんですけどね」
「成長期だからな。そのためには健康的な食事をとって、よく運動してよく寝ること。休むことっていうのは、キミが思っているよりもとても大切なことなんだよ」
話しているうちに視界が開けて、いつの間にか河原についていた。この近道は今まで通ったことがなかったので、これからはこの道を使ってみようと思う。どうやら猪狩さんはこの辺りのことにかなり詳しいらしい。
「じゃあさっそく始めようか」
「どうぞ、これ使ってください」
「ありがとう」
グラブを受け取った猪狩さんは早速左手にはめると、感触を確かめるように2、3度開いたり閉じたりを繰り返した。
「よく手入れがしてあるね」
「グラブをいじってる時間が好きで」
ボールをぽいと渡して距離をとる。どうぞと大きく手を振って合図をすると、猪狩さんは緩やかな動作でボールを放った。それはしっかりとグラブに収まって、オレはボールをつかむと猪狩さんのしたようにゆっくりと振りかぶって返球をする。やっぱりキャッチボールは楽しいし、野球はとても楽しい。見ていると猪狩さんも楽しんでいるようだった。朗らかに笑うその顔からは、どこか張り詰めているいつもの空気は微塵も感じられない。
「そういえば、パワプロくんは投手だったね」
「あ、覚えててくれたんですね」
「もちろん」
「この前はゴムチューブありがとうございました、使ってます」
「それは良かった」
和やかな会話を繰り返しながらしばらくキャッチボールを続けていたが、猪狩さんは急にその手をとめるとにやりと笑った。
「パワプロくん。ボクが座るから、ちょっと投げてみてよ」
「ええ?」
「肩はあったまっただろう?」
「そりゃあ、まあ」
「この前はモーションだけだったけど、今日は実際に見れるからね」
この前指摘したフォームが直っているかどうか見させてよ。そう言った猪狩さんはボールを投げ返すと、こちらの返事もきかずに座ってしまった。仕事熱心なところは変わらないらしい。
いそいそとボールを待つその様子にオレは確信をする。猪狩さんは、やっぱり野球が大好きなのだ。キャッチボールをしていて、オレはすぐに思った。ボールに気持ちが乗っている。
「防具もなにもないし、本気では投げないでくれよ」
「分かってますよ」
座った猪狩さんは悪戯っぽく笑う。猪狩さんの構えたミットのど真ん中、オレは振りかぶってストレートを放った。ボールは小気味の良い音でミットに収まり、ナイスピッチという声と共に返球される。その一連の動作を見て、オレは少なからず驚いていた。
「猪狩さん、野球部だったって言ってましたけど、キャッチャーだったんですね」
「どうしてそう思うんだい」
「どうしてって、だって、普通ボールがミットに収まったときそんないい音しないですよ。キャッチングが上手すぎます」
「はは、そんなに褒められるとはね」
再び猪狩さんがミットを構える。今度は外角低めいっぱい、ここに投げろと要求しているのだ。ぐ、と構えられたミットを見る。猪狩さんはもう笑っていなかった。
要求されるまま、オレは何球もボールを投げた。そのたびにボールは気持ちよくミットに吸い込まれ、オレはいつしか夢中で投げていた。猪狩さんは一度もこぼさなかった。
「ふう。パワプロくん、いいボール投げるね。だけど、やっぱりまだひじの位置が下がるときがあるから、それを意識して」
「分かりました」
「それと、ボクは確かにキャッチャーをしていたこともあるけどね。ボクはキミと同じピッチャーだったよ」
「そうなんですか?」
猪狩さんが嘘をつくとも思えないし(そもそも嘘をつくメリットが見当たらない)、こんなにキャッチングが上手いというのに彼はピッチャーだったらしい。
一瞬、キャッチャーから転向した理由を尋ねようとも思ったが、やめた。きっと何か事情があったのだろう。
「キミの決め球はなんだい?」
「まだ模索中ですけど…一応、スライダーです」
「そうか、スライダーか」
再び猪狩さんが座ってミットを広げる。どうやらスライダーを投げろという意味らしい。要求されたまま、オレはスライダーを放った。当然のように捕球した猪狩さんは、少しだけ考える顔をしてからオレに言った。
「パワプロくん。今のがキミのスライダー?」
「はい」
「するどく変化したな」
「えっ?そういえば、ちょっとにぎりを変えてみたんだっけ」
「ひょっとしたら、もっといい変化球になるかもしれない」
ただ、身体の負担が増えるから、変化球を磨くのはもう少し後になってからだな。そう言った猪狩さんは立ち上がってこちらに歩いてくると、オレの掌にボールを握らせた。もう少ししたらアドバイスしてあげようとも言ってくれた。
「実は、ボクの決め球もスライダーだったんだ」
「へえ!そうなんですか」
「懐かしいな」
猪狩さんはグラブを見つめたまま言ったが、その目はグラブではなくどこか遠い違うものを見ていた。昔を懐かしむその顔は幸せそうでもありどこか寂しそうで、猪狩さんの今までの人生を彷彿とさせる。彼がスポーツドクターという道に進むことになったきっかけを、オレはほとんどなにも知らない。
「ねえ猪狩さん。オレ、猪狩さんの投げるとこ見たいです」
「見たってなんにもおもしろくないぞ」
「べつにスライダー投げろなんて言いませんから、ちょっとだけ。ね、オレ座りますから」
猪狩さんの手にボールを握らせると、オレは返事も聞かずに走って距離をとった。勝手に座ってミットを開く。猪狩さんは困った顔で立ちすくんでいたが、やれやれと言った表情で最後には折れてくれた。
「一球だけだよ。それに、もう長いこと投げていないから、ひどいものだよ」
「大丈夫です」
仕方がないな、と言った猪狩さんは掌でボールを弄ぶと、マウンドを慣らすように足を動かした。きっとあれが彼の癖なのだろうなとオレは思った。一球だけだよと、彼はもう一度念を押した。力強く頷いて、オレはミットを前に出す。
猪狩さんが大きく振りかぶる。あ、と思った時には、ボールはもうミットに収まっていた。ひどいものなどと言っていたが、とんでもない。オレのような腕前でもボールはきっちりミットに入り、一目でそれと分かった。彼は、今でも投球練習をしている。
「トルネード投法、ですか」
「ちょっと珍しいかな」
「珍しい、ですし、なにより猪狩さんがこのフォームで投げるなんて思いもしませんでした」
猪狩さんとトルネード投法、どう頑張ってもオレの頭では結びつくことのない意外な組み合わせだ。
大きく振りかぶる腕からボールを放つトルネード投法は、投手が一度大きく打者に背中を見せるのが特徴だ。独特のフォームで投げるそれは球速、球威共に増すが、同時に体全体を大きく使って投げるため、体の軸や目線がぶれやすい。大きなモーションは当然身体に負担をかけるため、強靭な下半身と高いバランス感覚がなければ絶対に投げられないものだった。
「猪狩さん、ほんとにピッチャーだったんですね」
「ほんとにってなんだい」
からからと笑っている猪狩さんは、なんだか今までと別人のように思えた。今ここにいる猪狩さんは野球が大好きで、ただ純粋に目の前の事柄を楽しんでいる様子は幼い少年のようでもあった。
快活そうに笑い、額からきらりと一筋汗が伝う。
「ああ、暑いな。タオルもなにも持ってきてないや」
「あ、オレ予備がありますから」
タオルを差し出すと、ほんとうに準備がいいなと言いながら猪狩さんは受け取った。
ありがとうと改まって礼を言われ、若干たじろぐ。気にせず使ってくださいと言うと、猪狩さんは眼鏡を外して額の汗をぬぐった。眼鏡を外した顔はさらに若々しく見えた。
「猪狩さん、眼鏡を外すと印象変わりますよね」
「そうかい?」
「普段はコンタクトにしたらいいのに。きっとモテモテですよ」
「ははは」
顔に何かつけてるのが落ち着くんだよ。そう言った猪狩さんにオレは首をかしげる。
「眼鏡以外に、顔につけるものなんてあります?」
「そうだな…」
例えば、マスクとかね。ああでも、パワプロくんには似合わないかな。
そう言った猪狩さんは、今日いちばんの顔で笑った。
その意味をオレは解さなかったが、もう少しだけキャッチボールをしようと提案されたので、オレは喜んで賛成した。
こんないい天気の日には、やっぱり野球をするに限るのだ。
いきますよ、振りかぶったボールは、太陽の光の下できらきらと瞬いていた。
―――――――――――――
妄想大爆発で辛抱たまらず
この世界の進は兄さんのことが大嫌いなようなのでそういうのを表現したかったのですが、気づけばこんなことに
マスクさんのことが好きすぎてトキメキダッシュ
ポケ7進の一人称「ボク」に無限の可能性
トルネードはググりました。ウィキさんありがとう
いつかマスクさんについて本気で書きたいです書きます
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