未来永劫
友猪
あなたは猪狩守の弱点を知っているか。唐突な質問に、眉を顰める人も少なくはないだろう。
猪狩といえば猪狩カイザースのオーナーの息子であり、球界を代表するエースピッチャーである。高慢ともとれる態度で次々と生意気な言動を繰り返す猪狩はいつでも自信満々で挑発的、しかしながらその実力は折り紙つきであった。テーブルの上の食器を流しへ運びながら友沢は考える。
「おい、友沢」
猪狩はソファにゆったりと腰掛けて食後のデザートを楽しんでいる。猪狩の手の中にあるのは牛乳プリンだ。作ったのは友沢である。牛乳もプリンも猪狩の好物であった。プリンを口に運びながら猪狩は言う。
「今日はシャワーじゃなくて湯船につかりたい気分だから、湯を張っておいてくれるかい」
そう言う猪狩がソファから立ち上がる気配はまるでない。風呂はもう洗ってあるのだから、湯を張りたければそこの壁にあるスイッチを押すだけでいいのだ。もちろん風呂を洗ったのは友沢である。友沢は何も言わずに洗い物をしていた手を一旦休めて風呂のスイッチを入れた。振り返ると猪狩はプリンを食べ終わってテレビを見ていた。
友沢は考える。猪狩は口うるさいし、その唇から零れ落ちるのはたいてい小生意気な発言ばかりである。共に暮らし始めた当初は、猪狩の尊大ともいえる言動にいちいち突っかかって衝突していた友沢であったが、今ではすっかり慣れっこになってしまった。なにより友沢は猪狩の弱点をすっかり見抜いてしまっていたので、そうと分かれば猪狩のわがままなどたいしたこともなく、いっそ可愛げすら感じるのであった。
友沢、今日は煮物の味付けが少し濃いんじゃないのかい。次からはもう少し塩分控えめで頼むよ。
友沢、掃除をするのはいいが家具の配置をいじるならボクにも一言いってくれ。突然物の場所が変わっていると困るんでね。
友沢、キミ柔軟剤を勝手に変えただろう?ボクの好みの匂いじゃないので前のものに戻してくれ。
日々繰り出される猪狩の発言を思い出しながら、まるで小姑のようだと友沢はだんだんおかしくなってきた。それが顔に出ていたのか、洗った皿を食器棚に片付けてリビングへ戻ると、猪狩に不審そうな目で見られてしまった。
「なんだい、今日は随分と機嫌が良さそうだね」
「べつに、そんなことないですよ。プリン、どうでしたか」
「ああ、おいしかったよ」
答える猪狩の唇に、友沢は覆いかぶさるようにして口付けた。ほんの一瞬触れるだけのキスに猪狩は機嫌が良いわけでも悪いわけでもなさそうな声色で「いきなりなにするんだ」と漏らした。
構わずに友沢はもう一度唇を寄せ、腕の中に猪狩を閉じ込めてきつく抱く。ぎゅうぎゅうと抱きしめながら友沢は猪狩の唇を堪能することに夢中である。舌を差し入れる頃には猪狩の方もすっかりと大人しくなってしまい、上気した頬をほんのりと染め上げながら友沢の視線から逃れるように顔をそむけた。そんな猪狩に友沢は構うことなくシャツのボタンを外しながらソファへと二人沈んでいった。
「キミはどうしていつもそう唐突なんだい…」
「さあね。あんたのせいじゃないんですか」
適当に答えながら友沢はご機嫌である。その様子に猪狩の方もまんざらではないようで、フンを鼻を鳴らすと友沢からの口付けを静かに受け入れた。半分だけボタンの外されたシャツに手を差し入れながら友沢は考える。
「猪狩さん」
ピクリと反応して、猪狩はねだるような眼差しで友沢を見る。しかし、本人にはそのような気はこれっぽっちもないのである。猪狩のこういった顔はすべて無意識であることを友沢はよく知っていた。耳の中へ直接囁きかけるように、友沢はもう一度猪狩の名を呼ぶ。
猪狩守の弱点。そろそろお分かりいただけただろうか。
キス?ハグ?セックス?違う、猪狩の弱点とは…
「友沢」
焦らすな、猪狩の目はそのように語っていた。べつに焦らしてるつもりはないんですけどね、そんなことを嬉々として答えながら友沢は猪狩の首筋へ舌を這わせた。軽く吸い付くと簡単に赤い跡がついて、友沢は満足そうに目を細める。
「猪狩さん。オレのこと好きですか?」
猪狩は答えない。いつものことである。いつもと変わらぬ様子にやれやれと嘆息した友沢は唐突に立ち上がって猪狩を抱き上げた。猪狩は驚いたように抗議の声を上げたが、友沢は構うことなく軽々と猪狩を抱きかかえたまま寝室の扉を開けた。
「おい、なにするんだ」
「今日は朝までするつもりなんで」
カア、と顔を赤くした猪狩はそこいらの少女のようにウブな様子で口ごもって俯いた。このように触れ合うのは久々で、口にすることはないが猪狩だってずっと望んでいたのだろう。いつものような小言は、今日はもう飛んでこない。
抱いた猪狩の額に一度だけ口付けて、友沢はベッドの上にそっと猪狩を下した。それにのしかかるように友沢もベッドに乗り上げ、上質なベッドが深く沈み込む。
「友沢」
呼ばれた友沢はおおせのままに猪狩へと唇を寄せ、かしずくように恭しく口付けた。
これが猪狩の弱点。もうお分かりいただけたであろう。猪狩守の弱点とは、友沢亮自身である。
このことを、いつかは世間にも広く知ってもらいたいなあと考えている友沢であったが、いまはまだ、友沢と猪狩ふたりだけの秘密である。
―――――――
718に捧げます
あなたは猪狩守の弱点を知っているか。唐突な質問に、眉を顰める人も少なくはないだろう。
猪狩といえば猪狩カイザースのオーナーの息子であり、球界を代表するエースピッチャーである。高慢ともとれる態度で次々と生意気な言動を繰り返す猪狩はいつでも自信満々で挑発的、しかしながらその実力は折り紙つきであった。テーブルの上の食器を流しへ運びながら友沢は考える。
「おい、友沢」
猪狩はソファにゆったりと腰掛けて食後のデザートを楽しんでいる。猪狩の手の中にあるのは牛乳プリンだ。作ったのは友沢である。牛乳もプリンも猪狩の好物であった。プリンを口に運びながら猪狩は言う。
「今日はシャワーじゃなくて湯船につかりたい気分だから、湯を張っておいてくれるかい」
そう言う猪狩がソファから立ち上がる気配はまるでない。風呂はもう洗ってあるのだから、湯を張りたければそこの壁にあるスイッチを押すだけでいいのだ。もちろん風呂を洗ったのは友沢である。友沢は何も言わずに洗い物をしていた手を一旦休めて風呂のスイッチを入れた。振り返ると猪狩はプリンを食べ終わってテレビを見ていた。
友沢は考える。猪狩は口うるさいし、その唇から零れ落ちるのはたいてい小生意気な発言ばかりである。共に暮らし始めた当初は、猪狩の尊大ともいえる言動にいちいち突っかかって衝突していた友沢であったが、今ではすっかり慣れっこになってしまった。なにより友沢は猪狩の弱点をすっかり見抜いてしまっていたので、そうと分かれば猪狩のわがままなどたいしたこともなく、いっそ可愛げすら感じるのであった。
友沢、今日は煮物の味付けが少し濃いんじゃないのかい。次からはもう少し塩分控えめで頼むよ。
友沢、掃除をするのはいいが家具の配置をいじるならボクにも一言いってくれ。突然物の場所が変わっていると困るんでね。
友沢、キミ柔軟剤を勝手に変えただろう?ボクの好みの匂いじゃないので前のものに戻してくれ。
日々繰り出される猪狩の発言を思い出しながら、まるで小姑のようだと友沢はだんだんおかしくなってきた。それが顔に出ていたのか、洗った皿を食器棚に片付けてリビングへ戻ると、猪狩に不審そうな目で見られてしまった。
「なんだい、今日は随分と機嫌が良さそうだね」
「べつに、そんなことないですよ。プリン、どうでしたか」
「ああ、おいしかったよ」
答える猪狩の唇に、友沢は覆いかぶさるようにして口付けた。ほんの一瞬触れるだけのキスに猪狩は機嫌が良いわけでも悪いわけでもなさそうな声色で「いきなりなにするんだ」と漏らした。
構わずに友沢はもう一度唇を寄せ、腕の中に猪狩を閉じ込めてきつく抱く。ぎゅうぎゅうと抱きしめながら友沢は猪狩の唇を堪能することに夢中である。舌を差し入れる頃には猪狩の方もすっかりと大人しくなってしまい、上気した頬をほんのりと染め上げながら友沢の視線から逃れるように顔をそむけた。そんな猪狩に友沢は構うことなくシャツのボタンを外しながらソファへと二人沈んでいった。
「キミはどうしていつもそう唐突なんだい…」
「さあね。あんたのせいじゃないんですか」
適当に答えながら友沢はご機嫌である。その様子に猪狩の方もまんざらではないようで、フンを鼻を鳴らすと友沢からの口付けを静かに受け入れた。半分だけボタンの外されたシャツに手を差し入れながら友沢は考える。
「猪狩さん」
ピクリと反応して、猪狩はねだるような眼差しで友沢を見る。しかし、本人にはそのような気はこれっぽっちもないのである。猪狩のこういった顔はすべて無意識であることを友沢はよく知っていた。耳の中へ直接囁きかけるように、友沢はもう一度猪狩の名を呼ぶ。
猪狩守の弱点。そろそろお分かりいただけただろうか。
キス?ハグ?セックス?違う、猪狩の弱点とは…
「友沢」
焦らすな、猪狩の目はそのように語っていた。べつに焦らしてるつもりはないんですけどね、そんなことを嬉々として答えながら友沢は猪狩の首筋へ舌を這わせた。軽く吸い付くと簡単に赤い跡がついて、友沢は満足そうに目を細める。
「猪狩さん。オレのこと好きですか?」
猪狩は答えない。いつものことである。いつもと変わらぬ様子にやれやれと嘆息した友沢は唐突に立ち上がって猪狩を抱き上げた。猪狩は驚いたように抗議の声を上げたが、友沢は構うことなく軽々と猪狩を抱きかかえたまま寝室の扉を開けた。
「おい、なにするんだ」
「今日は朝までするつもりなんで」
カア、と顔を赤くした猪狩はそこいらの少女のようにウブな様子で口ごもって俯いた。このように触れ合うのは久々で、口にすることはないが猪狩だってずっと望んでいたのだろう。いつものような小言は、今日はもう飛んでこない。
抱いた猪狩の額に一度だけ口付けて、友沢はベッドの上にそっと猪狩を下した。それにのしかかるように友沢もベッドに乗り上げ、上質なベッドが深く沈み込む。
「友沢」
呼ばれた友沢はおおせのままに猪狩へと唇を寄せ、かしずくように恭しく口付けた。
これが猪狩の弱点。もうお分かりいただけたであろう。猪狩守の弱点とは、友沢亮自身である。
このことを、いつかは世間にも広く知ってもらいたいなあと考えている友沢であったが、いまはまだ、友沢と猪狩ふたりだけの秘密である。
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718に捧げます
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