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祈りの姿

10カイザース/主人公と友沢


「好きです」

ふたりきりの室内練習場で、その声はとてもよく響いた。
文字にしてたった四文字、この四文字を口にするまで自分はどれだけの苦労と葛藤、まわりみちをしてきたことであろう。しかしながら、並々ならぬ決意を持って告げられた言葉、決死の覚悟で囁かれた告白は文字にしてたったの四文字で済んでしまったということでもある。
喉元から舌先を離れるまであれほど苦かった音の羅列は零れてしまえばあとは簡単なもので、ほんの少し空気を震わせてあの人の耳へと吸い込まれていった。
なんだ、こんなに簡単なことだったのか。一度口にしてしまえばたやすいもので、オレはもう一度その言葉を囁いた。
ああ、そうだ、好きなのだ、あんたのことが、好きなのだ、どんなに鈍いあんたでもこれでようやく思い知ることが出来ただろう、ざまあみろ。

「友沢」

掠れた声で呼ばれたのは自分の名だった。これまた四文字、しかしこのたった四文字が自分をどれだけ幸せにするのかオレはよく知っていた。笑いながらだったり、怒りながらだったり、ときにびっくりした声色で、ときに優しい音色で、様々な色でこの人はオレの名を呼ぶ。その色で呼ばれるたびに、オレは自分の輪郭を新たに彩られるようなそんな心持ちがしていたのだ。
大袈裟だと馬鹿にする人間もいるだろう。少し前まで、自分もその類の人間だったのだからよく分かる。愛だの恋だの、そんなもの馬鹿げていると思っていた。
それがどうだろうか、気が付けばいつしかオレの世界は大きく変わっていた。今まで馬鹿にしていたものは輝いて見え、諦めていたものには光が射した。あの人の周りはいつだってきらきらと瞬いていたし、そんなあの人の側にいると自分までその輝きの中にいるような錯覚を起こすのだ。

自覚をしてからは早かった。今となっては、好きになった理由もそのきっかけもぜんぶ忘れてしまったが、視線が勝手に追うようになっていた。
もっと相手のことを知りたい、自分のことを見て欲しい、一緒の時間を過ごしたい、そんな女々しいことばかりを考えながらオレは一日を過ごすようになっていったのだ。
話をするだけで楽しかったし、「後輩」という特権を使って練習を見てもらえるのが嬉しかった。時折練習後に二人で食事に行くことが何よりも幸せで、今日は誘ってもらえるだろうかといらぬ期待でそわそわする気持ちを隠すだけで精一杯だった。
好きなのだと、そんな気持ちに気付いてから、オレはあっという間に変わってしまったのである。友沢亮とは、こんな人間であったのかと自分自身を疑いたくなるときがある。しかし、もう戻ることは出来ないのだし、知らなかった頃には今更帰れないのだ。

返事など期待するつもりはなかったのだが、それでも心は正直なもので、心臓はドキドキと脈を打って痛かった。ああ、格好悪い。生まれてこのかた告白などしたことがない、一体何をどうすれば「格好良い告白」になるのか知らないが、今の自分がみっともない姿をさらしていることだけは分かる。

こんな様子では、また猪狩さんに鼻で笑われてしまいそうだ。いつものキザな笑い、余裕たっぷりでこちらを見る猪狩さんの顔が自然と浮かんだ。同時に苦いものが胸に広がる。
猪狩守。チームメイトで、先輩で、球界を代表するエースピッチャーで、そして、恋敵である。わざわざ言葉にすると本当の馬鹿みたいだ。猪狩さんはオレなんて歯牙にも掛けていないし、そんなことを考えているのはオレ一人だけだ。
全部持っているくせに、オレの欲しいものすべてを手に入れているくせに、猪狩さんはいつだって自分の欲に正直で貪欲だ。あの視線が、言葉が、態度が、なにもかもがこの人をさらっていく。初めから勝負になどなりはしない。
いつだって自信満々、唇に不敵な笑みを乗せて猪狩さんはオレに言うのだ。

たかだか四文字を言うために唇を震わせ、握り拳の手の中は汗に濡れ、なによりこんな情けない顔をしている自分が選ばれないことはよく分かっていた。オレがあの人に選ばれる日は永遠にこないだろうし、猪狩さんには敵わない。
それでも、そんな理屈や理論で自分を縛るのは疲れてしまった。だから、もう、いいだろう。自分の中から、舌先から離れた言葉の行方にまで責任は取れないのだから。

「ごめんな」

パワプロさんは静かに答えた。四文字の告白は、やっぱり四文字で返されるのだ。とても申し訳ないという気持ちを隠しもせず、パワプロさんは言った。予想通りの返答ではあったが、緊張とほんの少しの期待で膨らんでいた胸がズキンと痛む。オレが口を開く前に、パワプロさんは静かに話し始めた。

「実はオレ、猪狩と付き合ってるんだ」
「知ってます」
「えっ」

さも驚いたという顔でパワプロさんは瞳を瞬かせた。そのままじっと見つめたままでいると、ばつが悪そうに目を反らしながら、なんでばれてるのかなあと零した。もしかしてあれで隠しているつもりだったのかとオレは頭を抱えたくなる。
だいたい、猪狩さん自身がそのことを周りに公言しているということをこの人は知らないのだろうか。嫌味たっぷりな余裕の表情で、それでも確かに幸せそうにパワプロさんを自慢する猪狩さんの顔は見慣れたものだった。

「…見てれば分かりますし、だいたい猪狩さんってあんたとのこと周りに話してますよ」
「うそ!」

本気で驚いているらしいパワプロさんに呆れながら、それでもまだ愛しいと思う気持ちが湧き上がってきて、なんだかもうどうしようもない。いっそ泣いてしまえば楽になるのかもしれないが、あいにくこんな場面で流す涙は持ち合わせていない。様々な意味を込めて溜息をひとつ漏らしてみせると、パワプロさんは困った顔をしながら、しかし視線は外さないままはっきりと言った。

「友沢。知ってたんならどうして、こんなこと」
「べつに猪狩さんは関係ないです。オレがあんたを好きなんだから」
「…」
「順番」
「え?」
「あんたが猪狩さんと付き合ってるのは、たまたま出会う順番が先だったから。ただそれだけのことです」

もしもの話など、くだらないことだ。それでも、どうしても頭の中から消えることのない考えだった。もしも、もしも猪狩さんよりも自分の方が先に出会っていたとしたら、オレはパワプロさんを手に入れる自信がある。口には出さなかったが、おそらくニュアンスは伝わったのだろう。その証拠に、驚いた顔をしていたパワプロさんの顔には柔らかな笑みが浮かび、ぽつりぽつりと話し始めた。

「そうかもしれない」

そのあとには、ありがとうと続いた。
そんな言葉が聞きたかったわけではないのに、それでもオレの胸は確かに満たされていておかしな感じだ。伝えることが出来て満足などと、そんなことを言うのだろうか。オレはそんな人間だっただろうか。もう、自分のことが分からない。そんなのは、この人のことを好きになってから今日までずっとのことだった。
分かっていることは、ひとつだけ。オレにこの人を奪うことはできない。

「友沢、ごめん、ありがとう」

そんな言葉はいらない。
それなのに、オレの口から落ちたのはよもや思ってもみない言葉ばかりで、パワプロさんはみかねたようにそっとオレの頭に手を置いた。その手があまりに優しく触れるものだから、オレはとうとう我慢が出来なくなってしまった。
ああ、なんと情けないことだろう。この人は優しいから、きっとこの地面にできた染みについても見て見ぬフリをしてくれるのだろう。そして、いつものようになんでもない顔をしてオレを食事に誘ってくれるのだろう。
あんたのそういうところが大嫌いで、やっぱり今日もオレはあんたのことが大好きだった。
せめて、嫌いになれれば良かったのになあ。


―――――――――――
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