かごめかごめ籠の外
11/主人公と友沢
「オレはお前のことが大嫌いだ」
友沢にそう言われたとき、オレは一体なんと答えたのだろうか。なんにも言わなかったような気もするし、そうなんだ、なんて適当に返してしまったような気もする。分からない。そのくらい、オレは動揺していた。喉の奥で言葉が詰まってしまったようになんにも出てこない。
そうこうしている内にも友沢の零す嗚咽はどんどん大きくなっていって、ついには声を上げて泣き出してしまった。オレはただただ面食らっているばかりでどうすることも出来ない。だって、あの友沢が泣いているのだ。こうも無防備に零れる雫は頬を伝って、いくら友沢が乱暴に手の甲で拭ってもそれは溢れんばかりに落ちてくる。小さな子供のように、友沢は泣いていた。嗚咽にまぎれて、掠れた友沢の声が混じる。
「なんでお前は、いつもそうなんだよ、オレのことなんて放っておけばいい、いいのに、わざわざ首突っ込んで、退部になって、それで、こんな」
「友沢」
「なんで、笑って、へらへらしてるんだ、オレのこと助けたせいで、なんでって言ってオレを責めろよ、嫌えよ、オレはっ…オレは今日まで惨めだった、どうしようもなく、惨めだった、ほんとうは、ほんとうはオレだって、あんな」
「友沢、もういいから」
「それでも、おれは野球をしなくちゃいけない、プロに、ならなくちゃいけない」
そこまで言って、友沢は音もなく大粒の涙をこぼした。とめどなく溢れる涙は次から次に落ちてくる。
成人男子がみっともない、そんなことオレはこれっぽっちも思わなかったし、友沢の真摯な気持ちがこれ以上ないほどに伝わってきた。分かっているから、どうかもう泣かないでほしい。友沢が一体どんな決意と使命を持って野球をしているのかオレは全然知らないけれど、友沢の真剣な気持ちは痛いほどによく分かっている。だから、もういいだろう。友沢がこんな風に泣く理由はどこにもないはずだった。
今日もいつものように下井先輩たちと練習をしたオレは、近道をするために公園を横切って帰路に着くところだった。
あの日、帝王野球部を退部になったオレは、矢部くんと一緒に旧グラウンドで練習をしていた。確かに今までの野球部と比べれば設備も練習メニューも何もかもが劣っていたが、オレは大学生になってから今がいちばん充実した時間を過ごせていると感じていた。野球をするのが楽しい。みんなと野球をしているのが楽しい。目一杯好きなことをして、オレは何不自由のない毎日を送っていた。
元の野球部に全く未練がないかと聞かれればそれはもちろん多少の心残りくらいはあったが、それも今となってはどうでもいい話である。下井先輩と、矢部くんと、みんなと、わいわい泥まみれになって練習する時間がこの上なく楽しかったからだ。順位を落とさないように、レギュラー入り出来るように、レギュラーになったらそのポジションを奪われないように、ただひたすらそんなことに固執していたあの2年間が嘘のようで、オレは高校生までの自分が抱いていた野球への気持ちを思い出したのだった。
だから、野球部を退部になったって、一軍のグラウンドを使えなくたって、何も辛いことはなかった。そんなことを考えながらへとへとの体を引きずって家へ帰る途中、友沢に出くわしたのだ。
近道になる公園を足早に抜けようとすると、外灯の下に誰か立っていた。遠目でも印象的なそのシルエットで、オレはそこに誰がいるのかすぐに分かった。友沢が顔を上げると、トレードマークのサングラスがちらりと光った。外灯に照らされた顔はいつもより元気がなく、さらに言うなら具合が悪そうにも見えた。しかし、なにぶん周りは真っ暗で、頼りない外灯の灯りだけではよく判別がつかなかった。
オレが驚いて何も言わないままでいると、明後日の方を向いていた友沢はおもむろに顔を上げいつもの仏頂面で口を開くのだった。
「よう」
「どうしたんだよ友沢、こんなところで」
「それはこっちのセリフだ」
イライラするように言った友沢は乱暴に言葉を吐き捨てた。切れ長の瞳がゆらゆらと瞬いてこちらを睨む。覗き込むようにして見てみると、友沢の瞳は燃えるように怒っているのだった。迫力に押されてオレは生唾を飲み込む。何がこうも友沢を駆り立てているのか全く見当がつかなかった。
「パワプロ」
「うん?」
「お前、旧グラウンドで練習してるんだってな」
「…」
「今まで退部になった連中と一緒に、第二野球部なんて言ってるみたいだな」
「なんでそれを」
沈黙が辺りを包み込む。どうしてそれを友沢が知っているのか、そもそもなぜそんなことを言うのか、オレには分からなかった。わざわざ帰り道に待ち伏せしているということも解せない。友沢はいつからここにいたのだろうか。
「友沢、お前こんなところにいていいのかよ。今日、バイトは。だいたい、練習にはちゃんと出たのか?」
「だから!!」
叫ぶように声を絞り出した友沢は、唐突に近づいてオレの胸倉を掴みあげた。突然のことにただ驚くばかりでオレはされるがままの状態だ。
そのまま吐息が触れるほどの距離で友沢が言う。
「なんでお前はいつもいつも人の事ばっかり気にするんだよ、目障りなんだよ、迷惑なんだよ!」
「……」
「オレのことなんか放っておけよ、どうでもいいだろ!」
「友沢」
「お前が勝手に首を突っ込んでくるから、わざわざちょっかいかけて監督を怒らせるから、それで退部になったんだろ、なのにお前は!」
「オレはあのときのことを後悔なんてしてないし、友沢が気にすることなんてなにもないんだ」
思い切りオレを突き飛ばした友沢は、今までに見たこともない顔をしていた。声を掛けようとして思いとどまり、すんでのところまで出かかった言葉もすべて引っ込んでしまった。外灯に照らされた友沢の影が揺れる。握りしめられた拳はわなわなと震えているのだった。
「オレはお前のことが大嫌いだ」
そう言ってからの友沢は、堰を切ったように泣いた。とにかく泣いた。嗚咽と一緒に零れる声は今にも消え入りそうで、なんのてらいもなく泣いているその様子はまるで子供のようだった。ぽたぽたと惜しみなく落ちるそれは友沢の衣服を濡らし、アスファルトに黒い染みを作っていった。まるで涙の分だけ友沢の本音も零れていくようだ。今まで聞くことのない、これが友沢の本当の気持ちだった。
プロにならなくちゃいけない、友沢は何度もそう繰り返し、あんなに鍛えられ逞しいと感じていた双肩は頼りなく揺れていた。その肩へ、オレは無意識に手を伸ばしていた。驚いたらしい友沢は濡れた目でこちらを見ている。
鼻の頭まで真っ赤にして泣いている友沢を見て、オレはほんの少しだけ笑ってしまった。それに面白くない顔をしたのは友沢だ。いつの間にかすっかり涙も引っ込んでしまったらしい、友沢は唇を尖らせるとこの上なく不機嫌そうな顔を作ってオレを睨んでくるのだった。
「なに笑ってんだ、ムカつく」
「だって、友沢が一生懸命で」
「は」
「しかも、なんかオレのこと大好きみたいだから」
「ばっ、ふざけるな、お前なんか嫌いだって言ってるだろ」
外灯のおぼつかない灯りでも分かるほどに、友沢は耳まで真っ赤に染めて暴言を吐いた。なんてかわいくないことだろう。そうか、友沢ってこういうやつだったんだ。第一印象からぶれることのない友沢の本質に触れてオレは少しだけ得意げな気持ちになる。やっぱりオレは間違ってなんかいなかった。
赤くなっている友沢の鼻の頭を摘まみ上げる。
「なにすんだよ!」
「大丈夫だよ、友沢。オレだってプロになりたいけど、大学野球だけがその道じゃない。社会人だってあるし、入団テストを受けたっていい。なんとでもなるんだよ」
「……」
「だから、そんな顔するなよ」
「パワプロ」
「また、一緒に野球やろうぜ。大学の部活だけが野球のできる場所じゃない。そんで、二人でプロ入ってさ」
「…オレはもちろんプロ入りするけど、お前の実力じゃどうかな」
「なんだとー!」
生意気そうに唇の端を上げて笑う、いつもの友沢だった。さっきまで泣いていたのが嘘のように自信満々だ。これで良かったのだと、オレはもう一度だけ胸の中で呟いた。
なあ、と呼び掛けた友沢はいつになくすっきりした顔をしていて、気分の良いオレは友沢をキャッチボールに誘った。こんなに暗くて出来るわけないだろと言った友沢は、そうは言いながらも照明のありそうな場所を探してきょろきょろするのだった。
なんなら、公園の外まで駆けっこ勝負でもいいぞ。友沢、オレはお前になんか負けない自信があるからさ。
―――――――――――――――
このあと紅白戦をして、またすぐ一緒に野球するんですね
11の主人公ちゃんもイケメンがすぎる…お前は退部にならなくて良かったなと言われたとき、友沢の胸は打ち抜かれたようにギュンギュンしたことでしょう…
いろいろ我慢して背負って頑張っている友沢くん格好良いです
「オレはお前のことが大嫌いだ」
友沢にそう言われたとき、オレは一体なんと答えたのだろうか。なんにも言わなかったような気もするし、そうなんだ、なんて適当に返してしまったような気もする。分からない。そのくらい、オレは動揺していた。喉の奥で言葉が詰まってしまったようになんにも出てこない。
そうこうしている内にも友沢の零す嗚咽はどんどん大きくなっていって、ついには声を上げて泣き出してしまった。オレはただただ面食らっているばかりでどうすることも出来ない。だって、あの友沢が泣いているのだ。こうも無防備に零れる雫は頬を伝って、いくら友沢が乱暴に手の甲で拭ってもそれは溢れんばかりに落ちてくる。小さな子供のように、友沢は泣いていた。嗚咽にまぎれて、掠れた友沢の声が混じる。
「なんでお前は、いつもそうなんだよ、オレのことなんて放っておけばいい、いいのに、わざわざ首突っ込んで、退部になって、それで、こんな」
「友沢」
「なんで、笑って、へらへらしてるんだ、オレのこと助けたせいで、なんでって言ってオレを責めろよ、嫌えよ、オレはっ…オレは今日まで惨めだった、どうしようもなく、惨めだった、ほんとうは、ほんとうはオレだって、あんな」
「友沢、もういいから」
「それでも、おれは野球をしなくちゃいけない、プロに、ならなくちゃいけない」
そこまで言って、友沢は音もなく大粒の涙をこぼした。とめどなく溢れる涙は次から次に落ちてくる。
成人男子がみっともない、そんなことオレはこれっぽっちも思わなかったし、友沢の真摯な気持ちがこれ以上ないほどに伝わってきた。分かっているから、どうかもう泣かないでほしい。友沢が一体どんな決意と使命を持って野球をしているのかオレは全然知らないけれど、友沢の真剣な気持ちは痛いほどによく分かっている。だから、もういいだろう。友沢がこんな風に泣く理由はどこにもないはずだった。
今日もいつものように下井先輩たちと練習をしたオレは、近道をするために公園を横切って帰路に着くところだった。
あの日、帝王野球部を退部になったオレは、矢部くんと一緒に旧グラウンドで練習をしていた。確かに今までの野球部と比べれば設備も練習メニューも何もかもが劣っていたが、オレは大学生になってから今がいちばん充実した時間を過ごせていると感じていた。野球をするのが楽しい。みんなと野球をしているのが楽しい。目一杯好きなことをして、オレは何不自由のない毎日を送っていた。
元の野球部に全く未練がないかと聞かれればそれはもちろん多少の心残りくらいはあったが、それも今となってはどうでもいい話である。下井先輩と、矢部くんと、みんなと、わいわい泥まみれになって練習する時間がこの上なく楽しかったからだ。順位を落とさないように、レギュラー入り出来るように、レギュラーになったらそのポジションを奪われないように、ただひたすらそんなことに固執していたあの2年間が嘘のようで、オレは高校生までの自分が抱いていた野球への気持ちを思い出したのだった。
だから、野球部を退部になったって、一軍のグラウンドを使えなくたって、何も辛いことはなかった。そんなことを考えながらへとへとの体を引きずって家へ帰る途中、友沢に出くわしたのだ。
近道になる公園を足早に抜けようとすると、外灯の下に誰か立っていた。遠目でも印象的なそのシルエットで、オレはそこに誰がいるのかすぐに分かった。友沢が顔を上げると、トレードマークのサングラスがちらりと光った。外灯に照らされた顔はいつもより元気がなく、さらに言うなら具合が悪そうにも見えた。しかし、なにぶん周りは真っ暗で、頼りない外灯の灯りだけではよく判別がつかなかった。
オレが驚いて何も言わないままでいると、明後日の方を向いていた友沢はおもむろに顔を上げいつもの仏頂面で口を開くのだった。
「よう」
「どうしたんだよ友沢、こんなところで」
「それはこっちのセリフだ」
イライラするように言った友沢は乱暴に言葉を吐き捨てた。切れ長の瞳がゆらゆらと瞬いてこちらを睨む。覗き込むようにして見てみると、友沢の瞳は燃えるように怒っているのだった。迫力に押されてオレは生唾を飲み込む。何がこうも友沢を駆り立てているのか全く見当がつかなかった。
「パワプロ」
「うん?」
「お前、旧グラウンドで練習してるんだってな」
「…」
「今まで退部になった連中と一緒に、第二野球部なんて言ってるみたいだな」
「なんでそれを」
沈黙が辺りを包み込む。どうしてそれを友沢が知っているのか、そもそもなぜそんなことを言うのか、オレには分からなかった。わざわざ帰り道に待ち伏せしているということも解せない。友沢はいつからここにいたのだろうか。
「友沢、お前こんなところにいていいのかよ。今日、バイトは。だいたい、練習にはちゃんと出たのか?」
「だから!!」
叫ぶように声を絞り出した友沢は、唐突に近づいてオレの胸倉を掴みあげた。突然のことにただ驚くばかりでオレはされるがままの状態だ。
そのまま吐息が触れるほどの距離で友沢が言う。
「なんでお前はいつもいつも人の事ばっかり気にするんだよ、目障りなんだよ、迷惑なんだよ!」
「……」
「オレのことなんか放っておけよ、どうでもいいだろ!」
「友沢」
「お前が勝手に首を突っ込んでくるから、わざわざちょっかいかけて監督を怒らせるから、それで退部になったんだろ、なのにお前は!」
「オレはあのときのことを後悔なんてしてないし、友沢が気にすることなんてなにもないんだ」
思い切りオレを突き飛ばした友沢は、今までに見たこともない顔をしていた。声を掛けようとして思いとどまり、すんでのところまで出かかった言葉もすべて引っ込んでしまった。外灯に照らされた友沢の影が揺れる。握りしめられた拳はわなわなと震えているのだった。
「オレはお前のことが大嫌いだ」
そう言ってからの友沢は、堰を切ったように泣いた。とにかく泣いた。嗚咽と一緒に零れる声は今にも消え入りそうで、なんのてらいもなく泣いているその様子はまるで子供のようだった。ぽたぽたと惜しみなく落ちるそれは友沢の衣服を濡らし、アスファルトに黒い染みを作っていった。まるで涙の分だけ友沢の本音も零れていくようだ。今まで聞くことのない、これが友沢の本当の気持ちだった。
プロにならなくちゃいけない、友沢は何度もそう繰り返し、あんなに鍛えられ逞しいと感じていた双肩は頼りなく揺れていた。その肩へ、オレは無意識に手を伸ばしていた。驚いたらしい友沢は濡れた目でこちらを見ている。
鼻の頭まで真っ赤にして泣いている友沢を見て、オレはほんの少しだけ笑ってしまった。それに面白くない顔をしたのは友沢だ。いつの間にかすっかり涙も引っ込んでしまったらしい、友沢は唇を尖らせるとこの上なく不機嫌そうな顔を作ってオレを睨んでくるのだった。
「なに笑ってんだ、ムカつく」
「だって、友沢が一生懸命で」
「は」
「しかも、なんかオレのこと大好きみたいだから」
「ばっ、ふざけるな、お前なんか嫌いだって言ってるだろ」
外灯のおぼつかない灯りでも分かるほどに、友沢は耳まで真っ赤に染めて暴言を吐いた。なんてかわいくないことだろう。そうか、友沢ってこういうやつだったんだ。第一印象からぶれることのない友沢の本質に触れてオレは少しだけ得意げな気持ちになる。やっぱりオレは間違ってなんかいなかった。
赤くなっている友沢の鼻の頭を摘まみ上げる。
「なにすんだよ!」
「大丈夫だよ、友沢。オレだってプロになりたいけど、大学野球だけがその道じゃない。社会人だってあるし、入団テストを受けたっていい。なんとでもなるんだよ」
「……」
「だから、そんな顔するなよ」
「パワプロ」
「また、一緒に野球やろうぜ。大学の部活だけが野球のできる場所じゃない。そんで、二人でプロ入ってさ」
「…オレはもちろんプロ入りするけど、お前の実力じゃどうかな」
「なんだとー!」
生意気そうに唇の端を上げて笑う、いつもの友沢だった。さっきまで泣いていたのが嘘のように自信満々だ。これで良かったのだと、オレはもう一度だけ胸の中で呟いた。
なあ、と呼び掛けた友沢はいつになくすっきりした顔をしていて、気分の良いオレは友沢をキャッチボールに誘った。こんなに暗くて出来るわけないだろと言った友沢は、そうは言いながらも照明のありそうな場所を探してきょろきょろするのだった。
なんなら、公園の外まで駆けっこ勝負でもいいぞ。友沢、オレはお前になんか負けない自信があるからさ。
―――――――――――――――
このあと紅白戦をして、またすぐ一緒に野球するんですね
11の主人公ちゃんもイケメンがすぎる…お前は退部にならなくて良かったなと言われたとき、友沢の胸は打ち抜かれたようにギュンギュンしたことでしょう…
いろいろ我慢して背負って頑張っている友沢くん格好良いです
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