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毒入り手料理事件

カイザース/主進


ことこと煮られた鍋を見つめながら、そろそろ頃合いかもしれないと箸を持った。意味もなくぐるりとひと混ぜしてみる。料理などほとんどしたことがないので見よう見真似である。以前作ってくれた彼の仕草を思い出しながらそろそろとボウルを掴んだ。
中には溶き卵が入っている。割るときに入ってしまった殻はさっき苦労して取り出したところだ。片手でぱかんと卵を割って笑う彼を思い出しながらゆっくりと卵を溶き入れた。

弱火で熱されたそれはいい具合に煮込まれ、米と卵がしっかり絡んで美味そうに見えた。初めてにしては上出来だろう。少し蒸らすと美味しくなるんですよ、確か彼はそう言っていたはずだと蓋を被せる。
その間に皿とスプーンを用意して、買ったばかりの風邪薬を取り出した。病気をしないので常備薬は置いていないと言っていた言葉の通り、彼の家には薬箱やそれに類するものは何もなかった。なんにでも用意周到に臨む彼にしては意外なことだと思う。

火を切って蓋を開けるとふわふわと白い湯気が立ち上った。作った粥を椀によそって、仕上げに刻んだネギを振りかけた。なかなか見た目は美味そうだ。自分の分もたっぷりよそっていると、待ってましたとばかりにぐうと腹が鳴る。昨日の夜ここにやってきてから、実は何も食べていないのだった。

二人分の食事と薬を盆に持って、オレは彼の寝ている寝室のドアを開けた。呼びかけても返事はない。さっきまで起きていたのに、また眠ってしまったようだ。しかし39度も熱があるのなら仕方ないことだ。これでも少しは下がってきた方だった。

どうしようかと少しだけ悩んで、やっぱり自分だけでも食べてしまおうとスプーンを持つ。ベッド脇であぐらをかいて行儀の悪いことこの上ないが、このくらいはどうか許してほしい。少しでも傍にいたいが、なにはともあれ腹が減っては戦はできないのである。返事をするように、腹の虫がきゅるると情けない声で鳴いた。
いただきます、小さく手を合わせてスプーンを持つ。ふうふうと十分に冷ましてからゆっくりと口に運んだ。まるで毒味のようである。一体どんな出来栄えかと心配だったが、食べてみると普通の卵粥だった。可もなく不可もないといった感じだ。

「うん、まあ食べれるな」
「パワプロさん」

呼び掛けた進くんがくるりと寝返りを打ってこちらを見ていた。額に乗っかっていた濡れタオルが枕の上に落ちる。それを拾い上げながら、オレは立ち上がって彼の瞼にかかった前髪をかきあげた。そのまま指に絡めるようにして優しく髪をすく。

「進くん。起こしちゃったかな、ごめん」
「いえ、僕こそ寝てばっかりで…」
「病人が何言ってんの」
「美味しそうな匂いがします」

少しだけつらそうに眉をしかめて、進くんはベッドに体を起こした。それはふわふわと頼りない動作で、うるんだ瞳は瞬きをするたびに揺れていた。少し見ているだけで、かなり無理をしているのが分かる。

「いいから寝てなって」
「それ、パワプロさんが作ったんですか?」

視線は、横に置かれた粥を真っ直ぐに見つめていた。

「ああ、うん。進くんが作ってくれたのを思い出しながら見よう見真似でね。食べれたらと思ったんだけど、まだつらそうだし今は寝てなよ」
「僕、食べたいです」
「だいじょうぶ?」
「はい」
「じゃあ、ちょっとだけでも。卵粥だよ」

進くんに粥の入った椀とスプーンを差し出そうとして思いとどまった。変なところで動きを止めたオレを進くんが不思議そうな顔で眺めている。
スプーンで粥をひとすくいして、オレはそのまま彼の口元まで持っていった。

「せっかくだしオレが食べさせてあげる」
「そんな、悪いですよ」
「いいの、オレがやりたいんだから」

ふうふうと冷まして改めて彼の方へ差し出した。戸惑いがちに開かれた唇へゆっくりとスプーンを持っていく。ぱくりと粥を食べた進くんは、美味しいですと言った後、だけど予想以上に恥ずかしいですねと言ってほんの少し顔を伏せた。熱で火照った顔がさらに赤くなったような気がする。

「進くんが作ったみたいに美味しくなくて悪いんだけど、まあ食えるから、今回はこれで勘弁してやって」
「…」
「進くん?」
「僕、変ですね、風邪を引いたことがこんなに嬉しいなんて」

力ない笑顔ではあったが、はにかんだ顔はいつもの進くんだった。見ていると、今度は彼の方からあーんと言って口を開いた。そこでようやくオレもこの行為の気恥ずかしさに気付いたのだが、いまさら引っ込めるわけにもいかず、オレは彼の要求するままスプーンを口に運んだ。ゆっくりとではあったが、もぐもぐと咀嚼する彼はとても美味しそうに粥をたいらげてしまうのだった。

「ごちそうさまでした」
「結局全部食べちゃったね」
「とっても美味しかったです」

にこにこと笑う進くんは満足そうだった。くしゃと髪をかき混ぜるように撫でるとくすぐったそうに笑った。その仕草にオレはたまらない気持ちになる。
薬を飲んだ進くんは、再び横になるとぽつぽつと話し始めた。

「起きたときにいつでもパワプロさんがいてくれるなんて夢みたいです」
「夢じゃないから、安心して寝てていいよ」
「ふふ。パワプロさんだいすき」
「…照れるなあ」
「おかゆ、おいしかったです」
「なんとか食べられるものが出来て良かったよ」
「また今度、パワプロさんの作ったごはんが食べたいです」

オレは進くんの手料理が食べたいけどなあ、そう言ったときにはもう彼は瞼を下ろしており、しばらくすると寝息が聞こえてきた。すうすうと安らかそうな寝息を立ててはいるものの、顔はどこか苦しそうだ。
布団を首までかけてあげてから、オレはタオルを冷水で絞りなおした。体温を測るように額に触れてそっと冷たいタオルを乗せる。完全に寝入った顔を見届けてから、オレは自分の分の粥を持った。うん、ごく普通の卵粥だ。


オレが彼の住むマンションにやってきたのは昨日の夜のことだ。風邪を引いて動けないというメールをもらってすぐにすっとんできた。
オフシーズン、まもなく年末年始の足音が聞こえてくる頃、進くんからの連絡が突然ぷっつりと途絶えたのだった。返信のない1日目はそれほど気にならなかったが、3日経った辺りでだんだん心配になってきた。あの几帳面な彼が返信をせずに3日も放っておくなんて今までにはなかったことだ。加えて電話をかけても一切の音沙汰なし。どうしようかと思っているところに届いたのが一通のメールだった。
返信できてなくてごめんなさい。風邪をこじらせたようで、ベッドから動けません。
ディスプレイを眺めるのもそこそこに、オレは財布と上着を掴んで飛び出したのだった。

もらっていた合いカギで部屋に入ると、メールの文面通り進くんはベッドに横になっていた。ひどく衰弱している様子で、少しの受け答えにも息が切れるようだった。行きがけに買ってきたスポーツドリンクを一口飲ませると、彼はおいしそうに喉を鳴らし結局一本を一気に飲み干してしまうのだった。聞くと、丸一日ほとんど飲まず食わずで横になっていたらしい。薬の置いてある場所を尋ねたが、薬はおろか体温計も何もないと言うので、オレは看病に必要だと思われるものを超特急で買い出しに出かけて一晩中彼の横にくっ付いていた。
熱を測ると40度近くもあり、あまりに苦しそうに息を吐く様子が心配でたまらず救急車を呼ぶことも真剣に考えた。しかし、頑なに大丈夫だと言い張る彼の言葉を聞いてオレはしぶしぶその言葉に従った。点滴を打てば随分楽になると思うのだが、何度言っても「病院は嫌い」の一点張りで進くんが首を縦に振ることはなかった。
そうこうしているうちに夜が明け、一晩ぐっすり寝たら大分楽になったようなのでオレは胸をなでおろした。

ホッとすると同時に急激な空腹を覚えたオレは、無断ながらに冷蔵庫を開けて食べられそうなものを探した。そこで見つけたのが、冷凍された米とパックに入ったままの卵だった。綺麗に真空パックされた米の袋を取り出しながら、卵粥を作ろうと思い立つ。卵粥はオレの好物でもあった。
「子供の頃、風邪のときしか食べれないと思うと余計おいしく感じてさ」
「確かに、そういうのってありますよね。あ、良かったら僕今から作りますよ」
ちょうど卵もたくさんありますしね。そんな会話がきっかけで、あの日を境に進くんはよくオレに卵粥を作ってくれるようになった。彼の料理の腕前は一級品で何を作らせても完璧だったが、卵粥はその中でも特に美味しかった。


安らかに眠っている進くんの寝顔を眺める。
毎日のように彼の作ったご飯を食べていたせいで、たった一週間ほど食べていないだけでずいぶんと口寂しく感じていた。見真似で作った自作の粥のせいでその気持ちは余計に大きくなってしまった。
彼の作ったご飯はなぜあんなに美味しいのだろう。何を入れたらそんなにおいしくなるの?半分冗談で、しかし半分は本気で尋ねてみたことがあった。
「秘密のエッセンスが入っているんですよ」
なんちゃってねと言ってあのとき彼は悪戯っぽく笑ったが、まさしくその通りに違いないと今のオレならば分かる。それはきっと、オレにしか効かない特別な調合のエッセンスに違いない。だってこんなにも効果抜群なのだ。

もしかして毒でも入ってんじゃないの?なんてふざけて言ってみても、眠っている進くんが答えることはない。
「君の作ったものだったら、毒入りでも大歓迎なんだけどね」
返事がないのをいいことに、オレは自分でも寒気のするような甘いセリフを2、3呟いて一人赤面している。一体何をやっているんだか。進くんがいないとオレはこんな風になってしまうのである。
だから、早くよくなってね。
もう一度だけ彼の髪に触れ、オレはぬるくなってしまったタオルの水を替えるべくそっと立ち上がった。


――――――――
公式が大正義だから仕方ないね
高校生のあの時から進は薬と病院がだいきらい だったら私が萌える

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