ワンサイドゲーム
高校生/主守
「好きなんだ、猪狩」
言おうか、どうしようか、やめようか、ああでもそんなことを考えて今日で一体何日目になるのだろう、オレの意気地なし、しかしそれにしても今日の猪狩も格好良かった、絶対口に出して言わないけれど野球をしているときの猪狩はしなやかで美しくて他の誰よりも格好良い、こいつと野球ができるオレは幸せ者だ、オレは絶対に猪狩と甲子園の土を踏む、自信家のこいつは優勝しか目に映っていないようだけれど、ああでもそういうところも好きなんだオレは。
そんなことを考えていたらつい口から零れ落ちてしまったらしい。ちなみに言おうと思っていた言葉とは全く別ものである(今日も絶好調だったなとかなんかそんな感じの賛辞を言おうとしていたはずなのだオレは)。
突然の告白を聞かされた猪狩はぽかんとしていたが、そんなのオレの方が驚いているのだから勘弁してほしい。大きな目をぱちぱちと瞬きさせて言葉を失っている猪狩の様子はとても珍しかった。
実を言うと、オレと猪狩の仲はあまりよろしくない。顔を突き合わせれば喧嘩ばかり、猪狩がオレにかける言葉は嫌味と挑発ばかりだったし、オレもその挑発に甘んじて乗っていたものだから、一緒にいる時はやれ勝負だ今日こそ決着をつけるのだと騒がしい。
むろん、オレも猪狩も互いの実力を認めているからこその行為ではあるが(たぶん。そうだと思いたい)、普通の友人関係とはやっぱり違っているような気がする。
勝負や喧嘩ばかりだったがオレは猪狩のことが好きだったし、誰よりも認めていた。デカイ口を叩く分だけ、それ以上に猪狩が努力することをオレは知っていた。尊敬もしていた。そんなこいつが周りになかなか理解されない現状も知っている。
猪狩は自分で自分のことを天才だ天才だと称するものだから、周りも本当にそうなのだと思い込んでしまっている。猪狩守は天才だから仕方ないのだと、当然なのだと。もちろんそんなことはないのだけど。
そんな猪狩とオレだから、相手を褒める言葉というのは普段めったにでてこない。猪狩はいわゆるツンデレというやつだったし、オレはオレで猪狩の前ではやたら強がったり恥ずかしがったりしてしまうことを自覚していたから、面と向かって褒めたためしがない。
だけど、今日の紅白試合の時に見せた猪狩のストレートがいつも以上に素晴らしかったから。思わず目を奪われてしまったから。とてつもない何かを感じたから。オレは、今日こそ素直に声をかけようと密かに決心していたのだ。
猪狩とオレはだいたいいつも最後まで居残り練習をしている。帰り支度をする頃、部室で二人きりになるのは往々にしてあることだった。
だから、オレは今日こそ猪狩に声をかけるつもりでいた。「絶好調だな、すごいな、今日のストレートどうしたんだよ」そんな感じの言葉をさらっと言うつもりだったのだ。
なのに。オレの口から出たのはあろうことかあんな言葉だったわけだ。
「キミはほんとうにばかだね」
ドキドキしながら突っ立っているオレに対して猪狩はそう言った。確かに言った。
オレの方を一瞥して、自分の荷物を片付けながらそのように言ったのだった。その横顔はいつもの自信満々のふてぶてしい笑みを浮かべていて、口角はしっかりと上がっていた。
オレはすっかり言葉を失ってしまって立ち尽くしていた。そんなオレを尻目に猪狩はどんどんと帰り支度を進めていく。ジッと鞄のチャックが閉められて、猪狩の目がこちらに向く。
「帰らないのかい」、猪狩の透き通るような青い目が問いかけてくる。ああ、帰るよ、帰るとも。オレはいつの間にか握りしめていたタオルを鞄の中に放り込んで、その辺にあるもの全部を鞄に詰めてチャックを閉めた。のそのそと扉へ向かうオレの後ろを猪狩がついてくる。オレは黙って部室を出てやっぱり黙って歩き出した。後ろでガチャリと鍵を回す音が聞こえる。
「パワプロ」
猪狩に呼び掛けられる。今日初めて名前を呼ばれたような気がする。だけどオレの足は止まらなかった。もう一度呼び掛けられる。
歩みを止めないオレに焦れた猪狩は小走りでやってきてオレの横にならんだ。覗き込むように顔を見るその様子が気に入らない。オレは猪狩のことをすっかり無視して、ほとんど駆け出すような早さで歩いていた。
「そんなの、初めから知っていたよ」
すぐ近くで猪狩の声が聞こえたと思って驚いたら、猪狩がオレのユニフォームの裾を引っ張っているのだった。そのままオレの前に立ちはだかった猪狩はなんだか難しい顔をしている。
なんだ、どうした、驚いている間にも猪狩との距離はどんどん近くなって、ついにオレと猪狩のシルエットはひとつになってしまった。外灯に照らされた猪狩の影が動く。オレはといえば身動き一つとれずに猪狩の一挙一動に目を奪われていた。
「なんて顔をしているんだい」
呆れた顔をした猪狩がもう一度近づいてくる。そしてもう一度唇に触れた。
今度はちゃんと分かった、オレは猪狩にキスされている。
「な、なんで、なにいきなり猪狩お前」
舌をもつれさせながらそれだけを言うと、猪狩はいつもの顔でフフンと笑って歩き出してしまった。今度はオレが追いかける番である。早足で歩く猪狩の背中を必死に追いかける。
「そんなことを聞くなんて、キミは本当に野暮だね。だからボクみたいにモテないんだよ」
「だって、ちょっと待てよ、なんなんだ一体」
焦れたオレは猪狩の右腕を半ば乱暴に掴んで振り向かせた。左腕は触らない。こんな時でもオレというやつは結構しっかりしている。少しだけ顔をしかめてみせた猪狩が言う。
「まさかキミはキスも知らないのか?」
「そんなわけないだろ!だから、なんでお前がオレにキスするのかって聞いてるんだよ!」
「ボクはキミの言葉に返事をしただけだ」
つんとそっぽを向いてしまった猪狩の顔をまじまじと眺める。耳まで真っ赤だった。そんな猪狩につられるようにオレの顔もぽぽぽっと染まってしまったに違いない。顔が熱い。熱くて熱くてたまらない。
「猪狩」
「なんだよ」
「オレもお前に返事をするから、目を瞑って」
猪狩の返事は待たない。直前に見えた猪狩の青い目がやたらと脳裏にちらついた。キスの仕方なんて知らないオレは、固く目をつぶって猪狩の口に自分の口をくっつけた。お世辞にも上手いとはいえないお粗末なキスだ。
それでも、唇を離した猪狩が確かに笑ったのを見留めて、オレは腕の中で猪狩を思い切り抱きしめた。猪狩の腕がオレの背に回るまで、さほど時間はかからなかった。
―――――――――
ピクシブよりお引越し
わりと気に入っています。私の中にあるいかにも主守らしい主守
「好きなんだ、猪狩」
言おうか、どうしようか、やめようか、ああでもそんなことを考えて今日で一体何日目になるのだろう、オレの意気地なし、しかしそれにしても今日の猪狩も格好良かった、絶対口に出して言わないけれど野球をしているときの猪狩はしなやかで美しくて他の誰よりも格好良い、こいつと野球ができるオレは幸せ者だ、オレは絶対に猪狩と甲子園の土を踏む、自信家のこいつは優勝しか目に映っていないようだけれど、ああでもそういうところも好きなんだオレは。
そんなことを考えていたらつい口から零れ落ちてしまったらしい。ちなみに言おうと思っていた言葉とは全く別ものである(今日も絶好調だったなとかなんかそんな感じの賛辞を言おうとしていたはずなのだオレは)。
突然の告白を聞かされた猪狩はぽかんとしていたが、そんなのオレの方が驚いているのだから勘弁してほしい。大きな目をぱちぱちと瞬きさせて言葉を失っている猪狩の様子はとても珍しかった。
実を言うと、オレと猪狩の仲はあまりよろしくない。顔を突き合わせれば喧嘩ばかり、猪狩がオレにかける言葉は嫌味と挑発ばかりだったし、オレもその挑発に甘んじて乗っていたものだから、一緒にいる時はやれ勝負だ今日こそ決着をつけるのだと騒がしい。
むろん、オレも猪狩も互いの実力を認めているからこその行為ではあるが(たぶん。そうだと思いたい)、普通の友人関係とはやっぱり違っているような気がする。
勝負や喧嘩ばかりだったがオレは猪狩のことが好きだったし、誰よりも認めていた。デカイ口を叩く分だけ、それ以上に猪狩が努力することをオレは知っていた。尊敬もしていた。そんなこいつが周りになかなか理解されない現状も知っている。
猪狩は自分で自分のことを天才だ天才だと称するものだから、周りも本当にそうなのだと思い込んでしまっている。猪狩守は天才だから仕方ないのだと、当然なのだと。もちろんそんなことはないのだけど。
そんな猪狩とオレだから、相手を褒める言葉というのは普段めったにでてこない。猪狩はいわゆるツンデレというやつだったし、オレはオレで猪狩の前ではやたら強がったり恥ずかしがったりしてしまうことを自覚していたから、面と向かって褒めたためしがない。
だけど、今日の紅白試合の時に見せた猪狩のストレートがいつも以上に素晴らしかったから。思わず目を奪われてしまったから。とてつもない何かを感じたから。オレは、今日こそ素直に声をかけようと密かに決心していたのだ。
猪狩とオレはだいたいいつも最後まで居残り練習をしている。帰り支度をする頃、部室で二人きりになるのは往々にしてあることだった。
だから、オレは今日こそ猪狩に声をかけるつもりでいた。「絶好調だな、すごいな、今日のストレートどうしたんだよ」そんな感じの言葉をさらっと言うつもりだったのだ。
なのに。オレの口から出たのはあろうことかあんな言葉だったわけだ。
「キミはほんとうにばかだね」
ドキドキしながら突っ立っているオレに対して猪狩はそう言った。確かに言った。
オレの方を一瞥して、自分の荷物を片付けながらそのように言ったのだった。その横顔はいつもの自信満々のふてぶてしい笑みを浮かべていて、口角はしっかりと上がっていた。
オレはすっかり言葉を失ってしまって立ち尽くしていた。そんなオレを尻目に猪狩はどんどんと帰り支度を進めていく。ジッと鞄のチャックが閉められて、猪狩の目がこちらに向く。
「帰らないのかい」、猪狩の透き通るような青い目が問いかけてくる。ああ、帰るよ、帰るとも。オレはいつの間にか握りしめていたタオルを鞄の中に放り込んで、その辺にあるもの全部を鞄に詰めてチャックを閉めた。のそのそと扉へ向かうオレの後ろを猪狩がついてくる。オレは黙って部室を出てやっぱり黙って歩き出した。後ろでガチャリと鍵を回す音が聞こえる。
「パワプロ」
猪狩に呼び掛けられる。今日初めて名前を呼ばれたような気がする。だけどオレの足は止まらなかった。もう一度呼び掛けられる。
歩みを止めないオレに焦れた猪狩は小走りでやってきてオレの横にならんだ。覗き込むように顔を見るその様子が気に入らない。オレは猪狩のことをすっかり無視して、ほとんど駆け出すような早さで歩いていた。
「そんなの、初めから知っていたよ」
すぐ近くで猪狩の声が聞こえたと思って驚いたら、猪狩がオレのユニフォームの裾を引っ張っているのだった。そのままオレの前に立ちはだかった猪狩はなんだか難しい顔をしている。
なんだ、どうした、驚いている間にも猪狩との距離はどんどん近くなって、ついにオレと猪狩のシルエットはひとつになってしまった。外灯に照らされた猪狩の影が動く。オレはといえば身動き一つとれずに猪狩の一挙一動に目を奪われていた。
「なんて顔をしているんだい」
呆れた顔をした猪狩がもう一度近づいてくる。そしてもう一度唇に触れた。
今度はちゃんと分かった、オレは猪狩にキスされている。
「な、なんで、なにいきなり猪狩お前」
舌をもつれさせながらそれだけを言うと、猪狩はいつもの顔でフフンと笑って歩き出してしまった。今度はオレが追いかける番である。早足で歩く猪狩の背中を必死に追いかける。
「そんなことを聞くなんて、キミは本当に野暮だね。だからボクみたいにモテないんだよ」
「だって、ちょっと待てよ、なんなんだ一体」
焦れたオレは猪狩の右腕を半ば乱暴に掴んで振り向かせた。左腕は触らない。こんな時でもオレというやつは結構しっかりしている。少しだけ顔をしかめてみせた猪狩が言う。
「まさかキミはキスも知らないのか?」
「そんなわけないだろ!だから、なんでお前がオレにキスするのかって聞いてるんだよ!」
「ボクはキミの言葉に返事をしただけだ」
つんとそっぽを向いてしまった猪狩の顔をまじまじと眺める。耳まで真っ赤だった。そんな猪狩につられるようにオレの顔もぽぽぽっと染まってしまったに違いない。顔が熱い。熱くて熱くてたまらない。
「猪狩」
「なんだよ」
「オレもお前に返事をするから、目を瞑って」
猪狩の返事は待たない。直前に見えた猪狩の青い目がやたらと脳裏にちらついた。キスの仕方なんて知らないオレは、固く目をつぶって猪狩の口に自分の口をくっつけた。お世辞にも上手いとはいえないお粗末なキスだ。
それでも、唇を離した猪狩が確かに笑ったのを見留めて、オレは腕の中で猪狩を思い切り抱きしめた。猪狩の腕がオレの背に回るまで、さほど時間はかからなかった。
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ピクシブよりお引越し
わりと気に入っています。私の中にあるいかにも主守らしい主守
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