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チョコレートは甘いか辛いか

2010巨人/主守


とある扉の前で猪狩守は困っていた。
うろうろと歩きながら、ここまで来て何を迷うことがある!と叱責する自分、いやいやもう少し考え直したらどうだと諭す自分の声を永遠と聞いていた。
こんなことをあとどれだけ続けるつもりであろう。自分らしくもなくみっともないことであるし、ドアの前でうろうろする様はいい加減不審者である。
深呼吸ひとつ、心を落ち着けて手に持ったそれを見つめる。
なんの変哲もない、ただの板チョコである。しかし、手に入れるのに少しばかり苦労した板チョコである。ついでにいえば、本日2月14日においては、チョコレート以上の意味を持つ板チョコである。

手に持った赤色の包みを眺めながら、猪狩はこのチョコレートを手に入れるまでを思い返してみた。まさかあそこまで自分が取り乱すとは想像もできなかったので、今も少しだけ胸がどきどきしている。なんたる失態であろうか。売店にいた女性店員の顔が浮かぶ。

ことのきっかけは、自分宛てに届いたメールだった。
自分へ贈られたバレンタインのチョコレートの数が多過ぎるので、保管先をどこにするかというものだった。すぐさま事務所に連絡をして、実家の方へ送る手配をした。ファンからのありがたいプレゼントではあるが、こちらに持ってきてもらっても困るだけだ。到底食べ切れる量ではあるまい。
きっと今頃進も同じようなことをしているだろうから、実家の方はチョコレートで溢れているに違いない。進に至ってはバレンタインに加えて誕生日でもあるのだから、その量たるや大変なことになっているだろう。
ふわふわした笑顔でチョコレートとプレゼントを眺める母の顔が自然と思い返されて、猪狩は知らず頬を緩めていた。

チョコレートを自宅に送ってもらい、さて今日はバレンタインであるということを思い出した。
そのとき真っ先に思い浮かんだのが、パワプロの顔だった。自分でも、なぜそのような子供じみた考えが浮かんだのか分からない、きっとひとつのチョコレートも貰えていないあいつをからかってやろうと思ったのだ。
自分は別にチョコになど執着しないが、バレンタインだチョコレートだと躍起になっているあいつを見るのは愉快である。まだ1軍に上がったばかりのあいつにチョコレートを贈る物好きはそうそういないだろう。きっと、恨みがましい目でこちらを見るに違いない。

猪狩はパワプロのことをからかうのが好きだった。いちいちリアクションが大きいのは面白かったし、こと反応が大きいというのはからかいがいがあるというものだ。
その気持ちがどういう意味を持つのかも知らないで、猪狩は日課のようにパワプロへちょっかいをかけているのだった。
周りの仲間は、そんな猪狩の様子を微笑ましいと思って眺めているのだが、当然猪狩自身は全く気が付いていない。
事実、パワプロが1軍に上がってきてからの猪狩といったら、調子も機嫌も今までにないくらいの絶好調であった。それはパワプロも同様らしく、二人が高校時代から続くライバルだと知っている者たちは、喧嘩をしながらも仲良く競い合う二人のことを温かい目で見ているのだった。

そういうわけで、今日のからかいのネタはチョコレートである。そうと決まれば善は急げ、猪狩は早速売店へと足を運ぶ。珍しくニコニコしている様子がすれ違った仲間を驚かせていたのだが、猪狩には全く与り知らぬ話であった。

売店に着いて、猪狩はきょろきょろと視線をさ迷わせてチョコレートを探した。普段めったに利用しないので、どこに何があるのか分からない。パワプロなんかは好んで菓子やらジュースやらを買い込んでいるようだったが、自分には必要のないものであったし、飲み物はほとんどが自販機でこと足りていた。

「あらぁ、猪狩くん!珍しいわねぇ」
「こんにちは」

愛想の良い売り子の女性がニコニコと人当たりの良さそうな笑顔で話し掛けてくる。微笑みで返しながらも、猪狩は内心でこっそりとため息をついていた。どうやらボクのファンであるらしいこの人には、捕まるとなかなか離してもらえないのだった。
これも、猪狩を売店から遠のかせている理由のひとつだ。パワプロが言うには「仲良くなればオマケしてくれたり、まけてくれることもある」ということらしいが、自分には真似できそうにもない。

「これを、ひとつ」

ようやく見つけたチョコレートを差し出すと、レジにいたおばちゃんは目をまんまるにしてこちらを見た。何となく予想はしていたが、ここまであからさまな顔をされるとどう反応していいのか分からない。

「猪狩くん、自分で買わなくってもたくさん貰ってるでしょ?それこそ食べ切れないくらいに」
「ええ、まあ」
「それなのにわざわざチョコレートを買っていくなんて。しかも、普段は売店に来ることすら珍しいのに」
「ハハハ…そういう気分の日だってありますよ」
「もしかして、誰かにあげるの?」
「!」

予想外の返答に、ボクとしたことが咄嗟に言葉を詰まらせてしまった。
その様子を見たおばちゃんは何かを悟ったのか、ははーん…と言うと次々に質問を繰り出してきた。

「猪狩くんにもバレンタインにチョコレートをあげたい人がいるのね。誰にあげるの?せっかくのバレンタインに板チョコでいいの?他にもまだあるわよ、こっちなんかどう?でも意外ねぇ~、猪狩くんがチョコレートなんて」
「えっと」
「あらもう、照れなくってもいいじゃない!おばさん応援しちゃうわよ!ちょっと妬けちゃうけど…なーんてね!猪狩くんにも好きな子がいるのねぇ…。ねえねえ、どんな子?かわいい子?…猪狩くん?」

次々と畳み掛けられる言葉たちに、猪狩は言い知れぬ場違い感と恥ずかしさを覚えていた。
もしかして、これからボクがしようとしていることはとてつもなく恥ずかしいことではないのだろうか。
顔に熱が集まる。

「あら、猪狩くん」
「お釣りは結構です!」
「あっ、待って!」

置いた千円札の代わりにチョコレートを握りしめて、猪狩は逃げ出すようにその場をあとにした。猪狩くんと何度か呼ばれたが、振り返る勇気はなかった。
いつの間にか小走りで駆けていて、こんなことをしている自分に驚いた。
この程度の距離で息が上がっているのも驚きである。


そういうわけで、猪狩は時価にして千円の板チョコを持ってパワプロの部屋の前をうろうろしているのであった。
ちょっとからかってやるつもりで買ったチョコレートがまさかこんなことになるだなんて。しかしながら、ここまで来てしまっては後に引けまい。しっかりしろ、猪狩守!自分で自分に喝を入れて、猪狩はしっかりとした手つきでドアノブをまわした。いつものことながら、鍵はかかっていない。無用心極まりないが、これがパワプロの常であった。そもそも、こうして勝手に部屋に入るのもいつものことである。
しかし、ノックをするのを忘れてしまった。やはりまだ動揺しているらしい。

「ハーハッハ。どうしたんだい?」
「猪狩!?」

グラブの手入れをしていたらしいパワプロは、勢いよくこちらを振り返るとあからさまに驚いて目をまんまるにさせている。そんな顔を見ていると、先程までしぼみかけていた気持ちがみるみるうちに大きくなっていくのが分かった。パワプロのこういう顔を見るのはいつだって楽しい。

「今、メールが入ったんだが日本の球団事務所にダンプ数台のチョコが届いてね」
「はあ」
「おかげで、ショベルカーで整理しているありさまだ。ホント、参ったよ。どうやらキミには1個もないみたいだね」

ちらっと視線をやって部屋の中を見回す。机の上、ベッド脇、あきっぱなしになっている鞄の中、どうやらそれらしきものはなさそうである。よしよし、ボクの睨んだ通りだ。気分がいい。
俄然調子を取り戻してきた猪狩の舌は饒舌に言葉を紡ぐ。パワプロの前ではついつい口が軽くなってしまうのも猪狩の常であった。そのことに気がついていないのは当人たち二人だけである。
猪狩もたいがい鈍感であったが、そういう意味ではパワプロも負けず劣らずのいい勝負をするのだった。

「チョコなんていらねーよ」
「ははっ、負け惜しみを。そうだ、かわいそうだからキミにも1個あげるよ」

きょとん、パワプロは大きな目をくりくりさせると真正面から猪狩を見つめた。予想外の反応に少しだけひるんだ猪狩であったが、悟られまいと唇に乗せた微笑は崩さぬままにパワプロの視線を受け止めた。

「ファンからもらったのをいいのか?」
「ファンから?そんな大切なチョコを渡すわけないだろ?」
「え?」
「これはさっき、ボクが売店で買ったんだよ。キミに恵んであげるよ」

手に持っていたチョコレートをすっと差し出すと、パワプロは自然な動作でそれを受け取った。パワプロは手にのせられた赤い包みをまじまじと眺めている。それを穴があくほど見つめると、その視線は猪狩に向いた。見ているとみるみるうちにパワプロの眉はつりあがっていって、それにつられるかのように猪狩の唇の端も持ち上がる。

「バカにするな!」
「じゃあね。おっと、食べた後はちゃんと歯を磨かないと虫歯になるよ。ハハハハハ」

目的は果たした、長居は無用ということで猪狩はくるりと背を向けるとさっさと扉を閉めてパワプロの部屋をあとにした。
パワプロの手に握られたチョコレート、確かに自分で買ったチョコレート、それをまじまじと見つめるパワプロ、そんなパワプロの様子を眺めている自分。なんだか、最高の気分だ。
よく分からない高揚感と満足感にみたされた猪狩は、自分でもびっくりするほどの軽い足取りで自室への道を歩いていった。
人のいいパワプロのことである、いくら自分からもらったものとはいえ、食べ物を捨てたりないがしろにしたりしないことだけは確かである。
パワプロは一体どんな顔をしてあのチョコレートを食べるのだろうか。
そんなことを考えるだけで、猪狩の頬は緩んで仕方がないのだった。


  +++


バタンと勢いよく閉まった扉と手の中にあるチョコレートを交互に睨み付けていたパワプロは、なんだか急にばかばかしい気持ちになって勢いよくベッドへと倒れ込んだ。

「くそー!来季こそは有名になっていっぱいチョコをもらうぞ!」

叫んでみてもむなしいだけである。少しばかり恥ずかしい気持ちになって、パワプロは布団を手繰り寄せて頭から勢いよくかぶった。
猪狩のやつめ、一体なにを考えているのだろう。猪狩が自分の予想の範疇にないことをするのはしばしばだったが、今回のことは本当によく分からない。
わざわざバレンタインにチョコレートをたくさんもらったという自慢を自分のところへ報告しに来る理由とはなんだろう。自分で買ったチョコを嫌味としておいていったのだから、それは少々手が込みすぎているような気もする。

(猪狩が買ったチョコ…)

そういえば、売店で買ったとかなんとか言っていたが、猪狩が普段売店をめったに利用しないことをパワプロは知っていた。
本当にあいつは何を考えているのだろう。暇なんだろうか。まさか。
少しでも時間が空けば筋トレでも精神鍛錬でも始めてしまうような野球ばかの猪狩である、果たして暇を持て余したとしてそんなことをするであろうか。

チョコレートを眺めながらそんなことをもやもやと考えていたパワプロは、こんなものがあるからいけないのだと思い当たった。猪狩からもらったチョコなんかを見ているのが悪い。考えたって分からないことは考えない方がいいのだ。
くれると言っているのだから、ありがたく頂戴することにしよう。そうだ、それがいい。
がさがさと包みを剥がしてさっそくパワプロは板チョコにかじりついた。
見た目通り、何の変哲もない板チョコである。甘い。
もぐもぐと食べ進めると、意外にも疲れた体は甘いものを欲していたようで、板チョコはあっという間になくなってしまった。
ダンプ数台のチョコレートなんて、一体何日かかったら食べ切れるのかなあ…のんびりと考えていたら急な眠気まで襲ってくる始末である。少し早いが、今日はもうこのまま寝てしまうことにしよう。不思議と気分は悪くなかった。

包みをポイとゴミ箱に放って、パワプロは手について溶けてしまったチョコレートを舐めた。
それはやっぱり甘くて、なぜだかわからないがパワプロは少しだけ笑ってしまった。


―――――――――
ピクシブよりお引越し

ネットでこのイベントを知り、正直これでパワプロにも主守にも転んだような節が

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