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三六五日の一

三六五日分の一(主守)

「あ、そういえば。猪狩、誕生日おめでとう」
 隣にいる男が唐突にそんなことを言うものだから、驚いた。何を言えばいいのか、どんな顔をしていたら良いのか分からなくて、猪狩はぱちぱちと瞬きをしたまま黙っていた。
 いつも河原でする三球勝負、今日も当然のように猪狩が勝って、グラブとボールをしまったところだ。互いに部活動の帰り道、猪狩は青いユニフォームを着ていて、男は赤いユニフォームを着ている。
 男とは、猪狩がランニングをしている途中で肩をぶつけてから、なぜだか知らないがその後何度も顔を合わせることになった。走るコースを変えても、時間を変えても、曜日を変えても、男とはいつでもどこでも出くわすものだから、猪狩はそのうち観念することにした。他校の生徒である男が野球部であることはその姿を見れば一目瞭然で、言葉を交わすようになってからこうして三球勝負をするようになるまで、そう時間はかからなかった。だいたいいつも猪狩が勝って、男が悔しそうに負け惜しみを口にしたら、それに猪狩が応酬してそのまま解散する。
 だから、これは、いつもの恒例の時間に、いつもとは違うことが起きている。バットをケースにしまって肩に提げた男は、猪狩が黙ったままでいるのも気にせずに続けた。
「お前さー、そういうことはもっと早く言えよ。って、まあ、言うタイミングとかないか」
「……なぜキミが知っているんだ」
「進くんに聞いたから」
 疑問の上に疑問が重なって、猪狩はさらに黙ってしまう。質問が多すぎて言葉が出ない猪狩を置いてけぼりにして、男は一人で喋っている。進とはどうやら前から知り合いであるらしいこと、一緒にゲームセンターへ遊びに行くほど親しくしていること、昨日は偶然街で会って自分の誕生日について聞いたこと。弟のこと、男のこと、誕生日のこと。情報量が多くてついていけない。
「はい。これ」
「なんだい」
「誕生日プレゼントだよ」
 差し出されたものを反射的に受け取ってしまってから、猪狩はその包みをまじまじと眺めた。袋には、ミゾットスポーツのロゴが書かれている。
「慌てて買ったからあんまりたいしたもんじゃないけど、文句言うなよな」
「……」
「あ!ちなみにオレの誕生日は来月だから、よろしく!」
 にこにこと笑うその顔を見返して、猪狩はようやく声を出すことが出来た。
「……ありがとう」
「うん。なー、オレ腹減った。なんか食ってかない?」
「キミの奢りならいいだろう」
「なんでだよ」
「誕生日、だからな」
「プレゼントはもうやっただろ!」
 ようやく調子が出てきた猪狩に男はいつものように唇を尖らせて、それでもいつものように帰ったりはしなかった。いつかぶつけた肩を並べて歩くのは初めてのことで、猪狩はもらった袋を握りしめたまま息をついた。なんだか変な感じだけれど、たまにはこういうのも悪くない。

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