人はそれをデートと呼ぶ
高校生/主守
猪狩守がクレープを食べている。
慣れない手つきで悪戦苦闘しながらもぐもぐとクレープを食む猪狩の様子はどう考えても非日常的なものであり、オレは自分の食べる手をとめて思わず猪狩の顔をじっと見つめてしまった。
そんなオレの視線に気がついた猪狩は、なんだよとでも言いたそうな顔でこちらを一瞥するも、すぐにまた意識はクレープの方へ向いてしまったようで、再びおいしそうに食べ始めた。どうやらよほど気に入ったらしい。
きっかけは部室で話していた矢部くんとの会話だった。
どうやら駅前に新しくクレープのお店が出来て女子に大人気らしい、イケボーイのオイラとしては一度偵察に行ってみるつもりでやんす!と矢部くんは息巻いていた。
パワプロくんもどうでやんすか?矢部くんに誘われてもオレはさほど惹かれなかったのだが、どうやら猪狩がこのクレープ店に興味があるらしいと気が付いてしまってからは話が別だ。
あの猪狩がこちらを見ながら珍しく何かを言いかけてやめたのだった。物言いのはっきりしている猪狩が途中で自分の言葉を引っ込めるなんてことは滅多にない。
もしかして猪狩は話題の店のクレープが食べたいのかもしれない。
オレは矢部くんに場所を尋ねて、練習終わりにこっそり猪狩へ声をかけてみた。素直じゃないこいつはみんなの前で尋ねたところでフンとはねのけるに違いないと思ったからだ。
オレの予想は的中して、話しかけると猪狩はクレープ店について興味を示してきた。
どうやら猪狩は甘いものが好きなようである。意外だ。
俄然楽しくなってきたオレは、ほんの出来心で猪狩とクレープ店に行くことを提案してみた。
またまた意外なことに返事はオーケー。「キミがどうしてもと言うのなら、仕方がないな」いつものかわいげない返答ではあったが、まさか一緒に行くことになるとは思わなくてオレは驚いた。
立ち尽くしているオレに、猪狩はいつもの調子で早く行くぞと促してくるのだった。
お店の中はがやがやして騒がしい。テーブルは程よく埋まっていて、矢部くんの情報通り周りは女の子たちばかりだ。見ていると、テイクアウトして食べながら帰る人も多いみたいだった。
二人分持ってきた水を猪狩の前に差し出すと、猪狩は素直にそれを飲んだ。上品な手つきでナプキンをとるとこれまた優雅な動作で口をふいて、再びクレープに口をつける。今しがた拭いたところだというのに、猪狩のほっぺたにはもう生クリームがついていた。なんだか面白い。
なんとなく予想していたことだったが、猪狩はこういう店へ来ることに慣れていないらしい。
店に入ってからの猪狩は珍しくそわそわきょろきょろとしていた。
オレはといえば、店内に入った途端香る甘い匂いにお腹をぐうと鳴らしていた。生地の焼ける香ばしい匂いがたまらない。オレも甘いものが大好きだ。
オレはいちばん初めに目についた「今月のオススメ!」と書かれたクレープを頼むことにした。果物がたくさん入っているのが魅力的だし、アイスクリームまで乗っかっていてとてもおいしそうだ。
猪狩はどれにするんだろう。落ち着きなさそうにそわそわしている猪狩へオレは声をかけた。
「猪狩、どれにするか決めた?」
「いちごとチョコと…バナナのがいい」
「アレ?」
「ちがう、その隣だ」
「ああ、あれね。分かった。じゃあオレが買ってくるから、お前は席とっといてくれよ」
「…」
「猪狩?」
「あ、ああ、分かった…頼んだぞ。まちがえないでくれよ」
「分かってるって」
そういうわけでいま猪狩は「イチゴとバナナのチョコレートホイップカスタード」を食しているわけだ。
アイスの冷たさに頭をキンとさせながらオレは考える。
オレの頼んだ通りテーブルを確保して大人しく座っていた猪狩の様子はかわいらしかった。戻ってきたオレの姿を見て(正確にはクレープを見て?)顔を綻ばせた猪狩にオレも笑った。
代金を、という猪狩の申し出をやんわりと退けてオレはさっそくクレープにかじりついた。誘ったのはオレの方だし、いいよこのくらい。次はお前がおごってよ。
言うと、猪狩は大きな目をくりくりさせて驚いているようだった。今日は猪狩の珍しい様子を見てばかりだ。
クレープを受け取った猪狩は小さい声で礼を言うと、そろそろと口をつけた。
ぎこちなく初々しい様子にオレの頬はどうしようもなく緩んでしまう。あの猪狩がまるで子供みたいだ。
どうやら猪狩は、嫌味な人間というよりは不器用な人間であるらしいとオレが気付いたのはつい最近のことである。
不器用というのは、例えば動作のことでもあるし人間味における部分も指す。
高飛車でデカイことばかり言うのでどうしても他人に疎まれるのだが、猪狩は自分の言葉に責任を持つし、根拠のないことを言わない。時にチームメイトに対して辛辣なことを言うのもそいつのためを思ってのことだった。ただ、不器用で人間関係を構築するのが上手くないらしく、たびたび誤解をされている。
もう少し柔和という言葉を覚えればいいのだが、いかんせん猪狩は猪狩である。
それに、どうやら嫌味を言うということは猪狩にとって元気のバロメーターでもあるようなので、自信家のこいつはやっぱりこのままでいいのかもしれない。
例え誰が誤解をしようと、オレが間違えなければそれでいいのだ。
だいたい、嫌味じゃない猪狩なんてオレの方こそ調子が出ない。
「猪狩、甘いの好きなんだな」
「ああ、まあね」
「なんか意外。他に好きなものとかある?例えばケーキとかドーナツとか」
「ボクはロールケーキが好きだな。隣町にある店のパワロールがすごく美味しいんだ」
「へえ~、オレも食べてみたい」
「休日になるとよく進と一緒に買いに行くのさ」
甘味は猪狩の口をも饒舌にするらしい。機嫌が良さそうに猪狩はにこにこしながら話してくる。
嬉しいような、なんだか調子が狂うような面映ゆい感じだ。
もっと早くに猪狩といろんな話をしてみれば良かった。これからは積極的にたくさんのことを聞いてみよう。気分屋のこいつのことだから、時と場所とタイミングを見計らいながらではあるけれど。今度は矢部くんたちと一緒に来ても楽しいだろう。
猪狩の口の端には相変わらずチョコレートソースがついていたが、言うと面倒くさそうなので放っておく。
おいしく食べているのならそれがいちばん良い。
そう思って勢いよくクレープにかぶりついたオレは、顔に生クリームがついていることを猪狩に指摘されるのだった。まるで子供みたいだな、猪狩は得意げに笑ってみせる。うるせーと言って紙ナプキンを取ろうとしたオレより先に猪狩の手元がすっと動いた。
きょとんとしていると、猪狩は適当にオレの口元をぬぐってフフンと笑っている。ものすごく機嫌が良さそうだ。なんだこれ。動揺しているのはオレだけなのか。
心臓がどうしようもなく飛び跳ねて、オレはすっかりクレープの味も分からなくなってしまった。悔しかったので、オレは目の前にあった猪狩のクレープを思い切り頬張ってやった。
猪狩が抗議の声を上げたのは言うまでもない。
オマケ
「パワプロ」
「ん、なに?」
「今日、このあと時間があるかい」
「うん、大丈夫だよ。居残り練習か?付き合うぜ」
「そうじゃなくて…」
「?」
「前に、行っただろう、一緒に」
「なんだっけ?」
「ああもう、ほんとうにキミは察しが悪いな。クレープを食べに行っただろう」
「ああ、それか。で、それがどうかした?」
「今日は、このあと暇なんだろ」
「うん。…もしかして一緒に行こうって誘ってる?」
「それ以外になにがあるんだい」
「お前から誘ってくるなんて珍しいな」
「キミに借りをつくったままなのは嫌なんでね。今日はボクのおごりだよ」
「ほんとお前って素直じゃないのな~。はは、まあいいや、行こうぜ猪狩」
「ああ」
「今日はなに食べよっかな~」
人はそれをデートと呼びます
――――――――――
ピクシブよりお引越し
放課後デートって青春ですよね~主守ですよね~
猪狩守がクレープを食べている。
慣れない手つきで悪戦苦闘しながらもぐもぐとクレープを食む猪狩の様子はどう考えても非日常的なものであり、オレは自分の食べる手をとめて思わず猪狩の顔をじっと見つめてしまった。
そんなオレの視線に気がついた猪狩は、なんだよとでも言いたそうな顔でこちらを一瞥するも、すぐにまた意識はクレープの方へ向いてしまったようで、再びおいしそうに食べ始めた。どうやらよほど気に入ったらしい。
きっかけは部室で話していた矢部くんとの会話だった。
どうやら駅前に新しくクレープのお店が出来て女子に大人気らしい、イケボーイのオイラとしては一度偵察に行ってみるつもりでやんす!と矢部くんは息巻いていた。
パワプロくんもどうでやんすか?矢部くんに誘われてもオレはさほど惹かれなかったのだが、どうやら猪狩がこのクレープ店に興味があるらしいと気が付いてしまってからは話が別だ。
あの猪狩がこちらを見ながら珍しく何かを言いかけてやめたのだった。物言いのはっきりしている猪狩が途中で自分の言葉を引っ込めるなんてことは滅多にない。
もしかして猪狩は話題の店のクレープが食べたいのかもしれない。
オレは矢部くんに場所を尋ねて、練習終わりにこっそり猪狩へ声をかけてみた。素直じゃないこいつはみんなの前で尋ねたところでフンとはねのけるに違いないと思ったからだ。
オレの予想は的中して、話しかけると猪狩はクレープ店について興味を示してきた。
どうやら猪狩は甘いものが好きなようである。意外だ。
俄然楽しくなってきたオレは、ほんの出来心で猪狩とクレープ店に行くことを提案してみた。
またまた意外なことに返事はオーケー。「キミがどうしてもと言うのなら、仕方がないな」いつものかわいげない返答ではあったが、まさか一緒に行くことになるとは思わなくてオレは驚いた。
立ち尽くしているオレに、猪狩はいつもの調子で早く行くぞと促してくるのだった。
お店の中はがやがやして騒がしい。テーブルは程よく埋まっていて、矢部くんの情報通り周りは女の子たちばかりだ。見ていると、テイクアウトして食べながら帰る人も多いみたいだった。
二人分持ってきた水を猪狩の前に差し出すと、猪狩は素直にそれを飲んだ。上品な手つきでナプキンをとるとこれまた優雅な動作で口をふいて、再びクレープに口をつける。今しがた拭いたところだというのに、猪狩のほっぺたにはもう生クリームがついていた。なんだか面白い。
なんとなく予想していたことだったが、猪狩はこういう店へ来ることに慣れていないらしい。
店に入ってからの猪狩は珍しくそわそわきょろきょろとしていた。
オレはといえば、店内に入った途端香る甘い匂いにお腹をぐうと鳴らしていた。生地の焼ける香ばしい匂いがたまらない。オレも甘いものが大好きだ。
オレはいちばん初めに目についた「今月のオススメ!」と書かれたクレープを頼むことにした。果物がたくさん入っているのが魅力的だし、アイスクリームまで乗っかっていてとてもおいしそうだ。
猪狩はどれにするんだろう。落ち着きなさそうにそわそわしている猪狩へオレは声をかけた。
「猪狩、どれにするか決めた?」
「いちごとチョコと…バナナのがいい」
「アレ?」
「ちがう、その隣だ」
「ああ、あれね。分かった。じゃあオレが買ってくるから、お前は席とっといてくれよ」
「…」
「猪狩?」
「あ、ああ、分かった…頼んだぞ。まちがえないでくれよ」
「分かってるって」
そういうわけでいま猪狩は「イチゴとバナナのチョコレートホイップカスタード」を食しているわけだ。
アイスの冷たさに頭をキンとさせながらオレは考える。
オレの頼んだ通りテーブルを確保して大人しく座っていた猪狩の様子はかわいらしかった。戻ってきたオレの姿を見て(正確にはクレープを見て?)顔を綻ばせた猪狩にオレも笑った。
代金を、という猪狩の申し出をやんわりと退けてオレはさっそくクレープにかじりついた。誘ったのはオレの方だし、いいよこのくらい。次はお前がおごってよ。
言うと、猪狩は大きな目をくりくりさせて驚いているようだった。今日は猪狩の珍しい様子を見てばかりだ。
クレープを受け取った猪狩は小さい声で礼を言うと、そろそろと口をつけた。
ぎこちなく初々しい様子にオレの頬はどうしようもなく緩んでしまう。あの猪狩がまるで子供みたいだ。
どうやら猪狩は、嫌味な人間というよりは不器用な人間であるらしいとオレが気付いたのはつい最近のことである。
不器用というのは、例えば動作のことでもあるし人間味における部分も指す。
高飛車でデカイことばかり言うのでどうしても他人に疎まれるのだが、猪狩は自分の言葉に責任を持つし、根拠のないことを言わない。時にチームメイトに対して辛辣なことを言うのもそいつのためを思ってのことだった。ただ、不器用で人間関係を構築するのが上手くないらしく、たびたび誤解をされている。
もう少し柔和という言葉を覚えればいいのだが、いかんせん猪狩は猪狩である。
それに、どうやら嫌味を言うということは猪狩にとって元気のバロメーターでもあるようなので、自信家のこいつはやっぱりこのままでいいのかもしれない。
例え誰が誤解をしようと、オレが間違えなければそれでいいのだ。
だいたい、嫌味じゃない猪狩なんてオレの方こそ調子が出ない。
「猪狩、甘いの好きなんだな」
「ああ、まあね」
「なんか意外。他に好きなものとかある?例えばケーキとかドーナツとか」
「ボクはロールケーキが好きだな。隣町にある店のパワロールがすごく美味しいんだ」
「へえ~、オレも食べてみたい」
「休日になるとよく進と一緒に買いに行くのさ」
甘味は猪狩の口をも饒舌にするらしい。機嫌が良さそうに猪狩はにこにこしながら話してくる。
嬉しいような、なんだか調子が狂うような面映ゆい感じだ。
もっと早くに猪狩といろんな話をしてみれば良かった。これからは積極的にたくさんのことを聞いてみよう。気分屋のこいつのことだから、時と場所とタイミングを見計らいながらではあるけれど。今度は矢部くんたちと一緒に来ても楽しいだろう。
猪狩の口の端には相変わらずチョコレートソースがついていたが、言うと面倒くさそうなので放っておく。
おいしく食べているのならそれがいちばん良い。
そう思って勢いよくクレープにかぶりついたオレは、顔に生クリームがついていることを猪狩に指摘されるのだった。まるで子供みたいだな、猪狩は得意げに笑ってみせる。うるせーと言って紙ナプキンを取ろうとしたオレより先に猪狩の手元がすっと動いた。
きょとんとしていると、猪狩は適当にオレの口元をぬぐってフフンと笑っている。ものすごく機嫌が良さそうだ。なんだこれ。動揺しているのはオレだけなのか。
心臓がどうしようもなく飛び跳ねて、オレはすっかりクレープの味も分からなくなってしまった。悔しかったので、オレは目の前にあった猪狩のクレープを思い切り頬張ってやった。
猪狩が抗議の声を上げたのは言うまでもない。
オマケ
「パワプロ」
「ん、なに?」
「今日、このあと時間があるかい」
「うん、大丈夫だよ。居残り練習か?付き合うぜ」
「そうじゃなくて…」
「?」
「前に、行っただろう、一緒に」
「なんだっけ?」
「ああもう、ほんとうにキミは察しが悪いな。クレープを食べに行っただろう」
「ああ、それか。で、それがどうかした?」
「今日は、このあと暇なんだろ」
「うん。…もしかして一緒に行こうって誘ってる?」
「それ以外になにがあるんだい」
「お前から誘ってくるなんて珍しいな」
「キミに借りをつくったままなのは嫌なんでね。今日はボクのおごりだよ」
「ほんとお前って素直じゃないのな~。はは、まあいいや、行こうぜ猪狩」
「ああ」
「今日はなに食べよっかな~」
人はそれをデートと呼びます
――――――――――
ピクシブよりお引越し
放課後デートって青春ですよね~主守ですよね~
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