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今日の日はさようなら

今日の日はさようなら (主人公と猪狩守)

 受け取るんじゃなかった。そうは思っても後の祭り、猪狩は半ば無理矢理渡された包みに目を落とした。応援しています、シンプルなメッセージカードが添えられたそれは、菓子か何かだろうか。手の中のそれを見つめながら、猪狩にしては珍しく溜息をつくのだった。
 廊下を歩いているところを呼び止められたのは、つい先程のことだ。あの、猪狩くん。恥じらいながらこちらを見つめる女生徒。正直なところ、猪狩にとってはそれほど珍しくもない日常であった。いつものようにファンの女生徒から声を掛けられたとばかり思った猪狩は、慣れた様子で振り返った。ファンサービス、雑誌の記者にする受け答えのように、スカウトへ人当たりの良い笑顔を見せるように、猪狩は微笑んだ。
「あの、これ、パワプロくんに渡してほしくって、あの」
 だから、女生徒の口からそんな言葉がこぼれて落ちたとき、猪狩は自分がどんな顔をしたのか分からない。きっとさぞや間の抜けた顔をしていたことだろう。ぼんやりしている猪狩に構わず、女生徒の方は半ばまくしたてるように用件を告げるのだった。要するに、自分の代わりにパワプロへ差し入れを渡してほしいと言うことらしかった。最近の猪狩くん、パワプロくんとすごく仲が良さそうだから。
 渡されたそれを猪狩が思わず受け取ってしまったときには、すでに女生徒は風のように姿を消していた。呆気にとられた猪狩は、誰もいない廊下の先を黙って見つめるほかなかった。
 経緯はどうあれ、受け取ってしまったからには、渡さないわけにはいかないだろう。苦い気持ちになりながら、猪狩は手の中のそれを改めて見る。どうして、このボクが。よりにもよって、あのパワプロに。感情の矛先は、女生徒ではなく、パワプロの方に向いていた。的外れな感情が、ふつふつと沸いては止まらなかった。あの、パワプロに!
「よお、猪狩」
 振り返らなくても、分かった。こんな風に呑気な声で自分の名前を呼ぶ男は、この学校に一人しかいない。それにしてもなんというタイミングであろう。もう少しこいつが早く現れていれば、ボクはこんな目に遭わずに済んだというのに。そんな気持ちはおくびにも出さず、猪狩はつとめていつも通りを装って振り返った。手の中のそれを、そっとパワプロの方へ差し出す。
「ほら。渡したからな」
「えっ?なにこれ?お前が、オレに?」
「そんなわけないだろう。キミのファンだという女生徒に、さっき頼まれたんだよ。確かに、渡したからな」
「えー!?オレに?」
 嬉しそうに色めき立ったパワプロは、飛び上がるようにして喜んだ。その嬉しそうな顔を見ていると、先程まで沸き上がっていた感情が煮え立つようであった。腹の底が焦げ付くような居心地のわるさは、今までに感じたことのないものだ。だから、感情そのままに言葉がついて出る。
「甲子園に出ると、キミのような人間にもファンが現れるんだな」
「いちいち引っかかる言い方だなー。でもいいや、そっか、オレのファンかー!どんな子だった?名前は?」
「知らないよ」
 本当に知らないのに、パワプロはしつこく尋ねてくる。やっぱり、受け取るんじゃなかった。後悔先に立たずとは、まさにこのことである。廊下ではしゃぎ回るパワプロを、さっきの女生徒に見せてやりたいと猪狩は思った。こんなに喜ぶのだ、やはり自分で伝えなければ、意味がない。この気持ちが、どこかの誰かに、先を越されてしまう前に。
 自分ではない他の誰かに、とられてしまう前に。
 そう思い付いたとき、猪狩は驚いて思わず声をあげていた。
「えっ?」
「猪狩?どうしたんだよ」
「いや…」
「あ、そうだ。ここで会ったついでに、数学の教科書持ってたら貸してくんない?」
「…また忘れたのかい」
「宿題ごとな!」
「胸を張るんじゃない」
 いつもの調子が戻ったことにほっとして、猪狩は人知れず息をついた。芽吹いた感情がこれからどんな変化をもたらすのか、猪狩自身すらもまだ、預かり知らぬことだ。
 吹き抜ける風は、いつの間にか夏から秋の匂いへと変わっていた。




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こんな女いる?(いねー!)
主守を主守たらしめる装置として登場してもらいましたよごめんなさいね
片思いする守さんがムーブメント

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