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巡ること

主守

完全なるパラレルワールド
癖のある話のため、捏造偽造設定が苦手な方は閲覧を控えていただきますようお願い申し上げます






 僕の名前は、猪狩進という。少し長くなるが、記録としてここに残しておこうと思い立ち、このたび筆を取った次第である。

 これから話す出来事は、幼い頃兄が一匹の犬を拾ってきたところから始まる。
 僕自身の記憶が定かではないので、あれは兄が3つか4つのときのことだと思う。あの日の兄は、何の前触れもなく唐突に犬を拾ってきた。きょとんとしている使用人や僕を差し置いて、兄はただ「飼う」の一点張りで、小さな手をいっぱいに使って抱いた犬を決して離そうとはしなかった。

 当然反対した父と母は兄へやんわりと諭すように教え聞かせたが、兄は頑として主張を譲らなかった。今まで父や母に逆らったことのない兄があのような物言いをするのかと、僕は幼心に衝撃を受けたのを覚えている。静かに、それでも絶対に自分の主張を曲げずに兄は犬を手放さなかった。そうして、最終的に折れたのは両親の方だった。

 それから、犬は家族になった。拾ってきた兄が世話を焼くのはもちろん、僕や父と母、使用人にもよく懐いたその犬は皆からかわいがられていた。犬の名前はパワプロといった。兄が付けたのだ。どうしてその名前なのかと僕は尋ねたことがあったが、兄はとうとう犬が死ぬまでその理由を言わなかった。

 ある日、年をとった犬はとうとう弱って、安らかに死んでいった。寿命を全うしたのだ。朝、兄が様子を見に行ったときにはすでに冷たくなっていたという。その日のうちに、犬は庭に作られた墓へと埋められた。僕たちの家は一般的な家庭よりも裕福だったため、犬一匹の墓を庭に作ることくらい造作もないことであった。

 犬が死んだ日、兄はもちろん落ち込んでいたが、決して泣かなかった。犬が墓へ埋められるとき、兄は「大切な人の名前」だと言って、最後にもう一度だけその名前を呼んでいた。まだあどけなさが残る子供の顔にしては随分と感傷的な表情で、その横顔は僕の中に今でも印象深く残っている。

 兄は死んだ犬のことを引きずることもなく、普段通りに生活をしていた。そうしているうちに自然と時間は過ぎていき、そして、次に兄が興味を持ったのは犬ではなく鳥だった。ある日、父に連れられて行った得意先の社長の家にインコがいた。確かにかわいらしいとは思ったが、僕は別段それ以上の感情を覚えることはなかった。しかし、兄は違った。インコのいる鳥籠の前から一向に動こうとしなかったのである。
 「守、いい加減にしなさい」と父に厳しくたしなめられても、それでも兄はインコから視線を離さないまま、鳥籠の前から一歩たりとも動こうとしなかった。

 最終的に、インコは僕たちの家にやってきた。根負けした父が、取引先の社長に頼んだのである。社長は朗らかに笑って、そんなに気に入ってもらえたのならと言ってすんなりとインコを兄へ渡してくれた。そのときの兄がどれほど嬉しそうな顔をしていたか、僕は今でも鮮明に覚えている。

 インコは兄の部屋で飼育されることになった。その間、兄はインコに様々な言葉を教えていたようである。たまに僕も一緒になってインコと遊ぶことがあったが、そのインコは兄のことを名前ではなく苗字で呼んでいたのをよく覚えている。

 やがてインコも死に、その後も兄は様々な生き物を飼った。それはヘビだったこともあるし、金魚だったりもした。いずれも兄は大層かわいがっていたが、やがては死んでいった。そして、それらの名前は皆、あのときの犬と同じものだった。



 いつの日か、僕は兄から不思議な話を聞かされたことがある。兄曰く、「この世界とは違う場所にいた僕たちの話」なのだそうだ。

 兄の聞かせる話の中では、僕たちは野球をしていた。兄がピッチャー、僕がキャッチャーをしていて、「猪狩兄弟バッテリー」などと呼ばれていたそうだ。僕は今日まで野球などしたこともなければ興味もなく、その話はあまりに突拍子もないことだった。それに、兄自身も野球とは全く関わりのない生活をしている。僕たち兄弟は、幼い頃からずっと父の会社を継ぐための教育と訓練を受けてきたのだから、そのような暇は一切なかったとも言い換えられる。
 そうだと思っていたのに、野球の話をするときの兄の目はいつになく輝いていて、また野球に関する知識も深かった。兄の新しい一面を知り、僕は瞳を瞬かせたものだ。

「ああ、そうだ、ボクたちは野球をしていたんだ。進、お前もやっぱり忘れてしまったんだな。どういうわけか、これはボクしか覚えていないことらしい。ただ、あのとき一緒に野球をしていたチームメイトたちは、ボクたちのすぐ身近にいたりするんだ。不思議だろう?ボクにも理由は分からないが、きっと、そういう因果で結びつけられているのだと思う。最近、父の秘書になった蛇島さんは、進も知っているだろう?あの人とも、チームメイトだったんだよ。ああ、もちろん進も一緒だった。それから…」

 兄は次々と名前を挙げていき、それはたいてい僕も知っている人の名前ばかりだった。僕が何も言わないのをいいことに、兄はこんこんと話を続けている。向ける眼差しはどこか遠く、とても懐かしいものを見ているような優しい顔をしていた。

「それから、この前公園を散歩していたときに高校生に会っただろう」
「ああ、そういえば、そうでしたね。ボールが飛んできて…」
「あいつの名前は、友沢亮というんだ」
「兄さん、知り合いだったんですか?」
「いや。初めて会った。それでも、ボクはあいつのことを知っている」
「…」
「あいつは、やっぱり野球をしていたな。嬉しかったよ。あいつは、やはりそういう星の元に生まれていたということなのだろう」

 一人納得をしたらしい兄は、うんうんと頷いて上機嫌にマグカップを持ち上げた。しかし、一口だけコーヒーを飲んだ兄は、今まで話し込んでいたのが嘘のようにそれ以降は黙ってしまった。そんな兄の様子を眺めながら、僕は今までの話を聞いていて疑問に思ったことを口にした。

「兄さんも僕も、そんなに野球が好きだったのに、どうして今の僕たちは野球に無縁の生活をしているんでしょう」

 兄はちらりと視線を上げて僕を見つめると、コーヒーに追加の砂糖を加えながら静かに息を吐いた。兄は取り上げたスプーンでコーヒーを掻き交ぜながら何も話さない。その様子は、何かを考えているようにも、何も考えていないようにも見えた。そのうち、僕が焦れて兄を急かす前に、兄は再びぽつりぽつりと話し始めた。

「ボクはいつも、事故にだけは気を付けるように、進に言っているね」
「ええ、特にトラックには気を付けるようにと…」
「ボクの知っている進は、あの世界で交通事故に遭ったんだ」

 トラックに轢かれた進は、意識不明の重態ですぐに病院へ運ばれた。ボクの目の前で進は轢かれたんだ。ボクは何も出来ずに、救急車へ運ばれるお前を見ていることしか出来なかった…そう、あれは、ボクたちの通うあかつき大付属高校が甲子園まであと一歩という時のことだったな。幸い命を取り留めた進は、リハビリを頑張ったこともあってめきめきと回復していった。だが、お前の体はもう、野球が出来る状態ではなくなっていた…

 ぬるくなったコーヒーを一気に飲み干しながら兄は続けた。

 それでもお前は、野球がしたかったんだろう。いつの間にかお前は病院からいなくなっていたよ。嘘みたいな話かもしれないが、お前は野球をするために自分の身を売ったんだ。そういえば、この世界には存在していないな、お前を誘ったのはプロペラ団と名乗っている連中だった。やつらの経営する学校で野球をする代わりに、お前は事故で失った体の機能を治療してもらった。もっとも、最後に甲子園のマウンドに上がってから、二度と野球の出来ない体になってしまったんだがな…

 空っぽのカップの底を眺めながら兄は話すのをやめなかった。積年の降り積もった気持ちがこぼれ落ちているようにも見えた。

 とうとう選手としての道を絶たれた進は、スポーツドクターとして新しく歩み出したようだった。ようだった、というのは、あの世界の進にボクはひどく嫌われていてね。連絡を取ることもままならなかった。どうしてこんなことになったのか分からなかったボクには、どうすることも出来なかったんだ。一人のうのうとプロ野球選手になったボクが、やはり疎ましかったのかもしれない。ボクは最後までお前の本心を聞くことが出来なかったから、ただの憶測だけれどもね…

 いよいよ話すことが尽きたらしい兄は、ゆったりとした動作で窓の外を眺めた。何かを探しているような素振りでもあった。

「兄さん」
「なんだい」
「どうして、いま僕にそんな話をしたんですか」
「さあ、どうしてだろう。ただの気まぐれだろうな」
「ねえ、兄さん」
「なんだい」
「金魚、死にましたね」
「…」
「兄さんは、何かをずっと探しているんですね」
「どうしてそう思う?」
「そのくらい、見ていれば分かりますよ」
「そうか」
「“パワプロさん”ですか」
「…」
「兄さんの、とても大切な人だったんですね」
「あいつは嘘つきだ」
「嘘つき?」
「家族になろうと、そんなことを、このボクに言うだけ言って、死んだんだ」
「亡くなったんですか」
「トラックに轢かれてね」

 そのときの兄の顔を、僕は一生忘れることがないだろう。


 その後、兄が新しく生き物を飼うことはなかった。父の跡を継ぎ、ほどなくして結婚した兄にはそのような暇がなくなってしまったのかもしれない。兄が妻に迎えた人は、大変器量が良く様々なことに気が行き届く聡明な女性だった。しかしその幸せは長く続くことがなかった。元々病弱だったその人は、子を一人生むとその後すぐに亡くなってしまったのだった。
 子は一人。男子であった。兄は一人息子のその子を大層かわいがり、愛していた。しかし、兄の愛情表現は他人に比べてやや分かりにくいため、よく喧嘩もしていた。その度にその子は僕のところへ駆け寄ってきて、不平や不満を漏らしていったものだ。
まだ若い僕のことを「おじさん」と呼ぶことに抵抗があったらしいその子は、僕のことを「進くん」などと呼んで慕ってくれていた。
 そうして物語は、いよいよ終幕へと向かうわけなのだが、ここから先は僕が見聞きしたものではなく、ずっと後になって兄から聞かされた話である―――




「父さん!」
「なんだい騒々しい。キミはいつまで経ってもマナーというものを覚えないね。全く、一体いつになったら…」
「猪狩、お前、猪狩なのか!」
「…」
「本当に、猪狩なんだな」
「全部思い出したんなら、もっと他に言うことがあるだろう?」

 パワプロ。言うなり、パワプロはボクのことを思い切り抱きしめて、これ以上ないほど腕に力を込めた。その震える背に自身の腕を回しながら、ボクはひととき目を閉じる。

「家族になりたいと言って、ボクの子供になるやつがあるか、ばか。道理でいつまで経っても見つからないわけだよ」
「でも、犬になったり、鳥になったり、オレだって苦労したんだぜ」
「あれは、ボクが見つけてやったからだろう」
「猪狩、これで、やっと約束を果たせる」
「うん」
「オレはお前を一生一人にしない」
「どこかで聞いたセリフだな」
「待たせてごめん」
「うん…」

 顔を見合わせて二人笑ったが、泣き笑いのような変な顔で、お互いにそれを茶化しながらぼろぼろとよく泣いた。毎日のように見ているはずの見慣れた顔が急に懐かしく感じられ、ボクは目を細める。パワプロは言った。

「家族になろう」
「もうなっているよ」

 抱きしめた体には懐かしい陽だまりの匂いとほんの少しの汗臭さがあって、ボクはグラブはどこにしまってあっただろうかと、パワプロの顔を見ながら考えていた。

fin


――――――――――――――――
生まれ変わってもネタが好きすぎてこじらせた感満載
頭の中にずっとぼやぼやと漂っていたものが、大変素晴らしい作品を拝見したことで形が固まり書き上げるまでに至りました
二次創作最高
この広い世界ネタが被ることくらいあるさと思っていただけると幸いです
読んでくださって、ありがとう!

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