忍者ブログ

愛情欲情

主守ですが、好みのわかれる表現がありますので、なんでも大丈夫な方向けです。



愛情欲情(主守)

 なるほど。この感情が、そうなのか。知識としては知っていたし認識もあったが、実際に自分が「それ」を体験したことはなくて、猪狩守はある種の感動のような、腑に落ちた実感としてそれを味わっていた。今日はなんだか普段より疲れているから、理性よりも本能的な部分の方が露になっているのかもしれない。自分のことであるのに、猪狩はどこか他人めいた視点で考察する。
 よく-じょう【欲情】[名](スル)ひとつ、ものを欲しがる気持ち。ふたつ、性欲。
 汗をタオルで拭いながら、思わず鞄から辞書を取り出した。なるほど。猪狩には、そんな感想しか浮かばなかった。端的で、分かりやすい。練習を終え、限界まで絞った身体で部室に戻り、ドリンクを飲み干したそのとき。猪狩は、たしかにそれを自覚していた。すぐ隣にいる人物のことを思うと、何故だかまた喉が渇いた。
「猪狩、おまえ、さっきからなにやってんの?」
「辞書を引いていただけだ」
「辞書お?なんで今そんなこと…ほんとお前って変なやつだよなあ」
 まあでも、猪狩だしな。そんなことを言いながら汗をかいたアンダーシャツを脱ぎ捨てた男の名前を、パワプロという。汚れたユニフォームを脱ぎ、わざわざ新しいユニフォームに着替えるのが、この男の流儀だ。今更だが、それ以外の格好でいるところを見たことがない。クラスが違うので普段の様子は知らないが、まさか授業中までこの格好ではあるまい。しかし、以前早朝ランニングの際にたまたま見かけたパワプロがもちろんユニフォーム姿だったことを猪狩は知っている。
「あー今日も疲れた!てか、あのハードな練習のあとに自主練とか、そろそろ無理があるって」
「付き合うと言ったのはキミだろう」
「そうだけどさ」
 新しいユニフォームに着替えたパワプロは、まだ汗が引かないのか、首筋から伝うそれをタオルでぞんざいにぬぐった。その様子に思わず喉が鳴りそうになって、猪狩は新しいドリンクをもう一口傾けることでやり過ごした。
「そんなに汗だくで、シャワーを浴びてきたらどうだい」
「だって、このあとお前の家行くだろ?」
「今日は私設球場での練習は誘っていないが」
「でも、行くだろ?」
 にっこりと笑うその顔には全く疑いがない。誘われてもいないのに、パワプロは今日も猪狩の家の豪邸に泊まるつもりでいるようだ。そういう流れになるよう差し向けたのは確かに猪狩であったが、パワプロはあまりにも無邪気でてらいがない。その顔を見ていると、部屋に入ったときから感じていた気持ちがますます強くなる。欲情、ほしがる気持ち。性欲。未知のその先へ。
 猪狩は、性欲に関してはずいぶんと淡白な方だった。この年頃の、男子高校生ならばそういうことに対する興味がいちばん盛りになる時期であるが、そんなことよりも野球の方がずっと大事で興味があった。健康な青年らしくもちろん自慰はしたが、それも朝起きたときに下着が汚れているのが煩わしいだとか、主にそういう理由からだった。教室で同級生たちが楽しげに繰り広げている猥談にも、時には自分にアプローチをかけてくる女生徒にも興味が湧かなかった。自慰とは、生きている以上必要となる排泄行為、そのくらいにしか考えていなかった。だから、今のこの状況に猪狩は戸惑っていたし、それ以上に興奮していた。新しい感情に胸が高鳴るのは、当然のことだろう。
「キミ、汗くさいぞ」
「いや、練習後だから当たり前だろ。ていうか、お前もだから」
「汗くさいのに、キミの匂いは不思議とイヤじゃない。なぜだ」
「いや、知らねえよ。ていうか、おまえさっきから何の話してんの」
「キミは、欲情したことがあるか」
「は?」
「何かを欲しいと思って、性欲を覚えることだよ」
「はあ?なに言ってんだ、急に」
「どうやらボクは、キミに欲情しているらしい」
 はああああ?溜息にも似た長い息をつきながら、パワプロはあきれたような顔で猪狩を見る。その顔つきでさえ好ましいと思ってしまうのだから、猪狩のそれは相当だ。それすなわち、恋の病。無論、本人には分からない。誰かを欲する気持ち、恋慕の末からの欲情であるなどと、猪狩は夢にも思わない。欲を覚えたての好奇心旺盛な子供ほど、手に負えないものはない。無防備なパワプロに、猪狩が近付く。
「うわっ、なに」
「……」
「ちょ、おい、嗅ぐなって!離れろよ!」
「変な感じだ」
「変なのはお前だ!もうやめろって猪狩、あ」
 何かを言いかけたパワプロの口を、猪狩は自分のそれで塞いでしまった。ぴったり重ねるとなんだか自分とパワプロの境界線がなくなっていくようで、未知の感覚に猪狩は唇を押さえつけることをやめられなかった。じきに息苦しくなったパワプロの方から、強引に引き剥がされた。
「ちょ、ほんとに、何!今日お前変だって」
「でも、イヤじゃないだろう」
「嫌だよ!」
「ウソをつくな」
「嘘じゃない!!」
 ひとしきり騒いで疲れたらしいパワプロが、肩で息をしている。それを知らん顔で猪狩が眺めているという如何ともし難い状況だ。多感な時期の男子高校生が、むせ返るような混乱と興奮の中、ぽつんと二人取り残されている。
「…あのさあ」
「なんだ」
「猪狩って、オレのこと好きなの?」
「好きじゃない」
「はあああああああ!???!」
 怒号にも似た、パワプロのため息と悲鳴と疑問とその他もろもろが爆音となって部室中をこだまする。猪狩は迷惑そうに顔を顰めて耳を塞ぐ仕草をした。それにまた怒るのはパワプロの方だ。
「な、ん、だ、そ、れ!」
「うるさいな。なんだい急に」
「お前、オレのことが好きだからキスしてきたんじゃないの?だから毎日のように練習に付き合わせて家まで呼ぶんじゃないのか?」
「キスは、してみたくなったからした。ただの好奇心だよ。練習は、キミとするのがいちばん効率がよくて都合が良いからだ。家に呼ぶのは、そのついでだよ」
「はあ。なんかオレ、馬鹿みたいだ」
「?キミはもともとバカだろう」
「こんなこと言われても、まだ猪狩のこと好きなんだもんな」
「は」
 胸ぐらを掴まれたと思ったら、パワプロの唇が自分のそれを塞いでいた。むわ、と蒸せるような興奮と、汗と、熱。合わさるだけでは満足しないのか、強引に割って入ってきた舌に口内を掻き混ぜられる。未知の感覚と興奮に猪狩は自身の身体がどんどん熱くなっていくのを身を以って体感していた。もっと。もっとしてほしい。
「んっ」
「はあ…分かった?猪狩」
「……」
「お前はオレのことが、好きなんだよ」
「……」
「分かったら、もう一回キスさせて」
 今まで我慢してたのが、馬鹿みたいだ。パワプロの呟いた声をどこか人ごとのように聞きながら、猪狩は行儀よく、両の目蓋を閉じてキスを待った。好きだよ、猪狩。聞こえた声は遠く、猪狩は欲望に任せて身を震わせた。




ーーーーーーー
猪狩守は抱かれたい

拍手

PR

カレンダー

03 2026/04 05
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30

最新記事

ブログ内検索

忍者アナライズ