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sweet home

主守



「猪狩、家着いたぞ。家っていってもオレんちだけど」

靴を脱ぐのもそこそこに、手探りで壁にあるスイッチを押す。パチンと明かりをつけてみても相変わらず眠ったままの猪狩が起きることはなく、オレはやれやれと言いながら足を使って猪狩の靴を脱がしてやった。そのまま半分引きずるようにしてソファまで連れて行く。一連の動作は慣れ親しんだいつもの動きだった。
酒の弱い猪狩はみんなで飲みに行ってもグラス一杯を飲み切る前にだいたいいつもこういう状態になってしまう。ほろほろと気持ちよく酔った後は酔いつぶれて寝てしまうのが常で、そんな猪狩を運ぶのは、なぜか昔からオレの仕事だった。

気の知れた仲間で酒を飲み、酔いつぶれた猪狩を抱えてタクシーへ、そのまま自宅まで運んで朝を迎える、一体何度繰り返された日常だろうか。チームメイトも当然のこととして心得ているので、酔った猪狩とオレを残して先に帰ってしまうこともしばしばだった。
「猪狩、みんな帰るって」肩を揺らして呼び掛けてみてもやすらかな寝息が聞こえてくるばかりで猪狩が起きることはない。やっぱり今日も残されてしまったオレは嘆息しながら猪狩のほっぺたをつついてみたのだが、ふにふにとつねってみても猪狩は寝ているばかりで何も答えないのだった。


ソファに座らせた猪狩は羨ましくなるくらいに気持ちの良さそうな寝息を立てて寝ていた。オレの苦労も知らずにこいつときたらいつもこの調子である。すぐ顔に出る猪狩は今日も血色の良いピンク色になっていた。色が白いこいつは余計に顔色に出やすい。
飲みに行くだけなのだからもっとラフな格好をすればいいのに、今日もかっちりと着込まれた猪狩のジャケットに手を伸ばす。手早く脱がし、ついでにシャツのボタンも上からひとつふたつ開けてやった。首が締まったままでは寝苦しいだろう。

くたんと力ない猪狩を抱き上げてベッドまで運ぶのも当然オレの仕事だ。それはいわゆる「お姫様抱っこ」と呼ばれる格好で、初めのうちこそどうせならかわいい女の子が良かったなあなどと馬鹿なことを考えていたのだが、そのうちどうでもよくなった。そんなことを言っていても現実は変わらないのである。

猪狩は、男にしては随分と軽い方だった。あいにく猪狩以外の男を抱きかかえたことがないのでそもそも比べることができないのだが、それでも確かに軽いと思う。何年も掛けて鍛え上げられた一流のスポーツ人の体ではあったが、それでも猪狩はまだ細い。
30を過ぎてなお、いまだ十数年前の高校生だったあの頃の面影が残っているなどと言ったら猪狩は怒るだろうか。猪狩は怒ったり笑ったりと忙しい。仲が良いのか、悪いのか、怒ったり怒られたり、笑ったり笑われたりしながら、それでもオレたちは今日までずっと一緒に過ごしてきた。思えば不思議な縁である。

ベッドに寝かせた猪狩に布団をかけ、オレは水を用意するためにキッチンへ向かった。冷蔵庫をぱかりと開けて取り出すのはミネラルウォーターである。オレは飲まないので猪狩専用の水だった。水道を捻れば出てくるものを、オレはわざわざ買ったりしない。そういうと猪狩は、無機塩添加の調整がどうだとか軟水と硬水の違いについてだとか長ったらしい講釈を垂れてくれる。とてもありがたいので、オレはいつも右から左へと聞き流すばかりだ。
ミネラルウォーターの効能も凄さもこれっぽっちも分からないが、猪狩の好きな水の種類が分かっていればオレにとっては十分である。

蛇口を捻るのが面倒だったので、オレは猪狩の気に入りであるそれをコップに注ぐことなくそのまま飲んだ。2リットルサイズなので結構重たい。猪狩が見ていれば、行儀が悪いだのなんだのと言われるに違いなかった。
一気に飲み干して息をつきながら、オレはグラスを取り出して猪狩の分を注いだ。そのままグラスを持って、寝室まで戻る。起きてすぐ水を欲しがる猪狩のためだった。全く、ここまでしてやるオレはどうしようもなく人が良く、まさに至れり尽くせりの状態である。それでも、好きでやっているのだから仕方がない。酔った頭でいろいろと考えても仕様のないことだ。

寝室に戻ったオレは諸々を脱ぎ捨ててシャツ一枚だけの姿になってベッドにもぐり込もうとした。そこには当然すでに猪狩が横になっている。初めのうちこそ、猪狩がこうして寝ている日はオレがソファで眠るようにしていたが、いつの間にか夏が過ぎ冬が来る頃にはそれもだんだんばからしくなり、なにより真冬のソファはとても寒かったので、オレは猪狩の寝ているベッドにそのままもぐり込んだのだった。初めて猪狩と同じ布団で寝た日、体温が高いらしい猪狩の温もりがとても心地良かったことを覚えている。

朝起きた猪狩は当然怒っていたし、なぜボクがキミと一緒に寝なくてはいけないんだ!なんて言っていた。しかしながら、それはこっちのセリフである。オレはここの家主であるし、文句があるのなら猪狩は自分の家で寝ればいいのだ。などと言ったら後が怖いので、オレは、いーじゃんべつにと適当に流してその場をやり過ごした。
そのあとはもうなんとなくの流れで、こうして飲んできた日の夜はそのまま猪狩と一緒に寝ることが当たり前になっていた。さすがに慣れたらしい猪狩はもう何も言わなくなっていた。慣れとはげに恐ろしきものよ。
野球で飯を食べそこそこ稼げるようになった頃、ちょっとした贅沢のつもりで買ったダブルベッドは今や猪狩と使うためにあつらえられたもののようになっていた。なんということだろう。

明日はオフだ。猪狩がこんな風に酔いつぶれるのは、翌日がオフであるか、チームが日本一になったときだけだ。
ふあ、と大きく欠伸をして布団をめくる。朝になったら、オレよりも早く起き出した猪狩が勝手にシャワーを浴びて、まだ寝ているオレを起こしながらモーニングコーヒーを要求してくるに違いないのだ。これもいつものことだった。
無理やり布団をはぎ取られる図が安易に想像できてオレはほんの少し笑った。朝が弱いオレはあと少しと言って丸くなり、そんなオレを猪狩が急かすようにたたき起こす。
ああ、なんだか、これって、

「夫婦みたいじゃん」

するりと口から零れた言葉は存外に違和感がなかった。なんということだろう。酔っているんだろうか。それでもべつにいいやと思ってオレは布団にもぐりこむ。今日は一段と頭が働いていないらしい。

「もういっそ結婚しちゃうか、猪狩」

自分で言いながらすぐに布団の心地よさに意識を奪われてしまったので、ただでさえ顔の赤い猪狩が耳まで真っ赤にしていた瞬間をオレは見逃してしまうのだった。


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守さんはほんとに寝てる日と起きてる日があったらかわいい
しゅまも

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