かみさまはいない病室
かみさまはいない病室(友沢亮と母)
私が死ねば、保険金が入る。そんなことを一瞬でも考えてしまった自分を、私は恥じ入るように呪いました。死んでなどやるものですか。私はまだ、死ねない。
病室を訪ねて来た息子の様子は、いつもと違っていました。いつもと変わらず私を気遣い、微笑み、優しく振る舞う亮。だけれど、それはいつもの亮ではありませんでした。
亮、何かあったの。尋ねても、息子は口を割りませんでした。優しい子です。私の自慢の子です。だから私は静かに亮を抱き締めて、制服の上からその肘に触れました。その間、亮はぴくりとも動きませんでした。母親ですから。亮の様子が違うことは、一目見てすぐに分かっていました。息子を抱き締め、その昔泣き虫だった頃よくしていた仕草、背中をさすってとんとんとたたいてやると、亮からは静かな啜り泣きが聞こえてきました。我慢強い息子のことですから、きっとこれが、最初で最後の涙になるのでしょう。私は知らないふりをして、何も尋ねず、ただ息子を抱き締めて離しませんでした。
ボールが、投げられなくなった。そう。一言だけ言った息子に私は頷いて、それきりどちらもしゃべりませんでした。何も言わなくても、分かります。いいえ、この子の気持ちは、この子にしか分かりません。私がこの子に掛けてあげられる言葉など一言もあるわけがなく、ただただ流れる涙を受け止めることしか出来ませんでした。
亮は子供の頃から、野球が得意な子でした。将来はプロ野球選手になるんだ。そんな無邪気な子供の夢が、絶対に叶えなくてはならない「夢」になってしまったのは、いつのことだったでしょう。私が病に倒れたのが先か、夫の会社が倒産しそのまま蒸発するように姿を消したのが先か、つまりそういう話でした。
亮は、私にはもったいないほどの大変よく出来た息子でした。入院生活の続く私の代わりに幼い弟妹の面倒を見て、家事をこなし、学生の本分はもとより、アルバイト、そしてプロ野球選手になるための練習、部活動。めちゃくちゃな生活をしていることは、明白でした。無理しないでね。大丈夫だよ。私の心配など、優しい亮には笑顔でかわされてしまいます。そのタイミングで、私は医者から告げられたのです。私にとってはまさしく死刑宣告のようなものでした。早く手術をしなければ、生命にも関わることでしょう。莫大な費用の掛かる手術でした。
幸いにも、私にはいなくなる前に夫が掛けた保険がありました。払い込みはすでに完了しており、私の入院費は主にここから捻出されています。そして、私が死んだときには、大きな保険金が入るものでした。
あなたが大好きだった野球を、プロ入りするための道具にしてしまったのは、間違いなく私でした。亮。私のかわいい亮。そんな呪いからはもう、解放されていいはずです。あなたは過酷な練習のし過ぎで、肘を壊してしまった。ボールが投げられなくなってしまった。それでもあなたは、野球をすることを諦めないのでしょう。母親ですから。優しくて強い亮のことを私は誰よりも知っている。
私は、死にません。いざとなれば、保険の解約金でも、あの人の残したお金に手を付けても、私は生きます。だからもう一度、あなたの好きだった、野球が、出来ますように。不甲斐ない母親は、そんなことを祈りながら、ひたすら息子を抱きしめ続けました。
了
ーーーーーー
三年前に同じことを書いて、それがあまりにもひどかったので書き直しました。また三年後には同じことを思うんでしょう。自戒のために昔書いたのもそのままになってます
当たり前ですが、ただの、私の、妄想です
私が死ねば、保険金が入る。そんなことを一瞬でも考えてしまった自分を、私は恥じ入るように呪いました。死んでなどやるものですか。私はまだ、死ねない。
病室を訪ねて来た息子の様子は、いつもと違っていました。いつもと変わらず私を気遣い、微笑み、優しく振る舞う亮。だけれど、それはいつもの亮ではありませんでした。
亮、何かあったの。尋ねても、息子は口を割りませんでした。優しい子です。私の自慢の子です。だから私は静かに亮を抱き締めて、制服の上からその肘に触れました。その間、亮はぴくりとも動きませんでした。母親ですから。亮の様子が違うことは、一目見てすぐに分かっていました。息子を抱き締め、その昔泣き虫だった頃よくしていた仕草、背中をさすってとんとんとたたいてやると、亮からは静かな啜り泣きが聞こえてきました。我慢強い息子のことですから、きっとこれが、最初で最後の涙になるのでしょう。私は知らないふりをして、何も尋ねず、ただ息子を抱き締めて離しませんでした。
ボールが、投げられなくなった。そう。一言だけ言った息子に私は頷いて、それきりどちらもしゃべりませんでした。何も言わなくても、分かります。いいえ、この子の気持ちは、この子にしか分かりません。私がこの子に掛けてあげられる言葉など一言もあるわけがなく、ただただ流れる涙を受け止めることしか出来ませんでした。
亮は子供の頃から、野球が得意な子でした。将来はプロ野球選手になるんだ。そんな無邪気な子供の夢が、絶対に叶えなくてはならない「夢」になってしまったのは、いつのことだったでしょう。私が病に倒れたのが先か、夫の会社が倒産しそのまま蒸発するように姿を消したのが先か、つまりそういう話でした。
亮は、私にはもったいないほどの大変よく出来た息子でした。入院生活の続く私の代わりに幼い弟妹の面倒を見て、家事をこなし、学生の本分はもとより、アルバイト、そしてプロ野球選手になるための練習、部活動。めちゃくちゃな生活をしていることは、明白でした。無理しないでね。大丈夫だよ。私の心配など、優しい亮には笑顔でかわされてしまいます。そのタイミングで、私は医者から告げられたのです。私にとってはまさしく死刑宣告のようなものでした。早く手術をしなければ、生命にも関わることでしょう。莫大な費用の掛かる手術でした。
幸いにも、私にはいなくなる前に夫が掛けた保険がありました。払い込みはすでに完了しており、私の入院費は主にここから捻出されています。そして、私が死んだときには、大きな保険金が入るものでした。
あなたが大好きだった野球を、プロ入りするための道具にしてしまったのは、間違いなく私でした。亮。私のかわいい亮。そんな呪いからはもう、解放されていいはずです。あなたは過酷な練習のし過ぎで、肘を壊してしまった。ボールが投げられなくなってしまった。それでもあなたは、野球をすることを諦めないのでしょう。母親ですから。優しくて強い亮のことを私は誰よりも知っている。
私は、死にません。いざとなれば、保険の解約金でも、あの人の残したお金に手を付けても、私は生きます。だからもう一度、あなたの好きだった、野球が、出来ますように。不甲斐ない母親は、そんなことを祈りながら、ひたすら息子を抱きしめ続けました。
了
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三年前に同じことを書いて、それがあまりにもひどかったので書き直しました。また三年後には同じことを思うんでしょう。自戒のために昔書いたのもそのままになってます
当たり前ですが、ただの、私の、妄想です
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