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これは、慈愛

これは、慈愛(カイザース/主人公と猪狩進・猪狩守・友沢亮)

 いつも朗らかに微笑んでいるその顔が、どこか陰りを帯びているように感じられたのは、いつのことだろう。その子の名前を進くんと言って、学生の頃からよく知っている猪狩の弟であった。猪狩と違って、進くんはかわいい。素直だ。料理も上手で、気立てもいい。そう言うと進くんは決まってほんのり頬を染めながら、そんなんじゃあないですよ、と謙遜する。そういうところだよ。そういう風に過ごして来たから、進くんの口からその名前を聞くようになったのも自然の成り行きであった。神童裕二郎。「日本が生んだ、世界のエース」とまで言われている人で、野球をしていて彼のことを知らない人はいない。そういう人と進くんが、バッテリーを組んでいたのも当然、知っていた。黄金バッテリーが解消されたのは、神童さんが渡米したためであった。その時のことを、進くんがぽつりぽつりと話したとき、ぽたりぽたり、一粒また一粒と涙が落ちていった。今まで誰にも言えなかった、もしかしたら進くん自身も気付いていなかった気持ちを一言ずつ絞り出すように話す声は、胸に痛かった。しばらくして落ち着いたあと、泣き腫らした目を恥ずかしがる進くんがまたいじらしかった。

 ボクは天才だから、キミみたいな凡人とは一緒に練習なんてしたくないね。いつものようにそういうことを言っているのは、もちろん猪狩だ。こいつのことは学生の頃からよく知っている。縁というよりはもはや因縁めいていて、初めて会ったのは、通っていた高校近くの河原だ。ランニングしていたらしい猪狩の方からぶつかってきたのに謝りもしないから、腹が立った。ランニング中であるのにボールを持っていた猪狩と、バットを背負っていたオレがやることはひとつ。一打席勝負で、白黒つける。それ以来、猪狩とはたびたび顔を合わせることになった。後に、同じ地区の強豪校に所属していることが分かった猪狩とは、甲子園の切符をかけて戦ったこともある。互いにプロ入りをしてからも、猪狩は良くも悪くも目立っていたから、別のチームに所属していても話はよく聞いていた。それがひょんなことからチームメイトになったのだから、驚きだ。猪狩が、学生の頃から物言いや態度が全く変わっていないことも驚きである。猪狩は、今も昔も大層な努力家で、信じられないほどの練習量をこなしていた。一人がいいなんて言いながら、一人きりで居残り練習をする猪狩と共に時間を過ごすようになるまで、そう時間はかからなかった。

 第一印象は、あんまり関わらない方がいいかもな、だった。それを言えばきっと、友沢は臍を曲げて不貞腐れるのだろう。ポーカーフェイスなどと評される彼の表情はあれで随分と分かりやすいものがあるのだが、世間と自分の評価は一致しない。入団してすぐにエースたる猪狩に喧嘩を売ったところや、生意気そうに見られがちな態度や振る舞い。その全部、一生懸命すぎるゆえの余裕のなさから来ているのだとオレが気付いたのは、友沢と出会って少し経った頃だった。普段は付き合いの悪い友沢だったが、飯を奢ると言うと目を輝かせて付いてくるものだから、初めはそれが少し面白くて、かわいらしかった。年相応のルーキーらしく、微笑ましい。しかし、食事を共にする時間の中で、彼が何を大切にしているのか、今までどんな経験をしてきたのか、断片的ではあるが、分るようになった。友沢は、誰よりも何よりも優しくて、家族思いだった。野球をしている理由もそうだと知ったとき、オレは彼に対する第一印象を詫びた。それを口にすると、友沢は分かりやすく口を尖らせて不貞腐れるものだから、オレは想像通りのそれに、思わず笑ってしまった。

「あの、パワプロさん」
「おい、パワプロ」
「ねえ、先輩」

 呼ぶ声は見事に重なっていて、オレはどうしたのと笑って、三人を振り返った。

2022.12.20「これは、慈愛」


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地獄をイメージしながらしっぽりと書き上げました
ハッピーセットだね

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