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サヨナラ

サヨナラ(主人公×友沢亮)

 失恋したら、髪を切る。もはや迷信めいた、ある種古めかしい、いっそ儀式のような、そういうことをまさか自分がすることになろうとは、友沢亮は鏡の中を見て、自分のことながらどこか他人事のように思っていた。もともとそこまで髪が長いわけではなかったが、なんとなく伸びていたそれをばっさり切った。事実ではなく、これから起こる予定の結果に対して。つまり友沢には、これから失恋する予定があった。
 言葉にすると馬鹿のようであるが、友沢にとっては、一世一代の覚悟のつもりだった。己にこのような女々しい、未練とも執着とも取れる感情があることに友沢は驚いていた。そのくらい好きになってしまっていた。元は同級生の男だ。学生の頃は部活動で、プロになってからはなんと同じ球団で野球をして来た。もう何年になるのか、数えるのも面倒くさい。振り返れば友沢の野球人生の大半はその男と共にあり、またその男がいなければ、今の友沢はいないといっても過言ではないほど、友沢にとって男は人生の一部となっていた。
 そういう相手をつかまえて、今になってわざわざ告白なんてしようというのだから、我ながら酔狂にもほどがある。短くなった髪を無意識に指で弄びながら、友沢は待ち合わせの場所で待っていた。食事をするという体でわざわざ呼び付けたのだ。友沢の決意など知る由もないその男は、いつものように返事を寄越して、友沢はその気心知れた様子が嬉しいのか悲しいのか分からなくなった。
 男にとって自分は昔からただの同級生であり、そして友人であり、チームメイトなのだ。もちろん、男が自分のことを特別だと思ってくれていることも、ほかの他人よりも親しくしていることも知っている。そうでなければ、赤の他人の母親の手術費として、己の契約金を全額渡したりはしないだろう。ようやく掴んだプロ入りの切符、自分の契約金と男の契約金を足して、病気の母親は手術をすることが出来た。元気な母の顔を見るたびに、感謝の念が湧き上がる。その頃から確実に、男は友沢にとって特別な存在であり、そして好意の対象だった。ただ、好きだと思った。
「ごめん友沢、ちょっと遅れた」
「オレも今来たところ」
「あ、髪切ったんだな」
 似合うよと笑う男に友沢は、礼を言う代わりに好きだと言った。きょとんとした男はしかし、オレもだよなどと言うものだから、今度は友沢が目を丸くする番だった。オレのは、そういう意味じゃない。じゃあ、どう言う意味。特別な、好きってことだ。オレも友沢のこと、好きだよ。だから、違う。なにが。お前はオレのこと、好きじゃない。友沢には、分かるの。ああ。
 なんだかおかしなことになった。何を言っても話の通じない男に、友沢は苛々もしていた。人より表情に出ないだけで、友沢は結構短気な面がある。
「あ!分かった!」
「なにがだよ」
 出鼻を挫かれ不貞腐れた友沢は、投げやりに返事をする。
「愛してるって言えば、通じるだろ?」
 にこにこ。効果音を当ててやりたくなるほどの満面の笑みに、友沢は固まった。遅れてやって来る、理解と自覚。男は笑っている。男の顔が近付き、話す吐息が友沢の耳に触った。ぼん。これはたぶん、自分の顔から火が出たときの音だ。
「友沢がオレのこと好きなの知ってたし、オレも友沢のこと、大好きだよ」
 全部分かったように笑う男に、友沢はもう勘弁してくれとばかりに目を閉じた。切った髪と共に、友沢の日常もまた、どこかに行ってしまった。さっきまでの友沢は、もういない。




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お幸せに!

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