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おめでたいふたり

主守/キスしてるだけの話がふたつ


*高校生のふたり

ファーストキスはレモン味、などということをいちばん初めに言い出したのはどこの誰なのだろう。結論、オレのファーストキスはレモン味ではなかった。あえて何味かと答えるのなら…汗の味?我ながら情緒のかけらも身も蓋もない。だけど実際にそうだったのだから仕方がないだろう。
そんな昔のことがコンマ数秒で頭の中を駆け巡り、現在オレはロッカールームで猪狩の肩を掴んで唇を押し付けている。どうしてこういうことになったのかは自分でもよく分からない。

「いきなりなにするんだ」

唇を離すと、猪狩は開口いちばんそう言って手の甲で唇を拭った。いついかなるときだって上品な動作を欠かさない猪狩にしてはぞんざいな動きである。そうさせているのは自分なのだと思うとなんとなく嬉しくなってしまうのだから、つくづくオレという人間は単純である。猪狩にとってオレが特別であるということが、オレにとっての最重要ポイントなのだ。

驚いている猪狩にもう一度顔を近づけてキスをする。今度は腰を引き寄せて体をぴったりとくっつけた状態で唇をくっつけてみた。むわ、と汗と猪狩の匂いが一気に香った。二人で居残り練習をした帰りである、二人とも汗と砂でどろどろだった。むろん、自分こそよほど汗臭いはずだ。猪狩の匂いを鼻いっぱいに吸い込んでオレは息をする。
髪に指をさしこむと少し湿っていて、やっぱり汗をかいていた。早くシャワーを浴びたい。着替えたい。そう思うはずなのに、思いに反してオレというやつは汗と砂でどろどろになった猪狩に求愛行動を起こしている。
だって仕方がないだろう、好きなんだから。
そんなこんなでオレの下半身は絶好調に反応をしているのだった。分かりやすいやつである。今オレはどうしようもなく欲情しているし興奮している。

キスの最中にオレがこっそり目を開けて猪狩の様子を見ていること、こいつはきっと知らないんだろう。唇と唇がくっついている間、猪狩はいつだってぴったりと瞼を下している。まるでキスの最中は目を閉じるのがマナーだとでも思っているみたいに、猪狩は礼儀正しく瞳を閉じる。そういう猪狩の様子がまたツボなのであった。
猪狩の瞳には力がある。少なくとも、オレにとっては。こいつの目は、口よりもよほどものを言う。だからこそキスの最中にはどんな色を見せるのかとても気になるのだが、唇を離したあとにそろそろと覗く青色がまた好きであったから、やっぱり猪狩はキスの間目を閉じていていいのだ。そうでなければ、こうしてこっそりと様子を眺めて楽しむこともできないわけであるし。

「猪狩」
「なんなんだ、キミはいきなり」
「オレ、お前の匂いが好きだな」
「練習後の汗まみれなのが?」
「うん」
「変態じゃないか」
「うん、そうだね」
「ボクは早くシャワーを浴びたい」
「オレも」
「じゃあ、離してくれないか。べたべたして気持ち悪い」
「もうちょっとだけ、このまま」
「汗くさい」
「でも、お前はいい匂いだ。変なの。汗くさいのになんか甘い匂いがするし」
「それはキミの気のせいだ」
「そうかなあ」
「今日は、キミの家に行く」
「マジで!じゃあ早くシャワー浴びて帰ろ!」
「だから、ボクはさっきからそう言っているだろ。本当にキミは人の話をきかないな」

オレの腕の中からするりと逃げだした猪狩は呆れた顔をしている。そういう顔もやっぱり好きだった。今日猪狩が家に来てくれるという事実だけでオレはどこまでも舞い上がれるのだ。
上機嫌のオレは猪狩の頬っぺたに熱いキッスをかまして愛しているよなどと囁いてしまったのだが、猪狩のやつは相変わらず呆れた顔でオレのことを眺めていた。
おいおいそれは酷いんじゃないの猪狩くん、なんて言いながらシャワールームへと消える猪狩を追いかけるオレはやっぱり上機嫌で幸せなのであった。





*プロ入り後のふたり

「なんだよ猪狩、お前まだいたのかー」

ロッカールームに入ってきたパワプロは間延びした口調でそういうと、心底疲れたと言った様子でベンチに腰かけた。密かに息が上がっていて、ベンチに両手をついてひっくり返ると、大きく息をついた。

「猪狩、お前また走ってたのか?」
「まあね」
「最近よく走ってるよなあー」

取り出したペットボトルを勢いよく飲み干しながらパワプロは言う。練習後はやっぱこれだね、そう言ってニコリ笑うと軽快な仕草で空のペットボトルをゴミ箱へ放る。それは放物線を描いてきれいに収まった。

「なんで猪狩そんなに走ってるんだ?下半身の強化?」
「そんなところだよ」

本当のところは自分でもよく分からない。走っている間は余計なことを考えずに済むから、それがありがたかった。最近はわけもなく心を乱されることが多い。こんな風にパワプロが居残り練習をしている日なんかは特に。

「内海さんと練習していたんだな」
「ああ、うん。内海さんからオレの投球見てくれるって言ってくれてさあ!感激だよな~」

オレの憧れ~とやっぱりパワプロは間延びしたように言う。どうやら相当疲れているらしい。ボクと練習していてもこんな風にはならないくせに。
汗がひかないのだろう、パワプロはしきりにタオルで額を拭っていた。うなじから首元へ大粒の汗が流れる。

「でも、さすがに今日は疲れたかな。今日はもう早く帰って寝る…って、なんだ!?」

パワプロは心底驚いたように目を見開いてこちらを振り返った。
そんなパワプロに、ボクはあかんべーをするようにわざと舌を出して言ってみせる。

「汗って本当にしょっぱいんだな」
「当たり前だろ!ていうかお前なにしてんだよ!」
「べつに。ただ舐めたくなっただけだよ」
「ただ舐めたくなったって…」

ぽかんとした表情でパワプロは口を開けている。なんというバカ面だろう。ボクは急に楽しくなってきて、フフンと笑ってみせた。

「キミはそうしていると本当に頭が悪そうに見えるね」
「なにをー!」
「フン、だからそういう顔だよ。自覚ないのかい?」

パワプロは怒っていたが、彼がわーわーと騒げば騒ぐほどボクは楽しくて仕方がなかった。こんな気持ちはなんと表現したらいいのだろう。認めたくはなかったが、ボクはパワプロといると楽しい。こいつが一軍に上がってきてから、確かにボクの気分はいつだって上々なのだ。
どうしてなのかは分からない。だけど、理由なんてべつにいらないだろう。

パワプロの顎を掴んで上を向かせる。突然のことにびっくりしているらしいその顔をまじまじと眺めてから、ボクは腰をかがめてゆっくりと唇を合わせた。ぺろりと舐めるとやっぱり汗の味がした。しょっぱい。
二、三度軽く唇を合わせてボクは離れた。ベンチに腰かけたままのパワプロはボクの顔を見上げるようにして眺めてはぽかんとしていた。
今日一番のバカ面にボクは思わず笑み崩れると、パワプロはようやく我に返ったように開いたままの口を閉じて、唇に指を這わせた。
何と言っていいのか分からないようにぱくぱくと開いたり閉じたりしている唇にボクの視線は釘付けになる。

「な、な、」
「なんだい」
「なにするんだよ!」
「なにって、キスだよ。もしかしてファーストキスだったのかい?」
「そんなわけないだろ!そうじゃなくて、なんでお前が、オレに、いきなり!」
「そうだな…」

聞かれたのでそれらしい理由を探そうとしたが、やっぱりそんなものはなかった。ただ、パワプロにキスをしてみて、どうやらボクはずっとこうしたかったらしいということに気が付いた。気が付いてしまったのなら簡単だ。
ここから始めようじゃないか。ボクが野球だけの天才だと思ったら大きな間違いである。これから覚悟をしておけよ、パワプロ。
口に出して言うと、パワプロはやはりきょとんとしたままである。
変な顔をしているパワプロを尻目に、ボクは帰り支度をするためにロッカーの扉を開けた。


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ピクシブよりお引越し

趣味です。好みってぶれないもんだなあ

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