てのひら
てのひら(主守)
猪狩と付き合うようになっていちばん驚いたのは、その手の平だった。その綺麗な横顔からは想像も出来ないような、固い手の平だった。猪狩はプロ入り後こそピッチャーに専念しているが、高校まではいわゆるエースで四番というやつで、バッティングの方も相当のものだ。それは何度も素振りを繰り返し、そのたびに幾度となくマメが潰れて皮膚が固くなった手の平だった。それでいて自分と違うのは、ピッチャーであるがゆえの洗練された滑らかさと張り、指先にも垣間見える努力の跡。間違いなく、一流の投手である証であった。
猪狩は間違いなく努力の人だが、それを他人に知られることを良しとしない。泥くさい練習も、重ねた苦労も、それこそ血の滲むような努力さえ、すべて「天才」などという言葉でくるんで自分の実力と主張する。なぜなら自分は天才猪狩守であるからと、自負をする。そういう猪狩を勘違いする人間はたくさんいたが、自分は理解しているつもりだった。つもり、だったのだ。その手の平を握るまでは。
「猪狩、風呂は」
「もうあがった」
オレの言葉にそっけなく答えた猪狩はなるほど湯上がりのようで、しっかり髪も乾かしてきちんと寝巻きを着ている。かくいうオレはソファでだらだとテレビを見ながら時々うたた寝までしていたので、猪狩が風呂に入ったのも上がったのも全く気が付かなかった。
ソファまで歩いてきた猪狩は無遠慮にリモコンを手に取ると、見ているオレに断ることもなくテレビを消した。そして机の上に爪を手入れするための道具を並べ、あろうことかオレの座っている足の間に腰を下ろした。まさかここでやるつもりなのか。猪狩は特に気にすることもなく、いつもの手順で作業を始めた。オレは猪狩のせいで動けなくなってしまったので、仕方なくそれを見ている。
猪狩は爪切りを使わない。やすりで丁寧に削り、整えるようにゆっくりと磨いていく。磨き終わると今度は爪の保護剤と栄養剤を兼ねたマニキュアのようなものを塗っていく。アスリートネイルと呼ばれるもののようだが、オレにはよく分からない。そこまでやるとようやく一息ついて、完全に乾くまでは大人しくしている。猪狩の手。きれいな手。風呂に入るときですら細心の注意を払われる猪狩の手。
無意識に猪狩の頭を撫でていたが、このときばかりは猪狩も文句を言わず、まして暴れたりもせず大人しくしている。なにしろ爪はまだ乾いていない。猪狩がわざわざオレの足の間に座ってこんなことをやるのも、体の良い暇つぶしなのだろう。そういうことにしておいてやる。視線を落とすと、猪狩の爪はきらきらと光っていた。
たまらずその手に触りたくなって、オレは代わりに猪狩の顎を持ち上げる。不満そうな顔。いや、これは照れている顔だ。そういうことにする。何しろ今の猪狩は手が使えず、オレにされるがままなのだ。どういうつもりなのか不満そうに唇をとがらせているそこに自分のそれをくっ付けて、オレは笑った。なんだよその顔。照れるにしても、もっとかわいい顔しろよな。
案の定怒った猪狩をなだめるため、オレはお望み通りもう一度そこへ口付けた。爪はもうとっくに乾いていたが、オレは今夜も知らないふりをして猪狩を甘やかしてやっている。
了
ーーーーーーー
主守や主守や主守ちゃん
せかいでいちばんかわいい主守ちゃんはど〜れ?
猪狩と付き合うようになっていちばん驚いたのは、その手の平だった。その綺麗な横顔からは想像も出来ないような、固い手の平だった。猪狩はプロ入り後こそピッチャーに専念しているが、高校まではいわゆるエースで四番というやつで、バッティングの方も相当のものだ。それは何度も素振りを繰り返し、そのたびに幾度となくマメが潰れて皮膚が固くなった手の平だった。それでいて自分と違うのは、ピッチャーであるがゆえの洗練された滑らかさと張り、指先にも垣間見える努力の跡。間違いなく、一流の投手である証であった。
猪狩は間違いなく努力の人だが、それを他人に知られることを良しとしない。泥くさい練習も、重ねた苦労も、それこそ血の滲むような努力さえ、すべて「天才」などという言葉でくるんで自分の実力と主張する。なぜなら自分は天才猪狩守であるからと、自負をする。そういう猪狩を勘違いする人間はたくさんいたが、自分は理解しているつもりだった。つもり、だったのだ。その手の平を握るまでは。
「猪狩、風呂は」
「もうあがった」
オレの言葉にそっけなく答えた猪狩はなるほど湯上がりのようで、しっかり髪も乾かしてきちんと寝巻きを着ている。かくいうオレはソファでだらだとテレビを見ながら時々うたた寝までしていたので、猪狩が風呂に入ったのも上がったのも全く気が付かなかった。
ソファまで歩いてきた猪狩は無遠慮にリモコンを手に取ると、見ているオレに断ることもなくテレビを消した。そして机の上に爪を手入れするための道具を並べ、あろうことかオレの座っている足の間に腰を下ろした。まさかここでやるつもりなのか。猪狩は特に気にすることもなく、いつもの手順で作業を始めた。オレは猪狩のせいで動けなくなってしまったので、仕方なくそれを見ている。
猪狩は爪切りを使わない。やすりで丁寧に削り、整えるようにゆっくりと磨いていく。磨き終わると今度は爪の保護剤と栄養剤を兼ねたマニキュアのようなものを塗っていく。アスリートネイルと呼ばれるもののようだが、オレにはよく分からない。そこまでやるとようやく一息ついて、完全に乾くまでは大人しくしている。猪狩の手。きれいな手。風呂に入るときですら細心の注意を払われる猪狩の手。
無意識に猪狩の頭を撫でていたが、このときばかりは猪狩も文句を言わず、まして暴れたりもせず大人しくしている。なにしろ爪はまだ乾いていない。猪狩がわざわざオレの足の間に座ってこんなことをやるのも、体の良い暇つぶしなのだろう。そういうことにしておいてやる。視線を落とすと、猪狩の爪はきらきらと光っていた。
たまらずその手に触りたくなって、オレは代わりに猪狩の顎を持ち上げる。不満そうな顔。いや、これは照れている顔だ。そういうことにする。何しろ今の猪狩は手が使えず、オレにされるがままなのだ。どういうつもりなのか不満そうに唇をとがらせているそこに自分のそれをくっ付けて、オレは笑った。なんだよその顔。照れるにしても、もっとかわいい顔しろよな。
案の定怒った猪狩をなだめるため、オレはお望み通りもう一度そこへ口付けた。爪はもうとっくに乾いていたが、オレは今夜も知らないふりをして猪狩を甘やかしてやっている。
了
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主守や主守や主守ちゃん
せかいでいちばんかわいい主守ちゃんはど〜れ?
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