ほんとうのことをほんの少しだけ
ほんとうのことをほんの少しだけ(主守)
猪狩がその教室を覗いたとき、パワプロは女生徒と話し込んでいた。ただ話しているというよりは、随分楽しそうに盛り上がっていたものだから、猪狩はそれを見てきょとんとしてしまった。あんな顔をして話すパワプロを初めて見た。とても間に割って入っていける様子ではなかったし、そもそも自分はただ野球部の伝令を伝えに来ただけだ。猪狩は急激に理不尽な怒りを覚えて、そのままその場を後にした。パワプロは隣のクラスだったが、飛ばして次のクラスへ向かうことにする。そうして放課後、部室で会ったパワプロに「なんでオレだけ飛ばして教えてくれなかったんだよ」などと詰め寄られたが、そんなのは猪狩の方が理由を知りたかった。
「猪狩ってさあ、いつも好きなこと言ってくくせに、急に黙るときあるよな。なんか言いたげに、こっち見てる時もあるし」
ある日の午後、寄り道した公園でキャッチボールをしているときにパワプロがそう言った。こちらに返答を求めているというよりはひとりごとのようにも聞こえたので、猪狩は特に返事をせず、さっきよりも少しだけ力を込めてボールを投げ返した。受け止めたパワプロは、無視すんじゃねーよと笑っている。どうやら、質問されていたらしい。
「キミの気のせいじゃないかい」
「いや、絶対違う。お前目力すごいもん。でもまあ、猪狩って変わってるもんな」
「何が言いたい?」
「んー?こうやってキャッチボールしてるときはさ、結構いろんなこと話してくれるじゃん。家族のこととかさ、夢のこととかさ。ほっ」
「そうだったかな」
「うん。猪狩って、そういう話するんだなーって思ったから。普段はなんか、嫌味とか自慢とかそんなんばっかだけど」
「ケンカを売っているのか?」
「売ってない売ってない。だからさ、えーと、うん、何が言いたいのか忘れちゃった。はは。キャッチボールって楽しいよな。オレ、この時間すげー好き」
「まあね。相手がキミじゃなかったら」
「ほんっと相変わらずだよなあー」
ボールを投げる。受け取る。ミットに受け止めたボールを、また投げ返す。猪狩は、ボールを握って投げることが、何よりも好きだった。それが同じように、同じ気持ちで返ってくるなら、なおさら。パワプロが野球馬鹿と言っていいほど野球が好きなことは、初めて会った時から分かっていた。日焼けした顔でよく笑って、パワプロは白いボールを追いかける事にいつも夢中だった。その夢中さで、追いかけて欲しいと思った。あのとき、女生徒ではなく、自分の方を見て欲しかった。
そう思い付いた時、猪狩はあまりの衝撃に投げようと掴んでいたボールを取り落としてしまった。ころころと転がっていったそれを拾う気にもなれず、ただ見つめる。なんてことだろうか。
「猪狩、どうした?どっか痛めたか?」
「いや、いい。来なくていい。なんでもない」
心配そうに今にも駆け寄ろうとしているパワプロを制して、拾い上げたボールをまたミットに向かって投げる。
「ボクも好きだよ」
「うん?」
「キャッチボール」
「ああ!」
ボールを投げ返すパワプロは、やっぱり嬉しそうに笑っていた。
了
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夏は主守の季節ですね
猪狩がその教室を覗いたとき、パワプロは女生徒と話し込んでいた。ただ話しているというよりは、随分楽しそうに盛り上がっていたものだから、猪狩はそれを見てきょとんとしてしまった。あんな顔をして話すパワプロを初めて見た。とても間に割って入っていける様子ではなかったし、そもそも自分はただ野球部の伝令を伝えに来ただけだ。猪狩は急激に理不尽な怒りを覚えて、そのままその場を後にした。パワプロは隣のクラスだったが、飛ばして次のクラスへ向かうことにする。そうして放課後、部室で会ったパワプロに「なんでオレだけ飛ばして教えてくれなかったんだよ」などと詰め寄られたが、そんなのは猪狩の方が理由を知りたかった。
「猪狩ってさあ、いつも好きなこと言ってくくせに、急に黙るときあるよな。なんか言いたげに、こっち見てる時もあるし」
ある日の午後、寄り道した公園でキャッチボールをしているときにパワプロがそう言った。こちらに返答を求めているというよりはひとりごとのようにも聞こえたので、猪狩は特に返事をせず、さっきよりも少しだけ力を込めてボールを投げ返した。受け止めたパワプロは、無視すんじゃねーよと笑っている。どうやら、質問されていたらしい。
「キミの気のせいじゃないかい」
「いや、絶対違う。お前目力すごいもん。でもまあ、猪狩って変わってるもんな」
「何が言いたい?」
「んー?こうやってキャッチボールしてるときはさ、結構いろんなこと話してくれるじゃん。家族のこととかさ、夢のこととかさ。ほっ」
「そうだったかな」
「うん。猪狩って、そういう話するんだなーって思ったから。普段はなんか、嫌味とか自慢とかそんなんばっかだけど」
「ケンカを売っているのか?」
「売ってない売ってない。だからさ、えーと、うん、何が言いたいのか忘れちゃった。はは。キャッチボールって楽しいよな。オレ、この時間すげー好き」
「まあね。相手がキミじゃなかったら」
「ほんっと相変わらずだよなあー」
ボールを投げる。受け取る。ミットに受け止めたボールを、また投げ返す。猪狩は、ボールを握って投げることが、何よりも好きだった。それが同じように、同じ気持ちで返ってくるなら、なおさら。パワプロが野球馬鹿と言っていいほど野球が好きなことは、初めて会った時から分かっていた。日焼けした顔でよく笑って、パワプロは白いボールを追いかける事にいつも夢中だった。その夢中さで、追いかけて欲しいと思った。あのとき、女生徒ではなく、自分の方を見て欲しかった。
そう思い付いた時、猪狩はあまりの衝撃に投げようと掴んでいたボールを取り落としてしまった。ころころと転がっていったそれを拾う気にもなれず、ただ見つめる。なんてことだろうか。
「猪狩、どうした?どっか痛めたか?」
「いや、いい。来なくていい。なんでもない」
心配そうに今にも駆け寄ろうとしているパワプロを制して、拾い上げたボールをまたミットに向かって投げる。
「ボクも好きだよ」
「うん?」
「キャッチボール」
「ああ!」
ボールを投げ返すパワプロは、やっぱり嬉しそうに笑っていた。
了
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夏は主守の季節ですね
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