アテンション・プリーズ
アテンション・プリーズ
猪狩って、めちゃくちゃキザなんだよな。あと、あれで意外と真面目。
花束を抱えた猪狩を目の前に見ながら、そう思った。わざわざオレを迎えに来た車は、猪狩自慢の愛車だ。今日も変わらずボンネットには猪狩の名前が大きく書かれている。側から見ればなんの冗談だろうと思うが、猪狩は本気なのだ。花、車、猪狩。めかし込んできた猪狩の格好は、いつも見ているユニフォーム姿ではない。今すぐにでも素敵なパーティへ参加してしまいそうな出立ちだ。ついでに、さっきから両手で抱えている真っ赤な薔薇の花束なんて、マンガやアニメ、フィクションのお話の中でしか見たことがない。そのくらいでかい。薔薇って、束になるとこんな匂いがするものなんだ。
「猪狩。どうしたんだよ、急に」
「急ではないだろう。分かっているくせに」
分からないよ、何も。そう言いたかったが、猪狩があまりにも真剣なので声に出せないでいる。
「キミが、ボクのことを好ましいと…その、好意を寄せていることは分かっている」
そうなの?オレって猪狩のことが好きなんだっけ。そう言われるとちょっと自信がなくなってきた。そのくらい猪狩の様子は堂に入っていて真に迫るものがある。もしかしたら、そうだったかもしれないなんて思い始めている自分がいるくらいに。
「愛しているんだろう、ボクのこと」
愛!猪狩の口から出たこれまた突拍子もない言葉にオレはやっぱり何も言えなくて、出来ることといえばせいぜい口をぱくぱくさせることくらいだ。二の句が告げないオレを見て、猪狩は今まで見たこともない顔で微笑んでみせた。
「だが、順序は守らなくてはいけない。いくら好きだからといって、手順を飛ばすのはよくないぞ」
ぽっと頬を染める猪狩に、一体全体何がどうしてどんなボタンの掛け違いをしたらこんな事態になるのか、もう一度よく考えてみることにした。ことの発端は、たぶんじゃなくて、絶対に、断固誓って、美鈴さんのせいだ。
美鈴さんというのはオレの勤める「パワフル物産」の先輩社員であり、竹を割ったような性格は至って分かりやすく、そして大の酒好きの人だ。三度の飯より宴会好きで、美鈴さんに付き合うと次の日に支障が出るまで飲まされる。飲み会となればハシゴするのは当たり前、何軒目のどこで何を飲んだのか覚えていないこともザラだった。その美鈴さんと一緒にいるところを猪狩に見つかって、なんやかんやと色々あった。本当に、もう、いろいろと。思い出したくないことも多いのでここでは割愛させてもらう。
あの日も、初めは会社の皆で飲んでいた。ただ、美鈴さんがそれだけで満足するわけはなくて、そして会社の人たちも美鈴さんの酒豪ぶりはよく心得ていて、体良く押し付けられたオレがいつものように付き合っていた日のことだ。何軒目だったかは忘れたが、たまたま猪狩と出くわして、何故かは知らないが三人で一緒に飲むことになった。今日はもちろん飲んでいないのに、思い出すと頭が痛くなる。もう全部忘れてしまいたいのに、目の前の猪狩こそが現実だった。
「もっと早く言ってくれれば良かったんだ」
猪狩は続けた。
「あんなところでキス、してしまうほどボクのことが好きだなんて」
あの日のことを思い出して、オレは顔から火が出るような気持ちになって頭を抱える。酔っ払った美鈴さんがオレをけしかけ、そしてそれに乗ったオレは、隣にいた猪狩の肩をがばりと抱いた。たぶん。覚えていないけど、居酒屋中に響き渡る声で高らかに宣言したあとで、オレはその場で猪狩にキスをした。Kiss、チュウ、口付け、接吻、……熱ぅいベーゼをかますオレに、美鈴さんはゲラゲラ笑い転げていた。たぶん。猪狩に言ったら大変なことになりそうだが、実は全然全く覚えていない。記憶にないのだ。オレがこうして事実を認識しているのは、後から人づてに聞いただけのことだ。その時の猪狩の目がハートマークになっていたことなんて、これっぽっちも知るわけがない。
「キミはズボラで鈍臭くてボクみたいに格好良くもないし、気が利かないからね。今回はこちらで用意させてもらったよ」
さあ、乗りたまえ、なんていう猪狩は持っていたでっかい花束をこちらに寄越すと、空いた手でオレの手を取った。恭しく助手席の扉を開け、オレをエスコートする。為す術なく座席に収まったオレにシートベルトを付けるよう指示する猪狩は、鼻歌をうたいながらハンドルを握った。まさかこの花を持ったまま、オレは車に乗らなければならないのか。猪狩の車はオープンカーなので、外から丸見えだ。
「まずは着替えからだな。馬子にも衣装という言葉があるように、キミも多少はマシになるだろう」
猪狩は機嫌良さそうにいって、エンジンをふかした。一体どこに連れて行かれることやら。流れる景色を眺めながら、それもべつにいいかもな、なんてオレは酔っ払いのようなことを考えていた。鼻をくすぐる薔薇の花、慣れないその匂いに酔ってしまった。そういうことに、しておこう。
ーーーーーーー
なにがあった?
昔の守さんも超好き…ッッて思ったけどあんまり書いてないなあと思って書いた結果です。精進します。
猪狩って、めちゃくちゃキザなんだよな。あと、あれで意外と真面目。
花束を抱えた猪狩を目の前に見ながら、そう思った。わざわざオレを迎えに来た車は、猪狩自慢の愛車だ。今日も変わらずボンネットには猪狩の名前が大きく書かれている。側から見ればなんの冗談だろうと思うが、猪狩は本気なのだ。花、車、猪狩。めかし込んできた猪狩の格好は、いつも見ているユニフォーム姿ではない。今すぐにでも素敵なパーティへ参加してしまいそうな出立ちだ。ついでに、さっきから両手で抱えている真っ赤な薔薇の花束なんて、マンガやアニメ、フィクションのお話の中でしか見たことがない。そのくらいでかい。薔薇って、束になるとこんな匂いがするものなんだ。
「猪狩。どうしたんだよ、急に」
「急ではないだろう。分かっているくせに」
分からないよ、何も。そう言いたかったが、猪狩があまりにも真剣なので声に出せないでいる。
「キミが、ボクのことを好ましいと…その、好意を寄せていることは分かっている」
そうなの?オレって猪狩のことが好きなんだっけ。そう言われるとちょっと自信がなくなってきた。そのくらい猪狩の様子は堂に入っていて真に迫るものがある。もしかしたら、そうだったかもしれないなんて思い始めている自分がいるくらいに。
「愛しているんだろう、ボクのこと」
愛!猪狩の口から出たこれまた突拍子もない言葉にオレはやっぱり何も言えなくて、出来ることといえばせいぜい口をぱくぱくさせることくらいだ。二の句が告げないオレを見て、猪狩は今まで見たこともない顔で微笑んでみせた。
「だが、順序は守らなくてはいけない。いくら好きだからといって、手順を飛ばすのはよくないぞ」
ぽっと頬を染める猪狩に、一体全体何がどうしてどんなボタンの掛け違いをしたらこんな事態になるのか、もう一度よく考えてみることにした。ことの発端は、たぶんじゃなくて、絶対に、断固誓って、美鈴さんのせいだ。
美鈴さんというのはオレの勤める「パワフル物産」の先輩社員であり、竹を割ったような性格は至って分かりやすく、そして大の酒好きの人だ。三度の飯より宴会好きで、美鈴さんに付き合うと次の日に支障が出るまで飲まされる。飲み会となればハシゴするのは当たり前、何軒目のどこで何を飲んだのか覚えていないこともザラだった。その美鈴さんと一緒にいるところを猪狩に見つかって、なんやかんやと色々あった。本当に、もう、いろいろと。思い出したくないことも多いのでここでは割愛させてもらう。
あの日も、初めは会社の皆で飲んでいた。ただ、美鈴さんがそれだけで満足するわけはなくて、そして会社の人たちも美鈴さんの酒豪ぶりはよく心得ていて、体良く押し付けられたオレがいつものように付き合っていた日のことだ。何軒目だったかは忘れたが、たまたま猪狩と出くわして、何故かは知らないが三人で一緒に飲むことになった。今日はもちろん飲んでいないのに、思い出すと頭が痛くなる。もう全部忘れてしまいたいのに、目の前の猪狩こそが現実だった。
「もっと早く言ってくれれば良かったんだ」
猪狩は続けた。
「あんなところでキス、してしまうほどボクのことが好きだなんて」
あの日のことを思い出して、オレは顔から火が出るような気持ちになって頭を抱える。酔っ払った美鈴さんがオレをけしかけ、そしてそれに乗ったオレは、隣にいた猪狩の肩をがばりと抱いた。たぶん。覚えていないけど、居酒屋中に響き渡る声で高らかに宣言したあとで、オレはその場で猪狩にキスをした。Kiss、チュウ、口付け、接吻、……熱ぅいベーゼをかますオレに、美鈴さんはゲラゲラ笑い転げていた。たぶん。猪狩に言ったら大変なことになりそうだが、実は全然全く覚えていない。記憶にないのだ。オレがこうして事実を認識しているのは、後から人づてに聞いただけのことだ。その時の猪狩の目がハートマークになっていたことなんて、これっぽっちも知るわけがない。
「キミはズボラで鈍臭くてボクみたいに格好良くもないし、気が利かないからね。今回はこちらで用意させてもらったよ」
さあ、乗りたまえ、なんていう猪狩は持っていたでっかい花束をこちらに寄越すと、空いた手でオレの手を取った。恭しく助手席の扉を開け、オレをエスコートする。為す術なく座席に収まったオレにシートベルトを付けるよう指示する猪狩は、鼻歌をうたいながらハンドルを握った。まさかこの花を持ったまま、オレは車に乗らなければならないのか。猪狩の車はオープンカーなので、外から丸見えだ。
「まずは着替えからだな。馬子にも衣装という言葉があるように、キミも多少はマシになるだろう」
猪狩は機嫌良さそうにいって、エンジンをふかした。一体どこに連れて行かれることやら。流れる景色を眺めながら、それもべつにいいかもな、なんてオレは酔っ払いのようなことを考えていた。鼻をくすぐる薔薇の花、慣れないその匂いに酔ってしまった。そういうことに、しておこう。
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なにがあった?
昔の守さんも超好き…ッッて思ったけどあんまり書いてないなあと思って書いた結果です。精進します。
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