あのこがきらい
あっ、触った。その瞬間、今まで我慢していたものが一気に弾けた気がした。三階の教室、自分の学年の階ではない廊下で、進は自分の顔が歪んでいくのを自覚していた。野球部内での伝令を、キャプテンであるその人に伝えるため教室を覗き込むと、彼は女生徒と話をしていた。随分と盛り上がっているようで、楽しそうだ。瞬時に胸の内を黒いものが渦巻いていったが、そんなことでいちいち腹を立てていては仕方ない。男であるというハンデを負っている以上、自分は人並み以上に品行方正で良い子でいなくてはならない。彼の気を引けるよう、あくまでかわいらしく、慎ましく。
さっきまでそんなことを考えていたのが嘘のように、煮えたはらわたがひっくり返るようだった。べったりと耳につく高い声を上げた後で、女生徒が先輩の肩に触れたのだ。それに嫌がる素振りどころか、初心な先輩は困ったように顔を赤くしてみせるものだから、進は舌打ちしたい気分だった。こんなことなら、さっさと声を掛けてしまうべきだった。女特有の高い声は、いつまでも耳に纏わりついて気に障る。女が、彼の名前を呼んだ。もう一度。何がそんなに楽しいのか、女は嬉しそうに笑ってみせた。
「パワプロさん」
「あ、進くん」
自分の顔を見つけた彼の表情が綻ぶのを見て、進は優越感に笑みを浮かべていた。そうだ、もっとよく見ておいた方がいい。お前といる時に、彼が一度でもこんな顔をしたことがあるものか。後輩の訪れを察したらしい女は、またねと手を振って自分の席に戻っていった。その言葉のなんと苦々しいこと。それでも進は良い子に振る舞う方の自分になって、女にぺこりと頭を下げた。もちろん、かわいらしい後輩の顔でだ。彼の前では、誰よりも健気で慎ましい後輩でいなければならない。
「進くん、どうしたの?」
「さっきたまたま廊下で監督と会って、先輩にも伝えてほしいと頼まれたんです」
本当のことだった。上級生にも伝えてほしいということだったので、もちろん兄のところへ行っても良かったのだが、これ以上の口実はないと思ってここにやって来た。部活動以外の時間に彼と会える機会は貴重だった。
「そっか。わざわざありがとう」
伝言を伝え終わると、彼は子供のような屈託のない顔で笑った。教室で見る彼の笑顔はいつもより眩しくて、進は単純に胸を高鳴らせる。好きだと思った。思わず見つめていると、彼の方が首を捻る。どうかした?答える代わりに、進は試しに彼の頬をつつくように指で押し返してみた。直接触れた頬は想像していたよりもずっと柔らかくて、進は自らが高揚しているのを隠すことができなかった。
「ど、どうしたの?」
「いえ、柔らかそうだなあって思って」
くすくすと笑うと、彼は参ったなあと言って後ろ手で頭をかいた。こんなことで簡単に顔を赤くする彼こそが誰よりもかわいらしかったが、進はそんなことをおくびにも出さずに微笑んでみせる。もちろん、彼にいちばんかわいいと思ってもらえる表情で。案の定満更でもないという顔をした彼に満足して、進は笑みを深めた。自分の容姿が他者よりも優れていることは幼い頃から承知していた。
「じゃあ、また部活で」
手を振って彼と別れる。教室を出る時、さっきの女が目に入った。べつにこの女だけではない、彼に害を為すものはすべて嫌いだ。だから、安心してくださいね。女と目の合った進はにっこりと微笑み、上機嫌で廊下を歩いていった。
了
ーーーーーーーーー
信じてほしいんですが、私は進くんのことが大好きです。
さっきまでそんなことを考えていたのが嘘のように、煮えたはらわたがひっくり返るようだった。べったりと耳につく高い声を上げた後で、女生徒が先輩の肩に触れたのだ。それに嫌がる素振りどころか、初心な先輩は困ったように顔を赤くしてみせるものだから、進は舌打ちしたい気分だった。こんなことなら、さっさと声を掛けてしまうべきだった。女特有の高い声は、いつまでも耳に纏わりついて気に障る。女が、彼の名前を呼んだ。もう一度。何がそんなに楽しいのか、女は嬉しそうに笑ってみせた。
「パワプロさん」
「あ、進くん」
自分の顔を見つけた彼の表情が綻ぶのを見て、進は優越感に笑みを浮かべていた。そうだ、もっとよく見ておいた方がいい。お前といる時に、彼が一度でもこんな顔をしたことがあるものか。後輩の訪れを察したらしい女は、またねと手を振って自分の席に戻っていった。その言葉のなんと苦々しいこと。それでも進は良い子に振る舞う方の自分になって、女にぺこりと頭を下げた。もちろん、かわいらしい後輩の顔でだ。彼の前では、誰よりも健気で慎ましい後輩でいなければならない。
「進くん、どうしたの?」
「さっきたまたま廊下で監督と会って、先輩にも伝えてほしいと頼まれたんです」
本当のことだった。上級生にも伝えてほしいということだったので、もちろん兄のところへ行っても良かったのだが、これ以上の口実はないと思ってここにやって来た。部活動以外の時間に彼と会える機会は貴重だった。
「そっか。わざわざありがとう」
伝言を伝え終わると、彼は子供のような屈託のない顔で笑った。教室で見る彼の笑顔はいつもより眩しくて、進は単純に胸を高鳴らせる。好きだと思った。思わず見つめていると、彼の方が首を捻る。どうかした?答える代わりに、進は試しに彼の頬をつつくように指で押し返してみた。直接触れた頬は想像していたよりもずっと柔らかくて、進は自らが高揚しているのを隠すことができなかった。
「ど、どうしたの?」
「いえ、柔らかそうだなあって思って」
くすくすと笑うと、彼は参ったなあと言って後ろ手で頭をかいた。こんなことで簡単に顔を赤くする彼こそが誰よりもかわいらしかったが、進はそんなことをおくびにも出さずに微笑んでみせる。もちろん、彼にいちばんかわいいと思ってもらえる表情で。案の定満更でもないという顔をした彼に満足して、進は笑みを深めた。自分の容姿が他者よりも優れていることは幼い頃から承知していた。
「じゃあ、また部活で」
手を振って彼と別れる。教室を出る時、さっきの女が目に入った。べつにこの女だけではない、彼に害を為すものはすべて嫌いだ。だから、安心してくださいね。女と目の合った進はにっこりと微笑み、上機嫌で廊下を歩いていった。
了
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信じてほしいんですが、私は進くんのことが大好きです。
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