ロールケーキは甘いもの
2011/主守
猪狩守は困っていた。机の上に置いた一枚の紙をにらみつけながら困っていた。
さあ、どうしようかと考えていたら時間はあっという間に夜更けである。
手に持った携帯電話を見つめながら猪狩は息を吐き出した。
ことの発端は今日の午後のことである。
気に入りのロールケーキを買いに行ったところまたパワプロと出くわした。
彼とここで会うのはこれで2回目となる。
本当はここへ来るたびにパワプロの顔を探していたのだが、そんなことはもちろん秘密である。
もしかしてまた会えるのではないかという期待が、今日は落胆ではなく喜びに変わった。
ともすれば緩みそうになる顔を叱咤して猪狩はいつも通りの澄ました表情を取り繕った。
「あ、猪狩」
「やあ、また会ったね」
「あれ、今日は進くんは一緒じゃないの?」
そういうパワプロも今日は一人である。
この前一緒にいたメガネをかけた、そうだ矢部とかいうやつはいないようだ。
それにしてもだ、いのいちばんに進のことを聞いてくるのは気に入らない。このボクを目の前にしておきながらなんという無礼だろう。
「べつに進と一緒じゃなくてもケーキは買えるさ」
「そりゃそうだけどさ。それにしてもわざわざこんなところまでしょっちゅう来て、お前って実は意外と暇なの?」
「そんなわけないだろう。今日は遠征のついでに寄ったのさ」
「よっぽどここのロールケーキが好きなんだな」
「ああ、まあね…」
ロールケーキとパワプロが、理由の同列に並ぶようになってしまったのはいつからだろう。
初めは、単純にここのロールケーキの味がどうしても忘れられなくて買いに来ていた。
他のロールケーキではダメなのだ、ここのパワロールでないと。
それが前回偶然パワプロと出くわしてから、ボクはここへ来るたびにパワプロの顔を探すようになっていた。
しかし、偶然というのはそう何度もあるものではない。
ケーキが食べたい。パワプロに会いたい。
そのどちらも真っ直ぐな欲求であることに変わりはなかったが、いつしかケーキとパワプロの順位が入れ替わっていたことは否定できない。
「今日はそれほど並んでなくて良かったよ」
にこにこしながらパワプロが言うので、ボクは前方の列を眺めているふりをしながらそうだなと返事をした。
それはパワプロの言う通りで、こんな日に限って行列はいつもの半分くらいなのであった。
これではすぐに順番が来て帰らなければならない。
「なあ猪狩」
「なんだい」
「ここまで買いに来るの大変じゃない?」
「まあ、それなりにね。でも、ついでに寄っているから、そうたいしたことじゃないよ」
「ふうん」
それきりパワプロは黙ってしまってボクも隣で口を閉ざした。
何を話せばいいのか分からない。そうこうしているうちにどんどん順番は迫ってきて、もうすぐボクたちの番だ。
また勝負をしようだとか、最近調子はどうだとか、言いたいことはたくさんあるはずなのに、どうしてかボクの口からそれらの言葉が紡がれることはないのだった。
沈黙に焦れる。
「ねえ猪狩」
「ん?」
「もし良かったらさ、買いにくるとき一声かけろよ」
「どういうことだ?」
「オレだってしょっちゅう暇ってわけじゃないから、毎回買いに来れるかどうかは分かんないけどさ。もし都合が空いてたらお前が遠征に来る日、ついでにお前の分も買っといてやるよ」
でもあんまり期待すんなよ、できるときだけだからな。そう言って笑うパワプロの顔を眺めながら、ボクはなんとも返答のしようがないのだった。
そんな話をしているうちにボクたちの順番がやってきて、ボクとパワプロはひとつずつケーキを買って列を後にした。
会計をしている間にもなんだかふわふわとした心持で、渡されたケーキの箱をうっかり取り落としそうになってしまった。
なにやってるんだよとパワプロが苦笑する。
「猪狩、メアド教えて」
「あ、ああ…」
「赤外線できる?それかQRコード?」
正直に言うと、ボクにはパワプロが何を言っているのかさっぱり分からなかった。
どうやらメールアドレスを交換する手段のようであるが、どのようにすればいいのか見当もつかない。
言葉に詰まるボクに、パワプロはどこから出したのか紙の切れ端を取り出して、何か書くもの持ってない?とボクに尋ねた。
いつも持ち歩いている小ぶりのボールペンを差し出すと、パワプロはさらさらと何かを書きつけてボクの手に持たせるのだった。
「それオレのメアドだからさ、お前からメールしといてよ」
「ああ、分かった…」
「あっ、やべー、母さんにお遣い頼まれてたんだった!」
じゃあ、またな!あっけにとられている間にパワプロの姿はなくなっていて、ボクの手の中には一枚の紙が握られているのだった。
くしゃくしゃになっている紙切れを指で伸ばす。
綺麗とも汚いとも言い難いただの走り書きだ。
そんな走り書きがどうしようもなく嬉しくて仕方のなかったボクは、人目もはばからずにっこり笑ってしまうのだった。
そういう経緯で手に入れた一枚の紙を前にして、猪狩は相変わらず唸っていた。
メールをする、それはいい。問題は文面になんと書くかである。
本文は空白のまま送ろうかとも思ったが、それではむこうにこちらが誰なのか伝わらない。
「猪狩守だ」と名乗るだけなのもおかしい気がする。
それではなんと書こう。今日は世話になったな?これからよろしく頼む?
どんな文面もしっくりこない。
だいたい、ボクたちはそんなことを言うような間柄だっただろうか。
考えれば考えるほどに分からなくなる。
自分らしくないことは重々承知していた。
ケーキを食べながら進にまで訝しがられてしまったし、兄さん最近ケーキを買う頻度が増えましたね、なんてことまで言われボクには黙ることしかできなかった。
一体なんと返答すればいいというのか。
ああ、今日はもう遅いから、明日にしよう。そうだそれがいい。
考えるのを放棄して、猪狩はくしゃくしゃの紙切れを丁寧に机の引き出しにしまった。
自分でもどうかしていると思いながら、それでも嬉しい気持ちだけはごまかしようがなくて、猪狩は軽い足取りでベッドへ向かうと早々に布団の中にもぐりこんだ。
朝起きたらメールをしよう。内容は、朝の挨拶くらいで十分だろう。
そう思ったら俄然気が楽になり、今日はいい夢が見られそうだと思いながら猪狩は目を閉じた。
その日はパワプロと一緒にケーキを食べる夢を見たが、朝起きたボクは夢の内容などなにひとつとして覚えていないのだった。
―――――――
2011のパワロールのイベントはかわいすぎないかということが言いたい
守さんお友達がいないからメアド交換の仕方とか知らなさそう…
進は兄がケーキを買いに行く理由について気が付いてるけどすっとぼけてる
そういう進がとってもツボですねー
主守だいすきです
猪狩守は困っていた。机の上に置いた一枚の紙をにらみつけながら困っていた。
さあ、どうしようかと考えていたら時間はあっという間に夜更けである。
手に持った携帯電話を見つめながら猪狩は息を吐き出した。
ことの発端は今日の午後のことである。
気に入りのロールケーキを買いに行ったところまたパワプロと出くわした。
彼とここで会うのはこれで2回目となる。
本当はここへ来るたびにパワプロの顔を探していたのだが、そんなことはもちろん秘密である。
もしかしてまた会えるのではないかという期待が、今日は落胆ではなく喜びに変わった。
ともすれば緩みそうになる顔を叱咤して猪狩はいつも通りの澄ました表情を取り繕った。
「あ、猪狩」
「やあ、また会ったね」
「あれ、今日は進くんは一緒じゃないの?」
そういうパワプロも今日は一人である。
この前一緒にいたメガネをかけた、そうだ矢部とかいうやつはいないようだ。
それにしてもだ、いのいちばんに進のことを聞いてくるのは気に入らない。このボクを目の前にしておきながらなんという無礼だろう。
「べつに進と一緒じゃなくてもケーキは買えるさ」
「そりゃそうだけどさ。それにしてもわざわざこんなところまでしょっちゅう来て、お前って実は意外と暇なの?」
「そんなわけないだろう。今日は遠征のついでに寄ったのさ」
「よっぽどここのロールケーキが好きなんだな」
「ああ、まあね…」
ロールケーキとパワプロが、理由の同列に並ぶようになってしまったのはいつからだろう。
初めは、単純にここのロールケーキの味がどうしても忘れられなくて買いに来ていた。
他のロールケーキではダメなのだ、ここのパワロールでないと。
それが前回偶然パワプロと出くわしてから、ボクはここへ来るたびにパワプロの顔を探すようになっていた。
しかし、偶然というのはそう何度もあるものではない。
ケーキが食べたい。パワプロに会いたい。
そのどちらも真っ直ぐな欲求であることに変わりはなかったが、いつしかケーキとパワプロの順位が入れ替わっていたことは否定できない。
「今日はそれほど並んでなくて良かったよ」
にこにこしながらパワプロが言うので、ボクは前方の列を眺めているふりをしながらそうだなと返事をした。
それはパワプロの言う通りで、こんな日に限って行列はいつもの半分くらいなのであった。
これではすぐに順番が来て帰らなければならない。
「なあ猪狩」
「なんだい」
「ここまで買いに来るの大変じゃない?」
「まあ、それなりにね。でも、ついでに寄っているから、そうたいしたことじゃないよ」
「ふうん」
それきりパワプロは黙ってしまってボクも隣で口を閉ざした。
何を話せばいいのか分からない。そうこうしているうちにどんどん順番は迫ってきて、もうすぐボクたちの番だ。
また勝負をしようだとか、最近調子はどうだとか、言いたいことはたくさんあるはずなのに、どうしてかボクの口からそれらの言葉が紡がれることはないのだった。
沈黙に焦れる。
「ねえ猪狩」
「ん?」
「もし良かったらさ、買いにくるとき一声かけろよ」
「どういうことだ?」
「オレだってしょっちゅう暇ってわけじゃないから、毎回買いに来れるかどうかは分かんないけどさ。もし都合が空いてたらお前が遠征に来る日、ついでにお前の分も買っといてやるよ」
でもあんまり期待すんなよ、できるときだけだからな。そう言って笑うパワプロの顔を眺めながら、ボクはなんとも返答のしようがないのだった。
そんな話をしているうちにボクたちの順番がやってきて、ボクとパワプロはひとつずつケーキを買って列を後にした。
会計をしている間にもなんだかふわふわとした心持で、渡されたケーキの箱をうっかり取り落としそうになってしまった。
なにやってるんだよとパワプロが苦笑する。
「猪狩、メアド教えて」
「あ、ああ…」
「赤外線できる?それかQRコード?」
正直に言うと、ボクにはパワプロが何を言っているのかさっぱり分からなかった。
どうやらメールアドレスを交換する手段のようであるが、どのようにすればいいのか見当もつかない。
言葉に詰まるボクに、パワプロはどこから出したのか紙の切れ端を取り出して、何か書くもの持ってない?とボクに尋ねた。
いつも持ち歩いている小ぶりのボールペンを差し出すと、パワプロはさらさらと何かを書きつけてボクの手に持たせるのだった。
「それオレのメアドだからさ、お前からメールしといてよ」
「ああ、分かった…」
「あっ、やべー、母さんにお遣い頼まれてたんだった!」
じゃあ、またな!あっけにとられている間にパワプロの姿はなくなっていて、ボクの手の中には一枚の紙が握られているのだった。
くしゃくしゃになっている紙切れを指で伸ばす。
綺麗とも汚いとも言い難いただの走り書きだ。
そんな走り書きがどうしようもなく嬉しくて仕方のなかったボクは、人目もはばからずにっこり笑ってしまうのだった。
そういう経緯で手に入れた一枚の紙を前にして、猪狩は相変わらず唸っていた。
メールをする、それはいい。問題は文面になんと書くかである。
本文は空白のまま送ろうかとも思ったが、それではむこうにこちらが誰なのか伝わらない。
「猪狩守だ」と名乗るだけなのもおかしい気がする。
それではなんと書こう。今日は世話になったな?これからよろしく頼む?
どんな文面もしっくりこない。
だいたい、ボクたちはそんなことを言うような間柄だっただろうか。
考えれば考えるほどに分からなくなる。
自分らしくないことは重々承知していた。
ケーキを食べながら進にまで訝しがられてしまったし、兄さん最近ケーキを買う頻度が増えましたね、なんてことまで言われボクには黙ることしかできなかった。
一体なんと返答すればいいというのか。
ああ、今日はもう遅いから、明日にしよう。そうだそれがいい。
考えるのを放棄して、猪狩はくしゃくしゃの紙切れを丁寧に机の引き出しにしまった。
自分でもどうかしていると思いながら、それでも嬉しい気持ちだけはごまかしようがなくて、猪狩は軽い足取りでベッドへ向かうと早々に布団の中にもぐりこんだ。
朝起きたらメールをしよう。内容は、朝の挨拶くらいで十分だろう。
そう思ったら俄然気が楽になり、今日はいい夢が見られそうだと思いながら猪狩は目を閉じた。
その日はパワプロと一緒にケーキを食べる夢を見たが、朝起きたボクは夢の内容などなにひとつとして覚えていないのだった。
―――――――
2011のパワロールのイベントはかわいすぎないかということが言いたい
守さんお友達がいないからメアド交換の仕方とか知らなさそう…
進は兄がケーキを買いに行く理由について気が付いてるけどすっとぼけてる
そういう進がとってもツボですねー
主守だいすきです
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