傘の中の世界
傘の中の世界
はみ出した右肩は濡れて不愉快だったし、歩くたび跳ねる水は足元を汚した。隣で傘を持つ人間が水たまりも避けずに歩くものだから、そのたびに気に入りの靴に泥が飛ぶ。それでも黙っているのは、まがりなりにも半分傘を借りている身であるということと、どんどん強くなる雨脚にものを言う気も起きなかったからだ。そういうことにしておく。しとしと。ざあざあ。
「でさー。猪狩、聞いてる?」
聞いてない。応える代わりに横顔で返事をしても特に気にしないらしいその男は、相変わらず一人で喋っている。いつもは通学鞄の中に折り畳み傘が入っているのに、たまたま持っていない日に限って天気予報は外れる。そういうものだ。部活動は中止になって、他の運動部が使うせいで体育館も空いておらず、今日は自主練習の日になった。
「なんか、腹減らない?」
チームメイトである男はそう言ってこちらの顔を覗き込むように見るものだから、ただでさえ狭い傘の中、猪狩はその近さに驚いた。心臓が変な風に跳ねたのを気取られないよう、「まあな」と適当に答えると、男は嬉しそうに笑った。
どうしてこんなことになったのだろう。傘を忘れたからといって、わざわざ濡れながら歩いて帰らなくとも、猪狩の連絡ひとつで、迎えの車が飛んで来る。そういう環境で育って来たものだから、猪狩は高校生になるまで、友人と寄り道をして帰ったことなど今まで一度もなかった。まして雨の中、ひとつの傘を半分ずつ使って歩くことなど、初めてのことだった。だから猪狩は今日、新たに覚えた。男二人がひとつの傘の中に収まるのには、少々無理がある。
さりげなく視線を動かして見ると、猪狩よりも男の肩の方が濡れていた。濡れているというよりはずぶ濡れと表現した方が適切で、よくもまあそんな状態で上機嫌に話していられるものだと猪狩は呆れてしまった。呑気でお人好し、よく言えば純朴で、わるく言えば間抜けな男だった。しかし猪狩は、男のそういうところを気に入っていた。口に出して言うはずもない、猪狩だけが知っている内緒のことだ。しとしと。ざあざあ。世界はここで、傘の中に切り取られている。
「マックでいい?」
マックが何を指しているのか分からなかった猪狩は、そのまま頷いた。期間限定のあれが食べたいと言って熱弁する男の話を聞いていると不思議と猪狩もそれが食べたくなり、ぐうと腹が鳴った。それも雨の音に掻き消され、猪狩は思わず笑ってしまった。しとしと。ざあざあ。
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雰囲気を感じてほしい。私の書くものはそういうものなので!
はみ出した右肩は濡れて不愉快だったし、歩くたび跳ねる水は足元を汚した。隣で傘を持つ人間が水たまりも避けずに歩くものだから、そのたびに気に入りの靴に泥が飛ぶ。それでも黙っているのは、まがりなりにも半分傘を借りている身であるということと、どんどん強くなる雨脚にものを言う気も起きなかったからだ。そういうことにしておく。しとしと。ざあざあ。
「でさー。猪狩、聞いてる?」
聞いてない。応える代わりに横顔で返事をしても特に気にしないらしいその男は、相変わらず一人で喋っている。いつもは通学鞄の中に折り畳み傘が入っているのに、たまたま持っていない日に限って天気予報は外れる。そういうものだ。部活動は中止になって、他の運動部が使うせいで体育館も空いておらず、今日は自主練習の日になった。
「なんか、腹減らない?」
チームメイトである男はそう言ってこちらの顔を覗き込むように見るものだから、ただでさえ狭い傘の中、猪狩はその近さに驚いた。心臓が変な風に跳ねたのを気取られないよう、「まあな」と適当に答えると、男は嬉しそうに笑った。
どうしてこんなことになったのだろう。傘を忘れたからといって、わざわざ濡れながら歩いて帰らなくとも、猪狩の連絡ひとつで、迎えの車が飛んで来る。そういう環境で育って来たものだから、猪狩は高校生になるまで、友人と寄り道をして帰ったことなど今まで一度もなかった。まして雨の中、ひとつの傘を半分ずつ使って歩くことなど、初めてのことだった。だから猪狩は今日、新たに覚えた。男二人がひとつの傘の中に収まるのには、少々無理がある。
さりげなく視線を動かして見ると、猪狩よりも男の肩の方が濡れていた。濡れているというよりはずぶ濡れと表現した方が適切で、よくもまあそんな状態で上機嫌に話していられるものだと猪狩は呆れてしまった。呑気でお人好し、よく言えば純朴で、わるく言えば間抜けな男だった。しかし猪狩は、男のそういうところを気に入っていた。口に出して言うはずもない、猪狩だけが知っている内緒のことだ。しとしと。ざあざあ。世界はここで、傘の中に切り取られている。
「マックでいい?」
マックが何を指しているのか分からなかった猪狩は、そのまま頷いた。期間限定のあれが食べたいと言って熱弁する男の話を聞いていると不思議と猪狩もそれが食べたくなり、ぐうと腹が鳴った。それも雨の音に掻き消され、猪狩は思わず笑ってしまった。しとしと。ざあざあ。
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雰囲気を感じてほしい。私の書くものはそういうものなので!
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