夏が来る
夏が来る (主人公×猪狩守)
「おまえのことが、好きだ。」
そういうことを自分に向かって言った人間が、今日も呑気な顔をして隣を歩いている。そうして話す内容は実に平々凡々代わり映えのないもので、今日も天気が良いだとか、昨日のプロ野球の結果がどうだとか、そんなことだ。そんな話に無難な相槌を打っている自分も自分であった。
「なあ、猪狩」
そうやって自分の名前を呼ぶパワプロの顔は腑抜けた間抜け顔なのだが、なかなかどうして、その顔がボクはキライではなかった。よくもまあそんなに、嬉しそうにして笑うものだ。その顔をさせているのが他ならぬ自分自身なのだと思うと、今までに感じたことのない気持ちになる。だってパワプロは、ボクのことが好きなのだ。典型的な告白、そして模範的な回答。その結果が、現在の「これ」だった。
「そういえば、この前進くんに会ったんだけど」
急に弟の名前が出たことに、ボクはぴくりと眉根を動かした。どうやら、休日に偶然本屋で弟に会ったようだ。その日の進は、料理の本を見ていたらしい。「進くん、料理も得意なんてすごいね」、パワプロが言う。そうだ、ボクの弟はすごいのだ。野球が出来て、料理も出来て、もちろん勉強だって出来る。自慢の弟だ。そう思うのに、ボクの口は重く閉ざされたまま、何も言うことはなかった。
そのうち、本屋の後に二人で一緒にバッティングセンターに行った話が続いた。そんなのは、初めて聞いた。進も、そんなことは今まで一言も言っていなかった。ボクはこっそりと息をつく。何も変わらないのに、こんなところばかりが変わってしまった。変わらないというのは、交際を始めてからも今まで通りのパワプロと自分のことで、変わってしまったのは、くだらぬことに嫉妬心を覚えるようになったことを指す。大変バカらしいことだと思う。そうだとは思うのに、やめられないのもまた、バカのようだった。
ボクとパワプロの実質的な関係性が変わらないのなら、余計なことを言わないでいて欲しかった。そう思う。そうすれば、ボクは今まで通りに過ごしていて、余計な勘ぐりもしなければ、くだらぬ嫉妬心を抱くこともなかったのに。これはぜんぶお前のせいだ。
「猪狩さ。それって、わざとやってるの?」
なんのことだ。問おうと顔を上げたところで、パワプロが赤い顔でこちらを見つめているものだから驚いた。なんのことだ。やはり、声にはならなかった。パワプロが、覆いかぶさるようにしてこちらを覗き込む。声を上げようとした唇に、それは柔らかく重なった。ぎこちなく押し当てられただけのそれがゆっくりと離れていく。
「猪狩のばか」
「はあ?」
「ばーかばーか!」
「バカとはなんだ!」
勝手に先を行くパワプロを追い掛ける。わけの分からぬことばかりだ。さっきのあれも、パワプロの態度も、きちんと説明してもらわなければ困る。
「おい」
「なんか、やだ」
「なんの話をしてるんだ」
「オレばっかり、猪狩のこと好きみたいで」
「はあ?」
漏れたのは心からの声だったが、パワプロには不服であったらしい。
「そういうとこだよ」
「どういうところだ」
「猪狩、オレが告白した後もいつも通りの態度じゃん。オレが誘っても普通に断るし。野球の方が好きだし大事だし一番だし」
「当たり前だろう」
「なのに。オレが誰かと遊びに行った話とかすると、あからさまにヤキモチ焼くようになってさ。そんなのずるいよ。困る。猪狩のこと、もっと好きになっちゃうじゃんか」
「……」
「…黙るなよ」
何も変わらないなんて、ウソだった。自分もパワプロも、こんなにも変わってしまった。
「キミこそ」
「ん?」
「勝手にああいうことをするな」
「嫌だった?」
「…イヤじゃないから、困る」
「猪狩!!」
「いちいちくっ付くな、暑苦しい、そもそもここは往来だ!」
がばり、勢いよくこちらを抱くその腕の中に閉じ込められる。暑いのに、練習後で汗臭いのに、道端でみっともないのに、それを嬉しいと思ってしまう自分に言い訳するように目を閉じた。顔が熱いのは、夏のせいだ。そういうことにする。ぜんぶぜんぶ、夏のせいだ。だから、今度はゆっくりと降りてきたその唇に再び瞼を下ろしたのも、夏のせいに違いなかった。
了
ーーーーーー
日本の夏、主守の夏
たまにはこういう主人公ちゃんもかわいいですね
「おまえのことが、好きだ。」
そういうことを自分に向かって言った人間が、今日も呑気な顔をして隣を歩いている。そうして話す内容は実に平々凡々代わり映えのないもので、今日も天気が良いだとか、昨日のプロ野球の結果がどうだとか、そんなことだ。そんな話に無難な相槌を打っている自分も自分であった。
「なあ、猪狩」
そうやって自分の名前を呼ぶパワプロの顔は腑抜けた間抜け顔なのだが、なかなかどうして、その顔がボクはキライではなかった。よくもまあそんなに、嬉しそうにして笑うものだ。その顔をさせているのが他ならぬ自分自身なのだと思うと、今までに感じたことのない気持ちになる。だってパワプロは、ボクのことが好きなのだ。典型的な告白、そして模範的な回答。その結果が、現在の「これ」だった。
「そういえば、この前進くんに会ったんだけど」
急に弟の名前が出たことに、ボクはぴくりと眉根を動かした。どうやら、休日に偶然本屋で弟に会ったようだ。その日の進は、料理の本を見ていたらしい。「進くん、料理も得意なんてすごいね」、パワプロが言う。そうだ、ボクの弟はすごいのだ。野球が出来て、料理も出来て、もちろん勉強だって出来る。自慢の弟だ。そう思うのに、ボクの口は重く閉ざされたまま、何も言うことはなかった。
そのうち、本屋の後に二人で一緒にバッティングセンターに行った話が続いた。そんなのは、初めて聞いた。進も、そんなことは今まで一言も言っていなかった。ボクはこっそりと息をつく。何も変わらないのに、こんなところばかりが変わってしまった。変わらないというのは、交際を始めてからも今まで通りのパワプロと自分のことで、変わってしまったのは、くだらぬことに嫉妬心を覚えるようになったことを指す。大変バカらしいことだと思う。そうだとは思うのに、やめられないのもまた、バカのようだった。
ボクとパワプロの実質的な関係性が変わらないのなら、余計なことを言わないでいて欲しかった。そう思う。そうすれば、ボクは今まで通りに過ごしていて、余計な勘ぐりもしなければ、くだらぬ嫉妬心を抱くこともなかったのに。これはぜんぶお前のせいだ。
「猪狩さ。それって、わざとやってるの?」
なんのことだ。問おうと顔を上げたところで、パワプロが赤い顔でこちらを見つめているものだから驚いた。なんのことだ。やはり、声にはならなかった。パワプロが、覆いかぶさるようにしてこちらを覗き込む。声を上げようとした唇に、それは柔らかく重なった。ぎこちなく押し当てられただけのそれがゆっくりと離れていく。
「猪狩のばか」
「はあ?」
「ばーかばーか!」
「バカとはなんだ!」
勝手に先を行くパワプロを追い掛ける。わけの分からぬことばかりだ。さっきのあれも、パワプロの態度も、きちんと説明してもらわなければ困る。
「おい」
「なんか、やだ」
「なんの話をしてるんだ」
「オレばっかり、猪狩のこと好きみたいで」
「はあ?」
漏れたのは心からの声だったが、パワプロには不服であったらしい。
「そういうとこだよ」
「どういうところだ」
「猪狩、オレが告白した後もいつも通りの態度じゃん。オレが誘っても普通に断るし。野球の方が好きだし大事だし一番だし」
「当たり前だろう」
「なのに。オレが誰かと遊びに行った話とかすると、あからさまにヤキモチ焼くようになってさ。そんなのずるいよ。困る。猪狩のこと、もっと好きになっちゃうじゃんか」
「……」
「…黙るなよ」
何も変わらないなんて、ウソだった。自分もパワプロも、こんなにも変わってしまった。
「キミこそ」
「ん?」
「勝手にああいうことをするな」
「嫌だった?」
「…イヤじゃないから、困る」
「猪狩!!」
「いちいちくっ付くな、暑苦しい、そもそもここは往来だ!」
がばり、勢いよくこちらを抱くその腕の中に閉じ込められる。暑いのに、練習後で汗臭いのに、道端でみっともないのに、それを嬉しいと思ってしまう自分に言い訳するように目を閉じた。顔が熱いのは、夏のせいだ。そういうことにする。ぜんぶぜんぶ、夏のせいだ。だから、今度はゆっくりと降りてきたその唇に再び瞼を下ろしたのも、夏のせいに違いなかった。
了
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日本の夏、主守の夏
たまにはこういう主人公ちゃんもかわいいですね
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