天才猪狩守の憂鬱
天才猪狩守の憂鬱 (主守)
「猪狩、水飲む?」
行為の後、ベッドの端に腰掛けながらパワプロが言った。ボクが答えないで黙っていても特に気にした様子はなく、パワプロはそのままペットボトルの水を飲み干した。空になったそれをくずかごに向かって放り投げる。役目を終えたペットボトルは、乾いた音を立てて静かにそこへ収まった。
「ボクたち、もう別れようか」
「へあ!?」
パワプロがわざわざ聞き返して来るものだから、ボクはもう一度、同じ言葉を一言一句違わずに口にした。パワプロは、なんで急に、などと言って騒いでいる。急な、ものか。そんなのはお前がいちばんよく分かっているだろうに。
「キミは、ボクのことを好きじゃないだろう」
「なんで!?」
「なんで、なんでとうるさい奴だな。そんなことまでボクに言わせるつもりか」
「急にそんなこと!」
「急じゃないよ」
「猪狩、オレのことが嫌になったのか?」
「……」
「今までずっと上手くいってたのに…」
「……」
「あっ、他に好きな人が出来たとか」
それは、キミの方だろう。よっぽど喉元まで出かかった声をボクは飲み込んだ。ボクに対して興味がなくなったのも、もしかしたら他に好意を寄せる相手がいるかもしれないのも、ぜんぶぜんぶ、キミの方じゃないか。馬鹿馬鹿しい。そう思うと、今まで我慢していた言葉が一気にこぼれ落ちた。
「キミは、ボクのことなんてもう飽きたんだろう。知っているよ。だいたい、キミは元々女性が好きだったしね。学生の頃から女生徒からモテたいモテたいと言って騒いでいたじゃないか。それがどういうつもりなのか知らないが、いっときの気まぐれでボクと付き合っていたのかもしれないけど、もう飽きたんだろう。もうボクに興味がなくなったんだろう。それなのにボクとまだこんなことをするのは、気まぐれの延長か、それとも」
「……」
「何も言えないか。そうだろうね」
「猪狩は、なんでそう思ったの」
「……」
言いたくなかった。くだらない。くだらないが、決定的なことでもあった。
「言いたくない」
「言ってよ」
「いやだ」
「猪狩」
「うるさい」
「猪狩」
「はあ」
「猪狩」
「…だって、キミ。一回しか、しなくなったじゃないか」
「へ?一回?」
「ボクが!疲れているときだって、やめろと言ったって、昔は何度も何度も好き勝手に抱いていたくせに、最近は、一度しかしないじゃないか、義務みたいに!」
「……、…」
「もういいよ。キミは元々女性が好きなんだし、男なんて抱けなくなったんだろ。別れよう。別れてやるよ」
「……」
なにも言わないのはつまり、図星なのだろう。ああ、終わってしまった。なにもかも。今日、言わなければ、おそらく次もまた、パワプロとこうしていたのだろう。そう考えると、余計に惨めだった。
「帰る」
「……」
「離してくれ」
「……」
「離せ!」
強く腕を引かれ、起き上がった身体が再びベッドに縫い付けられる。明かりが逆光になって、パワプロの表情はうかがえない。
「猪狩お前さあ、そんなことずっと考えてたの」
「……」
「馬鹿だな」
「ああ、バカだね。我ながら」
「ほんと、馬鹿だよ。ばかばか、大馬鹿」
「キミ、あんまり調子に乗って…」
「心配して損した。てっきり、他に好きな人が出来たとか、オレのこと嫌いになったとか、抱かれるのが嫌になったとか、そういうのかと思った。振られるかと思った。あー心配して損した。心臓止まった。死ぬかと思った。オレがお前のこと一回しか抱かなくなった?昔はもっとしてた?あーそうだねそうだなあの時は高校生だったし我慢も効かなかったしでも今ってオレら、プロだろ、大人だろ、オレだってもうそのくらい考えられるようになったし我慢も覚えたし、何よりあの頃より、むしろ付き合い長くなればなるほどお前のことが大事で、大切で、好きで、なんとか明日のトレーニングとか試合とかに影響出ないように一回だけに我慢してるんだよ。分かる?分かんないよなあ、猪狩には、ああ、猪狩には馬鹿なオレの気持ちなんて分かんないよなあ!あーあ!我慢するくらい、オレはお前が好きなんだよ。分かれよ。ばか猪狩。好きだけど。そういうとこも」
「……」
「猪狩、聞いてる?」
「…聞いてない」
顔を見ていられなくて、枕に押し付けるようにして逃れると、枕ごと奪われてしまった。逃げ場がない。ボクはいったい、今どんな顔をしているんだ。
「で、猪狩はつまり、オレにめちゃくちゃになるまで抱かれたいと、そう御所望しているわけだ」
「そんなこと言ってない」
「ごめんな、気付かなくて」
「……」
「これから猪狩のして欲しかったこと、ぜんぶしてあげる」
「…せいぜい、お手柔らかにたのむよ」
「仰せのままに、陛下」
どこでそんな悪ふざけを覚えてきたのか、パワプロはわざと大袈裟にボクの手を取って、その甲に口付けしてみせた。
「いやだって言っても、今日はやめてやれないからな」
「言わないよ、そんなこと」
「…これ以上、煽るな」
いつにない真剣な眼差しをボクは黙って受け止める。長い夜を思わせる熱い口付けに、ボクはうっとりと目を閉じた。
happy end!!
ーーーーーー
主守いい加減にしてくれ
(もっと)手を出されたい受けが好き好き侍
「猪狩、水飲む?」
行為の後、ベッドの端に腰掛けながらパワプロが言った。ボクが答えないで黙っていても特に気にした様子はなく、パワプロはそのままペットボトルの水を飲み干した。空になったそれをくずかごに向かって放り投げる。役目を終えたペットボトルは、乾いた音を立てて静かにそこへ収まった。
「ボクたち、もう別れようか」
「へあ!?」
パワプロがわざわざ聞き返して来るものだから、ボクはもう一度、同じ言葉を一言一句違わずに口にした。パワプロは、なんで急に、などと言って騒いでいる。急な、ものか。そんなのはお前がいちばんよく分かっているだろうに。
「キミは、ボクのことを好きじゃないだろう」
「なんで!?」
「なんで、なんでとうるさい奴だな。そんなことまでボクに言わせるつもりか」
「急にそんなこと!」
「急じゃないよ」
「猪狩、オレのことが嫌になったのか?」
「……」
「今までずっと上手くいってたのに…」
「……」
「あっ、他に好きな人が出来たとか」
それは、キミの方だろう。よっぽど喉元まで出かかった声をボクは飲み込んだ。ボクに対して興味がなくなったのも、もしかしたら他に好意を寄せる相手がいるかもしれないのも、ぜんぶぜんぶ、キミの方じゃないか。馬鹿馬鹿しい。そう思うと、今まで我慢していた言葉が一気にこぼれ落ちた。
「キミは、ボクのことなんてもう飽きたんだろう。知っているよ。だいたい、キミは元々女性が好きだったしね。学生の頃から女生徒からモテたいモテたいと言って騒いでいたじゃないか。それがどういうつもりなのか知らないが、いっときの気まぐれでボクと付き合っていたのかもしれないけど、もう飽きたんだろう。もうボクに興味がなくなったんだろう。それなのにボクとまだこんなことをするのは、気まぐれの延長か、それとも」
「……」
「何も言えないか。そうだろうね」
「猪狩は、なんでそう思ったの」
「……」
言いたくなかった。くだらない。くだらないが、決定的なことでもあった。
「言いたくない」
「言ってよ」
「いやだ」
「猪狩」
「うるさい」
「猪狩」
「はあ」
「猪狩」
「…だって、キミ。一回しか、しなくなったじゃないか」
「へ?一回?」
「ボクが!疲れているときだって、やめろと言ったって、昔は何度も何度も好き勝手に抱いていたくせに、最近は、一度しかしないじゃないか、義務みたいに!」
「……、…」
「もういいよ。キミは元々女性が好きなんだし、男なんて抱けなくなったんだろ。別れよう。別れてやるよ」
「……」
なにも言わないのはつまり、図星なのだろう。ああ、終わってしまった。なにもかも。今日、言わなければ、おそらく次もまた、パワプロとこうしていたのだろう。そう考えると、余計に惨めだった。
「帰る」
「……」
「離してくれ」
「……」
「離せ!」
強く腕を引かれ、起き上がった身体が再びベッドに縫い付けられる。明かりが逆光になって、パワプロの表情はうかがえない。
「猪狩お前さあ、そんなことずっと考えてたの」
「……」
「馬鹿だな」
「ああ、バカだね。我ながら」
「ほんと、馬鹿だよ。ばかばか、大馬鹿」
「キミ、あんまり調子に乗って…」
「心配して損した。てっきり、他に好きな人が出来たとか、オレのこと嫌いになったとか、抱かれるのが嫌になったとか、そういうのかと思った。振られるかと思った。あー心配して損した。心臓止まった。死ぬかと思った。オレがお前のこと一回しか抱かなくなった?昔はもっとしてた?あーそうだねそうだなあの時は高校生だったし我慢も効かなかったしでも今ってオレら、プロだろ、大人だろ、オレだってもうそのくらい考えられるようになったし我慢も覚えたし、何よりあの頃より、むしろ付き合い長くなればなるほどお前のことが大事で、大切で、好きで、なんとか明日のトレーニングとか試合とかに影響出ないように一回だけに我慢してるんだよ。分かる?分かんないよなあ、猪狩には、ああ、猪狩には馬鹿なオレの気持ちなんて分かんないよなあ!あーあ!我慢するくらい、オレはお前が好きなんだよ。分かれよ。ばか猪狩。好きだけど。そういうとこも」
「……」
「猪狩、聞いてる?」
「…聞いてない」
顔を見ていられなくて、枕に押し付けるようにして逃れると、枕ごと奪われてしまった。逃げ場がない。ボクはいったい、今どんな顔をしているんだ。
「で、猪狩はつまり、オレにめちゃくちゃになるまで抱かれたいと、そう御所望しているわけだ」
「そんなこと言ってない」
「ごめんな、気付かなくて」
「……」
「これから猪狩のして欲しかったこと、ぜんぶしてあげる」
「…せいぜい、お手柔らかにたのむよ」
「仰せのままに、陛下」
どこでそんな悪ふざけを覚えてきたのか、パワプロはわざと大袈裟にボクの手を取って、その甲に口付けしてみせた。
「いやだって言っても、今日はやめてやれないからな」
「言わないよ、そんなこと」
「…これ以上、煽るな」
いつにない真剣な眼差しをボクは黙って受け止める。長い夜を思わせる熱い口付けに、ボクはうっとりと目を閉じた。
happy end!!
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主守いい加減にしてくれ
(もっと)手を出されたい受けが好き好き侍
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