意味なしセンチメンタル
意味なしセンチメンタル
今まで生きてきて、悲しいことはたくさんあった。飼っていた犬が死んだとき、友達とケンカしたとき、負けられない試合に負けたとき、ほかにも。数え切れないほどの悲しいことが山みたいにあって、そしてこれから先も生きている限りは続くのだ、なんでか知らないけど、今日はそういうことに気がついてしまった。胸が空くような、せつないような、親とはぐれた子供のような気持ちになって、なんだか無性に悲しくなった。そういう気持ちで目の前の恋人に手を伸ばしたとき、相手がどんな反応を見せるのか、そんなつまらないことも気になった。
「なんだいキミは。暑苦しい」
いつも通りの猪狩だった。オレの悲しみとか切なさとか人肌恋しい気持ちなんて全然全く理解しないし、たぶん理解しようともしていない普段の猪狩だった。いつもと同じなのに、今日は悲しかった。抱き締める腕の力をゆるめないままその肩口に顔を埋めると、珍しく猪狩の腕が背中に回る。背に回る猪狩の温かな体温に包まれる。
「どうした?」
問う音は、柔らかな音色だった。取り留めもなく話し出す自分の声を、猪狩は黙って聞いている。ぽつり、ぽつり。落ちては溶ける静寂の中、一言ずつ要領も得ないまま話していった。そうして全部聞いた後、猪狩は言ったのだ。
「バカだね、キミは。これだから凡人は困るよ」
抱き締めてくれるし黙って話を聞いていてくれる今夜の猪狩は珍しく優しいなんて思っていたら、やっぱり全然優しくなかった。なんだよ。たまに落ち込んでる恋人を優しく元気付けるくらいのこと、してくれたっていいじゃんか。
「キミは、一体何を見ているんだ?」
質問の意味がわからなかったから黙っていたら、背中にある猪狩の手がバシンと叩いた。なんだよ。痛いよ。
「キミにはね、いや、ボクにも、過去や未来なんてないんだよ」
やっぱり、意味が分からない。猪狩の言うことは時々理解し難い。
「今しかないよ。キミにも、ボクにも」
思いのほか猪狩の声の調子が真面目だったから、オレはおそるおそる顔を上げた。真っ直ぐとこちらを見る猪狩の目は落ち着いていて、それでいて勝負の時に見せるような静かな炎が灯っていた。
「いまこの瞬間だけが真実で、変えられることが出来るのも、今だけだ。それには過去も未来も含まれない。キミには、今しかないんだよ」
分かったような、分からないような、猪狩は同じことを繰り返して、こちらを見る。
「いまキミが見ているものはなんだ?」
「……猪狩?」
「なぜ疑問系なんだ。キミの目は本当に節穴か」
「猪狩がいる」
「十分じゃないか」
それこそ、凡人のキミには余りあるほどね。それが猪狩の言うとっておきの殺し文句だと気付いた時にはもう笑ってしまっていて、どうやらキザな猪狩にも羞恥と言う感情はあるようで、さっきの比ではないほどの力で背中を叩かれた。そのたびにごめんごめんと律儀に謝って、腕の中の猪狩を抱きしめ直した。
了
ーーーーーーーーーー
守さんの「バカだね」は「好きだよ」だから、私の書く守さんいっつもそれ言っちゃう
今まで生きてきて、悲しいことはたくさんあった。飼っていた犬が死んだとき、友達とケンカしたとき、負けられない試合に負けたとき、ほかにも。数え切れないほどの悲しいことが山みたいにあって、そしてこれから先も生きている限りは続くのだ、なんでか知らないけど、今日はそういうことに気がついてしまった。胸が空くような、せつないような、親とはぐれた子供のような気持ちになって、なんだか無性に悲しくなった。そういう気持ちで目の前の恋人に手を伸ばしたとき、相手がどんな反応を見せるのか、そんなつまらないことも気になった。
「なんだいキミは。暑苦しい」
いつも通りの猪狩だった。オレの悲しみとか切なさとか人肌恋しい気持ちなんて全然全く理解しないし、たぶん理解しようともしていない普段の猪狩だった。いつもと同じなのに、今日は悲しかった。抱き締める腕の力をゆるめないままその肩口に顔を埋めると、珍しく猪狩の腕が背中に回る。背に回る猪狩の温かな体温に包まれる。
「どうした?」
問う音は、柔らかな音色だった。取り留めもなく話し出す自分の声を、猪狩は黙って聞いている。ぽつり、ぽつり。落ちては溶ける静寂の中、一言ずつ要領も得ないまま話していった。そうして全部聞いた後、猪狩は言ったのだ。
「バカだね、キミは。これだから凡人は困るよ」
抱き締めてくれるし黙って話を聞いていてくれる今夜の猪狩は珍しく優しいなんて思っていたら、やっぱり全然優しくなかった。なんだよ。たまに落ち込んでる恋人を優しく元気付けるくらいのこと、してくれたっていいじゃんか。
「キミは、一体何を見ているんだ?」
質問の意味がわからなかったから黙っていたら、背中にある猪狩の手がバシンと叩いた。なんだよ。痛いよ。
「キミにはね、いや、ボクにも、過去や未来なんてないんだよ」
やっぱり、意味が分からない。猪狩の言うことは時々理解し難い。
「今しかないよ。キミにも、ボクにも」
思いのほか猪狩の声の調子が真面目だったから、オレはおそるおそる顔を上げた。真っ直ぐとこちらを見る猪狩の目は落ち着いていて、それでいて勝負の時に見せるような静かな炎が灯っていた。
「いまこの瞬間だけが真実で、変えられることが出来るのも、今だけだ。それには過去も未来も含まれない。キミには、今しかないんだよ」
分かったような、分からないような、猪狩は同じことを繰り返して、こちらを見る。
「いまキミが見ているものはなんだ?」
「……猪狩?」
「なぜ疑問系なんだ。キミの目は本当に節穴か」
「猪狩がいる」
「十分じゃないか」
それこそ、凡人のキミには余りあるほどね。それが猪狩の言うとっておきの殺し文句だと気付いた時にはもう笑ってしまっていて、どうやらキザな猪狩にも羞恥と言う感情はあるようで、さっきの比ではないほどの力で背中を叩かれた。そのたびにごめんごめんと律儀に謝って、腕の中の猪狩を抱きしめ直した。
了
ーーーーーーーーーー
守さんの「バカだね」は「好きだよ」だから、私の書く守さんいっつもそれ言っちゃう
PR

