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春と桜

春と桜(猪狩守)

 部活動を終えた帰り道、コンビニエンスストアに寄った。二十四時間営業。年中無休。知識としては知っていたが、実際に立ち寄ったのは初めてだった。らっしゃーせー。店員の言ったそれが「いらっしゃいませ」であったと気が付いたのは、会計を済ませて店を出た後のことだ。手に下げた小さなポリ袋の中から、早速それを取り出す。透明のビニールには、確かに「1」と印字されたシールが付いていた。
 きっかけは、パワプロが昼食に食べていた菓子パンだった。この頃のパワプロは、昼時になると気紛れにボクのクラスまでやって来ることがあったので、ときどき一緒に昼食をとるのだった。パワプロがなにを考えているのか知らないが、食べ終わったあとにキャッチボールをする時間がボクはきらいではなかった。
「キミ、昨日もそれ食べてなかったかい」
「ん?うん、結構うまいんだな、これが」
「ふうん」
「そんでもって、これ!」
 じゃーん!と言いながらパワプロが大袈裟に掲げてみせたそれが、ボクには何なのか分からなかった。
「なんだい、それは」
「春のパン祭りシール!の、台紙!へへ、あとちょっとでたまるんだ〜」
 何のことなのかさっぱり分からないボクに、パワプロは聞いてもいないのに意気揚々と説明を始めるのだった。要約するとこうだ。パンを買ったときに付いているシールを集めると物がもらえる。あと少しでそれがたまる。だから毎日パンばかりを食べている。
「集めると皿がもらえるんだけど、今年はなんとダブルチャンスで、ミゾットの最高級グラブが当たるんだ!」
 嬉しそうに、パワプロはにこにこと笑っている。ミゾット製の、最高級グラブ。左利きピッチャー用のそれは、もちろんボクも愛用しているものだ。ボクが望めば、そんなものはいくらでも手に入る。「キミの分も」、言い掛けた言葉を飲み込んで、ボクは違うことを尋ねた。
「そのパンは、どこに売っているんだい」
 そうして現在、部活動後にわざわざコンビニエンスストアに寄る自分自身を、ボクは不思議に思う。グラブが欲しいのなら、父に一言頼めばいいだけの話だ。息子のために私設球場まで作ってしまった父親からすれば、グラブの一つなど比べるにも値しないことだろう。
 手に取ったパンの袋を改めて眺める。桜チーズ蒸しパン。そう書いてある文字を見ると、練習終わりのボクのお腹は確かにぐうと鳴ってみせるのだった。
 袋には「桜味」と書いてあったが、桜の味とは果たしてどんなものなのだろう。食べていてもよく分からない。さしずめこれは「春」の味に違いないなどと、ボクはそんなことを考えているのだった。




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猪狩守と春と桜と何かの芽生え
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