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盛夏の候

盛夏の候 (主守)

 自販機で二人分のジュースを買って戻ると、猪狩は机に肘をついた格好で眠っていた。ガタンと大きな音を立てて椅子を引いて座っても、猪狩は目を覚さない。今日の部活は、監督の都合で急遽休みになった。放課後の教室は、他に誰もいない。猪狩と二人きり。
 次の補習で合格点を取れなければいよいよ野球が出来なくなる!という大ピンチにオレが泣き付いたのは、チームメイトの猪狩であった。猪狩はオレと違って野球だけではなく勉強もうんと出来るということを、オレはこいつの自慢話からよく承知していた。しかし、部室で事情を説明したオレに、猪狩の目は大変冷ややかなものであった。口に出さずとも、まもなく地方予選の始まるこの時期に何をしているんだという猪狩の声が聞こえたような気がした。
 それでも結局、猪狩はオレに勉強を教えてやる気になったらしい。練習が休みになり、各々自主練習の流れとなったので、てっきり猪狩もそうするものだと思っていたのに、猪狩の方からオレを引っ張るのだから驚きだ。嫌味ったらしい物言いはいつもの通りであったが、わざわざ分厚い参考書を持参してまでみてくれるのは、正直とてもありがたかった。
「猪狩」
 休憩をもぎ取るために買ってきたジュースは、猪狩へのささやかな御礼の意味も込められていた。猪狩は口が悪くて態度もでかい、ついでに高飛車で嫌味だが、決してわるいやつではないのだ。猪狩は不器用で、誰よりも自分に厳しいせいで、他人にも厳しい。そのせいで、周りからはしばしば誤解されていた。オレはそういうこいつのことを考えると、時々どうしようもない気持ちになる。
 だから、目の前の猪狩、その明るい栗色の髪に手が伸びたのは、ごく自然な動作だったのだろう。

 という現場を目撃してしまったオイラの名前を、矢部明雄と言うでやんす。チームメイトの忘れ物をわざわざ届けに来た善良なオイラに対する、とんでもない仕打ちでやんす。
 とても常人には入っていけない空気を醸し出している困ったチームメイトの二人を、パワプロくんと猪狩くんと言うのでやんす。いつもは喧嘩ばかりで騒がしい二人は、ふたりきりになるとこんな風になってしまうのでやんすね。知りたくなかったでやんす。
 パワプロくんが猪狩くんの頭に手を伸ばしたところで限界を迎えたオイラは、教室の入り口に忘れ物を置きながら、何も見なかったことにして帰宅することにしたのでやんす。それにしてもパワプロくん、部室に教科書の全部を忘れていって、一体何を勉強しているのでやんすか。オイラは何も知らないし、何も見なかったのでやんす。
 パワプロくんと猪狩くんには、昔流行ったあの歌のあのサビがとてもよく似合うのでやんすねえ。今にも大声で歌い出したい気分でやんすよ。
 恋のスコアリングポジション、キミのハートにインフィールドフライ、チェンジ!でやんす。




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オチないときのオチ要員として定評のある矢部氏
最後のは5に出てくるネタなので、実際のルール上インフィールドフライで攻守チェンジになることはございませんあしからず!

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