おわりの呪文
おわりの呪文(主人公←猪狩進)
初めから、分かっていた。僕が好きになったあの人は、僕の兄のことが好きだった。つまり僕は、兄のことを好きなあの人のことを好きになったのだった。そこには一点の疑う余地もない。
僕の名前は、猪狩進という。野球をしていて僕を知る大抵の人間は、僕のことを「猪狩の弟」と呼んだ。猪狩の弟。昔から、それが僕の名前だった。
しかし、そんな僕にある日事件が起こった。僕のことを「猪狩の弟」と呼ばない人物に出会ってしまったのだ。その人は、初めて会ったその日に僕のことを「進くん」と呼ぶのだった。兄のことを知っていて、野球をしていて、僕よりも歳が上なのに、その人は、そう呼んだのだ。大袈裟だと嘲ってくれて構わない、しかし、僕にとってはまさしく事件のような出来事だった。
その日から僕は、あの人の前で「進くん」であることに徹するようになったのだ。
「進くん、聞いてよ。また猪狩のやつがさ〜」
「兄さんって、そういうところありますよね」
「だろ?さすが、進くんはオレの気持ちよく分かってくれる!」
今日もあの人は兄の話をしている。それを僕は「進くん」として相槌を打って、時々はアドバイスめいたことを言って、ふふふと言って笑った。会話の内容は、どうでも良かった。僕は好きな人と一緒にいられたら、それだけで嬉しい。きっと、そう思うのは僕だけじゃないだろう。ねえ、兄さん。パワプロさん。
「ああ、そうだ進くん。今日は折り入って、というか、報告しておきたいことがあってさ…」
そっぽを向いて頬をかく仕草は、この人が嬉しいときに見せる仕草だった。ほんのりと染めた頬、落ち着きなく視線を泳がせる動作は、あまりにも心当たりがありすぎた。
ついに来たか。僕はいつも通り柔和な仮面を被ったまま、凍りついていた。予想よりも、ずいぶん早かった。もしかしたら、僕のアドバイスが思いのほか効果てきめんだったのかもしれない。だって、僕は兄さんの弟なんだもの。なんだそれ、面白い。
「あのさ、進くん。オレ、猪狩とさ…」
「ねえ、パワプロさん」
にっこり笑ったつもりだった。だって、僕は「進くん」だからね。兄の弟で、この人の後輩で、物分かりが良くって、柔和で、いつも笑顔をたやさない、この人にとっての「進くん」でいたかった。
辛くない。苦しくない。だって、僕の恋は初めから終わっていた。この告白は、それを事実として確認するための、ただの呪文だ。
「パワプロさん。僕は、あなたのことが好きでした。」
了
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相変わらずこういうのが大好きすぎる
初めから、分かっていた。僕が好きになったあの人は、僕の兄のことが好きだった。つまり僕は、兄のことを好きなあの人のことを好きになったのだった。そこには一点の疑う余地もない。
僕の名前は、猪狩進という。野球をしていて僕を知る大抵の人間は、僕のことを「猪狩の弟」と呼んだ。猪狩の弟。昔から、それが僕の名前だった。
しかし、そんな僕にある日事件が起こった。僕のことを「猪狩の弟」と呼ばない人物に出会ってしまったのだ。その人は、初めて会ったその日に僕のことを「進くん」と呼ぶのだった。兄のことを知っていて、野球をしていて、僕よりも歳が上なのに、その人は、そう呼んだのだ。大袈裟だと嘲ってくれて構わない、しかし、僕にとってはまさしく事件のような出来事だった。
その日から僕は、あの人の前で「進くん」であることに徹するようになったのだ。
「進くん、聞いてよ。また猪狩のやつがさ〜」
「兄さんって、そういうところありますよね」
「だろ?さすが、進くんはオレの気持ちよく分かってくれる!」
今日もあの人は兄の話をしている。それを僕は「進くん」として相槌を打って、時々はアドバイスめいたことを言って、ふふふと言って笑った。会話の内容は、どうでも良かった。僕は好きな人と一緒にいられたら、それだけで嬉しい。きっと、そう思うのは僕だけじゃないだろう。ねえ、兄さん。パワプロさん。
「ああ、そうだ進くん。今日は折り入って、というか、報告しておきたいことがあってさ…」
そっぽを向いて頬をかく仕草は、この人が嬉しいときに見せる仕草だった。ほんのりと染めた頬、落ち着きなく視線を泳がせる動作は、あまりにも心当たりがありすぎた。
ついに来たか。僕はいつも通り柔和な仮面を被ったまま、凍りついていた。予想よりも、ずいぶん早かった。もしかしたら、僕のアドバイスが思いのほか効果てきめんだったのかもしれない。だって、僕は兄さんの弟なんだもの。なんだそれ、面白い。
「あのさ、進くん。オレ、猪狩とさ…」
「ねえ、パワプロさん」
にっこり笑ったつもりだった。だって、僕は「進くん」だからね。兄の弟で、この人の後輩で、物分かりが良くって、柔和で、いつも笑顔をたやさない、この人にとっての「進くん」でいたかった。
辛くない。苦しくない。だって、僕の恋は初めから終わっていた。この告白は、それを事実として確認するための、ただの呪文だ。
「パワプロさん。僕は、あなたのことが好きでした。」
了
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相変わらずこういうのが大好きすぎる
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