ラブレター
主進
握りしめると手の中でぐしゃりと潰れた。
もしかしたら多少なりとも価値のあったそれはたった今僕の手の中で紙くずになってしまった。白い封筒にハートマークのシールという、模範的とも古典的ともいえるそれを苦々しい気持ちで見つめる。
くしゃくしゃになったそれは確かにラブレターと呼ばれる類のものであった。
ぱかりと開いた下駄箱の蓋を持ち上げて奥をのぞく。手紙だけではない、まだ何か入っていた。
煮える頭を落ち着かせながら奥の方に突っ込まれていたそれを引っ張り出す。
手の平に乗るほどの小さい長方形の箱だった。
ピンク地の包装紙に淡い黄色のリボンが巻かれていた。手紙と共に贈られたプレゼントらしい。
センス悪いな。
先ほどつまみ上げた手紙と一緒に手近なゴミ箱へ放った。
ゴミ箱の中に入っていてもなお不愉快なそれらを目につかないように奥まで押し込む。
そこまでするとようやくスッキリとした心持になって、僕は人知れず薄く笑んだ。
顔を上げて時刻を確認する。もうすぐあの人がやってくる時間だ。
朝いちばん、誰よりも早く登校する僕には毎日行わなくてはならない日課があった。
早朝、人気のない昇降口、目当ては下駄箱の中身だった。
ぱかりと開けて、何も入っていないことを確認する。入っていれば中身を捨てるだけだ。
何も入っていないことが確認できたら、今度は駆け足で教室まで向かう。
目的地は自分のクラスがある階よりもひとつ上にある。普段用がなければ上がることもない階だった。
そっと扉を開けて静かに足を踏み入れる。昨日席替えが行われたことはすでに知っていた。
あの人の机を探し出し、僕は中身を覗いた。
腰をかがめて中を見ると、そこにはいつもの通り置きっぱなしの教科書が入っているだけだった。
間に折れたプリントがくしゃくしゃになって何枚か挟まっている。
全く仕方のない人だなあと心の中でお説教をしながらも僕はにこにこ顔でその場をあとにした。
昨日はそう、ラッピングされたお菓子が入っていたのだった。不味そうなクッキーだった。
もちろん捨てた。
朝の日課を終えた僕の足取りはとても軽やかだ。
爽やかな朝の陽ざしが廊下に差し込み、僕の心までも晴れやかにする。
だいたい、人の机や下駄箱にものを入れていく神経がつくづく僕には理解できない。
迷惑極まりないことであるし、だいたい下駄箱などに食べ物の類を入れるなど衛生的にも問題があるように思え、一体何を考えているのかと問い詰めてやりたい。
僕なら絶対にそんなことはしないし、だいたい僕だったらもっとセンスの良いプレゼントを選ぶし、もっとおいしいクッキーを焼く自信がある。
あの人だって褒めてくれるのだから、僕の思い違いや勘違いなんかではない。
進くんの焼いたクッキーは美味しいね
そのように言うあの人を想像して僕はこっそりと微笑んだ。
今度はマーブル模様のクッキーを焼いていこう。チョコレートクッキーでもいいかもしれない。
チョコレートはあの人の好物だった。
「あ、進くんおはよう」
「おはようございます、パワプロさん」
昇降口へ戻ると、ちょうどパワプロさんがやってくるところだった。
重そうな鞄を脇に置いてにっこりと笑うので、その眩しさに当てられながら僕も挨拶を返す。
「進くん、今日も早いね。どうしたの?」
「ええ、ちょっと教室まで忘れ物を取りに」
「進くんでも忘れ物するのか~」
パワプロさんが靴をしまっている横で僕も自分の下駄箱を開ける。ほんの少し驚いてどうしようかと迷っていると、いつの間にか隣に来ていたパワプロさんがにやにやと笑っていた。
「さすが進くん、モテるね」
「いやだな、やめてくださいよ」
「わ、すごい、本物のラブレターだ」
取り出されたそれは薄桃色の封筒で、表に「猪狩進さま」と記されていた。
ひっくり返してみても裏にはなにも書いておらず、差出人は不明だ。体裁だけを見ると、確かにパワプロさんの言うとおりラブレターらしかった。
「進くんかっこいいもんなあ」
「そんなんじゃあないですよ」
「女の子の気持ちわかるわかる」
「野球部が甲子園に出てからというもの、なんだか調子の狂うことばっかりです」
「確かにそれはあるね。この前矢部くんも女の子になんかもらってたしなあ~。くう~、なんでオレにはなんにもないんだ!!」
オーバーリアクションで騒ぐ彼を微笑ましく眺めながら、さてこの手の中のものをどうしようかと考える。
心底どうでも良かったが、彼の目の前でそのように扱うわけにもいくまい。
適当に鞄のポケットにしまって、パワプロさんの話に調子を合わせた。
「しっかし進くん、ほんとにいいの?オレの練習に付き合わせて、朝練よりもさらに早く来てもらってさ。って、今更か」
「僕でお役に立てるのなら喜んで。もうすぐ、パワプロさんのスライダーもものになりそうですしね」
「そうなんだ、やっと感覚が掴めてきたところなんだよね。それも全部進くんのおかげだよ」
靴を履き替えて、二人並んでグラウンドに向かうこの時間がなによりも至福だった。
他には誰もいない。他の部員はあと30分もすればやってくるので、まさしく貴重な時間である。
ほんの少しだけれど他愛のない話をして、確かに今ここは僕たち二人だけの世界なのだ。
誰の入り込む余地もなく、誰に侵されることもない。
「ねえパワプロさん、アーモンドココアと焼きチョコのクッキーだったらどっちがいいですか?」
「え、なにそれ美味そう」
「今度作ってみようかなと思って」
「進くんが?オレに?」
「ええ…ダメですか?」
「全然ダメじゃないよ!この前のもすっごい美味しかったし。でもなんか、いつも悪いじゃんか」
「僕がやりたいからいいんです」
「じゃあ、今度一緒にどっか甘いもんでも食べに行こうよ。いつものお礼でオレのおごりだよ」
「そんな、悪いです。僕が勝手にやってるだけなのに」
後輩は先輩の言うことを聞くもんだぞ!
わざと尊大な態度で大きな声を出したパワプロさんにくすくすと笑うことで返答する。
僕につられて笑ったパワプロさんの顔はやっぱりきらきらと眩しくて格好良かった。
ひとしきり笑ってから、それぞれグラブを掴む。
「さあ、今日もやるぞ!」
「よろしくお願いします」
こうして今日も僕の一日が始まる。
―――――――――――――――
自分のはクソほどもどうでもいいけど主人公ちゃん宛の手紙・プレゼントは許せない進くん
以前ツイッターで呟いたネタを起こしてみたら予想以上にこわい進くんになってしまって満足
握りしめると手の中でぐしゃりと潰れた。
もしかしたら多少なりとも価値のあったそれはたった今僕の手の中で紙くずになってしまった。白い封筒にハートマークのシールという、模範的とも古典的ともいえるそれを苦々しい気持ちで見つめる。
くしゃくしゃになったそれは確かにラブレターと呼ばれる類のものであった。
ぱかりと開いた下駄箱の蓋を持ち上げて奥をのぞく。手紙だけではない、まだ何か入っていた。
煮える頭を落ち着かせながら奥の方に突っ込まれていたそれを引っ張り出す。
手の平に乗るほどの小さい長方形の箱だった。
ピンク地の包装紙に淡い黄色のリボンが巻かれていた。手紙と共に贈られたプレゼントらしい。
センス悪いな。
先ほどつまみ上げた手紙と一緒に手近なゴミ箱へ放った。
ゴミ箱の中に入っていてもなお不愉快なそれらを目につかないように奥まで押し込む。
そこまでするとようやくスッキリとした心持になって、僕は人知れず薄く笑んだ。
顔を上げて時刻を確認する。もうすぐあの人がやってくる時間だ。
朝いちばん、誰よりも早く登校する僕には毎日行わなくてはならない日課があった。
早朝、人気のない昇降口、目当ては下駄箱の中身だった。
ぱかりと開けて、何も入っていないことを確認する。入っていれば中身を捨てるだけだ。
何も入っていないことが確認できたら、今度は駆け足で教室まで向かう。
目的地は自分のクラスがある階よりもひとつ上にある。普段用がなければ上がることもない階だった。
そっと扉を開けて静かに足を踏み入れる。昨日席替えが行われたことはすでに知っていた。
あの人の机を探し出し、僕は中身を覗いた。
腰をかがめて中を見ると、そこにはいつもの通り置きっぱなしの教科書が入っているだけだった。
間に折れたプリントがくしゃくしゃになって何枚か挟まっている。
全く仕方のない人だなあと心の中でお説教をしながらも僕はにこにこ顔でその場をあとにした。
昨日はそう、ラッピングされたお菓子が入っていたのだった。不味そうなクッキーだった。
もちろん捨てた。
朝の日課を終えた僕の足取りはとても軽やかだ。
爽やかな朝の陽ざしが廊下に差し込み、僕の心までも晴れやかにする。
だいたい、人の机や下駄箱にものを入れていく神経がつくづく僕には理解できない。
迷惑極まりないことであるし、だいたい下駄箱などに食べ物の類を入れるなど衛生的にも問題があるように思え、一体何を考えているのかと問い詰めてやりたい。
僕なら絶対にそんなことはしないし、だいたい僕だったらもっとセンスの良いプレゼントを選ぶし、もっとおいしいクッキーを焼く自信がある。
あの人だって褒めてくれるのだから、僕の思い違いや勘違いなんかではない。
進くんの焼いたクッキーは美味しいね
そのように言うあの人を想像して僕はこっそりと微笑んだ。
今度はマーブル模様のクッキーを焼いていこう。チョコレートクッキーでもいいかもしれない。
チョコレートはあの人の好物だった。
「あ、進くんおはよう」
「おはようございます、パワプロさん」
昇降口へ戻ると、ちょうどパワプロさんがやってくるところだった。
重そうな鞄を脇に置いてにっこりと笑うので、その眩しさに当てられながら僕も挨拶を返す。
「進くん、今日も早いね。どうしたの?」
「ええ、ちょっと教室まで忘れ物を取りに」
「進くんでも忘れ物するのか~」
パワプロさんが靴をしまっている横で僕も自分の下駄箱を開ける。ほんの少し驚いてどうしようかと迷っていると、いつの間にか隣に来ていたパワプロさんがにやにやと笑っていた。
「さすが進くん、モテるね」
「いやだな、やめてくださいよ」
「わ、すごい、本物のラブレターだ」
取り出されたそれは薄桃色の封筒で、表に「猪狩進さま」と記されていた。
ひっくり返してみても裏にはなにも書いておらず、差出人は不明だ。体裁だけを見ると、確かにパワプロさんの言うとおりラブレターらしかった。
「進くんかっこいいもんなあ」
「そんなんじゃあないですよ」
「女の子の気持ちわかるわかる」
「野球部が甲子園に出てからというもの、なんだか調子の狂うことばっかりです」
「確かにそれはあるね。この前矢部くんも女の子になんかもらってたしなあ~。くう~、なんでオレにはなんにもないんだ!!」
オーバーリアクションで騒ぐ彼を微笑ましく眺めながら、さてこの手の中のものをどうしようかと考える。
心底どうでも良かったが、彼の目の前でそのように扱うわけにもいくまい。
適当に鞄のポケットにしまって、パワプロさんの話に調子を合わせた。
「しっかし進くん、ほんとにいいの?オレの練習に付き合わせて、朝練よりもさらに早く来てもらってさ。って、今更か」
「僕でお役に立てるのなら喜んで。もうすぐ、パワプロさんのスライダーもものになりそうですしね」
「そうなんだ、やっと感覚が掴めてきたところなんだよね。それも全部進くんのおかげだよ」
靴を履き替えて、二人並んでグラウンドに向かうこの時間がなによりも至福だった。
他には誰もいない。他の部員はあと30分もすればやってくるので、まさしく貴重な時間である。
ほんの少しだけれど他愛のない話をして、確かに今ここは僕たち二人だけの世界なのだ。
誰の入り込む余地もなく、誰に侵されることもない。
「ねえパワプロさん、アーモンドココアと焼きチョコのクッキーだったらどっちがいいですか?」
「え、なにそれ美味そう」
「今度作ってみようかなと思って」
「進くんが?オレに?」
「ええ…ダメですか?」
「全然ダメじゃないよ!この前のもすっごい美味しかったし。でもなんか、いつも悪いじゃんか」
「僕がやりたいからいいんです」
「じゃあ、今度一緒にどっか甘いもんでも食べに行こうよ。いつものお礼でオレのおごりだよ」
「そんな、悪いです。僕が勝手にやってるだけなのに」
後輩は先輩の言うことを聞くもんだぞ!
わざと尊大な態度で大きな声を出したパワプロさんにくすくすと笑うことで返答する。
僕につられて笑ったパワプロさんの顔はやっぱりきらきらと眩しくて格好良かった。
ひとしきり笑ってから、それぞれグラブを掴む。
「さあ、今日もやるぞ!」
「よろしくお願いします」
こうして今日も僕の一日が始まる。
―――――――――――――――
自分のはクソほどもどうでもいいけど主人公ちゃん宛の手紙・プレゼントは許せない進くん
以前ツイッターで呟いたネタを起こしてみたら予想以上にこわい進くんになってしまって満足
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