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愛の矢の弓

愛の矢の弓

「じゃあ、そういうことだから」
 目の前の彼女はそう言うと、進に背を向けて行ってしまった。そういうことだから。それは要するに「さようなら」という意味を指していて、別れ話、つまり自分はたった今振られたようだった。予鈴のチャイムが鳴って、昼休みがあと五分で終了することを知らせている。呼び出されて指定の場所までやって来たものの、相手がなかなか話を始めないものだから、まだ昼も食べていなかった。階段をゆっくり降りながら、息をつく。
 進は、いつもこうだった。付き合ってと言われたから付き合って、そのうちにもういいと言われて関係が終わる。今回の幕引きの言葉は、「そういうことだから」だった。相手に望まれて、その通りのことを受け入れて接しているのに、相手はいつも決まって必ず、まるでそうすることが礼儀であるかのように、最後はがっかりした顔で進の前から去っていく。
「あれ、進くん?」
「先輩」
 見知った顔に呼び掛けられてぺこりと頭を下げると、その人はいつもと同じ顔で笑って、こんなところにいるの珍しいねと言って進を見た。彼の言う通りで、ここは三年生の教室のある階だったから、学年の違う進は、用事がなければ立ち寄る必要のない場所だった。
「進くん、何かあった?」
「なにもないですよ」
 答えながら、進はにこりと微笑んだ。強がっているわけでも、隠しているわけでもなく、ほんとうに何もない。正確に言うなら、なくなったと言うのが正しい。それでも、目の前の善良な彼の目には進の様子が普段とは違って見えるのか、気に掛けてくれているのが分かった。よく、見ているんだな。進は感心するばかりだ。ただの後輩である自分のことを、彼は本気で心配して、声を掛けてくれている。彼は出会ったその時から今この瞬間まで、誠実で優しかった。
「先輩、実は僕、ちょっと落ち込んでいるんです」
「やっぱり、何かあったの?」
 何もないから、落ち込んでいるんです。自分の心は空っぽで、もしかしたらどこか欠陥があるのかも。そんなことをまさか口にするわけもないから、代わりに進は意味ありげに困った顔で笑ってみせた。
「オレに出来ることがあったら、なんでも言ってよ」
 あ、でも、勉強教えてとか、お金貸してとか、そういうのはなしで。そんな冗談を言って、目の前で両手を合わせてごめんねのポーズを取ってみせる彼は、どこまでも進のことを労ってくれていた。あたたかくて、やわらかい。胸の奥で、思い付きが仄かな明かりとなって灯る。
「ねえ、先輩」
 僕と、付き合ってください。言葉は音になって、進と相手の鼓膜を震わせた。



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進、めちゃくちゃ幸せになってほしい

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