アラート
猪狩兄弟
「兄さん、何か良いことでもあったんですか?」
声を掛けながらも、兄の機嫌が良い理由について本当はもうすでに知っていた。いつものように練習後のランニングを終えて帰ってきた兄は足取りが軽く、ともすれば鼻歌でも歌いだしそうなほど上機嫌だった。首から下げたタオルを触りながら兄はいつもの調子で言う。
「べつに、たいしたことじゃないけどね」
「パワプロさんに会ったんですか?」
冷蔵庫から取り出したスポーツドリンクを手渡しながらにっこりと尋ねる。差し出されたそれを受け取った兄は、さも驚いたように瞳を瞬いてから一口だけドリンクを飲んだ。どことなくばつが悪そうに視線を泳がせている。
「なんで進が知ってるんだ?」
「僕も今日パワプロさんに会ったんですよ」
一呼吸おいてから、へえ、それは偶然だなと適当な相槌を打って兄は知らん顔をしている。興味がなさそうなふりをしているが、本当は話の続きを聞きたくてうずうずしているのがすぐに分かった。わざと何も言わずにいると、結局は我慢できなかったらしい兄の方から口を開いた。
「それで?」
「それでって?」
「パワプロのやつは、何か言っていたか。あいつ、今日は僕と勝負もせずにすぐ帰ってしまったんだ」
全く、せっかくこの天才猪狩守と勝負ができるチャンスだというのに。ぶつぶつと言いながら今度は一気にスポーツドリンクを飲み干してしまった。ぷは、と息をつきながら再び僕に尋ねる。
「進は、どこで会ったんだ?」
「街中ですよ。あの、新しくゲームセンターができた辺り。ついでにそのまま一緒に遊んできたんです」
「…ゲームセンターで?」
「ええ」
兄は変な顔をしたまま固まっている。どうしてお前とパワプロがと今にも言い出しそうな雰囲気だ。そんな兄を尻目に僕は話を続けた。
「ふふ。勝負のつもりでお手合わせをお願いしたのに、結局は遊んでもらうだけになっちゃいました。パワプロさん、新しいゲームにも詳しくって」
「…ゲームセンターで遊んでいる暇があったら、練習したらどうだ」
「でも、この前は一緒にバッティングセンターに行きましたからね。今日のはちょっと息抜きですよ。今度会った時には、一緒に練習してもらえないかお願いしてみます」
兄さん、シャワーいきますよね?ポカンと呆けている兄に声を掛けて、空のペットボトルを受け取った。いまいち状況が飲み込めていないらしい兄は相変わらず変な顔をしている。あまりにも予想通り過ぎる反応に、僕は笑いを噛み殺すのに精いっぱいだった。
近頃の兄ときたら、パワプロさんの話ばかりする。道端でぶつかってきたやつと河原で勝負をしてきたなどというものだから、初めこそ一体何の事かと思ったものだ。兄が突拍子もないことをして周りに迷惑を掛けるのはいつものことだったので、僕はまたその類のことだと思って気を揉んでいた。僕が気を揉んでも兄の態度は変わらないのだが、こればっかりは仕方がない。昔からの癖みたいなものだ。
兄が特定の人物について話をするのは珍しいことだった。他人のことなど全く構わない兄が、野球にまつわることで誰かを注視しているという事実は僕にとっても興味深いことだった。一体どんな人間だろうと僕はずっと気にしていた。
そんな折、兄とのロードワーク中に出くわしたのが、その人だった。パワフル高校のパワプロさんというらしい。あのときの兄の様子は忘れない。初めに自転車でパワプロさんを轢いてしまったのは確かに自分だったが、兄ときたらわざわざ戻って来てパワプロさんを踏んづけていったのだ。踏まれたパワプロさんはもちろん怒っていたが、兄はこれ以上ないほど楽しそうに笑っていた。
他人に対してあんな風に笑う兄を、僕は見たことがない。おもちゃを見つけた子供のようでもあったし、気になる子をいじめる小学生のようでもあった。ああ、兄はこの人が好きなのだなと、僕はすぐに思った。
それからというもの、不思議なことにパワプロさんとはちょくちょく道端で出くわした。向こうもそのように言っていたから、何か不思議な縁でもあるのかもしれない。今日は進くんか、そのように言われる日もあったので、どうやら兄とも頻繁に出くわしているらしい。どうやらオレは君たち兄弟と変な縁があるらしいよ、とはパワプロさんの言である。
パワプロさんと兄がいつ会っているのかは、兄の様子を見ていれば一目瞭然だった。見てすぐ分かるほど兄は上機嫌だったし、いつも以上によくしゃべった。ただプライドの高い兄のこと、パワプロさんと会ったなどとは一言も言ったことがない。だから、僕も言わなかった。パワプロさんのことを話したのは、正真正銘今日が初めてのことだった。
刺さるような兄の視線を受けとめて、にこにこと微笑む。じっと僕の顔を見ていただけの兄が、耐えられなくなったのかぽつりと言葉を漏らした。
「よく、一緒にどこかへ行くのか」
「まあ、そうですね。パワプロさんっていろんなことに詳しいから、僕はいろいろ教えてもらってるんですよ」
兄は複雑そうな顔をして、何かを言いたそうにしては口をつぐんだ。この顔が見たかったはずなのに、僕の胸の内のもやもやは晴れるばかりか一向に募るばかりである。おかしな感じだ。
パワプロさんは、いい人だ。一緒にいて楽しいし、何度か時間を過ごして彼の人の好さというのは十分すぎるほど伝わってきた。だけど、と思う。兄が気に掛けるに値するほど、果たしてそこまで価値のある人だろうか。兄の気を惹く魅力とは、一体どこにあるのだろうか。兄があの人のどこをそんなに評価しているのか、僕にはまだ分からないのだった。
それと同時に、兄のような人にパワプロさんはもったいないとも思う。あんなにいい人を兄のわがままで振り回してしまうのは気の毒だと感じるのだ。
「兄さん、僕今日は先に休みますね」
まだ何か言いたそうな顔をしている兄を置いて、僕は踵を返して部屋へと戻った。
初めは、ただ単に二人が一緒にいるのが面白くなかった。兄に妬いているのか、パワプロさんに妬いているのか、今ではもう分からない。そもそも妬く必要などあるのだろうか。
後ろ手にドアを閉めて、僕はほんのひととき目を閉じた。
――――――――――――
5は守さんとの勝負はもちろんのこと、進くんとゲーセン行ったりバッセン行ったり河原までかけっこしたり
極めつけは「兄さんは、いつもパワプロさんのことを ぐふっ!」「弟よ、よけいなことは言わなくてもよろしい。」
兄弟と主人公の絡みがかわいい~ってことを書きたかったはずなのにこの進はとても性格が悪いですね。趣味ですね
「兄さん、何か良いことでもあったんですか?」
声を掛けながらも、兄の機嫌が良い理由について本当はもうすでに知っていた。いつものように練習後のランニングを終えて帰ってきた兄は足取りが軽く、ともすれば鼻歌でも歌いだしそうなほど上機嫌だった。首から下げたタオルを触りながら兄はいつもの調子で言う。
「べつに、たいしたことじゃないけどね」
「パワプロさんに会ったんですか?」
冷蔵庫から取り出したスポーツドリンクを手渡しながらにっこりと尋ねる。差し出されたそれを受け取った兄は、さも驚いたように瞳を瞬いてから一口だけドリンクを飲んだ。どことなくばつが悪そうに視線を泳がせている。
「なんで進が知ってるんだ?」
「僕も今日パワプロさんに会ったんですよ」
一呼吸おいてから、へえ、それは偶然だなと適当な相槌を打って兄は知らん顔をしている。興味がなさそうなふりをしているが、本当は話の続きを聞きたくてうずうずしているのがすぐに分かった。わざと何も言わずにいると、結局は我慢できなかったらしい兄の方から口を開いた。
「それで?」
「それでって?」
「パワプロのやつは、何か言っていたか。あいつ、今日は僕と勝負もせずにすぐ帰ってしまったんだ」
全く、せっかくこの天才猪狩守と勝負ができるチャンスだというのに。ぶつぶつと言いながら今度は一気にスポーツドリンクを飲み干してしまった。ぷは、と息をつきながら再び僕に尋ねる。
「進は、どこで会ったんだ?」
「街中ですよ。あの、新しくゲームセンターができた辺り。ついでにそのまま一緒に遊んできたんです」
「…ゲームセンターで?」
「ええ」
兄は変な顔をしたまま固まっている。どうしてお前とパワプロがと今にも言い出しそうな雰囲気だ。そんな兄を尻目に僕は話を続けた。
「ふふ。勝負のつもりでお手合わせをお願いしたのに、結局は遊んでもらうだけになっちゃいました。パワプロさん、新しいゲームにも詳しくって」
「…ゲームセンターで遊んでいる暇があったら、練習したらどうだ」
「でも、この前は一緒にバッティングセンターに行きましたからね。今日のはちょっと息抜きですよ。今度会った時には、一緒に練習してもらえないかお願いしてみます」
兄さん、シャワーいきますよね?ポカンと呆けている兄に声を掛けて、空のペットボトルを受け取った。いまいち状況が飲み込めていないらしい兄は相変わらず変な顔をしている。あまりにも予想通り過ぎる反応に、僕は笑いを噛み殺すのに精いっぱいだった。
近頃の兄ときたら、パワプロさんの話ばかりする。道端でぶつかってきたやつと河原で勝負をしてきたなどというものだから、初めこそ一体何の事かと思ったものだ。兄が突拍子もないことをして周りに迷惑を掛けるのはいつものことだったので、僕はまたその類のことだと思って気を揉んでいた。僕が気を揉んでも兄の態度は変わらないのだが、こればっかりは仕方がない。昔からの癖みたいなものだ。
兄が特定の人物について話をするのは珍しいことだった。他人のことなど全く構わない兄が、野球にまつわることで誰かを注視しているという事実は僕にとっても興味深いことだった。一体どんな人間だろうと僕はずっと気にしていた。
そんな折、兄とのロードワーク中に出くわしたのが、その人だった。パワフル高校のパワプロさんというらしい。あのときの兄の様子は忘れない。初めに自転車でパワプロさんを轢いてしまったのは確かに自分だったが、兄ときたらわざわざ戻って来てパワプロさんを踏んづけていったのだ。踏まれたパワプロさんはもちろん怒っていたが、兄はこれ以上ないほど楽しそうに笑っていた。
他人に対してあんな風に笑う兄を、僕は見たことがない。おもちゃを見つけた子供のようでもあったし、気になる子をいじめる小学生のようでもあった。ああ、兄はこの人が好きなのだなと、僕はすぐに思った。
それからというもの、不思議なことにパワプロさんとはちょくちょく道端で出くわした。向こうもそのように言っていたから、何か不思議な縁でもあるのかもしれない。今日は進くんか、そのように言われる日もあったので、どうやら兄とも頻繁に出くわしているらしい。どうやらオレは君たち兄弟と変な縁があるらしいよ、とはパワプロさんの言である。
パワプロさんと兄がいつ会っているのかは、兄の様子を見ていれば一目瞭然だった。見てすぐ分かるほど兄は上機嫌だったし、いつも以上によくしゃべった。ただプライドの高い兄のこと、パワプロさんと会ったなどとは一言も言ったことがない。だから、僕も言わなかった。パワプロさんのことを話したのは、正真正銘今日が初めてのことだった。
刺さるような兄の視線を受けとめて、にこにこと微笑む。じっと僕の顔を見ていただけの兄が、耐えられなくなったのかぽつりと言葉を漏らした。
「よく、一緒にどこかへ行くのか」
「まあ、そうですね。パワプロさんっていろんなことに詳しいから、僕はいろいろ教えてもらってるんですよ」
兄は複雑そうな顔をして、何かを言いたそうにしては口をつぐんだ。この顔が見たかったはずなのに、僕の胸の内のもやもやは晴れるばかりか一向に募るばかりである。おかしな感じだ。
パワプロさんは、いい人だ。一緒にいて楽しいし、何度か時間を過ごして彼の人の好さというのは十分すぎるほど伝わってきた。だけど、と思う。兄が気に掛けるに値するほど、果たしてそこまで価値のある人だろうか。兄の気を惹く魅力とは、一体どこにあるのだろうか。兄があの人のどこをそんなに評価しているのか、僕にはまだ分からないのだった。
それと同時に、兄のような人にパワプロさんはもったいないとも思う。あんなにいい人を兄のわがままで振り回してしまうのは気の毒だと感じるのだ。
「兄さん、僕今日は先に休みますね」
まだ何か言いたそうな顔をしている兄を置いて、僕は踵を返して部屋へと戻った。
初めは、ただ単に二人が一緒にいるのが面白くなかった。兄に妬いているのか、パワプロさんに妬いているのか、今ではもう分からない。そもそも妬く必要などあるのだろうか。
後ろ手にドアを閉めて、僕はほんのひととき目を閉じた。
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5は守さんとの勝負はもちろんのこと、進くんとゲーセン行ったりバッセン行ったり河原までかけっこしたり
極めつけは「兄さんは、いつもパワプロさんのことを ぐふっ!」「弟よ、よけいなことは言わなくてもよろしい。」
兄弟と主人公の絡みがかわいい~ってことを書きたかったはずなのにこの進はとても性格が悪いですね。趣味ですね
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