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jealousy

jealousy (5 /猪狩進と猪狩守と主人公)

「兄さん、何か良いことでもありましたか?」
 声を掛けながら、兄の機嫌が良い理由についてはすでに思い当たることがあった。いつものようにランニングを終えて帰ってきた兄は足取りが軽く、ともすれば鼻歌でも歌いだしそうなほど上機嫌だった。
「べつに、たいしたことじゃない」
「パワプロさんに会ったんですか?」
 冷蔵庫から取り出したスポーツドリンクを手渡しながらにっこりと尋ねる。受け取った兄は、さも驚いたように瞳を瞬いてから一口だけドリンクを飲んだ。どことなくばつが悪そうに視線を泳がせている。
「どうして、進が知ってるんだ」
「偶然ですね。僕も、今日パワプロさんに会ったんですよ」
 へえ、とだけ声を漏らした兄は、興味がなさそうなふりをしている。何も言わずにいると、結局は我慢できなかったらしい兄の方から口を開いた。
「それで?」
「それでって?」
「パワプロのやつは、何か言っていたか。あいつ、今日はボクと勝負もせずに帰ってしまったんだ」
 全く、せっかくこの天才猪狩守と勝負ができるチャンスだというのに。ぶつぶつと言いながら、兄は一気にスポーツドリンクを飲み干した。
「進は、どこで会ったんだ」
「街中ですよ。あの、新しくゲームセンターができた辺り。ついでにそのまま一緒に遊んできたんです」
「ゲームセンターで?」
「ええ」
 兄は変な顔をしたまま固まっている。どうしてお前とパワプロが、とでも言い出しそうな雰囲気だ。
「勝負のつもりでお手合わせをお願いしたのに、結局は遊んでもらうだけになっちゃいました。パワプロさん、新しいゲームにも詳しくって」
「そんなところで遊んでいる暇があったら、練習でもしたらどうだ」
「でも、この前は一緒にバッティングセンターに行きましたからね。今日のはちょっとした息抜きですよ。今度会った時には、一緒に練習してもらえないかお願いしてみます」
 ぽかんとした兄の顔。予想もしていなかったことを言われたとき、兄はこんな顔をするのか。半ば観察するような視点で、僕は兄を見ていた。なにせ、近頃の兄ときたら、彼の話ばかりするのだ。パワフル高校のパワプロさんと兄とは、たまたま道端でぶつかったことがきっかけで、河原で三球勝負をしてからの縁らしい。肩がぶつかっただけの初対面の人間と一体何をしているのか、初めは兄の言うことに懐疑的であったが、なるほど自分も実際に彼と会ってみてからは納得のいくところがあった。彼には、また会いたいと思わせる不思議な魅力があった。
 それでも、兄が特定の人物について話をするのは珍しいことだ。兄は、他人のことなど全く構わない。さらに、野球に関することで誰かに興味を持つということは、僕にとっても興味深いことだった。
 僕が彼に初めて会ったのは、兄とのロードワーク中のことだ。確かに、うっかり自転車でパワプロさんを轢いてしまったのは自分だったが、兄ときたらわざわざ戻って来てパワプロさんを踏んづけていったのだった。踏まれたパワプロさんはもちろん怒っていたが、兄は今までに見たことのない顔で嬉しそうに笑っていた。他人に対してあんな風に笑う兄を、僕は知らない。
 それからというもの、不思議な縁で、僕もパワプロさんとはちょくちょく道端で出くわした。今日は進くんか、そんなことを言われる日もあったので、どうやら兄とも頻繁に出くわしているらしい。パワプロさんと兄がいつ会っているのかは、兄の様子を見ていれば一目瞭然だった。その日の兄は誰が見ても分かるほどの上機嫌だったし、何よりよく喋った。ただ、プライドの高い兄のこと、パワプロさんに会ったなどとは一言も言わなかった。
 兄の視線を受けとめながら、僕は微笑む。じっと僕の顔を見ていただけの兄が、耐えられなくなったのかぽつりと一言だけ漏らした。
「よく、一緒にどこかへ行くのか」
「そうですね。次は別のところに遊びに行く約束をしました」
 兄は複雑そうな顔をして、開きかけた口を結局そのまま閉じるのだった。パワプロさんは、いい人だ。それは、間違いない。一緒にいて楽しいし、今日までに彼の人の好さは十分すぎるほど伝わってきた。だけど、と思う。兄が気に掛けるに値するほど、果たしてそこまで価値のある人だろうか。兄の気を惹く魅力とは、一体どこにあるのだろう。兄があの人のどこをそんなに評価しているのか、僕にはまだ分からない。
「兄さん、僕、今日は先に休みますね」
 まだ何か言いたそうな顔をしている兄を置いて、僕は踵を返して部屋へと戻った。初めは、ただ単に二人が一緒にいるのが面白くなかった。兄に妬いているのか、パワプロさんに妬いているのか、今ではもう分からない。そもそも妬く必要などあるのだろうか。分からない。後ろ手にドアを閉めて、僕はほんのひととき目を閉じた。




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7年前に書いたやつをリメイクしてみたらこうなりました
7年て!
結局好きなツボは変わらんのだなと思いました

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