デジャ・ビュ
デジャ・ビュ
耳をつんざくような大歓声、照り付ける太陽光、降り注ぐすべてが熱狂と興奮に満ちていた。その真ん中に立つのは自分だ。マウンド、ここが一番高い場所。
夏のマウンドは信じられないほど熱かった。甲子園の切符を賭けた地方大会決勝戦。ロジンを掴み、前を見る。けぶる土煙、蜃気楼のように立ち込めるその向こうには、今までに何度も見てきた男が立っている。見慣れた赤いユニフォーム姿、この状況でも集中力が途切れる様子はまるでない。相手にとって不足なし。唇の端を舐めるのは、勝負に夢中になっているときの猪狩の癖だった。
キャッチャーを務める弟のサインは先程と変わらない。首を振る。もう一度同じ動作を繰り返してから頷いて、大きく振りかぶった。伸びのあるストレートは、いま自分が投げることの出来る最高のものだ。男の振ったバットは空を切り、ミットに収まった白球に思わず拳を握る。これでフルカウント。間違いなく、勝負は次で決するだろう。
ロジンを拾うと、不思議な感覚が猪狩を襲った。弱小高にも関わらずここまで勝ち上がってきたその男と甲子園の椅子を取り合うのは、これが初めてだ。それでも、猪狩には既視感があった。何度もこんなことを繰り返している気がする。思い出されはしない記憶の端にはいつも男の姿があった。
何度目でも構わない、何度でも自分が勝つだけだ。打席に立つ男が笑っているような気がして、猪狩は唇の端を持ち上げた。さあ、最高の勝負をしようじゃないか。
了
ーーーーーーーーーー
たまに野球してる話書くとそういえばパップロって野球のゲームだよって気付きますね
耳をつんざくような大歓声、照り付ける太陽光、降り注ぐすべてが熱狂と興奮に満ちていた。その真ん中に立つのは自分だ。マウンド、ここが一番高い場所。
夏のマウンドは信じられないほど熱かった。甲子園の切符を賭けた地方大会決勝戦。ロジンを掴み、前を見る。けぶる土煙、蜃気楼のように立ち込めるその向こうには、今までに何度も見てきた男が立っている。見慣れた赤いユニフォーム姿、この状況でも集中力が途切れる様子はまるでない。相手にとって不足なし。唇の端を舐めるのは、勝負に夢中になっているときの猪狩の癖だった。
キャッチャーを務める弟のサインは先程と変わらない。首を振る。もう一度同じ動作を繰り返してから頷いて、大きく振りかぶった。伸びのあるストレートは、いま自分が投げることの出来る最高のものだ。男の振ったバットは空を切り、ミットに収まった白球に思わず拳を握る。これでフルカウント。間違いなく、勝負は次で決するだろう。
ロジンを拾うと、不思議な感覚が猪狩を襲った。弱小高にも関わらずここまで勝ち上がってきたその男と甲子園の椅子を取り合うのは、これが初めてだ。それでも、猪狩には既視感があった。何度もこんなことを繰り返している気がする。思い出されはしない記憶の端にはいつも男の姿があった。
何度目でも構わない、何度でも自分が勝つだけだ。打席に立つ男が笑っているような気がして、猪狩は唇の端を持ち上げた。さあ、最高の勝負をしようじゃないか。
了
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たまに野球してる話書くとそういえばパップロって野球のゲームだよって気付きますね
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夏の終わり
夏の終わり
「ありあとざあーしたー」
それが、ありがとうございましたの意であることに気付いたのは、猪狩が店を出て、買ったものの封を開けようとしたときのことだ。部活帰りの寄り道、コンビニエンスストア、手には冷たい氷菓子。袋を開けて中身を取り出す。それは真ん中で千切れるようになっていて、猪狩は前に見た通りに真似をしてそれを二つに割いた。ひとつを手に取り、さっそく開けて口元に持っていく。
冷たくて、甘い。それはコーヒーのようなチョコレートのような味がして、スムージーのような食感であった。人生で二度目のそれは、何故だか前に食べた時よりも味気なくて、猪狩はわざわざ寄り道したことを早々に後悔していた。前回は隣にいた彼がやたらと美味そうに食べるものだから、猪狩もそういうものだと思って食べていた。袋に残ったもう一つを持て余しながら、猪狩は行儀悪く、それを口に咥えたまま歩き出した。
夏の終わり、日が暮れるのもずいぶん早くなって、この時間にはすっかり辺りは暗くなっていた。遠回りになるのに、癖のようにいつものランニングコースを歩いていることに気が付いて、猪狩は一度足を止める。どうしようかと逡巡したが、やっぱりそのまま歩いて行くことにした。手の中の氷菓子が溶けていく。雫が猪狩の手の平を濡らし、ハンカチを取り出そうとした、そのときだ。名前を呼ばれ、振り返る。
「あれっ、猪狩じゃん」
「パワプロ」
他校の野球部員、今ではすっかり顔馴染みとなってしまった人間の名前を呼ぶと、そいつはにんまりと笑った。なんだその顔は。反射でつい名前を呼んでしまっただけだ。
「今日は、勝負しろって言わないのか?」
「ボクはキミと違って暇じゃないんでね」
「なんだよ、いつもお前からふっかけてくるくせにー……って、お前いいもん持ってるじゃん!」
無邪気に笑って手を差し出す仕草に、猪狩は少しだけ考えて、持っていた袋ごとそれを渡した。パワプロは大袈裟に喜んでみせて、猪狩のするようにそれを口に咥えながら隣に並んで歩き出す。
「キミ、ひとつ貸しだぞ」
「いやいや、この前オレのアイス半分食べたの猪狩じゃん!」
「そうだったかな」
他愛のないやり取りなのにどうしようもなく心が弾んで、猪狩は無意識に口元が緩むのを自覚していた。周りが暗くて良かった。隣のパワプロはあっという間にアイスを食べ終えて、通りがかった公園のくずかごにそれを投げ入れた。ナイスピッチ。そんなことを言ってふざけるものだから、猪狩も同じように投げると、パワプロは楽しそうに笑って言うのだった。
「なあー、キャッチボールしてかない?どうせグラブとボールは持ってんだろ」
「まあ、キミがどうしてもと言うのなら、付き合ってやらないこともない」
「あの辺なら結構明るいから、ボールも見えるだろ」
言うが早いか、パワプロはあっという間に駆けて行ってしまって、猪狩も後を追うようにして走った。ただ冷たいだけだった甘味はいつの間にか猪狩の心も満たして、その甘さに猪狩はこっそり微笑んだ。
了
ーーーーーーーーーー
主人公ちゃんと一緒に食べるとおいしいんだよねえシリーズ何回書いても飽きないから主守はすごい
パピコたべたい
「ありあとざあーしたー」
それが、ありがとうございましたの意であることに気付いたのは、猪狩が店を出て、買ったものの封を開けようとしたときのことだ。部活帰りの寄り道、コンビニエンスストア、手には冷たい氷菓子。袋を開けて中身を取り出す。それは真ん中で千切れるようになっていて、猪狩は前に見た通りに真似をしてそれを二つに割いた。ひとつを手に取り、さっそく開けて口元に持っていく。
冷たくて、甘い。それはコーヒーのようなチョコレートのような味がして、スムージーのような食感であった。人生で二度目のそれは、何故だか前に食べた時よりも味気なくて、猪狩はわざわざ寄り道したことを早々に後悔していた。前回は隣にいた彼がやたらと美味そうに食べるものだから、猪狩もそういうものだと思って食べていた。袋に残ったもう一つを持て余しながら、猪狩は行儀悪く、それを口に咥えたまま歩き出した。
夏の終わり、日が暮れるのもずいぶん早くなって、この時間にはすっかり辺りは暗くなっていた。遠回りになるのに、癖のようにいつものランニングコースを歩いていることに気が付いて、猪狩は一度足を止める。どうしようかと逡巡したが、やっぱりそのまま歩いて行くことにした。手の中の氷菓子が溶けていく。雫が猪狩の手の平を濡らし、ハンカチを取り出そうとした、そのときだ。名前を呼ばれ、振り返る。
「あれっ、猪狩じゃん」
「パワプロ」
他校の野球部員、今ではすっかり顔馴染みとなってしまった人間の名前を呼ぶと、そいつはにんまりと笑った。なんだその顔は。反射でつい名前を呼んでしまっただけだ。
「今日は、勝負しろって言わないのか?」
「ボクはキミと違って暇じゃないんでね」
「なんだよ、いつもお前からふっかけてくるくせにー……って、お前いいもん持ってるじゃん!」
無邪気に笑って手を差し出す仕草に、猪狩は少しだけ考えて、持っていた袋ごとそれを渡した。パワプロは大袈裟に喜んでみせて、猪狩のするようにそれを口に咥えながら隣に並んで歩き出す。
「キミ、ひとつ貸しだぞ」
「いやいや、この前オレのアイス半分食べたの猪狩じゃん!」
「そうだったかな」
他愛のないやり取りなのにどうしようもなく心が弾んで、猪狩は無意識に口元が緩むのを自覚していた。周りが暗くて良かった。隣のパワプロはあっという間にアイスを食べ終えて、通りがかった公園のくずかごにそれを投げ入れた。ナイスピッチ。そんなことを言ってふざけるものだから、猪狩も同じように投げると、パワプロは楽しそうに笑って言うのだった。
「なあー、キャッチボールしてかない?どうせグラブとボールは持ってんだろ」
「まあ、キミがどうしてもと言うのなら、付き合ってやらないこともない」
「あの辺なら結構明るいから、ボールも見えるだろ」
言うが早いか、パワプロはあっという間に駆けて行ってしまって、猪狩も後を追うようにして走った。ただ冷たいだけだった甘味はいつの間にか猪狩の心も満たして、その甘さに猪狩はこっそり微笑んだ。
了
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主人公ちゃんと一緒に食べるとおいしいんだよねえシリーズ何回書いても飽きないから主守はすごい
パピコたべたい
責任取ってもらおうか
責任取ってもらおうか(主守)
大変なことになった。夕暮れ時、遠くで鳥の鳴く声を聞きながらオレは途方に暮れていた。
ことの発端は少し前に遡る。いつもの帰り道、これまたいつもの通り猪狩と出くわしたので、当然のように今日も河原での一打席勝負となった。猪狩というのは他校のいけすかない野球部員のことで、甲子園の常勝校である「あの」あかつき高校の、「あの」猪狩守である。現在高校野球に関わっている人間で、猪狩守の名前を知らないやつはたぶんいないだろう。
昨年、二年生でありながら甲子園のマウンドにエースとして立った猪狩は大変な話題となり、テレビや雑誌、野球関連のニュースには引っ張りだこだったからだ。その実力は折り紙付で、なんといっても猪狩自身のキャラクターがかなり立っているため、すぐに有名人となった。猪狩と言えば目立ちたがりでビッグマウス、時には不遜なほどでかいことを堂々と口にして、しかしそれらすべてを自らの実力で体現してアンチさえ黙らせてしまうとんでもないやつだった。そういう性格に加えてあのルックス、ついでに家は大層な金持ちらしい。世の中にはいろんな人間がいるのだ。
そんな猪狩とオレは高校一年のときに偶然道端で肩をぶつけ合ってから、こうして会うたびに河原で一打席勝負をする間柄だ。どんな偶然か因縁か、時間を変えても曜日を変えても道を変えても、猪狩とはどこでも出くわした。こうなったら、もうそういうものだと割り切るしかないと思うようになった高校三年の春。まさかこんなことになるとは思わなくて、オレは目の前の猪狩に何も言うことが出来ずに立ち尽くした。
今日の勝負は猪狩の勝ちで、いつものように憎まれ口を叩く猪狩にオレが言い返したせいで軽い口論となった。そんなのはいつものことなので初めはいつもの調子だったのだが、今日はなんとなく腹の虫の居所が悪いこともあり、思わず猪狩の腕を掴んでしまった。利き腕ではなく、とっさに右腕を掴んでいたオレはなかなかセンスがいいと思うのだが、川べりの傾斜を歩いていたのがいかんせんよくなかった。よろめいた猪狩、とっさに庇ってしまったオレとで縺れるように転んでしまった。そうして、まさかの冗談のようなことが起きたのだ。一瞬のことだったので知らん顔をしようとも思ったが、びっくりした猪狩が口走った一言がそうさせてはくれなかった。
「ファーストキス…」
まさか少女マンガでもあるまいに、オレと猪狩は二人してひっくり返った拍子に唇がぶつかってしまった。つまり、熱いキッスを交わしてしまったのである。そんなまさか。冗談みたいなこともあるもんだ。そもそも事故なんてノーカウントだろう。そう思って笑い飛ばそうとしたのに、立ち上がった猪狩が思いがけず真剣な顔をしていたので、オレは地面にひっくり返ったまま息を飲んだ。
「キミには責任を取ってもらう。明日、同じ時間にここへ来い」
それだけ言うと猪狩はさっさと歩いて行ってしまって、一人取り残されたオレは大の字になって空を見上げた。
翌日。そういうわけで、別に約束をしたわけでもないし律儀に来なくても良かったのだが、オレは同じ時刻、同じ場所へとやって来ていた。猪狩のような性格の、ついでに金持ちの言う「責任」とはなんなのだろう。もしかして猪狩には幼少の頃から親同士が決めた婚約者なんかがいて、結婚するまでお互い潔白でいる約束だったのにオレのせいで傷物になってしまったから責任を取れとか、そういう意味なんだろうか。まさか、マンガの読みすぎだ。そう思って来たのだが、もしかしたら事態は意外と深刻なのかも知れない。オレより先に待っていた猪狩は、どう見ても後ろ手に何か持っているのだった。もしかしてバットだろうか。殴られる?責任を取るために?まさか。
戦々恐々、ぎりぎり逃げられそうな距離まで近付いたオレに猪狩が手に持ったものを振りかぶった。殴られる!覚悟してきつく目を閉じたオレに、想像した衝撃はやって来なかった。おそるおそる目を開ける。見えたのは、視界いっぱいの赤、赤、赤。ぶわ、と匂いが香った瞬間に、ようやくそれが真っ赤な薔薇の花束だと気付いた。放心したオレに猪狩が言う。
「キミには責任を取って、ボクの婿になってもらう」
「えっ、そっち!?」
「そっちって、どっちだ」
そっちの意味の、そっちだよ。言おうと思ったが、薔薇の花に負けずとも劣らず赤い顔をした猪狩に、オレはそれ以上なんにも言えなくなってしまった。差し出された花束を受け取って、きれいだなと思ったのは、もちろん花のことだ。初めて見た猪狩の笑顔に、オレはのぼせたようにそう言い聞かせた。
了
ーーーーーー
事故チュー、主守、少女マンガ、主守、薔薇の花束、主守、わたしの好きなやつ全部乗せ
大変なことになった。夕暮れ時、遠くで鳥の鳴く声を聞きながらオレは途方に暮れていた。
ことの発端は少し前に遡る。いつもの帰り道、これまたいつもの通り猪狩と出くわしたので、当然のように今日も河原での一打席勝負となった。猪狩というのは他校のいけすかない野球部員のことで、甲子園の常勝校である「あの」あかつき高校の、「あの」猪狩守である。現在高校野球に関わっている人間で、猪狩守の名前を知らないやつはたぶんいないだろう。
昨年、二年生でありながら甲子園のマウンドにエースとして立った猪狩は大変な話題となり、テレビや雑誌、野球関連のニュースには引っ張りだこだったからだ。その実力は折り紙付で、なんといっても猪狩自身のキャラクターがかなり立っているため、すぐに有名人となった。猪狩と言えば目立ちたがりでビッグマウス、時には不遜なほどでかいことを堂々と口にして、しかしそれらすべてを自らの実力で体現してアンチさえ黙らせてしまうとんでもないやつだった。そういう性格に加えてあのルックス、ついでに家は大層な金持ちらしい。世の中にはいろんな人間がいるのだ。
そんな猪狩とオレは高校一年のときに偶然道端で肩をぶつけ合ってから、こうして会うたびに河原で一打席勝負をする間柄だ。どんな偶然か因縁か、時間を変えても曜日を変えても道を変えても、猪狩とはどこでも出くわした。こうなったら、もうそういうものだと割り切るしかないと思うようになった高校三年の春。まさかこんなことになるとは思わなくて、オレは目の前の猪狩に何も言うことが出来ずに立ち尽くした。
今日の勝負は猪狩の勝ちで、いつものように憎まれ口を叩く猪狩にオレが言い返したせいで軽い口論となった。そんなのはいつものことなので初めはいつもの調子だったのだが、今日はなんとなく腹の虫の居所が悪いこともあり、思わず猪狩の腕を掴んでしまった。利き腕ではなく、とっさに右腕を掴んでいたオレはなかなかセンスがいいと思うのだが、川べりの傾斜を歩いていたのがいかんせんよくなかった。よろめいた猪狩、とっさに庇ってしまったオレとで縺れるように転んでしまった。そうして、まさかの冗談のようなことが起きたのだ。一瞬のことだったので知らん顔をしようとも思ったが、びっくりした猪狩が口走った一言がそうさせてはくれなかった。
「ファーストキス…」
まさか少女マンガでもあるまいに、オレと猪狩は二人してひっくり返った拍子に唇がぶつかってしまった。つまり、熱いキッスを交わしてしまったのである。そんなまさか。冗談みたいなこともあるもんだ。そもそも事故なんてノーカウントだろう。そう思って笑い飛ばそうとしたのに、立ち上がった猪狩が思いがけず真剣な顔をしていたので、オレは地面にひっくり返ったまま息を飲んだ。
「キミには責任を取ってもらう。明日、同じ時間にここへ来い」
それだけ言うと猪狩はさっさと歩いて行ってしまって、一人取り残されたオレは大の字になって空を見上げた。
翌日。そういうわけで、別に約束をしたわけでもないし律儀に来なくても良かったのだが、オレは同じ時刻、同じ場所へとやって来ていた。猪狩のような性格の、ついでに金持ちの言う「責任」とはなんなのだろう。もしかして猪狩には幼少の頃から親同士が決めた婚約者なんかがいて、結婚するまでお互い潔白でいる約束だったのにオレのせいで傷物になってしまったから責任を取れとか、そういう意味なんだろうか。まさか、マンガの読みすぎだ。そう思って来たのだが、もしかしたら事態は意外と深刻なのかも知れない。オレより先に待っていた猪狩は、どう見ても後ろ手に何か持っているのだった。もしかしてバットだろうか。殴られる?責任を取るために?まさか。
戦々恐々、ぎりぎり逃げられそうな距離まで近付いたオレに猪狩が手に持ったものを振りかぶった。殴られる!覚悟してきつく目を閉じたオレに、想像した衝撃はやって来なかった。おそるおそる目を開ける。見えたのは、視界いっぱいの赤、赤、赤。ぶわ、と匂いが香った瞬間に、ようやくそれが真っ赤な薔薇の花束だと気付いた。放心したオレに猪狩が言う。
「キミには責任を取って、ボクの婿になってもらう」
「えっ、そっち!?」
「そっちって、どっちだ」
そっちの意味の、そっちだよ。言おうと思ったが、薔薇の花に負けずとも劣らず赤い顔をした猪狩に、オレはそれ以上なんにも言えなくなってしまった。差し出された花束を受け取って、きれいだなと思ったのは、もちろん花のことだ。初めて見た猪狩の笑顔に、オレはのぼせたようにそう言い聞かせた。
了
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事故チュー、主守、少女マンガ、主守、薔薇の花束、主守、わたしの好きなやつ全部乗せ
愛情欲情
主守ですが、好みのわかれる表現がありますので、なんでも大丈夫な方向けです。
愛情欲情(主守)
なるほど。この感情が、そうなのか。知識としては知っていたし認識もあったが、実際に自分が「それ」を体験したことはなくて、猪狩守はある種の感動のような、腑に落ちた実感としてそれを味わっていた。今日はなんだか普段より疲れているから、理性よりも本能的な部分の方が露になっているのかもしれない。自分のことであるのに、猪狩はどこか他人めいた視点で考察する。
よく-じょう【欲情】[名](スル)ひとつ、ものを欲しがる気持ち。ふたつ、性欲。
汗をタオルで拭いながら、思わず鞄から辞書を取り出した。なるほど。猪狩には、そんな感想しか浮かばなかった。端的で、分かりやすい。練習を終え、限界まで絞った身体で部室に戻り、ドリンクを飲み干したそのとき。猪狩は、たしかにそれを自覚していた。すぐ隣にいる人物のことを思うと、何故だかまた喉が渇いた。
「猪狩、おまえ、さっきからなにやってんの?」
「辞書を引いていただけだ」
「辞書お?なんで今そんなこと…ほんとお前って変なやつだよなあ」
まあでも、猪狩だしな。そんなことを言いながら汗をかいたアンダーシャツを脱ぎ捨てた男の名前を、パワプロという。汚れたユニフォームを脱ぎ、わざわざ新しいユニフォームに着替えるのが、この男の流儀だ。今更だが、それ以外の格好でいるところを見たことがない。クラスが違うので普段の様子は知らないが、まさか授業中までこの格好ではあるまい。しかし、以前早朝ランニングの際にたまたま見かけたパワプロがもちろんユニフォーム姿だったことを猪狩は知っている。
「あー今日も疲れた!てか、あのハードな練習のあとに自主練とか、そろそろ無理があるって」
「付き合うと言ったのはキミだろう」
「そうだけどさ」
新しいユニフォームに着替えたパワプロは、まだ汗が引かないのか、首筋から伝うそれをタオルでぞんざいにぬぐった。その様子に思わず喉が鳴りそうになって、猪狩は新しいドリンクをもう一口傾けることでやり過ごした。
「そんなに汗だくで、シャワーを浴びてきたらどうだい」
「だって、このあとお前の家行くだろ?」
「今日は私設球場での練習は誘っていないが」
「でも、行くだろ?」
にっこりと笑うその顔には全く疑いがない。誘われてもいないのに、パワプロは今日も猪狩の家の豪邸に泊まるつもりでいるようだ。そういう流れになるよう差し向けたのは確かに猪狩であったが、パワプロはあまりにも無邪気でてらいがない。その顔を見ていると、部屋に入ったときから感じていた気持ちがますます強くなる。欲情、ほしがる気持ち。性欲。未知のその先へ。
猪狩は、性欲に関してはずいぶんと淡白な方だった。この年頃の、男子高校生ならばそういうことに対する興味がいちばん盛りになる時期であるが、そんなことよりも野球の方がずっと大事で興味があった。健康な青年らしくもちろん自慰はしたが、それも朝起きたときに下着が汚れているのが煩わしいだとか、主にそういう理由からだった。教室で同級生たちが楽しげに繰り広げている猥談にも、時には自分にアプローチをかけてくる女生徒にも興味が湧かなかった。自慰とは、生きている以上必要となる排泄行為、そのくらいにしか考えていなかった。だから、今のこの状況に猪狩は戸惑っていたし、それ以上に興奮していた。新しい感情に胸が高鳴るのは、当然のことだろう。
「キミ、汗くさいぞ」
「いや、練習後だから当たり前だろ。ていうか、お前もだから」
「汗くさいのに、キミの匂いは不思議とイヤじゃない。なぜだ」
「いや、知らねえよ。ていうか、おまえさっきから何の話してんの」
「キミは、欲情したことがあるか」
「は?」
「何かを欲しいと思って、性欲を覚えることだよ」
「はあ?なに言ってんだ、急に」
「どうやらボクは、キミに欲情しているらしい」
はああああ?溜息にも似た長い息をつきながら、パワプロはあきれたような顔で猪狩を見る。その顔つきでさえ好ましいと思ってしまうのだから、猪狩のそれは相当だ。それすなわち、恋の病。無論、本人には分からない。誰かを欲する気持ち、恋慕の末からの欲情であるなどと、猪狩は夢にも思わない。欲を覚えたての好奇心旺盛な子供ほど、手に負えないものはない。無防備なパワプロに、猪狩が近付く。
「うわっ、なに」
「……」
「ちょ、おい、嗅ぐなって!離れろよ!」
「変な感じだ」
「変なのはお前だ!もうやめろって猪狩、あ」
何かを言いかけたパワプロの口を、猪狩は自分のそれで塞いでしまった。ぴったり重ねるとなんだか自分とパワプロの境界線がなくなっていくようで、未知の感覚に猪狩は唇を押さえつけることをやめられなかった。じきに息苦しくなったパワプロの方から、強引に引き剥がされた。
「ちょ、ほんとに、何!今日お前変だって」
「でも、イヤじゃないだろう」
「嫌だよ!」
「ウソをつくな」
「嘘じゃない!!」
ひとしきり騒いで疲れたらしいパワプロが、肩で息をしている。それを知らん顔で猪狩が眺めているという如何ともし難い状況だ。多感な時期の男子高校生が、むせ返るような混乱と興奮の中、ぽつんと二人取り残されている。
「…あのさあ」
「なんだ」
「猪狩って、オレのこと好きなの?」
「好きじゃない」
「はあああああああ!???!」
怒号にも似た、パワプロのため息と悲鳴と疑問とその他もろもろが爆音となって部室中をこだまする。猪狩は迷惑そうに顔を顰めて耳を塞ぐ仕草をした。それにまた怒るのはパワプロの方だ。
「な、ん、だ、そ、れ!」
「うるさいな。なんだい急に」
「お前、オレのことが好きだからキスしてきたんじゃないの?だから毎日のように練習に付き合わせて家まで呼ぶんじゃないのか?」
「キスは、してみたくなったからした。ただの好奇心だよ。練習は、キミとするのがいちばん効率がよくて都合が良いからだ。家に呼ぶのは、そのついでだよ」
「はあ。なんかオレ、馬鹿みたいだ」
「?キミはもともとバカだろう」
「こんなこと言われても、まだ猪狩のこと好きなんだもんな」
「は」
胸ぐらを掴まれたと思ったら、パワプロの唇が自分のそれを塞いでいた。むわ、と蒸せるような興奮と、汗と、熱。合わさるだけでは満足しないのか、強引に割って入ってきた舌に口内を掻き混ぜられる。未知の感覚と興奮に猪狩は自身の身体がどんどん熱くなっていくのを身を以って体感していた。もっと。もっとしてほしい。
「んっ」
「はあ…分かった?猪狩」
「……」
「お前はオレのことが、好きなんだよ」
「……」
「分かったら、もう一回キスさせて」
今まで我慢してたのが、馬鹿みたいだ。パワプロの呟いた声をどこか人ごとのように聞きながら、猪狩は行儀よく、両の目蓋を閉じてキスを待った。好きだよ、猪狩。聞こえた声は遠く、猪狩は欲望に任せて身を震わせた。
了
ーーーーーーー
猪狩守は抱かれたい
愛情欲情(主守)
なるほど。この感情が、そうなのか。知識としては知っていたし認識もあったが、実際に自分が「それ」を体験したことはなくて、猪狩守はある種の感動のような、腑に落ちた実感としてそれを味わっていた。今日はなんだか普段より疲れているから、理性よりも本能的な部分の方が露になっているのかもしれない。自分のことであるのに、猪狩はどこか他人めいた視点で考察する。
よく-じょう【欲情】[名](スル)ひとつ、ものを欲しがる気持ち。ふたつ、性欲。
汗をタオルで拭いながら、思わず鞄から辞書を取り出した。なるほど。猪狩には、そんな感想しか浮かばなかった。端的で、分かりやすい。練習を終え、限界まで絞った身体で部室に戻り、ドリンクを飲み干したそのとき。猪狩は、たしかにそれを自覚していた。すぐ隣にいる人物のことを思うと、何故だかまた喉が渇いた。
「猪狩、おまえ、さっきからなにやってんの?」
「辞書を引いていただけだ」
「辞書お?なんで今そんなこと…ほんとお前って変なやつだよなあ」
まあでも、猪狩だしな。そんなことを言いながら汗をかいたアンダーシャツを脱ぎ捨てた男の名前を、パワプロという。汚れたユニフォームを脱ぎ、わざわざ新しいユニフォームに着替えるのが、この男の流儀だ。今更だが、それ以外の格好でいるところを見たことがない。クラスが違うので普段の様子は知らないが、まさか授業中までこの格好ではあるまい。しかし、以前早朝ランニングの際にたまたま見かけたパワプロがもちろんユニフォーム姿だったことを猪狩は知っている。
「あー今日も疲れた!てか、あのハードな練習のあとに自主練とか、そろそろ無理があるって」
「付き合うと言ったのはキミだろう」
「そうだけどさ」
新しいユニフォームに着替えたパワプロは、まだ汗が引かないのか、首筋から伝うそれをタオルでぞんざいにぬぐった。その様子に思わず喉が鳴りそうになって、猪狩は新しいドリンクをもう一口傾けることでやり過ごした。
「そんなに汗だくで、シャワーを浴びてきたらどうだい」
「だって、このあとお前の家行くだろ?」
「今日は私設球場での練習は誘っていないが」
「でも、行くだろ?」
にっこりと笑うその顔には全く疑いがない。誘われてもいないのに、パワプロは今日も猪狩の家の豪邸に泊まるつもりでいるようだ。そういう流れになるよう差し向けたのは確かに猪狩であったが、パワプロはあまりにも無邪気でてらいがない。その顔を見ていると、部屋に入ったときから感じていた気持ちがますます強くなる。欲情、ほしがる気持ち。性欲。未知のその先へ。
猪狩は、性欲に関してはずいぶんと淡白な方だった。この年頃の、男子高校生ならばそういうことに対する興味がいちばん盛りになる時期であるが、そんなことよりも野球の方がずっと大事で興味があった。健康な青年らしくもちろん自慰はしたが、それも朝起きたときに下着が汚れているのが煩わしいだとか、主にそういう理由からだった。教室で同級生たちが楽しげに繰り広げている猥談にも、時には自分にアプローチをかけてくる女生徒にも興味が湧かなかった。自慰とは、生きている以上必要となる排泄行為、そのくらいにしか考えていなかった。だから、今のこの状況に猪狩は戸惑っていたし、それ以上に興奮していた。新しい感情に胸が高鳴るのは、当然のことだろう。
「キミ、汗くさいぞ」
「いや、練習後だから当たり前だろ。ていうか、お前もだから」
「汗くさいのに、キミの匂いは不思議とイヤじゃない。なぜだ」
「いや、知らねえよ。ていうか、おまえさっきから何の話してんの」
「キミは、欲情したことがあるか」
「は?」
「何かを欲しいと思って、性欲を覚えることだよ」
「はあ?なに言ってんだ、急に」
「どうやらボクは、キミに欲情しているらしい」
はああああ?溜息にも似た長い息をつきながら、パワプロはあきれたような顔で猪狩を見る。その顔つきでさえ好ましいと思ってしまうのだから、猪狩のそれは相当だ。それすなわち、恋の病。無論、本人には分からない。誰かを欲する気持ち、恋慕の末からの欲情であるなどと、猪狩は夢にも思わない。欲を覚えたての好奇心旺盛な子供ほど、手に負えないものはない。無防備なパワプロに、猪狩が近付く。
「うわっ、なに」
「……」
「ちょ、おい、嗅ぐなって!離れろよ!」
「変な感じだ」
「変なのはお前だ!もうやめろって猪狩、あ」
何かを言いかけたパワプロの口を、猪狩は自分のそれで塞いでしまった。ぴったり重ねるとなんだか自分とパワプロの境界線がなくなっていくようで、未知の感覚に猪狩は唇を押さえつけることをやめられなかった。じきに息苦しくなったパワプロの方から、強引に引き剥がされた。
「ちょ、ほんとに、何!今日お前変だって」
「でも、イヤじゃないだろう」
「嫌だよ!」
「ウソをつくな」
「嘘じゃない!!」
ひとしきり騒いで疲れたらしいパワプロが、肩で息をしている。それを知らん顔で猪狩が眺めているという如何ともし難い状況だ。多感な時期の男子高校生が、むせ返るような混乱と興奮の中、ぽつんと二人取り残されている。
「…あのさあ」
「なんだ」
「猪狩って、オレのこと好きなの?」
「好きじゃない」
「はあああああああ!???!」
怒号にも似た、パワプロのため息と悲鳴と疑問とその他もろもろが爆音となって部室中をこだまする。猪狩は迷惑そうに顔を顰めて耳を塞ぐ仕草をした。それにまた怒るのはパワプロの方だ。
「な、ん、だ、そ、れ!」
「うるさいな。なんだい急に」
「お前、オレのことが好きだからキスしてきたんじゃないの?だから毎日のように練習に付き合わせて家まで呼ぶんじゃないのか?」
「キスは、してみたくなったからした。ただの好奇心だよ。練習は、キミとするのがいちばん効率がよくて都合が良いからだ。家に呼ぶのは、そのついでだよ」
「はあ。なんかオレ、馬鹿みたいだ」
「?キミはもともとバカだろう」
「こんなこと言われても、まだ猪狩のこと好きなんだもんな」
「は」
胸ぐらを掴まれたと思ったら、パワプロの唇が自分のそれを塞いでいた。むわ、と蒸せるような興奮と、汗と、熱。合わさるだけでは満足しないのか、強引に割って入ってきた舌に口内を掻き混ぜられる。未知の感覚と興奮に猪狩は自身の身体がどんどん熱くなっていくのを身を以って体感していた。もっと。もっとしてほしい。
「んっ」
「はあ…分かった?猪狩」
「……」
「お前はオレのことが、好きなんだよ」
「……」
「分かったら、もう一回キスさせて」
今まで我慢してたのが、馬鹿みたいだ。パワプロの呟いた声をどこか人ごとのように聞きながら、猪狩は行儀よく、両の目蓋を閉じてキスを待った。好きだよ、猪狩。聞こえた声は遠く、猪狩は欲望に任せて身を震わせた。
了
ーーーーーーー
猪狩守は抱かれたい
赤点満点
赤点満点(主守)
「お前って、ほんとにオレのこと好きだよなー」
「は?」
ポテトチップスをバリバリと食べながら、そのまま適当に服で指を拭ってからコントローラーを握ったパワプロに、ボクは間の抜けた声が出た。ボクの様子になど構うことなく、パワプロはテレビの画面だけを見ている。
「次はこのステージにしよ」
「おい」
「えっ、なに。早くしろよ」
「さっきのは、どういう意味だ」
「なにって、そのままの意味じゃん。猪狩って、ほんとにオレのこと好きだよなーって思っただけ」
進んでいく画面をよそに、ボクはパワプロの顔をまじまじと見る。さきほど負けたのがよほど悔しかったのか、パワプロは勝手に自分の得意なステージとキャラクターを選んでいる。おい、残機の設定まで勝手に変えるんじゃない。
「ボクじゃなくて、キミの方が好きなんだろう」
「んん?」
「ボクじゃなくて、キミがボクを好きなんだよ」
「いやいや待て猪狩」
「なんだ」
「なんでそうなる」
「じゃあキミは、好きでもない人間を自宅に招き入れるのか?」
「いや、それを言ったらお前こそ、好きでもないやつの家に上がるのか?」
「ああいえばこう言うじゃないか」
「お前がな」
「キミがね」
「じゃあなんでお前は、なんだかんだ悪態つきながら、オレと一緒にいるんだよ」
「何言ってる。キミが、赤点を取ったら部活動が出来なくなると言って、勉強を教えてくれとボクに泣きついてきたんだろう。一体これで何度目だい」
「そうだよ。でも、今はゲームしてるじゃん」
「それも、キミが始めたことだ」
「違うよ、これは猪狩がこの前の続きって始めたんだろ」
「キミが問題を解く間、少し息抜きをしようとしただけじゃないか」
「いや、隣でゲーム始められて、勉強なんか出来るわけないだろ!」
「それでもキミは勉強をするべきだ」
「だったら自分の家でやれよな」
「こんなもの、ボクの家にあるわけないだろう」
「そうなの?お前んち、あんなにデカいのに」
「こういうものは、キミと会うまで一度も触れたことがなかった」
「そういえば、そんなこと言ってたっけ…じゃあ、進くんともゲームで遊んだりしたことないの?」
「ない」
「そうなんだ。じゃあ、今度進くんも呼んで一緒にやろうよ」
「こんな狭いところに三人も入らないだろ」
「狭いってお前なー…てか、前に矢部くんとお泊まりしたじゃん」
「そうだった。あの日の矢部は妙な調子だったな」
「いやそれはお前だろ。人のベッドで勝手に寝てるし」
「このボクが、キミたちと一緒に雑魚寝など出来るわけないだろう」
「べつにいいけど…あー!」
「フフ…またボクの勝ちだ」
「もういっかい!」
「望むところだ…と言いたいところだが、いい加減勉強をしろ」
「うう…」
「このボクがみてやっているんだぞ、赤点なんて取ったら許さないからな」
「ほら、そういうところ。あの猪狩が、なんだかんだ面倒見てくれる」
「なんだその言い方は。まるで普段のボクが人でなしのようじゃないか」
「だいたい合ってるじゃん。だってお前、野球にしか興味ないもん」
「当然だ」
「あと…オレ?」
「いい加減しつこい。キミってやつは、よほどボクに気があるらしい」
「だからそれはお前だって」
「キミだ」
「お前!」
「キミ!」
「猪狩!」
「パワプロ!」
「…なにやってんだ、オレたち」
「さあね」
「でもさ」
「無駄話は終わりだ、さっさとペンを持て」
「オレは猪狩のこと、こんなに愛しちゃってるんだけどな」
そのとき、自分がどんな顔をしていたのか、全く想像もつかない。たぶんパワプロとお揃いの、間抜け面だったことだろう。
了
ーーーーーーー
イチャイチャしてんなあ主守だなあ
「お前って、ほんとにオレのこと好きだよなー」
「は?」
ポテトチップスをバリバリと食べながら、そのまま適当に服で指を拭ってからコントローラーを握ったパワプロに、ボクは間の抜けた声が出た。ボクの様子になど構うことなく、パワプロはテレビの画面だけを見ている。
「次はこのステージにしよ」
「おい」
「えっ、なに。早くしろよ」
「さっきのは、どういう意味だ」
「なにって、そのままの意味じゃん。猪狩って、ほんとにオレのこと好きだよなーって思っただけ」
進んでいく画面をよそに、ボクはパワプロの顔をまじまじと見る。さきほど負けたのがよほど悔しかったのか、パワプロは勝手に自分の得意なステージとキャラクターを選んでいる。おい、残機の設定まで勝手に変えるんじゃない。
「ボクじゃなくて、キミの方が好きなんだろう」
「んん?」
「ボクじゃなくて、キミがボクを好きなんだよ」
「いやいや待て猪狩」
「なんだ」
「なんでそうなる」
「じゃあキミは、好きでもない人間を自宅に招き入れるのか?」
「いや、それを言ったらお前こそ、好きでもないやつの家に上がるのか?」
「ああいえばこう言うじゃないか」
「お前がな」
「キミがね」
「じゃあなんでお前は、なんだかんだ悪態つきながら、オレと一緒にいるんだよ」
「何言ってる。キミが、赤点を取ったら部活動が出来なくなると言って、勉強を教えてくれとボクに泣きついてきたんだろう。一体これで何度目だい」
「そうだよ。でも、今はゲームしてるじゃん」
「それも、キミが始めたことだ」
「違うよ、これは猪狩がこの前の続きって始めたんだろ」
「キミが問題を解く間、少し息抜きをしようとしただけじゃないか」
「いや、隣でゲーム始められて、勉強なんか出来るわけないだろ!」
「それでもキミは勉強をするべきだ」
「だったら自分の家でやれよな」
「こんなもの、ボクの家にあるわけないだろう」
「そうなの?お前んち、あんなにデカいのに」
「こういうものは、キミと会うまで一度も触れたことがなかった」
「そういえば、そんなこと言ってたっけ…じゃあ、進くんともゲームで遊んだりしたことないの?」
「ない」
「そうなんだ。じゃあ、今度進くんも呼んで一緒にやろうよ」
「こんな狭いところに三人も入らないだろ」
「狭いってお前なー…てか、前に矢部くんとお泊まりしたじゃん」
「そうだった。あの日の矢部は妙な調子だったな」
「いやそれはお前だろ。人のベッドで勝手に寝てるし」
「このボクが、キミたちと一緒に雑魚寝など出来るわけないだろう」
「べつにいいけど…あー!」
「フフ…またボクの勝ちだ」
「もういっかい!」
「望むところだ…と言いたいところだが、いい加減勉強をしろ」
「うう…」
「このボクがみてやっているんだぞ、赤点なんて取ったら許さないからな」
「ほら、そういうところ。あの猪狩が、なんだかんだ面倒見てくれる」
「なんだその言い方は。まるで普段のボクが人でなしのようじゃないか」
「だいたい合ってるじゃん。だってお前、野球にしか興味ないもん」
「当然だ」
「あと…オレ?」
「いい加減しつこい。キミってやつは、よほどボクに気があるらしい」
「だからそれはお前だって」
「キミだ」
「お前!」
「キミ!」
「猪狩!」
「パワプロ!」
「…なにやってんだ、オレたち」
「さあね」
「でもさ」
「無駄話は終わりだ、さっさとペンを持て」
「オレは猪狩のこと、こんなに愛しちゃってるんだけどな」
そのとき、自分がどんな顔をしていたのか、全く想像もつかない。たぶんパワプロとお揃いの、間抜け面だったことだろう。
了
ーーーーーーー
イチャイチャしてんなあ主守だなあ
とっておき
とっておき (主守)
好きなものは、いちばん最初に食べる。昔からそうだった。お腹が空いているときに、いちばん美味しいものを食べたいから。難しいことはあまり考えない、したいと思ったことをしたいときにする。単純だねなんて言われることもあるけど、褒め言葉だと思って受け取っている。子供の頃から好きだった野球は続けているうちにそのまま人生の一部になったし、大人になったってお腹が空いたらいちばん好きなものから食べる。そういうふうに生きてきたオレにとって、「これ」はかなり特別なことなんじゃないかと今更ながらに思うのだ。
「…なんだい、キミ。そんなにまじまじと見て」
ベッドに横になったまま、猪狩にしては珍しく歯切れが悪そうに言った。それでもオレが答えずに黙ったままなのに耐えきれなくなったのか、猪狩は顔を背けてそっぽを向いた。少し伸びた猪狩のきれいな髪が、白いシーツの上に散らばる。細くて美しい茶色の髪は、触ってみると見た目通りに柔らかかった。ずっと見てきたのに、そんなことも今日まで知らなかった。真夏のグラウンド、蒸すような暑さの中で、吹き抜ける風に誘われるように帽子を取り、その髪が陽の光に透けて見えるのが好きだった。オレは猪狩が好きだった。
「やめるなら、今のうちだぞ」
猪狩の視線が再びこちらに向いて、挑発的な表情で言う。やめるわけが、ないだろう。大きな声で言いたかったが、あいにくそれは言葉になることはなくて、もごもごと口ごもるだけに終わった。言いたいことも思っていることもたくさんあるのに、言葉が喉に詰まってしまったような、そんな感じだ。愛なんて甘ったるものは、舌先から離れるまでがなんて苦い。
「そんなに焦るなよ、猪狩」
「フン。キミのことだから、今更怖気付いたんじゃないだろうな」
「まさか。お前は、オレにとって…」
大事すぎて、大好きすぎて、髪の毛一本すら触れられなかったなんて、そんなのなんて言えばいいの。オレの辞書にそれらを正確に表現できる言葉は存在しない。だからオレのこの気持ちは、猪狩には一生伝わらないものなんだろう。
「…早くしろ」
それが猪狩に出来るいちばんかわいいおねだりと理解したオレは、なによりも大好きで美味しそうで大切な「とっておき」に、ようやくキスをした。
了
ーーーーーーー
いいから早く抱かれたい猪狩守さん
好きなものは、いちばん最初に食べる。昔からそうだった。お腹が空いているときに、いちばん美味しいものを食べたいから。難しいことはあまり考えない、したいと思ったことをしたいときにする。単純だねなんて言われることもあるけど、褒め言葉だと思って受け取っている。子供の頃から好きだった野球は続けているうちにそのまま人生の一部になったし、大人になったってお腹が空いたらいちばん好きなものから食べる。そういうふうに生きてきたオレにとって、「これ」はかなり特別なことなんじゃないかと今更ながらに思うのだ。
「…なんだい、キミ。そんなにまじまじと見て」
ベッドに横になったまま、猪狩にしては珍しく歯切れが悪そうに言った。それでもオレが答えずに黙ったままなのに耐えきれなくなったのか、猪狩は顔を背けてそっぽを向いた。少し伸びた猪狩のきれいな髪が、白いシーツの上に散らばる。細くて美しい茶色の髪は、触ってみると見た目通りに柔らかかった。ずっと見てきたのに、そんなことも今日まで知らなかった。真夏のグラウンド、蒸すような暑さの中で、吹き抜ける風に誘われるように帽子を取り、その髪が陽の光に透けて見えるのが好きだった。オレは猪狩が好きだった。
「やめるなら、今のうちだぞ」
猪狩の視線が再びこちらに向いて、挑発的な表情で言う。やめるわけが、ないだろう。大きな声で言いたかったが、あいにくそれは言葉になることはなくて、もごもごと口ごもるだけに終わった。言いたいことも思っていることもたくさんあるのに、言葉が喉に詰まってしまったような、そんな感じだ。愛なんて甘ったるものは、舌先から離れるまでがなんて苦い。
「そんなに焦るなよ、猪狩」
「フン。キミのことだから、今更怖気付いたんじゃないだろうな」
「まさか。お前は、オレにとって…」
大事すぎて、大好きすぎて、髪の毛一本すら触れられなかったなんて、そんなのなんて言えばいいの。オレの辞書にそれらを正確に表現できる言葉は存在しない。だからオレのこの気持ちは、猪狩には一生伝わらないものなんだろう。
「…早くしろ」
それが猪狩に出来るいちばんかわいいおねだりと理解したオレは、なによりも大好きで美味しそうで大切な「とっておき」に、ようやくキスをした。
了
ーーーーーーー
いいから早く抱かれたい猪狩守さん
友沢くんはポーカーフェイス
友沢くんはポーカーフェイス(主友)
パワプロくんからその言葉を聞いたとき、友沢くんは嬉しいというよりも驚いたような拍子抜けしたような、そんな気分だった。監督の都合で、いつもより早く部活動が終わった夕暮れどき。並んで歩いていたパワプロくんと友沢くんは、二人とも足を止めて互いに向かい合っていた。遠くで鳥の鳴いている声がする。友沢くんが黙ったきりだったので、パワプロくんは意を決してもう一度同じことばを口にした。
「オレ、友沢のことが好きなんだ」
自分の目を真っ直ぐと見ながら言うものだから、友沢くんはさっきの告白をなかったことにも聞いていなかったことにも出来なくなってしまって、困った。だけど、友沢くんの表情は変わらない。いつも通りのはずだった。でも、どんな時でもポーカーフェイスを貫き通す、そういう友沢くんのささやかな変化に気付くのが、パワプロくんだった。いつもと同じ顔色だけれど、いつもと同じではない友沢くんの表情。それに気づいた彼は、今までずっと緊張してこわばらせていた顔をふっと緩めて微笑んだ。それに対して、おもしろくないといった面持ちで唇を尖らせたのは友沢くんだ。彼にしては珍しく、年相応の子供のような態度だった。
「なんでお前、今そういうこと言うんだよ」
「言いたくなったから?」
「なんで疑問系なんだよ」
「友沢が好きだから?」
「…疑問系やめろ」
ぶつくさと文句を言う友沢くんの顔が、夕陽だけではごまかしようがないほど染まっているのを知っていたから、パワプロくんはつられて赤くなっているだろう自分のほっぺたをかいた。それでも友沢くんはポーカーフェイスのままだ。いつものように素っ気ないふりを続ける彼が、下手な演技を続ける彼が、今日は一段といとおしくて、我慢できなくなったパワプロくんはとうとう声を出して笑ってしまった。
「なんで言うんだよ」
「迷惑だったか」
「そういう意味じゃない」
「じゃあ、どういう意味」
「言わないでいれば、オレたちはずっとこのままでいられた」
「うん。でも、このままは嫌だったから」
「オレから、言いたかった」
それは悪いことしたなあ、そう言うパワプロくんはちっとも悪いことをしたなんて思っていない顔で友沢くんを見た。友沢くんのきれいな色をした瞳が、夕焼け色に染まって輝いていたから、覗き込みたくなる。友沢くんの目には、そういうことを思わせる魅力があった。友沢くんは端正な顔立ちをしたきれいな子で、高めの鼻梁も、薄い唇も、表情の薄いところも含めてまるで彫刻されたような精巧な仕上がりだったけど、中でも宝石のようにひかる瞳が一等美しいと、パワプロくんはいつも思っていた。
「オレも、お前のことが好きだから。…ああ、オレもなんて、絶対言いたくなかった」
「なんで」
「だって、オレの方がお前を好きなんだから」
「なあんだ、それ!」
友沢くんの妙なこだわりがパワプロくんには全然分からなくて、おかしかった。友沢くんは、こんなときまでパワプロくんに張り合っている。なぜなら、二人はライバルなのだ。それが分かっているから、パワプロくんはそれ以上なにも言わなかった。言わないかわりに、パワプロくんは友沢くんの手を取って、きつく握った。
微笑んだ友沢くんは、いままで見た中でいちばんきれいな顔をしていた。
了
ーーーーーーー
読んでいるものにすぐ影響される!わーい!
最近よく読む作家さんの語り調をまねっこしてみたのでした
主友かわいいね
パワプロくんからその言葉を聞いたとき、友沢くんは嬉しいというよりも驚いたような拍子抜けしたような、そんな気分だった。監督の都合で、いつもより早く部活動が終わった夕暮れどき。並んで歩いていたパワプロくんと友沢くんは、二人とも足を止めて互いに向かい合っていた。遠くで鳥の鳴いている声がする。友沢くんが黙ったきりだったので、パワプロくんは意を決してもう一度同じことばを口にした。
「オレ、友沢のことが好きなんだ」
自分の目を真っ直ぐと見ながら言うものだから、友沢くんはさっきの告白をなかったことにも聞いていなかったことにも出来なくなってしまって、困った。だけど、友沢くんの表情は変わらない。いつも通りのはずだった。でも、どんな時でもポーカーフェイスを貫き通す、そういう友沢くんのささやかな変化に気付くのが、パワプロくんだった。いつもと同じ顔色だけれど、いつもと同じではない友沢くんの表情。それに気づいた彼は、今までずっと緊張してこわばらせていた顔をふっと緩めて微笑んだ。それに対して、おもしろくないといった面持ちで唇を尖らせたのは友沢くんだ。彼にしては珍しく、年相応の子供のような態度だった。
「なんでお前、今そういうこと言うんだよ」
「言いたくなったから?」
「なんで疑問系なんだよ」
「友沢が好きだから?」
「…疑問系やめろ」
ぶつくさと文句を言う友沢くんの顔が、夕陽だけではごまかしようがないほど染まっているのを知っていたから、パワプロくんはつられて赤くなっているだろう自分のほっぺたをかいた。それでも友沢くんはポーカーフェイスのままだ。いつものように素っ気ないふりを続ける彼が、下手な演技を続ける彼が、今日は一段といとおしくて、我慢できなくなったパワプロくんはとうとう声を出して笑ってしまった。
「なんで言うんだよ」
「迷惑だったか」
「そういう意味じゃない」
「じゃあ、どういう意味」
「言わないでいれば、オレたちはずっとこのままでいられた」
「うん。でも、このままは嫌だったから」
「オレから、言いたかった」
それは悪いことしたなあ、そう言うパワプロくんはちっとも悪いことをしたなんて思っていない顔で友沢くんを見た。友沢くんのきれいな色をした瞳が、夕焼け色に染まって輝いていたから、覗き込みたくなる。友沢くんの目には、そういうことを思わせる魅力があった。友沢くんは端正な顔立ちをしたきれいな子で、高めの鼻梁も、薄い唇も、表情の薄いところも含めてまるで彫刻されたような精巧な仕上がりだったけど、中でも宝石のようにひかる瞳が一等美しいと、パワプロくんはいつも思っていた。
「オレも、お前のことが好きだから。…ああ、オレもなんて、絶対言いたくなかった」
「なんで」
「だって、オレの方がお前を好きなんだから」
「なあんだ、それ!」
友沢くんの妙なこだわりがパワプロくんには全然分からなくて、おかしかった。友沢くんは、こんなときまでパワプロくんに張り合っている。なぜなら、二人はライバルなのだ。それが分かっているから、パワプロくんはそれ以上なにも言わなかった。言わないかわりに、パワプロくんは友沢くんの手を取って、きつく握った。
微笑んだ友沢くんは、いままで見た中でいちばんきれいな顔をしていた。
了
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読んでいるものにすぐ影響される!わーい!
最近よく読む作家さんの語り調をまねっこしてみたのでした
主友かわいいね
夜明け前
夜明け前(主人公)
自分のくしゃみで目を覚ますと、布団をぜんぶ猪狩に奪われていた。もう一度小さくくしゃみを漏らしても、当の猪狩はどこ吹く風ですやすやと寝息を立てている。その寝顔の、なんと安らかなこと。猪狩との同居を始めたとき、「キミのような寝相の人間と一緒に寝られるはずがない」と言ったのは猪狩だったが、オレから言わせて貰えば、猪狩の方こそ大概だと思う。それを言わないのは、言うと面倒になるのが分かっているのと、すべては惚れた欲目から来るものだった。
カーテンの隙間から漏れる仄かな薄明かりが、間もなく夜が明けることを知らせていた。猪狩は気持ち良さそうに眠っている。少し伸びてきた前髪が端正なその顔にかかっているのを、指でよけてやる。そうして覗いた額に、自然と唇を寄せていた。猪狩は起きない。ひとつ欠伸をしてから、オレは猪狩が起きないようにゆっくりと布団を取り返して、目を閉じた。猪狩が隣で眠っている。それだけのことがただ嬉しくて、オレはたぶんにやにやと笑ってしまいながら、目を閉じた。夜が明けるまでもう少し、おまえと一緒の夢を見ていたい。
了
夜明け前(猪狩守)
肌寒さを覚えて目を覚ますと、布団をぜんぶパワプロに奪われていた。そうかと思えば当の本人もきちんと布団を被っているわけではなくて、めくれ上がった寝巻きからは腹が見えている。なんという寝相だろう。そう思うのに、手は無意識に乱れた寝巻きを直してやっており、ずり落ちた布団をつかんで引き寄せていた。自分の方が多く被れるよう布団を掴みながら、間抜けた寝顔を眺める。その寝顔の、なんと安らかなこと。
同居を始める際に懸念していたことがまさに起こっているわけであるが、それでも猪狩が共寝をやめないのには、理由があった。良質な睡眠は一流のスポーツ選手にとって欠かせない要素であるが、猪狩にとってはパワプロと一緒に眠っている方が、調子が良い。それは体調であったりモチベーションであったり、信じられないことであるが、あらゆる面において影響力を持った。惚れた欲目とはげに恐ろしきものだと猪狩は思う。隣にあるあたたかな体温に、猪狩は身体を寄り添わせる。夜明けには、まだ時間があるだろう。それまではもう少し、キミの見ている夢に付き合うのも悪くない。
了
ーーーーーー
ラブラブか?ラブラブですね。
自分のくしゃみで目を覚ますと、布団をぜんぶ猪狩に奪われていた。もう一度小さくくしゃみを漏らしても、当の猪狩はどこ吹く風ですやすやと寝息を立てている。その寝顔の、なんと安らかなこと。猪狩との同居を始めたとき、「キミのような寝相の人間と一緒に寝られるはずがない」と言ったのは猪狩だったが、オレから言わせて貰えば、猪狩の方こそ大概だと思う。それを言わないのは、言うと面倒になるのが分かっているのと、すべては惚れた欲目から来るものだった。
カーテンの隙間から漏れる仄かな薄明かりが、間もなく夜が明けることを知らせていた。猪狩は気持ち良さそうに眠っている。少し伸びてきた前髪が端正なその顔にかかっているのを、指でよけてやる。そうして覗いた額に、自然と唇を寄せていた。猪狩は起きない。ひとつ欠伸をしてから、オレは猪狩が起きないようにゆっくりと布団を取り返して、目を閉じた。猪狩が隣で眠っている。それだけのことがただ嬉しくて、オレはたぶんにやにやと笑ってしまいながら、目を閉じた。夜が明けるまでもう少し、おまえと一緒の夢を見ていたい。
了
夜明け前(猪狩守)
肌寒さを覚えて目を覚ますと、布団をぜんぶパワプロに奪われていた。そうかと思えば当の本人もきちんと布団を被っているわけではなくて、めくれ上がった寝巻きからは腹が見えている。なんという寝相だろう。そう思うのに、手は無意識に乱れた寝巻きを直してやっており、ずり落ちた布団をつかんで引き寄せていた。自分の方が多く被れるよう布団を掴みながら、間抜けた寝顔を眺める。その寝顔の、なんと安らかなこと。
同居を始める際に懸念していたことがまさに起こっているわけであるが、それでも猪狩が共寝をやめないのには、理由があった。良質な睡眠は一流のスポーツ選手にとって欠かせない要素であるが、猪狩にとってはパワプロと一緒に眠っている方が、調子が良い。それは体調であったりモチベーションであったり、信じられないことであるが、あらゆる面において影響力を持った。惚れた欲目とはげに恐ろしきものだと猪狩は思う。隣にあるあたたかな体温に、猪狩は身体を寄り添わせる。夜明けには、まだ時間があるだろう。それまではもう少し、キミの見ている夢に付き合うのも悪くない。
了
ーーーーーー
ラブラブか?ラブラブですね。
花よりだんご
「猪狩、花見しようぜ!」
団子と酒の入った袋を持ち上げながらそんなことを言って人の家に突然押し掛け、酔っ払った挙句芝生の上で大の字になって寝てしまうような人間を、猪狩は他に知らない。庭師によって美しく剪定された芝は随分と寝心地も良いのか、ぐーすか気持ちよさそうにいびきをかいて寝ているパワプロの顔を眺めながら猪狩は息をついた。
猪狩の家は大きい。家というよりは豪邸といった装いで、当然ながら「庭」のスケールも一般家庭の認識とは大きく外れたものになる。だから確かに、自宅でありながら悠々と花見は出来るし目の前に桜も咲いているわけであるが、それにしてもこの男のやることは唐突だ。せめて事前に連絡してから来ることは出来ないのだろうか。
そういう男を横目に見ながら、猪狩はパワプロが持参した団子を一口齧った。美味い。思わず団子を持ち上げてまじまじと眺める。包んであった袋に書いてある店名を確認するも、猪狩には全く知らない店であった。もぐもぐと咀嚼しながら、無意識にもう一本取り上げる。桃白緑の三色が美しい模範的な花見団子の次は、別の容器に分けて入っているみたらし団子。これまた美味い。たっぷりと甘めのタレがかかっているのも、猪狩の好みに合っていた。猪狩は、甘いものが好きだ。
それにしても、家で花見とはよく思い付いたものだ。もう一本みたらし団子を手に取りながら、猪狩は隣で眠り続ける男を眺める。こいつはいつでもユニフォーム姿だ。いつものことなのに、なぜだか今日は無性に笑いが込み上げて来て、猪狩は誰も見ていないのをいいことに声を出して笑った。気分がいい。春の陽気と団子と桜が、猪狩を上機嫌にさせている。そうに違いなかった。
「おいパワプロ。バカは風邪を引かないとは言うが、いい加減起きないか」
猪狩が肩を揺すって起こしてやるも、パワプロは少しだけ身じろぎをして、また眠ってしまった。おい、と先程よりもすこし大きい声で呼ぶ。幼い仕草で目を擦ってみせたパワプロは、それでも起きることはなく、何を思ったのか猪狩の方へ手を伸ばした。なんだと言う間もなく、パワプロは猪狩の膝に自分の頭を乗せてしまうのだった。ちょうどいい枕を手に入れたパワプロは、再び目を瞑って寝てしまった。猪狩が声を掛けても知らないフリだ。
「……」
あまりに自由きままな様子の男に、猪狩はそれ以上なにも言葉が出て来なかった。意外にも嫌ではなかったとか、寝顔をもう少し見ていたいとか、膝に乗る重さと温もりが存外に心地良いとか、そんな理由では断じてない。決してない。ただ呆れて言葉にならなかっただけだ。そういうことにして、猪狩はいつも被っているパワプロの帽子をそっと取り上げて、その頭を撫でた。
了
ーーーーーー
たまには普通の甘いやつ(?)
主人公ちゃんが最初のひとことしか喋ってないところがみどころです。
団子と酒の入った袋を持ち上げながらそんなことを言って人の家に突然押し掛け、酔っ払った挙句芝生の上で大の字になって寝てしまうような人間を、猪狩は他に知らない。庭師によって美しく剪定された芝は随分と寝心地も良いのか、ぐーすか気持ちよさそうにいびきをかいて寝ているパワプロの顔を眺めながら猪狩は息をついた。
猪狩の家は大きい。家というよりは豪邸といった装いで、当然ながら「庭」のスケールも一般家庭の認識とは大きく外れたものになる。だから確かに、自宅でありながら悠々と花見は出来るし目の前に桜も咲いているわけであるが、それにしてもこの男のやることは唐突だ。せめて事前に連絡してから来ることは出来ないのだろうか。
そういう男を横目に見ながら、猪狩はパワプロが持参した団子を一口齧った。美味い。思わず団子を持ち上げてまじまじと眺める。包んであった袋に書いてある店名を確認するも、猪狩には全く知らない店であった。もぐもぐと咀嚼しながら、無意識にもう一本取り上げる。桃白緑の三色が美しい模範的な花見団子の次は、別の容器に分けて入っているみたらし団子。これまた美味い。たっぷりと甘めのタレがかかっているのも、猪狩の好みに合っていた。猪狩は、甘いものが好きだ。
それにしても、家で花見とはよく思い付いたものだ。もう一本みたらし団子を手に取りながら、猪狩は隣で眠り続ける男を眺める。こいつはいつでもユニフォーム姿だ。いつものことなのに、なぜだか今日は無性に笑いが込み上げて来て、猪狩は誰も見ていないのをいいことに声を出して笑った。気分がいい。春の陽気と団子と桜が、猪狩を上機嫌にさせている。そうに違いなかった。
「おいパワプロ。バカは風邪を引かないとは言うが、いい加減起きないか」
猪狩が肩を揺すって起こしてやるも、パワプロは少しだけ身じろぎをして、また眠ってしまった。おい、と先程よりもすこし大きい声で呼ぶ。幼い仕草で目を擦ってみせたパワプロは、それでも起きることはなく、何を思ったのか猪狩の方へ手を伸ばした。なんだと言う間もなく、パワプロは猪狩の膝に自分の頭を乗せてしまうのだった。ちょうどいい枕を手に入れたパワプロは、再び目を瞑って寝てしまった。猪狩が声を掛けても知らないフリだ。
「……」
あまりに自由きままな様子の男に、猪狩はそれ以上なにも言葉が出て来なかった。意外にも嫌ではなかったとか、寝顔をもう少し見ていたいとか、膝に乗る重さと温もりが存外に心地良いとか、そんな理由では断じてない。決してない。ただ呆れて言葉にならなかっただけだ。そういうことにして、猪狩はいつも被っているパワプロの帽子をそっと取り上げて、その頭を撫でた。
了
ーーーーーー
たまには普通の甘いやつ(?)
主人公ちゃんが最初のひとことしか喋ってないところがみどころです。
エクストリーム・ラバーズ
「キミはボクを好きになる」
いつだったか猪狩がそんなことを言ったあの日からあっという間に季節は巡って、また春が来た。猪狩というのは同じ部活動で野球をしている同級生のことで、同じ学校に通うようになる前から何かしら縁のある不思議なやつだった。あるときはリトルの試合で、あるときは近所の河原で、猪狩とは昔からたびたびいろんなところで遭遇した。高校生になったら、とうとう同じ学校で野球をすることになったのだから、驚きだ。そう言うと、そのときの猪狩も別段驚いた様子はなくて、オレと野球部で出会うことにも当然といった風情であった。猪狩の考えていることはよく分からない。今も、昔も。
「ていうか、好きか嫌いかで言ったら好きっていうか、そんなの当たり前じゃないか?」
「なんの話だ」
オレの話に興味がなさそうな猪狩は、隣でマグドのシェイクを啜っている。ハンバーガーを初めて食べるなどと言うものだから、最初は猪狩流のギャグなのかとも思ったが、どうやら本気のようだったので、オレは注文の仕方から食べ方まで付き合ってやるのだった。ポテトも気に入ったようだが、いちばんのお気に入りはシェイクのようだ。自分はイチゴ味を飲んでいるのに、オレの頼んだバニラまで飲んでしまうのだからよっぽどだ。腹を壊さなければいいが、それを言うと猪狩は当然だろうと鼻を鳴らした。
もうすでに桜が散り終わってしまった木々たちは、緑の葉が生い茂っていて新緑の季節を思わせる。テイクアウトして公園のベンチに並んで腰掛けながら食べるハンバーガーは、なんだかいつもより美味しいような気がした。部活動のない日は、こうして猪狩と寄り道をするのも恒例となっていた。これを食べ終わったら、キャッチボールをすることになるのがお決まりの流れだ。お互いグラブとボールはいつも持ち歩いている。
「いい天気だなあ。このあとキャッチボールする?」
「もちろんだ」
「今日はこのあとバッセンも行かない?」
「いいだろう。フッ、この前あれだけボクにしてやられたというのに、キミは懲りないらしいな」
「あれは、あの日たまたま調子が悪かっただけだろ!今日は絶対勝つ!…あ、猪狩、口のとこついてる」
「ん」
「ちがう逆。っていうか逆も」
「……」
「よしオッケー。なんかさーこういう時間っていいよな。いつもは練習超ハードだし」
「キミは、だらけすぎだ」
「それがいいんじゃんのんびりしてて。なんか、こうしてるとお前のこと好きだなーってすげえ思うし」
「ん?」
「んっ?」
「え?」
「猪狩、どうしたんだよ」
「それはこっちのセリフだろう、何がなんだって」
「いや、だから!まあいいや」
「よくない」
「いいって」
「男らしくないぞ、一度自分で言ったことはきちんと責任を持て」
「もういっかい、聞きたい?」
「なんだその顔は」
「聞きたい?」
「べつに。だからその顔はなんだ。あと近いぞ」
「じゃあ、勝負しようぜ」
「勝負?」
「バッセンで、今日オレがお前に勝ったら、もう一回言うよ」
「言うつもりないだろう、それ」
「どういう意味だよ!オレは今日、絶対お前に勝つ」
「まあせいぜいがんばることだね」
「そうと決まれば行くぞ猪狩!」
「おい引っ張るな!」
いつから好きなんて、そんな野暮なこと考えもつかないくらい、好きだったよ。昔も、今も。オレも、お前も。それでも言いたいし、聞きたいものなんだろうなと、いま知った。掴んでいた猪狩の腕を離して、かわりに手の平を握る。驚いた顔をした猪狩が、おそるおそる握り返してくる感触にオレは我慢出来ずに笑ってしまって、猪狩は怒って、オレはまた、笑ってしまった。
了
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最近主守を書くとどうにも熟成感が出てしまって、もっと初々しい二人が見たい!という謎の葛藤があります
とか言いたかったけど熟成感のある二人が大好きですからねわたくし!しゅまも
いつだったか猪狩がそんなことを言ったあの日からあっという間に季節は巡って、また春が来た。猪狩というのは同じ部活動で野球をしている同級生のことで、同じ学校に通うようになる前から何かしら縁のある不思議なやつだった。あるときはリトルの試合で、あるときは近所の河原で、猪狩とは昔からたびたびいろんなところで遭遇した。高校生になったら、とうとう同じ学校で野球をすることになったのだから、驚きだ。そう言うと、そのときの猪狩も別段驚いた様子はなくて、オレと野球部で出会うことにも当然といった風情であった。猪狩の考えていることはよく分からない。今も、昔も。
「ていうか、好きか嫌いかで言ったら好きっていうか、そんなの当たり前じゃないか?」
「なんの話だ」
オレの話に興味がなさそうな猪狩は、隣でマグドのシェイクを啜っている。ハンバーガーを初めて食べるなどと言うものだから、最初は猪狩流のギャグなのかとも思ったが、どうやら本気のようだったので、オレは注文の仕方から食べ方まで付き合ってやるのだった。ポテトも気に入ったようだが、いちばんのお気に入りはシェイクのようだ。自分はイチゴ味を飲んでいるのに、オレの頼んだバニラまで飲んでしまうのだからよっぽどだ。腹を壊さなければいいが、それを言うと猪狩は当然だろうと鼻を鳴らした。
もうすでに桜が散り終わってしまった木々たちは、緑の葉が生い茂っていて新緑の季節を思わせる。テイクアウトして公園のベンチに並んで腰掛けながら食べるハンバーガーは、なんだかいつもより美味しいような気がした。部活動のない日は、こうして猪狩と寄り道をするのも恒例となっていた。これを食べ終わったら、キャッチボールをすることになるのがお決まりの流れだ。お互いグラブとボールはいつも持ち歩いている。
「いい天気だなあ。このあとキャッチボールする?」
「もちろんだ」
「今日はこのあとバッセンも行かない?」
「いいだろう。フッ、この前あれだけボクにしてやられたというのに、キミは懲りないらしいな」
「あれは、あの日たまたま調子が悪かっただけだろ!今日は絶対勝つ!…あ、猪狩、口のとこついてる」
「ん」
「ちがう逆。っていうか逆も」
「……」
「よしオッケー。なんかさーこういう時間っていいよな。いつもは練習超ハードだし」
「キミは、だらけすぎだ」
「それがいいんじゃんのんびりしてて。なんか、こうしてるとお前のこと好きだなーってすげえ思うし」
「ん?」
「んっ?」
「え?」
「猪狩、どうしたんだよ」
「それはこっちのセリフだろう、何がなんだって」
「いや、だから!まあいいや」
「よくない」
「いいって」
「男らしくないぞ、一度自分で言ったことはきちんと責任を持て」
「もういっかい、聞きたい?」
「なんだその顔は」
「聞きたい?」
「べつに。だからその顔はなんだ。あと近いぞ」
「じゃあ、勝負しようぜ」
「勝負?」
「バッセンで、今日オレがお前に勝ったら、もう一回言うよ」
「言うつもりないだろう、それ」
「どういう意味だよ!オレは今日、絶対お前に勝つ」
「まあせいぜいがんばることだね」
「そうと決まれば行くぞ猪狩!」
「おい引っ張るな!」
いつから好きなんて、そんな野暮なこと考えもつかないくらい、好きだったよ。昔も、今も。オレも、お前も。それでも言いたいし、聞きたいものなんだろうなと、いま知った。掴んでいた猪狩の腕を離して、かわりに手の平を握る。驚いた顔をした猪狩が、おそるおそる握り返してくる感触にオレは我慢出来ずに笑ってしまって、猪狩は怒って、オレはまた、笑ってしまった。
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最近主守を書くとどうにも熟成感が出てしまって、もっと初々しい二人が見たい!という謎の葛藤があります
とか言いたかったけど熟成感のある二人が大好きですからねわたくし!しゅまも

