アフタードリーム
パワポケ1/猪狩進
バナナの皮を踏んで、滑って転んでトラックに轢かれました。
ついでに生死も彷徨いました。
次に起き上がったときには、改造人間になっていました。
僕の人生とはつまりそういうことである。
つまり?
病院のベッドで何日も昏睡状態だったこと、目を覚ましたら全身焼け付くような痛みに襲われたこと、医師から一生野球のできない身体だと申告されたこと、知らない男たちの誘いに頷いてしまったこと、見たことのない色の液体をたくさん飲んだこと、数えきれないほどの注射を打ったこと、肉体改造後も軋むような心身の疼痛に耐えている毎日のこと、そういった諸々を一切省けば、僕の人生とはつまりそういうものなのである。
世の少年少女たち、バナナの皮には気を付けなさい。
ばかみたいだと笑いたくなるかもしれないけど、この世の中にはばかみたいなことが意外とごろごろしているみたいだ。
だってその証拠に、僕は改造人間になって野球をしているわけであるし、そんなのってばかみたいでおもしろいでしょう。
バナナの皮が道端に落ちている確率、そしてそれを踏んで転ぶ確率、そしてさらにそのせいで交通事故に遭う確率。僕の予想する限りでは、かなり低いはずだ。それでも、その低い確率を引き当ててしまうのが僕だった。もはやある種の才能に近しい。
僕はバナナなんて大嫌いだから早くこの世からなくなればいいし、バナナをあんな場所に置いた人間はすみやかに死ねばいいんだろう。それが世のため人のためってやつだよ。
僕はバナナが嫌い。大嫌いだ。だから、バナナを踏むことになった原因や理由について考えるのはもうやめだ。
きっと君は、どうしてと、僕に聞くんだろう。
どうしてだろう、僕にもよく分からないから、答えられなくてごめんね。
とうとう僕はここまで来た。そう、甲子園の決勝戦だ。
気付いてくれて、どうもありがとう。だってここが僕の最高の晴れ舞台だ。
「野球マスク」として、僕はここで死ぬ。君が勝負したかった猪狩進じゃなくてごめんね。それだけ、一言謝りたかったんだ。
****
8回の表、極亜久高校の攻撃。
バットが空を切り、ミットにボールが収まる。空振り三振。マスクの下を汗が伝う。
これで今日いくつめの三振だろう、ミットに収まるボールを僕は他人事のように眺めていた。少しでも気を抜くと尋常でない肘の痛みが襲ったが、汗をぬぐうふりをしてやり過ごした。
だいたい、痛んでいるのは肘だけじゃない。全身を万遍なく這う痛みに、感覚はとうに麻痺していた。
スコアボードに新しい0が並ぶ。チェンジだ。
マウンドからベンチへと戻り息を吐く。手の平を握り、ゆっくりと開いてみる。握力は残っている。まだ投げられる。
水分補給と一緒に、痛み止めの薬を流し込んだ。半分は気休めだったが、飲まないよりは幾分かマシのような気がした。気休めで構わないから、この試合だけはどうか持ちこたえてほしい。
神様なんか全然信じてないけど、それでも、もしもどこかにいるのなら、最後にどうかひとつくらいワガママをきいてほしい。どこかにいるのかもしれない僕を見放した野球の神様、もう他に何も望まないから、この試合だけ僕にください。
僕はまだ野球がしたい。
甲子園の決勝戦は両チームともいまだ無失点、激しい投手戦となっていた。
僕は前日のパーフェクトゲーム同様今日も無失点で抑えていたが、それは向こうのピッチャーも同じことだった。
決め球の高速スライダーが、面白いように次々と打者を空振りさせていく。あの日神社で僕が少しアドバイスをしただけでするりと習得してしまった高速スライダーは、あのときよりも格段に切れ味が増していた。
君は今日までにどれだけ練習したんだろう。僕が病院のベッドで眠っているときも、変な薬を飲んでいる間も、怪しい注射を打たれているときでさえ、君はまた神社で特訓していたんだろうか。
ああ、僕も君と一緒に練習したかったものだなあ。
それでも、僕のスライダーだってなかなかのものだとは思わないかい。僕も、君に負けないくらいたくさん練習したつもりなんだ。
さあ、君のスライダーと僕のスライダー、どちらが上なのか、そろそろ決着をつけようじゃないか。
野球マスク。それが今の僕の名前だ。
変色した緑の髪、顔を隠す派手なマスク、横柄な態度、そのどれもがみな過去の自分とはまるで違うものだということを確認しては安堵する自分がいる。
それでも、本当はずっと前から気が付いていた。
何をどんなに変えたところで、僕は猪狩進だ。それ以上でもそれ以下でもない。安心すると同時にまた、それと同じだけ悲しくなるのだった。
それなのに、僕はまだ野球をしている。人の道すらも違えてしまったというのに、野球をしているのだ。
ストライク、バッターアウト!
審判のコールが、雲一つない真っ青な空を切り割いて、つんざくように鳴った。歓声、怒号、こちらとあちらの、敵も味方もないまぜになった興奮が降りかかってくる。
チェンジだ。また僕の出番がやってきた。
マウンドを足でならし、ロジンを手にとる。ロジンを手に取ったあと帽子を触るのは、兄さんの癖だったろうか。無意識に帽子を触っていた自分が嫌になる。
何もかもを違え、己の信念までも曲げたというのに、僕という人間はあろうことかマウンドでピッチャーをしている。兄である猪狩守と同じことをしているのだ。なぜだろう。
僕にとって、マウンドとは兄の場所であった。光り輝く兄が君臨する場所。それを手助けするのが僕の使命だったというのに。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ご無沙汰しております。まだやってたの?と言われそうですが、やってました。やってます。
皆様ご機嫌いかがでしょうか。わたくしは元気です。
よりにもよって、久しぶりの更新がこんな感じです。
すきなことをすきなところまで書き散らしております。
n年前に書きかけのまま置いたあったものを発見し、一行目を読み、そうだよココが書きたかったんだよ!と滾って書き足しました。
書きたかったのはまさしく一行目です。そこにすべてが詰まっています。
生まれて初めて発行した同人誌の、もとのもとのもと、みたいなものだった気がいたします。
いまでも野球マスクを思うとどうにかなりそうな気持ちになって、実際どうにかなりそうです。
命のように大切な気持ちです。
おもしろくもなんともない私事なんですが、昨年の夏ごろ、有体に言ってガッツリ体調を崩しまして、それ以来何かを書いたり、一から生み出したりする力のようなものも崩れてしまったような気がして、萌えは萌えとして楽しみつつ、創作活動はしていませんでした。
いま思えば、そうなる前にパワプロオンリーに参加できたのは紛れもない僥倖でした。
わたし、運がいい。
そういうわけで、なにかを失うのが急ならば、なにかを取り戻すのも急なんでしょう。
すべては気の向くまま心の思うまま
久しぶりにここへ訪れて、大変恐縮なのですが、今でも毎日のようにカウンターが回っていることにとてもとても驚いて、感激と、感謝の気持ちを覚えました。
見てくださって、どうもありがとう。
またこんな風に、思い出したように戻ってきたら、どうぞよろしくお願います。
いいよね、パワプロ。この前公式がグッズ販売をしたときにはガッツリ買いましたよ。
好きだよ、ほんとうにね
今になって、昔書いたものに感想をいただけたのが衝撃的に嬉しくて、それが今回の原動力となりました。
周りの方にたくさん頼ってしまって右も左も分からずの代物でしたが、あのとき勇気を出して同人誌を出してよかったです。
久しぶりに開いたら、魂詰まってんなと思いました。
いまも通販してますので、よかったら読んでみてください笑
久しぶりに言いたいこと言って、すっきりしました。
またお目にかかれますように。
バナナの皮を踏んで、滑って転んでトラックに轢かれました。
ついでに生死も彷徨いました。
次に起き上がったときには、改造人間になっていました。
僕の人生とはつまりそういうことである。
つまり?
病院のベッドで何日も昏睡状態だったこと、目を覚ましたら全身焼け付くような痛みに襲われたこと、医師から一生野球のできない身体だと申告されたこと、知らない男たちの誘いに頷いてしまったこと、見たことのない色の液体をたくさん飲んだこと、数えきれないほどの注射を打ったこと、肉体改造後も軋むような心身の疼痛に耐えている毎日のこと、そういった諸々を一切省けば、僕の人生とはつまりそういうものなのである。
世の少年少女たち、バナナの皮には気を付けなさい。
ばかみたいだと笑いたくなるかもしれないけど、この世の中にはばかみたいなことが意外とごろごろしているみたいだ。
だってその証拠に、僕は改造人間になって野球をしているわけであるし、そんなのってばかみたいでおもしろいでしょう。
バナナの皮が道端に落ちている確率、そしてそれを踏んで転ぶ確率、そしてさらにそのせいで交通事故に遭う確率。僕の予想する限りでは、かなり低いはずだ。それでも、その低い確率を引き当ててしまうのが僕だった。もはやある種の才能に近しい。
僕はバナナなんて大嫌いだから早くこの世からなくなればいいし、バナナをあんな場所に置いた人間はすみやかに死ねばいいんだろう。それが世のため人のためってやつだよ。
僕はバナナが嫌い。大嫌いだ。だから、バナナを踏むことになった原因や理由について考えるのはもうやめだ。
きっと君は、どうしてと、僕に聞くんだろう。
どうしてだろう、僕にもよく分からないから、答えられなくてごめんね。
とうとう僕はここまで来た。そう、甲子園の決勝戦だ。
気付いてくれて、どうもありがとう。だってここが僕の最高の晴れ舞台だ。
「野球マスク」として、僕はここで死ぬ。君が勝負したかった猪狩進じゃなくてごめんね。それだけ、一言謝りたかったんだ。
****
8回の表、極亜久高校の攻撃。
バットが空を切り、ミットにボールが収まる。空振り三振。マスクの下を汗が伝う。
これで今日いくつめの三振だろう、ミットに収まるボールを僕は他人事のように眺めていた。少しでも気を抜くと尋常でない肘の痛みが襲ったが、汗をぬぐうふりをしてやり過ごした。
だいたい、痛んでいるのは肘だけじゃない。全身を万遍なく這う痛みに、感覚はとうに麻痺していた。
スコアボードに新しい0が並ぶ。チェンジだ。
マウンドからベンチへと戻り息を吐く。手の平を握り、ゆっくりと開いてみる。握力は残っている。まだ投げられる。
水分補給と一緒に、痛み止めの薬を流し込んだ。半分は気休めだったが、飲まないよりは幾分かマシのような気がした。気休めで構わないから、この試合だけはどうか持ちこたえてほしい。
神様なんか全然信じてないけど、それでも、もしもどこかにいるのなら、最後にどうかひとつくらいワガママをきいてほしい。どこかにいるのかもしれない僕を見放した野球の神様、もう他に何も望まないから、この試合だけ僕にください。
僕はまだ野球がしたい。
甲子園の決勝戦は両チームともいまだ無失点、激しい投手戦となっていた。
僕は前日のパーフェクトゲーム同様今日も無失点で抑えていたが、それは向こうのピッチャーも同じことだった。
決め球の高速スライダーが、面白いように次々と打者を空振りさせていく。あの日神社で僕が少しアドバイスをしただけでするりと習得してしまった高速スライダーは、あのときよりも格段に切れ味が増していた。
君は今日までにどれだけ練習したんだろう。僕が病院のベッドで眠っているときも、変な薬を飲んでいる間も、怪しい注射を打たれているときでさえ、君はまた神社で特訓していたんだろうか。
ああ、僕も君と一緒に練習したかったものだなあ。
それでも、僕のスライダーだってなかなかのものだとは思わないかい。僕も、君に負けないくらいたくさん練習したつもりなんだ。
さあ、君のスライダーと僕のスライダー、どちらが上なのか、そろそろ決着をつけようじゃないか。
野球マスク。それが今の僕の名前だ。
変色した緑の髪、顔を隠す派手なマスク、横柄な態度、そのどれもがみな過去の自分とはまるで違うものだということを確認しては安堵する自分がいる。
それでも、本当はずっと前から気が付いていた。
何をどんなに変えたところで、僕は猪狩進だ。それ以上でもそれ以下でもない。安心すると同時にまた、それと同じだけ悲しくなるのだった。
それなのに、僕はまだ野球をしている。人の道すらも違えてしまったというのに、野球をしているのだ。
ストライク、バッターアウト!
審判のコールが、雲一つない真っ青な空を切り割いて、つんざくように鳴った。歓声、怒号、こちらとあちらの、敵も味方もないまぜになった興奮が降りかかってくる。
チェンジだ。また僕の出番がやってきた。
マウンドを足でならし、ロジンを手にとる。ロジンを手に取ったあと帽子を触るのは、兄さんの癖だったろうか。無意識に帽子を触っていた自分が嫌になる。
何もかもを違え、己の信念までも曲げたというのに、僕という人間はあろうことかマウンドでピッチャーをしている。兄である猪狩守と同じことをしているのだ。なぜだろう。
僕にとって、マウンドとは兄の場所であった。光り輝く兄が君臨する場所。それを手助けするのが僕の使命だったというのに。
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ご無沙汰しております。まだやってたの?と言われそうですが、やってました。やってます。
皆様ご機嫌いかがでしょうか。わたくしは元気です。
よりにもよって、久しぶりの更新がこんな感じです。
すきなことをすきなところまで書き散らしております。
n年前に書きかけのまま置いたあったものを発見し、一行目を読み、そうだよココが書きたかったんだよ!と滾って書き足しました。
書きたかったのはまさしく一行目です。そこにすべてが詰まっています。
生まれて初めて発行した同人誌の、もとのもとのもと、みたいなものだった気がいたします。
いまでも野球マスクを思うとどうにかなりそうな気持ちになって、実際どうにかなりそうです。
命のように大切な気持ちです。
おもしろくもなんともない私事なんですが、昨年の夏ごろ、有体に言ってガッツリ体調を崩しまして、それ以来何かを書いたり、一から生み出したりする力のようなものも崩れてしまったような気がして、萌えは萌えとして楽しみつつ、創作活動はしていませんでした。
いま思えば、そうなる前にパワプロオンリーに参加できたのは紛れもない僥倖でした。
わたし、運がいい。
そういうわけで、なにかを失うのが急ならば、なにかを取り戻すのも急なんでしょう。
すべては気の向くまま心の思うまま
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見てくださって、どうもありがとう。
またこんな風に、思い出したように戻ってきたら、どうぞよろしくお願います。
いいよね、パワプロ。この前公式がグッズ販売をしたときにはガッツリ買いましたよ。
好きだよ、ほんとうにね
今になって、昔書いたものに感想をいただけたのが衝撃的に嬉しくて、それが今回の原動力となりました。
周りの方にたくさん頼ってしまって右も左も分からずの代物でしたが、あのとき勇気を出して同人誌を出してよかったです。
久しぶりに開いたら、魂詰まってんなと思いました。
いまも通販してますので、よかったら読んでみてください笑
久しぶりに言いたいこと言って、すっきりしました。
またお目にかかれますように。
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140字のやつ2
某所でやっている140字のお題です
▼主守
『黒』と『揺れる』
キスをしながら夢中で猪狩の穿いているジャージをずり降ろすと、黒い下着が目に入った。部活や体育で散々派手なパンツを見ていたオレは一瞬だけ手が止まる。怪訝そうに揺れるブルーの瞳。なるほど、これは猪狩の勝負下着らしい。確かに胸の奥がキュンとしたオレは、再び猪狩の唇を塞ぐのだった。
『信号』と『はい』
信号機は赤だった。横断歩道、猪狩と二人で立っていた。間もなく信号は青に変わったが、二人とも動かないまま再び赤になった。いつもこうだ。オレと猪狩の間にはいつだって赤信号が邪魔をしている。ただ一言、お前さえ「はい」と返事をしてくれれば、オレは何もかも投げ出して渡り切る自信があるのに
『傘』と『名前』
下駄箱の中に突っ込まれていた折り畳み傘を差し出すと、そんなものは知らないよと返された。証拠はあるのかい?などと余裕をかましている猪狩に、オレは傘に書かれた名前で呼びかけてやった。みるみる顔を赤くする猪狩に、オレは一緒に帰ろうと提案をする。お前のその顔もぜんぶ傘の中に隠してしまうよ
(テンションが上がって勝手に書きました)
好きだとも嫌いだとも、オレは猪狩に対して言ったことがなかった。まして愛しているなどとどの口が言うのだろうか。言われた方の猪狩はきょとんとしている。かすかに動いた猪狩の唇を己のそれで塞ぐと吐息が漏れた。もう一度。何度でも。猪狩。返事は、10年分のキスが済んでからにしてくれ。
▼主進
『花』と『揺れる』
ティーカップを置くとガチャリと大きな音が鳴って僕は慌てて謝った。笑う彼を見ていると余計に落ち着かない。心臓のドキドキが指の先まで伝わってしまったかのようにカップが揺れる。「この紅茶、進くんみたいな花の匂いがする」彼は美味しいと言って笑ったが、僕にはさっぱり味が分からないのだった。
『知らない』と『机』
「じゃあ二次会行くぞー」チームメイトの声に腰を上げようとしたところだった。机の下、そっと絡められる手の平。驚いて隣を見ても、俯いた彼は何も言わなかった。こんな彼を、僕は知らない。途端熱の集まる顔、僕は何も言えないまま、繋がった手の平をそっと握り返した。
▼主友
『例えば』と『面倒』
友沢は弟妹の面倒をよくみるいいお兄ちゃんである。今も二人を寝かしつけて戻ってきたところだ。しかしたまにはもう少し気を許して、オレに頼ったりすればいいのだ。「友沢はしっかりしすぎ」「例えば?」食器を洗う友沢の首筋に唇を押し付けると赤い顔ではねのけられた。ほら、そういうところだよ
こういうときの友沢は少し面倒くさい。例えばスーパーの特売がある日、バイトが忙しい日、弟妹のために都合を空けなければならない日。そんなときはただ一言だけオレに言えばいいのに、それが出来ないのだ。やれやれと息をつきオレは友沢に告げる。オレは、お前のそういうところがたまらなく好きだよ。
『太陽』と『弁当』
たまにはこうやって公園で食べるのもいいもんだろ?弁当は早々に食べ終わったらしい、芝生に寝転がりながら言う。その笑顔がなんだか見ていられなくて、オレは黙って箸を動かした。青い空、白い雲、初夏を感じさせる風は心地良い。空を見上げると太陽はやっぱり眩しくて、オレはほんの少しだけ笑った。
『病』と『ペン』
「恋の病かもしれない」隣で勉強していたパワプロが蒼白な顔で言うので、友沢はペンをおいて教科書を閉じた。オレ、今日友沢のことばっか考えてるんだ。真剣な顔が面白く、気分の良くなった友沢は目の前の唇を掠めるように奪った。これで、今日だけじゃなくずっとオレのことを考えるようになるだろう
『愛』と『もし』
愛よりも金が欲しい。言うと、「友沢は馬鹿だなあ」と笑って再び引き寄せられた。何度も振り払った手なのに、それは相変わらず温かく友沢に触れた。もしこの手を取ってしまったら、もう戻れなくなるだろう。知らなかった頃には帰れない。帰り道など、とうの昔に忘れてしまったというのに。
▼進守
『そんな』と『答え』
「それが兄さんの答えなの?」差し向けたナイフは取り上げられ、今は僕の方に向けられていた。「あ…そんな…ボクは…」渇いた音が響く。「兄さん。やるならちゃんととどめを刺さなくちゃ。狙うならここだよ」兄の左胸に触れると、確かに脈打っていて温かかった。
▼友進
『吐息』と『恋』
恋の成就は友沢の頬をだらしなくさせるのに十分であった。視線が絡まり吐息が交わる。「そんな目で見ないで」友沢、と呼びかける彼こそ熱を孕んだ目でこちらを見るのだった。傍に寄る度香ったあの甘い匂い、今は自分の腕の中にある。頬の絆創膏に唇を寄せ、友沢は決意も新たに思いきり抱きしめた。
▼主神(主人公×神高)
『金額』と『月』
金額にしてひとつ105円、揃いのカップを割り捨てた恋人はいきなりオレを殴った。「せっかく一緒に買いに行ったのにどうして割るの」「気に入らないから」「どうして殴るの」「君が嫌いだから」じゃあ、どうして泣くの。隠れて嗚咽を漏らす彼を抱きしめ、オレは月並みな言葉でもう一度愛を告げた。
▼神進(神童×進)
『スカート』と『肌』
スカートを穿けば女の子になれるなんて思っていない。神童さんは僕の格好に目を白黒させている。その顔が愉快で、僕は裾を翻して彼に抱き着いた。いくら肌を合わせても埋められないものがある。それでも僕はいつもの通り知らないふりをして、愛しい神童さんに唇を寄せた。
こんなものを堂々と垂れ流していると思うと大変恐ろしいですね
ツイッター万歳!
激闘第一の配信が待ち遠しくて主友妄想に力が入ってましたね
配信の結果は、みなさまご存知の通りですけども!
▼主守
『黒』と『揺れる』
キスをしながら夢中で猪狩の穿いているジャージをずり降ろすと、黒い下着が目に入った。部活や体育で散々派手なパンツを見ていたオレは一瞬だけ手が止まる。怪訝そうに揺れるブルーの瞳。なるほど、これは猪狩の勝負下着らしい。確かに胸の奥がキュンとしたオレは、再び猪狩の唇を塞ぐのだった。
『信号』と『はい』
信号機は赤だった。横断歩道、猪狩と二人で立っていた。間もなく信号は青に変わったが、二人とも動かないまま再び赤になった。いつもこうだ。オレと猪狩の間にはいつだって赤信号が邪魔をしている。ただ一言、お前さえ「はい」と返事をしてくれれば、オレは何もかも投げ出して渡り切る自信があるのに
『傘』と『名前』
下駄箱の中に突っ込まれていた折り畳み傘を差し出すと、そんなものは知らないよと返された。証拠はあるのかい?などと余裕をかましている猪狩に、オレは傘に書かれた名前で呼びかけてやった。みるみる顔を赤くする猪狩に、オレは一緒に帰ろうと提案をする。お前のその顔もぜんぶ傘の中に隠してしまうよ
(テンションが上がって勝手に書きました)
好きだとも嫌いだとも、オレは猪狩に対して言ったことがなかった。まして愛しているなどとどの口が言うのだろうか。言われた方の猪狩はきょとんとしている。かすかに動いた猪狩の唇を己のそれで塞ぐと吐息が漏れた。もう一度。何度でも。猪狩。返事は、10年分のキスが済んでからにしてくれ。
▼主進
『花』と『揺れる』
ティーカップを置くとガチャリと大きな音が鳴って僕は慌てて謝った。笑う彼を見ていると余計に落ち着かない。心臓のドキドキが指の先まで伝わってしまったかのようにカップが揺れる。「この紅茶、進くんみたいな花の匂いがする」彼は美味しいと言って笑ったが、僕にはさっぱり味が分からないのだった。
『知らない』と『机』
「じゃあ二次会行くぞー」チームメイトの声に腰を上げようとしたところだった。机の下、そっと絡められる手の平。驚いて隣を見ても、俯いた彼は何も言わなかった。こんな彼を、僕は知らない。途端熱の集まる顔、僕は何も言えないまま、繋がった手の平をそっと握り返した。
▼主友
『例えば』と『面倒』
友沢は弟妹の面倒をよくみるいいお兄ちゃんである。今も二人を寝かしつけて戻ってきたところだ。しかしたまにはもう少し気を許して、オレに頼ったりすればいいのだ。「友沢はしっかりしすぎ」「例えば?」食器を洗う友沢の首筋に唇を押し付けると赤い顔ではねのけられた。ほら、そういうところだよ
こういうときの友沢は少し面倒くさい。例えばスーパーの特売がある日、バイトが忙しい日、弟妹のために都合を空けなければならない日。そんなときはただ一言だけオレに言えばいいのに、それが出来ないのだ。やれやれと息をつきオレは友沢に告げる。オレは、お前のそういうところがたまらなく好きだよ。
『太陽』と『弁当』
たまにはこうやって公園で食べるのもいいもんだろ?弁当は早々に食べ終わったらしい、芝生に寝転がりながら言う。その笑顔がなんだか見ていられなくて、オレは黙って箸を動かした。青い空、白い雲、初夏を感じさせる風は心地良い。空を見上げると太陽はやっぱり眩しくて、オレはほんの少しだけ笑った。
『病』と『ペン』
「恋の病かもしれない」隣で勉強していたパワプロが蒼白な顔で言うので、友沢はペンをおいて教科書を閉じた。オレ、今日友沢のことばっか考えてるんだ。真剣な顔が面白く、気分の良くなった友沢は目の前の唇を掠めるように奪った。これで、今日だけじゃなくずっとオレのことを考えるようになるだろう
『愛』と『もし』
愛よりも金が欲しい。言うと、「友沢は馬鹿だなあ」と笑って再び引き寄せられた。何度も振り払った手なのに、それは相変わらず温かく友沢に触れた。もしこの手を取ってしまったら、もう戻れなくなるだろう。知らなかった頃には帰れない。帰り道など、とうの昔に忘れてしまったというのに。
▼進守
『そんな』と『答え』
「それが兄さんの答えなの?」差し向けたナイフは取り上げられ、今は僕の方に向けられていた。「あ…そんな…ボクは…」渇いた音が響く。「兄さん。やるならちゃんととどめを刺さなくちゃ。狙うならここだよ」兄の左胸に触れると、確かに脈打っていて温かかった。
▼友進
『吐息』と『恋』
恋の成就は友沢の頬をだらしなくさせるのに十分であった。視線が絡まり吐息が交わる。「そんな目で見ないで」友沢、と呼びかける彼こそ熱を孕んだ目でこちらを見るのだった。傍に寄る度香ったあの甘い匂い、今は自分の腕の中にある。頬の絆創膏に唇を寄せ、友沢は決意も新たに思いきり抱きしめた。
▼主神(主人公×神高)
『金額』と『月』
金額にしてひとつ105円、揃いのカップを割り捨てた恋人はいきなりオレを殴った。「せっかく一緒に買いに行ったのにどうして割るの」「気に入らないから」「どうして殴るの」「君が嫌いだから」じゃあ、どうして泣くの。隠れて嗚咽を漏らす彼を抱きしめ、オレは月並みな言葉でもう一度愛を告げた。
▼神進(神童×進)
『スカート』と『肌』
スカートを穿けば女の子になれるなんて思っていない。神童さんは僕の格好に目を白黒させている。その顔が愉快で、僕は裾を翻して彼に抱き着いた。いくら肌を合わせても埋められないものがある。それでも僕はいつもの通り知らないふりをして、愛しい神童さんに唇を寄せた。
こんなものを堂々と垂れ流していると思うと大変恐ろしいですね
ツイッター万歳!
激闘第一の配信が待ち遠しくて主友妄想に力が入ってましたね
配信の結果は、みなさまご存知の通りですけども!
140字に熱い思いをぶち込める
最近ツイッターで140字のお題というのを書いているのですが、それなりにたまってきたのでまとめました。
日替わりランダムに提示されるお題で、○○と××という言葉を使って140字以内でまとめましょう、みたいな感じのものです。
字数と言葉の縛りがいい感じに効いていて結構楽しいです
▼主守
『心』と『嫉妬』
天才猪狩守でも嫉妬はするらしい。クラスメイトとバッティングセンターに行った話をした途端、猪狩は黙り込んでしまったのだった。物言いたげな瞳、けれど本心が漏れることはない。今どき心と言葉が裏腹だなんて流行らないだろう。お前のその口で、とどめを刺せばいい。さあ閉幕だ。ここから始まる
『男子』と『そんな』
清く正しい日本男子たるもの、据え膳食わぬは男の恥である。柔らかな髪、桃色の頬、薄く開かれた唇からはかすかな寝息が漏れている。思わず指でなぞりあげていた。ごくりと喉が鳴る。そんな、まるで夢のような状況にも関わらずオレは今日も黙って手をひっこめるだけだ。猪狩、頼むから早く起きてくれよ
『髪』と『吐息』
風が猪狩の髪と花束を揺らしていった。「猪狩、結婚してほしい」真っ赤な薔薇は猪狩の好きな花だった。花びらが風に舞い、オレはもう一度同じ言葉を繰り返して猪狩の左手をとる。初めて交わされた吐息、猪狩は少し照れ臭そうにしながらいつもの台詞で返事をくれるのだった。HAPPY END!
『鋭い』と『投げる』
▽パワ高主
猪狩が投げる。オレが打つ。3年間続けられてきたこの勝負に、いよいよ決着を付けるときがきた。甲子園への切符は一枚、譲るわけにはいかない。マウンドの猪狩と鋭い視線が交わったが、二人とも笑っているのがおかしくてオレはヘルメットをかぶり直す振りをしてごまかした。さあ猪狩、勝負だ。
▽あかつき主
猪狩はいつだってチームの期待に応えてきた。マウンドで一人闘う猪狩の背を眺めながら、オレは振り返る。この回が終われば次はオレの打席だ。猪狩がこれだけやっているのに、今日のオレは3タコときたもんだ。猪狩が投げる。オレが打つ。そうやって今日まできたのだ。さあ見ててくれ。オレたちは勝つ。
(お題無視ごめんなさい)
『月』と『退屈』
月はまんまるだった。ボールが見えなくなるまで練習していたらこんな時間になってしまった。「キミといると、いい退屈しのぎになるよ」隣を歩く猪狩がいつものように言う。それが猪狩にとって最大の賛辞であることを知っていたので、今日も勝負に負けたオレは黙って猪狩の頭を小突くだけにしておいた。
▼主進
『ペン』と『風』
ペンを置いて、書き上げたばかりの便箋を取り上げた。青色のそれを丁寧に折り曲げて、出来上がったのは紙飛行機。窓を開けて空へ放つと、それは風に乗ってあっという間に見えなくなった。こんな気持ちは、どこか遠くへ飛んでいってしまえばいいのだ。僕はもう一枚便箋を取り出すと再びペンを走らせた。
『林檎』と『恋』
普段林檎を食べるとき、僕はわざわざ兎の形に切り揃えたりしない。食後のデザートを持っていくと、彼はひとしきりそれを褒めてから喜んで食べた。無意識に緩む顔。これが恋でなかったら、一体何が恋だというのだろう。シャリシャリと林檎を食べる音に混じって、僕はこっそり囁いた。
▼主友
『先生』と『白』
先生もクラスメイトも帰ってしまった教室には二人きりしかいなかった。黒板いっぱいに書き詰められた寄せ書きの言葉。もちろんオレも書いた。友沢は白いチョークで書かれたそれを眺めている。「ばかだな」珍しく笑み崩れた友沢はそれだけを言うと、ほんの少し泣いた。早咲きの桜だけがそれを見ていた。
▼進守
『弁当』と『だから』
思えば、高校を卒業するまでずっと昼は弟の作る弁当を食べていた。「母さんの料理が懐かしいなあ」隣のパワプロがそんなことを言うのでふと思い出してしまったのだ。「だからキミはいつまで経っても強くなれないんだよ」確かに美味しい寮食を食べながら、ボクは誰に言うでもなく一人呟いた。
▼鋼と進
『狡い』と『取り引き』
触れるのならマスクは外さない、触れないと約束するのならマスクを外しても良い。こんな狡い取り引きを持ち掛けさせるために、俺はこいつに告白をしたわけではない。知りたくなったし、触れたくなってしまったのだ。ただそれだけ、ある夏の日の、夕暮れ時のことである。
主守ばっかだね!お察しください!
字数の制限のせいで半角カタカナ使ってみたり、句読点を省略してみたり…
とっても楽しいのでお題はもっと流行ればいいと思います!
あの二人も書いてよーってのがあればお気軽にどうぞ♡
日替わりランダムに提示されるお題で、○○と××という言葉を使って140字以内でまとめましょう、みたいな感じのものです。
字数と言葉の縛りがいい感じに効いていて結構楽しいです
▼主守
『心』と『嫉妬』
天才猪狩守でも嫉妬はするらしい。クラスメイトとバッティングセンターに行った話をした途端、猪狩は黙り込んでしまったのだった。物言いたげな瞳、けれど本心が漏れることはない。今どき心と言葉が裏腹だなんて流行らないだろう。お前のその口で、とどめを刺せばいい。さあ閉幕だ。ここから始まる
『男子』と『そんな』
清く正しい日本男子たるもの、据え膳食わぬは男の恥である。柔らかな髪、桃色の頬、薄く開かれた唇からはかすかな寝息が漏れている。思わず指でなぞりあげていた。ごくりと喉が鳴る。そんな、まるで夢のような状況にも関わらずオレは今日も黙って手をひっこめるだけだ。猪狩、頼むから早く起きてくれよ
『髪』と『吐息』
風が猪狩の髪と花束を揺らしていった。「猪狩、結婚してほしい」真っ赤な薔薇は猪狩の好きな花だった。花びらが風に舞い、オレはもう一度同じ言葉を繰り返して猪狩の左手をとる。初めて交わされた吐息、猪狩は少し照れ臭そうにしながらいつもの台詞で返事をくれるのだった。HAPPY END!
『鋭い』と『投げる』
▽パワ高主
猪狩が投げる。オレが打つ。3年間続けられてきたこの勝負に、いよいよ決着を付けるときがきた。甲子園への切符は一枚、譲るわけにはいかない。マウンドの猪狩と鋭い視線が交わったが、二人とも笑っているのがおかしくてオレはヘルメットをかぶり直す振りをしてごまかした。さあ猪狩、勝負だ。
▽あかつき主
猪狩はいつだってチームの期待に応えてきた。マウンドで一人闘う猪狩の背を眺めながら、オレは振り返る。この回が終われば次はオレの打席だ。猪狩がこれだけやっているのに、今日のオレは3タコときたもんだ。猪狩が投げる。オレが打つ。そうやって今日まできたのだ。さあ見ててくれ。オレたちは勝つ。
(お題無視ごめんなさい)
『月』と『退屈』
月はまんまるだった。ボールが見えなくなるまで練習していたらこんな時間になってしまった。「キミといると、いい退屈しのぎになるよ」隣を歩く猪狩がいつものように言う。それが猪狩にとって最大の賛辞であることを知っていたので、今日も勝負に負けたオレは黙って猪狩の頭を小突くだけにしておいた。
▼主進
『ペン』と『風』
ペンを置いて、書き上げたばかりの便箋を取り上げた。青色のそれを丁寧に折り曲げて、出来上がったのは紙飛行機。窓を開けて空へ放つと、それは風に乗ってあっという間に見えなくなった。こんな気持ちは、どこか遠くへ飛んでいってしまえばいいのだ。僕はもう一枚便箋を取り出すと再びペンを走らせた。
『林檎』と『恋』
普段林檎を食べるとき、僕はわざわざ兎の形に切り揃えたりしない。食後のデザートを持っていくと、彼はひとしきりそれを褒めてから喜んで食べた。無意識に緩む顔。これが恋でなかったら、一体何が恋だというのだろう。シャリシャリと林檎を食べる音に混じって、僕はこっそり囁いた。
▼主友
『先生』と『白』
先生もクラスメイトも帰ってしまった教室には二人きりしかいなかった。黒板いっぱいに書き詰められた寄せ書きの言葉。もちろんオレも書いた。友沢は白いチョークで書かれたそれを眺めている。「ばかだな」珍しく笑み崩れた友沢はそれだけを言うと、ほんの少し泣いた。早咲きの桜だけがそれを見ていた。
▼進守
『弁当』と『だから』
思えば、高校を卒業するまでずっと昼は弟の作る弁当を食べていた。「母さんの料理が懐かしいなあ」隣のパワプロがそんなことを言うのでふと思い出してしまったのだ。「だからキミはいつまで経っても強くなれないんだよ」確かに美味しい寮食を食べながら、ボクは誰に言うでもなく一人呟いた。
▼鋼と進
『狡い』と『取り引き』
触れるのならマスクは外さない、触れないと約束するのならマスクを外しても良い。こんな狡い取り引きを持ち掛けさせるために、俺はこいつに告白をしたわけではない。知りたくなったし、触れたくなってしまったのだ。ただそれだけ、ある夏の日の、夕暮れ時のことである。
主守ばっかだね!お察しください!
字数の制限のせいで半角カタカナ使ってみたり、句読点を省略してみたり…
とっても楽しいのでお題はもっと流行ればいいと思います!
あの二人も書いてよーってのがあればお気軽にどうぞ♡
未来永劫
友猪
あなたは猪狩守の弱点を知っているか。唐突な質問に、眉を顰める人も少なくはないだろう。
猪狩といえば猪狩カイザースのオーナーの息子であり、球界を代表するエースピッチャーである。高慢ともとれる態度で次々と生意気な言動を繰り返す猪狩はいつでも自信満々で挑発的、しかしながらその実力は折り紙つきであった。テーブルの上の食器を流しへ運びながら友沢は考える。
「おい、友沢」
猪狩はソファにゆったりと腰掛けて食後のデザートを楽しんでいる。猪狩の手の中にあるのは牛乳プリンだ。作ったのは友沢である。牛乳もプリンも猪狩の好物であった。プリンを口に運びながら猪狩は言う。
「今日はシャワーじゃなくて湯船につかりたい気分だから、湯を張っておいてくれるかい」
そう言う猪狩がソファから立ち上がる気配はまるでない。風呂はもう洗ってあるのだから、湯を張りたければそこの壁にあるスイッチを押すだけでいいのだ。もちろん風呂を洗ったのは友沢である。友沢は何も言わずに洗い物をしていた手を一旦休めて風呂のスイッチを入れた。振り返ると猪狩はプリンを食べ終わってテレビを見ていた。
友沢は考える。猪狩は口うるさいし、その唇から零れ落ちるのはたいてい小生意気な発言ばかりである。共に暮らし始めた当初は、猪狩の尊大ともいえる言動にいちいち突っかかって衝突していた友沢であったが、今ではすっかり慣れっこになってしまった。なにより友沢は猪狩の弱点をすっかり見抜いてしまっていたので、そうと分かれば猪狩のわがままなどたいしたこともなく、いっそ可愛げすら感じるのであった。
友沢、今日は煮物の味付けが少し濃いんじゃないのかい。次からはもう少し塩分控えめで頼むよ。
友沢、掃除をするのはいいが家具の配置をいじるならボクにも一言いってくれ。突然物の場所が変わっていると困るんでね。
友沢、キミ柔軟剤を勝手に変えただろう?ボクの好みの匂いじゃないので前のものに戻してくれ。
日々繰り出される猪狩の発言を思い出しながら、まるで小姑のようだと友沢はだんだんおかしくなってきた。それが顔に出ていたのか、洗った皿を食器棚に片付けてリビングへ戻ると、猪狩に不審そうな目で見られてしまった。
「なんだい、今日は随分と機嫌が良さそうだね」
「べつに、そんなことないですよ。プリン、どうでしたか」
「ああ、おいしかったよ」
答える猪狩の唇に、友沢は覆いかぶさるようにして口付けた。ほんの一瞬触れるだけのキスに猪狩は機嫌が良いわけでも悪いわけでもなさそうな声色で「いきなりなにするんだ」と漏らした。
構わずに友沢はもう一度唇を寄せ、腕の中に猪狩を閉じ込めてきつく抱く。ぎゅうぎゅうと抱きしめながら友沢は猪狩の唇を堪能することに夢中である。舌を差し入れる頃には猪狩の方もすっかりと大人しくなってしまい、上気した頬をほんのりと染め上げながら友沢の視線から逃れるように顔をそむけた。そんな猪狩に友沢は構うことなくシャツのボタンを外しながらソファへと二人沈んでいった。
「キミはどうしていつもそう唐突なんだい…」
「さあね。あんたのせいじゃないんですか」
適当に答えながら友沢はご機嫌である。その様子に猪狩の方もまんざらではないようで、フンを鼻を鳴らすと友沢からの口付けを静かに受け入れた。半分だけボタンの外されたシャツに手を差し入れながら友沢は考える。
「猪狩さん」
ピクリと反応して、猪狩はねだるような眼差しで友沢を見る。しかし、本人にはそのような気はこれっぽっちもないのである。猪狩のこういった顔はすべて無意識であることを友沢はよく知っていた。耳の中へ直接囁きかけるように、友沢はもう一度猪狩の名を呼ぶ。
猪狩守の弱点。そろそろお分かりいただけただろうか。
キス?ハグ?セックス?違う、猪狩の弱点とは…
「友沢」
焦らすな、猪狩の目はそのように語っていた。べつに焦らしてるつもりはないんですけどね、そんなことを嬉々として答えながら友沢は猪狩の首筋へ舌を這わせた。軽く吸い付くと簡単に赤い跡がついて、友沢は満足そうに目を細める。
「猪狩さん。オレのこと好きですか?」
猪狩は答えない。いつものことである。いつもと変わらぬ様子にやれやれと嘆息した友沢は唐突に立ち上がって猪狩を抱き上げた。猪狩は驚いたように抗議の声を上げたが、友沢は構うことなく軽々と猪狩を抱きかかえたまま寝室の扉を開けた。
「おい、なにするんだ」
「今日は朝までするつもりなんで」
カア、と顔を赤くした猪狩はそこいらの少女のようにウブな様子で口ごもって俯いた。このように触れ合うのは久々で、口にすることはないが猪狩だってずっと望んでいたのだろう。いつものような小言は、今日はもう飛んでこない。
抱いた猪狩の額に一度だけ口付けて、友沢はベッドの上にそっと猪狩を下した。それにのしかかるように友沢もベッドに乗り上げ、上質なベッドが深く沈み込む。
「友沢」
呼ばれた友沢はおおせのままに猪狩へと唇を寄せ、かしずくように恭しく口付けた。
これが猪狩の弱点。もうお分かりいただけたであろう。猪狩守の弱点とは、友沢亮自身である。
このことを、いつかは世間にも広く知ってもらいたいなあと考えている友沢であったが、いまはまだ、友沢と猪狩ふたりだけの秘密である。
―――――――
718に捧げます
あなたは猪狩守の弱点を知っているか。唐突な質問に、眉を顰める人も少なくはないだろう。
猪狩といえば猪狩カイザースのオーナーの息子であり、球界を代表するエースピッチャーである。高慢ともとれる態度で次々と生意気な言動を繰り返す猪狩はいつでも自信満々で挑発的、しかしながらその実力は折り紙つきであった。テーブルの上の食器を流しへ運びながら友沢は考える。
「おい、友沢」
猪狩はソファにゆったりと腰掛けて食後のデザートを楽しんでいる。猪狩の手の中にあるのは牛乳プリンだ。作ったのは友沢である。牛乳もプリンも猪狩の好物であった。プリンを口に運びながら猪狩は言う。
「今日はシャワーじゃなくて湯船につかりたい気分だから、湯を張っておいてくれるかい」
そう言う猪狩がソファから立ち上がる気配はまるでない。風呂はもう洗ってあるのだから、湯を張りたければそこの壁にあるスイッチを押すだけでいいのだ。もちろん風呂を洗ったのは友沢である。友沢は何も言わずに洗い物をしていた手を一旦休めて風呂のスイッチを入れた。振り返ると猪狩はプリンを食べ終わってテレビを見ていた。
友沢は考える。猪狩は口うるさいし、その唇から零れ落ちるのはたいてい小生意気な発言ばかりである。共に暮らし始めた当初は、猪狩の尊大ともいえる言動にいちいち突っかかって衝突していた友沢であったが、今ではすっかり慣れっこになってしまった。なにより友沢は猪狩の弱点をすっかり見抜いてしまっていたので、そうと分かれば猪狩のわがままなどたいしたこともなく、いっそ可愛げすら感じるのであった。
友沢、今日は煮物の味付けが少し濃いんじゃないのかい。次からはもう少し塩分控えめで頼むよ。
友沢、掃除をするのはいいが家具の配置をいじるならボクにも一言いってくれ。突然物の場所が変わっていると困るんでね。
友沢、キミ柔軟剤を勝手に変えただろう?ボクの好みの匂いじゃないので前のものに戻してくれ。
日々繰り出される猪狩の発言を思い出しながら、まるで小姑のようだと友沢はだんだんおかしくなってきた。それが顔に出ていたのか、洗った皿を食器棚に片付けてリビングへ戻ると、猪狩に不審そうな目で見られてしまった。
「なんだい、今日は随分と機嫌が良さそうだね」
「べつに、そんなことないですよ。プリン、どうでしたか」
「ああ、おいしかったよ」
答える猪狩の唇に、友沢は覆いかぶさるようにして口付けた。ほんの一瞬触れるだけのキスに猪狩は機嫌が良いわけでも悪いわけでもなさそうな声色で「いきなりなにするんだ」と漏らした。
構わずに友沢はもう一度唇を寄せ、腕の中に猪狩を閉じ込めてきつく抱く。ぎゅうぎゅうと抱きしめながら友沢は猪狩の唇を堪能することに夢中である。舌を差し入れる頃には猪狩の方もすっかりと大人しくなってしまい、上気した頬をほんのりと染め上げながら友沢の視線から逃れるように顔をそむけた。そんな猪狩に友沢は構うことなくシャツのボタンを外しながらソファへと二人沈んでいった。
「キミはどうしていつもそう唐突なんだい…」
「さあね。あんたのせいじゃないんですか」
適当に答えながら友沢はご機嫌である。その様子に猪狩の方もまんざらではないようで、フンを鼻を鳴らすと友沢からの口付けを静かに受け入れた。半分だけボタンの外されたシャツに手を差し入れながら友沢は考える。
「猪狩さん」
ピクリと反応して、猪狩はねだるような眼差しで友沢を見る。しかし、本人にはそのような気はこれっぽっちもないのである。猪狩のこういった顔はすべて無意識であることを友沢はよく知っていた。耳の中へ直接囁きかけるように、友沢はもう一度猪狩の名を呼ぶ。
猪狩守の弱点。そろそろお分かりいただけただろうか。
キス?ハグ?セックス?違う、猪狩の弱点とは…
「友沢」
焦らすな、猪狩の目はそのように語っていた。べつに焦らしてるつもりはないんですけどね、そんなことを嬉々として答えながら友沢は猪狩の首筋へ舌を這わせた。軽く吸い付くと簡単に赤い跡がついて、友沢は満足そうに目を細める。
「猪狩さん。オレのこと好きですか?」
猪狩は答えない。いつものことである。いつもと変わらぬ様子にやれやれと嘆息した友沢は唐突に立ち上がって猪狩を抱き上げた。猪狩は驚いたように抗議の声を上げたが、友沢は構うことなく軽々と猪狩を抱きかかえたまま寝室の扉を開けた。
「おい、なにするんだ」
「今日は朝までするつもりなんで」
カア、と顔を赤くした猪狩はそこいらの少女のようにウブな様子で口ごもって俯いた。このように触れ合うのは久々で、口にすることはないが猪狩だってずっと望んでいたのだろう。いつものような小言は、今日はもう飛んでこない。
抱いた猪狩の額に一度だけ口付けて、友沢はベッドの上にそっと猪狩を下した。それにのしかかるように友沢もベッドに乗り上げ、上質なベッドが深く沈み込む。
「友沢」
呼ばれた友沢はおおせのままに猪狩へと唇を寄せ、かしずくように恭しく口付けた。
これが猪狩の弱点。もうお分かりいただけたであろう。猪狩守の弱点とは、友沢亮自身である。
このことを、いつかは世間にも広く知ってもらいたいなあと考えている友沢であったが、いまはまだ、友沢と猪狩ふたりだけの秘密である。
―――――――
718に捧げます
泳ぎ方は知らないけど
友猪
猪狩守は水族館が好きらしい。ということを友沢が知ったのはつい先日のことである。
さらに、ペンギンが大のお気に入りらしいということに気が付いたのはほんの30分前の話である。
そのようなことをなぜ友沢が知り得たかというと、現在友沢と猪狩は二人で水族館へ来ており、そしてこの30分猪狩がペンギンの水槽前から全く動こうとしないためである。
正直に言えば、友沢は目の前のペンギンに対してとっくに飽きていた。初めのうちこそそれなりに真剣に眺めていたが(隣の猪狩があまりに嬉しそうに見ているのでどんなものかと思ったのだ)、5分もすれば飽きがきた。だってそりゃそうだ、ペンギンときたらべつに何か特別なことをするというわけではないんだもの。
後ろで突っ立っているやつだとか水中を泳いでいるやつ、よちよちと歩いているやつ、確かにかわいいとは思うが、5分も見れば十分である。
なにより友沢は、この人混みに参っていた。日曜の水族館というのは、こんなにも混むものなのか。チケットを買うだけで数十分も待たされ、友沢の予想では隣の猪狩が真っ先に文句を垂れるはずだった。
端的に言えば、猪狩はわがままである。よく言えば自分の欲求に正直であるし、わるく言えば自分中心にしか物事を考えない。そんな猪狩であるので、この人混みを見た瞬間に友沢は猪狩が帰ると言い出さないかと考えていた。
「ちょっと待ってくださいよ、あんたが来たいって言ったんでしょ」いつものようにたしなめ、ぶちぶちと文句を言う猪狩を引き連れて歩く水族館、というのが友沢の描いたシナリオだった。しかし、友沢の予想は大きく外れた。
チケット売り場の列で待っている猪狩は、文句を言うどころか「こんなに混んでいるなんてすごいな」と言って目を輝かせていたのだ。待ちきれないのか、そわそわと辺りを見回しては嬉しそうにしている。
その証拠に、「ほら、友沢、イルカショー」などと言って始終友沢をせっつくのだ。猪狩が指さしたポスターを眺めながら、こんなに喜ぶのならもっと早くに来ていれば良かったなあと友沢は少しだけ反省した。
よくよく考えてみれば、このようないかにも普通の「デート」らしいデートと言えばこれが初めてではないのか。握りこんだ掌が急に熱を持つ。そうか、これはデートなのか。
きっかけは、猪狩の誕生日であった。自分の誕生日を盛大に祝ってもらってしまったという経緯があった友沢は、一応感謝の意も込めて「何か欲しいものありますか」と分かりやすく尋ねた。
余談ではあるけれども、猪狩が用意した誕生祝いとは友沢の常識を吹き飛ばすのに十分たるものだった。貸切だよと言って招待されたそこにはやたらとでかい船があり、何も聞かされずに連れて来られた友沢はぽかんとしながら、「ワンナイトクルーズさ」と言って笑う猪狩の顔を眺めていた。
予期せぬことであったし、猪狩に誕生祝いをしてもらえると思わなかった友沢は素直に浮かれたが、いま思い返せば、あれはただ猪狩が貸切のクルージングをしたかっただけに違いない。そうだとしても、友沢には十分すぎるほど嬉しい出来事であった。
そういうわけで祝ってもらった夏からあっという間に時間は流れ、季節は冬である。まもなく猪狩の誕生日だということで、友沢は思い切って本人に欲しいものを尋ねた。自分には猪狩ほどの財力などとてもなかったし、なにをすれば猪狩が喜ぶのか友沢はいまいちよく分からなかった。なにより、気に入らないものをやったところで喜ばないだろう。とにかく自分に正直な人なのだ、この人は。
「猪狩さん、もうすぐ誕生日ですね」
「そういえば、そうだな。よく覚えていたね」
「猪狩さんの誕生日、覚えやすいですから。それに、あんただってオレの誕生日覚えてたでしょ。何か欲しいものありますか?」
まどろっこしいのはきらいである。友沢は直球勝負で尋ねた。そんなの自分で考えるんだね、と一蹴されるのも覚悟していたが、意外にも猪狩は考えるそぶりをみせた。どうやら欲しいものがあるようである。何が欲しいのか、何をして欲しいのか、友沢にはさっぱり見当もつかない。少しだけわくわくしながら待つと、猪狩にしては珍しく、ごにょごにょと言葉を濁しながら言った。
「水族館に、行きたい、な」
「水族館?」
全く予期していなかった返答に、友沢は自分でもびっくりするほど素っ頓狂な声を出してしまった。だって、どうして、いきなり水族館になるのだろう。猪狩と水族館の組み合わせ、誕生日に水族館をねだる意味が友沢にはさっぱり分からなかった。
「あんた、水族館に行きたいんですか。魚、好きなんですか?」
我ながら変なことを言っているなあと思いながら友沢は尋ねた。今まで猪狩に魚を愛でるような趣味があっただろうか。そこまで考えて、そういえば自分たちの間には野球ばかりであるなと、友沢は思う。野球以外に猪狩が何に興味があるのか、そういえばほとんど知らない。訝しげな顔をしている友沢に、猪狩はもごもごと続ける。
「昔、進と一緒に行ったことがあるんだ」
もう随分と前の話だけどね、面映ゆい様子で、それでも確かに嬉しそうな顔で猪狩は言った。友沢が黙ったままなので、猪狩は言い訳めいた口調でなぜ水族館なのかと話し続けている。
猪狩の話によると、この前テレビでどこかの水族館の特集をしていたらしい。そんなものを猪狩がいつ見ていたのかそれ自体友沢には不思議であったが、要約するとつまり、昔弟と行ったきりの水族館が懐かしくなったということである。
正直に言えば、友沢としては「またか」という思いであった。猪狩自身は否定するが、友沢は彼のことを重度のブラコンだと思っている。自分にも弟と妹が一人ずついるのでかわいいという気持ちはもちろん分かるが、猪狩はまさしくブラザーコンプレックスのそれであった。本人の自覚がない分たちが悪いとも思っている。
普段はなんともない顔をしているが、ひとたび弟の話が始まるとさも自分の自慢話のように長々と話し出すのだ。同じチームメイトであるので見ていれば分かるし聞かなくても知っているのだが、弟の話をして機嫌良さそうにしている猪狩を友沢は遮ることができなかった。
弟の方はどうやらそれをよく思っていないようだと感じていた友沢には、余計に猪狩の態度を持て余すこととなっている。進の方とは特別親しくしているわけではなかったが、そんなのは見ていれば分かる。なんと言ったってチームメイトなのだ。
この前猪狩から聞いた話を友沢は何度も自分の中で反芻していた。一人暮らしをしている進のもとへ訪れた猪狩が、挨拶もそこそこにすぐに追い出されてしまったという話である。
僕は僕でやっていますから、大丈夫です。
そのように言って進は猪狩を早々に帰してしまったそうである。友沢としては、猪狩がわざわざいらぬことを言ったか、そもそも訪ねる頻度が多すぎるのかその辺りに要因があると思っているが、帰ってきた猪狩は分かりやすく落ち込んでいた。
べつに、ボクは気にしてないけどね。そう言いながらシュウマイの上に乗っかっているグリンピースを箸でつついた猪狩は明らかにめちゃくちゃ気にしていたし、ショックを受けている様子だった。夕飯の支度を終えて共に席についた友沢は白飯をかきこみながら考える。食事の支度をするのはいつだって友沢だったし、猪狩はいつも出されたそれを食べるだけであった。
「友沢、行こう」
「もういいんですか」
自らの思考に沈んでいた友沢は、急に声を掛けられて驚いた。さっきまでペンギンに向けられていたはずの視線は今、真っ直ぐと友沢へと向けられている。
「だってキミ、全然見てないだろ」
「見てますよ」
「嘘つくな。さっきのイルカショーのときだってずっとぼんやりしてただろ」
ぼんやりなんてしていない。オレはショーを見てるあんたを見てたんだ。もちろんそんなことを言えるはずもなく、友沢はいつものポーカーフェイスでやり過ごした。
ぐい、と乱暴に袖口を掴んだ猪狩が言う。
「結構疲れたしね。もう帰る」
こちらの声など全く耳も貸さず、ぐいぐいと歩みを進める猪狩を追いかけるので友沢は必死である。伸ばした手は人混みに遮られ猪狩には届かない。ようやく追いついた時には、そこはもう出口であった。猪狩は今にも出て行こうとしている。思わず、その手を掴んでいた。
びっくりしたように猪狩は友沢を見つめたが、気にせずに口を開く。どさくさまぎれに、掴んだ猪狩の掌ごとパーカーのポケットに突っこんでやった。
「おい友沢!人が見てる」
「人混みに紛れて分かんないですよ」
そのまま猪狩を引っ張るように歩き出して、友沢はずんずんと進んでいく。目当ての先には土産物の店がある。落ち着かない様子でまごまごしている猪狩をよそに、友沢は綺麗な細工がしてあるイルカの置物だとかしゃらしゃらと揺れるキーホルダーの束を眺めた。翔太と朋恵の土産に買っていったら、きっと喜ぶだろう。
「オレこれ買ってくるんで、猪狩さんはあそこで待っててください」
手を離すと、猪狩はこれ幸いにと友沢から距離をとって幼い仕草で顎を引いた。心底ホッとしているその様子は若干心外ですらある。そんなにオレと手を繋ぐのが嫌なんですかと子供じみた小言のひとつやふたつは漏れてしまいそうだ。もちろん、猪狩がそのような態度をとる理由は分かっているし、そんなことを言うほど友沢は子供ではない。
猪狩が背を向けたのを確認してから、友沢は目当ての土産と手元のそれを一緒に取って会計へと向かった。
「お待たせしました」
「なにを買ったんだい」
「翔太と朋恵にちょっと土産を」
「ふうん」
「あんたには、こっち」
ふたつある袋のうちひとつを猪狩の手に握らせた。首をかしげながらも、猪狩は早速袋の中からそれを取り出す。中から出てきたのはぬいぐるみだった。
「なんだい、これ」
「見れば分かるでしょ、ペンギンのぬいぐるみです」
「これをボクに?」
「だって、あんたペンギン好きでしょ」
べつに好きじゃないよ、などとのたまっているが、嬉しそうな様子は隠しきれないようで、猪狩はペンギンを掴みながらにこにこと笑った。土産物屋に入ったときから猪狩がこのぬいぐるみをちらちらと見ていること、友沢にはとっくにお見通しだった。
「でも、ふたつもあるよ。結局キミも好きなんじゃないか」
「オレの分じゃないです」
「じゃあ、誰のだい」
「進さんの分です」
猪狩はきょとんとしたまま友沢を見つめている。青く大きな瞳がくりくりと瞬いていた。これはいつ見てもきれいであると、友沢は常々思っている。透明感のある深いブルーは精一杯疑問の色をにじませていた。
「進さんもあんたと一緒でぬいぐるみとか好きそうじゃないですか」
「……」
「お土産だって言って渡して、今度はまた進さんと来たらいいですよ」
「友沢」
ぐ、と握りしめられたペンギンがへこんで、ぴいと鳴いた。思わず二人顔を見合わせる。もう一度猪狩がペンギンの腹を押すと、確かに声が鳴った。何度も何度も猪狩はペンギンを押したりひっこめたりを繰り返して、そのたびにぴいぴいとかわいらしい声でペンギンが鳴く。
「ペンギンの鳴き声ってこんなでしたっけ?」
「さあね」
笑った猪狩がかわいらしかったので、友沢は猪狩の手からペンギンを取り上げて腹を押してみた。ぴい。一度だけ鳴らして猪狩へと返す。
嬉しそうにペンギンを抱く猪狩がとてもかわいかったので、なんと言われても今日は手を繋いで帰ろうと友沢は一人で勝手に決めたのだった。
―――――――――――
らぶらぶですね
たまにはこういう二人もいいと思います
猪狩守は水族館が好きらしい。ということを友沢が知ったのはつい先日のことである。
さらに、ペンギンが大のお気に入りらしいということに気が付いたのはほんの30分前の話である。
そのようなことをなぜ友沢が知り得たかというと、現在友沢と猪狩は二人で水族館へ来ており、そしてこの30分猪狩がペンギンの水槽前から全く動こうとしないためである。
正直に言えば、友沢は目の前のペンギンに対してとっくに飽きていた。初めのうちこそそれなりに真剣に眺めていたが(隣の猪狩があまりに嬉しそうに見ているのでどんなものかと思ったのだ)、5分もすれば飽きがきた。だってそりゃそうだ、ペンギンときたらべつに何か特別なことをするというわけではないんだもの。
後ろで突っ立っているやつだとか水中を泳いでいるやつ、よちよちと歩いているやつ、確かにかわいいとは思うが、5分も見れば十分である。
なにより友沢は、この人混みに参っていた。日曜の水族館というのは、こんなにも混むものなのか。チケットを買うだけで数十分も待たされ、友沢の予想では隣の猪狩が真っ先に文句を垂れるはずだった。
端的に言えば、猪狩はわがままである。よく言えば自分の欲求に正直であるし、わるく言えば自分中心にしか物事を考えない。そんな猪狩であるので、この人混みを見た瞬間に友沢は猪狩が帰ると言い出さないかと考えていた。
「ちょっと待ってくださいよ、あんたが来たいって言ったんでしょ」いつものようにたしなめ、ぶちぶちと文句を言う猪狩を引き連れて歩く水族館、というのが友沢の描いたシナリオだった。しかし、友沢の予想は大きく外れた。
チケット売り場の列で待っている猪狩は、文句を言うどころか「こんなに混んでいるなんてすごいな」と言って目を輝かせていたのだ。待ちきれないのか、そわそわと辺りを見回しては嬉しそうにしている。
その証拠に、「ほら、友沢、イルカショー」などと言って始終友沢をせっつくのだ。猪狩が指さしたポスターを眺めながら、こんなに喜ぶのならもっと早くに来ていれば良かったなあと友沢は少しだけ反省した。
よくよく考えてみれば、このようないかにも普通の「デート」らしいデートと言えばこれが初めてではないのか。握りこんだ掌が急に熱を持つ。そうか、これはデートなのか。
きっかけは、猪狩の誕生日であった。自分の誕生日を盛大に祝ってもらってしまったという経緯があった友沢は、一応感謝の意も込めて「何か欲しいものありますか」と分かりやすく尋ねた。
余談ではあるけれども、猪狩が用意した誕生祝いとは友沢の常識を吹き飛ばすのに十分たるものだった。貸切だよと言って招待されたそこにはやたらとでかい船があり、何も聞かされずに連れて来られた友沢はぽかんとしながら、「ワンナイトクルーズさ」と言って笑う猪狩の顔を眺めていた。
予期せぬことであったし、猪狩に誕生祝いをしてもらえると思わなかった友沢は素直に浮かれたが、いま思い返せば、あれはただ猪狩が貸切のクルージングをしたかっただけに違いない。そうだとしても、友沢には十分すぎるほど嬉しい出来事であった。
そういうわけで祝ってもらった夏からあっという間に時間は流れ、季節は冬である。まもなく猪狩の誕生日だということで、友沢は思い切って本人に欲しいものを尋ねた。自分には猪狩ほどの財力などとてもなかったし、なにをすれば猪狩が喜ぶのか友沢はいまいちよく分からなかった。なにより、気に入らないものをやったところで喜ばないだろう。とにかく自分に正直な人なのだ、この人は。
「猪狩さん、もうすぐ誕生日ですね」
「そういえば、そうだな。よく覚えていたね」
「猪狩さんの誕生日、覚えやすいですから。それに、あんただってオレの誕生日覚えてたでしょ。何か欲しいものありますか?」
まどろっこしいのはきらいである。友沢は直球勝負で尋ねた。そんなの自分で考えるんだね、と一蹴されるのも覚悟していたが、意外にも猪狩は考えるそぶりをみせた。どうやら欲しいものがあるようである。何が欲しいのか、何をして欲しいのか、友沢にはさっぱり見当もつかない。少しだけわくわくしながら待つと、猪狩にしては珍しく、ごにょごにょと言葉を濁しながら言った。
「水族館に、行きたい、な」
「水族館?」
全く予期していなかった返答に、友沢は自分でもびっくりするほど素っ頓狂な声を出してしまった。だって、どうして、いきなり水族館になるのだろう。猪狩と水族館の組み合わせ、誕生日に水族館をねだる意味が友沢にはさっぱり分からなかった。
「あんた、水族館に行きたいんですか。魚、好きなんですか?」
我ながら変なことを言っているなあと思いながら友沢は尋ねた。今まで猪狩に魚を愛でるような趣味があっただろうか。そこまで考えて、そういえば自分たちの間には野球ばかりであるなと、友沢は思う。野球以外に猪狩が何に興味があるのか、そういえばほとんど知らない。訝しげな顔をしている友沢に、猪狩はもごもごと続ける。
「昔、進と一緒に行ったことがあるんだ」
もう随分と前の話だけどね、面映ゆい様子で、それでも確かに嬉しそうな顔で猪狩は言った。友沢が黙ったままなので、猪狩は言い訳めいた口調でなぜ水族館なのかと話し続けている。
猪狩の話によると、この前テレビでどこかの水族館の特集をしていたらしい。そんなものを猪狩がいつ見ていたのかそれ自体友沢には不思議であったが、要約するとつまり、昔弟と行ったきりの水族館が懐かしくなったということである。
正直に言えば、友沢としては「またか」という思いであった。猪狩自身は否定するが、友沢は彼のことを重度のブラコンだと思っている。自分にも弟と妹が一人ずついるのでかわいいという気持ちはもちろん分かるが、猪狩はまさしくブラザーコンプレックスのそれであった。本人の自覚がない分たちが悪いとも思っている。
普段はなんともない顔をしているが、ひとたび弟の話が始まるとさも自分の自慢話のように長々と話し出すのだ。同じチームメイトであるので見ていれば分かるし聞かなくても知っているのだが、弟の話をして機嫌良さそうにしている猪狩を友沢は遮ることができなかった。
弟の方はどうやらそれをよく思っていないようだと感じていた友沢には、余計に猪狩の態度を持て余すこととなっている。進の方とは特別親しくしているわけではなかったが、そんなのは見ていれば分かる。なんと言ったってチームメイトなのだ。
この前猪狩から聞いた話を友沢は何度も自分の中で反芻していた。一人暮らしをしている進のもとへ訪れた猪狩が、挨拶もそこそこにすぐに追い出されてしまったという話である。
僕は僕でやっていますから、大丈夫です。
そのように言って進は猪狩を早々に帰してしまったそうである。友沢としては、猪狩がわざわざいらぬことを言ったか、そもそも訪ねる頻度が多すぎるのかその辺りに要因があると思っているが、帰ってきた猪狩は分かりやすく落ち込んでいた。
べつに、ボクは気にしてないけどね。そう言いながらシュウマイの上に乗っかっているグリンピースを箸でつついた猪狩は明らかにめちゃくちゃ気にしていたし、ショックを受けている様子だった。夕飯の支度を終えて共に席についた友沢は白飯をかきこみながら考える。食事の支度をするのはいつだって友沢だったし、猪狩はいつも出されたそれを食べるだけであった。
「友沢、行こう」
「もういいんですか」
自らの思考に沈んでいた友沢は、急に声を掛けられて驚いた。さっきまでペンギンに向けられていたはずの視線は今、真っ直ぐと友沢へと向けられている。
「だってキミ、全然見てないだろ」
「見てますよ」
「嘘つくな。さっきのイルカショーのときだってずっとぼんやりしてただろ」
ぼんやりなんてしていない。オレはショーを見てるあんたを見てたんだ。もちろんそんなことを言えるはずもなく、友沢はいつものポーカーフェイスでやり過ごした。
ぐい、と乱暴に袖口を掴んだ猪狩が言う。
「結構疲れたしね。もう帰る」
こちらの声など全く耳も貸さず、ぐいぐいと歩みを進める猪狩を追いかけるので友沢は必死である。伸ばした手は人混みに遮られ猪狩には届かない。ようやく追いついた時には、そこはもう出口であった。猪狩は今にも出て行こうとしている。思わず、その手を掴んでいた。
びっくりしたように猪狩は友沢を見つめたが、気にせずに口を開く。どさくさまぎれに、掴んだ猪狩の掌ごとパーカーのポケットに突っこんでやった。
「おい友沢!人が見てる」
「人混みに紛れて分かんないですよ」
そのまま猪狩を引っ張るように歩き出して、友沢はずんずんと進んでいく。目当ての先には土産物の店がある。落ち着かない様子でまごまごしている猪狩をよそに、友沢は綺麗な細工がしてあるイルカの置物だとかしゃらしゃらと揺れるキーホルダーの束を眺めた。翔太と朋恵の土産に買っていったら、きっと喜ぶだろう。
「オレこれ買ってくるんで、猪狩さんはあそこで待っててください」
手を離すと、猪狩はこれ幸いにと友沢から距離をとって幼い仕草で顎を引いた。心底ホッとしているその様子は若干心外ですらある。そんなにオレと手を繋ぐのが嫌なんですかと子供じみた小言のひとつやふたつは漏れてしまいそうだ。もちろん、猪狩がそのような態度をとる理由は分かっているし、そんなことを言うほど友沢は子供ではない。
猪狩が背を向けたのを確認してから、友沢は目当ての土産と手元のそれを一緒に取って会計へと向かった。
「お待たせしました」
「なにを買ったんだい」
「翔太と朋恵にちょっと土産を」
「ふうん」
「あんたには、こっち」
ふたつある袋のうちひとつを猪狩の手に握らせた。首をかしげながらも、猪狩は早速袋の中からそれを取り出す。中から出てきたのはぬいぐるみだった。
「なんだい、これ」
「見れば分かるでしょ、ペンギンのぬいぐるみです」
「これをボクに?」
「だって、あんたペンギン好きでしょ」
べつに好きじゃないよ、などとのたまっているが、嬉しそうな様子は隠しきれないようで、猪狩はペンギンを掴みながらにこにこと笑った。土産物屋に入ったときから猪狩がこのぬいぐるみをちらちらと見ていること、友沢にはとっくにお見通しだった。
「でも、ふたつもあるよ。結局キミも好きなんじゃないか」
「オレの分じゃないです」
「じゃあ、誰のだい」
「進さんの分です」
猪狩はきょとんとしたまま友沢を見つめている。青く大きな瞳がくりくりと瞬いていた。これはいつ見てもきれいであると、友沢は常々思っている。透明感のある深いブルーは精一杯疑問の色をにじませていた。
「進さんもあんたと一緒でぬいぐるみとか好きそうじゃないですか」
「……」
「お土産だって言って渡して、今度はまた進さんと来たらいいですよ」
「友沢」
ぐ、と握りしめられたペンギンがへこんで、ぴいと鳴いた。思わず二人顔を見合わせる。もう一度猪狩がペンギンの腹を押すと、確かに声が鳴った。何度も何度も猪狩はペンギンを押したりひっこめたりを繰り返して、そのたびにぴいぴいとかわいらしい声でペンギンが鳴く。
「ペンギンの鳴き声ってこんなでしたっけ?」
「さあね」
笑った猪狩がかわいらしかったので、友沢は猪狩の手からペンギンを取り上げて腹を押してみた。ぴい。一度だけ鳴らして猪狩へと返す。
嬉しそうにペンギンを抱く猪狩がとてもかわいかったので、なんと言われても今日は手を繋いで帰ろうと友沢は一人で勝手に決めたのだった。
―――――――――――
らぶらぶですね
たまにはこういう二人もいいと思います
ひとつの結末
ポケ7/ スポーツドクター進と高校生の主人公
キャッチボールしませんか?
おそらく断られるだろうと思って言ってみたのだが、意外なことにも返事はオーケーだった。たまにはいいかもね、笑った猪狩さんはなんだかいつもより楽しそうに見えた。
「だけどボク、グラブもなにも持ってないけど」
「あ、もちろんオレの貸しますから」
野球道具が一式入っている鞄をごそごそと漁る。部員のみんなには野球バカだと言ってからかわれるのだが、オレはどこでもキャッチボールができるようにいつもグラブを2つ持ち歩いているのだった。もちろん今日だって例外ではない。
言うと、猪狩さんは目をくりくりさせた後にくすりと笑った。キミは本当に野球が好きなんだね。
柔らかい日差しが心地良い午後のひととき。特に目的もなく住宅街をぶらぶらと歩いていたところ、また猪狩さんと出くわしたのだった。猪狩さんとここでばったり出会うのもこれで何度目かになる。この辺りに何か用事でもあるのだろうか。挨拶もそこそこに身体の調子を尋ねてくる様子は相変わらずで、いつもと変わらぬ仕事熱心ぶりにオレは笑った。
だって、この前なんて会って早々いきなり上着を脱がされたのだ。あれには面を食らったが、どうやら彼は夢中になると周りが見えなくなることもしばしばらしかった。
「キャッチボール、どこでやります?」
「そうだな…ここからなら河原が近いんじゃないか?」
意外なことに結構乗り気らしい猪狩さんは自分から提案すると、先頭を切って歩き出した。大人しく彼に従って後ろをついていく。ひょろりとしていて細身だが、猪狩さんは結構背が高い。自分よりも少し高い位置にある頭を眺めながら、オレももっと背を伸ばそうと心に決めた。自分よりも背の高い人を見るとどうしても羨ましくなってしまう。成長期なのだから焦らなくてもこれから伸びるだろうと周りには言われるが、オレは早く身長が欲しかったし、大きな体になってもっと野球が上手くなりたかった。
猪狩さんの結び髪がひょこりと揺れる。
「後ろを歩かれるとなんか気になるな。隣に来てよ」
「あ、ああすいません…猪狩さんって意外と背が高いですよね」
「意外とは余計だけど…パワプロくんは、これからが伸びる時期だよ」
「そうだといいんですけどね」
「成長期だからな。そのためには健康的な食事をとって、よく運動してよく寝ること。休むことっていうのは、キミが思っているよりもとても大切なことなんだよ」
話しているうちに視界が開けて、いつの間にか河原についていた。この近道は今まで通ったことがなかったので、これからはこの道を使ってみようと思う。どうやら猪狩さんはこの辺りのことにかなり詳しいらしい。
「じゃあさっそく始めようか」
「どうぞ、これ使ってください」
「ありがとう」
グラブを受け取った猪狩さんは早速左手にはめると、感触を確かめるように2、3度開いたり閉じたりを繰り返した。
「よく手入れがしてあるね」
「グラブをいじってる時間が好きで」
ボールをぽいと渡して距離をとる。どうぞと大きく手を振って合図をすると、猪狩さんは緩やかな動作でボールを放った。それはしっかりとグラブに収まって、オレはボールをつかむと猪狩さんのしたようにゆっくりと振りかぶって返球をする。やっぱりキャッチボールは楽しいし、野球はとても楽しい。見ていると猪狩さんも楽しんでいるようだった。朗らかに笑うその顔からは、どこか張り詰めているいつもの空気は微塵も感じられない。
「そういえば、パワプロくんは投手だったね」
「あ、覚えててくれたんですね」
「もちろん」
「この前はゴムチューブありがとうございました、使ってます」
「それは良かった」
和やかな会話を繰り返しながらしばらくキャッチボールを続けていたが、猪狩さんは急にその手をとめるとにやりと笑った。
「パワプロくん。ボクが座るから、ちょっと投げてみてよ」
「ええ?」
「肩はあったまっただろう?」
「そりゃあ、まあ」
「この前はモーションだけだったけど、今日は実際に見れるからね」
この前指摘したフォームが直っているかどうか見させてよ。そう言った猪狩さんはボールを投げ返すと、こちらの返事もきかずに座ってしまった。仕事熱心なところは変わらないらしい。
いそいそとボールを待つその様子にオレは確信をする。猪狩さんは、やっぱり野球が大好きなのだ。キャッチボールをしていて、オレはすぐに思った。ボールに気持ちが乗っている。
「防具もなにもないし、本気では投げないでくれよ」
「分かってますよ」
座った猪狩さんは悪戯っぽく笑う。猪狩さんの構えたミットのど真ん中、オレは振りかぶってストレートを放った。ボールは小気味の良い音でミットに収まり、ナイスピッチという声と共に返球される。その一連の動作を見て、オレは少なからず驚いていた。
「猪狩さん、野球部だったって言ってましたけど、キャッチャーだったんですね」
「どうしてそう思うんだい」
「どうしてって、だって、普通ボールがミットに収まったときそんないい音しないですよ。キャッチングが上手すぎます」
「はは、そんなに褒められるとはね」
再び猪狩さんがミットを構える。今度は外角低めいっぱい、ここに投げろと要求しているのだ。ぐ、と構えられたミットを見る。猪狩さんはもう笑っていなかった。
要求されるまま、オレは何球もボールを投げた。そのたびにボールは気持ちよくミットに吸い込まれ、オレはいつしか夢中で投げていた。猪狩さんは一度もこぼさなかった。
「ふう。パワプロくん、いいボール投げるね。だけど、やっぱりまだひじの位置が下がるときがあるから、それを意識して」
「分かりました」
「それと、ボクは確かにキャッチャーをしていたこともあるけどね。ボクはキミと同じピッチャーだったよ」
「そうなんですか?」
猪狩さんが嘘をつくとも思えないし(そもそも嘘をつくメリットが見当たらない)、こんなにキャッチングが上手いというのに彼はピッチャーだったらしい。
一瞬、キャッチャーから転向した理由を尋ねようとも思ったが、やめた。きっと何か事情があったのだろう。
「キミの決め球はなんだい?」
「まだ模索中ですけど…一応、スライダーです」
「そうか、スライダーか」
再び猪狩さんが座ってミットを広げる。どうやらスライダーを投げろという意味らしい。要求されたまま、オレはスライダーを放った。当然のように捕球した猪狩さんは、少しだけ考える顔をしてからオレに言った。
「パワプロくん。今のがキミのスライダー?」
「はい」
「するどく変化したな」
「えっ?そういえば、ちょっとにぎりを変えてみたんだっけ」
「ひょっとしたら、もっといい変化球になるかもしれない」
ただ、身体の負担が増えるから、変化球を磨くのはもう少し後になってからだな。そう言った猪狩さんは立ち上がってこちらに歩いてくると、オレの掌にボールを握らせた。もう少ししたらアドバイスしてあげようとも言ってくれた。
「実は、ボクの決め球もスライダーだったんだ」
「へえ!そうなんですか」
「懐かしいな」
猪狩さんはグラブを見つめたまま言ったが、その目はグラブではなくどこか遠い違うものを見ていた。昔を懐かしむその顔は幸せそうでもありどこか寂しそうで、猪狩さんの今までの人生を彷彿とさせる。彼がスポーツドクターという道に進むことになったきっかけを、オレはほとんどなにも知らない。
「ねえ猪狩さん。オレ、猪狩さんの投げるとこ見たいです」
「見たってなんにもおもしろくないぞ」
「べつにスライダー投げろなんて言いませんから、ちょっとだけ。ね、オレ座りますから」
猪狩さんの手にボールを握らせると、オレは返事も聞かずに走って距離をとった。勝手に座ってミットを開く。猪狩さんは困った顔で立ちすくんでいたが、やれやれと言った表情で最後には折れてくれた。
「一球だけだよ。それに、もう長いこと投げていないから、ひどいものだよ」
「大丈夫です」
仕方がないな、と言った猪狩さんは掌でボールを弄ぶと、マウンドを慣らすように足を動かした。きっとあれが彼の癖なのだろうなとオレは思った。一球だけだよと、彼はもう一度念を押した。力強く頷いて、オレはミットを前に出す。
猪狩さんが大きく振りかぶる。あ、と思った時には、ボールはもうミットに収まっていた。ひどいものなどと言っていたが、とんでもない。オレのような腕前でもボールはきっちりミットに入り、一目でそれと分かった。彼は、今でも投球練習をしている。
「トルネード投法、ですか」
「ちょっと珍しいかな」
「珍しい、ですし、なにより猪狩さんがこのフォームで投げるなんて思いもしませんでした」
猪狩さんとトルネード投法、どう頑張ってもオレの頭では結びつくことのない意外な組み合わせだ。
大きく振りかぶる腕からボールを放つトルネード投法は、投手が一度大きく打者に背中を見せるのが特徴だ。独特のフォームで投げるそれは球速、球威共に増すが、同時に体全体を大きく使って投げるため、体の軸や目線がぶれやすい。大きなモーションは当然身体に負担をかけるため、強靭な下半身と高いバランス感覚がなければ絶対に投げられないものだった。
「猪狩さん、ほんとにピッチャーだったんですね」
「ほんとにってなんだい」
からからと笑っている猪狩さんは、なんだか今までと別人のように思えた。今ここにいる猪狩さんは野球が大好きで、ただ純粋に目の前の事柄を楽しんでいる様子は幼い少年のようでもあった。
快活そうに笑い、額からきらりと一筋汗が伝う。
「ああ、暑いな。タオルもなにも持ってきてないや」
「あ、オレ予備がありますから」
タオルを差し出すと、ほんとうに準備がいいなと言いながら猪狩さんは受け取った。
ありがとうと改まって礼を言われ、若干たじろぐ。気にせず使ってくださいと言うと、猪狩さんは眼鏡を外して額の汗をぬぐった。眼鏡を外した顔はさらに若々しく見えた。
「猪狩さん、眼鏡を外すと印象変わりますよね」
「そうかい?」
「普段はコンタクトにしたらいいのに。きっとモテモテですよ」
「ははは」
顔に何かつけてるのが落ち着くんだよ。そう言った猪狩さんにオレは首をかしげる。
「眼鏡以外に、顔につけるものなんてあります?」
「そうだな…」
例えば、マスクとかね。ああでも、パワプロくんには似合わないかな。
そう言った猪狩さんは、今日いちばんの顔で笑った。
その意味をオレは解さなかったが、もう少しだけキャッチボールをしようと提案されたので、オレは喜んで賛成した。
こんないい天気の日には、やっぱり野球をするに限るのだ。
いきますよ、振りかぶったボールは、太陽の光の下できらきらと瞬いていた。
―――――――――――――
妄想大爆発で辛抱たまらず
この世界の進は兄さんのことが大嫌いなようなのでそういうのを表現したかったのですが、気づけばこんなことに
マスクさんのことが好きすぎてトキメキダッシュ
ポケ7進の一人称「ボク」に無限の可能性
トルネードはググりました。ウィキさんありがとう
いつかマスクさんについて本気で書きたいです書きます
キャッチボールしませんか?
おそらく断られるだろうと思って言ってみたのだが、意外なことにも返事はオーケーだった。たまにはいいかもね、笑った猪狩さんはなんだかいつもより楽しそうに見えた。
「だけどボク、グラブもなにも持ってないけど」
「あ、もちろんオレの貸しますから」
野球道具が一式入っている鞄をごそごそと漁る。部員のみんなには野球バカだと言ってからかわれるのだが、オレはどこでもキャッチボールができるようにいつもグラブを2つ持ち歩いているのだった。もちろん今日だって例外ではない。
言うと、猪狩さんは目をくりくりさせた後にくすりと笑った。キミは本当に野球が好きなんだね。
柔らかい日差しが心地良い午後のひととき。特に目的もなく住宅街をぶらぶらと歩いていたところ、また猪狩さんと出くわしたのだった。猪狩さんとここでばったり出会うのもこれで何度目かになる。この辺りに何か用事でもあるのだろうか。挨拶もそこそこに身体の調子を尋ねてくる様子は相変わらずで、いつもと変わらぬ仕事熱心ぶりにオレは笑った。
だって、この前なんて会って早々いきなり上着を脱がされたのだ。あれには面を食らったが、どうやら彼は夢中になると周りが見えなくなることもしばしばらしかった。
「キャッチボール、どこでやります?」
「そうだな…ここからなら河原が近いんじゃないか?」
意外なことに結構乗り気らしい猪狩さんは自分から提案すると、先頭を切って歩き出した。大人しく彼に従って後ろをついていく。ひょろりとしていて細身だが、猪狩さんは結構背が高い。自分よりも少し高い位置にある頭を眺めながら、オレももっと背を伸ばそうと心に決めた。自分よりも背の高い人を見るとどうしても羨ましくなってしまう。成長期なのだから焦らなくてもこれから伸びるだろうと周りには言われるが、オレは早く身長が欲しかったし、大きな体になってもっと野球が上手くなりたかった。
猪狩さんの結び髪がひょこりと揺れる。
「後ろを歩かれるとなんか気になるな。隣に来てよ」
「あ、ああすいません…猪狩さんって意外と背が高いですよね」
「意外とは余計だけど…パワプロくんは、これからが伸びる時期だよ」
「そうだといいんですけどね」
「成長期だからな。そのためには健康的な食事をとって、よく運動してよく寝ること。休むことっていうのは、キミが思っているよりもとても大切なことなんだよ」
話しているうちに視界が開けて、いつの間にか河原についていた。この近道は今まで通ったことがなかったので、これからはこの道を使ってみようと思う。どうやら猪狩さんはこの辺りのことにかなり詳しいらしい。
「じゃあさっそく始めようか」
「どうぞ、これ使ってください」
「ありがとう」
グラブを受け取った猪狩さんは早速左手にはめると、感触を確かめるように2、3度開いたり閉じたりを繰り返した。
「よく手入れがしてあるね」
「グラブをいじってる時間が好きで」
ボールをぽいと渡して距離をとる。どうぞと大きく手を振って合図をすると、猪狩さんは緩やかな動作でボールを放った。それはしっかりとグラブに収まって、オレはボールをつかむと猪狩さんのしたようにゆっくりと振りかぶって返球をする。やっぱりキャッチボールは楽しいし、野球はとても楽しい。見ていると猪狩さんも楽しんでいるようだった。朗らかに笑うその顔からは、どこか張り詰めているいつもの空気は微塵も感じられない。
「そういえば、パワプロくんは投手だったね」
「あ、覚えててくれたんですね」
「もちろん」
「この前はゴムチューブありがとうございました、使ってます」
「それは良かった」
和やかな会話を繰り返しながらしばらくキャッチボールを続けていたが、猪狩さんは急にその手をとめるとにやりと笑った。
「パワプロくん。ボクが座るから、ちょっと投げてみてよ」
「ええ?」
「肩はあったまっただろう?」
「そりゃあ、まあ」
「この前はモーションだけだったけど、今日は実際に見れるからね」
この前指摘したフォームが直っているかどうか見させてよ。そう言った猪狩さんはボールを投げ返すと、こちらの返事もきかずに座ってしまった。仕事熱心なところは変わらないらしい。
いそいそとボールを待つその様子にオレは確信をする。猪狩さんは、やっぱり野球が大好きなのだ。キャッチボールをしていて、オレはすぐに思った。ボールに気持ちが乗っている。
「防具もなにもないし、本気では投げないでくれよ」
「分かってますよ」
座った猪狩さんは悪戯っぽく笑う。猪狩さんの構えたミットのど真ん中、オレは振りかぶってストレートを放った。ボールは小気味の良い音でミットに収まり、ナイスピッチという声と共に返球される。その一連の動作を見て、オレは少なからず驚いていた。
「猪狩さん、野球部だったって言ってましたけど、キャッチャーだったんですね」
「どうしてそう思うんだい」
「どうしてって、だって、普通ボールがミットに収まったときそんないい音しないですよ。キャッチングが上手すぎます」
「はは、そんなに褒められるとはね」
再び猪狩さんがミットを構える。今度は外角低めいっぱい、ここに投げろと要求しているのだ。ぐ、と構えられたミットを見る。猪狩さんはもう笑っていなかった。
要求されるまま、オレは何球もボールを投げた。そのたびにボールは気持ちよくミットに吸い込まれ、オレはいつしか夢中で投げていた。猪狩さんは一度もこぼさなかった。
「ふう。パワプロくん、いいボール投げるね。だけど、やっぱりまだひじの位置が下がるときがあるから、それを意識して」
「分かりました」
「それと、ボクは確かにキャッチャーをしていたこともあるけどね。ボクはキミと同じピッチャーだったよ」
「そうなんですか?」
猪狩さんが嘘をつくとも思えないし(そもそも嘘をつくメリットが見当たらない)、こんなにキャッチングが上手いというのに彼はピッチャーだったらしい。
一瞬、キャッチャーから転向した理由を尋ねようとも思ったが、やめた。きっと何か事情があったのだろう。
「キミの決め球はなんだい?」
「まだ模索中ですけど…一応、スライダーです」
「そうか、スライダーか」
再び猪狩さんが座ってミットを広げる。どうやらスライダーを投げろという意味らしい。要求されたまま、オレはスライダーを放った。当然のように捕球した猪狩さんは、少しだけ考える顔をしてからオレに言った。
「パワプロくん。今のがキミのスライダー?」
「はい」
「するどく変化したな」
「えっ?そういえば、ちょっとにぎりを変えてみたんだっけ」
「ひょっとしたら、もっといい変化球になるかもしれない」
ただ、身体の負担が増えるから、変化球を磨くのはもう少し後になってからだな。そう言った猪狩さんは立ち上がってこちらに歩いてくると、オレの掌にボールを握らせた。もう少ししたらアドバイスしてあげようとも言ってくれた。
「実は、ボクの決め球もスライダーだったんだ」
「へえ!そうなんですか」
「懐かしいな」
猪狩さんはグラブを見つめたまま言ったが、その目はグラブではなくどこか遠い違うものを見ていた。昔を懐かしむその顔は幸せそうでもありどこか寂しそうで、猪狩さんの今までの人生を彷彿とさせる。彼がスポーツドクターという道に進むことになったきっかけを、オレはほとんどなにも知らない。
「ねえ猪狩さん。オレ、猪狩さんの投げるとこ見たいです」
「見たってなんにもおもしろくないぞ」
「べつにスライダー投げろなんて言いませんから、ちょっとだけ。ね、オレ座りますから」
猪狩さんの手にボールを握らせると、オレは返事も聞かずに走って距離をとった。勝手に座ってミットを開く。猪狩さんは困った顔で立ちすくんでいたが、やれやれと言った表情で最後には折れてくれた。
「一球だけだよ。それに、もう長いこと投げていないから、ひどいものだよ」
「大丈夫です」
仕方がないな、と言った猪狩さんは掌でボールを弄ぶと、マウンドを慣らすように足を動かした。きっとあれが彼の癖なのだろうなとオレは思った。一球だけだよと、彼はもう一度念を押した。力強く頷いて、オレはミットを前に出す。
猪狩さんが大きく振りかぶる。あ、と思った時には、ボールはもうミットに収まっていた。ひどいものなどと言っていたが、とんでもない。オレのような腕前でもボールはきっちりミットに入り、一目でそれと分かった。彼は、今でも投球練習をしている。
「トルネード投法、ですか」
「ちょっと珍しいかな」
「珍しい、ですし、なにより猪狩さんがこのフォームで投げるなんて思いもしませんでした」
猪狩さんとトルネード投法、どう頑張ってもオレの頭では結びつくことのない意外な組み合わせだ。
大きく振りかぶる腕からボールを放つトルネード投法は、投手が一度大きく打者に背中を見せるのが特徴だ。独特のフォームで投げるそれは球速、球威共に増すが、同時に体全体を大きく使って投げるため、体の軸や目線がぶれやすい。大きなモーションは当然身体に負担をかけるため、強靭な下半身と高いバランス感覚がなければ絶対に投げられないものだった。
「猪狩さん、ほんとにピッチャーだったんですね」
「ほんとにってなんだい」
からからと笑っている猪狩さんは、なんだか今までと別人のように思えた。今ここにいる猪狩さんは野球が大好きで、ただ純粋に目の前の事柄を楽しんでいる様子は幼い少年のようでもあった。
快活そうに笑い、額からきらりと一筋汗が伝う。
「ああ、暑いな。タオルもなにも持ってきてないや」
「あ、オレ予備がありますから」
タオルを差し出すと、ほんとうに準備がいいなと言いながら猪狩さんは受け取った。
ありがとうと改まって礼を言われ、若干たじろぐ。気にせず使ってくださいと言うと、猪狩さんは眼鏡を外して額の汗をぬぐった。眼鏡を外した顔はさらに若々しく見えた。
「猪狩さん、眼鏡を外すと印象変わりますよね」
「そうかい?」
「普段はコンタクトにしたらいいのに。きっとモテモテですよ」
「ははは」
顔に何かつけてるのが落ち着くんだよ。そう言った猪狩さんにオレは首をかしげる。
「眼鏡以外に、顔につけるものなんてあります?」
「そうだな…」
例えば、マスクとかね。ああでも、パワプロくんには似合わないかな。
そう言った猪狩さんは、今日いちばんの顔で笑った。
その意味をオレは解さなかったが、もう少しだけキャッチボールをしようと提案されたので、オレは喜んで賛成した。
こんないい天気の日には、やっぱり野球をするに限るのだ。
いきますよ、振りかぶったボールは、太陽の光の下できらきらと瞬いていた。
―――――――――――――
妄想大爆発で辛抱たまらず
この世界の進は兄さんのことが大嫌いなようなのでそういうのを表現したかったのですが、気づけばこんなことに
マスクさんのことが好きすぎてトキメキダッシュ
ポケ7進の一人称「ボク」に無限の可能性
トルネードはググりました。ウィキさんありがとう
いつかマスクさんについて本気で書きたいです書きます
甘いデザートは最後にどうぞ
神童さんと進くん
「僕、神童さんに会うために生まれてきたような気がするんです」
ご飯ですよ、と呼ばれてキッチンに行ってみると、進くんはにっこりとしながらそんなことを言った。それは光栄だねと微笑み返すと、彼は照れたように笑って俺に席を勧めてきた。
言われたままいつもの席に座り、テーブルの上を眺める。いつもながらに、いや、いつも以上に豪勢な食事だった。彼は料理が得意だった。いつだったか、毎回こんなに作るのは大変ではないかと尋ねたことがあったが、好きだからいいんですと教えてくれた。
それに、神童さんに食べてもらえるのが嬉しいんです。
「そうだ、洗濯をしたときにボタンのとれたシャツがありましたから、繕っておきました」
あっちのハンガーにかけてありますからねと言った彼はまさしく少女のように可憐に笑った。
わざわざ口に出すことではないだろうと思って黙っているが、彼はエプロン姿というものがとてもよく似合う。腰回りが細い彼には、男性用のエプロンは幾分かあまりがちになるらしい。くるりと後ろを向くと大きくリボン結びがなされた紐が垂れている。いつの日か俺がプレゼントしたものだ。随分と気に入ってくれたらしい進くんは長いことそれを愛用している。
「あ、ご飯が冷めちゃいますね。どうぞ召し上がってください」
ほこほこと湯気を立てる白いご飯、そして今日のメインはビーフシチューだった。それに加えて、トマトとキュウリのたっぷり乗ったサラダ、白身魚のホイル焼き、煮物、さらには漬物までもところせましとテーブルに置かれていた。ボリュームたっぷりなのはいつものことであったが、自分の好物ばかりが取り揃えられているということに気が付いた。
下準備がきちんとなされた柔らかい肉とごろごろとした大きめの野菜が入っているビーフシチュー。彼の作るそれはいつだって絶品だった。目の前にあるそれは今日もいつもと寸分たがわずに美味そうだ。ごくりと喉が鳴る。
「そうだ。この前神童さんのアドバイス通り少しスイングを変えてみたらすごく調子が良くなったんです」
この調子でスランプも抜けられたらいいんですけどね、と彼は力なく笑った。
俺は最近の彼の様子を見ていてもそこまで調子が悪いようには思えなかったが、彼は頑なにスランプだといってきかなかった。確かに以前よりも多少打率は下がっているようだったが、相変わらずどんなピッチャーに対しても上手に当てるバッティングをするし、司令塔としてマスクをかぶる彼は相変わらずの活躍であった。
それでも何か少しでも参考になるのならと、グリップの握りとスイングについて話をしたところだった。良くなったと感じるのならそれでいい。
「神童さんの球を受けるキャッチャーがヘボじゃあ恥ずかしいですからね」
軽い物言いだったが、その顔は真剣だった。前から感じていたことだったが、彼はいささか俺という人間を過大評価しすぎている。確かにそれなりの成績も残しているし練習量も人よりちょっとばかし多いかもしれないが、ただそれだけのことだ。
野球が好きだから練習もするし、練習したからには活躍できたら純粋に嬉しい。昔からずっと、ただそれだけのことをしているだけだった。
「神童さんの球を受けるのは、僕ですからね」
微笑んだその顔に、入団当初の彼の顔が重なった。僕はあなたにあこがれてこの球団に入りました。真っ直ぐとこちらを見て言った彼の瞳には、いささかの曇りもなかった。強い意志とはっきりとした決意を感じ取ったのをよく覚えている。それは、今自分の前にいる彼も同じことだった。
にこにこと微笑みながらも、こちらを射抜く視線は寸分の曇りもなく澄んでいた。
彼の大きな紫色の瞳が好きだった。眼差しから優しさが滲み出ているようだった。
「そうそう、言い忘れていました」
その瞳がふわりと細められ、彼は今日いちばんの笑顔で言った。
「神童さん、ご結婚おめでとうございます」
ありがとう、進くん。だからこれから先の話は、こちらに向けている包丁を置いてからにしようか。夜はまだ長い。
―――――――――
ずっと書きたかったネタですが、相手を誰にするのか悩んだ末神童さんになりました
主人公ちゃんや兄さんでもベリーベリーおいしいと思うのでどなたかお願いしまーす!
「僕、神童さんに会うために生まれてきたような気がするんです」
ご飯ですよ、と呼ばれてキッチンに行ってみると、進くんはにっこりとしながらそんなことを言った。それは光栄だねと微笑み返すと、彼は照れたように笑って俺に席を勧めてきた。
言われたままいつもの席に座り、テーブルの上を眺める。いつもながらに、いや、いつも以上に豪勢な食事だった。彼は料理が得意だった。いつだったか、毎回こんなに作るのは大変ではないかと尋ねたことがあったが、好きだからいいんですと教えてくれた。
それに、神童さんに食べてもらえるのが嬉しいんです。
「そうだ、洗濯をしたときにボタンのとれたシャツがありましたから、繕っておきました」
あっちのハンガーにかけてありますからねと言った彼はまさしく少女のように可憐に笑った。
わざわざ口に出すことではないだろうと思って黙っているが、彼はエプロン姿というものがとてもよく似合う。腰回りが細い彼には、男性用のエプロンは幾分かあまりがちになるらしい。くるりと後ろを向くと大きくリボン結びがなされた紐が垂れている。いつの日か俺がプレゼントしたものだ。随分と気に入ってくれたらしい進くんは長いことそれを愛用している。
「あ、ご飯が冷めちゃいますね。どうぞ召し上がってください」
ほこほこと湯気を立てる白いご飯、そして今日のメインはビーフシチューだった。それに加えて、トマトとキュウリのたっぷり乗ったサラダ、白身魚のホイル焼き、煮物、さらには漬物までもところせましとテーブルに置かれていた。ボリュームたっぷりなのはいつものことであったが、自分の好物ばかりが取り揃えられているということに気が付いた。
下準備がきちんとなされた柔らかい肉とごろごろとした大きめの野菜が入っているビーフシチュー。彼の作るそれはいつだって絶品だった。目の前にあるそれは今日もいつもと寸分たがわずに美味そうだ。ごくりと喉が鳴る。
「そうだ。この前神童さんのアドバイス通り少しスイングを変えてみたらすごく調子が良くなったんです」
この調子でスランプも抜けられたらいいんですけどね、と彼は力なく笑った。
俺は最近の彼の様子を見ていてもそこまで調子が悪いようには思えなかったが、彼は頑なにスランプだといってきかなかった。確かに以前よりも多少打率は下がっているようだったが、相変わらずどんなピッチャーに対しても上手に当てるバッティングをするし、司令塔としてマスクをかぶる彼は相変わらずの活躍であった。
それでも何か少しでも参考になるのならと、グリップの握りとスイングについて話をしたところだった。良くなったと感じるのならそれでいい。
「神童さんの球を受けるキャッチャーがヘボじゃあ恥ずかしいですからね」
軽い物言いだったが、その顔は真剣だった。前から感じていたことだったが、彼はいささか俺という人間を過大評価しすぎている。確かにそれなりの成績も残しているし練習量も人よりちょっとばかし多いかもしれないが、ただそれだけのことだ。
野球が好きだから練習もするし、練習したからには活躍できたら純粋に嬉しい。昔からずっと、ただそれだけのことをしているだけだった。
「神童さんの球を受けるのは、僕ですからね」
微笑んだその顔に、入団当初の彼の顔が重なった。僕はあなたにあこがれてこの球団に入りました。真っ直ぐとこちらを見て言った彼の瞳には、いささかの曇りもなかった。強い意志とはっきりとした決意を感じ取ったのをよく覚えている。それは、今自分の前にいる彼も同じことだった。
にこにこと微笑みながらも、こちらを射抜く視線は寸分の曇りもなく澄んでいた。
彼の大きな紫色の瞳が好きだった。眼差しから優しさが滲み出ているようだった。
「そうそう、言い忘れていました」
その瞳がふわりと細められ、彼は今日いちばんの笑顔で言った。
「神童さん、ご結婚おめでとうございます」
ありがとう、進くん。だからこれから先の話は、こちらに向けている包丁を置いてからにしようか。夜はまだ長い。
―――――――――
ずっと書きたかったネタですが、相手を誰にするのか悩んだ末神童さんになりました
主人公ちゃんや兄さんでもベリーベリーおいしいと思うのでどなたかお願いしまーす!
晴れときどき鍋
10/カイザース
ロッカーの扉を開けると、隣にいた友沢はもうすっかり帰り支度を整え終わったようで、飯に行くなら早くしてくださいよなどと言ってオレを急かした。
年が4つも下の新人ルーキーにしては随分な物言いである。しかし、口ではいつも生意気なことを言うが、友沢が本当はとても優しい人間であることをオレは知っている。少しばかり素直じゃない、かわいい後輩である。
現に今日だって二人で居残り練習をした帰りだ。猪狩も誘ったのだが、練習するのなら友沢と自分のどちらかを選べなどと言うものだから、今日は初めに約束をしていた友沢と練習をしたのだ。
こうして友沢と練習するのも何度目かになり、一緒に飯を食べて帰るまでが一連の流れであった。
「パワプロさん、今日はいつにも増してぼけっとしてんすね」
「ああ、ごめん、ごめん。もう帰れるよ」
鞄の中へ適当に荷物を詰めていると、もうちょっとなんとかならないんですかと言って友沢は苦笑する。友沢には意外と几帳面なところがある。
そういえば、最近友沢はよく笑ってくれるようになった。初めの頃と比べれば大分仲良くなったと思う。
だから、練習だってみんなでやればいいのだ。その方が楽しいし、なにより為になるだろう。どうにもこうにも猪狩と友沢はそりが合わないようで、気が付けばしょっちゅう衝突している。猪狩はもともとあんな性格であるし、友沢も猪狩に関しては何かと競いたがるのだった。
しかし、当人らはその状況を楽しんでいる節もあるようなので、最近オレからは何も口出ししないようにしていた。
「なあ友沢」
「なんですか」
「お前、猪狩のことどう思う?」
「どうって…」
そのまま口ごもると、友沢は明後日の方向を向いてから、どういう意味の質問ですかと言って不貞腐れた顔をした。その幼い仕草に、普段は大人ぶってはいるけれど、やっぱり友沢もまだまだ子供なのだなとオレは心中で微笑んだ。なんてったってまだ10代、高卒ルーキーなのだ。
猪狩の話題はどうにも友沢の機嫌を損ねるようなので、オレは質問の方向を少しだけ変えてみることにした。
「じゃあ、進くんのことはどう思う?」
「さっきから質問ばっかりですね」
「まあ、いい機会かなと思って」
「兄弟だけど、全然似てないですよね」
「そう?野球の実力とか、顔立ちとかすごく似てると思うけどな。まさに「兄弟」って感じ」
「オレが言ってるのはそういうことじゃないですよ」
あんただって分かってるでしょ、なんて友沢はしたり顔でオレの方を見た。まあ、もちろん分かっている。猪狩と進くんは正反対の性格をしている。自信満々で高慢ともとれる態度をとる猪狩と、謙虚で素直でいつだってにこにこと微笑んでいる進くん。
確かにそうなのだが、それはいわゆる表面しか見ていないただの周りの評価でしかないということを最近オレは実感していた。当たり前だが、その一面だけを見てその人のすべてを判断してしまうことなんてできやしない。
オレが友沢にこんな話をしたのは、誰かに聞いてもらいたかったからだ。猪狩のことも、進くんのことも、どうやらオレは少し勘違いをしていたようなのだ。
猪狩のことは、カイザースにやってきたときの第一印象があんまりだったため、正直最初はあまりよく思っていなかった。だってそうだろう、やってきて早々に、自分たちが来たからには足を引っ張らないようにしろなどと猪狩は言い放ったのだ。いくら万年2軍のオレとはいえどもその言葉には反発心を覚えた。結果としてその思いが力となり今や1軍レギュラーへと定着できたのだから、今のオレとしては猪狩に感謝をしているのだが、まあそれはまた別の話である。
そういうわけで、オレは猪狩について随分と勘違いをしていた。猪狩が大きなことを言うのはそれだけ陰で努力を重ねてきた自信があるため、きついことを言うのはチームメイト、ひいてはチーム全体を思ってのこと。猪狩は誰よりも野球に対して実直で、何よりもチームの勝利について真剣に考えていた。
さらにオレは、進くんについても少し勘違いをしていた。進くんというよりは、猪狩兄弟についてである。
仲の良い兄弟だなと、オレは単純に思っていた。だって、兄弟揃って野球をしていてあまつさえ同じチームで切磋琢磨しているのだから、そう思うのが自然な流れであろう。猪狩は進くんについて自分のことのように自慢話をすることがあったし(猪狩には重度のブラコンの気があるとオレはふんでいる)、進くんも猪狩にはよく懐いているように見えた。
実際そうであるし、間違ってはいないのだろう。ただ、どうやらそれだけではないらしいということをオレは最近薄々感じとっていた。
進くんの家に遊びに行って、彼の部屋で手料理を振る舞ってもらったときのことである。そのときにはじめてオレは進くんが実家暮らしではなく一人暮らしをしているということを知った。
そのときはあまり深く考えなかったのだが、どうやらその一人暮らしについて猪狩はあまりよく思っていないようなのだ。ふとした拍子にオレが進くんの家に遊びに行ったことを話すと、猪狩にしては珍しく野球以外の話題に食いついてきて、その日のことを事細かに尋ねてきた。
なぜ猪狩が進くんの一人暮らしをよく思っていないのか、それはどうやら、猪狩が弟のマンションを尋ねることを進くんが望んでいないらしいのが原因のようだった。それがどういう意味を持つのかはよく分からないが、彼ら兄弟の中にもいろいろと事情があるのだろう。猪狩としては、一人で暮らす弟のことが心配で頻繁に顔を出しに行きたいに違いない。
加えて、オレが感じた猪狩の思いとしては、母も退院してきたことであるし、兄弟揃って実家に住みたいという気持ちが強いのではないだろうか。
「…またぼけっとしてますよ」
友沢の言葉に、沈んでいた己の思考から呼び戻される。
疲れてるんですか?と言った後に、あの程度の練習で、と付け加えるのはいかにも友沢らしくオレは笑ってしまう。
そう、つまり、オレが言いたいのは。
「みんなで仲良くできればそれがいちばんいいと思うんだ」
「いきなりなんなんですか」
「よし友沢、飯行こう、飯!」
「だからさっきからそう言ってるじゃないですか」
「猪狩と進くんも呼ぶぞ!」
「ええ?」
なんでまた急に、友沢は訝しげな顔をしているが、オレからすれば急でもなんでもなかった。ほんとうは、ずっとこうしたかったのだ。居残りの秘密特訓もみんなでやりたいし、飯だってみんなで食べたい。みんなで仲良くできるのがオレはいちばん嬉しい。
「そうと決まれば何を食べるかだな」
「もう決定事項なんですか…」
「友沢、何食べたい?」
「オレは肉がいいです」
「肉か…」
肉と猪狩と進くんを思い浮かべて、オレはピンと思いつくものがあった。これならみんなでわいわい食べられるし、なんといってもオレの好物でもある。
「よし、友沢今日は鍋にしよう。しかも、すき焼きだぞ!」
「すき焼きですか、いいですね。でも、猪狩さんってみんなで鍋つつくのとか嫌いそうですよね」
「何言ってるんだ友沢。猪狩はみんなで鍋をつつくのも大人数で食事をするのも好きだぞ」
そうなんですか?と首をかしげている友沢がかわいらしい。どうやら友沢もまだまだ猪狩のことを勘違いしているようである。これはいい機会だ。
以前、オレの部屋で鍋をやったときのことを思い出す。半ば無理やり連れてきた猪狩は文句を言いながらもおいしそうに鍋をつついていたし、猪狩が差し入れで買ってきた肉は最高に美味かった。貧乏人に恵んでやるなどとかわいくないことをのたまっていたが、それが猪狩なりの照れ隠しであることをオレは見抜いていた。
「それに、鍋は進くんの好物でもあるんだよ」
友沢はまたまた首をかしげている。この機会にチームメイトのことを知るのはとてもいいことだ。
以前、進くんと寿司と鍋を食べに行ったことを思い出す。僕のオススメですと言って紹介してくれたそのお店はどこも絶品だった。和食派の進くんのために、今日は和食のコース料理ですき焼きも出してくれるお店に行くことにしよう。
「でもオレ、猪狩さんが行くんならちょっと遠慮したいですね」
「何言ってるんだ友沢、たらふく食って猪狩におごらせればいいだろ」
オレが言うと、友沢は一瞬驚いた顔をした後、それもそうですねと言って笑った。
どうやら今日の食事についてはこれで決定したようである。
タイミングよくオレと友沢の腹がぐうと鳴ったのがおかしくて、オレたちは顔を見合わせて笑った。
ひとしきり笑い合うと、オレは携帯電話で猪狩の名前を探し出してさっそくダイヤルを押した。
―――――――
よく分からないけどカイザースは滾るよねってことをお伝えしたい
守さんとすき焼きのイベントは7でんがな!というツッコミはsoスルー
かわいいからいいんです
主人公ちゃんを中心にみんなわちゃわちゃしてればいいんじゃないかな
需要とかもう気にしない!いつものことか…
ロッカーの扉を開けると、隣にいた友沢はもうすっかり帰り支度を整え終わったようで、飯に行くなら早くしてくださいよなどと言ってオレを急かした。
年が4つも下の新人ルーキーにしては随分な物言いである。しかし、口ではいつも生意気なことを言うが、友沢が本当はとても優しい人間であることをオレは知っている。少しばかり素直じゃない、かわいい後輩である。
現に今日だって二人で居残り練習をした帰りだ。猪狩も誘ったのだが、練習するのなら友沢と自分のどちらかを選べなどと言うものだから、今日は初めに約束をしていた友沢と練習をしたのだ。
こうして友沢と練習するのも何度目かになり、一緒に飯を食べて帰るまでが一連の流れであった。
「パワプロさん、今日はいつにも増してぼけっとしてんすね」
「ああ、ごめん、ごめん。もう帰れるよ」
鞄の中へ適当に荷物を詰めていると、もうちょっとなんとかならないんですかと言って友沢は苦笑する。友沢には意外と几帳面なところがある。
そういえば、最近友沢はよく笑ってくれるようになった。初めの頃と比べれば大分仲良くなったと思う。
だから、練習だってみんなでやればいいのだ。その方が楽しいし、なにより為になるだろう。どうにもこうにも猪狩と友沢はそりが合わないようで、気が付けばしょっちゅう衝突している。猪狩はもともとあんな性格であるし、友沢も猪狩に関しては何かと競いたがるのだった。
しかし、当人らはその状況を楽しんでいる節もあるようなので、最近オレからは何も口出ししないようにしていた。
「なあ友沢」
「なんですか」
「お前、猪狩のことどう思う?」
「どうって…」
そのまま口ごもると、友沢は明後日の方向を向いてから、どういう意味の質問ですかと言って不貞腐れた顔をした。その幼い仕草に、普段は大人ぶってはいるけれど、やっぱり友沢もまだまだ子供なのだなとオレは心中で微笑んだ。なんてったってまだ10代、高卒ルーキーなのだ。
猪狩の話題はどうにも友沢の機嫌を損ねるようなので、オレは質問の方向を少しだけ変えてみることにした。
「じゃあ、進くんのことはどう思う?」
「さっきから質問ばっかりですね」
「まあ、いい機会かなと思って」
「兄弟だけど、全然似てないですよね」
「そう?野球の実力とか、顔立ちとかすごく似てると思うけどな。まさに「兄弟」って感じ」
「オレが言ってるのはそういうことじゃないですよ」
あんただって分かってるでしょ、なんて友沢はしたり顔でオレの方を見た。まあ、もちろん分かっている。猪狩と進くんは正反対の性格をしている。自信満々で高慢ともとれる態度をとる猪狩と、謙虚で素直でいつだってにこにこと微笑んでいる進くん。
確かにそうなのだが、それはいわゆる表面しか見ていないただの周りの評価でしかないということを最近オレは実感していた。当たり前だが、その一面だけを見てその人のすべてを判断してしまうことなんてできやしない。
オレが友沢にこんな話をしたのは、誰かに聞いてもらいたかったからだ。猪狩のことも、進くんのことも、どうやらオレは少し勘違いをしていたようなのだ。
猪狩のことは、カイザースにやってきたときの第一印象があんまりだったため、正直最初はあまりよく思っていなかった。だってそうだろう、やってきて早々に、自分たちが来たからには足を引っ張らないようにしろなどと猪狩は言い放ったのだ。いくら万年2軍のオレとはいえどもその言葉には反発心を覚えた。結果としてその思いが力となり今や1軍レギュラーへと定着できたのだから、今のオレとしては猪狩に感謝をしているのだが、まあそれはまた別の話である。
そういうわけで、オレは猪狩について随分と勘違いをしていた。猪狩が大きなことを言うのはそれだけ陰で努力を重ねてきた自信があるため、きついことを言うのはチームメイト、ひいてはチーム全体を思ってのこと。猪狩は誰よりも野球に対して実直で、何よりもチームの勝利について真剣に考えていた。
さらにオレは、進くんについても少し勘違いをしていた。進くんというよりは、猪狩兄弟についてである。
仲の良い兄弟だなと、オレは単純に思っていた。だって、兄弟揃って野球をしていてあまつさえ同じチームで切磋琢磨しているのだから、そう思うのが自然な流れであろう。猪狩は進くんについて自分のことのように自慢話をすることがあったし(猪狩には重度のブラコンの気があるとオレはふんでいる)、進くんも猪狩にはよく懐いているように見えた。
実際そうであるし、間違ってはいないのだろう。ただ、どうやらそれだけではないらしいということをオレは最近薄々感じとっていた。
進くんの家に遊びに行って、彼の部屋で手料理を振る舞ってもらったときのことである。そのときにはじめてオレは進くんが実家暮らしではなく一人暮らしをしているということを知った。
そのときはあまり深く考えなかったのだが、どうやらその一人暮らしについて猪狩はあまりよく思っていないようなのだ。ふとした拍子にオレが進くんの家に遊びに行ったことを話すと、猪狩にしては珍しく野球以外の話題に食いついてきて、その日のことを事細かに尋ねてきた。
なぜ猪狩が進くんの一人暮らしをよく思っていないのか、それはどうやら、猪狩が弟のマンションを尋ねることを進くんが望んでいないらしいのが原因のようだった。それがどういう意味を持つのかはよく分からないが、彼ら兄弟の中にもいろいろと事情があるのだろう。猪狩としては、一人で暮らす弟のことが心配で頻繁に顔を出しに行きたいに違いない。
加えて、オレが感じた猪狩の思いとしては、母も退院してきたことであるし、兄弟揃って実家に住みたいという気持ちが強いのではないだろうか。
「…またぼけっとしてますよ」
友沢の言葉に、沈んでいた己の思考から呼び戻される。
疲れてるんですか?と言った後に、あの程度の練習で、と付け加えるのはいかにも友沢らしくオレは笑ってしまう。
そう、つまり、オレが言いたいのは。
「みんなで仲良くできればそれがいちばんいいと思うんだ」
「いきなりなんなんですか」
「よし友沢、飯行こう、飯!」
「だからさっきからそう言ってるじゃないですか」
「猪狩と進くんも呼ぶぞ!」
「ええ?」
なんでまた急に、友沢は訝しげな顔をしているが、オレからすれば急でもなんでもなかった。ほんとうは、ずっとこうしたかったのだ。居残りの秘密特訓もみんなでやりたいし、飯だってみんなで食べたい。みんなで仲良くできるのがオレはいちばん嬉しい。
「そうと決まれば何を食べるかだな」
「もう決定事項なんですか…」
「友沢、何食べたい?」
「オレは肉がいいです」
「肉か…」
肉と猪狩と進くんを思い浮かべて、オレはピンと思いつくものがあった。これならみんなでわいわい食べられるし、なんといってもオレの好物でもある。
「よし、友沢今日は鍋にしよう。しかも、すき焼きだぞ!」
「すき焼きですか、いいですね。でも、猪狩さんってみんなで鍋つつくのとか嫌いそうですよね」
「何言ってるんだ友沢。猪狩はみんなで鍋をつつくのも大人数で食事をするのも好きだぞ」
そうなんですか?と首をかしげている友沢がかわいらしい。どうやら友沢もまだまだ猪狩のことを勘違いしているようである。これはいい機会だ。
以前、オレの部屋で鍋をやったときのことを思い出す。半ば無理やり連れてきた猪狩は文句を言いながらもおいしそうに鍋をつついていたし、猪狩が差し入れで買ってきた肉は最高に美味かった。貧乏人に恵んでやるなどとかわいくないことをのたまっていたが、それが猪狩なりの照れ隠しであることをオレは見抜いていた。
「それに、鍋は進くんの好物でもあるんだよ」
友沢はまたまた首をかしげている。この機会にチームメイトのことを知るのはとてもいいことだ。
以前、進くんと寿司と鍋を食べに行ったことを思い出す。僕のオススメですと言って紹介してくれたそのお店はどこも絶品だった。和食派の進くんのために、今日は和食のコース料理ですき焼きも出してくれるお店に行くことにしよう。
「でもオレ、猪狩さんが行くんならちょっと遠慮したいですね」
「何言ってるんだ友沢、たらふく食って猪狩におごらせればいいだろ」
オレが言うと、友沢は一瞬驚いた顔をした後、それもそうですねと言って笑った。
どうやら今日の食事についてはこれで決定したようである。
タイミングよくオレと友沢の腹がぐうと鳴ったのがおかしくて、オレたちは顔を見合わせて笑った。
ひとしきり笑い合うと、オレは携帯電話で猪狩の名前を探し出してさっそくダイヤルを押した。
―――――――
よく分からないけどカイザースは滾るよねってことをお伝えしたい
守さんとすき焼きのイベントは7でんがな!というツッコミはsoスルー
かわいいからいいんです
主人公ちゃんを中心にみんなわちゃわちゃしてればいいんじゃないかな
需要とかもう気にしない!いつものことか…

