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犬も食わない

犬も食わない(主守)

 目の前には、阿呆面を晒しながらソファにひっくり返っているパワプロが一人。左手には、油性のマジックペンが一本。逡巡したのは一瞬のことで、猪狩は手に持ったマジックペンをそのままパワプロの顔に滑らせた。
 「バカ」。猪狩の今の気持ちをこの上なく端的に表した言葉だ。まだ拭ききれていない濡れた髪から雫がぽたぽたと垂れて、それを見ていると猪狩の腹の内はさらに煮えてくるようだった。ろくに髪も拭かずに風呂から上がってきた気持ち、こうして二人きりになるのは数ヶ月ぶり、それをよくもまあこんなにも気持ち良さそうにのうのうと眠っていられるものだと、猪狩には言いたいことが山ほどある。それを二文字で表現してやった。油性だから、洗っても簡単には落ちないだろう。そう思うと、少しだけ胸がスッとするような気がした。
「おい。パワプロ、起きろ」
「ん……ふあ〜。寝ちゃってたな〜」
「早く風呂に入ってこい」
「うん……ふああ」
 間抜け面で大きな欠伸をしながらリビングを出ていったパワプロはしかし、洗面所に着いた途端大きな声を上げた。鏡に映った自分の顔、その落書きを見たのだろう。顔いっぱいに書いてやったのだから、気が付かない方がおかしい。
「おまっ、猪狩、これなんだよ!」
 案の定、パワプロは洗面所の方から大慌てで駆けてくる。猪狩はタオルで丁寧に拭いた髪をドライヤーで乾かしながら、いかにも聞こえませんと言った風情で振り向きもしなかった。
「お前、これ、油性だろ!しかも太い方で書いたな!?」
「うるさいな。何か問題でもあるのか」
「あるだろ。大有りだよ!」
「明日はオフだし、キミは今から風呂に入るんだから、精々一生懸命洗って落とせばいいじゃないか」
「いや、そういう問題じゃねーし」
「じゃあ、どういう問題だ」
 そうやって猪狩が問うと、案の定パワプロは口をつぐんで黙ってしまった。顔に書いてある通り、バカだ。口喧嘩では、パワプロは猪狩に勝てない。そもそも、猪狩だって寝ている人間の顔に油性マジックで落書きすることが好ましくないことくらい、それはもちろん分かっている。分かっているが、それでもままならないのが人間というものだ。何しろ、パワプロが悪い。少なくとも、猪狩の中ではそうだった。
「キミはバカだから、名前でも書いておいてあげないと分からないと思ってね。ボクの親切心だよ」
「どこが!?ていうか、これオレの名前じゃねーし、ただの悪口じゃん」
「そうだったかな?」
「もういいよ!風呂入ってくる!」
 ドタドタと騒がしく廊下を走って行ったパワプロは、今度こそ風呂に入ったようだ。戸の閉まる音がして、そのすぐ後でシャワーの流れる音が聞こえる。猪狩がしっかりと乾かした髪を櫛で梳かしていると、いつの間にかその音は止んでいる。まさしく、烏の行水だ。何度言っても、パワプロはこの調子である。そのうち、下着を履いただけの格好をしたパワプロが慌ただしく部屋に入ってくる。その顔を見て、猪狩は思わず笑ってしまった。
「あのさ、これマジで消えないんだけど」
「やめろ、寄るな。あんまり笑わせるんじゃない」
「お、ま、え、がやったんだろ〜!?」
 パワプロがあんまり真剣な顔で言うものだから、猪狩は一層面白くなってしまって声を出して笑った。それを見たパワプロがまた何事か騒いでいる。面白い。こうして笑っていると、猪狩のつまらぬ嫉妬心も自然と消えていくようだった。そう、嫉妬。今まではこんな気持ちなんて知らなかったし、知る必要もなかったのに。全部パワプロのせいだ。
「そんな顔の男前じゃあ、インタビューも受けられないな」
「はあ?インタビュー?何の話だよ」
「べつに。キミには関係ない、こっちの話さ」
「ほんとわけ分かんないよな、お前って……」
 心底訳が分からないというその顔を見ながら、猪狩は先日練習場にまで来ていた女性のインタビュアーのことを思い出していた。そのインタビュアーの愛称をホソミーと言って、パワプロがあんまり毎日うるさく言うものだから、猪狩は嫌でも覚えてしまっていた。ホソミーというのはいわゆる人気女子アナという人物らしく、その日からパワプロはしばらくのぼせた様に騒いでいた。
「フン。バカ面だね」
「はいはい、どうせ馬鹿ですよ。それで?今日はいいのか?」
「そんなこと、言わせるな」
「はいはい」
 言い方は腹が立ったが、腰を抱き寄せられ、唇が重なったあとでは、猪狩はもうそこから何にも言えなくなる。短い口付けのあとでもう一度深く唇が重なって、猪狩はその頬に撫でるように触れた。この「バカ」は自分のものだから、名前を書いておいた。ただ、それだけの話だ。




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上げたあとで言うなだけど絶対このタイトルで主守書いたことあるぜよと思って見たらやっぱり書いてるよね
仕方ないよね、主守ちゃんだもん
主守はずっと主守だなあ

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夏のおわりに

夏のおわりに(東條と猛田)

「どうした、食べないのか」
「いや、食うけど」
 何食わぬ顔でスプーンを口に運ぶ東條を見ながら、猛田も彼にならってスプーンを手に取った。山盛りの氷に緑色のシロップがたっぷりとかかって、さらに仕上げとばかりにぐるりと練乳が乗っている。ごくりと唾を飲み込んで、大きめのスプーンですくい上げたカキ氷を頬張る。冷たいそれは運動後の火照った体に心地よく、一口食べると目の前の東條のことなんてすぐにどうでも良くなって、猛田は夢中でスプーンを動かした。冷たい氷に頭がキンと痛む。
「そんなに慌てなくても、氷は逃げないぞ」
 珍しく穏やかな顔で微笑んでみせた東條に、この頭の痛みは決して氷のせいだけではないだろうと猛田は考えていた。
 
 ことの発端は、偶然居合わせてしまったバッティングセンターから始まる。休日の日課として猛田には毎週通っているバッティングセンターがあるのだが、運悪くそこで東條と出くわしてしまったのだ。予想外の人物にどうすればいいのか分からず、まずはいつもの通り喧嘩を売り、気が付けばそのまま勝負をすることになっていた。どうせ勝負をするのなら何か賭けねば面白くない、そんなことを言いだしたのは一体どちらだったか。売り言葉に買い言葉、今となっては記憶もはっきりしないが、特に思い出す必要もないだろう。
つまり、この氷は猛田が勝利した報酬であった。もちろん代金を払うのは東條である。バッティング勝負に勝った猛田は、分かりやすく何か奢ってもらうことにしたのだった。
「ここにはよく来るのか?」
「ん、ああ」
 氷を口に運びながらゆったりとした口調で尋ねてくる東條にどこか居心地の悪さを感じながら、猛田はごまかすように氷を頬張った。思い返してみれば、こんな風に二人でゆっくりと話す機会など今までなかったので、どうしていればいいのか分からない。東條と一緒にいると、猛田はいつも言いたいことの半分も言えなくなってしまうのだった。
 だいたい、ここは猛田馴染みの喫茶店であるはずなのに、どうにも落ち着かない。バッティングセンターへ寄った後、ここで甘味を食べて帰るのが猛田の習慣であり、密かな楽しみであった。本来ならば、普段通りパワフルデラックスパフェを食べるつもりだったが、東條の手前やめておいた。べつに東條の財布に気を気を使ったわけではない、男なのにそんなものを頼むのかとからかわれるのがイヤだっただけだ。しかし、東條はそんな猛田の気持ちなど知る由もなく、のんびりと氷を食べている。意外だが、どうやら東條も甘いものが好きなようだ。
「……イチゴ、好きなのかよ」
「ん?」
「やっぱ、なんでもない!」
 東條の食べているそれは、赤いシロップがたっぷりかかったイチゴ味だった。東條とイチゴ味、意外だなと、ただ単純にそう思っただけだ。猛田は残りの氷を一気にかきこみながら、東條と赤色の組み合わせは本当に似合わないと一人で納得をした。

「待たせたな」
「べつに」
 会計を終えた東條が店から出てきたので、一足先に外で待っていた猛田はさっさと歩き出した。振り返って一言礼を言うと、東條は少しだけ驚いたような顔をしてから笑った。びっくりした猛田は思わず足を止めてしまったのだが、東條が構わず歩いていくのでどぎまぎしながらそれに続いた。
 夕焼けに染まる空を見上げていると、なんだか途端に寂しいような不思議な気持ちが胸を満たして、猛田はそんなことあるはずがないと首を振った。東條とここで別れることが寂しいだなんて、そんなことこれっぽっちもあるわけがない。ただもう少し体を動かし足りないと思っただけだ。
「おい、猛田」
  ぼんやり歩いているといつの間に隣にいたのか、東條の顔がすぐそばにあった。心底びっくりした猛田は変な声を出して、飛び退いたついでにあやうくひっくり返りそうになった。なんだよとわざと機嫌悪く答えると、なぜだか東條は笑っている。
「お前、この後時間あるか」
「あるけど……なんだよ」
「一緒に練習して帰らないか」
「練習って……じきに日も暮れるぞ」
「まだボールは見えるだろう」
 なんだか物足りないような顔をしているしな。どうやらすべてを見透かされているらしい、東條はさらりと言うと猛田のことなど構うことなく再び歩き出した。そんなに自分は分かりやすいだろうか。こいつのこういうところが苦手なのだと猛田は思ったが、確かに体を動かしたいのは本当だったので何も言い返さなかった。
「東條、お前また負けたら奢りだからな」
「問題ない。次に勝つのはオレだ」
「ぜってえ、次も負けねえ!」
 二人分の声が夕暮れに溶けていく。猛田が嬉しそうに笑っているのを見て、東條もまた笑っていた。





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約九年ほど前に、お世話になった方へ向けてこっそり書かせてもらったものでした。
その節は大変お世話になりました。
あっという間に時間が過ぎてしまいましたが、お元気でいらっしゃいますでしょうか。
当時、楽しくお話させてもらったことを思い出しながら、このたび掲載させていただきました。
またいつかどこかで、一緒に猛田くんのお話が出来たら嬉しいなあと、ささやかな祈りを込めて。

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お返事です

以下、拍手より頂戴したメッセージへの返信となります。お心当たりのある方は、下記よりご覧ください。
また、当ブログを見て下さっている方へ、いつも読んでくださりありがとうございます!




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地獄で待っている

地獄で待っている(鋼毅×猪狩進)

 夏が来るたび思い出す。いささか大袈裟な言い草だが、本当のことだった。
 高校三年の夏、プロペラ団に与していた、あの夏。大東亜学園のエースとして、俺はマウンドに立っていた。今から思えば、ずいぶんと馬鹿なことをしたものだと鼻で笑えるが、当時は本気だった。若かったのだ。プロペラ団に唆され、持て囃され、エースとして甲子園の土を踏むことになんの疑いも抱いていなかった。だから、大東亜の「保険」として用意された聖皇学園のことを今でも忘れられない。野球マスク、いや、猪狩進だったか。お前はいま、どこで何をしている。
 野球マスクと名乗るおかしなやつが聖皇のエースだと聞いたとき、オレはらしくもなく声を出して笑ってしまったように記憶している。予備とはいえ、「そんなもの」が大東亜の、自分の代わりとはずいぶんと舐められたものだと思った。だから、一度自分の目で見て確かめてやろうと思って、俺はわざわざ聖皇にまで足を運んだことがある。
 目を疑った。ふざけた名前だと思っていた野球マスク、お前は血を吐きながら、比喩ではなく文字通り血反吐を吐きながら練習していた。聞けば、大幅なパワーアップ手術の代償として、身体に相当な負担がかかっているらしい。
 それにしても、正気の沙汰ではない。改造手術の弊害か、髪色は緑に変色してしまっていたし、目立つマスクは顔を隠す理由もあるだろうが、大幅な視力の低下を補うためのものだと聞いた。普通の眼鏡などでは、もう碌に見えやしないのだろう。練習の途中で倒れるのは一度や二度ではなかったし、おそらく痛み止めか何かの薬を何度も口にしていた。なんという執着。なんという、執念。あのとき、俺が思わずお前に話しかけてしまったのは、必然とも言えただろう。思えばあれが、最初で最後の会話だった。

 俺はいま、火星オクトパスというチームで野球をしている。どんな理由があれ、一度はプロペラ団に加担した身だ、二度とチームに属して野球をすることなどないと思っていたのに、不思議なものだ。俺を誘ったのが、あのとき自分たちを負かしていった極亜久高校のキャプテンだというのだから、つくづく人生というのはどうかしている。
 猪狩進。お前も、今もどこかで野球をしているのだろうか。それとも、もう野球なんかとは縁を切ったか。かつての俺のように、もう見たくもないと思っているか。しかし、たとえ今はプレイヤーではなくても、きっといや必ず、お前はまた野球に戻ってくるだろう。なぜなら、俺もお前も、野球なしでは生きてはいけない馬鹿野郎だからだ。
 これから自分の進む道に希望が溢れているなんて思っちゃいない。むしろ、その逆だろう。望むところだ。またいつかお前に会える日があるのなら、野球がまたお前と会わせてくれる、そんな気がしている。また会おう。野球という、地獄で待っている。





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野球マスクが好きなんだよね
ほんとに
それだけ
トルネード投法も火星オクトパスもきっと二人を繋いでくれるものだと信じてる
信じてる

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共喰い

共喰い (猪狩進×猪狩守)

 はめられた手袋が行為の合図だった。

「なんだ…兄さんもしたかったんですね」
 白い手袋をつけた進に頬を撫でられる。否定も肯定もせずに顔をそむけると、進はくすりと笑って鼻の頭に口付けた。下りてきたその唇は、ボクの唇と重なることは決してない。進は、こういった行為をする際に、キスだけは絶対にしないのだった。進の布越しの親指が、ボクの唇をなぞるようにして触れていく。
「今日の兄さんは、いつもより物欲しそうな顔をしていますね」
 なにかあったんですか?尋ねながらも、進がこちらの答えなど初めから求めていないことはよく知っている。
進はボクの顔を見ることもなく、淡々とシャツのボタンを外していった。黙々とこなされるそれは単純に作業である。手袋をつけているのに器用なものだと思いながら、ボクは衣服を剥ぎ取っていく指先を黙って見つめていた。進とこういうことをするようになって、もう何度目になるだろう。
「う…」
 何度繰り返されようと、幾度経験しようと、肌を這う布の感覚には慣れそうにもなかった。薄い絹の手袋だが、布一枚隔てているだけでこんなにも違う。進は行為の際、必ず手袋をつける。どうして進がそんなことをするのか自分は知らないし、そもそもいつからこんな行為を続けているのかも忘れてしまった。
 分かっているのは、手袋をつけることが行為の始まる合図だということ、そして手袋をつけた進からは逃げられないということだ。
 柔らかな布の感触が、胸のあたりをいったりきたりしている。それは突起を押したり摘まんだりとせわしなく、思わず眉を歪めて唇を引き結んだ。それを見た進は薄く笑むと、指を口の中に突っこんで乱暴にかき回した。喉の奥まで入れられたそれに思わず嘔吐く。噎せ返って体を折るも、進はやっぱり笑っていた。
「声、我慢しちゃダメって言ったでしょう。いけない兄さんですね」
「あっ…」
 痛いほどに先端の突起を摘ままれる。己の唾液で濡れた手袋は冷たく、思わず声を上げていた。執拗にそこばかりを攻め立てられ、なんだか頭がぼんやりしてくる。体の奥から湧く確かな熱に絶望するも、仕立て上げられた身体はどこまでも進の愛撫に従順であり、抗う術がない。濡れた布が肌をこする快感はゾクゾクと背を這い、蝕むように全身へと広がっていく。
「兄さんって、乳首をいじられるの好きですよね」
「あ、あ…」
「こんなのが、そんなに気持ち良いんですか?」
「は、あ…」
「僕にはよく分かりませんけど」
 いつものことだったが、ボクは進にこうされていると、だんだんわけが分からなくなってきてしまう。布越しの感覚がもどかしい、熱で浮かされているうちにそんなことを思うようになってしまう。直接触って欲しいと欲求が叫ぶたび、望まない行為にそんなことをねだるのはおかしいと理性が訴えかける。
「兄さん、何を考えているんですか?僕が目の前にいるのに、考え事?兄さんのそういうところが、僕」
 大嫌いなんですよ。忌々し気に吐き捨てられた進の声は、やけにはっきりと響いた。目頭が熱くなって、鼻の奥がつんとする。上質なシーツを濡らすそれを見て、進は大きなため息をついた。
「なんで泣くんですか?」
 そんなの分からない。ボクには分からないことばかりだ。ボクが答えないことに進は苛立っているようで、進はいつもより幾分か性急に、そして乱暴に衣服を剥ぎ取っていった。裸にされ、ベッドの上に投げ出される。
「兄さんって、つくづく変態ですよね」
 すっかり勃起している中心を痛いほどに掴まれ、思わず声が漏れた。進の唇には薄い笑みが浮かんでいる。
「こんなことをされても、感じているんですからね」
 進はそれを掴んだまま、今度はボクが快感を得るようにゆっくりといやらしく上下に扱いていった。粘着質な水音がぐちゃぐちゃと響いて、ボクの吐息と、興奮しているらしい進のそれが交わって耳の奥に溶けていった。何もわからないのに、いつだってもたらされる快楽に身体は正直で、ボクは逃れられない波に攫われていくような感覚に陥る。
乱暴な言動とは裏腹に、優しい手つきで愛撫を施す進に、ボクの身体は従順に高ぶっていく。やめてほしい、気持ちがいい、バラバラな心と身体。ふと目が合った進は、いつかの優しい弟のままの顔でボクに微笑み掛けるのだった。それが引き金になったように、ボクは高ぶった熱を吐き出した。
「は、はあ…っ」
射精後の気怠さにぐったりと身体を折るも、進はどこ吹く風だ。ボクの吐き出す浅い息遣いだけが妙に響く中、進は知らん顔で手袋を外してそれをゴミ箱に放った。ボクの涙と唾液と体液が染み込んだ手袋だ。
 手袋を外した進は、たいして乱れていない自身の衣服を正してさっさと部屋から出ていこうとする。素っ裸でいるボクとは対照的に、進の方はこの部屋にやってきた時のままの姿だ。
ベッドに腰かけた進が手袋を外した手で自身の服の裾を正し、襟を直す様をボクは黙って見つめていた。こんなことをしているのに、ボクはもうずいぶんと長らく進に触れていない。練習熱心で、マメだらけだった進の美しい掌は、今どんな風になっているのだろう。ごくりと生唾を飲み込む。
「じゃあね、兄さん」
 こちらを振り返ることもなく部屋を出ていこうと立ち上がった進の服を掴むと、進は鬱陶しそうに眉を寄せてこちらを見るのだった。それを真正面で見つめ返しながら、ボクは掴んだ裾をそのままに進を思い切り引き倒してベッドに沈める。
ボクがそんなことをするとは夢にも思っていなかったらしい進は、無抵抗でされるがままだ。ぽかんと口を開くその顔は、幼少期によく見せたあどけない弟の表情そのもので、ボクは胸の奥のいちばん柔らかい部分を掴まれるような思いがした。
ぺろりと自身の唇を舐め、そっと進の唇と重ね合わせる。すぐに離し、驚いているらしい進の顔を眺めながら、もう一度。角度を変え、互いの唇の輪郭を味わう頃には、進はすっかり大人しくなってしまっていた。呆気にとられ何も言えないらしい進を横目に、ボクは先ほどゴミ箱に放られた手袋を拾い上げた。
「兄さん、どうして」
 問いかけには答えず、ボクは静かに手袋を身に着けた。この手袋が何を合図にしているのかは、進、おまえがいちばんよく分かっていることだろう。
 ボクらの夜はまだ、明けそうにない。

2019.6.23



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三年前に完売しました同人誌より再掲でした。
当時お手に取ってくださった方々、どうもありがとうございました!
最近進守あんまり書いてないですが、やっぱりこの兄弟が大好きなのでまた書きたいですね
みなさんもかいてください、そして見せてください教えてください

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ほんとうのことをほんの少しだけ

ほんとうのことをほんの少しだけ(主守)

 猪狩がその教室を覗いたとき、パワプロは女生徒と話し込んでいた。ただ話しているというよりは、随分楽しそうに盛り上がっていたものだから、猪狩はそれを見てきょとんとしてしまった。あんな顔をして話すパワプロを初めて見た。とても間に割って入っていける様子ではなかったし、そもそも自分はただ野球部の伝令を伝えに来ただけだ。猪狩は急激に理不尽な怒りを覚えて、そのままその場を後にした。パワプロは隣のクラスだったが、飛ばして次のクラスへ向かうことにする。そうして放課後、部室で会ったパワプロに「なんでオレだけ飛ばして教えてくれなかったんだよ」などと詰め寄られたが、そんなのは猪狩の方が理由を知りたかった。

「猪狩ってさあ、いつも好きなこと言ってくくせに、急に黙るときあるよな。なんか言いたげに、こっち見てる時もあるし」
 ある日の午後、寄り道した公園でキャッチボールをしているときにパワプロがそう言った。こちらに返答を求めているというよりはひとりごとのようにも聞こえたので、猪狩は特に返事をせず、さっきよりも少しだけ力を込めてボールを投げ返した。受け止めたパワプロは、無視すんじゃねーよと笑っている。どうやら、質問されていたらしい。
「キミの気のせいじゃないかい」
「いや、絶対違う。お前目力すごいもん。でもまあ、猪狩って変わってるもんな」
「何が言いたい?」
「んー?こうやってキャッチボールしてるときはさ、結構いろんなこと話してくれるじゃん。家族のこととかさ、夢のこととかさ。ほっ」
「そうだったかな」
「うん。猪狩って、そういう話するんだなーって思ったから。普段はなんか、嫌味とか自慢とかそんなんばっかだけど」
「ケンカを売っているのか?」
「売ってない売ってない。だからさ、えーと、うん、何が言いたいのか忘れちゃった。はは。キャッチボールって楽しいよな。オレ、この時間すげー好き」
「まあね。相手がキミじゃなかったら」
「ほんっと相変わらずだよなあー」
 ボールを投げる。受け取る。ミットに受け止めたボールを、また投げ返す。猪狩は、ボールを握って投げることが、何よりも好きだった。それが同じように、同じ気持ちで返ってくるなら、なおさら。パワプロが野球馬鹿と言っていいほど野球が好きなことは、初めて会った時から分かっていた。日焼けした顔でよく笑って、パワプロは白いボールを追いかける事にいつも夢中だった。その夢中さで、追いかけて欲しいと思った。あのとき、女生徒ではなく、自分の方を見て欲しかった。
 そう思い付いた時、猪狩はあまりの衝撃に投げようと掴んでいたボールを取り落としてしまった。ころころと転がっていったそれを拾う気にもなれず、ただ見つめる。なんてことだろうか。
「猪狩、どうした?どっか痛めたか?」
「いや、いい。来なくていい。なんでもない」
 心配そうに今にも駆け寄ろうとしているパワプロを制して、拾い上げたボールをまたミットに向かって投げる。
「ボクも好きだよ」
「うん?」
「キャッチボール」
「ああ!」
 ボールを投げ返すパワプロは、やっぱり嬉しそうに笑っていた。




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夏は主守の季節ですね

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ワンサイドゲーム そのに

「ひとつゲームをしないかい」

 そう言った隣の猪狩はオレの部屋でオレのゲームをしているところだったので、今やってるじゃんと言いたくなるのを飲み込んだ。猪狩は、子供の頃あまりゲームには触れてこなかったようで、最新作のものよりも昔のものを好んで遊びたがった。もちろんそれはオレのもので、わざわざ寮の部屋にやって来てはオレに小言やら文句やらを零すついでにコントローラーを握るのだ。このところは、横スクロールのシューティングゲームにハマっているようだ。あれで意外と上手い猪狩は、すでにオレが長年クリア出来なかったステージを難なく通過してしまっている。
「ゲーム?なんのゲームだ?」
「ボクとキミとで、どちらが先に目標を達成出来るかどうか競うんだ」
「ああ、そういう。いきなりどうしたんだ?」
「べつに、たまにはいいだろう」
 猪狩がそういうことを言い出すのは珍しかったので、オレは隣に座るその横顔をまじまじと眺めた。今日はここまでにすると言った猪狩が、テレビゲームの電源を落とす。今日は、ということは、当然のようにまた続きをしに来るという意味だ。いつものことだった。
「まあ、いいけどさ。目標っていうのは、何なんだ?」
「それは、もちろん自分で決めるのさ。というより、万年二軍のキミには、そんなのひとつしかないだろう。愚問にも程がある」
「いや、ゲームって言う割にはめちゃくちゃ現実的だな……っていうか、オレはもう二軍じゃないだろ!定着は、まあ、確かに出来てないけど」
「そんな体たらくでボクと同じ立場になった気でいるなら、キミはお気楽でいいね」
「相変わらず嫌味なやつだな〜。……よし!オレの目標は、来シーズンの開幕スタメン!そんで、レギュラー定着!」
「ま、せいぜい、頑張ることだね」
「はいはい。一軍半はせいぜい頑張りますよ。で、猪狩。お前はどうするんだ?」
 そう尋ねたところで、突然猪狩が首を回してこちらを見た。くるんとした大きな目でまじまじと見つめられると、なんとなくたじろいでしまう。
「告白させる」
「は?」
「ボクには、前から好きな人がいる。その相手から告白させて、交際をするのが目標だ」
 突拍子もなければ脈絡もなく、おおよそ猪狩の口から出るとは思えない言葉に、オレは心の底からぽかんとして、何も返すことが出来なかった。この気持ちはなんだろう。言葉に出来ない。
「なんだ、その顔は」
「いや、猪狩がそういうこと言うの初めて聞いてびっくりしてるっていうか、そもそも好きな人いるんだっていうか、目標って野球のことじゃなくてもいいのかっていうか」
「べつに野球のことだなんて、一言も言ってないだろ」
「ていうか、猪狩。好きなひと、いるの?」
 こくんと顎を引くその仕草は素直というよりは妙に幼く見えて、オレは謎のため息を長く吐き出してしまってからもう一度猪狩の顔を見る。猪狩はいたって平静、冷静、いつも通りだ。
「ボクは天才だから、凡人のキミとはかなりのハンディがあるからね。そうだな。もしもキミが勝ったら、キミの言うことをなんでもひとつ聞いてやろう」
 そう言った猪狩はいかにも楽しそうに笑ってから、オレの部屋をあとにした。

 そういうやり取りがあってからも、オレと猪狩の関係性は特に変わりなかった。一軍の厳しい練習のあと、猪狩と残って練習をしたり、休日になると部屋にやってくる猪狩とゲームをしたり、腹が減ったら一緒に飯を食いに行ったりした。
 変わったことといったら、飯を食いに行くラーメンや屋台といった選択肢に、高級ディナーやレストランが加わったことだ。初めてそこへ連れて行かれたとき、オレはすぐにピンと来た。猪狩のやつ、例の目標を達成するために、オレを下見の材料に使っている。
 きれいな夜景の見えるレストラン、こんなところで猪狩のような男と食事に来たら、きっと女の子は嬉しいのだろう。何しろ猪狩は学生時代からうんとモテていたし、プロ入りしてからは公式にファンクラブが作られて、バレンタインにはトラックで運ぶほどのチョコレートが届くという。ハンディどころか、最初から完敗しているような気もするが、猪狩に誘われてその気にならない女の子なんているんだろうか。勝負の期限は一年と言っていたが、今のところ猪狩から勝利報告は聞いていない。上等なスーツに身を包み、上品な仕草でナイフとフォークを使いこなす猪狩は、ムカつくほど様になっていて格好良かった。
 そういう場所で食事をすることにも抵抗感が薄れて来た頃、今度は猪狩に水族館へ行かないかと誘われた。オレじゃなくて、その好きな女の子を誘えよとよほど口から出掛かったが、これもまたエスコートをするための下見なのだろうなと思い、仕方なく付き合ってやった。我ながら、お人好しもここまでくると極まれりだ。
 男二人で水族館に行ってしまえば、あとは映画館だろうが遊園地だろうがどんどん気にならなくなって、猪狩に誘われるまま、オレはどんな場所にも付き合った。そのうち猪狩の好きな相手について無性に気になるようになったが、なるべく考えないことにした。だって、オレと下見に来た後は、猪狩は完璧なデートプランを組んでその子を誘うに違いないのだから。考えたって仕方のないこだ。
 それにしても、あの猪狩が、野球以外にほとんど興味がなくて、暇さえあれば練習をしているような猪狩が、ここまで心を砕く相手とは、いったいどんな人なのだろう。
 オレはいつの間にか、その相手がいっそ羨ましいような、一目でいいから見てやりたいような、そういう気持ちになっていた。なんだか、おかしな感じだ。こうなったら、何がなんでもこの勝負に勝って、頑なに相手については語らない猪狩から、詳細を聞き出してやるしかない。そういう邪な、ずいぶんと不純な動機の力も加わり、オレは着実にレギュラー入りへの実力を付けていった。
 あるとき本当に笑ってしまったのは、バレンタインに猪狩からチョコレートをもらった時のことだ。練習台相手に、そこまでするか。というか、お前が渡すのかよ。そういえば、猪狩は相手に「告白させる」と言っていたから、自分が相手にチョコレートを渡すことでそのシチュエーションを想像しているのかもしれない。いや、ほんとうにそうなのか?もう、よく分からなくなって来た。いちばん分からなかったのは、女の子と付き合っている猪狩を想像すると、なんとなく腹が立ってくる自分自身だった。もはや何に対して怒っているのかも分からない。

 そうしているうちに、春が来た。球春の到来だ。キャンプから好調だったオレは順当に実力を認められ、なんと開幕スタメンの座を射止めることに成功していた。あとは、レギュラーへの定着。そうすれば、オレは猪狩との勝負に勝てる。もはやなんの勝負かも分からなくなっていたが、とにかく勝てば、猪狩になんでも好きなことをお願い出来るのだ。オレの願いはもう、決まっていた。

「なあ、猪狩」
 ある日の午後のことだ。いつものように猪狩と練習したあと、飯に来ていた。今日は高級レストランではなくて、オレの好きな高架下の屋台だ。がやがやと騒がしい、それでいてどこか独特の雰囲気が落ち着く店で、オレは口火を切った。
「前に言ってた、勝負のことだけど」
「勝負?」
「ほら、目標を先に達成した方が勝ちってやつだよ。お前が言い出したんだろ?」
「ああ。そのことか」
「オレ、レギュラーに定着して結構経つし、この勝負はオレの勝ちってことで、どうだ?」
「定着も何も、まだワンシーズンも終わってないだろう」
「そうだけどさ。お前の方こそどうなんだよ」
「ボク?まあ、想像にお任せするよ」
「ごまかすなよ」
「べつに、ごまかしてるわけじゃない」
 煮え切らない猪狩の態度が、酒の回ったオレを妙に刺激する。苛々するというよりは、明確な焦りと、嫌悪だった。
「もうオレの勝ちってことにして、オレの言うことひとつ、聞いてくれよ」
「なんだ、急に情けない声を出して」
「オレ、嫌なんだよ、もう」
「なんのことだ」
「お前の好きな人ってやつの代わりにデートに行ったり、下見の材料にされるの、もう嫌だ」
「……」
「お前が、オレ以外の人と楽しく過ごしてるのを想像するだけで、ダメなんだ。なんでオレだけじゃないんだよ」
「……」
「猪狩。オレ、お前のことが好きだ」
 言うつもりのなかった言葉は、心底から出た本音に違いなくて、情けなくてみっともなくても、オレはやめることが出来なかった。いつもだったら猪狩の方がとっくに酔っ払っている頃なのに、今日はオレばかりが酔っているようだ。猪狩の顔が、まともに見れない。
「おい。パワプロ」
「なんだよ。笑いたきゃ笑えよ」
「ハハハ」
「ほんとに笑うやつがあるかよ!」
「ボクの、勝ちだ」
 ふてぶてしいほど自信に満ちた声でそう言って、猪狩は勝ち誇ったように笑った。
「ボクの勝ちだ。ハハハ、やっぱりね、こうなるとは思っていたが」
「……は?」
「最初に言ったろう。相手に告白させる、それがボクの条件だったはずだ」
「……はあ?」
「察しの悪いやつだな」
 酔ったせいでもない赤い顔で、猪狩が言う。急激に回らなくなった頭でなんとか最適解を探そうとするが、ぽんこつのそれはほとんど使い物にならず、隣の猪狩の顔を眺めることしか出来ない。
「ボクが勝ったんだから、ボクのいうこと、聞いてもらうからな」
 それはハンディとしてオレに与えられた条件ではなかったかと一瞬よぎったが、いかにも恥ずかしそうに小さな声で囁かれた猪狩の「お願い」に、酒で壊れたオレの涙腺が崩壊するのは、その数秒後のことだ。完敗だった。いや、この場合は、乾杯なのか?そういう馬鹿なことを考えて、オレは祝いのビールを追加で注文するのだった。さすがに頭からかぶったりはしないけど、今日くらい、ちょっとくらいなら、許してくれてもいいだろう。





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脳死してる?っていうくらい同じ主守書いちゃう
だって女の子だもん
タイトルに「そのに」とあるのは、十年前にほぼ同じ主守を同タイトルで書いているからです
こわいです
納涼ですね、ふふ

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冗談みたいな話ですが

オレと友沢は、結婚した。友沢というのは友沢亮のことで、学生時代は同じ部活動で野球をしてきた同級生であるが、プロになってからは同チームで切磋琢磨するライバル同士であり、友人であり、大切な人だ。その友沢とオレは先日、入籍をした。どこの国の話とか、憲法とか法律とか、そういう野暮なことは一旦脇に置いておいてもらいたい。
 入籍する前から半同棲状態だったオレたちではあるが、結婚を機に引っ越しをして、今は仲睦まじく暮らしている。引っ越しに際し、倹約家であり節約家である友沢とは金の使い方を巡ってやや揉めたが、最終的には友沢の方が折れた。華美な生活や不必要な贅沢をするつもりはない、オレと友沢が普通に暮らしていけるだけのマンションを購入した。扉を開ければ、友沢が家にいてくれる。オレは、家に帰るのが何よりも楽しみだった。
「友沢、ただいま〜」
 玄関を開けても、わざわざ友沢が出迎えてくれるようなことはない。新婚ほやほやに間違いなかったが、友沢ときたら結婚する前からなんら変わりがない。少し寂しい気持ちもするが、あの友沢がオレの帰りを待ち侘びて、戸を開けた瞬間飛び出してくるようなことがあったらこわい。シャツのボタンを上からひとつふたつ外しながら、入って来た時からいい匂いのしているキッチンの方へ歩いて行く。
「ただいま」
「お帰り。早かったな」
「うん。今日の晩めしは?」
「見れば分かるだろ、カレーだ」
 振り返った友沢は、おたまで鍋の中をかき混ぜながら言った。エプロンを付けたその後ろ姿にぎゅうと抱き付くと、オレの行動を咎めるように、おいと言う。その声がただの照れ隠しだととっくに知っているオレは、たまらずその口を自分のそれで塞いでしまう。一度唇を離し、二度目の口付けを交わすときには、友沢はおたまを置いて鍋の火を切っていた。そういうところが、たまらない。
「ここでするのか」
「うん。晩飯の前に友沢を食べようかな」
「馬鹿だな」
 言葉だけを聞くとずいぶんひどいが、その声はこちらが恥ずかしくなるほど甘い。友沢が首の後ろに手を回して口付けをねだる間に、オレはエプロンに手を伸ばしてそのリボン結びをほどいてしまう。ほどいたそれにするりと手を掛けて、友沢を見る。
「エプロン付けてる友沢って、エロいな」
「台所でエプロンしないでどこでするんだ」
「それは、確かに」
 少しだけ考えて、ほどいたばかりのリボンをもう一度結び直す。こちらに寄りかかりながら小首を傾げる友沢の仕草は、世界一かわいかった。
「なんだ?しないのか」
「いや、このままの方がエッチかな〜と思って」
「ほんとうに、お前は……」
 呆れているみたいだけど、別に怒られない。それどころか、友沢の方も満更ではなさそうだ。
「ねえ友沢、キスして」
 とびきりかわいらしい返事が唇にちゃんと返ってきて、オレは思わずにやけてしまいながら、腕の中の友沢を抱き直した。


「という夢を見たんだ」
「それは、夢オチにしない方が良かったんじゃないか」
「友沢、どこ見て言ってんだ?」
 オレの次に風呂から上がった友沢は、こちらではなくあらぬ方向を見ながら、そう言った。早く全方位に謝罪した方が良いなどと要領の得ないことを言っている友沢を耳半分に聞きながら、オレは布団の上に寝転がる。
「オレたちが結婚したらさあー、朋恵ちゃんも翔太くんも、もちろん友沢のお母さんも、みんな一緒に暮らそうな」
「誰と誰が結婚するんだ」
「はは、友沢照れてやんの」
「……」
「オレ、これからもっと活躍するし、友沢より稼げるようにがんばるし」
「言ってろ」
 濡れた髪もそこそこにタオルを放り出した友沢は、照れ隠しなのかなんなのか、寝転んでいるオレの鼻を摘んだ。少しの間見つめ合い、オレは自分から目蓋を下ろした。友沢にはその意味がちゃんと伝わっていて、少ししてから唇の感覚がちょんと触れた。かわいらしい友沢からのキスにばっちり嬉しくなってテンションの上がったオレは、起き上がってから友沢を抱き締めて、そのまま一緒になって布団の上を転がった。
「へへへ、友沢、好きだよ」
「知ってる」
「誕生日、おめでとう」
「知ってたのか」
「当たり前だろ。プレゼントもちゃんとあるよ」
「そういうのは、言わない方がいいんじゃないのか」
「サプライズの方が良かった?」
「べつに。お前がいれば、それでいい」
「ひゃー、すごい殺し文句」
 二人して布団の上でくすくすと笑い合って、もう一度唇にキスをした。愛してるよと囁けば、さっきまでの余裕はどこへやら友沢は真っ赤な顔で黙ってしまったものだから、机の上に置いてあるあの小さな箱を見たらどうなってしまうのか、オレは想像してまた笑った。





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つい先日うっかり倒れて救急車に乗ってしまったので、予定していた計画が全てパァとなり、ご迷惑をお掛けした皆々様につきましては改めてお詫び申し上げます
いつもありがとうございます
今年はこのような形になってしまいましたが、友沢亮くん、お誕生日おめでとう!
来年もまた絶対お祝いさせてね!
友沢くんもみなさんもどうか健康で。ご自愛ください。

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ねがいごと

ねがいごと(猪狩守)

 弟が交通事故に遭ったのは、今から一週間ほど前のことだ。日にちの感覚が曖昧になっていて、いまいち判然としない。マナーモードにしていた携帯電話がポケットの中で震えて、見慣れない番号に首を傾げながら受話器ボタンを押した。確かに音は聞こえて来るのに、意味はよく理解出来なかった。振り仰いだ空が目に染みるほど青い。雲一つない快晴。よく晴れたある夏の日、進はトラックに轢かれた。
 意識不明の重体であると告げられ、自分が病院に駆けつけた時にはもう、弟は集中治療室に入っていた。遅れて父と母もやって来たが、何を話してどんなやり取りをしたのかよく覚えていない。弟とは、今朝も普通に会って会話を交わした。それは覚えている。他愛のない話、進は笑っていて、あまりにいつも通り、普段通りの朝だった。それが、どうして。常ならば部活動でも顔を合わせるが、今日は監督が休みであるという理由から部活動は休みになっていた。進は買い物に出掛けると言っていた。兄さんも一緒にどうですか?いやいい、ボクはトレーニングがてらランニングしながら帰ることにするよ。あのとき、進の誘いに乗っていたら。そもそも部活動が休みになっていなければ。無数に湧く「もしも」が泡のように湧いては消えていく。

「兄さん、心配掛けて本当にごめんなさい」
 そうやって笑う弟を見たのは、それから幾日も経ったあとのことだ。意識を取り戻してからの進の回復力にはめざましいものがあった。今では一般の病棟に移り、一人で身体を起こして話が出来るまでになっていた。笑う進に、黙っている自分。掛けられる言葉などあるはずもない。命は助かった。命だけは。
 進はもう、野球が出来ない。医者がそう言うのだから、たぶんそうなんだろう。

 今まで生きてきて、神さまに何かを願ったことなどない。一度もない。願いとは、自分の力で叶えるものだからだ。だからこれは、生まれて初めてする、ボクの一生のお願い。神さま、ボクの弟から野球を取らないでください。
 進が病院からいなくなったのは、その次の日のことだ。



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♪今日は七夕なので短冊に吊るすお願いごとのつもりで書きました♪
そして出来上がったのがこちらになります
(進くんの交通事故話書きすぎ)

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そんなわけないだろ

そんなわけないだろ(主友)

 友沢って、性欲ないのかな。そう思ってしまうのも仕方がないほど、隣を歩く男は今日も澄ました顔をしていて、オレはそのきれいな横顔にこっそりと目をやりながら心の中で息をついた。
 友沢というのは同級生男子のことで、同じ野球部のチームメイトでもある。出会った初めこそ口数も少なく何を考えているのかよく分からなかったが、ひと夏、そしてもうひと夏と越す頃には随分と距離も近しくなって、気が付けばいつしか惹かれ合っていた。確かに告白をしたのはオレの方だったし、友沢の返事といえばいつものように素っ気ないものだったが、気恥ずかしそうに逃した視線や頬を染めながら初めて見せるその表情は、言葉なんかよりもずっと雄弁に友沢の気持ちを語っていた。
 そうして始まったオレと友沢の交際は、順調かつ順当に清く正しい。二人で並んで歩く帰り道、たまに寄り道をする公園、コンビニ、時々は手を繋いだり、別れ際にキスをしたりもした。それでも、友沢はいつだって表情ひとつ崩さずに、涼しい顔をしている。
 それどころか、この前ははっきりと拒絶をされてしまった。練習に熱が入り、結局最後まで残っていたのはオレと友沢の二人だけ、遅くまで居残り練習をしていたあの日。あの日はどうしても離れがたくて、いつものように澄ましている友沢のその先の表情が見てみたくて、何よりもっと友沢に触れたくなって、少しだけ強引にキスをした。常ならば唇同士が触れるだけのそれに、舌を捻じ込ませた。その瞬間、強い力で押し返される。こちらが悪かったのも強引だったのも重々承知しているが、なにも突き飛ばさなくても。驚いたままごめんと言ったオレの声だけが、グラウンドの真ん中で妙に響いて聞こえていた。
「じゃあ、飲み物取ってくるから、ちょっと待ってて」
 そういうことを考えながら歩いていたら、あっという間に家に着いていた。自分の部屋に友沢がいるのは、不思議な感覚だった。帰ってきたオレたちと入れ違いで母さんは買い物に出て行ったから、正真正銘の二人きり。本当ならもっと緊張とか期待とかしてしまうのかもしれないけど、この前のことがあったから、さすがのオレもそんな気持ちにはならなかった。無理強いするのは絶対に嫌だったし、友沢がしたくないなら、オレは我慢できる。我慢してみせる。名目上はまもなくやってくる期末テストに向けて勉強をするために集まったのだから、勉学に励めばいいのだ。オレと友沢が集まったところで、どれほどの効果があるのかは知らないが。
「おい」
「ん?」
 ドアノブを回して部屋から出ようとしたところを呼び止められ、振り返ったらそのまま腕を掴まれた。なんだと思っているうちにベッドの上に投げ出されて、呆気に取られて目を丸くしていると友沢も同じくベッドに乗り上げた。横になった自分の身体の上に友沢が跨って、そのままキス。胸ぐらを掴まれて、もう一度。躊躇うことなく差し入れられた友沢の舌の感覚にオレの頭はそこでようやく現実に追いついて、声を上げた。待て。待て待て待て。なにが起こっている。
「待っ……待てって、友沢!急にどうしたんだよ!」
「なんだ、したくないのか」
「そういうことじゃなくて、急すぎるだろ!」
「急じゃない」
「だってお前、この前キスしたら突き飛ばしたじゃんか」
「……」
「友沢はそういうことしたくないのかと思ってたし……いつも涼しい顔してるから、性欲とかないのかなって思ってた」
「バーカ」
 こちらを見下ろした友沢が、挑発的な表情で微笑んでみせる。
「そんなわけないだろ」
「じゃあ、なんで」
「外で我慢出来なくなったら困るだろ」
「え」
 友沢の唇に飲み込まれて、オレの言葉はそこで途切れる。柔らかくて、熱い。息を継ぐために吐き出す友沢の吐息が妙に生々しくて、オレは難しいことを考えていられなくなる。それでもこのままやられっぱなしではいられないと、乗り上げた友沢の手を引いてオレはぎゅうと力いっぱい抱き締めた。思わず勢い余って布団の上で転がると、腕の中の友沢は声を出して笑っていた。
「友沢、お前そんな顔して笑うんだな」
「そりゃ笑うだろ」
「もっと見せて」
 途端恥じらう友沢の顔をつかまえて、オレは優しくキスをした。目蓋を下ろした友沢はやっぱり笑っているように見えたから、オレも一緒に笑った。




ーーーーーーーー
友沢ーーーー!!!!!!!!!!
一行目の問いにタイトルで答える意欲作ですね
友沢に胸ぐら掴まれてキスされる主人公ちゃん好き好き侍です
主人公ちゃんの胸ぐら掴んでキスする友沢くん好き好き好き侍です

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