月がきれいな夜に
月がきれいな夜に(猪狩守)
「あ、猪狩じゃん」
どうして、こんな日に出くわすのだろう。よりにもよって、こんな日に。今は何時になるのだろうか。夜、月明かりが頼りの河川敷で、その男は手を上げてボクを呼んだ。名前をパワプロといって、パワフル高校に通う野球部員であった。なんの偶然か、因果か、やたらと鉢合わせするのでそのたびに三球勝負をしている、ただそれだけの間柄だった。
「オレはコンビニ行ってきた帰りなんだけど。こんな時間に会うの、珍しいよな」
病院からの帰り道、疲れ切っていたボクは返事をする気にもならないで、そのまま黙っていた。パワプロは気にした様子もなく、無邪気に話しかけてくる。今日は暑いよな。そうだ、暑い、今日は特別に暑い日だった。日が暮れているにも関わらず妙に蒸し暑い、ぬるい風が頬を撫ぜていく。この暑さが、弟の集中力を奪ったのだろうか。
「…どうかしたのか?」
いい加減、黙ったままでいるボクの様子をおかしいと思ったのか、そんなことを言う。ボクは答えなかった。
弟が交通事故に遭った。数時間前のことだ。いつもと変わりなく、共に部活動をこなし、もう少し練習していくからと一人残ったボク、先に帰った弟、連絡を受けたボク、トラックに轢かれた弟。病院に駆け付けると、大型トラックに撥ねられたにも関わらず、弟は幸いにも意識があり、病院のベッドの上で身体を起こし、口をきくことが出来た。最悪の事態を想定していたボクは、静かに胸を撫で下ろした。
その後のことは、よく覚えていない。進の安否を確認して、ボクは気が抜けてしまったのかもしれない。また明日、そう言い合って、ボクは病室をあとにした。
「猪狩、泣いてるのか?」
そんなわけないだろう。そう言いたかったはずなのに、声にはならなかった。高校三年の、夏。もうまもなく夏の大会の予選が始まるところであった。そう思った瞬間、何かが堰を切ったように溢れ返った。止まらない。思いついたまま話す、時には支離滅裂のそれをパワプロは黙って聞いていた。暑いはずなのに背筋が妙に冷え、ボクは身震いをするように腕を掻き抱いた。弟は、もう、野球が出来ない。医者に言われた言葉を反芻して、ボクの話は終わった。
パワプロは何も言わなかった。生温い風が全身を撫ぜていく。月夜の晩、河川敷には二人きりだった。他に誰もいない取り残された世界で、ボクはもう一度だけ泣いた。
了
「あ、猪狩じゃん」
どうして、こんな日に出くわすのだろう。よりにもよって、こんな日に。今は何時になるのだろうか。夜、月明かりが頼りの河川敷で、その男は手を上げてボクを呼んだ。名前をパワプロといって、パワフル高校に通う野球部員であった。なんの偶然か、因果か、やたらと鉢合わせするのでそのたびに三球勝負をしている、ただそれだけの間柄だった。
「オレはコンビニ行ってきた帰りなんだけど。こんな時間に会うの、珍しいよな」
病院からの帰り道、疲れ切っていたボクは返事をする気にもならないで、そのまま黙っていた。パワプロは気にした様子もなく、無邪気に話しかけてくる。今日は暑いよな。そうだ、暑い、今日は特別に暑い日だった。日が暮れているにも関わらず妙に蒸し暑い、ぬるい風が頬を撫ぜていく。この暑さが、弟の集中力を奪ったのだろうか。
「…どうかしたのか?」
いい加減、黙ったままでいるボクの様子をおかしいと思ったのか、そんなことを言う。ボクは答えなかった。
弟が交通事故に遭った。数時間前のことだ。いつもと変わりなく、共に部活動をこなし、もう少し練習していくからと一人残ったボク、先に帰った弟、連絡を受けたボク、トラックに轢かれた弟。病院に駆け付けると、大型トラックに撥ねられたにも関わらず、弟は幸いにも意識があり、病院のベッドの上で身体を起こし、口をきくことが出来た。最悪の事態を想定していたボクは、静かに胸を撫で下ろした。
その後のことは、よく覚えていない。進の安否を確認して、ボクは気が抜けてしまったのかもしれない。また明日、そう言い合って、ボクは病室をあとにした。
「猪狩、泣いてるのか?」
そんなわけないだろう。そう言いたかったはずなのに、声にはならなかった。高校三年の、夏。もうまもなく夏の大会の予選が始まるところであった。そう思った瞬間、何かが堰を切ったように溢れ返った。止まらない。思いついたまま話す、時には支離滅裂のそれをパワプロは黙って聞いていた。暑いはずなのに背筋が妙に冷え、ボクは身震いをするように腕を掻き抱いた。弟は、もう、野球が出来ない。医者に言われた言葉を反芻して、ボクの話は終わった。
パワプロは何も言わなかった。生温い風が全身を撫ぜていく。月夜の晩、河川敷には二人きりだった。他に誰もいない取り残された世界で、ボクはもう一度だけ泣いた。
了
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オレとおまえとプリンと甘えんぼ
オレとおまえとプリンと甘えんぼ
プリンがない。風呂上り、食べようと思って楽しみにしていたプリンがなくなっていた。冷蔵庫の中を、もう一度くまなく探す。ない。考えられる原因は、ひとつしかなかった。ソファに腰掛けたまま知らん顔している猪狩の横顔にオレは声を掛ける。
「なあ、オレのプリンがなくなってるんだけど」
「ああ、ボクが食べたよ」
「はあ?だってお前、飯食ったあと自分の分食べただろ、あれはオレのじゃん」
「そうだったかな」
本を読んでいた猪狩は、紙面から顔も上げずにそう言った。オレが何と言ってもどこ吹く風で、本の内容に集中しているのか返事すら返さなくなった。さすがにカチンときたオレがわあわあと言い募るも、猪狩は相変わらず涼しい顔をしている。なんてことだ。
やり場のない怒りと、甘味を待ち望んでいたオレの口は、持て余したこの激情をどこにぶつけたらいいのか分からない。仕方がないので、オレは猪狩が持ってきた高級アイスクリームを一人で食べてやることにした。アイスに罪はない、しかし、オレは風呂から上がったらプリンを食べたかったのだ。
しかし、冷たいアイスを食べているうちに、だんだん心も落ち着いてきた。自分が驚くほど単純であることは否めないが、それにしてもこのアイス、めちゃくちゃ美味い。なんだこれ。確かに、猪狩が自慢げに珍しいとか美味いとかなんだかそんなことを言っていたような気もするが、オレはそんなのこれっぽっちも聞いていないのだった。
猪狩め、こんな美味いアイスを持ってきておいて、わざわざコンビニのプリンを食べるとは、とんだ物好きだ。猪狩には、昔からそういう「悪癖」があった。こいつときたら、わざわざオレが食べようと思っていたものを食べてしまうのである。でも、オレは知っている。猪狩がこんなことをする理由を、とっくに見抜いている。
要するに、猪狩はオレに構ってほしいのだった。猪狩の愛情表現は解し難く、それでいて分かってしまえばタネは簡単だった。わざわざオレにちょっかいを掛けて構ってほしい甘えんぼちゃんなのだ、この天才猪狩守とやらは。
アイスを完食し、すっかり機嫌の良くなったオレは、猪狩のことを許してやることにした。かわいい恋人の悪戯じゃないか。そんなにオレに構ってほしいとは、いじらしいやつめ。今もわざと本に集中しているフリをする猪狩に、オレは後ろから抱き付いた。
「猪狩!」
「なんだ、暑苦しい」
「猪狩〜」
「ボクはいま本を読んでいるんだ、邪魔しないでくれるかい」
「ったく、そんなこと言ってオレには分かってるんだからな〜こいつう〜」
「二度は言わないぞ。離れろ、触るな、静かにしろ」
「あ、はい」
猪狩、どうやら今日はマジでプリンが食べたかっただけのようである。思わず真面目に返事を返して、オレは手を離した。恋人に甘えたいというやり場のない衝動を持て余したオレは、途方に暮れる。答えを知っているのは、猪狩に食われてしまったプリンだけだ。
了
ボクとキミとプリンと甘えんぼ
プリンを食べてしまった。ここでいうプリンというのは、本来ならばパワプロが食べる予定だったはずのプリン、という意味だ。自分の分は夕食後に食べてしまったのだから、これで二つ目だった。
この衝動を、なんと説明すれば良いのだろう。パワプロと一緒にいると、たびたび似たようなことがあった。この気持ちの正体を、ボクは今も適切に表現することが出来ない。パワプロのもの、そう思うと、ボクにはどうしようもない感情が湧き上がってくるのだった。
風呂から上がったパワプロは、案の定冷蔵庫の中を確認して怒っている。自分でも上手く理由を説明出来ないこと、そして読み始めた本が存外に面白かったこともあり、適当にあしらってしまった。
そんなボクの態度にパワプロは怒り心頭で、そのままキッチンの方へと消えていった。そうかと思えば、すぐに戻ってきて、今度はソファに座って読書をしているボクを後ろから抱き締めた。相変わらず、わけの分からないやつだ。そして、タイミングが悪い。ちょうど物語の良いところであったので、ボクは感情のまま邪険に振り払ってしまった。
不貞腐れたパワプロは、ソファの端っこに座ってテレビを見ている。そのまま、どのくらい経っただろうか。キリの良いところまで読み終わったボクは、本を閉じてテーブルの上に置いた。それに気が付いているくせに、隣の男はわざと知らん顔をしている。
「おい、パワプロ」
「なんだよ」
「悪かったね」
「それは、何に対して謝ってるわけ?」
ふう、とパワプロは大袈裟に息をついた。
「オレ、怒ってるんだけど」
「そうだろうね」
「ああそうだオレは怒ってる、めちゃくちゃ怒ってる、だから、今日は猪狩の方からキスしてくれるまで許さないことにした!」
「いいよ」
パワプロの顔を捕まえて、そのまま口付けた。間抜け面のそれが面白くて、もう一度。気分が良かったので、唇を吸い上げてそのままぺろりと舐め上げてやった。なんだか甘い味がする。
「これで、許してくれるのかい?」
「ほんと、おまえさあ…」
脱力したように、パワプロはこちらにしなだれかかってきた。抱き締める腕に大人しく収まっていると、パワプロは馬鹿なことを言っている。ボクはこれから、プリンの代わりに食べられてしまうらしい。馬鹿だ。そう思うのに、その首に腕を回したボクは、もっと馬鹿なんだろう。
そのあと、キッチンのゴミ箱から発見されたアイスクリームの空箱を巡ってもう一悶着あるわけだが、それはまた、別の話だ。
了
ーーーーー
書いてて恥ずかしかったです
プリンがない。風呂上り、食べようと思って楽しみにしていたプリンがなくなっていた。冷蔵庫の中を、もう一度くまなく探す。ない。考えられる原因は、ひとつしかなかった。ソファに腰掛けたまま知らん顔している猪狩の横顔にオレは声を掛ける。
「なあ、オレのプリンがなくなってるんだけど」
「ああ、ボクが食べたよ」
「はあ?だってお前、飯食ったあと自分の分食べただろ、あれはオレのじゃん」
「そうだったかな」
本を読んでいた猪狩は、紙面から顔も上げずにそう言った。オレが何と言ってもどこ吹く風で、本の内容に集中しているのか返事すら返さなくなった。さすがにカチンときたオレがわあわあと言い募るも、猪狩は相変わらず涼しい顔をしている。なんてことだ。
やり場のない怒りと、甘味を待ち望んでいたオレの口は、持て余したこの激情をどこにぶつけたらいいのか分からない。仕方がないので、オレは猪狩が持ってきた高級アイスクリームを一人で食べてやることにした。アイスに罪はない、しかし、オレは風呂から上がったらプリンを食べたかったのだ。
しかし、冷たいアイスを食べているうちに、だんだん心も落ち着いてきた。自分が驚くほど単純であることは否めないが、それにしてもこのアイス、めちゃくちゃ美味い。なんだこれ。確かに、猪狩が自慢げに珍しいとか美味いとかなんだかそんなことを言っていたような気もするが、オレはそんなのこれっぽっちも聞いていないのだった。
猪狩め、こんな美味いアイスを持ってきておいて、わざわざコンビニのプリンを食べるとは、とんだ物好きだ。猪狩には、昔からそういう「悪癖」があった。こいつときたら、わざわざオレが食べようと思っていたものを食べてしまうのである。でも、オレは知っている。猪狩がこんなことをする理由を、とっくに見抜いている。
要するに、猪狩はオレに構ってほしいのだった。猪狩の愛情表現は解し難く、それでいて分かってしまえばタネは簡単だった。わざわざオレにちょっかいを掛けて構ってほしい甘えんぼちゃんなのだ、この天才猪狩守とやらは。
アイスを完食し、すっかり機嫌の良くなったオレは、猪狩のことを許してやることにした。かわいい恋人の悪戯じゃないか。そんなにオレに構ってほしいとは、いじらしいやつめ。今もわざと本に集中しているフリをする猪狩に、オレは後ろから抱き付いた。
「猪狩!」
「なんだ、暑苦しい」
「猪狩〜」
「ボクはいま本を読んでいるんだ、邪魔しないでくれるかい」
「ったく、そんなこと言ってオレには分かってるんだからな〜こいつう〜」
「二度は言わないぞ。離れろ、触るな、静かにしろ」
「あ、はい」
猪狩、どうやら今日はマジでプリンが食べたかっただけのようである。思わず真面目に返事を返して、オレは手を離した。恋人に甘えたいというやり場のない衝動を持て余したオレは、途方に暮れる。答えを知っているのは、猪狩に食われてしまったプリンだけだ。
了
ボクとキミとプリンと甘えんぼ
プリンを食べてしまった。ここでいうプリンというのは、本来ならばパワプロが食べる予定だったはずのプリン、という意味だ。自分の分は夕食後に食べてしまったのだから、これで二つ目だった。
この衝動を、なんと説明すれば良いのだろう。パワプロと一緒にいると、たびたび似たようなことがあった。この気持ちの正体を、ボクは今も適切に表現することが出来ない。パワプロのもの、そう思うと、ボクにはどうしようもない感情が湧き上がってくるのだった。
風呂から上がったパワプロは、案の定冷蔵庫の中を確認して怒っている。自分でも上手く理由を説明出来ないこと、そして読み始めた本が存外に面白かったこともあり、適当にあしらってしまった。
そんなボクの態度にパワプロは怒り心頭で、そのままキッチンの方へと消えていった。そうかと思えば、すぐに戻ってきて、今度はソファに座って読書をしているボクを後ろから抱き締めた。相変わらず、わけの分からないやつだ。そして、タイミングが悪い。ちょうど物語の良いところであったので、ボクは感情のまま邪険に振り払ってしまった。
不貞腐れたパワプロは、ソファの端っこに座ってテレビを見ている。そのまま、どのくらい経っただろうか。キリの良いところまで読み終わったボクは、本を閉じてテーブルの上に置いた。それに気が付いているくせに、隣の男はわざと知らん顔をしている。
「おい、パワプロ」
「なんだよ」
「悪かったね」
「それは、何に対して謝ってるわけ?」
ふう、とパワプロは大袈裟に息をついた。
「オレ、怒ってるんだけど」
「そうだろうね」
「ああそうだオレは怒ってる、めちゃくちゃ怒ってる、だから、今日は猪狩の方からキスしてくれるまで許さないことにした!」
「いいよ」
パワプロの顔を捕まえて、そのまま口付けた。間抜け面のそれが面白くて、もう一度。気分が良かったので、唇を吸い上げてそのままぺろりと舐め上げてやった。なんだか甘い味がする。
「これで、許してくれるのかい?」
「ほんと、おまえさあ…」
脱力したように、パワプロはこちらにしなだれかかってきた。抱き締める腕に大人しく収まっていると、パワプロは馬鹿なことを言っている。ボクはこれから、プリンの代わりに食べられてしまうらしい。馬鹿だ。そう思うのに、その首に腕を回したボクは、もっと馬鹿なんだろう。
そのあと、キッチンのゴミ箱から発見されたアイスクリームの空箱を巡ってもう一悶着あるわけだが、それはまた、別の話だ。
了
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書いてて恥ずかしかったです
愛は食卓に
愛は食卓に(主人公×友沢亮)
金が、ないわけではない。一流企業に勤めていた父には、ある日突然蒸発したとしても、残った家族が生活をしていけるだけの蓄えがあった。母と自分と幼い兄妹は、それを少しずつ切り崩して生活していた。母親が入院してしまってからは、母に代わって友沢が家計の管理をするようになった。
少しずつ、しかし確実に目減りしていく貯金残高。奨学金制度を利用しているとはいえ、友沢は大学に通わせてもらっている。幼い兄妹たちは、これから本格的に学費が掛かる。そして、いつ退院出来るのかいまだ目処のつかない母親の入院費。保険に入っていたのは、幸いであった。何しろ父はエリートで、そういうところもきちんとしていた。それでも、通帳を見るたびに、友沢の心は焦燥感に苛まれるのだった。残高が減ることはあっても増えることはない。自分が、きちんとしなくては。
だから友沢は、節約、節制、倹約、とにかく無駄を省いて、切り詰められるところは少しでも努力した。自分の昼食代は、そのひとつであった。朝、夕は兄妹たちと不自由のない食卓を囲む。これから成長期を迎える兄妹たちには、決してひもじい思いなどをさせたくなかった。自分が、我慢すれば良い。それは友沢の確固たる信念のようなものだった。
「友沢?」
いつの間にか、ぼんやりしていたようだ。スーパーにあるパン売り場の棚を眺めていた友沢は、それを見ながらついつい昔のことを思い出してしまっていた。いつの間にか手に持っていたそれを、隣の男が珍しそうに見ている。
「コッペパン、買うの?」
「いや」
「あ、明日の朝は久しぶりにパンにしない?オレ、パン食べたい」
「これだけじゃ足りないだろ」
「うん、だからこれと食パンも買ってさ」
言いながら、パワプロはもうすでに籠の中へコッペパンと食パンを入れてしまっている。友沢の顔を見て、パワプロは笑った。
「なに笑ってんだよ」
ニマニマと笑っているパワプロは、きっと友沢と同じことを思い出していたに違いない。学生時代に友沢が昼食時に食べていた安いパン、それを自分の弁当と交換して欲しいなどと言ったお節介は、後にも先にもこの男だけだ。そう思う友沢の口元は緩んでいて、隣の男を見つめる眼差しは甘かった。
かつて、友沢には果たさねばならぬことがあった。必ずや実現しなければならないことがあった。それは、家族の生活を己の力で支えること。そのために、プロ野球選手になって、金を稼ぐこと。泥水をすすってでもプロになる、そう言った友沢に、隣の男はあまりにもお節介なことをつらつらと言い並べたものだ。そのお節介のお陰で、友沢は今日まで道を踏み外さずにやって来れた。今なら、そう思う。
「友沢、なんか機嫌良さそう」
「そう見えるなら、そうかもな」
どうしたら、自分がプロになった際の契約金を、他人の母親の手術代にくれてやるなどと言えるのだろう。そして、それを実行出来るのだろう。友沢とパワプロは、一緒にプロになった。その二人分の契約金を合わせて、母親は手術を受けたのだった。友沢には、信じられないことばかりだ。
「友沢、早く帰ろ」
「そんなに今夜のすき焼きが楽しみなのか」
「それも楽しみだけど、そうじゃなくて!」
早く二人きりになりたい、そんなことを言う男に、友沢は耳打ちするように返事をするのだった。それを聞いた男の顔色が、血色の良いピンクに変わる。
「友沢がそんなこと言うなんて、信じられない」
オレもだよ。そう言って友沢は、声を出して笑った。
了
ーーーーーーーーーーー
めちゃ今更なんですが、13の全日本編で沢父をこの目で確認してから、友沢くんの貧乏について心穏やかに妄想出来る様になりました
金が、ないわけではない。一流企業に勤めていた父には、ある日突然蒸発したとしても、残った家族が生活をしていけるだけの蓄えがあった。母と自分と幼い兄妹は、それを少しずつ切り崩して生活していた。母親が入院してしまってからは、母に代わって友沢が家計の管理をするようになった。
少しずつ、しかし確実に目減りしていく貯金残高。奨学金制度を利用しているとはいえ、友沢は大学に通わせてもらっている。幼い兄妹たちは、これから本格的に学費が掛かる。そして、いつ退院出来るのかいまだ目処のつかない母親の入院費。保険に入っていたのは、幸いであった。何しろ父はエリートで、そういうところもきちんとしていた。それでも、通帳を見るたびに、友沢の心は焦燥感に苛まれるのだった。残高が減ることはあっても増えることはない。自分が、きちんとしなくては。
だから友沢は、節約、節制、倹約、とにかく無駄を省いて、切り詰められるところは少しでも努力した。自分の昼食代は、そのひとつであった。朝、夕は兄妹たちと不自由のない食卓を囲む。これから成長期を迎える兄妹たちには、決してひもじい思いなどをさせたくなかった。自分が、我慢すれば良い。それは友沢の確固たる信念のようなものだった。
「友沢?」
いつの間にか、ぼんやりしていたようだ。スーパーにあるパン売り場の棚を眺めていた友沢は、それを見ながらついつい昔のことを思い出してしまっていた。いつの間にか手に持っていたそれを、隣の男が珍しそうに見ている。
「コッペパン、買うの?」
「いや」
「あ、明日の朝は久しぶりにパンにしない?オレ、パン食べたい」
「これだけじゃ足りないだろ」
「うん、だからこれと食パンも買ってさ」
言いながら、パワプロはもうすでに籠の中へコッペパンと食パンを入れてしまっている。友沢の顔を見て、パワプロは笑った。
「なに笑ってんだよ」
ニマニマと笑っているパワプロは、きっと友沢と同じことを思い出していたに違いない。学生時代に友沢が昼食時に食べていた安いパン、それを自分の弁当と交換して欲しいなどと言ったお節介は、後にも先にもこの男だけだ。そう思う友沢の口元は緩んでいて、隣の男を見つめる眼差しは甘かった。
かつて、友沢には果たさねばならぬことがあった。必ずや実現しなければならないことがあった。それは、家族の生活を己の力で支えること。そのために、プロ野球選手になって、金を稼ぐこと。泥水をすすってでもプロになる、そう言った友沢に、隣の男はあまりにもお節介なことをつらつらと言い並べたものだ。そのお節介のお陰で、友沢は今日まで道を踏み外さずにやって来れた。今なら、そう思う。
「友沢、なんか機嫌良さそう」
「そう見えるなら、そうかもな」
どうしたら、自分がプロになった際の契約金を、他人の母親の手術代にくれてやるなどと言えるのだろう。そして、それを実行出来るのだろう。友沢とパワプロは、一緒にプロになった。その二人分の契約金を合わせて、母親は手術を受けたのだった。友沢には、信じられないことばかりだ。
「友沢、早く帰ろ」
「そんなに今夜のすき焼きが楽しみなのか」
「それも楽しみだけど、そうじゃなくて!」
早く二人きりになりたい、そんなことを言う男に、友沢は耳打ちするように返事をするのだった。それを聞いた男の顔色が、血色の良いピンクに変わる。
「友沢がそんなこと言うなんて、信じられない」
オレもだよ。そう言って友沢は、声を出して笑った。
了
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めちゃ今更なんですが、13の全日本編で沢父をこの目で確認してから、友沢くんの貧乏について心穏やかに妄想出来る様になりました
ある母の日記
ある母の日記 (主人公×猪狩守)
「お邪魔します」
そう言って玄関に現れたのは、今までに見たことのないような綺麗な男の子でした。息子が友達を連れてくるというものですから、てっきり私はいつもの矢部くんだと思っていて、不意打ちです。息子と同じ制服を着ているはずなのに、その格好はずいぶんと様になっておりました。整った顔立ち、長い手足、品のある様相…思わずぼんやりしてしまったところで彼の方から丁寧な挨拶があり、私もあわてて頭を下げました。猪狩守くんと名乗った彼は、息子の部活動でのチームメイトとのことでした。
「猪狩、オレの部屋こっち!」
慌ただしく入ってきたのは、今日もユニフォームを泥んこに汚した息子です。息子の連れてくる友達というのは、息子同様泥んこ砂塗れの格好が似合う元気な子ばかりでしたから、私は猪狩くんを見て大層驚きました。
息子は嬉しそうに笑って、猪狩に勉強みてもらうんだ!と言うので、私は「あんまり迷惑掛けちゃいけませんよ」と言い含めました。その様子を珍しそうに、それでいて興味深そうに眺めている猪狩くんが印象的でした。二人は連れ立って、息子の部屋に入っていきました。「猪狩、ゲームやろ!」、早速聞こえた息子の大きな声に、私はやれやれと息をつきました。
さて、その後はどうやら本当に勉強をしていたらしい二人は、夜もずいぶん遅くなって部屋から出てきました。部屋から出てきた猪狩くんに、息子はお礼を言いながら続けました。
「そうだ!猪狩、今日は家泊まってけば?いっつも、お前んち泊まらせてもらってるし」
私は思わず声が出そうになるのをこらえて、息子の顔を見ました。いつも、泊まっている?なんということでしょう、息子は猪狩さんのお宅に今まで散々入り浸っていたようです。野球の練習をして、そのまま友達の家に泊まることがこの頃は多くありましたが、私はこれまたてっきり矢部くんのところだと思っていたのです。何しろ、矢部くんも昔から息子と仲良くしてくれていて、よく泊まっていくものですから。
「急にそんなことを言って、迷惑になるだろう」
「えっ、べつに全然。ねー母さん。晩飯、猪狩の分もあるだろ?」
二人分の視線がこちらに向いて、私は頷きました。息子はそれを見て、勝手に猪狩くんが泊まっていくものだと決めてしまっています。猪狩くんは少し困った顔をしながらも、嬉しそうに見えました。そんな顔すらもとびきり綺麗で、私は心の中で息をつきました。
みんなで夕食を済ませ、お風呂も入っていった猪狩くんは、丁寧に私と夫に頭を下げていき、もうそれだけで育ちの良さが知れるような思いでした。ますます、息子の友達であることが不思議です。夕食の席でも、猪狩くんは私の作ったなんでもない煮物を信じられないほど美しい箸遣いで口に運ぶのでした。ただ食事をしているだけでこんなにも様になる人がいるものなのかと、私は息子のお代わりするご飯をよそいながら考えていました。
なんにせよ、明日の朝になったらきちんと息子に尋ねて、猪狩くんの家にお礼をしなければなりません。息子ときたら肝心なことは何も言わないのですから、昔から変わりません。
夕食の席で、明日の朝は早く起きて早朝練習をすると話していました。そのときの嬉しそうな息子の顔ときたら。私は思わず笑ってしまいました。良いお友達が増えたみたいで、良かった。明日の朝に二人が食べるおむすびをうんと握りながら、私は微笑みました。
了
ーーーーーーーーーー
たまにはこんなのどうでしょう
守さんに抱いているきらきら乙女心が全開になってしまった
「お邪魔します」
そう言って玄関に現れたのは、今までに見たことのないような綺麗な男の子でした。息子が友達を連れてくるというものですから、てっきり私はいつもの矢部くんだと思っていて、不意打ちです。息子と同じ制服を着ているはずなのに、その格好はずいぶんと様になっておりました。整った顔立ち、長い手足、品のある様相…思わずぼんやりしてしまったところで彼の方から丁寧な挨拶があり、私もあわてて頭を下げました。猪狩守くんと名乗った彼は、息子の部活動でのチームメイトとのことでした。
「猪狩、オレの部屋こっち!」
慌ただしく入ってきたのは、今日もユニフォームを泥んこに汚した息子です。息子の連れてくる友達というのは、息子同様泥んこ砂塗れの格好が似合う元気な子ばかりでしたから、私は猪狩くんを見て大層驚きました。
息子は嬉しそうに笑って、猪狩に勉強みてもらうんだ!と言うので、私は「あんまり迷惑掛けちゃいけませんよ」と言い含めました。その様子を珍しそうに、それでいて興味深そうに眺めている猪狩くんが印象的でした。二人は連れ立って、息子の部屋に入っていきました。「猪狩、ゲームやろ!」、早速聞こえた息子の大きな声に、私はやれやれと息をつきました。
さて、その後はどうやら本当に勉強をしていたらしい二人は、夜もずいぶん遅くなって部屋から出てきました。部屋から出てきた猪狩くんに、息子はお礼を言いながら続けました。
「そうだ!猪狩、今日は家泊まってけば?いっつも、お前んち泊まらせてもらってるし」
私は思わず声が出そうになるのをこらえて、息子の顔を見ました。いつも、泊まっている?なんということでしょう、息子は猪狩さんのお宅に今まで散々入り浸っていたようです。野球の練習をして、そのまま友達の家に泊まることがこの頃は多くありましたが、私はこれまたてっきり矢部くんのところだと思っていたのです。何しろ、矢部くんも昔から息子と仲良くしてくれていて、よく泊まっていくものですから。
「急にそんなことを言って、迷惑になるだろう」
「えっ、べつに全然。ねー母さん。晩飯、猪狩の分もあるだろ?」
二人分の視線がこちらに向いて、私は頷きました。息子はそれを見て、勝手に猪狩くんが泊まっていくものだと決めてしまっています。猪狩くんは少し困った顔をしながらも、嬉しそうに見えました。そんな顔すらもとびきり綺麗で、私は心の中で息をつきました。
みんなで夕食を済ませ、お風呂も入っていった猪狩くんは、丁寧に私と夫に頭を下げていき、もうそれだけで育ちの良さが知れるような思いでした。ますます、息子の友達であることが不思議です。夕食の席でも、猪狩くんは私の作ったなんでもない煮物を信じられないほど美しい箸遣いで口に運ぶのでした。ただ食事をしているだけでこんなにも様になる人がいるものなのかと、私は息子のお代わりするご飯をよそいながら考えていました。
なんにせよ、明日の朝になったらきちんと息子に尋ねて、猪狩くんの家にお礼をしなければなりません。息子ときたら肝心なことは何も言わないのですから、昔から変わりません。
夕食の席で、明日の朝は早く起きて早朝練習をすると話していました。そのときの嬉しそうな息子の顔ときたら。私は思わず笑ってしまいました。良いお友達が増えたみたいで、良かった。明日の朝に二人が食べるおむすびをうんと握りながら、私は微笑みました。
了
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たまにはこんなのどうでしょう
守さんに抱いているきらきら乙女心が全開になってしまった
嘘と酒
嘘と酒 (主人公×猪狩守)
「前から思ってたけど猪狩が宅飲みしたがるのって意外だよな」
「そうかい」
乾杯、とグラスを合わせたパワプロはそれを一気に飲み干して息をついた。
「美味い!」
「ボクが買ってきたんだから、当然だろう」
「いや、コンビニのビールだろ?」
「文句があるなら飲むな」
「いやいやうそうそ。猪狩、サンキュー」
上機嫌で言うパワプロは、もうすでに酔っているのかもしれない。グラスを少し傾けて、ボクも同じビールを飲む。パワプロが好きだと言った安いツマミの袋を開けて、ひとつ口に入れる。これが意外と、美味いのだ。絶対口にすることはないが、パワプロと食べるものはなんでも美味い。ボクも相当焼きが回っているらしい。明日は久々のオフで、パワプロとこうしてゆっくり会うのも久しぶりであった。
「久しぶりなのにいいのか?こんなんで…っていうのもアレか、ここオレんちだし」
「べつに、なんでもいいよ」
「適当だなあ」
適当なものか。呑気にビールを傾けているパワプロは、ボクの考えていることなどこれっぽっちも知らない。否、一生知らなくていいことだ。
「なあ、猪狩」
「なんだい、近いぞキミ」
「したくなっちゃった。ダメ?」
「ダメだ」
「なんで、久しぶりなのに!オレ、恋人なのに!」
思わず笑ってしまいそうになるのをこらえる。ボクもたいがい酒に弱いが、こいつも弱いのだ。いい具合に酔っている。思惑通りだった。
「な、猪狩」
「ちょっと、おい、ん…」
「猪狩、したい」
「やめろ」
「やだ。やめない」
しなだれかかるパワプロに組み敷かれながら、ボクはとうとう我慢出来ずに笑ってしまった。
「猪狩、なに笑ってんの?」
「笑ってない」
「猪狩、好き。したい」
塞がれた唇からは、同じビールの味がした。ボクはこの瞬間が好きだった。つまり、酒に弱いパワプロが酔いに任せて、好きだとかなんだと言いながら、ボクのことを求めるこの瞬間が。
「バカだな、ほんとう」
「馬鹿でいいよ、もう」
これがすべての顛末、お粗末なことだ。ボクにここまでさせることの意味、分かっているんだろうな。徐々に深くなっていく口付けに、ボクはうっとりと目を閉じた。
了
ーーーーーーーーーーー
プレイの一環でした
主人公ちゃんに襲われたくてわざわざ酒を飲ませる守さんのえっちー!(酔ってないよ)
「前から思ってたけど猪狩が宅飲みしたがるのって意外だよな」
「そうかい」
乾杯、とグラスを合わせたパワプロはそれを一気に飲み干して息をついた。
「美味い!」
「ボクが買ってきたんだから、当然だろう」
「いや、コンビニのビールだろ?」
「文句があるなら飲むな」
「いやいやうそうそ。猪狩、サンキュー」
上機嫌で言うパワプロは、もうすでに酔っているのかもしれない。グラスを少し傾けて、ボクも同じビールを飲む。パワプロが好きだと言った安いツマミの袋を開けて、ひとつ口に入れる。これが意外と、美味いのだ。絶対口にすることはないが、パワプロと食べるものはなんでも美味い。ボクも相当焼きが回っているらしい。明日は久々のオフで、パワプロとこうしてゆっくり会うのも久しぶりであった。
「久しぶりなのにいいのか?こんなんで…っていうのもアレか、ここオレんちだし」
「べつに、なんでもいいよ」
「適当だなあ」
適当なものか。呑気にビールを傾けているパワプロは、ボクの考えていることなどこれっぽっちも知らない。否、一生知らなくていいことだ。
「なあ、猪狩」
「なんだい、近いぞキミ」
「したくなっちゃった。ダメ?」
「ダメだ」
「なんで、久しぶりなのに!オレ、恋人なのに!」
思わず笑ってしまいそうになるのをこらえる。ボクもたいがい酒に弱いが、こいつも弱いのだ。いい具合に酔っている。思惑通りだった。
「な、猪狩」
「ちょっと、おい、ん…」
「猪狩、したい」
「やめろ」
「やだ。やめない」
しなだれかかるパワプロに組み敷かれながら、ボクはとうとう我慢出来ずに笑ってしまった。
「猪狩、なに笑ってんの?」
「笑ってない」
「猪狩、好き。したい」
塞がれた唇からは、同じビールの味がした。ボクはこの瞬間が好きだった。つまり、酒に弱いパワプロが酔いに任せて、好きだとかなんだと言いながら、ボクのことを求めるこの瞬間が。
「バカだな、ほんとう」
「馬鹿でいいよ、もう」
これがすべての顛末、お粗末なことだ。ボクにここまでさせることの意味、分かっているんだろうな。徐々に深くなっていく口付けに、ボクはうっとりと目を閉じた。
了
ーーーーーーーーーーー
プレイの一環でした
主人公ちゃんに襲われたくてわざわざ酒を飲ませる守さんのえっちー!(酔ってないよ)
神様なんていないのに
神様なんていないのに(猪狩守)
ボクは、神という存在を信じていない。ボクが信じているのは、己の信念のみである。それは昔から今も変わらない。そうだというのに、その信じていないものに対して苛立ちを覚えるというのは、おかしな話であった。
弟が、事故に遭った。トラックに轢かれたのだ。ボクがそれを聞いたのは、日課であるランニングをして家に戻った後のことである。運転手の脇見運転。赤信号無視。意識不明の重体。そんな単語が次々とボクの中を通り抜けていった。それらのひとつも現実味を帯びていないというのに、集中治療室で今なお治療を受けている弟だけが現実であった。
ボクは、医者に尋ねた。「弟は、野球が出来ますか。」弟は、野球が好きなんです。二の句を飲み込んだボクに、医者の返答は無慈悲なものだった。
もしも。もしもどこかに存在しているというのならば、ボクは神に問う。進が一体なにをした。今朝も変わりなく日課のトレーニングをこなし、まもなく始まる夏季予選への準備に余念なく、幼い頃より共に切磋琢磨してきた弟が、誰よりも素直でまっすぐでひたむきに努力してきた弟が、ボクの弟が、一体なにをしたというのだ。
ボクは、神という存在を信じていない。それでも。信じていないはずのそれに、ボクは祈ってしまう、願ってしまう、思ってしまう。
弟から野球を、どうか取らないで。ボクから進を、取らないで。どうか。神様。
了
ーーーーーーー
解釈日替わり
ボクは、神という存在を信じていない。ボクが信じているのは、己の信念のみである。それは昔から今も変わらない。そうだというのに、その信じていないものに対して苛立ちを覚えるというのは、おかしな話であった。
弟が、事故に遭った。トラックに轢かれたのだ。ボクがそれを聞いたのは、日課であるランニングをして家に戻った後のことである。運転手の脇見運転。赤信号無視。意識不明の重体。そんな単語が次々とボクの中を通り抜けていった。それらのひとつも現実味を帯びていないというのに、集中治療室で今なお治療を受けている弟だけが現実であった。
ボクは、医者に尋ねた。「弟は、野球が出来ますか。」弟は、野球が好きなんです。二の句を飲み込んだボクに、医者の返答は無慈悲なものだった。
もしも。もしもどこかに存在しているというのならば、ボクは神に問う。進が一体なにをした。今朝も変わりなく日課のトレーニングをこなし、まもなく始まる夏季予選への準備に余念なく、幼い頃より共に切磋琢磨してきた弟が、誰よりも素直でまっすぐでひたむきに努力してきた弟が、ボクの弟が、一体なにをしたというのだ。
ボクは、神という存在を信じていない。それでも。信じていないはずのそれに、ボクは祈ってしまう、願ってしまう、思ってしまう。
弟から野球を、どうか取らないで。ボクから進を、取らないで。どうか。神様。
了
ーーーーーーー
解釈日替わり
こたつにみかん
こたつにみかん(主人公×友沢)
ここに一人の馬鹿者がいる。名前をパワプロ といって、こたつに入って丸まりながら、オレがみかんを剥くたびに「あーん」などと言って口を開け、要求してくるのである。それをオレは横目で眺め、時々気まぐれにその口の中へみかんを放り込んでやりながら、黙々とみかんを食べている。これで、いくつめのみかんになるだろう。
「友沢」
催促の呼び掛けだ。無視していると、また名前を呼ばれる。食べたければ、自分で剥いて食べればいいのだ。オレは知らぬ振りをする。机の上に、みかんはもうない。食べたければ、台所まで取りに行かなくてはならない。
「友沢」
足りないよ。そんな声が耳元で聞こえてきて、腕を引かれる。キス。みかんの味がする。それをそのまま言うとパワプロは何がそんなに嬉しいのかにこにこと笑って、またオレに口付けるのだった。深く重なる唇に目を閉じる。
こうなることが分かっていて、みかんがなくなると次にパワプロが何を食べるのか知っていて、オレは黙ってみかんを剥いていたわけだ。馬鹿者は、二人いる。
了
ーーーーーーーーー
冬はとりあえず推しにみかん食わそうぜ
話はそれからだ
ここに一人の馬鹿者がいる。名前をパワプロ といって、こたつに入って丸まりながら、オレがみかんを剥くたびに「あーん」などと言って口を開け、要求してくるのである。それをオレは横目で眺め、時々気まぐれにその口の中へみかんを放り込んでやりながら、黙々とみかんを食べている。これで、いくつめのみかんになるだろう。
「友沢」
催促の呼び掛けだ。無視していると、また名前を呼ばれる。食べたければ、自分で剥いて食べればいいのだ。オレは知らぬ振りをする。机の上に、みかんはもうない。食べたければ、台所まで取りに行かなくてはならない。
「友沢」
足りないよ。そんな声が耳元で聞こえてきて、腕を引かれる。キス。みかんの味がする。それをそのまま言うとパワプロは何がそんなに嬉しいのかにこにこと笑って、またオレに口付けるのだった。深く重なる唇に目を閉じる。
こうなることが分かっていて、みかんがなくなると次にパワプロが何を食べるのか知っていて、オレは黙ってみかんを剥いていたわけだ。馬鹿者は、二人いる。
了
ーーーーーーーーー
冬はとりあえず推しにみかん食わそうぜ
話はそれからだ
今日はなんの日
今日はなんの日(主守)
「キレイだな」
そう言った猪狩はとても満足そうで、そして誇らしげであった。隣を歩く猪狩の横顔は、いつもよりずいぶんと柔らかく、響く声も温かかった。突然のそれにオレが目を瞬かせている間も、猪狩は満足そうに口元に笑みをたたえている。
猪狩が綺麗だと言ったのは、陽が落ちて街々に灯る明かり、そしてこの季節だけのイルミネーションを指しているに違いなかった。なんといっても今日は、クリスマス・イブなのである。キラキラと瞬くそれはいつもの街並みをやたらと幻想的に、そしてロマンティックに映し出していた。
今日は終業式の日で、明日からは冬休みである。寒い体育館で校長先生の話を聞いて、通信簿をもらって、担任の先生から仕上げのありがたい話を聞いたら、おしまいの日だ。しかしながら、あかつき高校野球部は、終業式の日にも冬休みにも練習を欠かすことがない。今日も普段通りいつものメニューをこなしての帰路だった。この頃は恒例となった二人で並んで帰る道、やたらと機嫌の良さそうな猪狩にオレは尋ねてみることにした。
「猪狩でも、クリスマスの日は嬉しいんだな」
「なんのことだい」
「だって、今日はクリスマス・イブじゃん。それで機嫌がいいんじゃないの」
「なに言ってる。今日はボクの誕生日だぞ」
「へ?」
「この街の明かりも、あの電灯も、みんなボクの誕生日を祝っているんだ」
朗らかに笑う猪狩はとても珍しく、本当に機嫌が良さそうだったので、オレはとっさに言いかけた言葉をそのまま飲み込んだ。なに言ってんだ、こいつ。猪狩流の冗談なのかもしれなかったし、いや、こいつのことだから十分本気ということも考えられた。猪狩の考えていることは、凡人のオレにはよく分からない。分からないが、猪狩が嬉しそうにしているなら、それだけで十分だとも思った。
「猪狩、今日誕生日なの」
「そうだよ」
「なんだよ、そういうのはもっと早く言えよな」
「なぜキミに言う必要があるんだい」
「だって、ほら、いろいろあるだろ、いろいろ」
猪狩は知らぬ顔で歩いている。今だけのイルミネーションの光なんかより、隣を歩くいつもの猪狩の方がよっぽど綺麗だ。そんな馬鹿なことを思うのも、すべてはクリスマス、猪狩の誕生日だからということにしておく。
「猪狩、誕生日おめでとう」
「ああ、ありがとう」
いつもより素直な返事が返ってくるのも、誕生日のおかげなのか。嬉しそうに笑う猪狩にオレはたまらなくなって、こっそりその手を取ってみることにした。猪狩の方は見ずに、歩きながらあくまで自然にそっと手を取る。利き腕である左手の方を触ると怒るので、当然右手の方だ。猪狩はもちろん知らないだろうが、オレの定位置はいつだって猪狩の右隣、その理由はあまりにいじらしい。清く正しいお付き合い、オレはいつだって猪狩と手を繋ぐ機会を窺っている。
手を繋いでそのまま歩き出しても、猪狩はちらりとこちらを見たきりで何も言わなかった。街並みの明かりが、猪狩の横顔を静かに照らしているのをオレはこっそりと見る。猪狩の頬が上気しているのは、きっと寒さのせいだけではないだろう。その顔があまりにも美しく見えたものだから、きっと猪狩の言う通り、この光はお前を祝福しているに違いないなどと、そんな馬鹿なことを考えていた。
了
ーーーーーーーーーーー
守さん、お誕生日おめでとうございます。
大好きよ。
「キレイだな」
そう言った猪狩はとても満足そうで、そして誇らしげであった。隣を歩く猪狩の横顔は、いつもよりずいぶんと柔らかく、響く声も温かかった。突然のそれにオレが目を瞬かせている間も、猪狩は満足そうに口元に笑みをたたえている。
猪狩が綺麗だと言ったのは、陽が落ちて街々に灯る明かり、そしてこの季節だけのイルミネーションを指しているに違いなかった。なんといっても今日は、クリスマス・イブなのである。キラキラと瞬くそれはいつもの街並みをやたらと幻想的に、そしてロマンティックに映し出していた。
今日は終業式の日で、明日からは冬休みである。寒い体育館で校長先生の話を聞いて、通信簿をもらって、担任の先生から仕上げのありがたい話を聞いたら、おしまいの日だ。しかしながら、あかつき高校野球部は、終業式の日にも冬休みにも練習を欠かすことがない。今日も普段通りいつものメニューをこなしての帰路だった。この頃は恒例となった二人で並んで帰る道、やたらと機嫌の良さそうな猪狩にオレは尋ねてみることにした。
「猪狩でも、クリスマスの日は嬉しいんだな」
「なんのことだい」
「だって、今日はクリスマス・イブじゃん。それで機嫌がいいんじゃないの」
「なに言ってる。今日はボクの誕生日だぞ」
「へ?」
「この街の明かりも、あの電灯も、みんなボクの誕生日を祝っているんだ」
朗らかに笑う猪狩はとても珍しく、本当に機嫌が良さそうだったので、オレはとっさに言いかけた言葉をそのまま飲み込んだ。なに言ってんだ、こいつ。猪狩流の冗談なのかもしれなかったし、いや、こいつのことだから十分本気ということも考えられた。猪狩の考えていることは、凡人のオレにはよく分からない。分からないが、猪狩が嬉しそうにしているなら、それだけで十分だとも思った。
「猪狩、今日誕生日なの」
「そうだよ」
「なんだよ、そういうのはもっと早く言えよな」
「なぜキミに言う必要があるんだい」
「だって、ほら、いろいろあるだろ、いろいろ」
猪狩は知らぬ顔で歩いている。今だけのイルミネーションの光なんかより、隣を歩くいつもの猪狩の方がよっぽど綺麗だ。そんな馬鹿なことを思うのも、すべてはクリスマス、猪狩の誕生日だからということにしておく。
「猪狩、誕生日おめでとう」
「ああ、ありがとう」
いつもより素直な返事が返ってくるのも、誕生日のおかげなのか。嬉しそうに笑う猪狩にオレはたまらなくなって、こっそりその手を取ってみることにした。猪狩の方は見ずに、歩きながらあくまで自然にそっと手を取る。利き腕である左手の方を触ると怒るので、当然右手の方だ。猪狩はもちろん知らないだろうが、オレの定位置はいつだって猪狩の右隣、その理由はあまりにいじらしい。清く正しいお付き合い、オレはいつだって猪狩と手を繋ぐ機会を窺っている。
手を繋いでそのまま歩き出しても、猪狩はちらりとこちらを見たきりで何も言わなかった。街並みの明かりが、猪狩の横顔を静かに照らしているのをオレはこっそりと見る。猪狩の頬が上気しているのは、きっと寒さのせいだけではないだろう。その顔があまりにも美しく見えたものだから、きっと猪狩の言う通り、この光はお前を祝福しているに違いないなどと、そんな馬鹿なことを考えていた。
了
ーーーーーーーーーーー
守さん、お誕生日おめでとうございます。
大好きよ。
僕の恋人
主人公×猪狩進
僕の恋人
僕は、男だ。いくら中性的な顔立ちであっても、料理が上手くても、髪が長くても、男であることは変わらない。そして、恋人も正真正銘の男である。
「進くん」
夕食後、ソファで隣り合ってテレビを見ていた恋人が、唐突にしなだれかかってきて、頬に口付けを落とした。そのまま好きにさせていると、いつの間にか彼は僕の結んでいる髪に手をかけて、結わいていたゴムをとってしまった。ゆっくりと組み敷かれて、ソファの上に僕の髪が散らばる。それを一房、愛おしそうに持ち上げた恋人は、口元に近づけてキスをするのだった。こちらを見つめる視線はいやに熱っぽい。
「パワプロさん。急ですね、どうしたんですか?」
「恋人としたくなるのに、急も理由もないよ」
チュ、チュ、とリップ音がして、彼は僕の頬に口付けている。このまましてもいいかと尋ねる、彼からのサインだった。そんなことを聞かれなくても、僕の答えは決まっているのに、彼はとても律儀で真面目だ。共に暮らすようになってしばらく経つのに、そういうところがたまらない。好きだと思う。いつの間にか僕の方も期待が高まって、下腹部に熱が集まっているのが分かった。
キスを繰り返す彼に、僕はぎゅうと抱き付く。これが、僕からのオーケーのサイン。それにパワプロさんは嬉しそうに笑って、再三頬にくっ付けていたそれを、今度は僕の唇に重ね合わせるのだった。目を閉じると、すぐに彼の舌が差し入れられる。待ち切れなくて、僕の方から絡ませた。
「進くん」
行為のとき、彼は僕の名前を呼ぶ。とにかく、たくさん呼ぶ。そうされることを僕が好むのを知っているのか、知らないのか、僕からは何も言ったことがないけれど、彼は甘く熱く何度でも僕の名前を呼ぶのだった。耳の中に直接息が掛かるように呼び掛けられると、いやでも反応してしまう。ゾクリ、背中から這い上がるように欲が高まる。
着ていた服をたくし上げられ、彼は僕の胸元に舌を這わせた。何度も言うように僕は男なので、そこに膨らみもなければ、柔らかさもない。ついでに言うと、僕はそこを刺激されることに、さして快感を得ることはないのだった。何しろ、僕は男なのである。
「進くん…」
ズキンと痛むほどに、下腹部に熱が籠る。胸を触られて決して気持ち良いわけではないのに、彼にそうされるのは好きだったし、興奮した。僕が彼を求めているように、彼も僕を求めているのだと思うと、どうしようもなく気持ち良かったし、心のいちばん深い部分が濡れていく。僕は、彼に欲情している。
「パワプロさん」
「ん、なあに?」
「もっと、してほしい…です」
ぽかん、少しだけ驚いたような顔を見せた彼はすぐに破顔して、僕を思い切り抱き締めるのだった。
「もー進くんずるい!好き!大好き!」
「僕も大好きです」
二人して顔を見合わせて笑って、そのまま口付けを交わすのだった。夜はまだ長い。
了
ーーーーーーーーーーーーーー
進は胸を触られても吸われてもべつに気持ち良くはないんだけど、大好きな主人公にそうされるのは好きだし気持ち良いっていうそういうあれ
たまらん
主進、いきなりめちゃくちゃ書きたくなる。
僕の恋人
僕は、男だ。いくら中性的な顔立ちであっても、料理が上手くても、髪が長くても、男であることは変わらない。そして、恋人も正真正銘の男である。
「進くん」
夕食後、ソファで隣り合ってテレビを見ていた恋人が、唐突にしなだれかかってきて、頬に口付けを落とした。そのまま好きにさせていると、いつの間にか彼は僕の結んでいる髪に手をかけて、結わいていたゴムをとってしまった。ゆっくりと組み敷かれて、ソファの上に僕の髪が散らばる。それを一房、愛おしそうに持ち上げた恋人は、口元に近づけてキスをするのだった。こちらを見つめる視線はいやに熱っぽい。
「パワプロさん。急ですね、どうしたんですか?」
「恋人としたくなるのに、急も理由もないよ」
チュ、チュ、とリップ音がして、彼は僕の頬に口付けている。このまましてもいいかと尋ねる、彼からのサインだった。そんなことを聞かれなくても、僕の答えは決まっているのに、彼はとても律儀で真面目だ。共に暮らすようになってしばらく経つのに、そういうところがたまらない。好きだと思う。いつの間にか僕の方も期待が高まって、下腹部に熱が集まっているのが分かった。
キスを繰り返す彼に、僕はぎゅうと抱き付く。これが、僕からのオーケーのサイン。それにパワプロさんは嬉しそうに笑って、再三頬にくっ付けていたそれを、今度は僕の唇に重ね合わせるのだった。目を閉じると、すぐに彼の舌が差し入れられる。待ち切れなくて、僕の方から絡ませた。
「進くん」
行為のとき、彼は僕の名前を呼ぶ。とにかく、たくさん呼ぶ。そうされることを僕が好むのを知っているのか、知らないのか、僕からは何も言ったことがないけれど、彼は甘く熱く何度でも僕の名前を呼ぶのだった。耳の中に直接息が掛かるように呼び掛けられると、いやでも反応してしまう。ゾクリ、背中から這い上がるように欲が高まる。
着ていた服をたくし上げられ、彼は僕の胸元に舌を這わせた。何度も言うように僕は男なので、そこに膨らみもなければ、柔らかさもない。ついでに言うと、僕はそこを刺激されることに、さして快感を得ることはないのだった。何しろ、僕は男なのである。
「進くん…」
ズキンと痛むほどに、下腹部に熱が籠る。胸を触られて決して気持ち良いわけではないのに、彼にそうされるのは好きだったし、興奮した。僕が彼を求めているように、彼も僕を求めているのだと思うと、どうしようもなく気持ち良かったし、心のいちばん深い部分が濡れていく。僕は、彼に欲情している。
「パワプロさん」
「ん、なあに?」
「もっと、してほしい…です」
ぽかん、少しだけ驚いたような顔を見せた彼はすぐに破顔して、僕を思い切り抱き締めるのだった。
「もー進くんずるい!好き!大好き!」
「僕も大好きです」
二人して顔を見合わせて笑って、そのまま口付けを交わすのだった。夜はまだ長い。
了
ーーーーーーーーーーーーーー
進は胸を触られても吸われてもべつに気持ち良くはないんだけど、大好きな主人公にそうされるのは好きだし気持ち良いっていうそういうあれ
たまらん
主進、いきなりめちゃくちゃ書きたくなる。
三球勝負
9/主人公×猪狩守
三球勝負
ニヤリと笑った猪狩の顔。勢いよく振ったバットは空を切り、オレは少しよろける。フォークだ。手元でストンと落ちたボールに確信する。前回までには、投げて来なかった球だ。新しく覚えてきたらしい。
「次、いいかな?」
猪狩は笑っている。予想外の球にまんまと空振りしたオレの様子が楽しくてたまらないといった顔で笑っている。一瞬、マウンドのロジンを拾うような仕草を見せた猪狩だったが、帽子を被り直し、すぐにまた投球動作に戻った。当然ながら、河原にロジンはない。夕焼けだけが、オレたちの勝負の行方を見守っている。バットを握り、オレは架空のバッターボックスに入って構え直した。
やあ、偶然だね。そんなことを言ってオレの前に現れる猪狩とこうして勝負をするようになって、どれだけが経っただろう。出会った初め、河原を歩くオレにぶつかってきた猪狩は、謝りもせずにどういうことか三球勝負を挑んできた。それ以来、顔を見合わせるたび、勝負は今日まで続いている。グラブに、バット、いつでもどこでも必ず持ち歩いているオレたちは、なるほど野球馬鹿といった点では大いに気が合うのだろう。猪狩との勝負は、いつも唐突だった。
「フフフ、振らなきゃ当たらないよ」
二球目、ストレート。分かっていたのに手が出なかったそれに、オレは小さく息をつく。猪狩は左手で新しいボールを握りながら満足そうな顔をしている。ここにきて、今まで見た中でいちばんの球速を披露してくる。猪狩は、そういうやつだった。息を吐き、集中する。三球勝負に、遊び球はない。次で最後だ。オレは、次の球を打たなければならない。
猪狩は、鼻持ちならないやつだ。何度か会うたび、オレは猪狩がどういった人物なのか徐々に分かってきたのだった。あかつき高校の猪狩守。高校野球界の有名人、その姿は雑誌にも取り上げられ、サウスポーである猪狩のその腕は黄金の左腕などと持て囃されている。そんな猪狩が、なぜオレに構うのか。
カーン、甲高い音が辺りに響き、猪狩が大きく振り仰ぐ。あの当たりならば、右中間辺りに落ちる二塁打くらいにはなっただろうか。オレの勝ちだった。振り返った猪狩が、帽子を脱ぎ、悔しそうな顔を見せた。しかし、それも一瞬のことで、その顔はすぐにまたいつもの自信満々ふてぶてしい顔に戻っている。
「今回はキミの勝ちでいいよ。失投を見逃さなかったキミの勝利といったところかな」
いつもの負け惜しみを言う猪狩に、オレは毎度恒例の呆れた顔で応戦する。オレは、猪狩の球を打たなければならない。なぜなら。
「いい暇つぶしになったよ」
そう言い残して、猪狩は鞄を拾って去っていった。オレも、バットを片付けて鞄を持ち直す。
オレがおまえの球を打ち続ける限り、おまえはまた、オレに会いに来るだろう。だからやっぱり、オレは次も、おまえの球を打たなければならないのだ。
了
ーーーーーーーーーーーーーー
好きだな〜以外の感情がない
三球勝負
ニヤリと笑った猪狩の顔。勢いよく振ったバットは空を切り、オレは少しよろける。フォークだ。手元でストンと落ちたボールに確信する。前回までには、投げて来なかった球だ。新しく覚えてきたらしい。
「次、いいかな?」
猪狩は笑っている。予想外の球にまんまと空振りしたオレの様子が楽しくてたまらないといった顔で笑っている。一瞬、マウンドのロジンを拾うような仕草を見せた猪狩だったが、帽子を被り直し、すぐにまた投球動作に戻った。当然ながら、河原にロジンはない。夕焼けだけが、オレたちの勝負の行方を見守っている。バットを握り、オレは架空のバッターボックスに入って構え直した。
やあ、偶然だね。そんなことを言ってオレの前に現れる猪狩とこうして勝負をするようになって、どれだけが経っただろう。出会った初め、河原を歩くオレにぶつかってきた猪狩は、謝りもせずにどういうことか三球勝負を挑んできた。それ以来、顔を見合わせるたび、勝負は今日まで続いている。グラブに、バット、いつでもどこでも必ず持ち歩いているオレたちは、なるほど野球馬鹿といった点では大いに気が合うのだろう。猪狩との勝負は、いつも唐突だった。
「フフフ、振らなきゃ当たらないよ」
二球目、ストレート。分かっていたのに手が出なかったそれに、オレは小さく息をつく。猪狩は左手で新しいボールを握りながら満足そうな顔をしている。ここにきて、今まで見た中でいちばんの球速を披露してくる。猪狩は、そういうやつだった。息を吐き、集中する。三球勝負に、遊び球はない。次で最後だ。オレは、次の球を打たなければならない。
猪狩は、鼻持ちならないやつだ。何度か会うたび、オレは猪狩がどういった人物なのか徐々に分かってきたのだった。あかつき高校の猪狩守。高校野球界の有名人、その姿は雑誌にも取り上げられ、サウスポーである猪狩のその腕は黄金の左腕などと持て囃されている。そんな猪狩が、なぜオレに構うのか。
カーン、甲高い音が辺りに響き、猪狩が大きく振り仰ぐ。あの当たりならば、右中間辺りに落ちる二塁打くらいにはなっただろうか。オレの勝ちだった。振り返った猪狩が、帽子を脱ぎ、悔しそうな顔を見せた。しかし、それも一瞬のことで、その顔はすぐにまたいつもの自信満々ふてぶてしい顔に戻っている。
「今回はキミの勝ちでいいよ。失投を見逃さなかったキミの勝利といったところかな」
いつもの負け惜しみを言う猪狩に、オレは毎度恒例の呆れた顔で応戦する。オレは、猪狩の球を打たなければならない。なぜなら。
「いい暇つぶしになったよ」
そう言い残して、猪狩は鞄を拾って去っていった。オレも、バットを片付けて鞄を持ち直す。
オレがおまえの球を打ち続ける限り、おまえはまた、オレに会いに来るだろう。だからやっぱり、オレは次も、おまえの球を打たなければならないのだ。
了
ーーーーーーーーーーーーーー
好きだな〜以外の感情がない

