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書きたくなって導入部だけ書いた主守(タイトル)

不在着信があった。なんだろうと携帯を見ながら考えているとまさにその番号から再びかかってきたところで、ボクは知らない番号に訝しがりながらも受話器ボタンを押した。出てみると相手はなんとパワプロの母親で、それだけでも随分驚かされたというのに、聞かされた話はそれどころではない驚きの内容であった。取るものも取り敢えず、上着だけ引っ掴んでタクシーに飛び乗ると、ボクは今しがた聞いたばかりの病院名を口にした。

「あれ、もしかして、母さんが言ってた人ですか?うちの母が、ごめんなさい。急に驚かせましたよね」
 ベッドの上に半身を起こしている、見慣れたその人物は、いつもとは違った口調でこちらに話し掛けると、これまた殊勝な動きで頭を下げた。よほどのトレーニングをしたってこれほど息が上がることなどないのに、ボクは短い廊下と少しの階段を登っただけで息を整えるために深呼吸しなければならなかった。一打サヨナラの場面を迎えたって、こんなに心臓が弾むことはない。まるで自分のものではないみたいに飛び跳ねるそれを落ち着かせながら、ボクはようやく口を開いた。
「本当なのかい」
「記憶喪失のことですか?そう、みたいです。身の回りのことは出来るし覚えているんですけど、自分以外の誰のことも覚えていなくて。母には随分泣かれてしまいました。父は、だらしがないと怒っていましたね」
 困ったように眉を下げるその表情は見知ったパワプロのものであるのに、目の前の人間は全く知らない別の誰かのように話し、かしこまってみせた。乾いた唇を無意識に舐める。
「ボクのことも」
「ごめんなさい。さっき母に名前を聞いたんですが、全く」
 聞かされていたものの、呑気そうないつもの顔を見ているとどうしても信じられず、ボクは手近なところにあったパイプ椅子に腰掛けた。改めて目の前の顔を眺めてみるが、数日前に見たものと全く変わりがない。パワプロが何かを思い付いたようにこちらを見る。
「あ、猪狩さん」
 鳥肌が立った。
「猪狩でいい」
「えっと、じゃあ、猪狩くん?」
「猪狩でいい」
 思いがけず強い言葉になって、パワプロはまた困ったようにごめんなさいと言った。




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誰か続きお願いします
記憶喪失と入れ替わりは様式美であり浪漫だとおもてる

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息をする

「あれ、猪狩マスクしてる」
 あと少しで学校に着くというその道で、見知った顔と鉢合わせた。見たままを言っただけじゃないか。そう思ったが、こちらを見るその目からは確かに気遣いと心配の色が滲んでいて、ボクはむずがゆい気持ちになる。そういうことを知られたくなくて、答える声はわざとぶっきらぼうなものになった。
「ちょっと喉の調子が悪いだけだよ」
「病院は?」
 風邪を引いても平気な様子で部活動に参加しようとする人間にしては、大袈裟な物言いだ。お前は、人のことよりもまず自分の心配をしたらどうなんだ。なんとかは風邪を引かないと言うが、こいつは風邪を引くタイプのなんとかであることを知っている。
「病院に行かなくても、家にいる専属トレーナーと主治医が診てくれる」
「へええ」
 変な声を出したパワプロは、やっぱり猪狩の家ってすげーんだなーと間伸びした喋り方で言った。まあねと答えるボクの声はマスクの中でくぐもって、思わず咳払いをするのだった。

 そういう話をしたのが朝のことで、気が付けばあっという間に帰宅時刻である。今日の練習もいつもと違わずしっかりと身体を使うもので、マスクをしたままのそれはさすがにキツかった。布が一枚あるだけでこうも息苦しく、暑いとは。たまになら、いつもとは違ったトレーニングになるのかもしれない。汗だくのアンダーを着替えながら、いつもならばこのタイミングで私設球場での練習に誘うのだが、さすがに今日はそんな気分にはならなかった。パワプロも分かっているのか、黙って着替えている。こいつはユニフォームを脱いで、新しいユニフォームを着る。もう見慣れたものだ。
「猪狩、もう帰る?」
「ああ」
 部室を出るとパワプロが付いてきて、どうやら一緒に帰るつもりらしい。歩調を合わせて、並んで歩く。今日はなんだか疲れたし、特別なにかを話す気にもなれなくて、黙っていた。いつもは騒がしいパワプロも静かにしているから、夜とボクたちの間にはひっそりとした沈黙が下りる。半分に欠けた月の下、歩く夜道は風が気持ち良く、疲れた身体を優しく撫でていった。心地の良い静寂だった。
「じゃあ、また明日」
 たまに寄り道してキャッチボールをしていく公園も通り過ぎて、分かれ道の交差点に差し掛かったところでパワプロが言う。ボクが返事をして別方向に歩き出しても、パワプロはまだ、こちらを見ていた。思わず足を止めて、振り返る。
「なんだい。言いたいことがあるなら、ちゃんと言ってくれないか」
「いや。今日は猪狩の顔、見てないなと思って」
「なに言ってる。今も見てるじゃないか」
 言いながら、ああマスクのことかと思い付いたが、そう思ったときにはパワプロの顔がすぐそばにあった。マスクの不織布が、唇に押し付けられる感覚。もっと正確に言えば、布ごしにパワプロの唇が重ねられていた。繊維の隙間をすり抜けて届く吐息が熱くて、生々しくて、思わず後ずさろうと身を引くが、首の後ろに回された腕がそれを許さない。パワプロの手の平がうなじを這い、後ろ髪を撫でていく。押し当てられた唇が、小さく動いた。一枚隔てられているせいで、いつもは気にしない感触だとか温もりだとかが妙に鮮明で、ボクは身を震わせた。おそるおそる目を開けたときには、パワプロはもう離れている。
「顔見たいなって思ったら、したくなっちゃった」
 バカだなと言うことすら惜しくて、ボクはマスクを外して、その唇に直接、キスをした。





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タイトルなんも浮かば〜ん

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サヨナラ

サヨナラ(主人公×友沢亮)

 失恋したら、髪を切る。もはや迷信めいた、ある種古めかしい、いっそ儀式のような、そういうことをまさか自分がすることになろうとは、友沢亮は鏡の中を見て、自分のことながらどこか他人事のように思っていた。もともとそこまで髪が長いわけではなかったが、なんとなく伸びていたそれをばっさり切った。事実ではなく、これから起こる予定の結果に対して。つまり友沢には、これから失恋する予定があった。
 言葉にすると馬鹿のようであるが、友沢にとっては、一世一代の覚悟のつもりだった。己にこのような女々しい、未練とも執着とも取れる感情があることに友沢は驚いていた。そのくらい好きになってしまっていた。元は同級生の男だ。学生の頃は部活動で、プロになってからはなんと同じ球団で野球をして来た。もう何年になるのか、数えるのも面倒くさい。振り返れば友沢の野球人生の大半はその男と共にあり、またその男がいなければ、今の友沢はいないといっても過言ではないほど、友沢にとって男は人生の一部となっていた。
 そういう相手をつかまえて、今になってわざわざ告白なんてしようというのだから、我ながら酔狂にもほどがある。短くなった髪を無意識に指で弄びながら、友沢は待ち合わせの場所で待っていた。食事をするという体でわざわざ呼び付けたのだ。友沢の決意など知る由もないその男は、いつものように返事を寄越して、友沢はその気心知れた様子が嬉しいのか悲しいのか分からなくなった。
 男にとって自分は昔からただの同級生であり、そして友人であり、チームメイトなのだ。もちろん、男が自分のことを特別だと思ってくれていることも、ほかの他人よりも親しくしていることも知っている。そうでなければ、赤の他人の母親の手術費として、己の契約金を全額渡したりはしないだろう。ようやく掴んだプロ入りの切符、自分の契約金と男の契約金を足して、病気の母親は手術をすることが出来た。元気な母の顔を見るたびに、感謝の念が湧き上がる。その頃から確実に、男は友沢にとって特別な存在であり、そして好意の対象だった。ただ、好きだと思った。
「ごめん友沢、ちょっと遅れた」
「オレも今来たところ」
「あ、髪切ったんだな」
 似合うよと笑う男に友沢は、礼を言う代わりに好きだと言った。きょとんとした男はしかし、オレもだよなどと言うものだから、今度は友沢が目を丸くする番だった。オレのは、そういう意味じゃない。じゃあ、どう言う意味。特別な、好きってことだ。オレも友沢のこと、好きだよ。だから、違う。なにが。お前はオレのこと、好きじゃない。友沢には、分かるの。ああ。
 なんだかおかしなことになった。何を言っても話の通じない男に、友沢は苛々もしていた。人より表情に出ないだけで、友沢は結構短気な面がある。
「あ!分かった!」
「なにがだよ」
 出鼻を挫かれ不貞腐れた友沢は、投げやりに返事をする。
「愛してるって言えば、通じるだろ?」
 にこにこ。効果音を当ててやりたくなるほどの満面の笑みに、友沢は固まった。遅れてやって来る、理解と自覚。男は笑っている。男の顔が近付き、話す吐息が友沢の耳に触った。ぼん。これはたぶん、自分の顔から火が出たときの音だ。
「友沢がオレのこと好きなの知ってたし、オレも友沢のこと、大好きだよ」
 全部分かったように笑う男に、友沢はもう勘弁してくれとばかりに目を閉じた。切った髪と共に、友沢の日常もまた、どこかに行ってしまった。さっきまでの友沢は、もういない。




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お幸せに!

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雨降って

雨降って(野球マスク)

 人生は空模様に似ている。さっきまで晴れていたかと思えば突然雲行きが怪しくなって、気が付けば大雨洪水警報。さらに曇天から小康状態、ところにより雨、おおむねは晴れになることでしょうなんて思っていたら、実際には台風に巻き込まれていたなんてことも有り得る。当事者は、台風の目の中にいるうちには、分からないものだ。
 そういうわけで、僕の人生はトラックに撥ねられてからというもの、概ね予想通り、今のところは順風満帆と言ったところだ。天気というものは当然ながら、どんなに良くても悪くても、それがずっと続くということはあり得ない。止まない雨がないように、同時に晴れが永遠に続くこともない。
 目が覚めて、ベッドから起き上がる。このところ視力が著しく下がったので、眼鏡をかけなければ何も見えない。ベッドサイドに置いてあるそれを手探りで取り上げ、装着する。まだ少しぼんやりする頭のまま、冷蔵庫を開けた。この頃やたらと喉が乾くのは、これも手術の影響なのだろうか。二リットル入りのペットボトルを持ち上げ、グラスに注がずそのまま口を付けて飲む動作は、家にいたときには考えられないことだ。
 顔を洗うために洗面所へ向かい、蛇口を捻る。ふと顔を上げると、鏡の中にはまだ見慣れない自分の姿があった。眼鏡はもちろんだが、あまりに目立つのは髪の色だろう。緑色をしている。もちろん好んで脱色をしたわけではない、手術を終え、目が覚めたらこの色になっていただけだ。なんとなく髪に手をやって触ってみるが、手触りは昔のままだから余計に不思議な感じがする。
 外した眼鏡を脇に置き、顔を洗う。トラックに轢かれて一時は意識不明の重体で生死さえも彷徨ったらしいのに、こんな風に普通に顔を洗って朝の支度をしているのがおかしかった。交通事故によって僕の日常は大きく変わってしまったが、変わらないこともたくさんあるのだ。それは、自分がまだ野球を続けていることも含まれる。
 空模様は、人生に似ている。雨が降ったあとは晴れるし、そのときに虹を見ることだってある。
 初めてマウンドから見た空は、青かった。だから僕は今日も、野球をしているんだろう。なんとなくそんなことを考えて、我ながらロマンチシズム溢れる思考に笑ってしまった。僕の名前は、野球マスク。野球をするために、生きている。





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何年どころか十年単位で野球マスクのことを考え続けている
こわい!(もちろん私が)

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浅い眠り

浅い眠り(主人公と猪狩進と神童)

 窓から入る春風が頬を撫でていく、午後の昼下がり。初めて上がるその部屋は広くてきれいで、その居心地の良さに僕は完全に気が緩んでしまっていた。
 お茶を淹れてくると言ったその人の背中を眺めながら、奥にある広々としたキッチンを見て、いつかここで得意な手料理を振る舞って、一緒に食卓を囲むことが出来たらどんなにいいだろうかと夢想した。彼はチームメイトで、僕はただの後輩で、今日だって「昨日の投球内容を確認したい」なんて適当な理由を付けて家に上げてもらっただけだ。
 初めは、利用するために近付いた。それこそが、わざわざ逆指名でオリックスに入団した理由のすべてだ。兄と同じ投球スタイルの彼を見て、「これ」なら上手くいけば兄を倒せる、この投手を使って、僕のリードで、そう、僕の力で、ようやく兄に打ち勝つことが出来る。僕にとってそれはもはや勝ち負けというよりも、呪いからの解放といった意味合いに近しい。幼少期からついて回った兄の影を、ここで断ち切る。兄の弟ではない、猪狩二号ではなく、ひとりのプロ野球選手として、胸を張って立つために。
 そう思っていたのに、いつの間にか状況はずいぶんと変わってしまった。いつの間にかどころではない、自分でも自覚するほど明確に、この人に惹かれていた。そうでなければ、オフの日に理由を付けて、人の家に上がり込むような真似などするわけがない。
 利用するためにこの人のことが知りたかったはずなのに、今はただ、この人のことをひとつでも多く知れることが単純に嬉しい。そして、僕のことも知ってほしい。僕のことを見てほしい。僕が、この人のことを見ているように。

「進くん、起きた?」
 撫でる手の平の感覚に、目が覚めた。いつの間にかうたた寝をしていたらしい。ソファから身体を起こすと、目の前のその人は柔らかい笑顔を見せて笑った。
「ごめんなさい。僕、寝てたみたいで……」
「いいよいいよ、気にしないで」
 紅茶の匂いがする。僕が好んでよく飲むアールグレイティーに違いなかった。爽やかなベルガモットの香りが鼻をくすぐる。開いた窓から入り込んだ風はカーテンを揺らして、春風が一陣吹き抜けた。
 頭は、まだぼんやりしていた。ここは夢の中でみた「あの人」の部屋ではない。僕の「恋人」の部屋だった。
「進くんみたいにまだ上手く淹れらんないんだけど。良かったら、どうぞ」
「ありがとうございます」
 照れ臭そうにして頬をかくのは、この先輩の癖だった。見慣れた仕草に僕はいつもの顔で笑ってみせて、ティーカップを持ち上げる。前に僕が遊びに来たときに持って来た紅茶だった。
「おいしいです」
「よかったー」
 僕と違って砂糖とミルクをたくさん入れて飲むその先輩は、無邪気に笑いながら自分もカップを傾けた。それを見ながら、あの人は僕と同じでストレートで飲むのだったなと、そんなことを思い出していた。
 先輩は兄と同級生で、学生時代には甲子園行きの切符をかけて戦ったこともある。僕は猪狩守の弟として、この人と対峙していた。今は、チームメイトであり、よき先輩、よき後輩の仲である……というのは世間体としての建前で、僕たち二人は少し前から交際関係が始まっていた。告白したのは、僕だ。
「今日はどうする?進くん疲れてるみたいだし、ゆっくりしようか」
「いえ、予定通り買い物に行きましょう。久しぶりに、スポーツショップの新商品も見たいですし」
 そうだねと答えた先輩の手の平に自分のそれを重ねると、先輩はほんのり頬を染めて、静かになってしまった。黙ってしまった先輩にもたれかかり、その肩口に頭を乗せる。
 あの人のことを忘れるために付き合い始めたのに、一人でいるときよりも多く思い出すようになっている。目を閉じると、今でもあの人の笑っている顔を鮮明に思い出すことが出来た。神童さんは、こんなふうに優しく頭を撫でてくれたことなんて、一度もなかったのに。




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騙されたと思って進くんのWikipedia頁を一度読んでみてほしい。こういうことが書いてあるので、マジで

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傘の中の世界

傘の中の世界

 はみ出した右肩は濡れて不愉快だったし、歩くたび跳ねる水は足元を汚した。隣で傘を持つ人間が水たまりも避けずに歩くものだから、そのたびに気に入りの靴に泥が飛ぶ。それでも黙っているのは、まがりなりにも半分傘を借りている身であるということと、どんどん強くなる雨脚にものを言う気も起きなかったからだ。そういうことにしておく。しとしと。ざあざあ。
「でさー。猪狩、聞いてる?」
 聞いてない。応える代わりに横顔で返事をしても特に気にしないらしいその男は、相変わらず一人で喋っている。いつもは通学鞄の中に折り畳み傘が入っているのに、たまたま持っていない日に限って天気予報は外れる。そういうものだ。部活動は中止になって、他の運動部が使うせいで体育館も空いておらず、今日は自主練習の日になった。
「なんか、腹減らない?」
 チームメイトである男はそう言ってこちらの顔を覗き込むように見るものだから、ただでさえ狭い傘の中、猪狩はその近さに驚いた。心臓が変な風に跳ねたのを気取られないよう、「まあな」と適当に答えると、男は嬉しそうに笑った。
 どうしてこんなことになったのだろう。傘を忘れたからといって、わざわざ濡れながら歩いて帰らなくとも、猪狩の連絡ひとつで、迎えの車が飛んで来る。そういう環境で育って来たものだから、猪狩は高校生になるまで、友人と寄り道をして帰ったことなど今まで一度もなかった。まして雨の中、ひとつの傘を半分ずつ使って歩くことなど、初めてのことだった。だから猪狩は今日、新たに覚えた。男二人がひとつの傘の中に収まるのには、少々無理がある。
 さりげなく視線を動かして見ると、猪狩よりも男の肩の方が濡れていた。濡れているというよりはずぶ濡れと表現した方が適切で、よくもまあそんな状態で上機嫌に話していられるものだと猪狩は呆れてしまった。呑気でお人好し、よく言えば純朴で、わるく言えば間抜けな男だった。しかし猪狩は、男のそういうところを気に入っていた。口に出して言うはずもない、猪狩だけが知っている内緒のことだ。しとしと。ざあざあ。世界はここで、傘の中に切り取られている。
「マックでいい?」
 マックが何を指しているのか分からなかった猪狩は、そのまま頷いた。期間限定のあれが食べたいと言って熱弁する男の話を聞いていると不思議と猪狩もそれが食べたくなり、ぐうと腹が鳴った。それも雨の音に掻き消され、猪狩は思わず笑ってしまった。しとしと。ざあざあ。



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雰囲気を感じてほしい。私の書くものはそういうものなので!

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あなたころしすぎたのね

こういうとき、自分はどうすればいいのか、分からなかった。
「オレ、進くんのことが好きなんだ」
 一緒に居残り練習をした帰り道、もうすぐ別れることになる交差点へ差し掛かる前に、彼は言った。部活動の先輩で、歳はひとつ上。兄の同級生で、兄とはずいぶん親しくしているように見えた。
 並んで歩いていた足を止めて、彼の方を見る。自分よりも体格に恵まれていて背が高いので、少しだけ見上げるような格好になる。僕の視線を受けて恥ずかしそうに、それでいて真っ直ぐとこちらを向いたまま背筋を伸ばすその姿は、彼の人となりを表しているようだった。誠実さと実直さ、そして素朴な温かさ。はにかんで、笑う。その次に来る言葉が予想されて、僕は息を詰めた。
「オレと、付き合ってください」
 彼の言う付き合うというものが、例えば今日のように居残り練習を共にすることだとか、次の週末に一緒にミットを見に行くことだとか、そういう類のものではないことは勿論分かっている。同性だからという偏見や嫌悪感も特にない。だって、彼は兄のことが好きなのだろうと思っていたのだから。
 だから僕は猪狩守の弟として、彼にとっての「進くん」であるように努めて接してきた。兄とは違って素直で従順な、礼儀の正しい弟。求められている自分の役割をいつも通りに果たしてきたつもりだった。それで僕たちは、僕の周りは上手く回っていたし、兄も彼もそれで楽しそうにしていた。
 もちろん、すべてが嘘や演技というわけではない。僕は僕なりにこの先輩のことを好ましいと思っていて、ただそれは兄を好きな先輩として見ていたからという可能性が捨てきれないだけであり、突然それらが兄ではなく自分に向いたとき、どうしたらいいのか分からないだけだった。兄の弟としての「進くん」がどうすればいいのかは分かるのに、進として自分がどうしたいのか、分からなかった。
「進くん」
 あなたのことが好きです。でも、どうしたらいいのか分からない。兄なら、こういうときにどうするだろうか。そういうことを考えた自分に心底嫌気が差して、僕は少しの間、目を閉じた。もう一度目を開けたところで、世界が変わっているなんてことはないのに。

あなた殺しすぎたのね





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ほしいが言えない進くんのはなし
自分をころし続けてずっといい子でいたからわかんなくなっちゃった
これからは主人公ちゃんがその手を取って一緒に考えてくれるね……

頭に浮かぶ言葉にこのタイトルがあって、いつか書いてみたいと思っていたらさすが進くん、書かせてくれました。ありがとう。

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lovin' you

lovin' you

「キミの好きなものを当ててやろう」
「なんだよ、唐突だな」
 休日、さっきまでグラブの手入れをしていた猪狩はいつの間にそれを終えたのか、気が付いたら後ろに立っていた。ゲームのコントローラーを持ったまま、オレは少しだけ首を回して猪狩を見た。どうやら機嫌が良いらしい。いつもなら、オフでもトレーニングを怠るなとか、ゲームをしながらごろごろするなとか、お小言が飛んでくるのに。
「そうだな。野球」
「いや、そりゃ好きだけど。ていうか猪狩、急にどうしたんだ?」
「ラーメン」
「もしかして、飯行くっていうといつもラーメンだから怒ってる?」
「ユニフォーム」
「それは好きっていうかなんていうか。私服、いや、もうこれ以外の格好が落ち着かないんだよ」
 高校までは甲子園行きの切符を争うライバル同士、プロ入り後はチームメイトになったその男は、今にも鼻唄を歌い出しそうなほどの上機嫌で言い切った。
「ボク」
「いや……まあ、好きだけどさ」
「なんだその歯切れの悪い返事は」
 そう言いながらも猪狩は不敵に微笑んでからこちらにのしかかってくる。寝転びながらゲームをしていたオレは猪狩に押し潰されて、いつの間にかテレビにはゲームオーバーの文字が表示されていた。根負けして、やれやれとコントローラーを手放す。空いた手を猪狩の背に回し、ころりと転がしたらあっという間に形勢逆転だ。腕の中、猪狩は楽しくて仕方ないと言った様子で笑っている。
「猪狩、もしかして酔ってる?」
「そんなわけないだろう。こんな真っ昼間から」
「じゃあ、どうしたの?」
「キミが昨日言った」
「オレが?」
 聞き返すと、むっとしたらしい猪狩は眉間に皺を寄せたが、そこへ唇を押し当てると、すぐに元に戻った。首に回る猪狩の腕が、もっと寄越せと催促している。仰せのままに何度か唇を寄せたが、いかにも物足りないという顔をするものだから、物欲しそうにしているそこへゆっくりと唇を重ね合わせた。持ち上がった瞼の下、猪狩の瞳にはオレだけが映っている。
「オレ、昨日何言った?」
「覚えてないならいいよ」
 嘘だ。本当は何を言ったかよく覚えているし、それで猪狩がこんな風になるなんて思いもしなくて、今更恥ずかしくなっている。
「なに考えてるんだ」
「お前のことだよ」
 笑った猪狩がかわいくて、オレはもう一度だけ腕の中の宝物にキスをした。





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たまにはもう、こんなのも良いでしょう
一生ハッピー

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業火

(7/ 猪狩進と神童裕二郎)

 僕の行動原理はいつも至ってシンプルで単純明快な人間らしさが招くそれだった。腹の底を焦がす嫉妬、まとわりつく猪狩の名前、弟であることの意味、ぐらぐらと頭の中が煮えて、溶けた答えは極上のスープみたいになって僕の喉を落ちる。
 僕、神童さんのことを尊敬しています。本当です。だから利用するつもりでした。兄の、そう兄と僕との間に横たわる何もかも、長い時間をかけて煮詰めた鍋の底で炭みたいになったそれらを。神童さんをナイフとフォークにして、僕の食べやすい大きさにして飲み込んでしまう。そういう手筈だったのに。あれやそれや薪にくべて燃やしていたら真っ黒な炎はいつの間にか別の何かになってしまって、浮かんで消えていくのは、神童さんの笑った顔でした。好きだと気付いたとき、あなたはタキシードを着て、隣には美しいウエディングドレスを身に纏った女性がいました。素晴らしい最高の舞台です。人を愛することがこうも原動力足り得るものだと教えてくれたのは他ならないあなたです。
 だから、これから僕がすることを、あなたはどうか黙って見守っていて下さいね。




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進くんと包丁ってすごく似合うよね(お料理が得意なので)
進くんかわいい

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ぜんぶ食べるまで

ぜんぶ食べるまで

 とんでもないことになった。
 想像もしていなかった不測の自体に、猪狩進は頭も身体もすっかり停止してしまって、固まっていた。やけに鼻につく、焦げ付いた甘い匂い。オーブンから取り出したケーキは、見事に爆発していた。チョコレートケーキだったため、より臨場感のある爆ぜ方をしている。まるで爆弾が飛び散ったかのような有り様だ。
「ど、どうしよう……」
 頭の回転が早く聡い進は、普段であれば大抵の困難は機転を利かせて乗り越えてきたが、よもや制作していたチョコレートケーキが爆発するとは思いもせず、動揺していた。キッチンの周りをうろうろと歩き回る。料理は自分の得意分野であり、そもそも先週練習として作った分は、完璧に近いものが出来ていたのだ。それが、どうしてこうなった。
 もうもうと黒い煙まで出して爆ぜているそれを見ながら、進はかつての兄が自らの髪をアフロヘアーに弾けさせていたときのことを思い出していた。あれも見事に爆発していた。いや、こんなことを考えている場合ではない。一刻も早く、焼き直さなければ間に合わない。今日は大切な彼と、約束をしているのだ。
「もしもし、進くん?」
「あの、パワプロさん」
 ひったくるように携帯を掴み、約束の時間をずらして貰えないかと進は頼むつもりだった。随分と機嫌の良さそうな彼が、そう言うまでは。
「丁度よかった!実はオレ、楽しみすぎてかなり早く着いちゃったんだよ。今ね、進くんちのマンションの下」
「え!?」
 窓に寄りカーテンを開けると、眼下で嬉しそうにこちらに手を振る彼の姿が見て取れた。今日は天気が悪く氷点下まで冷え込むこともあると天気予報は告げていた。そんな寒空の下、にこにこと微笑む恋人に帰れなどと言えるはずもなく、進は観念して彼を自室に招き入れた。
「あの、本当に、ごめんなさい」
「いや、オレこそ早く来ちゃってごめんね。ケーキ爆発したって言ってたけど、怪我とかしなかった?」
 静かに頷く。事情を話した進はしきりにごめんなさいと繰り返して、付けたまま外すのも忘れていたエプロンの裾を握りしめた。自分の誕生日を祝いに来てくれる彼のために、とびきり美味しいケーキを用意しておくつもりだったのに、不甲斐ない。優しくされればされるほど、進はどうしたら良いのか分からなくなって、キッチンの隅で小さくなっていた。下ごしらえは昨晩すべて済ませておいたご馳走の用意も、この後しなければならないのに。
「あのさ、これ食べてもいい?」
「だ、ダメですよ、こんなの。まずいですから!」
「うん、真ん中のところはそんなに焦げてないし、美味しいよ」
 彼は優しい。いつも通り底抜けに優しい彼の笑顔に力が抜けて、進はようやく落ち着いてきた。あとで無事なところを食べるから捨てちゃだめだよと何度も言い含める彼に、進は素直に頷いて少しだけ笑った。
「あ、そうだ!オレも進くんに、バレンタインのチョコレートと、誕生日にワイン買ってきたんだ。ふふ、ちょっと奮発しちゃったから、楽しみにしててよ」
 進が精一杯の笑顔で応えてみせると、彼は進の髪をくしゃりとかき混ぜて、また笑った。
「誕生日にも頑張り屋さんの進くんには、オレが今日一日めいっぱい甘やかしてあげるから、覚悟してて」
「ふふ、なんですか、それ」
「なんでもいうこと聞いてあげるよ」
「ほんとうに?」
「うん」
「なんでも?」
「うん」
「じゃあ、チョコレート食べさせてください」
 彼の持ってきたチョコレートの包みを指差して、進は言う。そんなことでいいのと瞳で問う彼に進はゆっくり頷いて、きれいな包装紙が剥がされていくのを黙って見つめていた。いかにも高級そうなその一粒を摘み、彼が進の口元に持っていく。あーん、と言って口を開けた進はしかし、その手を取ってそのまま彼の口の中にチョコレートを入れてしまった。
「オレが食べたら……ん」
 少しだけ背伸びをして、ちょこんと唇を合わせた進は、彼の瞳を静かに見つめ返した。ようやく合点がいったらしい彼に腰を抱き寄せられ、進はうっとりと目を閉じる。それはこちらの好みに合わせたビターチョコレートで、甘い甘いそれに進はくすくすと笑った。
「もう、食べさせてくれないんですか?」
 首の後ろに手を回して、催促する。チョコレートをねだったのに、降ってきたのは柔らかい彼の唇と温かな包容だった。進は心から満足して、幸せを噛み締めながらチョコレートを飲み込んだ。
「進くん、誕生日おめでとう!」




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Happy birthday & Valentine´s day!
久しぶりに進くんおたおめバレンタイン書けて嬉しい〜!!!おめでとう〜!!!
進くん幸せであってくれ

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