おれたちは勉強が出来ない
おれたちは勉強が出来ない(主友)
唐突だが、オレと友沢は赤点候補生の筆頭ということで、このたび試験に備えて勉強するよう異例の御達しが出た。顧問や同級生からならまだしも、後輩部員にまで言われてしまっては、いくら野球バカのオレたちといえども無視することが出来なかった。
空き教室を借り受けて、観念してテキストを開いている。赤点を取った後の補習や再テストを思えば、なるほど始めから及第点を取った方が無駄がない。理屈ではそうだが、なにせ勉強は好きじゃないのだ。オレも友沢も、ペンを握ってノートに書きつける時間があるのならば、バットを握って、ボールを追い掛けていたい。
それでも、試験前くらいは勉学に励まなければいけないオレたちは悲しいかな学生、高校生、いくらプロ野球選手が目標だからといって、勉学を疎かにすることは出来ない。そもそも卒業出来なければ、プロ野球選手にもなれない。
「なに見てるんだ。集中しろ」
目の前でオレと同じようにテキストを開いている友沢はこちらを一瞥するとすぐにまた視線を教科書に落として、さも勉強しているかのような仕草を見せた。オレがペンを握りながらもうだうだと余計なことを考えているように、友沢もさっきから一ページとして進んでいないことはすでに気が付いている。
誰もいない空き教室、夏は日が長いので、夕方になってもまだまだ明るい。日の光に透けた友沢の髪がきらきらと光っていた。家に帰ったところで勉強しないので、仕方なく二人して集まっては試験勉強をすることにしている。無論、効果の程は保証しかねる。開けっ放しの窓から風が一陣吹き抜けて、友沢の髪を揺らしていった。机に影を落とすほどの長い睫毛が持ち上がって、無遠慮にこちらを見る。
「見てるだけでいいのか」
顔はいつも通りの無表情だが、挑発的な声色だった。暑さから汗で張り付いた前髪を鬱陶しそうに指でよける仕草。その腕を捕まえて、オレは少々無理な体勢で立ち上がった。引いた椅子がガタンとそのまま後ろに倒れて、品のない音を立てる。掴んだ腕を引き寄せ、構わず唇を合わせると、友沢の口元は緩んでいた。ゆっくり離れると、友沢は隠しもせずにやっぱり笑っていた。
「それだけでいいのか」
言ったな。持っていたペンを放り出し、空いた手をその頬へ添えると、オレはもう一度友沢の唇を奪った。奪われることを待っていたそこは薄く開いていて、オレの舌の侵入を容易く許す。友沢の方から絡められたそれにオレは目を閉じて、友沢って普段は体温低いのにここはすごい熱いんだよなあとか、そういうことを考えていた。
「もう終わりか」
「友沢ってさあ」
「なんだ」
「誘ってるのか?」
「分からないのか」
馬鹿真面目に答えてみせた友沢にオレは白旗を振って、ペンもノートも盛大に放り出した。笑った友沢の顔がかわいくて、オレはもう一度だけキスをした。
了
ーーーーーーーーー
主友いいーわーーー効く
唐突だが、オレと友沢は赤点候補生の筆頭ということで、このたび試験に備えて勉強するよう異例の御達しが出た。顧問や同級生からならまだしも、後輩部員にまで言われてしまっては、いくら野球バカのオレたちといえども無視することが出来なかった。
空き教室を借り受けて、観念してテキストを開いている。赤点を取った後の補習や再テストを思えば、なるほど始めから及第点を取った方が無駄がない。理屈ではそうだが、なにせ勉強は好きじゃないのだ。オレも友沢も、ペンを握ってノートに書きつける時間があるのならば、バットを握って、ボールを追い掛けていたい。
それでも、試験前くらいは勉学に励まなければいけないオレたちは悲しいかな学生、高校生、いくらプロ野球選手が目標だからといって、勉学を疎かにすることは出来ない。そもそも卒業出来なければ、プロ野球選手にもなれない。
「なに見てるんだ。集中しろ」
目の前でオレと同じようにテキストを開いている友沢はこちらを一瞥するとすぐにまた視線を教科書に落として、さも勉強しているかのような仕草を見せた。オレがペンを握りながらもうだうだと余計なことを考えているように、友沢もさっきから一ページとして進んでいないことはすでに気が付いている。
誰もいない空き教室、夏は日が長いので、夕方になってもまだまだ明るい。日の光に透けた友沢の髪がきらきらと光っていた。家に帰ったところで勉強しないので、仕方なく二人して集まっては試験勉強をすることにしている。無論、効果の程は保証しかねる。開けっ放しの窓から風が一陣吹き抜けて、友沢の髪を揺らしていった。机に影を落とすほどの長い睫毛が持ち上がって、無遠慮にこちらを見る。
「見てるだけでいいのか」
顔はいつも通りの無表情だが、挑発的な声色だった。暑さから汗で張り付いた前髪を鬱陶しそうに指でよける仕草。その腕を捕まえて、オレは少々無理な体勢で立ち上がった。引いた椅子がガタンとそのまま後ろに倒れて、品のない音を立てる。掴んだ腕を引き寄せ、構わず唇を合わせると、友沢の口元は緩んでいた。ゆっくり離れると、友沢は隠しもせずにやっぱり笑っていた。
「それだけでいいのか」
言ったな。持っていたペンを放り出し、空いた手をその頬へ添えると、オレはもう一度友沢の唇を奪った。奪われることを待っていたそこは薄く開いていて、オレの舌の侵入を容易く許す。友沢の方から絡められたそれにオレは目を閉じて、友沢って普段は体温低いのにここはすごい熱いんだよなあとか、そういうことを考えていた。
「もう終わりか」
「友沢ってさあ」
「なんだ」
「誘ってるのか?」
「分からないのか」
馬鹿真面目に答えてみせた友沢にオレは白旗を振って、ペンもノートも盛大に放り出した。笑った友沢の顔がかわいくて、オレはもう一度だけキスをした。
了
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主友いいーわーーー効く
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新刊のお知らせ
こんにちは!こんなところまでご覧いただきまして、いつもありがとうございます。
完全に事後報告で恐縮ですが、先日のパワカプ5合わせで新刊を出しましたのでお知らせです。
八月の風R
通販購入ページ
(BOOTH通販に飛びます)
以前発行した『八月の風』を手直し、加筆修正したものになります。少しだけ書き下ろしあり。
パワポケR発売おめでとうの気持ちをありったけ詰めました。
人生で初めて発行した同人誌、野球マスクと極亜久高校主人公との対決の話です。
ご興味ありましたら、よろしくお願いします。
パワポケR発売、ほんとうにおめでとう。もうすぐですね。
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八月の風R
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パワポケR発売おめでとうの気持ちをありったけ詰めました。
人生で初めて発行した同人誌、野球マスクと極亜久高校主人公との対決の話です。
ご興味ありましたら、よろしくお願いします。
パワポケR発売、ほんとうにおめでとう。もうすぐですね。
かわいくない
かわいくない(主守)
「猪狩、好きだよ」
「知っているよ」
ああ、かわいくない。隣を歩く猪狩はオレの言葉なんかどこ吹く風で、知らん顔をしている。
たまには応えてくれてもいいのに、恋人になってからも猪狩は相変わらずだ。オレはそういう猪狩を好きになったし、本当は猪狩が照れていることも喜んでいることも知っていたけど、今日は特別腹の虫の居所が悪かった。猪狩の態度に腹の底から煮えるような怒りが沸いてきて、たぶん今日はもう一緒にいない方がいいんだろうと思った。このままだと、取り返しのつかない喧嘩でもしてしまいそうだ。どうして猪狩は、たった一言を言ってくれないんだろう。ただ一言、お前の口から好きだと聞きたいだけなのに、それだけでオレは満足できる安い男なのに、猪狩はそれすらもくれない。猪狩の気持ちはもちろん知っているが、口にしてもらいたい日だってオレにもあるのだ。
「オレ、今日は帰る」
「うちの私設球場で練習していくんじゃないのかい」
「帰る」
「ふうん。分かった」
じゃあねと言って歩いて行ってしまう猪狩はもちろんオレを引き止めないし、それどころか振り向きもしない。なんてことだ。半ば呆然とした気持ちで、猪狩の背中を見る。オレはしばらくそれを眺めていたが、その辺にあった道端の石ころを思い切り蹴っ飛ばしてから、猪狩とは反対方向を向いて歩き出した。ずんずんと風を切りながら歩いていたが、ふいに足を止める。格好悪いとは思ってもどうにも後ろ髪を引かれ、こっそり振り返った。オレは、猪狩が好きなのだ。理屈ではなく、どうしようもなく猪狩が好きなのだ。
振り返って見ると、猪狩は確かに背を向けていたが、明らかにその歩みは遅かった。普通に歩いていればとっくに見えなくなっていてもおかしくないのに、猪狩の背中はまだ、自分の目で捉えることが出来た。その意味を考えたとき、オレはどうしようもない気持ちでいっぱいになって、駆け出していた。走っている勢いのまま後ろから猪狩に抱き付くと、猪狩は特段驚いた様子もなく、いつものトーンでやめろと言った。ああ、かわいくない。なんてかわいくないんだろう。
「やっぱり、行く」
「帰ると言ったり行くと言ったり、キミは忙しいな」
「行く」
「そうかい」
「オレ、猪狩が好き。ムカつくけど、好き」
「……」
「お前が言ってくれない分、オレが言うからいいよ。もう。オレ、猪狩が好き。好き、大好き、馬鹿、好きだよ」
「バカは余計だ」
「こんなお前が好きでしょうがないオレは、馬鹿なんだ。でも好きだから仕方ない」
「聞き捨てならないな、その言い草は。まるでボクに問題があるみたいじゃないか」
「オレは一言聞きたいだけなのに」
「キミが好きだ」
バカな、キミのことが。一言余計なことを付け加えた猪狩はやっぱりかわいくなかったけど、オレはかわいくない猪狩が好きなので、今度は真正面から思い切り抱き締めた。もう一回言ってとねだると、腕の中で猪狩はなんのことだとしらを切った。ああ、やっぱりかわいくない。
了
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いやかわいいよ(マジレス)
「猪狩、好きだよ」
「知っているよ」
ああ、かわいくない。隣を歩く猪狩はオレの言葉なんかどこ吹く風で、知らん顔をしている。
たまには応えてくれてもいいのに、恋人になってからも猪狩は相変わらずだ。オレはそういう猪狩を好きになったし、本当は猪狩が照れていることも喜んでいることも知っていたけど、今日は特別腹の虫の居所が悪かった。猪狩の態度に腹の底から煮えるような怒りが沸いてきて、たぶん今日はもう一緒にいない方がいいんだろうと思った。このままだと、取り返しのつかない喧嘩でもしてしまいそうだ。どうして猪狩は、たった一言を言ってくれないんだろう。ただ一言、お前の口から好きだと聞きたいだけなのに、それだけでオレは満足できる安い男なのに、猪狩はそれすらもくれない。猪狩の気持ちはもちろん知っているが、口にしてもらいたい日だってオレにもあるのだ。
「オレ、今日は帰る」
「うちの私設球場で練習していくんじゃないのかい」
「帰る」
「ふうん。分かった」
じゃあねと言って歩いて行ってしまう猪狩はもちろんオレを引き止めないし、それどころか振り向きもしない。なんてことだ。半ば呆然とした気持ちで、猪狩の背中を見る。オレはしばらくそれを眺めていたが、その辺にあった道端の石ころを思い切り蹴っ飛ばしてから、猪狩とは反対方向を向いて歩き出した。ずんずんと風を切りながら歩いていたが、ふいに足を止める。格好悪いとは思ってもどうにも後ろ髪を引かれ、こっそり振り返った。オレは、猪狩が好きなのだ。理屈ではなく、どうしようもなく猪狩が好きなのだ。
振り返って見ると、猪狩は確かに背を向けていたが、明らかにその歩みは遅かった。普通に歩いていればとっくに見えなくなっていてもおかしくないのに、猪狩の背中はまだ、自分の目で捉えることが出来た。その意味を考えたとき、オレはどうしようもない気持ちでいっぱいになって、駆け出していた。走っている勢いのまま後ろから猪狩に抱き付くと、猪狩は特段驚いた様子もなく、いつものトーンでやめろと言った。ああ、かわいくない。なんてかわいくないんだろう。
「やっぱり、行く」
「帰ると言ったり行くと言ったり、キミは忙しいな」
「行く」
「そうかい」
「オレ、猪狩が好き。ムカつくけど、好き」
「……」
「お前が言ってくれない分、オレが言うからいいよ。もう。オレ、猪狩が好き。好き、大好き、馬鹿、好きだよ」
「バカは余計だ」
「こんなお前が好きでしょうがないオレは、馬鹿なんだ。でも好きだから仕方ない」
「聞き捨てならないな、その言い草は。まるでボクに問題があるみたいじゃないか」
「オレは一言聞きたいだけなのに」
「キミが好きだ」
バカな、キミのことが。一言余計なことを付け加えた猪狩はやっぱりかわいくなかったけど、オレはかわいくない猪狩が好きなので、今度は真正面から思い切り抱き締めた。もう一回言ってとねだると、腕の中で猪狩はなんのことだとしらを切った。ああ、やっぱりかわいくない。
了
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いやかわいいよ(マジレス)
kiss me!!
今まで生きてきて、自分の見た目について関心を持ったことなど一度もなかった。容姿、外見、見目、顔の良し悪し。そんなものは野球をするのに一切関係がないからだ。友沢亮という人間は、そういう考えを持って生きてきた。己の容姿など、最も興味のないことのうちのひとつだった。あの日までは。
「友沢、かわいい」
あの日、そんなことを言って顔を寄せてきた男のことを思い出すと、友沢はいても経ってもいられなくなる。キスを、そう、正真正銘友沢にとって初めてのキスを、あろうことかそんなことを言いながら奪った男は、はにかみながら頬を赤らめ、自分の方がよほどかわいらしい態度であった。友沢といえば、いつもの通り表情筋の動きに乏しいその顔のまま、黙っていただけだ。
鏡をまじまじと見る。かわいい。かわいいのか、これが。今までこんな風に鏡を覗き込んだこともなければ、己の面差しについて何ら感想を持ったこともないので分からない。とにかく分からない。
「友沢、遅かったけど大丈夫か?そんなに飲んでなかった気がするけど、気分悪い?」
「いや、べつに」
友沢は大丈夫と答えたのだが、相手はそろそろ出ようかと言って伝票を持った。騒がしい大衆居酒屋の一角、長々とトイレから帰ってこなかった友沢を相手は心配した目で見ている。特別酔ってなどいないのに、友沢はまるで酔った時のように顔や身体が熱っぽくなるのを感じていた。どくり、胸が跳ねる。相手の目に今の自分はどんな風に映っているのか、そんなことばかりが気になっていた。
「あそこ、安いわりに美味かったな」
きっちりワリカンでの会計を済ませて外へ出ると、男はお腹いっぱい!と言って満足そうに笑っていた。そろそろ冬の足音が聞こえてきそうな夜だったが、火照った身体には冷たい風も心地良くて、友沢はつられたように口元を緩めた。腹ごなしとばかりに、わざと遠回りをして歩いて帰る。
「じゃあ、また明日な。友沢」
駅の方に歩いて行きながら手を振る男に友沢は頷いて、そのままその背中を眺めていた。今日はキスされなかった。今日の自分は、かわいくなかったからだろうか。馬鹿な。一体何を考えているんだ。早く帰って素振りでもして、一刻も早くこんな思考は打ち消さなければいけない。ふいに、男が振り返る。見るな。自分が今どんな顔をしているのかなんて知りたくもないのに、こちらへやって来た男は友沢を見て言った。
「そんなかわいい顔されると、帰りたくなくなるんだけど」
かわいい、誰が、自分が、まさか、かわいいなんて言われて嬉しいなんて、嘘だ!叫び出したい友沢の唇を男が塞いでしまったので、友沢は今日もやっぱり黙っている。かわりに服の裾を掴んでもう一度と、ねだった。
kiss me!!
ーーーーーーー
すぐ乙女チック沢亮くんにしてしまうけどこういうのが好きなんだ!!!!!!(拳を突き上げる絵文字)
「友沢、かわいい」
あの日、そんなことを言って顔を寄せてきた男のことを思い出すと、友沢はいても経ってもいられなくなる。キスを、そう、正真正銘友沢にとって初めてのキスを、あろうことかそんなことを言いながら奪った男は、はにかみながら頬を赤らめ、自分の方がよほどかわいらしい態度であった。友沢といえば、いつもの通り表情筋の動きに乏しいその顔のまま、黙っていただけだ。
鏡をまじまじと見る。かわいい。かわいいのか、これが。今までこんな風に鏡を覗き込んだこともなければ、己の面差しについて何ら感想を持ったこともないので分からない。とにかく分からない。
「友沢、遅かったけど大丈夫か?そんなに飲んでなかった気がするけど、気分悪い?」
「いや、べつに」
友沢は大丈夫と答えたのだが、相手はそろそろ出ようかと言って伝票を持った。騒がしい大衆居酒屋の一角、長々とトイレから帰ってこなかった友沢を相手は心配した目で見ている。特別酔ってなどいないのに、友沢はまるで酔った時のように顔や身体が熱っぽくなるのを感じていた。どくり、胸が跳ねる。相手の目に今の自分はどんな風に映っているのか、そんなことばかりが気になっていた。
「あそこ、安いわりに美味かったな」
きっちりワリカンでの会計を済ませて外へ出ると、男はお腹いっぱい!と言って満足そうに笑っていた。そろそろ冬の足音が聞こえてきそうな夜だったが、火照った身体には冷たい風も心地良くて、友沢はつられたように口元を緩めた。腹ごなしとばかりに、わざと遠回りをして歩いて帰る。
「じゃあ、また明日な。友沢」
駅の方に歩いて行きながら手を振る男に友沢は頷いて、そのままその背中を眺めていた。今日はキスされなかった。今日の自分は、かわいくなかったからだろうか。馬鹿な。一体何を考えているんだ。早く帰って素振りでもして、一刻も早くこんな思考は打ち消さなければいけない。ふいに、男が振り返る。見るな。自分が今どんな顔をしているのかなんて知りたくもないのに、こちらへやって来た男は友沢を見て言った。
「そんなかわいい顔されると、帰りたくなくなるんだけど」
かわいい、誰が、自分が、まさか、かわいいなんて言われて嬉しいなんて、嘘だ!叫び出したい友沢の唇を男が塞いでしまったので、友沢は今日もやっぱり黙っている。かわりに服の裾を掴んでもう一度と、ねだった。
kiss me!!
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すぐ乙女チック沢亮くんにしてしまうけどこういうのが好きなんだ!!!!!!(拳を突き上げる絵文字)
てのひら
てのひら(主守)
猪狩と付き合うようになっていちばん驚いたのは、その手の平だった。その綺麗な横顔からは想像も出来ないような、固い手の平だった。猪狩はプロ入り後こそピッチャーに専念しているが、高校まではいわゆるエースで四番というやつで、バッティングの方も相当のものだ。それは何度も素振りを繰り返し、そのたびに幾度となくマメが潰れて皮膚が固くなった手の平だった。それでいて自分と違うのは、ピッチャーであるがゆえの洗練された滑らかさと張り、指先にも垣間見える努力の跡。間違いなく、一流の投手である証であった。
猪狩は間違いなく努力の人だが、それを他人に知られることを良しとしない。泥くさい練習も、重ねた苦労も、それこそ血の滲むような努力さえ、すべて「天才」などという言葉でくるんで自分の実力と主張する。なぜなら自分は天才猪狩守であるからと、自負をする。そういう猪狩を勘違いする人間はたくさんいたが、自分は理解しているつもりだった。つもり、だったのだ。その手の平を握るまでは。
「猪狩、風呂は」
「もうあがった」
オレの言葉にそっけなく答えた猪狩はなるほど湯上がりのようで、しっかり髪も乾かしてきちんと寝巻きを着ている。かくいうオレはソファでだらだとテレビを見ながら時々うたた寝までしていたので、猪狩が風呂に入ったのも上がったのも全く気が付かなかった。
ソファまで歩いてきた猪狩は無遠慮にリモコンを手に取ると、見ているオレに断ることもなくテレビを消した。そして机の上に爪を手入れするための道具を並べ、あろうことかオレの座っている足の間に腰を下ろした。まさかここでやるつもりなのか。猪狩は特に気にすることもなく、いつもの手順で作業を始めた。オレは猪狩のせいで動けなくなってしまったので、仕方なくそれを見ている。
猪狩は爪切りを使わない。やすりで丁寧に削り、整えるようにゆっくりと磨いていく。磨き終わると今度は爪の保護剤と栄養剤を兼ねたマニキュアのようなものを塗っていく。アスリートネイルと呼ばれるもののようだが、オレにはよく分からない。そこまでやるとようやく一息ついて、完全に乾くまでは大人しくしている。猪狩の手。きれいな手。風呂に入るときですら細心の注意を払われる猪狩の手。
無意識に猪狩の頭を撫でていたが、このときばかりは猪狩も文句を言わず、まして暴れたりもせず大人しくしている。なにしろ爪はまだ乾いていない。猪狩がわざわざオレの足の間に座ってこんなことをやるのも、体の良い暇つぶしなのだろう。そういうことにしておいてやる。視線を落とすと、猪狩の爪はきらきらと光っていた。
たまらずその手に触りたくなって、オレは代わりに猪狩の顎を持ち上げる。不満そうな顔。いや、これは照れている顔だ。そういうことにする。何しろ今の猪狩は手が使えず、オレにされるがままなのだ。どういうつもりなのか不満そうに唇をとがらせているそこに自分のそれをくっ付けて、オレは笑った。なんだよその顔。照れるにしても、もっとかわいい顔しろよな。
案の定怒った猪狩をなだめるため、オレはお望み通りもう一度そこへ口付けた。爪はもうとっくに乾いていたが、オレは今夜も知らないふりをして猪狩を甘やかしてやっている。
了
ーーーーーーー
主守や主守や主守ちゃん
せかいでいちばんかわいい主守ちゃんはど〜れ?
猪狩と付き合うようになっていちばん驚いたのは、その手の平だった。その綺麗な横顔からは想像も出来ないような、固い手の平だった。猪狩はプロ入り後こそピッチャーに専念しているが、高校まではいわゆるエースで四番というやつで、バッティングの方も相当のものだ。それは何度も素振りを繰り返し、そのたびに幾度となくマメが潰れて皮膚が固くなった手の平だった。それでいて自分と違うのは、ピッチャーであるがゆえの洗練された滑らかさと張り、指先にも垣間見える努力の跡。間違いなく、一流の投手である証であった。
猪狩は間違いなく努力の人だが、それを他人に知られることを良しとしない。泥くさい練習も、重ねた苦労も、それこそ血の滲むような努力さえ、すべて「天才」などという言葉でくるんで自分の実力と主張する。なぜなら自分は天才猪狩守であるからと、自負をする。そういう猪狩を勘違いする人間はたくさんいたが、自分は理解しているつもりだった。つもり、だったのだ。その手の平を握るまでは。
「猪狩、風呂は」
「もうあがった」
オレの言葉にそっけなく答えた猪狩はなるほど湯上がりのようで、しっかり髪も乾かしてきちんと寝巻きを着ている。かくいうオレはソファでだらだとテレビを見ながら時々うたた寝までしていたので、猪狩が風呂に入ったのも上がったのも全く気が付かなかった。
ソファまで歩いてきた猪狩は無遠慮にリモコンを手に取ると、見ているオレに断ることもなくテレビを消した。そして机の上に爪を手入れするための道具を並べ、あろうことかオレの座っている足の間に腰を下ろした。まさかここでやるつもりなのか。猪狩は特に気にすることもなく、いつもの手順で作業を始めた。オレは猪狩のせいで動けなくなってしまったので、仕方なくそれを見ている。
猪狩は爪切りを使わない。やすりで丁寧に削り、整えるようにゆっくりと磨いていく。磨き終わると今度は爪の保護剤と栄養剤を兼ねたマニキュアのようなものを塗っていく。アスリートネイルと呼ばれるもののようだが、オレにはよく分からない。そこまでやるとようやく一息ついて、完全に乾くまでは大人しくしている。猪狩の手。きれいな手。風呂に入るときですら細心の注意を払われる猪狩の手。
無意識に猪狩の頭を撫でていたが、このときばかりは猪狩も文句を言わず、まして暴れたりもせず大人しくしている。なにしろ爪はまだ乾いていない。猪狩がわざわざオレの足の間に座ってこんなことをやるのも、体の良い暇つぶしなのだろう。そういうことにしておいてやる。視線を落とすと、猪狩の爪はきらきらと光っていた。
たまらずその手に触りたくなって、オレは代わりに猪狩の顎を持ち上げる。不満そうな顔。いや、これは照れている顔だ。そういうことにする。何しろ今の猪狩は手が使えず、オレにされるがままなのだ。どういうつもりなのか不満そうに唇をとがらせているそこに自分のそれをくっ付けて、オレは笑った。なんだよその顔。照れるにしても、もっとかわいい顔しろよな。
案の定怒った猪狩をなだめるため、オレはお望み通りもう一度そこへ口付けた。爪はもうとっくに乾いていたが、オレは今夜も知らないふりをして猪狩を甘やかしてやっている。
了
ーーーーーーー
主守や主守や主守ちゃん
せかいでいちばんかわいい主守ちゃんはど〜れ?
夜の小咄
夜の小咄(主守)
例えば、午前三時と仮定する。夜明けにはまだ少し遠くて、夜というには真夜中にもほどがある時間だ。布団に入ったのが確か午後十一時過ぎであったから、眠ったといえば眠ったし、十分な睡眠時間が取れたかといえばそれには及ばない。何しろ、隣でくっ付いたまま寝ている男が邪魔で時計を見ることすら叶わない。平和な寝顔、それがいつも通りの間抜け面であることに猪狩は口元を緩めた。
自分からすると、利き腕を枕代わりに使われるなど言語道断であったが、この男はそうではないらしい。今日は寒いから、くっ付いて寝ようぜ。そんなことを言って腕を伸ばし、自分を抱き込んだまま本当にそのまま眠ってしまうのだから呆れてしまう。しかし、今の今までそこで寝ていた自分も自分であるから、猪狩は知らんふりをして目を閉じた。男の腕の中にくるまれながら、猪狩は幸福なまどろみに身を任せた。数時間後には、腕が痺れたと言って隣の男が大騒ぎする、さわがしくもいとしい朝がやって来る。
了
ーーーーーーー
急に寒くなったので主守
例えば、午前三時と仮定する。夜明けにはまだ少し遠くて、夜というには真夜中にもほどがある時間だ。布団に入ったのが確か午後十一時過ぎであったから、眠ったといえば眠ったし、十分な睡眠時間が取れたかといえばそれには及ばない。何しろ、隣でくっ付いたまま寝ている男が邪魔で時計を見ることすら叶わない。平和な寝顔、それがいつも通りの間抜け面であることに猪狩は口元を緩めた。
自分からすると、利き腕を枕代わりに使われるなど言語道断であったが、この男はそうではないらしい。今日は寒いから、くっ付いて寝ようぜ。そんなことを言って腕を伸ばし、自分を抱き込んだまま本当にそのまま眠ってしまうのだから呆れてしまう。しかし、今の今までそこで寝ていた自分も自分であるから、猪狩は知らんふりをして目を閉じた。男の腕の中にくるまれながら、猪狩は幸福なまどろみに身を任せた。数時間後には、腕が痺れたと言って隣の男が大騒ぎする、さわがしくもいとしい朝がやって来る。
了
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急に寒くなったので主守
かみさまはいない病室
かみさまはいない病室(友沢亮と母)
私が死ねば、保険金が入る。そんなことを一瞬でも考えてしまった自分を、私は恥じ入るように呪いました。死んでなどやるものですか。私はまだ、死ねない。
病室を訪ねて来た息子の様子は、いつもと違っていました。いつもと変わらず私を気遣い、微笑み、優しく振る舞う亮。だけれど、それはいつもの亮ではありませんでした。
亮、何かあったの。尋ねても、息子は口を割りませんでした。優しい子です。私の自慢の子です。だから私は静かに亮を抱き締めて、制服の上からその肘に触れました。その間、亮はぴくりとも動きませんでした。母親ですから。亮の様子が違うことは、一目見てすぐに分かっていました。息子を抱き締め、その昔泣き虫だった頃よくしていた仕草、背中をさすってとんとんとたたいてやると、亮からは静かな啜り泣きが聞こえてきました。我慢強い息子のことですから、きっとこれが、最初で最後の涙になるのでしょう。私は知らないふりをして、何も尋ねず、ただ息子を抱き締めて離しませんでした。
ボールが、投げられなくなった。そう。一言だけ言った息子に私は頷いて、それきりどちらもしゃべりませんでした。何も言わなくても、分かります。いいえ、この子の気持ちは、この子にしか分かりません。私がこの子に掛けてあげられる言葉など一言もあるわけがなく、ただただ流れる涙を受け止めることしか出来ませんでした。
亮は子供の頃から、野球が得意な子でした。将来はプロ野球選手になるんだ。そんな無邪気な子供の夢が、絶対に叶えなくてはならない「夢」になってしまったのは、いつのことだったでしょう。私が病に倒れたのが先か、夫の会社が倒産しそのまま蒸発するように姿を消したのが先か、つまりそういう話でした。
亮は、私にはもったいないほどの大変よく出来た息子でした。入院生活の続く私の代わりに幼い弟妹の面倒を見て、家事をこなし、学生の本分はもとより、アルバイト、そしてプロ野球選手になるための練習、部活動。めちゃくちゃな生活をしていることは、明白でした。無理しないでね。大丈夫だよ。私の心配など、優しい亮には笑顔でかわされてしまいます。そのタイミングで、私は医者から告げられたのです。私にとってはまさしく死刑宣告のようなものでした。早く手術をしなければ、生命にも関わることでしょう。莫大な費用の掛かる手術でした。
幸いにも、私にはいなくなる前に夫が掛けた保険がありました。払い込みはすでに完了しており、私の入院費は主にここから捻出されています。そして、私が死んだときには、大きな保険金が入るものでした。
あなたが大好きだった野球を、プロ入りするための道具にしてしまったのは、間違いなく私でした。亮。私のかわいい亮。そんな呪いからはもう、解放されていいはずです。あなたは過酷な練習のし過ぎで、肘を壊してしまった。ボールが投げられなくなってしまった。それでもあなたは、野球をすることを諦めないのでしょう。母親ですから。優しくて強い亮のことを私は誰よりも知っている。
私は、死にません。いざとなれば、保険の解約金でも、あの人の残したお金に手を付けても、私は生きます。だからもう一度、あなたの好きだった、野球が、出来ますように。不甲斐ない母親は、そんなことを祈りながら、ひたすら息子を抱きしめ続けました。
了
ーーーーーー
三年前に同じことを書いて、それがあまりにもひどかったので書き直しました。また三年後には同じことを思うんでしょう。自戒のために昔書いたのもそのままになってます
当たり前ですが、ただの、私の、妄想です
私が死ねば、保険金が入る。そんなことを一瞬でも考えてしまった自分を、私は恥じ入るように呪いました。死んでなどやるものですか。私はまだ、死ねない。
病室を訪ねて来た息子の様子は、いつもと違っていました。いつもと変わらず私を気遣い、微笑み、優しく振る舞う亮。だけれど、それはいつもの亮ではありませんでした。
亮、何かあったの。尋ねても、息子は口を割りませんでした。優しい子です。私の自慢の子です。だから私は静かに亮を抱き締めて、制服の上からその肘に触れました。その間、亮はぴくりとも動きませんでした。母親ですから。亮の様子が違うことは、一目見てすぐに分かっていました。息子を抱き締め、その昔泣き虫だった頃よくしていた仕草、背中をさすってとんとんとたたいてやると、亮からは静かな啜り泣きが聞こえてきました。我慢強い息子のことですから、きっとこれが、最初で最後の涙になるのでしょう。私は知らないふりをして、何も尋ねず、ただ息子を抱き締めて離しませんでした。
ボールが、投げられなくなった。そう。一言だけ言った息子に私は頷いて、それきりどちらもしゃべりませんでした。何も言わなくても、分かります。いいえ、この子の気持ちは、この子にしか分かりません。私がこの子に掛けてあげられる言葉など一言もあるわけがなく、ただただ流れる涙を受け止めることしか出来ませんでした。
亮は子供の頃から、野球が得意な子でした。将来はプロ野球選手になるんだ。そんな無邪気な子供の夢が、絶対に叶えなくてはならない「夢」になってしまったのは、いつのことだったでしょう。私が病に倒れたのが先か、夫の会社が倒産しそのまま蒸発するように姿を消したのが先か、つまりそういう話でした。
亮は、私にはもったいないほどの大変よく出来た息子でした。入院生活の続く私の代わりに幼い弟妹の面倒を見て、家事をこなし、学生の本分はもとより、アルバイト、そしてプロ野球選手になるための練習、部活動。めちゃくちゃな生活をしていることは、明白でした。無理しないでね。大丈夫だよ。私の心配など、優しい亮には笑顔でかわされてしまいます。そのタイミングで、私は医者から告げられたのです。私にとってはまさしく死刑宣告のようなものでした。早く手術をしなければ、生命にも関わることでしょう。莫大な費用の掛かる手術でした。
幸いにも、私にはいなくなる前に夫が掛けた保険がありました。払い込みはすでに完了しており、私の入院費は主にここから捻出されています。そして、私が死んだときには、大きな保険金が入るものでした。
あなたが大好きだった野球を、プロ入りするための道具にしてしまったのは、間違いなく私でした。亮。私のかわいい亮。そんな呪いからはもう、解放されていいはずです。あなたは過酷な練習のし過ぎで、肘を壊してしまった。ボールが投げられなくなってしまった。それでもあなたは、野球をすることを諦めないのでしょう。母親ですから。優しくて強い亮のことを私は誰よりも知っている。
私は、死にません。いざとなれば、保険の解約金でも、あの人の残したお金に手を付けても、私は生きます。だからもう一度、あなたの好きだった、野球が、出来ますように。不甲斐ない母親は、そんなことを祈りながら、ひたすら息子を抱きしめ続けました。
了
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三年前に同じことを書いて、それがあまりにもひどかったので書き直しました。また三年後には同じことを思うんでしょう。自戒のために昔書いたのもそのままになってます
当たり前ですが、ただの、私の、妄想です
悪癖
悪癖 (主人公と猪狩進)
「オレ、進くんのことが好きなんだ」
目の前でそう言った人の顔をまじまじと見て、僕はにっこりと微笑んだ。それを了承の意とでも取ったのか、そのひとは嬉しそうに破顔した。大袈裟に両手を上げて、もう一度好きだと言って、僕を抱き締める。僕はされるまま、その人の腕の中でにこにこと微笑んでいる。あーあ。進くん、好きだ。僕も、好きですよ。嬉しい。僕も、嬉しいです。あーあ。ずっと前から好きだった。僕も、です。夢みたいだ。そうですね。夢なら良かったのに。
確かに僕は、この人のことが好きだった。兄のことを好きな、この人のことが、好きだった。僕なんかに目もくれず、兄の方を向いているその目と横顔が好きだった。それなのに、あーあ。自分には昔から、そういうところがあった。幼少期より続く兄へのコンプレックスを拗らせた産物だと自己分析したこともあるが、真実はもう自分にも分からない。
「オレと、付き合ってください」
そう言われて僕は、やっぱりいつものように笑っていた。
了
ーーーーーーー
すぐ進くんでこういう話書いてしまう
好きなんだ
進くん
「オレ、進くんのことが好きなんだ」
目の前でそう言った人の顔をまじまじと見て、僕はにっこりと微笑んだ。それを了承の意とでも取ったのか、そのひとは嬉しそうに破顔した。大袈裟に両手を上げて、もう一度好きだと言って、僕を抱き締める。僕はされるまま、その人の腕の中でにこにこと微笑んでいる。あーあ。進くん、好きだ。僕も、好きですよ。嬉しい。僕も、嬉しいです。あーあ。ずっと前から好きだった。僕も、です。夢みたいだ。そうですね。夢なら良かったのに。
確かに僕は、この人のことが好きだった。兄のことを好きな、この人のことが、好きだった。僕なんかに目もくれず、兄の方を向いているその目と横顔が好きだった。それなのに、あーあ。自分には昔から、そういうところがあった。幼少期より続く兄へのコンプレックスを拗らせた産物だと自己分析したこともあるが、真実はもう自分にも分からない。
「オレと、付き合ってください」
そう言われて僕は、やっぱりいつものように笑っていた。
了
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すぐ進くんでこういう話書いてしまう
好きなんだ
進くん
類似品
類似品(5/猪狩進→主人公と猪狩守)
幼い頃は、よく双子に間違われた。僕と、一つ上の兄である猪狩守の顔はよく似ている。高校生となった今でこそ体格差があるものの、幼少期の頃の兄は他の子供と比べても小柄だった。よく似た兄弟。二人とも野球をする。態度が大きくて目立ちたがりの兄、謙虚で礼儀正しい弟の僕。マウンドに立つ兄はピッチャーで、それを受けるキャッチャーが僕、猪狩進だ。比べるなという方が無理な話であろう。まして、子供の世界であれば、なおさら。僕の人生は、兄が歩いた後に出来る影を踏んで歩くようなものだった。
「弟よ、この程度の奴に、あいさつする必要はないぞ。バカがうつるかもしれないからな」
そう言う兄はフンと笑って、それを見た他校の野球部員、名前をパワプロさんといって、その人は怒っていた。気になる人間にあらぬちょっかいをかけるのは、昔から兄の悪癖であった。兄はこの人のことを気に入っている。初めて会った時から、僕は分かっていた。なにしろ、僕と兄はよく似ている。
よくもまあこれほどまでに道端で偶然出会うものだと思ったが、不思議なほどパワプロさんとはよく遭遇した。今日は、兄と連れ立ってランニングをしている最中に出くわし、僕のトレーニングに付き合うといった兄は自転車に乗っていた。その自転車でわざわざ前方を歩いていたパワプロさんにぶつかりに行ったのだから、相当だ。まるで小学三年生程度の、気の引き方。当然だが案の定パワプロさんは怒り出して、僕は兄の隣でその様子を眺めていた。
「パワプロさん、こんにちは。兄が、すみません」
「あっ、進くん!いやいいんだよ、進くんが謝ることじゃないし」
「なんだ、ボクの弟にいやに馴れ馴れしいなキミは」
「この前、一緒にゲームセンターに行ったんですよ」
兄はきょとんとしている。大きな目を丸くして、二の句が継げないのか黙っている。もちろんそんなことに気付きもしないパワプロさんは、楽しそうに続けた。
「そうそう、進くんすっごく上手だからびっくりしたよ!」
「たまたまですよ。そうだ、せっかくですし、今日はこの前言ってたバッティングセンターに行きませんか?」
「いいね!行く行く!」
「兄さんは、どうします?」
「……」
兄がこんな顔をするのを初めて見た。自分の知らない僕の交友関係に戸惑っているのだろう。しかも相手は、無自覚ながら慕っているパワプロさんなのだから。
パワプロさんは、いい人だ。彼の友人に、初対面で「猪狩二号」だなんて紹介された僕に対して、全くそのように扱わず、振る舞わず、猪狩進として接してくれた。僕がこの人を慕うのは、息をするより自然なことであった。
パワプロさんは、魅力的だ。優しくて、おおらかで、野球が好きで、笑った顔が眩しい。兄さんには、よく分かることでしょう。なにせ、僕とあなたは大変よく似ている。
「ボクは、行かない」
「そうですか。じゃあパワプロさん、行きましょう」
「猪狩、お前も一緒に行こうぜ」
「フン。キミみたいなヘタクソと一緒に行くわけがないだろう」
「なんだとー!」
パワプロさん、あなたは優しい。そして、優しいあなたが僕を選んでくれないことを、僕はよく知っている。似ているだけで、僕は兄ではありませんから。
「ほら二人とも、喧嘩してないで早く行きましょう」
了
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進くんいつもごめんなそういう君が好きだ
11月のパワカプ5で、前に出した野球マスクのリメイク本を頒布します!イベント参加はせず、BOOTHでの通販頒布となります。ご興味ありましたら、pixivやTwitterなど覗いてみてやってください。
おかげさまで進くんのことばっかり考えていたらこんな感じになってしまいました。好きですね。
幼い頃は、よく双子に間違われた。僕と、一つ上の兄である猪狩守の顔はよく似ている。高校生となった今でこそ体格差があるものの、幼少期の頃の兄は他の子供と比べても小柄だった。よく似た兄弟。二人とも野球をする。態度が大きくて目立ちたがりの兄、謙虚で礼儀正しい弟の僕。マウンドに立つ兄はピッチャーで、それを受けるキャッチャーが僕、猪狩進だ。比べるなという方が無理な話であろう。まして、子供の世界であれば、なおさら。僕の人生は、兄が歩いた後に出来る影を踏んで歩くようなものだった。
「弟よ、この程度の奴に、あいさつする必要はないぞ。バカがうつるかもしれないからな」
そう言う兄はフンと笑って、それを見た他校の野球部員、名前をパワプロさんといって、その人は怒っていた。気になる人間にあらぬちょっかいをかけるのは、昔から兄の悪癖であった。兄はこの人のことを気に入っている。初めて会った時から、僕は分かっていた。なにしろ、僕と兄はよく似ている。
よくもまあこれほどまでに道端で偶然出会うものだと思ったが、不思議なほどパワプロさんとはよく遭遇した。今日は、兄と連れ立ってランニングをしている最中に出くわし、僕のトレーニングに付き合うといった兄は自転車に乗っていた。その自転車でわざわざ前方を歩いていたパワプロさんにぶつかりに行ったのだから、相当だ。まるで小学三年生程度の、気の引き方。当然だが案の定パワプロさんは怒り出して、僕は兄の隣でその様子を眺めていた。
「パワプロさん、こんにちは。兄が、すみません」
「あっ、進くん!いやいいんだよ、進くんが謝ることじゃないし」
「なんだ、ボクの弟にいやに馴れ馴れしいなキミは」
「この前、一緒にゲームセンターに行ったんですよ」
兄はきょとんとしている。大きな目を丸くして、二の句が継げないのか黙っている。もちろんそんなことに気付きもしないパワプロさんは、楽しそうに続けた。
「そうそう、進くんすっごく上手だからびっくりしたよ!」
「たまたまですよ。そうだ、せっかくですし、今日はこの前言ってたバッティングセンターに行きませんか?」
「いいね!行く行く!」
「兄さんは、どうします?」
「……」
兄がこんな顔をするのを初めて見た。自分の知らない僕の交友関係に戸惑っているのだろう。しかも相手は、無自覚ながら慕っているパワプロさんなのだから。
パワプロさんは、いい人だ。彼の友人に、初対面で「猪狩二号」だなんて紹介された僕に対して、全くそのように扱わず、振る舞わず、猪狩進として接してくれた。僕がこの人を慕うのは、息をするより自然なことであった。
パワプロさんは、魅力的だ。優しくて、おおらかで、野球が好きで、笑った顔が眩しい。兄さんには、よく分かることでしょう。なにせ、僕とあなたは大変よく似ている。
「ボクは、行かない」
「そうですか。じゃあパワプロさん、行きましょう」
「猪狩、お前も一緒に行こうぜ」
「フン。キミみたいなヘタクソと一緒に行くわけがないだろう」
「なんだとー!」
パワプロさん、あなたは優しい。そして、優しいあなたが僕を選んでくれないことを、僕はよく知っている。似ているだけで、僕は兄ではありませんから。
「ほら二人とも、喧嘩してないで早く行きましょう」
了
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進くんいつもごめんなそういう君が好きだ
11月のパワカプ5で、前に出した野球マスクのリメイク本を頒布します!イベント参加はせず、BOOTHでの通販頒布となります。ご興味ありましたら、pixivやTwitterなど覗いてみてやってください。
おかげさまで進くんのことばっかり考えていたらこんな感じになってしまいました。好きですね。
誰にもいえない
誰にもいえない(9/主守)
「えっ。猪狩と矢部くん、二人で遊びに行って来たの?」
部室で珍しく二人が話し込んでいるのでなんだと思って尋ねたら、予想外の返事が飛んできた。それに素っ頓狂な声を上げると、猪狩は目を逸らして不機嫌そうに言う。オレは知っている。これは照れ隠しするときの猪狩がよく見せる仕草だった。日直の仕事を終わらせてから来たオレとは違い、二人はもうスパイクも履いていて野球をする準備をすっかり済ませていた。
「べつに遊びに行ったわけじゃない。ちょっと食事をして来ただけだ」
「でもそのあとバッティングセンターに行ったでやんす」
「腹ごなしにな」
へえ、と相槌を打ちながら、オレは何故だか胸がドキドキしてきて、自分の意思とは別に跳ね上がる心臓を気取られぬよう静かに息をついた。これがどういう気持ちなのか自分でも分からない。分からないので、せめて気付かれないようにと、オレは一生懸命普段の自分を思い出しながら声を出した。
「それなら、オレも誘ってくれれば良かったのに」
「パワプロくん、見たいテレビがあるって言ってさっさと帰ったでやんすよ」
「ああ、あの日か…」
「ボクは練習が終わったらすぐに帰りたかったんだ」
「あのときの猪狩くんのお腹の音にはみんなビックリしてたでやんす」
「うるさいな」
相変わらず猪狩と矢部くんは楽しそうに話を続けている。オレがさっさと帰ってしまったあの日、どうやら猪狩が部室で大きな腹の音を鳴らして、それを聞いていた矢部くんと成り行きでご飯を食べに行くことになり、そのついでにバッティングセンターに寄って帰ったということらしい。それだけのことだ。それだけのことがどうしてこんなにも胸をざわめかせるのだろう。
「なに食べに行ったの?今度はオレも一緒にみんなで行こうよ」
「あいにく、ボクはキミたちと違って暇ではないんでね」
「猪狩くん、誘われて嬉しいのがバレバレでやんすよ」
「なんだって」
隣でじゃれている二人と一緒に笑いながら、オレは飲み込めない感情と口に出せない気持ちが喉で大渋滞を起こしていた。なんと言っていいのか分からなかった。猪狩のような気難しい変人と仲良くなれるのは自分だけだと思ったのに、猪狩って自分以外にも懐くんだな。そういうことが頭をよぎって、一人で勝手に恥ずかしくなる。懐くって、なんだ。猪狩はペットじゃない。もちろんオレのものじゃないし、誰と仲良くしたっていい。オレのもの?ますます思考がこんがらがってわけが分からなくなる。オレは猪狩をなんだと思っているのだろうか。
「おい、もう行くぞ。無駄なお喋りはやめないか」
「元はと言えば猪狩くんが始めたんでやんす」
部室を出た二人の背中を見ながら、オレも後に続いて戸を閉める。誰にも言えない気持ちには蓋をして、オレはグラウンドに向かって走り出した。
了
ーーーーーーーーー
矢部くんいつもごめんねありがとう
たまには主人公ちゃんの方に妬いてもらったら思いがけず不穏な空気になりました
たまにはいいじゃないかいいじゃないか
主守は約束されたhappyが待っているので安心してなんでも書ける
「えっ。猪狩と矢部くん、二人で遊びに行って来たの?」
部室で珍しく二人が話し込んでいるのでなんだと思って尋ねたら、予想外の返事が飛んできた。それに素っ頓狂な声を上げると、猪狩は目を逸らして不機嫌そうに言う。オレは知っている。これは照れ隠しするときの猪狩がよく見せる仕草だった。日直の仕事を終わらせてから来たオレとは違い、二人はもうスパイクも履いていて野球をする準備をすっかり済ませていた。
「べつに遊びに行ったわけじゃない。ちょっと食事をして来ただけだ」
「でもそのあとバッティングセンターに行ったでやんす」
「腹ごなしにな」
へえ、と相槌を打ちながら、オレは何故だか胸がドキドキしてきて、自分の意思とは別に跳ね上がる心臓を気取られぬよう静かに息をついた。これがどういう気持ちなのか自分でも分からない。分からないので、せめて気付かれないようにと、オレは一生懸命普段の自分を思い出しながら声を出した。
「それなら、オレも誘ってくれれば良かったのに」
「パワプロくん、見たいテレビがあるって言ってさっさと帰ったでやんすよ」
「ああ、あの日か…」
「ボクは練習が終わったらすぐに帰りたかったんだ」
「あのときの猪狩くんのお腹の音にはみんなビックリしてたでやんす」
「うるさいな」
相変わらず猪狩と矢部くんは楽しそうに話を続けている。オレがさっさと帰ってしまったあの日、どうやら猪狩が部室で大きな腹の音を鳴らして、それを聞いていた矢部くんと成り行きでご飯を食べに行くことになり、そのついでにバッティングセンターに寄って帰ったということらしい。それだけのことだ。それだけのことがどうしてこんなにも胸をざわめかせるのだろう。
「なに食べに行ったの?今度はオレも一緒にみんなで行こうよ」
「あいにく、ボクはキミたちと違って暇ではないんでね」
「猪狩くん、誘われて嬉しいのがバレバレでやんすよ」
「なんだって」
隣でじゃれている二人と一緒に笑いながら、オレは飲み込めない感情と口に出せない気持ちが喉で大渋滞を起こしていた。なんと言っていいのか分からなかった。猪狩のような気難しい変人と仲良くなれるのは自分だけだと思ったのに、猪狩って自分以外にも懐くんだな。そういうことが頭をよぎって、一人で勝手に恥ずかしくなる。懐くって、なんだ。猪狩はペットじゃない。もちろんオレのものじゃないし、誰と仲良くしたっていい。オレのもの?ますます思考がこんがらがってわけが分からなくなる。オレは猪狩をなんだと思っているのだろうか。
「おい、もう行くぞ。無駄なお喋りはやめないか」
「元はと言えば猪狩くんが始めたんでやんす」
部室を出た二人の背中を見ながら、オレも後に続いて戸を閉める。誰にも言えない気持ちには蓋をして、オレはグラウンドに向かって走り出した。
了
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矢部くんいつもごめんねありがとう
たまには主人公ちゃんの方に妬いてもらったら思いがけず不穏な空気になりました
たまにはいいじゃないかいいじゃないか
主守は約束されたhappyが待っているので安心してなんでも書ける

