未必の故意
未必の故意
「なあ、猪狩って好きな人いる?」
「いるよ」
「えっ!?」
思いがけない返事はオレを驚かせるのに十分すぎるほどで、思わず口に咥えていたアイスを落としそうになった。呆れたようにこちらを見る猪狩の顔はいつも通りだったが、もちろんオレはそれどころではなかった。アイスでベタベタになった手と口をタオルで拭いてから、オレは隣を歩く猪狩の顔を覗き込む。あからさまに嫌そうな表情を見せた猪狩が、オレから一歩分距離を取る。食べ終わったアイスのゴミを鞄に入れてから、オレは早足で追い付いた。部活動を引退したオレたちは、以前よりもずいぶん帰りが早い。夏過ぎて日が落ちるのも早くなったが、コンビニに寄り道してからゆっくり歩いていても、辺りはまだ明るかった。
「えー、なに、誰、教えろよ猪狩」
「なぜだ」
「なぜってそりゃ……だって、お前、マジかー!今までこの手の話一切無視だったのに」
修学旅行で寝る前にみんなで話したこととか、部室でクラスの誰々がかわいいとか誰と誰が付き合ってるとか告白したとか、猪狩はその手の話題に一度も加わらず、知らん顔していた。だから、まさか返事にオレは色めき立った。
確かに最近の猪狩は前よりも雰囲気が柔らかくなったような、嫌味も言うけどそれと同じだけ笑うようになったとか、そういうことを思ったから、なんとなく聞いてみたんだけど。返答を求めていたというよりは、半ば独り言のような質問だったのだ。だから、ここ最近でいちばん驚いた。
「猪狩、好きな人いるのかー」
「いたら悪いかい」
「なんでそう突っかかるんだよ。悪くないよ。ちょっとびっくりしただけ」
何がなるほどなのか、なるほどねと何度も呟いたオレは、腕組みをして考える。猪狩とは高校に入ってからの付き合いではあるが、それでも野球部を通してほとんど毎日のように顔を見ていた。野球のことばかりではあったが、それでもいろんな話をしたし、多くの時間を共に過ごして来たつもりだ。現に今も、引退してからもわざわざこうして一緒に帰っている。癖と言ったらおかしな話だが、オレは高校三年間で猪狩と過ごすことが当たり前になってしまっていた。
「いつから好きなの?」
「高校入学してすぐ」
「へええ」
驚きの連続だ。猪狩がオレの質問に素直に答えることも、そんなことを考えていたのも、ぜんぶぜんぶ、びっくりだ。高校入学ということは、相手はどうやら同じ学校の生徒らしい。まさか先生ということはあるまい。いや、どうだろう。オレは、猪狩のことをなんにも知らない。
「うん、オレ、応援するよ!」
「……」
「猪狩、好きな人と付き合えるようになるといいな」
「本当にそう思うかい」
「当たり前じゃんか!」
なに水臭いこと言ってんだよ!と肩に腕を回すと、静かにそれをほどいてから猪狩はまた歩き始めた。つれない奴だ。口を開こうとしたところで、猪狩が振り返る。
「よろしく頼むよ」
「うん?」
「さっき、応援すると言っただろう」
「うん!もちろん!」
それを聞いた猪狩は笑っていたから、オレも同じように笑って、もう一度頷いた。
未必の恋
ーーーーーーーーーー
主守じゃなかったらラストにどうしようもない一文足してたけど、主守ですので
主守は一生一緒にハッピーエンド
かわいいね
「なあ、猪狩って好きな人いる?」
「いるよ」
「えっ!?」
思いがけない返事はオレを驚かせるのに十分すぎるほどで、思わず口に咥えていたアイスを落としそうになった。呆れたようにこちらを見る猪狩の顔はいつも通りだったが、もちろんオレはそれどころではなかった。アイスでベタベタになった手と口をタオルで拭いてから、オレは隣を歩く猪狩の顔を覗き込む。あからさまに嫌そうな表情を見せた猪狩が、オレから一歩分距離を取る。食べ終わったアイスのゴミを鞄に入れてから、オレは早足で追い付いた。部活動を引退したオレたちは、以前よりもずいぶん帰りが早い。夏過ぎて日が落ちるのも早くなったが、コンビニに寄り道してからゆっくり歩いていても、辺りはまだ明るかった。
「えー、なに、誰、教えろよ猪狩」
「なぜだ」
「なぜってそりゃ……だって、お前、マジかー!今までこの手の話一切無視だったのに」
修学旅行で寝る前にみんなで話したこととか、部室でクラスの誰々がかわいいとか誰と誰が付き合ってるとか告白したとか、猪狩はその手の話題に一度も加わらず、知らん顔していた。だから、まさか返事にオレは色めき立った。
確かに最近の猪狩は前よりも雰囲気が柔らかくなったような、嫌味も言うけどそれと同じだけ笑うようになったとか、そういうことを思ったから、なんとなく聞いてみたんだけど。返答を求めていたというよりは、半ば独り言のような質問だったのだ。だから、ここ最近でいちばん驚いた。
「猪狩、好きな人いるのかー」
「いたら悪いかい」
「なんでそう突っかかるんだよ。悪くないよ。ちょっとびっくりしただけ」
何がなるほどなのか、なるほどねと何度も呟いたオレは、腕組みをして考える。猪狩とは高校に入ってからの付き合いではあるが、それでも野球部を通してほとんど毎日のように顔を見ていた。野球のことばかりではあったが、それでもいろんな話をしたし、多くの時間を共に過ごして来たつもりだ。現に今も、引退してからもわざわざこうして一緒に帰っている。癖と言ったらおかしな話だが、オレは高校三年間で猪狩と過ごすことが当たり前になってしまっていた。
「いつから好きなの?」
「高校入学してすぐ」
「へええ」
驚きの連続だ。猪狩がオレの質問に素直に答えることも、そんなことを考えていたのも、ぜんぶぜんぶ、びっくりだ。高校入学ということは、相手はどうやら同じ学校の生徒らしい。まさか先生ということはあるまい。いや、どうだろう。オレは、猪狩のことをなんにも知らない。
「うん、オレ、応援するよ!」
「……」
「猪狩、好きな人と付き合えるようになるといいな」
「本当にそう思うかい」
「当たり前じゃんか!」
なに水臭いこと言ってんだよ!と肩に腕を回すと、静かにそれをほどいてから猪狩はまた歩き始めた。つれない奴だ。口を開こうとしたところで、猪狩が振り返る。
「よろしく頼むよ」
「うん?」
「さっき、応援すると言っただろう」
「うん!もちろん!」
それを聞いた猪狩は笑っていたから、オレも同じように笑って、もう一度頷いた。
未必の恋
ーーーーーーーーーー
主守じゃなかったらラストにどうしようもない一文足してたけど、主守ですので
主守は一生一緒にハッピーエンド
かわいいね
PR
風邪ひいた
風邪ひいた
電子レンジが、爆発した。正確に言えば、電子レンジで温めようとした卵が爆ぜたようだ。あんまり大きな音がしたものだから、猪狩はびっくりして何も出来ないままただ呆けていた。そうしているうちに、この家の家主が大慌てですっ飛んできた。
「なんかすごい音がしたけど、大丈夫か!?」
戸を開けたパワプロは、そっちこそ大丈夫なのかと聞き返したくなる出立ちで、熱が上がってきたのか顔は赤いし、寒気がするらしく季節に削ぐわない妙な厚着に、仕上げは額に貼った冷却ジェルシートだ。ついでに、大きなクシャミをしてから鼻を啜った。
「あ〜……もしかして、レンジで卵あっためようとした?」
「……」
「お前、料理なんて全然出来ないのに、慣れないことするから……何作ってくれるつもりだったんだ?」
「べつに何だっていいだろう」
何が嬉しいのか、パワプロはにこにこと笑う。パワプロのこういうところが、苦手だ。どんな顔をしていればいいのか分からない。
「ありがとな」
「礼を言われることは何もしてない」
「そうだな、レンジ完全に壊れてるし」
「……」
「でも、お前に怪我がないならそれでいいよ」
そこまで言うと病人らしく咳き込み出すものだから、猪狩は見兼ねて布団に戻るようパワプロに促した。壊れた家電と片付けは後で家人に連絡してなんとかするとして、目下の問題は、こいつだ。
「風邪を引くなんて、キミはプロとしての自覚が足りない」
「へいへい。申し訳ありませんね」
「……」
「そんな顔するなよ。すぐ治るって」
「当たり前だ」
息苦しそうに言って笑う。なんとかは風邪を引かないという言葉は迷信だったようだ。布団から顔だけ出したパワプロが言う。
「猪狩がキスしてくれたら、治るかも」
「移るからイヤだ。触るな」
「酷!」
「もう寝ていろ」
頭を撫でてやると、パワプロは少しだけ驚いた顔をして、その後で嬉しそうに笑った。何がそんなに嬉しいんだか。だが、それを見て幸せだと思う自分こそ、風邪を引かないなんとかに違いないと猪狩は思った。
了
ーーーーーーーーー
私も守さんに看病されて電子レンジ爆発されてえな(病)
電子レンジが、爆発した。正確に言えば、電子レンジで温めようとした卵が爆ぜたようだ。あんまり大きな音がしたものだから、猪狩はびっくりして何も出来ないままただ呆けていた。そうしているうちに、この家の家主が大慌てですっ飛んできた。
「なんかすごい音がしたけど、大丈夫か!?」
戸を開けたパワプロは、そっちこそ大丈夫なのかと聞き返したくなる出立ちで、熱が上がってきたのか顔は赤いし、寒気がするらしく季節に削ぐわない妙な厚着に、仕上げは額に貼った冷却ジェルシートだ。ついでに、大きなクシャミをしてから鼻を啜った。
「あ〜……もしかして、レンジで卵あっためようとした?」
「……」
「お前、料理なんて全然出来ないのに、慣れないことするから……何作ってくれるつもりだったんだ?」
「べつに何だっていいだろう」
何が嬉しいのか、パワプロはにこにこと笑う。パワプロのこういうところが、苦手だ。どんな顔をしていればいいのか分からない。
「ありがとな」
「礼を言われることは何もしてない」
「そうだな、レンジ完全に壊れてるし」
「……」
「でも、お前に怪我がないならそれでいいよ」
そこまで言うと病人らしく咳き込み出すものだから、猪狩は見兼ねて布団に戻るようパワプロに促した。壊れた家電と片付けは後で家人に連絡してなんとかするとして、目下の問題は、こいつだ。
「風邪を引くなんて、キミはプロとしての自覚が足りない」
「へいへい。申し訳ありませんね」
「……」
「そんな顔するなよ。すぐ治るって」
「当たり前だ」
息苦しそうに言って笑う。なんとかは風邪を引かないという言葉は迷信だったようだ。布団から顔だけ出したパワプロが言う。
「猪狩がキスしてくれたら、治るかも」
「移るからイヤだ。触るな」
「酷!」
「もう寝ていろ」
頭を撫でてやると、パワプロは少しだけ驚いた顔をして、その後で嬉しそうに笑った。何がそんなに嬉しいんだか。だが、それを見て幸せだと思う自分こそ、風邪を引かないなんとかに違いないと猪狩は思った。
了
ーーーーーーーーー
私も守さんに看病されて電子レンジ爆発されてえな(病)
犬も食わない
犬も食わない(主守)
目の前には、阿呆面を晒しながらソファにひっくり返っているパワプロが一人。左手には、油性のマジックペンが一本。逡巡したのは一瞬のことで、猪狩は手に持ったマジックペンをそのままパワプロの顔に滑らせた。
「バカ」。猪狩の今の気持ちをこの上なく端的に表した言葉だ。まだ拭ききれていない濡れた髪から雫がぽたぽたと垂れて、それを見ていると猪狩の腹の内はさらに煮えてくるようだった。ろくに髪も拭かずに風呂から上がってきた気持ち、こうして二人きりになるのは数ヶ月ぶり、それをよくもまあこんなにも気持ち良さそうにのうのうと眠っていられるものだと、猪狩には言いたいことが山ほどある。それを二文字で表現してやった。油性だから、洗っても簡単には落ちないだろう。そう思うと、少しだけ胸がスッとするような気がした。
「おい。パワプロ、起きろ」
「ん……ふあ〜。寝ちゃってたな〜」
「早く風呂に入ってこい」
「うん……ふああ」
間抜け面で大きな欠伸をしながらリビングを出ていったパワプロはしかし、洗面所に着いた途端大きな声を上げた。鏡に映った自分の顔、その落書きを見たのだろう。顔いっぱいに書いてやったのだから、気が付かない方がおかしい。
「おまっ、猪狩、これなんだよ!」
案の定、パワプロは洗面所の方から大慌てで駆けてくる。猪狩はタオルで丁寧に拭いた髪をドライヤーで乾かしながら、いかにも聞こえませんと言った風情で振り向きもしなかった。
「お前、これ、油性だろ!しかも太い方で書いたな!?」
「うるさいな。何か問題でもあるのか」
「あるだろ。大有りだよ!」
「明日はオフだし、キミは今から風呂に入るんだから、精々一生懸命洗って落とせばいいじゃないか」
「いや、そういう問題じゃねーし」
「じゃあ、どういう問題だ」
そうやって猪狩が問うと、案の定パワプロは口をつぐんで黙ってしまった。顔に書いてある通り、バカだ。口喧嘩では、パワプロは猪狩に勝てない。そもそも、猪狩だって寝ている人間の顔に油性マジックで落書きすることが好ましくないことくらい、それはもちろん分かっている。分かっているが、それでもままならないのが人間というものだ。何しろ、パワプロが悪い。少なくとも、猪狩の中ではそうだった。
「キミはバカだから、名前でも書いておいてあげないと分からないと思ってね。ボクの親切心だよ」
「どこが!?ていうか、これオレの名前じゃねーし、ただの悪口じゃん」
「そうだったかな?」
「もういいよ!風呂入ってくる!」
ドタドタと騒がしく廊下を走って行ったパワプロは、今度こそ風呂に入ったようだ。戸の閉まる音がして、そのすぐ後でシャワーの流れる音が聞こえる。猪狩がしっかりと乾かした髪を櫛で梳かしていると、いつの間にかその音は止んでいる。まさしく、烏の行水だ。何度言っても、パワプロはこの調子である。そのうち、下着を履いただけの格好をしたパワプロが慌ただしく部屋に入ってくる。その顔を見て、猪狩は思わず笑ってしまった。
「あのさ、これマジで消えないんだけど」
「やめろ、寄るな。あんまり笑わせるんじゃない」
「お、ま、え、がやったんだろ〜!?」
パワプロがあんまり真剣な顔で言うものだから、猪狩は一層面白くなってしまって声を出して笑った。それを見たパワプロがまた何事か騒いでいる。面白い。こうして笑っていると、猪狩のつまらぬ嫉妬心も自然と消えていくようだった。そう、嫉妬。今まではこんな気持ちなんて知らなかったし、知る必要もなかったのに。全部パワプロのせいだ。
「そんな顔の男前じゃあ、インタビューも受けられないな」
「はあ?インタビュー?何の話だよ」
「べつに。キミには関係ない、こっちの話さ」
「ほんとわけ分かんないよな、お前って……」
心底訳が分からないというその顔を見ながら、猪狩は先日練習場にまで来ていた女性のインタビュアーのことを思い出していた。そのインタビュアーの愛称をホソミーと言って、パワプロがあんまり毎日うるさく言うものだから、猪狩は嫌でも覚えてしまっていた。ホソミーというのはいわゆる人気女子アナという人物らしく、その日からパワプロはしばらくのぼせた様に騒いでいた。
「フン。バカ面だね」
「はいはい、どうせ馬鹿ですよ。それで?今日はいいのか?」
「そんなこと、言わせるな」
「はいはい」
言い方は腹が立ったが、腰を抱き寄せられ、唇が重なったあとでは、猪狩はもうそこから何にも言えなくなる。短い口付けのあとでもう一度深く唇が重なって、猪狩はその頬に撫でるように触れた。この「バカ」は自分のものだから、名前を書いておいた。ただ、それだけの話だ。
了
ーーーーーーーーー
上げたあとで言うなだけど絶対このタイトルで主守書いたことあるぜよと思って見たらやっぱり書いてるよね
仕方ないよね、主守ちゃんだもん
主守はずっと主守だなあ
目の前には、阿呆面を晒しながらソファにひっくり返っているパワプロが一人。左手には、油性のマジックペンが一本。逡巡したのは一瞬のことで、猪狩は手に持ったマジックペンをそのままパワプロの顔に滑らせた。
「バカ」。猪狩の今の気持ちをこの上なく端的に表した言葉だ。まだ拭ききれていない濡れた髪から雫がぽたぽたと垂れて、それを見ていると猪狩の腹の内はさらに煮えてくるようだった。ろくに髪も拭かずに風呂から上がってきた気持ち、こうして二人きりになるのは数ヶ月ぶり、それをよくもまあこんなにも気持ち良さそうにのうのうと眠っていられるものだと、猪狩には言いたいことが山ほどある。それを二文字で表現してやった。油性だから、洗っても簡単には落ちないだろう。そう思うと、少しだけ胸がスッとするような気がした。
「おい。パワプロ、起きろ」
「ん……ふあ〜。寝ちゃってたな〜」
「早く風呂に入ってこい」
「うん……ふああ」
間抜け面で大きな欠伸をしながらリビングを出ていったパワプロはしかし、洗面所に着いた途端大きな声を上げた。鏡に映った自分の顔、その落書きを見たのだろう。顔いっぱいに書いてやったのだから、気が付かない方がおかしい。
「おまっ、猪狩、これなんだよ!」
案の定、パワプロは洗面所の方から大慌てで駆けてくる。猪狩はタオルで丁寧に拭いた髪をドライヤーで乾かしながら、いかにも聞こえませんと言った風情で振り向きもしなかった。
「お前、これ、油性だろ!しかも太い方で書いたな!?」
「うるさいな。何か問題でもあるのか」
「あるだろ。大有りだよ!」
「明日はオフだし、キミは今から風呂に入るんだから、精々一生懸命洗って落とせばいいじゃないか」
「いや、そういう問題じゃねーし」
「じゃあ、どういう問題だ」
そうやって猪狩が問うと、案の定パワプロは口をつぐんで黙ってしまった。顔に書いてある通り、バカだ。口喧嘩では、パワプロは猪狩に勝てない。そもそも、猪狩だって寝ている人間の顔に油性マジックで落書きすることが好ましくないことくらい、それはもちろん分かっている。分かっているが、それでもままならないのが人間というものだ。何しろ、パワプロが悪い。少なくとも、猪狩の中ではそうだった。
「キミはバカだから、名前でも書いておいてあげないと分からないと思ってね。ボクの親切心だよ」
「どこが!?ていうか、これオレの名前じゃねーし、ただの悪口じゃん」
「そうだったかな?」
「もういいよ!風呂入ってくる!」
ドタドタと騒がしく廊下を走って行ったパワプロは、今度こそ風呂に入ったようだ。戸の閉まる音がして、そのすぐ後でシャワーの流れる音が聞こえる。猪狩がしっかりと乾かした髪を櫛で梳かしていると、いつの間にかその音は止んでいる。まさしく、烏の行水だ。何度言っても、パワプロはこの調子である。そのうち、下着を履いただけの格好をしたパワプロが慌ただしく部屋に入ってくる。その顔を見て、猪狩は思わず笑ってしまった。
「あのさ、これマジで消えないんだけど」
「やめろ、寄るな。あんまり笑わせるんじゃない」
「お、ま、え、がやったんだろ〜!?」
パワプロがあんまり真剣な顔で言うものだから、猪狩は一層面白くなってしまって声を出して笑った。それを見たパワプロがまた何事か騒いでいる。面白い。こうして笑っていると、猪狩のつまらぬ嫉妬心も自然と消えていくようだった。そう、嫉妬。今まではこんな気持ちなんて知らなかったし、知る必要もなかったのに。全部パワプロのせいだ。
「そんな顔の男前じゃあ、インタビューも受けられないな」
「はあ?インタビュー?何の話だよ」
「べつに。キミには関係ない、こっちの話さ」
「ほんとわけ分かんないよな、お前って……」
心底訳が分からないというその顔を見ながら、猪狩は先日練習場にまで来ていた女性のインタビュアーのことを思い出していた。そのインタビュアーの愛称をホソミーと言って、パワプロがあんまり毎日うるさく言うものだから、猪狩は嫌でも覚えてしまっていた。ホソミーというのはいわゆる人気女子アナという人物らしく、その日からパワプロはしばらくのぼせた様に騒いでいた。
「フン。バカ面だね」
「はいはい、どうせ馬鹿ですよ。それで?今日はいいのか?」
「そんなこと、言わせるな」
「はいはい」
言い方は腹が立ったが、腰を抱き寄せられ、唇が重なったあとでは、猪狩はもうそこから何にも言えなくなる。短い口付けのあとでもう一度深く唇が重なって、猪狩はその頬に撫でるように触れた。この「バカ」は自分のものだから、名前を書いておいた。ただ、それだけの話だ。
了
ーーーーーーーーー
上げたあとで言うなだけど絶対このタイトルで主守書いたことあるぜよと思って見たらやっぱり書いてるよね
仕方ないよね、主守ちゃんだもん
主守はずっと主守だなあ
ほんとうのことをほんの少しだけ
ほんとうのことをほんの少しだけ(主守)
猪狩がその教室を覗いたとき、パワプロは女生徒と話し込んでいた。ただ話しているというよりは、随分楽しそうに盛り上がっていたものだから、猪狩はそれを見てきょとんとしてしまった。あんな顔をして話すパワプロを初めて見た。とても間に割って入っていける様子ではなかったし、そもそも自分はただ野球部の伝令を伝えに来ただけだ。猪狩は急激に理不尽な怒りを覚えて、そのままその場を後にした。パワプロは隣のクラスだったが、飛ばして次のクラスへ向かうことにする。そうして放課後、部室で会ったパワプロに「なんでオレだけ飛ばして教えてくれなかったんだよ」などと詰め寄られたが、そんなのは猪狩の方が理由を知りたかった。
「猪狩ってさあ、いつも好きなこと言ってくくせに、急に黙るときあるよな。なんか言いたげに、こっち見てる時もあるし」
ある日の午後、寄り道した公園でキャッチボールをしているときにパワプロがそう言った。こちらに返答を求めているというよりはひとりごとのようにも聞こえたので、猪狩は特に返事をせず、さっきよりも少しだけ力を込めてボールを投げ返した。受け止めたパワプロは、無視すんじゃねーよと笑っている。どうやら、質問されていたらしい。
「キミの気のせいじゃないかい」
「いや、絶対違う。お前目力すごいもん。でもまあ、猪狩って変わってるもんな」
「何が言いたい?」
「んー?こうやってキャッチボールしてるときはさ、結構いろんなこと話してくれるじゃん。家族のこととかさ、夢のこととかさ。ほっ」
「そうだったかな」
「うん。猪狩って、そういう話するんだなーって思ったから。普段はなんか、嫌味とか自慢とかそんなんばっかだけど」
「ケンカを売っているのか?」
「売ってない売ってない。だからさ、えーと、うん、何が言いたいのか忘れちゃった。はは。キャッチボールって楽しいよな。オレ、この時間すげー好き」
「まあね。相手がキミじゃなかったら」
「ほんっと相変わらずだよなあー」
ボールを投げる。受け取る。ミットに受け止めたボールを、また投げ返す。猪狩は、ボールを握って投げることが、何よりも好きだった。それが同じように、同じ気持ちで返ってくるなら、なおさら。パワプロが野球馬鹿と言っていいほど野球が好きなことは、初めて会った時から分かっていた。日焼けした顔でよく笑って、パワプロは白いボールを追いかける事にいつも夢中だった。その夢中さで、追いかけて欲しいと思った。あのとき、女生徒ではなく、自分の方を見て欲しかった。
そう思い付いた時、猪狩はあまりの衝撃に投げようと掴んでいたボールを取り落としてしまった。ころころと転がっていったそれを拾う気にもなれず、ただ見つめる。なんてことだろうか。
「猪狩、どうした?どっか痛めたか?」
「いや、いい。来なくていい。なんでもない」
心配そうに今にも駆け寄ろうとしているパワプロを制して、拾い上げたボールをまたミットに向かって投げる。
「ボクも好きだよ」
「うん?」
「キャッチボール」
「ああ!」
ボールを投げ返すパワプロは、やっぱり嬉しそうに笑っていた。
了
ーーーーーーーーー
夏は主守の季節ですね
猪狩がその教室を覗いたとき、パワプロは女生徒と話し込んでいた。ただ話しているというよりは、随分楽しそうに盛り上がっていたものだから、猪狩はそれを見てきょとんとしてしまった。あんな顔をして話すパワプロを初めて見た。とても間に割って入っていける様子ではなかったし、そもそも自分はただ野球部の伝令を伝えに来ただけだ。猪狩は急激に理不尽な怒りを覚えて、そのままその場を後にした。パワプロは隣のクラスだったが、飛ばして次のクラスへ向かうことにする。そうして放課後、部室で会ったパワプロに「なんでオレだけ飛ばして教えてくれなかったんだよ」などと詰め寄られたが、そんなのは猪狩の方が理由を知りたかった。
「猪狩ってさあ、いつも好きなこと言ってくくせに、急に黙るときあるよな。なんか言いたげに、こっち見てる時もあるし」
ある日の午後、寄り道した公園でキャッチボールをしているときにパワプロがそう言った。こちらに返答を求めているというよりはひとりごとのようにも聞こえたので、猪狩は特に返事をせず、さっきよりも少しだけ力を込めてボールを投げ返した。受け止めたパワプロは、無視すんじゃねーよと笑っている。どうやら、質問されていたらしい。
「キミの気のせいじゃないかい」
「いや、絶対違う。お前目力すごいもん。でもまあ、猪狩って変わってるもんな」
「何が言いたい?」
「んー?こうやってキャッチボールしてるときはさ、結構いろんなこと話してくれるじゃん。家族のこととかさ、夢のこととかさ。ほっ」
「そうだったかな」
「うん。猪狩って、そういう話するんだなーって思ったから。普段はなんか、嫌味とか自慢とかそんなんばっかだけど」
「ケンカを売っているのか?」
「売ってない売ってない。だからさ、えーと、うん、何が言いたいのか忘れちゃった。はは。キャッチボールって楽しいよな。オレ、この時間すげー好き」
「まあね。相手がキミじゃなかったら」
「ほんっと相変わらずだよなあー」
ボールを投げる。受け取る。ミットに受け止めたボールを、また投げ返す。猪狩は、ボールを握って投げることが、何よりも好きだった。それが同じように、同じ気持ちで返ってくるなら、なおさら。パワプロが野球馬鹿と言っていいほど野球が好きなことは、初めて会った時から分かっていた。日焼けした顔でよく笑って、パワプロは白いボールを追いかける事にいつも夢中だった。その夢中さで、追いかけて欲しいと思った。あのとき、女生徒ではなく、自分の方を見て欲しかった。
そう思い付いた時、猪狩はあまりの衝撃に投げようと掴んでいたボールを取り落としてしまった。ころころと転がっていったそれを拾う気にもなれず、ただ見つめる。なんてことだろうか。
「猪狩、どうした?どっか痛めたか?」
「いや、いい。来なくていい。なんでもない」
心配そうに今にも駆け寄ろうとしているパワプロを制して、拾い上げたボールをまたミットに向かって投げる。
「ボクも好きだよ」
「うん?」
「キャッチボール」
「ああ!」
ボールを投げ返すパワプロは、やっぱり嬉しそうに笑っていた。
了
ーーーーーーーーー
夏は主守の季節ですね
ワンサイドゲーム そのに
「ひとつゲームをしないかい」
そう言った隣の猪狩はオレの部屋でオレのゲームをしているところだったので、今やってるじゃんと言いたくなるのを飲み込んだ。猪狩は、子供の頃あまりゲームには触れてこなかったようで、最新作のものよりも昔のものを好んで遊びたがった。もちろんそれはオレのもので、わざわざ寮の部屋にやって来てはオレに小言やら文句やらを零すついでにコントローラーを握るのだ。このところは、横スクロールのシューティングゲームにハマっているようだ。あれで意外と上手い猪狩は、すでにオレが長年クリア出来なかったステージを難なく通過してしまっている。
「ゲーム?なんのゲームだ?」
「ボクとキミとで、どちらが先に目標を達成出来るかどうか競うんだ」
「ああ、そういう。いきなりどうしたんだ?」
「べつに、たまにはいいだろう」
猪狩がそういうことを言い出すのは珍しかったので、オレは隣に座るその横顔をまじまじと眺めた。今日はここまでにすると言った猪狩が、テレビゲームの電源を落とす。今日は、ということは、当然のようにまた続きをしに来るという意味だ。いつものことだった。
「まあ、いいけどさ。目標っていうのは、何なんだ?」
「それは、もちろん自分で決めるのさ。というより、万年二軍のキミには、そんなのひとつしかないだろう。愚問にも程がある」
「いや、ゲームって言う割にはめちゃくちゃ現実的だな……っていうか、オレはもう二軍じゃないだろ!定着は、まあ、確かに出来てないけど」
「そんな体たらくでボクと同じ立場になった気でいるなら、キミはお気楽でいいね」
「相変わらず嫌味なやつだな〜。……よし!オレの目標は、来シーズンの開幕スタメン!そんで、レギュラー定着!」
「ま、せいぜい、頑張ることだね」
「はいはい。一軍半はせいぜい頑張りますよ。で、猪狩。お前はどうするんだ?」
そう尋ねたところで、突然猪狩が首を回してこちらを見た。くるんとした大きな目でまじまじと見つめられると、なんとなくたじろいでしまう。
「告白させる」
「は?」
「ボクには、前から好きな人がいる。その相手から告白させて、交際をするのが目標だ」
突拍子もなければ脈絡もなく、おおよそ猪狩の口から出るとは思えない言葉に、オレは心の底からぽかんとして、何も返すことが出来なかった。この気持ちはなんだろう。言葉に出来ない。
「なんだ、その顔は」
「いや、猪狩がそういうこと言うの初めて聞いてびっくりしてるっていうか、そもそも好きな人いるんだっていうか、目標って野球のことじゃなくてもいいのかっていうか」
「べつに野球のことだなんて、一言も言ってないだろ」
「ていうか、猪狩。好きなひと、いるの?」
こくんと顎を引くその仕草は素直というよりは妙に幼く見えて、オレは謎のため息を長く吐き出してしまってからもう一度猪狩の顔を見る。猪狩はいたって平静、冷静、いつも通りだ。
「ボクは天才だから、凡人のキミとはかなりのハンディがあるからね。そうだな。もしもキミが勝ったら、キミの言うことをなんでもひとつ聞いてやろう」
そう言った猪狩はいかにも楽しそうに笑ってから、オレの部屋をあとにした。
そういうやり取りがあってからも、オレと猪狩の関係性は特に変わりなかった。一軍の厳しい練習のあと、猪狩と残って練習をしたり、休日になると部屋にやってくる猪狩とゲームをしたり、腹が減ったら一緒に飯を食いに行ったりした。
変わったことといったら、飯を食いに行くラーメンや屋台といった選択肢に、高級ディナーやレストランが加わったことだ。初めてそこへ連れて行かれたとき、オレはすぐにピンと来た。猪狩のやつ、例の目標を達成するために、オレを下見の材料に使っている。
きれいな夜景の見えるレストラン、こんなところで猪狩のような男と食事に来たら、きっと女の子は嬉しいのだろう。何しろ猪狩は学生時代からうんとモテていたし、プロ入りしてからは公式にファンクラブが作られて、バレンタインにはトラックで運ぶほどのチョコレートが届くという。ハンディどころか、最初から完敗しているような気もするが、猪狩に誘われてその気にならない女の子なんているんだろうか。勝負の期限は一年と言っていたが、今のところ猪狩から勝利報告は聞いていない。上等なスーツに身を包み、上品な仕草でナイフとフォークを使いこなす猪狩は、ムカつくほど様になっていて格好良かった。
そういう場所で食事をすることにも抵抗感が薄れて来た頃、今度は猪狩に水族館へ行かないかと誘われた。オレじゃなくて、その好きな女の子を誘えよとよほど口から出掛かったが、これもまたエスコートをするための下見なのだろうなと思い、仕方なく付き合ってやった。我ながら、お人好しもここまでくると極まれりだ。
男二人で水族館に行ってしまえば、あとは映画館だろうが遊園地だろうがどんどん気にならなくなって、猪狩に誘われるまま、オレはどんな場所にも付き合った。そのうち猪狩の好きな相手について無性に気になるようになったが、なるべく考えないことにした。だって、オレと下見に来た後は、猪狩は完璧なデートプランを組んでその子を誘うに違いないのだから。考えたって仕方のないこだ。
それにしても、あの猪狩が、野球以外にほとんど興味がなくて、暇さえあれば練習をしているような猪狩が、ここまで心を砕く相手とは、いったいどんな人なのだろう。
オレはいつの間にか、その相手がいっそ羨ましいような、一目でいいから見てやりたいような、そういう気持ちになっていた。なんだか、おかしな感じだ。こうなったら、何がなんでもこの勝負に勝って、頑なに相手については語らない猪狩から、詳細を聞き出してやるしかない。そういう邪な、ずいぶんと不純な動機の力も加わり、オレは着実にレギュラー入りへの実力を付けていった。
あるとき本当に笑ってしまったのは、バレンタインに猪狩からチョコレートをもらった時のことだ。練習台相手に、そこまでするか。というか、お前が渡すのかよ。そういえば、猪狩は相手に「告白させる」と言っていたから、自分が相手にチョコレートを渡すことでそのシチュエーションを想像しているのかもしれない。いや、ほんとうにそうなのか?もう、よく分からなくなって来た。いちばん分からなかったのは、女の子と付き合っている猪狩を想像すると、なんとなく腹が立ってくる自分自身だった。もはや何に対して怒っているのかも分からない。
そうしているうちに、春が来た。球春の到来だ。キャンプから好調だったオレは順当に実力を認められ、なんと開幕スタメンの座を射止めることに成功していた。あとは、レギュラーへの定着。そうすれば、オレは猪狩との勝負に勝てる。もはやなんの勝負かも分からなくなっていたが、とにかく勝てば、猪狩になんでも好きなことをお願い出来るのだ。オレの願いはもう、決まっていた。
「なあ、猪狩」
ある日の午後のことだ。いつものように猪狩と練習したあと、飯に来ていた。今日は高級レストランではなくて、オレの好きな高架下の屋台だ。がやがやと騒がしい、それでいてどこか独特の雰囲気が落ち着く店で、オレは口火を切った。
「前に言ってた、勝負のことだけど」
「勝負?」
「ほら、目標を先に達成した方が勝ちってやつだよ。お前が言い出したんだろ?」
「ああ。そのことか」
「オレ、レギュラーに定着して結構経つし、この勝負はオレの勝ちってことで、どうだ?」
「定着も何も、まだワンシーズンも終わってないだろう」
「そうだけどさ。お前の方こそどうなんだよ」
「ボク?まあ、想像にお任せするよ」
「ごまかすなよ」
「べつに、ごまかしてるわけじゃない」
煮え切らない猪狩の態度が、酒の回ったオレを妙に刺激する。苛々するというよりは、明確な焦りと、嫌悪だった。
「もうオレの勝ちってことにして、オレの言うことひとつ、聞いてくれよ」
「なんだ、急に情けない声を出して」
「オレ、嫌なんだよ、もう」
「なんのことだ」
「お前の好きな人ってやつの代わりにデートに行ったり、下見の材料にされるの、もう嫌だ」
「……」
「お前が、オレ以外の人と楽しく過ごしてるのを想像するだけで、ダメなんだ。なんでオレだけじゃないんだよ」
「……」
「猪狩。オレ、お前のことが好きだ」
言うつもりのなかった言葉は、心底から出た本音に違いなくて、情けなくてみっともなくても、オレはやめることが出来なかった。いつもだったら猪狩の方がとっくに酔っ払っている頃なのに、今日はオレばかりが酔っているようだ。猪狩の顔が、まともに見れない。
「おい。パワプロ」
「なんだよ。笑いたきゃ笑えよ」
「ハハハ」
「ほんとに笑うやつがあるかよ!」
「ボクの、勝ちだ」
ふてぶてしいほど自信に満ちた声でそう言って、猪狩は勝ち誇ったように笑った。
「ボクの勝ちだ。ハハハ、やっぱりね、こうなるとは思っていたが」
「……は?」
「最初に言ったろう。相手に告白させる、それがボクの条件だったはずだ」
「……はあ?」
「察しの悪いやつだな」
酔ったせいでもない赤い顔で、猪狩が言う。急激に回らなくなった頭でなんとか最適解を探そうとするが、ぽんこつのそれはほとんど使い物にならず、隣の猪狩の顔を眺めることしか出来ない。
「ボクが勝ったんだから、ボクのいうこと、聞いてもらうからな」
それはハンディとしてオレに与えられた条件ではなかったかと一瞬よぎったが、いかにも恥ずかしそうに小さな声で囁かれた猪狩の「お願い」に、酒で壊れたオレの涙腺が崩壊するのは、その数秒後のことだ。完敗だった。いや、この場合は、乾杯なのか?そういう馬鹿なことを考えて、オレは祝いのビールを追加で注文するのだった。さすがに頭からかぶったりはしないけど、今日くらい、ちょっとくらいなら、許してくれてもいいだろう。
了
ーーーーーーーー
脳死してる?っていうくらい同じ主守書いちゃう
だって女の子だもん
タイトルに「そのに」とあるのは、十年前にほぼ同じ主守を同タイトルで書いているからです
こわいです
納涼ですね、ふふ
そう言った隣の猪狩はオレの部屋でオレのゲームをしているところだったので、今やってるじゃんと言いたくなるのを飲み込んだ。猪狩は、子供の頃あまりゲームには触れてこなかったようで、最新作のものよりも昔のものを好んで遊びたがった。もちろんそれはオレのもので、わざわざ寮の部屋にやって来てはオレに小言やら文句やらを零すついでにコントローラーを握るのだ。このところは、横スクロールのシューティングゲームにハマっているようだ。あれで意外と上手い猪狩は、すでにオレが長年クリア出来なかったステージを難なく通過してしまっている。
「ゲーム?なんのゲームだ?」
「ボクとキミとで、どちらが先に目標を達成出来るかどうか競うんだ」
「ああ、そういう。いきなりどうしたんだ?」
「べつに、たまにはいいだろう」
猪狩がそういうことを言い出すのは珍しかったので、オレは隣に座るその横顔をまじまじと眺めた。今日はここまでにすると言った猪狩が、テレビゲームの電源を落とす。今日は、ということは、当然のようにまた続きをしに来るという意味だ。いつものことだった。
「まあ、いいけどさ。目標っていうのは、何なんだ?」
「それは、もちろん自分で決めるのさ。というより、万年二軍のキミには、そんなのひとつしかないだろう。愚問にも程がある」
「いや、ゲームって言う割にはめちゃくちゃ現実的だな……っていうか、オレはもう二軍じゃないだろ!定着は、まあ、確かに出来てないけど」
「そんな体たらくでボクと同じ立場になった気でいるなら、キミはお気楽でいいね」
「相変わらず嫌味なやつだな〜。……よし!オレの目標は、来シーズンの開幕スタメン!そんで、レギュラー定着!」
「ま、せいぜい、頑張ることだね」
「はいはい。一軍半はせいぜい頑張りますよ。で、猪狩。お前はどうするんだ?」
そう尋ねたところで、突然猪狩が首を回してこちらを見た。くるんとした大きな目でまじまじと見つめられると、なんとなくたじろいでしまう。
「告白させる」
「は?」
「ボクには、前から好きな人がいる。その相手から告白させて、交際をするのが目標だ」
突拍子もなければ脈絡もなく、おおよそ猪狩の口から出るとは思えない言葉に、オレは心の底からぽかんとして、何も返すことが出来なかった。この気持ちはなんだろう。言葉に出来ない。
「なんだ、その顔は」
「いや、猪狩がそういうこと言うの初めて聞いてびっくりしてるっていうか、そもそも好きな人いるんだっていうか、目標って野球のことじゃなくてもいいのかっていうか」
「べつに野球のことだなんて、一言も言ってないだろ」
「ていうか、猪狩。好きなひと、いるの?」
こくんと顎を引くその仕草は素直というよりは妙に幼く見えて、オレは謎のため息を長く吐き出してしまってからもう一度猪狩の顔を見る。猪狩はいたって平静、冷静、いつも通りだ。
「ボクは天才だから、凡人のキミとはかなりのハンディがあるからね。そうだな。もしもキミが勝ったら、キミの言うことをなんでもひとつ聞いてやろう」
そう言った猪狩はいかにも楽しそうに笑ってから、オレの部屋をあとにした。
そういうやり取りがあってからも、オレと猪狩の関係性は特に変わりなかった。一軍の厳しい練習のあと、猪狩と残って練習をしたり、休日になると部屋にやってくる猪狩とゲームをしたり、腹が減ったら一緒に飯を食いに行ったりした。
変わったことといったら、飯を食いに行くラーメンや屋台といった選択肢に、高級ディナーやレストランが加わったことだ。初めてそこへ連れて行かれたとき、オレはすぐにピンと来た。猪狩のやつ、例の目標を達成するために、オレを下見の材料に使っている。
きれいな夜景の見えるレストラン、こんなところで猪狩のような男と食事に来たら、きっと女の子は嬉しいのだろう。何しろ猪狩は学生時代からうんとモテていたし、プロ入りしてからは公式にファンクラブが作られて、バレンタインにはトラックで運ぶほどのチョコレートが届くという。ハンディどころか、最初から完敗しているような気もするが、猪狩に誘われてその気にならない女の子なんているんだろうか。勝負の期限は一年と言っていたが、今のところ猪狩から勝利報告は聞いていない。上等なスーツに身を包み、上品な仕草でナイフとフォークを使いこなす猪狩は、ムカつくほど様になっていて格好良かった。
そういう場所で食事をすることにも抵抗感が薄れて来た頃、今度は猪狩に水族館へ行かないかと誘われた。オレじゃなくて、その好きな女の子を誘えよとよほど口から出掛かったが、これもまたエスコートをするための下見なのだろうなと思い、仕方なく付き合ってやった。我ながら、お人好しもここまでくると極まれりだ。
男二人で水族館に行ってしまえば、あとは映画館だろうが遊園地だろうがどんどん気にならなくなって、猪狩に誘われるまま、オレはどんな場所にも付き合った。そのうち猪狩の好きな相手について無性に気になるようになったが、なるべく考えないことにした。だって、オレと下見に来た後は、猪狩は完璧なデートプランを組んでその子を誘うに違いないのだから。考えたって仕方のないこだ。
それにしても、あの猪狩が、野球以外にほとんど興味がなくて、暇さえあれば練習をしているような猪狩が、ここまで心を砕く相手とは、いったいどんな人なのだろう。
オレはいつの間にか、その相手がいっそ羨ましいような、一目でいいから見てやりたいような、そういう気持ちになっていた。なんだか、おかしな感じだ。こうなったら、何がなんでもこの勝負に勝って、頑なに相手については語らない猪狩から、詳細を聞き出してやるしかない。そういう邪な、ずいぶんと不純な動機の力も加わり、オレは着実にレギュラー入りへの実力を付けていった。
あるとき本当に笑ってしまったのは、バレンタインに猪狩からチョコレートをもらった時のことだ。練習台相手に、そこまでするか。というか、お前が渡すのかよ。そういえば、猪狩は相手に「告白させる」と言っていたから、自分が相手にチョコレートを渡すことでそのシチュエーションを想像しているのかもしれない。いや、ほんとうにそうなのか?もう、よく分からなくなって来た。いちばん分からなかったのは、女の子と付き合っている猪狩を想像すると、なんとなく腹が立ってくる自分自身だった。もはや何に対して怒っているのかも分からない。
そうしているうちに、春が来た。球春の到来だ。キャンプから好調だったオレは順当に実力を認められ、なんと開幕スタメンの座を射止めることに成功していた。あとは、レギュラーへの定着。そうすれば、オレは猪狩との勝負に勝てる。もはやなんの勝負かも分からなくなっていたが、とにかく勝てば、猪狩になんでも好きなことをお願い出来るのだ。オレの願いはもう、決まっていた。
「なあ、猪狩」
ある日の午後のことだ。いつものように猪狩と練習したあと、飯に来ていた。今日は高級レストランではなくて、オレの好きな高架下の屋台だ。がやがやと騒がしい、それでいてどこか独特の雰囲気が落ち着く店で、オレは口火を切った。
「前に言ってた、勝負のことだけど」
「勝負?」
「ほら、目標を先に達成した方が勝ちってやつだよ。お前が言い出したんだろ?」
「ああ。そのことか」
「オレ、レギュラーに定着して結構経つし、この勝負はオレの勝ちってことで、どうだ?」
「定着も何も、まだワンシーズンも終わってないだろう」
「そうだけどさ。お前の方こそどうなんだよ」
「ボク?まあ、想像にお任せするよ」
「ごまかすなよ」
「べつに、ごまかしてるわけじゃない」
煮え切らない猪狩の態度が、酒の回ったオレを妙に刺激する。苛々するというよりは、明確な焦りと、嫌悪だった。
「もうオレの勝ちってことにして、オレの言うことひとつ、聞いてくれよ」
「なんだ、急に情けない声を出して」
「オレ、嫌なんだよ、もう」
「なんのことだ」
「お前の好きな人ってやつの代わりにデートに行ったり、下見の材料にされるの、もう嫌だ」
「……」
「お前が、オレ以外の人と楽しく過ごしてるのを想像するだけで、ダメなんだ。なんでオレだけじゃないんだよ」
「……」
「猪狩。オレ、お前のことが好きだ」
言うつもりのなかった言葉は、心底から出た本音に違いなくて、情けなくてみっともなくても、オレはやめることが出来なかった。いつもだったら猪狩の方がとっくに酔っ払っている頃なのに、今日はオレばかりが酔っているようだ。猪狩の顔が、まともに見れない。
「おい。パワプロ」
「なんだよ。笑いたきゃ笑えよ」
「ハハハ」
「ほんとに笑うやつがあるかよ!」
「ボクの、勝ちだ」
ふてぶてしいほど自信に満ちた声でそう言って、猪狩は勝ち誇ったように笑った。
「ボクの勝ちだ。ハハハ、やっぱりね、こうなるとは思っていたが」
「……は?」
「最初に言ったろう。相手に告白させる、それがボクの条件だったはずだ」
「……はあ?」
「察しの悪いやつだな」
酔ったせいでもない赤い顔で、猪狩が言う。急激に回らなくなった頭でなんとか最適解を探そうとするが、ぽんこつのそれはほとんど使い物にならず、隣の猪狩の顔を眺めることしか出来ない。
「ボクが勝ったんだから、ボクのいうこと、聞いてもらうからな」
それはハンディとしてオレに与えられた条件ではなかったかと一瞬よぎったが、いかにも恥ずかしそうに小さな声で囁かれた猪狩の「お願い」に、酒で壊れたオレの涙腺が崩壊するのは、その数秒後のことだ。完敗だった。いや、この場合は、乾杯なのか?そういう馬鹿なことを考えて、オレは祝いのビールを追加で注文するのだった。さすがに頭からかぶったりはしないけど、今日くらい、ちょっとくらいなら、許してくれてもいいだろう。
了
ーーーーーーーー
脳死してる?っていうくらい同じ主守書いちゃう
だって女の子だもん
タイトルに「そのに」とあるのは、十年前にほぼ同じ主守を同タイトルで書いているからです
こわいです
納涼ですね、ふふ
夏過ぎて
夏過ぎて(主守)
なんで、手を繋いでいるんだっけ。なんで、オレは猪狩とこうしているんだったっけ?
隣を歩く猪狩が黙ったままでいるから、オレも何も言わないでいる。夕暮れを過ぎて日が落ちた、夏の河原。こっそり横を見てみるけど、街灯の薄明かりでは猪狩の細かな表情まで窺い知ることはできなかった。
暑くはないけれど涼しくもないぬるい風が、夏の終わりを知らせていく。もう、夏が終わるのだ。人生で一度きり、高校三年の夏。地方大会決勝戦、オレたちパワフル高校野球部は、猪狩率いるあかつき大附属高校に敗北した。甲子園行きのラストチャンスを逃したオレは、負けた悔しさと同時に、不思議な満足感も味わっていた。それは、相手が他ならぬ猪狩だったからかもしれない。
遠くで虫の鳴く声がする。夏の終わりどころか、一気に秋がやって来てしまったようで、時の流れの早さに驚いた。猪狩とは、あの最後の試合以来に会った。顔を見たら話したいことがいくつもあったはずなのに、実際にこうして出くわしてみるとなにも出てこない。甲子園優勝、おめでとう。オレたちに勝ったんだから、そのくらい当然だよな。猪狩に会ったらそうやって軽口を叩いてやろうと思っていたのに、久しぶりに河原で会った猪狩を見たら、すっかり言う気が失せてしまった。当たり前だろうと鼻を鳴らす猪狩の表情まで、想像していたというのに。
甲子園の決勝戦は、部室のテレビで見た。示し合わせたわけでもないのに、どこからともなくみんなやって来て、結局部員のほとんどが集まって見ていた。猪狩くん、いつも通りでやんすね。矢部くんがそう言った通り、マウンドに立つ猪狩は甲子園であっても、テレビ越しであっても、いつも通りの様子だった。好戦的な眼を見せてボールを掴むと、一度だけ帽子を被り直し、ロジンを触る。オレはテレビでそれを見ながら、その視線の先にいるのがどうしてオレじゃないんだろうと、ぼんやり考えていた。
抜けるように青い空と、見慣れた猪狩の青いユニフォームが、やたらと目に染みた。
川縁をゆっくりと歩く。猪狩と幾度となく三球勝負をした河原だ。あの日々が昨日のことのように思われたし、それでいてずいぶんと昔のことのようにも感じられた。夏が終わる。そういう感傷的な気持ちが、オレに猪狩の手を取らせたのかもしれない。せっかく久しぶりに会ったのに、猪狩はいつもの嫌味も言わないうちに立ち去ろうとするものだから、つい引き止めてしまった。掴んだ手をどうすればいいのか分からなくて、でも、まだ猪狩とは別れたくなくて、なんとなくそのまま歩き出した。やめろとか、なんだとか、そういうことを言うと思ったのに、猪狩は意外にも黙っている。そういえば、オレって野球以外の猪狩のこと、ほとんど知らないな。
「おい」
「ん?」
「ボクは、こっちが帰り道だから」
ようやく喋ったと思えばそんなことで、なんとなくいつも猪狩がやって来る方向へ向かって歩いていたのだが、ここがその終わりらしい。そうなんだと答えて、オレは手を離した。たった今まで手を繋いでいたのが嘘のように、温もりはすぐに離れて消えた。
「じゃあ」
「あのさ、猪狩」
行こうとする猪狩に、オレは声を掛けた。
「連絡先、教えてよ」
夏が終わる。オレたちの関係性も、今までとは少しくらい変わったっていいだろう。嬉しそうに笑ってみせた猪狩の顔が想像以上にかわいくて、オレはここが外で、そして夜であることに感謝した。
了
ーーーーーーーーー
夏は主守の季節ですからね
なんで、手を繋いでいるんだっけ。なんで、オレは猪狩とこうしているんだったっけ?
隣を歩く猪狩が黙ったままでいるから、オレも何も言わないでいる。夕暮れを過ぎて日が落ちた、夏の河原。こっそり横を見てみるけど、街灯の薄明かりでは猪狩の細かな表情まで窺い知ることはできなかった。
暑くはないけれど涼しくもないぬるい風が、夏の終わりを知らせていく。もう、夏が終わるのだ。人生で一度きり、高校三年の夏。地方大会決勝戦、オレたちパワフル高校野球部は、猪狩率いるあかつき大附属高校に敗北した。甲子園行きのラストチャンスを逃したオレは、負けた悔しさと同時に、不思議な満足感も味わっていた。それは、相手が他ならぬ猪狩だったからかもしれない。
遠くで虫の鳴く声がする。夏の終わりどころか、一気に秋がやって来てしまったようで、時の流れの早さに驚いた。猪狩とは、あの最後の試合以来に会った。顔を見たら話したいことがいくつもあったはずなのに、実際にこうして出くわしてみるとなにも出てこない。甲子園優勝、おめでとう。オレたちに勝ったんだから、そのくらい当然だよな。猪狩に会ったらそうやって軽口を叩いてやろうと思っていたのに、久しぶりに河原で会った猪狩を見たら、すっかり言う気が失せてしまった。当たり前だろうと鼻を鳴らす猪狩の表情まで、想像していたというのに。
甲子園の決勝戦は、部室のテレビで見た。示し合わせたわけでもないのに、どこからともなくみんなやって来て、結局部員のほとんどが集まって見ていた。猪狩くん、いつも通りでやんすね。矢部くんがそう言った通り、マウンドに立つ猪狩は甲子園であっても、テレビ越しであっても、いつも通りの様子だった。好戦的な眼を見せてボールを掴むと、一度だけ帽子を被り直し、ロジンを触る。オレはテレビでそれを見ながら、その視線の先にいるのがどうしてオレじゃないんだろうと、ぼんやり考えていた。
抜けるように青い空と、見慣れた猪狩の青いユニフォームが、やたらと目に染みた。
川縁をゆっくりと歩く。猪狩と幾度となく三球勝負をした河原だ。あの日々が昨日のことのように思われたし、それでいてずいぶんと昔のことのようにも感じられた。夏が終わる。そういう感傷的な気持ちが、オレに猪狩の手を取らせたのかもしれない。せっかく久しぶりに会ったのに、猪狩はいつもの嫌味も言わないうちに立ち去ろうとするものだから、つい引き止めてしまった。掴んだ手をどうすればいいのか分からなくて、でも、まだ猪狩とは別れたくなくて、なんとなくそのまま歩き出した。やめろとか、なんだとか、そういうことを言うと思ったのに、猪狩は意外にも黙っている。そういえば、オレって野球以外の猪狩のこと、ほとんど知らないな。
「おい」
「ん?」
「ボクは、こっちが帰り道だから」
ようやく喋ったと思えばそんなことで、なんとなくいつも猪狩がやって来る方向へ向かって歩いていたのだが、ここがその終わりらしい。そうなんだと答えて、オレは手を離した。たった今まで手を繋いでいたのが嘘のように、温もりはすぐに離れて消えた。
「じゃあ」
「あのさ、猪狩」
行こうとする猪狩に、オレは声を掛けた。
「連絡先、教えてよ」
夏が終わる。オレたちの関係性も、今までとは少しくらい変わったっていいだろう。嬉しそうに笑ってみせた猪狩の顔が想像以上にかわいくて、オレはここが外で、そして夜であることに感謝した。
了
ーーーーーーーーー
夏は主守の季節ですからね
好きって言わない
好きって言わない(主守)
オレの恋人は、わがままで、高飛車で、口も態度も特大に立派で、そういうところだけ見るととんでもないやつのように聞こえるが、その実誰よりも努力家で、自分に厳しいストイックな人間であった。そういう恋人の名前を猪狩守といって、猪狩とは学生時代からの縁である。
オレも猪狩も野球をしているから、出会いもきっかけもすべてはそこから始まった。いつだったか歩いていた河原で肩がぶつかったのを皮切りに、猪狩とは幾度となく小競り合いを繰り返しては勝負をし、高校三年の夏には甲子園行きの切符を懸けて戦った。
その頃から猪狩という人間は全然変わらない。いつのまにか恋人になってからも、まるで変わらない。猪狩は学生の頃からとても目立つ存在で、それこそ高校生の頃にはエースで四番、マウンドに立てば誰よりも力強く華のある投球を、打席に立てば文句なしの場外ホームランを飛ばしていたものだから、目立たない方が無理だった。
加えて猪狩は外見も飛び抜けて綺麗だったから、当時の雑誌インタビューなんかには、「マウンドの貴公子」だの「高校野球界の王子様」なんて見出しがよく踊っていた。なんなら今でも踊っている。猪狩のスタイルはプロ入りしてからも変わらないし、口も態度も相変わらずだ。
オレは猪狩の外見に関して特別何かを思ったことはないが、そういうことを言えば、「キミの目は節穴か?」と言って眼科に行くことを勧められるに違いないので黙っている。どうやらこだわりのあるらしい前髪だけは、もう少し切った方がいいんじゃないかと昔から思っているが、まあ、もっとよく見たい時には近くで覗き込んでやればいいのだから、問題ないだろう。
そっと髪をかき上げて瞳を覗き込んでやると、猪狩はいつものおしゃべりをとんとやめて静かになる。そういうときの猪狩はかわいかったけれど、その口は決してオレのことを好きだなんて言わないのだ。
そういうことに、オレは猪狩との出会いから十余年経って、ようやく気が付いた。付き合っていて、この数年は一緒に暮らしているのに、そういえば一度も好きだと言われたことがない。オレはよく猪狩にばかだの間抜けだのと言われるが、本当にそうなのかもしれないと、気付いたその日には本気で思った。
「猪狩ってさ、オレのこと好き?」
「は?なんだい、その質問」
「いやだから、オレのこと好きかって、聞いてるんだけど」
「ボクがキライな人間と一緒に過ごすわけがないだろう」
「だからそういうことじゃなくて」
この辺りからだんだん雲行きが怪しくなってきて、最終的には本格的な喧嘩になった。なんてくだらない。くだらないが、オレにとっては重要なことだった。今回ばかりは譲る気にはなれなくて、仕様もないことにかれこれ猪狩とは一ヶ月ばかりまともに口を聞いていない。なんてこった。いつもならオレの方から適当に折れてなし崩しに仲直りしていたものだから、オレも猪狩も加減が分からなくなっていた。
そういうわけで、猪狩とまともに口を利かなくなって一ヶ月と数日。まだ宵の口にも関わらず、オレはベッドに入っていた。不思議なもので、横になっていると自然と眠気がやって来て瞼が重くなる。遠くで猪狩がドライヤーを使って髪を乾かしている音が聞こえる。もうどのくらい猪狩の髪に触っていないだろうか。そういえば、また少し前髪が伸びていたな。
そんなことをうつらうつらと考えていたら、寝室の戸が開いたので驚いた。くだらないことにオレたちは喧嘩を始めてからというもの、どちらかが寝室で眠っている時、もう一人はソファで眠るようになっていたのだった。
思わず寝たふりをすると、猪狩が布団の中に潜り込んでくる。さらに驚くべきことに、そっぽを向いているオレの背中に、ぴったりと寄り添うようにくっ付いてくるではないか。オレにはそれが、「言えない」猪狩の精一杯だと十分に分かったが、どうしたらいいのかは分からなくて、やっぱり知らないふりを続けてしまった。心臓がドキドキする。背中が温かい。久しぶりの猪狩だ。顔は見えないけれど、何も聞こえないけれど、あの猪狩が出来ないなりに気持ちを伝えようとしていることがよく分かった。いよいよ振り返ろうとしたところで、背中に押し付けられた猪狩の口からくぐもった声が聞こえた。
「キミのことが、好きだ」
思わずがばりと身体を起こして猪狩を見ると、今まで一度も見たことのない顔をしていたものだから、オレは返す言葉が見つからなかった。そういうオレの顔を見て、猪狩はいつものように、ばかだなと呟いた。恋人にこんな顔をさせているオレは、確かに馬鹿に違いなかった。布団の中、がばりと勢いよく猪狩を抱き締める。
「オレも猪狩のこと、好き。大好き」
「フン。どうだかな」
「ごめん。本当に、好きだよ」
「キミなんかより、ボクの方が、好きだ」
「オレの方が好きだよ」
「いや、ボクだ」
「オレだって」
腕の中、耐えきれなくなったように猪狩が笑ったから、オレも笑った。布団の中でひっついたまま好きだ好きだと喧嘩をする男二人は、結構馬鹿だった。笑ってしまう。腕の中の猪狩を抱きしめ直して、柔らかく髪をかき上げる。そのまま指を絡めて、久しぶりの感触を楽しんだ。
「キスしてもいい?」
「そんなこと聞くな」
またしてもばかだと言われてしまう前に、オレは猪狩の唇を自分のそれで塞いでしまった。やっぱり聞こえはしないけれど、猪狩の唇は、確かにオレを好きだと言っていた。
了
ーーーーーーーー
百回書いたっていいじゃない。主守だもの。
オレの恋人は、わがままで、高飛車で、口も態度も特大に立派で、そういうところだけ見るととんでもないやつのように聞こえるが、その実誰よりも努力家で、自分に厳しいストイックな人間であった。そういう恋人の名前を猪狩守といって、猪狩とは学生時代からの縁である。
オレも猪狩も野球をしているから、出会いもきっかけもすべてはそこから始まった。いつだったか歩いていた河原で肩がぶつかったのを皮切りに、猪狩とは幾度となく小競り合いを繰り返しては勝負をし、高校三年の夏には甲子園行きの切符を懸けて戦った。
その頃から猪狩という人間は全然変わらない。いつのまにか恋人になってからも、まるで変わらない。猪狩は学生の頃からとても目立つ存在で、それこそ高校生の頃にはエースで四番、マウンドに立てば誰よりも力強く華のある投球を、打席に立てば文句なしの場外ホームランを飛ばしていたものだから、目立たない方が無理だった。
加えて猪狩は外見も飛び抜けて綺麗だったから、当時の雑誌インタビューなんかには、「マウンドの貴公子」だの「高校野球界の王子様」なんて見出しがよく踊っていた。なんなら今でも踊っている。猪狩のスタイルはプロ入りしてからも変わらないし、口も態度も相変わらずだ。
オレは猪狩の外見に関して特別何かを思ったことはないが、そういうことを言えば、「キミの目は節穴か?」と言って眼科に行くことを勧められるに違いないので黙っている。どうやらこだわりのあるらしい前髪だけは、もう少し切った方がいいんじゃないかと昔から思っているが、まあ、もっとよく見たい時には近くで覗き込んでやればいいのだから、問題ないだろう。
そっと髪をかき上げて瞳を覗き込んでやると、猪狩はいつものおしゃべりをとんとやめて静かになる。そういうときの猪狩はかわいかったけれど、その口は決してオレのことを好きだなんて言わないのだ。
そういうことに、オレは猪狩との出会いから十余年経って、ようやく気が付いた。付き合っていて、この数年は一緒に暮らしているのに、そういえば一度も好きだと言われたことがない。オレはよく猪狩にばかだの間抜けだのと言われるが、本当にそうなのかもしれないと、気付いたその日には本気で思った。
「猪狩ってさ、オレのこと好き?」
「は?なんだい、その質問」
「いやだから、オレのこと好きかって、聞いてるんだけど」
「ボクがキライな人間と一緒に過ごすわけがないだろう」
「だからそういうことじゃなくて」
この辺りからだんだん雲行きが怪しくなってきて、最終的には本格的な喧嘩になった。なんてくだらない。くだらないが、オレにとっては重要なことだった。今回ばかりは譲る気にはなれなくて、仕様もないことにかれこれ猪狩とは一ヶ月ばかりまともに口を聞いていない。なんてこった。いつもならオレの方から適当に折れてなし崩しに仲直りしていたものだから、オレも猪狩も加減が分からなくなっていた。
そういうわけで、猪狩とまともに口を利かなくなって一ヶ月と数日。まだ宵の口にも関わらず、オレはベッドに入っていた。不思議なもので、横になっていると自然と眠気がやって来て瞼が重くなる。遠くで猪狩がドライヤーを使って髪を乾かしている音が聞こえる。もうどのくらい猪狩の髪に触っていないだろうか。そういえば、また少し前髪が伸びていたな。
そんなことをうつらうつらと考えていたら、寝室の戸が開いたので驚いた。くだらないことにオレたちは喧嘩を始めてからというもの、どちらかが寝室で眠っている時、もう一人はソファで眠るようになっていたのだった。
思わず寝たふりをすると、猪狩が布団の中に潜り込んでくる。さらに驚くべきことに、そっぽを向いているオレの背中に、ぴったりと寄り添うようにくっ付いてくるではないか。オレにはそれが、「言えない」猪狩の精一杯だと十分に分かったが、どうしたらいいのかは分からなくて、やっぱり知らないふりを続けてしまった。心臓がドキドキする。背中が温かい。久しぶりの猪狩だ。顔は見えないけれど、何も聞こえないけれど、あの猪狩が出来ないなりに気持ちを伝えようとしていることがよく分かった。いよいよ振り返ろうとしたところで、背中に押し付けられた猪狩の口からくぐもった声が聞こえた。
「キミのことが、好きだ」
思わずがばりと身体を起こして猪狩を見ると、今まで一度も見たことのない顔をしていたものだから、オレは返す言葉が見つからなかった。そういうオレの顔を見て、猪狩はいつものように、ばかだなと呟いた。恋人にこんな顔をさせているオレは、確かに馬鹿に違いなかった。布団の中、がばりと勢いよく猪狩を抱き締める。
「オレも猪狩のこと、好き。大好き」
「フン。どうだかな」
「ごめん。本当に、好きだよ」
「キミなんかより、ボクの方が、好きだ」
「オレの方が好きだよ」
「いや、ボクだ」
「オレだって」
腕の中、耐えきれなくなったように猪狩が笑ったから、オレも笑った。布団の中でひっついたまま好きだ好きだと喧嘩をする男二人は、結構馬鹿だった。笑ってしまう。腕の中の猪狩を抱きしめ直して、柔らかく髪をかき上げる。そのまま指を絡めて、久しぶりの感触を楽しんだ。
「キスしてもいい?」
「そんなこと聞くな」
またしてもばかだと言われてしまう前に、オレは猪狩の唇を自分のそれで塞いでしまった。やっぱり聞こえはしないけれど、猪狩の唇は、確かにオレを好きだと言っていた。
了
ーーーーーーーー
百回書いたっていいじゃない。主守だもの。
行かないで
行かないで(主守)
「今日もめちゃくちゃ練習したなあ〜。もう一歩も動けないよ」
「この程度の練習で根を上げるなんて、やっぱりキミは三流だね」
部活動を終えた後、いつものように私設球場で練習をしたあとでひっくり返ったパワプロに、ボクは言った。言われたパワプロはさして気にした様子もなく、起き上がってボールを片付け始める。慣れたものだ。いつもと同じやり取りに、ボクの口はなんら淀みなくいつもの言葉を投げ掛けていた。
「泊まっていくといいよ。今日は特別にマッサージ師も付けてあげよう」
「いや、今日は帰るよ」
えっ。漏れた声が自分のものだったのか、はたまた心の声だったのか、判断がつかない。当然、いつものように大袈裟に喜んで泊まっていくパワプロを想像していたボクは、次に言うべき言葉が見当たらず、困惑していた。こんなことは初めてだ。そんなこととは露知らず、パワプロはいつも通り、むしろいつもよりも手際良く道具を片付けて、すでに自らの鞄を肩に下げているではないか。
「じゃあな、猪狩。道具、貸してくれてありがとう」
「ああ……いや、おい」
「どうした?」
「帰るのかい」
「うん。いつも泊めてもらってばっかで悪いし。さすがに最近は入り浸りすぎで、よくないと思って」
よくないわけがあるか。今日もこの後は、いつものように風呂に入って、風呂から上がったら明日に差し支えのない程度の少しの夜食を食べながら、取り留めのない話をしたり、ゲームをしたり、それに明日は休みなのだから、いつもよりだらだらしたっていい。横になるとすぐに眠くなるというパワプロには特別に、ボクの部屋で眠ることも許可してやるし、今までだってこの前だってそうしてきたのに、なぜ今日は、帰るのだ。ボクは今日を、明日は久しぶりに部活動も休みである今日この日を、何より楽しみにしていたというのに。起きたら一緒に朝食を食べて軽くランニングをして、シャワーを浴びてからの時間を、そのあと一日どう過ごすのか、ずっと考えていたのに。
「じゃあな、猪狩」
「……」
右手が出た。自分でもどうしてそうなったのか分からない。掴んだパワプロのユニフォームの裾がみっともなく伸びて、ズボンからはみ出した。背を向けて歩き始めていたパワプロが振り返る。顔は見れなかった。
こちらを振り返ったパワプロは、「ずっと、それが聞きたかった」なんて言って笑うものだから、ボクは何も言っていないと、掴む手を黙って握り返した。
了
ーーーーーーーーーーー
主守ちゃんか〜わい
「今日もめちゃくちゃ練習したなあ〜。もう一歩も動けないよ」
「この程度の練習で根を上げるなんて、やっぱりキミは三流だね」
部活動を終えた後、いつものように私設球場で練習をしたあとでひっくり返ったパワプロに、ボクは言った。言われたパワプロはさして気にした様子もなく、起き上がってボールを片付け始める。慣れたものだ。いつもと同じやり取りに、ボクの口はなんら淀みなくいつもの言葉を投げ掛けていた。
「泊まっていくといいよ。今日は特別にマッサージ師も付けてあげよう」
「いや、今日は帰るよ」
えっ。漏れた声が自分のものだったのか、はたまた心の声だったのか、判断がつかない。当然、いつものように大袈裟に喜んで泊まっていくパワプロを想像していたボクは、次に言うべき言葉が見当たらず、困惑していた。こんなことは初めてだ。そんなこととは露知らず、パワプロはいつも通り、むしろいつもよりも手際良く道具を片付けて、すでに自らの鞄を肩に下げているではないか。
「じゃあな、猪狩。道具、貸してくれてありがとう」
「ああ……いや、おい」
「どうした?」
「帰るのかい」
「うん。いつも泊めてもらってばっかで悪いし。さすがに最近は入り浸りすぎで、よくないと思って」
よくないわけがあるか。今日もこの後は、いつものように風呂に入って、風呂から上がったら明日に差し支えのない程度の少しの夜食を食べながら、取り留めのない話をしたり、ゲームをしたり、それに明日は休みなのだから、いつもよりだらだらしたっていい。横になるとすぐに眠くなるというパワプロには特別に、ボクの部屋で眠ることも許可してやるし、今までだってこの前だってそうしてきたのに、なぜ今日は、帰るのだ。ボクは今日を、明日は久しぶりに部活動も休みである今日この日を、何より楽しみにしていたというのに。起きたら一緒に朝食を食べて軽くランニングをして、シャワーを浴びてからの時間を、そのあと一日どう過ごすのか、ずっと考えていたのに。
「じゃあな、猪狩」
「……」
右手が出た。自分でもどうしてそうなったのか分からない。掴んだパワプロのユニフォームの裾がみっともなく伸びて、ズボンからはみ出した。背を向けて歩き始めていたパワプロが振り返る。顔は見れなかった。
こちらを振り返ったパワプロは、「ずっと、それが聞きたかった」なんて言って笑うものだから、ボクは何も言っていないと、掴む手を黙って握り返した。
了
ーーーーーーーーーーー
主守ちゃんか〜わい
ネクストバッターズサークル
ネクストバッターズサークル
三球目、やや甘めに入ったストレートを引っ叩かれた。二遊間を鋭く抜けた球には勢いがあり、ランナーが帰って来てしまうことを悟る。きしくもこの回は、すでに一人ランナーを許してしまっていた。滑り込んだランナーがホームベースを踏み、一点。次の打者を三球三振でぴしゃりと仕留めるも、心内が晴れることはない。九回の表、ここを抑えれば勝利を手に出来たというのに、なんたることだ。
マウンドを下りてベンチへ戻ると、監督に声を掛けられた。九回裏、打順は八番下位打線から始まる。つまり、九番であるボクにも打席が回ってくるということだ。当然、普通であればピッチャーであるボクの打席には代打がおくられることであろう。しかし、ボクは普通ではないのだ。そういうことはボクの打率と本塁打の数を見てから、顔を洗って出直して来てほしい。形式的な確認を済ませるために監督と少ない言葉を交わし、ボクはバットを持った。バットで取られたものは、バットで取り返すのみだ。
ネクストバッターズサークルに入り、集中を高める。九回の裏を迎えて同点、この回で得点することが出来れば、自軍の勝ちだ。先頭打者が凡退に倒れたのを見てから、ボクはネクストから打席へ向かった。
打席に入り、一度だけ伸びをする。マウンドに立つピッチャーを見ると、不思議と心が落ち着いてくるのだった。マウンドから十八,四四メートル離れた、こちら側。ストライクだった。内角ぎりぎり、際どいコースに放たれたストレートにストライクをくれてやる。二球目、緩急付けたカーブは外に大きく外れてボールとなった。
三球目。打った瞬間に、手応えがあった。バットの真芯で捉えたストレートは、完璧なアーチを描いて飛んでゆく。そうして瞬きにも満たない一瞬の静寂の後、怒号のような歓声が降り注ぐ。どっと降るような歓喜の声を一身に浴びながら、ボクはダイヤモンドを回った。九回の裏、サヨナラホームラン。ホームベースを踏むのと同時にチームメイトがベンチから駆け出して来る。いちばん早かったのは、ネクストに控えていたパワプロだった。あっという間に他の人間も混じってもみくちゃにされながら、パワプロが言う。
「猪狩、お前、お前さあ〜!最高!」
「当たり前だろう、ボクを誰だと思ってるんだい」
天才猪狩守。興奮するパワプロの声とそれは見事に重なって、ボクは声を出して笑いながら、そのハイタッチに応えてやるのだった。
了
ーーーーーーーーーーー
野球書けねえ〜!けど野球が好き〜!だし
野球してる守さんが好き〜!
三球目、やや甘めに入ったストレートを引っ叩かれた。二遊間を鋭く抜けた球には勢いがあり、ランナーが帰って来てしまうことを悟る。きしくもこの回は、すでに一人ランナーを許してしまっていた。滑り込んだランナーがホームベースを踏み、一点。次の打者を三球三振でぴしゃりと仕留めるも、心内が晴れることはない。九回の表、ここを抑えれば勝利を手に出来たというのに、なんたることだ。
マウンドを下りてベンチへ戻ると、監督に声を掛けられた。九回裏、打順は八番下位打線から始まる。つまり、九番であるボクにも打席が回ってくるということだ。当然、普通であればピッチャーであるボクの打席には代打がおくられることであろう。しかし、ボクは普通ではないのだ。そういうことはボクの打率と本塁打の数を見てから、顔を洗って出直して来てほしい。形式的な確認を済ませるために監督と少ない言葉を交わし、ボクはバットを持った。バットで取られたものは、バットで取り返すのみだ。
ネクストバッターズサークルに入り、集中を高める。九回の裏を迎えて同点、この回で得点することが出来れば、自軍の勝ちだ。先頭打者が凡退に倒れたのを見てから、ボクはネクストから打席へ向かった。
打席に入り、一度だけ伸びをする。マウンドに立つピッチャーを見ると、不思議と心が落ち着いてくるのだった。マウンドから十八,四四メートル離れた、こちら側。ストライクだった。内角ぎりぎり、際どいコースに放たれたストレートにストライクをくれてやる。二球目、緩急付けたカーブは外に大きく外れてボールとなった。
三球目。打った瞬間に、手応えがあった。バットの真芯で捉えたストレートは、完璧なアーチを描いて飛んでゆく。そうして瞬きにも満たない一瞬の静寂の後、怒号のような歓声が降り注ぐ。どっと降るような歓喜の声を一身に浴びながら、ボクはダイヤモンドを回った。九回の裏、サヨナラホームラン。ホームベースを踏むのと同時にチームメイトがベンチから駆け出して来る。いちばん早かったのは、ネクストに控えていたパワプロだった。あっという間に他の人間も混じってもみくちゃにされながら、パワプロが言う。
「猪狩、お前、お前さあ〜!最高!」
「当たり前だろう、ボクを誰だと思ってるんだい」
天才猪狩守。興奮するパワプロの声とそれは見事に重なって、ボクは声を出して笑いながら、そのハイタッチに応えてやるのだった。
了
ーーーーーーーーーーー
野球書けねえ〜!けど野球が好き〜!だし
野球してる守さんが好き〜!
書きたくなって導入部だけ書いた主守(タイトル)
不在着信があった。なんだろうと携帯を見ながら考えているとまさにその番号から再びかかってきたところで、ボクは知らない番号に訝しがりながらも受話器ボタンを押した。出てみると相手はなんとパワプロの母親で、それだけでも随分驚かされたというのに、聞かされた話はそれどころではない驚きの内容であった。取るものも取り敢えず、上着だけ引っ掴んでタクシーに飛び乗ると、ボクは今しがた聞いたばかりの病院名を口にした。
「あれ、もしかして、母さんが言ってた人ですか?うちの母が、ごめんなさい。急に驚かせましたよね」
ベッドの上に半身を起こしている、見慣れたその人物は、いつもとは違った口調でこちらに話し掛けると、これまた殊勝な動きで頭を下げた。よほどのトレーニングをしたってこれほど息が上がることなどないのに、ボクは短い廊下と少しの階段を登っただけで息を整えるために深呼吸しなければならなかった。一打サヨナラの場面を迎えたって、こんなに心臓が弾むことはない。まるで自分のものではないみたいに飛び跳ねるそれを落ち着かせながら、ボクはようやく口を開いた。
「本当なのかい」
「記憶喪失のことですか?そう、みたいです。身の回りのことは出来るし覚えているんですけど、自分以外の誰のことも覚えていなくて。母には随分泣かれてしまいました。父は、だらしがないと怒っていましたね」
困ったように眉を下げるその表情は見知ったパワプロのものであるのに、目の前の人間は全く知らない別の誰かのように話し、かしこまってみせた。乾いた唇を無意識に舐める。
「ボクのことも」
「ごめんなさい。さっき母に名前を聞いたんですが、全く」
聞かされていたものの、呑気そうないつもの顔を見ているとどうしても信じられず、ボクは手近なところにあったパイプ椅子に腰掛けた。改めて目の前の顔を眺めてみるが、数日前に見たものと全く変わりがない。パワプロが何かを思い付いたようにこちらを見る。
「あ、猪狩さん」
鳥肌が立った。
「猪狩でいい」
「えっと、じゃあ、猪狩くん?」
「猪狩でいい」
思いがけず強い言葉になって、パワプロはまた困ったようにごめんなさいと言った。
ーーーーーーーーーー
誰か続きお願いします
記憶喪失と入れ替わりは様式美であり浪漫だとおもてる
「あれ、もしかして、母さんが言ってた人ですか?うちの母が、ごめんなさい。急に驚かせましたよね」
ベッドの上に半身を起こしている、見慣れたその人物は、いつもとは違った口調でこちらに話し掛けると、これまた殊勝な動きで頭を下げた。よほどのトレーニングをしたってこれほど息が上がることなどないのに、ボクは短い廊下と少しの階段を登っただけで息を整えるために深呼吸しなければならなかった。一打サヨナラの場面を迎えたって、こんなに心臓が弾むことはない。まるで自分のものではないみたいに飛び跳ねるそれを落ち着かせながら、ボクはようやく口を開いた。
「本当なのかい」
「記憶喪失のことですか?そう、みたいです。身の回りのことは出来るし覚えているんですけど、自分以外の誰のことも覚えていなくて。母には随分泣かれてしまいました。父は、だらしがないと怒っていましたね」
困ったように眉を下げるその表情は見知ったパワプロのものであるのに、目の前の人間は全く知らない別の誰かのように話し、かしこまってみせた。乾いた唇を無意識に舐める。
「ボクのことも」
「ごめんなさい。さっき母に名前を聞いたんですが、全く」
聞かされていたものの、呑気そうないつもの顔を見ているとどうしても信じられず、ボクは手近なところにあったパイプ椅子に腰掛けた。改めて目の前の顔を眺めてみるが、数日前に見たものと全く変わりがない。パワプロが何かを思い付いたようにこちらを見る。
「あ、猪狩さん」
鳥肌が立った。
「猪狩でいい」
「えっと、じゃあ、猪狩くん?」
「猪狩でいい」
思いがけず強い言葉になって、パワプロはまた困ったようにごめんなさいと言った。
ーーーーーーーーーー
誰か続きお願いします
記憶喪失と入れ替わりは様式美であり浪漫だとおもてる

