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ある母の日記

ある母の日記 (主人公×猪狩守)

「お邪魔します」
 そう言って玄関に現れたのは、今までに見たことのないような綺麗な男の子でした。息子が友達を連れてくるというものですから、てっきり私はいつもの矢部くんだと思っていて、不意打ちです。息子と同じ制服を着ているはずなのに、その格好はずいぶんと様になっておりました。整った顔立ち、長い手足、品のある様相…思わずぼんやりしてしまったところで彼の方から丁寧な挨拶があり、私もあわてて頭を下げました。猪狩守くんと名乗った彼は、息子の部活動でのチームメイトとのことでした。
「猪狩、オレの部屋こっち!」
 慌ただしく入ってきたのは、今日もユニフォームを泥んこに汚した息子です。息子の連れてくる友達というのは、息子同様泥んこ砂塗れの格好が似合う元気な子ばかりでしたから、私は猪狩くんを見て大層驚きました。
 息子は嬉しそうに笑って、猪狩に勉強みてもらうんだ!と言うので、私は「あんまり迷惑掛けちゃいけませんよ」と言い含めました。その様子を珍しそうに、それでいて興味深そうに眺めている猪狩くんが印象的でした。二人は連れ立って、息子の部屋に入っていきました。「猪狩、ゲームやろ!」、早速聞こえた息子の大きな声に、私はやれやれと息をつきました。
 さて、その後はどうやら本当に勉強をしていたらしい二人は、夜もずいぶん遅くなって部屋から出てきました。部屋から出てきた猪狩くんに、息子はお礼を言いながら続けました。
「そうだ!猪狩、今日は家泊まってけば?いっつも、お前んち泊まらせてもらってるし」
 私は思わず声が出そうになるのをこらえて、息子の顔を見ました。いつも、泊まっている?なんということでしょう、息子は猪狩さんのお宅に今まで散々入り浸っていたようです。野球の練習をして、そのまま友達の家に泊まることがこの頃は多くありましたが、私はこれまたてっきり矢部くんのところだと思っていたのです。何しろ、矢部くんも昔から息子と仲良くしてくれていて、よく泊まっていくものですから。
「急にそんなことを言って、迷惑になるだろう」
「えっ、べつに全然。ねー母さん。晩飯、猪狩の分もあるだろ?」
 二人分の視線がこちらに向いて、私は頷きました。息子はそれを見て、勝手に猪狩くんが泊まっていくものだと決めてしまっています。猪狩くんは少し困った顔をしながらも、嬉しそうに見えました。そんな顔すらもとびきり綺麗で、私は心の中で息をつきました。
 みんなで夕食を済ませ、お風呂も入っていった猪狩くんは、丁寧に私と夫に頭を下げていき、もうそれだけで育ちの良さが知れるような思いでした。ますます、息子の友達であることが不思議です。夕食の席でも、猪狩くんは私の作ったなんでもない煮物を信じられないほど美しい箸遣いで口に運ぶのでした。ただ食事をしているだけでこんなにも様になる人がいるものなのかと、私は息子のお代わりするご飯をよそいながら考えていました。
 なんにせよ、明日の朝になったらきちんと息子に尋ねて、猪狩くんの家にお礼をしなければなりません。息子ときたら肝心なことは何も言わないのですから、昔から変わりません。
 夕食の席で、明日の朝は早く起きて早朝練習をすると話していました。そのときの嬉しそうな息子の顔ときたら。私は思わず笑ってしまいました。良いお友達が増えたみたいで、良かった。明日の朝に二人が食べるおむすびをうんと握りながら、私は微笑みました。



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たまにはこんなのどうでしょう
守さんに抱いているきらきら乙女心が全開になってしまった

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嘘と酒

嘘と酒 (主人公×猪狩守)

「前から思ってたけど猪狩が宅飲みしたがるのって意外だよな」
「そうかい」
 乾杯、とグラスを合わせたパワプロはそれを一気に飲み干して息をついた。
「美味い!」
「ボクが買ってきたんだから、当然だろう」
「いや、コンビニのビールだろ?」
「文句があるなら飲むな」
「いやいやうそうそ。猪狩、サンキュー」
 上機嫌で言うパワプロは、もうすでに酔っているのかもしれない。グラスを少し傾けて、ボクも同じビールを飲む。パワプロが好きだと言った安いツマミの袋を開けて、ひとつ口に入れる。これが意外と、美味いのだ。絶対口にすることはないが、パワプロと食べるものはなんでも美味い。ボクも相当焼きが回っているらしい。明日は久々のオフで、パワプロとこうしてゆっくり会うのも久しぶりであった。
「久しぶりなのにいいのか?こんなんで…っていうのもアレか、ここオレんちだし」
「べつに、なんでもいいよ」
「適当だなあ」
 適当なものか。呑気にビールを傾けているパワプロは、ボクの考えていることなどこれっぽっちも知らない。否、一生知らなくていいことだ。
「なあ、猪狩」
「なんだい、近いぞキミ」
「したくなっちゃった。ダメ?」
「ダメだ」
「なんで、久しぶりなのに!オレ、恋人なのに!」
 思わず笑ってしまいそうになるのをこらえる。ボクもたいがい酒に弱いが、こいつも弱いのだ。いい具合に酔っている。思惑通りだった。
「な、猪狩」
「ちょっと、おい、ん…」
「猪狩、したい」
「やめろ」
「やだ。やめない」
 しなだれかかるパワプロに組み敷かれながら、ボクはとうとう我慢出来ずに笑ってしまった。
「猪狩、なに笑ってんの?」
「笑ってない」
「猪狩、好き。したい」
 塞がれた唇からは、同じビールの味がした。ボクはこの瞬間が好きだった。つまり、酒に弱いパワプロが酔いに任せて、好きだとかなんだと言いながら、ボクのことを求めるこの瞬間が。
「バカだな、ほんとう」
「馬鹿でいいよ、もう」
 これがすべての顛末、お粗末なことだ。ボクにここまでさせることの意味、分かっているんだろうな。徐々に深くなっていく口付けに、ボクはうっとりと目を閉じた。



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プレイの一環でした
主人公ちゃんに襲われたくてわざわざ酒を飲ませる守さんのえっちー!(酔ってないよ)

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今日はなんの日

今日はなんの日(主守)

「キレイだな」
 そう言った猪狩はとても満足そうで、そして誇らしげであった。隣を歩く猪狩の横顔は、いつもよりずいぶんと柔らかく、響く声も温かかった。突然のそれにオレが目を瞬かせている間も、猪狩は満足そうに口元に笑みをたたえている。
 猪狩が綺麗だと言ったのは、陽が落ちて街々に灯る明かり、そしてこの季節だけのイルミネーションを指しているに違いなかった。なんといっても今日は、クリスマス・イブなのである。キラキラと瞬くそれはいつもの街並みをやたらと幻想的に、そしてロマンティックに映し出していた。
 今日は終業式の日で、明日からは冬休みである。寒い体育館で校長先生の話を聞いて、通信簿をもらって、担任の先生から仕上げのありがたい話を聞いたら、おしまいの日だ。しかしながら、あかつき高校野球部は、終業式の日にも冬休みにも練習を欠かすことがない。今日も普段通りいつものメニューをこなしての帰路だった。この頃は恒例となった二人で並んで帰る道、やたらと機嫌の良さそうな猪狩にオレは尋ねてみることにした。
「猪狩でも、クリスマスの日は嬉しいんだな」
「なんのことだい」
「だって、今日はクリスマス・イブじゃん。それで機嫌がいいんじゃないの」
「なに言ってる。今日はボクの誕生日だぞ」
「へ?」
「この街の明かりも、あの電灯も、みんなボクの誕生日を祝っているんだ」
 朗らかに笑う猪狩はとても珍しく、本当に機嫌が良さそうだったので、オレはとっさに言いかけた言葉をそのまま飲み込んだ。なに言ってんだ、こいつ。猪狩流の冗談なのかもしれなかったし、いや、こいつのことだから十分本気ということも考えられた。猪狩の考えていることは、凡人のオレにはよく分からない。分からないが、猪狩が嬉しそうにしているなら、それだけで十分だとも思った。
「猪狩、今日誕生日なの」
「そうだよ」
「なんだよ、そういうのはもっと早く言えよな」
「なぜキミに言う必要があるんだい」
「だって、ほら、いろいろあるだろ、いろいろ」
 猪狩は知らぬ顔で歩いている。今だけのイルミネーションの光なんかより、隣を歩くいつもの猪狩の方がよっぽど綺麗だ。そんな馬鹿なことを思うのも、すべてはクリスマス、猪狩の誕生日だからということにしておく。
「猪狩、誕生日おめでとう」
「ああ、ありがとう」
 いつもより素直な返事が返ってくるのも、誕生日のおかげなのか。嬉しそうに笑う猪狩にオレはたまらなくなって、こっそりその手を取ってみることにした。猪狩の方は見ずに、歩きながらあくまで自然にそっと手を取る。利き腕である左手の方を触ると怒るので、当然右手の方だ。猪狩はもちろん知らないだろうが、オレの定位置はいつだって猪狩の右隣、その理由はあまりにいじらしい。清く正しいお付き合い、オレはいつだって猪狩と手を繋ぐ機会を窺っている。
 手を繋いでそのまま歩き出しても、猪狩はちらりとこちらを見たきりで何も言わなかった。街並みの明かりが、猪狩の横顔を静かに照らしているのをオレはこっそりと見る。猪狩の頬が上気しているのは、きっと寒さのせいだけではないだろう。その顔があまりにも美しく見えたものだから、きっと猪狩の言う通り、この光はお前を祝福しているに違いないなどと、そんな馬鹿なことを考えていた。




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守さん、お誕生日おめでとうございます。
大好きよ。

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三球勝負

9/主人公×猪狩守

三球勝負

 ニヤリと笑った猪狩の顔。勢いよく振ったバットは空を切り、オレは少しよろける。フォークだ。手元でストンと落ちたボールに確信する。前回までには、投げて来なかった球だ。新しく覚えてきたらしい。
「次、いいかな?」
 猪狩は笑っている。予想外の球にまんまと空振りしたオレの様子が楽しくてたまらないといった顔で笑っている。一瞬、マウンドのロジンを拾うような仕草を見せた猪狩だったが、帽子を被り直し、すぐにまた投球動作に戻った。当然ながら、河原にロジンはない。夕焼けだけが、オレたちの勝負の行方を見守っている。バットを握り、オレは架空のバッターボックスに入って構え直した。
 やあ、偶然だね。そんなことを言ってオレの前に現れる猪狩とこうして勝負をするようになって、どれだけが経っただろう。出会った初め、河原を歩くオレにぶつかってきた猪狩は、謝りもせずにどういうことか三球勝負を挑んできた。それ以来、顔を見合わせるたび、勝負は今日まで続いている。グラブに、バット、いつでもどこでも必ず持ち歩いているオレたちは、なるほど野球馬鹿といった点では大いに気が合うのだろう。猪狩との勝負は、いつも唐突だった。
「フフフ、振らなきゃ当たらないよ」
 二球目、ストレート。分かっていたのに手が出なかったそれに、オレは小さく息をつく。猪狩は左手で新しいボールを握りながら満足そうな顔をしている。ここにきて、今まで見た中でいちばんの球速を披露してくる。猪狩は、そういうやつだった。息を吐き、集中する。三球勝負に、遊び球はない。次で最後だ。オレは、次の球を打たなければならない。
 猪狩は、鼻持ちならないやつだ。何度か会うたび、オレは猪狩がどういった人物なのか徐々に分かってきたのだった。あかつき高校の猪狩守。高校野球界の有名人、その姿は雑誌にも取り上げられ、サウスポーである猪狩のその腕は黄金の左腕などと持て囃されている。そんな猪狩が、なぜオレに構うのか。
 カーン、甲高い音が辺りに響き、猪狩が大きく振り仰ぐ。あの当たりならば、右中間辺りに落ちる二塁打くらいにはなっただろうか。オレの勝ちだった。振り返った猪狩が、帽子を脱ぎ、悔しそうな顔を見せた。しかし、それも一瞬のことで、その顔はすぐにまたいつもの自信満々ふてぶてしい顔に戻っている。
「今回はキミの勝ちでいいよ。失投を見逃さなかったキミの勝利といったところかな」
 いつもの負け惜しみを言う猪狩に、オレは毎度恒例の呆れた顔で応戦する。オレは、猪狩の球を打たなければならない。なぜなら。
「いい暇つぶしになったよ」
 そう言い残して、猪狩は鞄を拾って去っていった。オレも、バットを片付けて鞄を持ち直す。
 オレがおまえの球を打ち続ける限り、おまえはまた、オレに会いに来るだろう。だからやっぱり、オレは次も、おまえの球を打たなければならないのだ。



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好きだな〜以外の感情がない

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よくある話

主人公×猪狩守

よくある話

「キミ、ボクのことが好きなんだろう。付き合ってあげてもいいよ」
 それが猪狩の言う渾身の愛の告白であったということに気が付いたのは、家に帰って風呂に入り、飯を食い、布団の中に入ってからのことだった。なぜなら猪狩ときたらなんの脈絡もなく、グラウンド整備につかうトンボを掴んだまま、突然こちらの目を見て言うのだ。
 帽子を取ったのは、猪狩の誠意や決意の表れだったのかもしれないと今になって思い付く。オレはというと、真っ直ぐに見つめる猪狩の青い目と夕陽のコントラストにぼうっと見惚れていた。それにしても、猪狩の考えていることは相変わらず分からないことばかりだ。
 翌日、学校に登校したオレはそれをそのまま矢部くんに話したけれど、ほんの世間話のように笑われただけで終わってしまった。分かってないのは、パワプロくんだけでやんすよ。そんなことより、昨日のガンダーロボのアニメを見たでやんすか?矢部くんも矢部くんで、相変わらずだ。
「猪狩、昨日の話の続きなんだけど」
 仕方がないので、オレは猪狩のクラスにまでわざわざ出向いて、さらにご苦労なことに二人揃って屋上にまでやって来ていた。
 以前、決め球の練習に付き合ってほしいと猪狩から話をされたあの日のように、空は晴れ渡っていて青かった。それよりももっと青い猪狩の目が、昨日と同じように真っ直ぐこちらを見つめている。そうしているうちに、オレの返答を聞いた猪狩の目が、ふにゃりと緩んだ。猪狩、お前ってそんな顔もするんだな。衝動に任せて、目の前にあった唇に自分のそれを重ねたオレが猪狩から本気のビンタを頂戴するのが、さらに数秒後の話だ。何も左手で、本気で叩かなくてもいいのに、やっぱり猪狩の考えていることはオレには分からない。



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2019.10.3
主守っていいな

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The world is in your palm.

主人公×猪狩守


「え、猪狩おまえ、風呂入るときっていつもそうなのか?」
「そうだよ」
 湯船に浸かっている猪狩はこちらの方を見もしないで言う。猪狩の家の、家というより「大豪邸」の風呂である。家と同様にばかでかいその風呂は、浴槽の広さもすごかった。それに一人ちょこんと浸かりながら、猪狩は手を湯につけないようにして、湯船に浸かっていた。
「お湯につけて、指先の皮膚がふやけるのがいやなんだ。感覚が狂うような気がしてね」
「へえ…そんなもんか」
 身体を洗い終えたオレは、よいしょと立ち上がり猪狩と同じ湯船に浸かる。猪狩とは違い、オレは思いっきりその中に浸かって身体を伸ばした。気持ちがいい。こんなに気持ちがいいのに、猪狩は相変わらず興味もなさそうに静かに指先を眺めながら湯に浸かっている。球界のエース、いや、大エース様の指先だ。
「オレ、そんなの全然知らなかった」
「キミに話す理由もないからね」
「ピッチャーが…おまえが、指先の感覚を何より大事にしてるのは知ってたけど、そこまで神経使うもんなのか」
「さあね、人によるんじゃないかい」
 相変わらず猪狩は素っ気ない。まるで恋人に対しての態度ではない。こいつは昔からそうだ、初めて会った高校生のときから変わらない。猪狩と過ごすようになって、何年経つだろうか。猪狩が変わらないように、オレも大概変わっていないのだろう。オレは昔から猪狩のこういうところが好きなのだった。オレなんかより野球が大事で、恋人よりも野球が好きな猪狩が好きだった。だからこの気持ちは封印するしかないのだろう。初めて恋人と一緒に風呂に入って浮れている、オレの助平心なんかは特に。
「あ、じゃあ、オレ先に出てるな」
「パワプロ」
 猪狩が顔を上げて、こちらを見ていた。湯に浸かっているせいで上気した頬はいつもより血色が良く、薄く開いた唇は濡れていてとても美味そうに見えた。物欲しそうにも見えるその表情に、オレは言葉が詰まった。
「猪狩」
 風呂場で反響した声は、やけに響いた。唇を離したときのリップ音まで響くようで、一拍置いて赤面する。そんなオレの様子に、猪狩はいつものようにふてぶてしく笑っているのだった。
 猪狩の手の平を、掴む。指を絡めて握っても、猪狩はいやがらなかった。こういうところだと思う。オレは猪狩のこういうところに心底骨抜きにされてしまっている。野球に心を砕き、何よりも自分の身体を大切にして、風呂に入るそのときの指先にまで神経を使っている猪狩が、こうもあっさりとオレにその身体を触れさせる意味。
 好きだなあ。こぼれた声は風呂場で大きく反響して、それを聞いた猪狩はやっぱり笑っているのだった。

世界はあなたのてのひらの中

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守さんのツンデレ加減って公式さんが絶妙すぎるものだから、自分で表現しようとするとなんだか女王さまのようになってしまう(…)
女王さまの守さんも好きなんですけどね!

指先とお風呂のエピソードは、以前にテレビで見た某ピッチャー様のものを参考にしました。

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チョコレート・ラブ

2010/巨人/主守

チョコレート・ラブ

 猪狩からチョコをもらった。猪狩というのは、球界を代表する大エース様、オレも所属する巨人軍の背番号18を背負う猪狩守のことだ。そして、このチョコというのは、バレンタインチョコレートのことを指している。壁に掛けられた日めくりカレンダーは、確かに今日が2月14日であることを知らせていた。
 やたらと華美なラッピングがほどこしてあるそれを眺める。キラキラと瞬く包装紙にきらびやかなリボンが巻かれたそれは、派手好きな猪狩の好みそうなものだった。こんなもの一体どこで買ってきたんだろう。ずいぶんと厳重な梱包をされたチョコレートを荷ほどき、箱まで辿り着いて蓋を開ける。ぱかり、開けられた蓋の中身とはこれいかに。気が付けば、オレの口も開いていた。
 美しい包装紙の中から出てきたのは、とても人様にはお見せすることのできない代物、例えるなら放送事故のような有様となったチョコレートだった。いや、チョコレートの残骸と言って差し支えがないように思える。開けている途中からなんとなく想像していたことだが、もしかしなくてもこれは、猪狩の手作りチョコなのではないか。
 そもそもなぜオレが猪狩からチョコをもらったのか。それは、猪狩がオレの寮の部屋に勝手に入ってきたからだ。少し前からたびたびあることだった。猪狩は自由だ。自分の好きな時に好きなようにやって来ては、なぜだかテレビゲームをしていったり、そのまま一緒にトレーニングをしたりもしていた。
 そして今日も御多分にもれず、わざわざ部屋までやって来た猪狩。いつもと違ったのは、部屋には上がらずに、なんだか早口に話をするだけして帰っていってしまったことだ。自分がいかにファンからたくさんチョコをもらったか、そしてオレがひとつも貰っていないことを憐れむような内容だった。そして長々と話し終えるとぽつり、猪狩は言ったのだ。
「これは、キミに恵んであげるよ」
 差し出された、派手な包み。てっきりオレは、今まで猪狩が話していたファンからのチョコレートを分けてくれたのだと思った。そう言うと、猪狩は「ファンからもらった大切なチョコを渡すわけがないだろう」と憤慨するのだった。ならば、この手の中にある、これは?
 焼きチョコレートとでも表現すれば良いのだろうか。焼失寸前の炭のようになっているそれをひとつ手に取る。ぱくり、口に入れると苦いんだか甘いんだか、なんだか猪狩みたいな味がした。なんて、そんなことを思うオレも大概なんだろう。
 特に美味くもないそれを次々と口の中に入れながら、きっとオレの顔はいま、にやにやとだらしなく笑っていることだろう。来月のホワイトデーには覚悟しておけと、オレは心の中で猪狩に宣戦布告を果たすのだった。


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前にも同じの書きましたね。もはやセルフリメイク
好きなんですよねえ

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返事はいらない

返事はいらない(主人公×猪狩守)

 風呂から上がると、猪狩はもう布団の中に入って寝ていた。こちらに背を向けるようにして寝ている猪狩を眺めながら、オレは適当に濡れた髪を拭きながらビールの空き缶を片付ける。
 猪狩が酒を飲むのは、チームが日本一になったときと、オフの前日だけだ。今日はオレも猪狩もよく飲んだし、よく食べた。なにしろ、猪狩とこうして二人で会うのは久々なのである。酒が入って普段よりもさらに饒舌になる猪狩を眺めながら、こいつもオレと同じように嬉しいのかなと思うと、コンビニで買った安酒もとんでもなく美味く感じるのだった。
 オレは猪狩のようにドライヤーで髪を乾かすという高等な習慣がない。そもそも家にあるドライヤーは、猪狩が持ってきたものだ。髪を拭いたタオルをそこらにぽいと放り、オレも同じく眠ることにした。
 一人暮らしの部屋に似つかわしくない、キングサイズのベッド。野球でそこそこ飯が食えるようになった頃、自分へのご褒美にと奮発して買ったものだったが、今やまるで猪狩とこうするために購入されたもののようだ。人生、何がどうなるものか、本当に分からない。
 照明を落とし、布団に潜り込む。その間にも、にやにやと笑ってしまう顔が戻らなくてオレは困っていた。猪狩は眠っている。オレが布団に入ってきても相変わらず知らん顔で、そっぽを向いている。
 猪狩は、左肩を下にして寝ていた。これが、すべての答えだった。サウスポーである猪狩が、眠るときに左肩を下にすることはあり得ない。つまり猪狩は寝たフリをしていて、もっと言うなれば、これは猪狩なりの「イエス」のサインなのであった。こんなの、オレにしか分からないだろう。なあ、猪狩。
 たぶん今頃、耳まで赤くしながら期待に胸を膨らませているだろう猪狩に応えてやるべく、オレは後ろから静かに猪狩を抱き締めた。すぐに我慢できなくなってその首筋に噛み付くと、やっぱり寝たフリをしていた猪狩から抗議の声が上がるのだった。



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嬉しいときに書く主守〜
病める時も健やかなるときも主守〜〜

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これは嫉妬なんかじゃない

これは嫉妬なんかじゃない(主人公×猪狩守)

 授業中、グラウンドの騒がしさに思わず目をやると、そこにはよく見知った人物が大いにはしゃいでいるのだった。ボクの席は窓際いちばん後ろ、少し目をやるだけで、グラウンドの様子がよく見えた。今日の体育は、クラス合同で行われているらしい。パワプロが、矢部と一緒になって走り回っていた。
 カチカチカチ。意味もなくシャープペンシルをノックしていたことに気付いて、ボクは無駄に出してしまった芯をしまう。その間にも、パワプロと矢部は何がそんなに楽しいのか、おそらく体育の授業であることも忘れて遊んでいる。カチカチカチ。
「じゃあ、ここ、猪狩。訳せるか?」
「…ああ、はい」
 ボクのクラスはいま、古典の時間だった。ぼんやりと窓の外を見ていたボクへの腹いせで、教師はわざわざボクを指したに違いなかった。当てられた箇所をさらりと訳して、席につく。こんなことは、朝飯前だ。正解だったらしいそれに教師はそれ以上何をいうこともなく、そのまま授業は続いていった。そして、グラウンドでは相変わらずパワプロと矢部が大きな声で騒ぎながら遊んでいる。
 その様子を眺めながら、思う。パワプロがボクのことを好きなのは知っていた。なんだかんだと理由を付けてはボクの前に現れて、部活に休み時間に放課後まで、パワプロは飽きもせずボクに構っていた。人間、好意を示されることに対して、悪い気はしない。それに、パワプロと一緒にいる時間はキライじゃなかった。あいつといるのは、楽だった。きっとあいつも、そうなんだろう。だから、今日までボクからは何も言わずに黙っていたのに。パワプロは、馬鹿で、不器用で、鈍感だった。
「ちょっと矢部くん待ってよー!」
 何がそんなに楽しいのか、パワプロはにこにこと笑いながら矢部を追い掛け回している。だから一体何の時間なんだ、これは。出し過ぎたシャープペンシルの芯がぼきりと折れた。
 おまえが構うのは、追いかけるのは、ボクひとりだけで十分だろう。そんなことを思う。どうやら、バカはボクの方だったみたいだ。



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猪狩守は主人公のことが大好き。知ってました。

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永遠に手が届く

永遠に手が届く(主人公×猪狩守)

「猪狩。話があるんだ」
「なんだい」
「あの、真面目な話なんだけど」
「ああ」
「猪狩。オレ、お前のことが好きなんだ」
「ああ、知っていたよ」
 部活が終わったあと、いつのまにか二人だけで練習をするようになったグラウンドでの出来事だ。いつもより練習に熱が入ってしまったせいで夜も遅く、ぽっかりと照らされた照明の下には、オレと猪狩しかいない。なんだか世界で二人きりになったみたい。そんな馬鹿なことを考えてしまうほどにはオレは猪狩にのぼせ上がっていて、どうしようもなく好きになってしまっていた。だから、今しかない。そう思った。
 そうして一世一代、オレのすべてを賭けるつもりで放った告白は、猪狩によって一蹴されて終わったのだった。ちゃんちゃん。
「キミ、早く片付けないと、いつまでも帰れないだろう」
「あ、うん」
 猪狩はネットにたまったボールを拾いながら、オレを叱るのだった。オレがのろのろとしている間にも、猪狩はマウンドをならしている。
「よし、帰ろう」
 片付けが終わったらしい猪狩に声をかけられる。あまりに練習で遅くなった日には、オレたちは着替えもせずにユニフォーム姿のまま帰るのが恒例になっていた。オレたちが終わる頃には部室もとっくに閉められてしまっているので、あらかじめ鞄はグラウンドの適当なところに置いてあった。オレはそれを拾って、もうとっくに歩き出している猪狩の後ろ姿を追い掛けた。
「それで、キミはどうしたいんだい」
「え?」
 振り向いた猪狩が、オレの顔を見ながら言う。そこで初めて、オレはさっきの話の続きをしているのだと気付いた。オレの告白は、どうやらなかったことにはされていないようだ。しかし、猪狩の質問の真意は分からない。
「どうって…そりゃあ、その、付き合いたいよ」
「これ以上、何を付き合うっていうんだい」
「えっ?」
「キミとボクは部活で一緒だろ、そのあと、こうしていつも二人で練習してる。部活だけじゃない、休みの日だってそうだ。この前は一緒にバッティングセンターに行って、そのあとキミの家でゲームをしたな。テスト前には泣き付いて来たキミに勉強をみてやった。それからキミはクラスが違うくせにわざわざボクの教室にやって来ては、教科書を借りに来たり、頼んでもいないマンガを持って来たり。キミが言うから、この前はラーメンを一緒に食べにいった。ハンバーガーも。そして今は一緒に帰宅している。これ以上、何に付き合えっていうんだ、キミは?」
「いやあの、そうなんだけど、いや、そういうことじゃなくてさ」
「じゃあ、どういうことだい」
 自信満々に言う猪狩に、オレはたじろいだ。そうなんだけど、そうじゃない。どうして猪狩には伝わらないんだろう。猪狩は大きな目を瞬かせてこちらを真っ直ぐに見つめていた。
「だから、オレ、猪狩のことが好きなんだよ」
「だから、知っているよ」
「あ〜話が進まない。なんでだ?これ以上なんて言えばいいんだ?」
「さあね」
 猪狩はどこ吹く風で涼しい顔をしている。なんだこれは。打つ手なし。
「あのさあ、猪狩」
「なんだい」
「おまえって、オレの事どう思ってんの?」
「どうって?」
「そのままの意味だよ。好きなのか?嫌いなのか?」
「キミは本当にばかだな。ボクは、キライな人間とは一緒にいないよ」
「そりゃそうだろうけど…」
 なんだかトンチのようなナゾナゾのような、そんな気分にすらなってきた。猪狩は前から変なやつだけど、本当に変なやつだったようだ。その変なやつを好きなオレも、変なんだろうけど。
「もういいや。じゃあな猪狩、また明日」
「あ、キミ」
 いつも別れる交差点、猪狩に呼び止められて振り返る。街頭の下、猪狩が近付いて来て、そのまま影が重なった。なんだろうと思っているうちに、もう一度。ぽかんとしていると、猪狩が不機嫌そうにオレを睨め付けていた。
「なに変な顔をしてるんだ。キミが言うから、ボクからしてやったんだろう」
 なんという不遜な態度。それが、たった今オレのファーストキスを奪っていったやつのする言動か。頭ではそう思っているのに、あまりにのぼせ上がってしまったらしいオレは、そのまま猪狩を抱き寄せて、思い切り腕の中で押しつぶすことしか出来なかった。
「猪狩。猪狩。好きだ」
「だから、知っているよ」
 ふてぶてしく言った猪狩の真っ赤な顔を見届けて、オレはかわいくない恋人の唇に口付けを落とすのだった。



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主守!スキ!何度同じ話を書いてもスキ!

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