夏とタピオカ
夏とタピオカ(主守)
甘い。それが、この飲み物に対する感想であった。隣で同じものを飲んでいるパワプロが言うには、現在若者を中心に大変流行している飲み物だそうだ。なんでそんなものをこいつと一緒に、それもわざわざ並んでまで飲んでいるのか、よく分からない。
それでも、誘われるまま付いて行ってしまうのは、知らないものに対する好奇心、そしていつだって能天気すぎるパワプロの笑顔のせいであった。猪狩、行こうぜ。何にも考えていないこいつは、いつもそんな風にボクに声を掛ける。こちらの都合も機嫌も全然関係なさそうに、パワプロは笑ってボクを呼ぶのだ。それになんだかんだと小言をこぼしながらも付き合ってしまうのが、このところのお決まりだった。
ついこの間は、ハンバーガー。その次はラーメン。クレープというものを食べたこともあった。次々と提案されるそれに、次は一体何を食べに行くのか、内心で期待をするようになってしまっていることは断じて秘密だ。これもこれも、パワプロが悪い。そういうことにしておく。
「これがいま大流行中のタピオカドリンクか」
「甘すぎるぞ」
「確かに。でも、このモチモチした何かは美味いな」
「キミね。何か、って、それこそがタピオカという代物じゃないのかい」
「ていうか、タピオカって、なに?」
「キャッサバの根茎から製造したデンプンのことだ」
「え、キャッサバってなに?」
「……」
尋ねておきながら、パワプロはさして気にした様子もなく無邪気に笑っている。ボクは黙って手元のドリンクを吸い上げた。
「猪狩って、変なことは知ってるんだな」
「変なことって、なんだ」
他愛のない会話。それなのに、不思議と心地良いのはなぜだろう。気を使う必要がないからだろうか。思い返せば、部活動の入部の際に初めて会ったときから、ボクはこいつに対して気を使ったことがない。自分の好きなように振る舞うこと、それはいつも通りのボクであったが、それに対して真正面からぶつかって来るやつがいるのは、いつも通りではなかった。パワプロは、不思議なやつだった。
「でも猪狩、甘いの好きだろ?」
「キライじゃない」
「今度、猪狩の好きなロールケーキの店、教えてよ」
「なんで知ってるんだ」
パワプロは笑うばかりだ。おそらく、進辺りがパワプロに話したんだろう。弟は、自分と同じく甘いものが好物だった。
「なあ。次はどこ行こっか」
パワプロは笑っている。知らぬ顔で飲み干したタピオカドリンクは、やっぱりとても甘かった。
了
ーーーーーーーーー
タピオカて。細かいことはお気になさらず
主人公と守さんには、いろんなところに行っていろんな美味しいものをたくさん食べてほしい
甘い。それが、この飲み物に対する感想であった。隣で同じものを飲んでいるパワプロが言うには、現在若者を中心に大変流行している飲み物だそうだ。なんでそんなものをこいつと一緒に、それもわざわざ並んでまで飲んでいるのか、よく分からない。
それでも、誘われるまま付いて行ってしまうのは、知らないものに対する好奇心、そしていつだって能天気すぎるパワプロの笑顔のせいであった。猪狩、行こうぜ。何にも考えていないこいつは、いつもそんな風にボクに声を掛ける。こちらの都合も機嫌も全然関係なさそうに、パワプロは笑ってボクを呼ぶのだ。それになんだかんだと小言をこぼしながらも付き合ってしまうのが、このところのお決まりだった。
ついこの間は、ハンバーガー。その次はラーメン。クレープというものを食べたこともあった。次々と提案されるそれに、次は一体何を食べに行くのか、内心で期待をするようになってしまっていることは断じて秘密だ。これもこれも、パワプロが悪い。そういうことにしておく。
「これがいま大流行中のタピオカドリンクか」
「甘すぎるぞ」
「確かに。でも、このモチモチした何かは美味いな」
「キミね。何か、って、それこそがタピオカという代物じゃないのかい」
「ていうか、タピオカって、なに?」
「キャッサバの根茎から製造したデンプンのことだ」
「え、キャッサバってなに?」
「……」
尋ねておきながら、パワプロはさして気にした様子もなく無邪気に笑っている。ボクは黙って手元のドリンクを吸い上げた。
「猪狩って、変なことは知ってるんだな」
「変なことって、なんだ」
他愛のない会話。それなのに、不思議と心地良いのはなぜだろう。気を使う必要がないからだろうか。思い返せば、部活動の入部の際に初めて会ったときから、ボクはこいつに対して気を使ったことがない。自分の好きなように振る舞うこと、それはいつも通りのボクであったが、それに対して真正面からぶつかって来るやつがいるのは、いつも通りではなかった。パワプロは、不思議なやつだった。
「でも猪狩、甘いの好きだろ?」
「キライじゃない」
「今度、猪狩の好きなロールケーキの店、教えてよ」
「なんで知ってるんだ」
パワプロは笑うばかりだ。おそらく、進辺りがパワプロに話したんだろう。弟は、自分と同じく甘いものが好物だった。
「なあ。次はどこ行こっか」
パワプロは笑っている。知らぬ顔で飲み干したタピオカドリンクは、やっぱりとても甘かった。
了
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タピオカて。細かいことはお気になさらず
主人公と守さんには、いろんなところに行っていろんな美味しいものをたくさん食べてほしい
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夏とハンバーガー
夏とハンバーガー (主人公と猪狩守)
もしかして猪狩は、今までにハンバーガーを食べたことがないんじゃないか。オレがそれを確信したのは、目の前の猪狩が「ナイフとフォークはどこだ」と尋ねてきたからだ。思えば、猪狩は店に入る前から妙にそわそわしていて、何がそんなに珍しいのか、店内をきょろきょろと眺めては落ち着かない様子だった。
猪狩の家が随分な資産家らしいことは知っていたが、まさかこれほどまでだったとは。言われてみれば確かに、猪狩とファーストフードの組み合わせはなかなか似合わない。
テーブルに置かれたハンバーガーセットが二つ。猪狩に先に席を取っておいてと頼んだオレが、一緒に注文したものだ。新発売、学生限定、この時間帯だけはなんと通常の半額で食べられるのだ。そういうわけでオレは猪狩を誘ったのだった。
「これは、このまま食べるんだよ」
包みを剥がしてそのまま口へ運ぶと、猪狩も同じように、ゆっくりとハンバーガーを口にするのだった。瞳を瞬かせ、黙って食べ進める様子を見ると、どうやら気に入ったようだ。それを見ながら、オレは口いっぱいに入れたパンをバニラシェイクで流し込んだ。美味い。
しかし、オレが食べているものと同じパンであるのに、猪狩が両手で掴んでいるだけでいやに恭しく見えるのは何故だろうか。ハンバーガーを食べているだけなのに、その口元は妙に涼しげで気品すら感じられた。
「猪狩、この前はテスト直前に悪かったな、ありがとう。おかげで、なんとか赤点だけは免れたよ」
「フン。このボクがわざわざ教えてやったんだ、当然だろう」
「これは一応、その御礼。オレの奢りで」
「そうかい」
「美味いな。これ、新発売なんだって」
「へえ」
言いながらポテトを摘んで口に入れると、猪狩は珍しいものを見るような目でそれを見ていた。なるほど、ナイフとフォークを要求した猪狩のことだ、こちらも珍しいに違いない。面白かったので、オレはポテトをひとつ摘んで、猪狩の口元に差し出してやった。
「なんだい」
「ん、いや、別に」
「……」
「食べないのか?」
食べるさ。そんな風に言う声が聞こえたような気がしたが、実際には猪狩は黙ってそれを口にするだけだった。静かに飲み込み、今度は自分から手を伸ばす。どうやらこちらもお気に召したらしい。誤魔化すように吸い上げたバニラシェイクは、なんだかいつもより甘かった。
「今度は、矢部くんも誘って一緒に来よっか」
「ああ」
いつになく素直な返事に、オレは笑った。今度は、牛丼を食べに行くのもいいかもしれない。ラーメンも捨てがたい。食券を買ってから食事をすること、猪狩は知っているだろうか。きっと、物珍しそうにボタンを押すんだろう。
「なに笑ってるんだ」
「いや、楽しいなって」
「急に、変なやつだな」
猪狩にしては珍しく、困ったような顔をするのだった。それもまた、楽しい。今年は猛暑になるらしい、ある夏の日のことだ。
了
ーーーーーーーーー
学生主守。ふたりでいっぱい思い出作ってくれい
もしかして猪狩は、今までにハンバーガーを食べたことがないんじゃないか。オレがそれを確信したのは、目の前の猪狩が「ナイフとフォークはどこだ」と尋ねてきたからだ。思えば、猪狩は店に入る前から妙にそわそわしていて、何がそんなに珍しいのか、店内をきょろきょろと眺めては落ち着かない様子だった。
猪狩の家が随分な資産家らしいことは知っていたが、まさかこれほどまでだったとは。言われてみれば確かに、猪狩とファーストフードの組み合わせはなかなか似合わない。
テーブルに置かれたハンバーガーセットが二つ。猪狩に先に席を取っておいてと頼んだオレが、一緒に注文したものだ。新発売、学生限定、この時間帯だけはなんと通常の半額で食べられるのだ。そういうわけでオレは猪狩を誘ったのだった。
「これは、このまま食べるんだよ」
包みを剥がしてそのまま口へ運ぶと、猪狩も同じように、ゆっくりとハンバーガーを口にするのだった。瞳を瞬かせ、黙って食べ進める様子を見ると、どうやら気に入ったようだ。それを見ながら、オレは口いっぱいに入れたパンをバニラシェイクで流し込んだ。美味い。
しかし、オレが食べているものと同じパンであるのに、猪狩が両手で掴んでいるだけでいやに恭しく見えるのは何故だろうか。ハンバーガーを食べているだけなのに、その口元は妙に涼しげで気品すら感じられた。
「猪狩、この前はテスト直前に悪かったな、ありがとう。おかげで、なんとか赤点だけは免れたよ」
「フン。このボクがわざわざ教えてやったんだ、当然だろう」
「これは一応、その御礼。オレの奢りで」
「そうかい」
「美味いな。これ、新発売なんだって」
「へえ」
言いながらポテトを摘んで口に入れると、猪狩は珍しいものを見るような目でそれを見ていた。なるほど、ナイフとフォークを要求した猪狩のことだ、こちらも珍しいに違いない。面白かったので、オレはポテトをひとつ摘んで、猪狩の口元に差し出してやった。
「なんだい」
「ん、いや、別に」
「……」
「食べないのか?」
食べるさ。そんな風に言う声が聞こえたような気がしたが、実際には猪狩は黙ってそれを口にするだけだった。静かに飲み込み、今度は自分から手を伸ばす。どうやらこちらもお気に召したらしい。誤魔化すように吸い上げたバニラシェイクは、なんだかいつもより甘かった。
「今度は、矢部くんも誘って一緒に来よっか」
「ああ」
いつになく素直な返事に、オレは笑った。今度は、牛丼を食べに行くのもいいかもしれない。ラーメンも捨てがたい。食券を買ってから食事をすること、猪狩は知っているだろうか。きっと、物珍しそうにボタンを押すんだろう。
「なに笑ってるんだ」
「いや、楽しいなって」
「急に、変なやつだな」
猪狩にしては珍しく、困ったような顔をするのだった。それもまた、楽しい。今年は猛暑になるらしい、ある夏の日のことだ。
了
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学生主守。ふたりでいっぱい思い出作ってくれい
盛夏の候
盛夏の候 (主守)
自販機で二人分のジュースを買って戻ると、猪狩は机に肘をついた格好で眠っていた。ガタンと大きな音を立てて椅子を引いて座っても、猪狩は目を覚さない。今日の部活は、監督の都合で急遽休みになった。放課後の教室は、他に誰もいない。猪狩と二人きり。
次の補習で合格点を取れなければいよいよ野球が出来なくなる!という大ピンチにオレが泣き付いたのは、チームメイトの猪狩であった。猪狩はオレと違って野球だけではなく勉強もうんと出来るということを、オレはこいつの自慢話からよく承知していた。しかし、部室で事情を説明したオレに、猪狩の目は大変冷ややかなものであった。口に出さずとも、まもなく地方予選の始まるこの時期に何をしているんだという猪狩の声が聞こえたような気がした。
それでも結局、猪狩はオレに勉強を教えてやる気になったらしい。練習が休みになり、各々自主練習の流れとなったので、てっきり猪狩もそうするものだと思っていたのに、猪狩の方からオレを引っ張るのだから驚きだ。嫌味ったらしい物言いはいつもの通りであったが、わざわざ分厚い参考書を持参してまでみてくれるのは、正直とてもありがたかった。
「猪狩」
休憩をもぎ取るために買ってきたジュースは、猪狩へのささやかな御礼の意味も込められていた。猪狩は口が悪くて態度もでかい、ついでに高飛車で嫌味だが、決してわるいやつではないのだ。猪狩は不器用で、誰よりも自分に厳しいせいで、他人にも厳しい。そのせいで、周りからはしばしば誤解されていた。オレはそういうこいつのことを考えると、時々どうしようもない気持ちになる。
だから、目の前の猪狩、その明るい栗色の髪に手が伸びたのは、ごく自然な動作だったのだろう。
という現場を目撃してしまったオイラの名前を、矢部明雄と言うでやんす。チームメイトの忘れ物をわざわざ届けに来た善良なオイラに対する、とんでもない仕打ちでやんす。
とても常人には入っていけない空気を醸し出している困ったチームメイトの二人を、パワプロくんと猪狩くんと言うのでやんす。いつもは喧嘩ばかりで騒がしい二人は、ふたりきりになるとこんな風になってしまうのでやんすね。知りたくなかったでやんす。
パワプロくんが猪狩くんの頭に手を伸ばしたところで限界を迎えたオイラは、教室の入り口に忘れ物を置きながら、何も見なかったことにして帰宅することにしたのでやんす。それにしてもパワプロくん、部室に教科書の全部を忘れていって、一体何を勉強しているのでやんすか。オイラは何も知らないし、何も見なかったのでやんす。
パワプロくんと猪狩くんには、昔流行ったあの歌のあのサビがとてもよく似合うのでやんすねえ。今にも大声で歌い出したい気分でやんすよ。
恋のスコアリングポジション、キミのハートにインフィールドフライ、チェンジ!でやんす。
了
ーーーーーーー
オチないときのオチ要員として定評のある矢部氏
最後のは5に出てくるネタなので、実際のルール上インフィールドフライで攻守チェンジになることはございませんあしからず!
自販機で二人分のジュースを買って戻ると、猪狩は机に肘をついた格好で眠っていた。ガタンと大きな音を立てて椅子を引いて座っても、猪狩は目を覚さない。今日の部活は、監督の都合で急遽休みになった。放課後の教室は、他に誰もいない。猪狩と二人きり。
次の補習で合格点を取れなければいよいよ野球が出来なくなる!という大ピンチにオレが泣き付いたのは、チームメイトの猪狩であった。猪狩はオレと違って野球だけではなく勉強もうんと出来るということを、オレはこいつの自慢話からよく承知していた。しかし、部室で事情を説明したオレに、猪狩の目は大変冷ややかなものであった。口に出さずとも、まもなく地方予選の始まるこの時期に何をしているんだという猪狩の声が聞こえたような気がした。
それでも結局、猪狩はオレに勉強を教えてやる気になったらしい。練習が休みになり、各々自主練習の流れとなったので、てっきり猪狩もそうするものだと思っていたのに、猪狩の方からオレを引っ張るのだから驚きだ。嫌味ったらしい物言いはいつもの通りであったが、わざわざ分厚い参考書を持参してまでみてくれるのは、正直とてもありがたかった。
「猪狩」
休憩をもぎ取るために買ってきたジュースは、猪狩へのささやかな御礼の意味も込められていた。猪狩は口が悪くて態度もでかい、ついでに高飛車で嫌味だが、決してわるいやつではないのだ。猪狩は不器用で、誰よりも自分に厳しいせいで、他人にも厳しい。そのせいで、周りからはしばしば誤解されていた。オレはそういうこいつのことを考えると、時々どうしようもない気持ちになる。
だから、目の前の猪狩、その明るい栗色の髪に手が伸びたのは、ごく自然な動作だったのだろう。
という現場を目撃してしまったオイラの名前を、矢部明雄と言うでやんす。チームメイトの忘れ物をわざわざ届けに来た善良なオイラに対する、とんでもない仕打ちでやんす。
とても常人には入っていけない空気を醸し出している困ったチームメイトの二人を、パワプロくんと猪狩くんと言うのでやんす。いつもは喧嘩ばかりで騒がしい二人は、ふたりきりになるとこんな風になってしまうのでやんすね。知りたくなかったでやんす。
パワプロくんが猪狩くんの頭に手を伸ばしたところで限界を迎えたオイラは、教室の入り口に忘れ物を置きながら、何も見なかったことにして帰宅することにしたのでやんす。それにしてもパワプロくん、部室に教科書の全部を忘れていって、一体何を勉強しているのでやんすか。オイラは何も知らないし、何も見なかったのでやんす。
パワプロくんと猪狩くんには、昔流行ったあの歌のあのサビがとてもよく似合うのでやんすねえ。今にも大声で歌い出したい気分でやんすよ。
恋のスコアリングポジション、キミのハートにインフィールドフライ、チェンジ!でやんす。
了
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オチないときのオチ要員として定評のある矢部氏
最後のは5に出てくるネタなので、実際のルール上インフィールドフライで攻守チェンジになることはございませんあしからず!
春と待ち合わせ
春と待ち合わせ (主守)
どこから飛んできたのか、目の前を舞う桜の花びらを追いかけて顔を上げると、そいつは手を上げてこちらに走ってくるのだった。猪狩、と呼ばれる。
頬を撫でる柔らかな風と、穏やかな気候が心地良かった。春という季節は不思議なもので、どこか背筋が伸びるような、それでいて面映いような気持ちにさせる。しかし、そんなボクの気持ちは、今まさに一瞬で吹き飛んでしまった。
「ごめん、待った?」
待ち合わせをしていた人物に対して投げかける定番の台詞であろう。ここでボクが、「今来たところだ」と答えれば、まさしく完璧だ。なんといったって今日は、「初めてのデート」であるのだから。そう、デートだ。そういう気持ちで、ボクはそわそわとした気持ちと共に駅前で待っていた。自慢の愛車で来るつもりだったところを、こいつが、パワプロが、待ち合わせをしたいなどと言うものだから。
ボクの顔を見つけたパワプロは、満面の笑みで笑っている。いつも着ている彼のトレードマークとも言うべき、ユニフォームという出で立ちで。そういえばこいつは学生の頃からそうだった。いつでもどこでも、夏でも冬でもユニフォーム一枚の格好をしている。
「猪狩、どうした?」
こちらを覗き込むパワプロは全くいつもの通りだった。それを見ていると、腹の底からふつふつと込み上げてくるものがある。ボクが昨晩、どれだけ悩んだことか、こいつは知らない。どんな服装をしていこうか、デートにふさわしい格好とはどんなものか。ボクは、キミがどんな服装でやってくるのか、待っている間ずっと考えていたのに。ボクの時間と、この不毛な胸の高鳴りを返せ!
「じゃ、行こっか」
その手は、自然な動作でボクの手を掴んだ。驚いて顔を上げると、きゅ、と少しだけ強く掴まれる。手を繋いだまま歩き出したパワプロが言った。
「だって、今日は、デートだろ」
赤くなったパワプロの顔を、春風が撫でていく。単純なボクはすっかり機嫌を直して、その背中を追いかけた。デートはまだ、始まったばかりだ。
了
ーーーーーーーーーーー
なぜなら、春だからです
どこから飛んできたのか、目の前を舞う桜の花びらを追いかけて顔を上げると、そいつは手を上げてこちらに走ってくるのだった。猪狩、と呼ばれる。
頬を撫でる柔らかな風と、穏やかな気候が心地良かった。春という季節は不思議なもので、どこか背筋が伸びるような、それでいて面映いような気持ちにさせる。しかし、そんなボクの気持ちは、今まさに一瞬で吹き飛んでしまった。
「ごめん、待った?」
待ち合わせをしていた人物に対して投げかける定番の台詞であろう。ここでボクが、「今来たところだ」と答えれば、まさしく完璧だ。なんといったって今日は、「初めてのデート」であるのだから。そう、デートだ。そういう気持ちで、ボクはそわそわとした気持ちと共に駅前で待っていた。自慢の愛車で来るつもりだったところを、こいつが、パワプロが、待ち合わせをしたいなどと言うものだから。
ボクの顔を見つけたパワプロは、満面の笑みで笑っている。いつも着ている彼のトレードマークとも言うべき、ユニフォームという出で立ちで。そういえばこいつは学生の頃からそうだった。いつでもどこでも、夏でも冬でもユニフォーム一枚の格好をしている。
「猪狩、どうした?」
こちらを覗き込むパワプロは全くいつもの通りだった。それを見ていると、腹の底からふつふつと込み上げてくるものがある。ボクが昨晩、どれだけ悩んだことか、こいつは知らない。どんな服装をしていこうか、デートにふさわしい格好とはどんなものか。ボクは、キミがどんな服装でやってくるのか、待っている間ずっと考えていたのに。ボクの時間と、この不毛な胸の高鳴りを返せ!
「じゃ、行こっか」
その手は、自然な動作でボクの手を掴んだ。驚いて顔を上げると、きゅ、と少しだけ強く掴まれる。手を繋いだまま歩き出したパワプロが言った。
「だって、今日は、デートだろ」
赤くなったパワプロの顔を、春風が撫でていく。単純なボクはすっかり機嫌を直して、その背中を追いかけた。デートはまだ、始まったばかりだ。
了
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なぜなら、春だからです
春と病室
春と病室 (5/ 猪狩守)
病室の外がうるさいと思って顔を上げると、弟の声がした。なんだろうと耳を済ませると、弟ともう一人男の声が混じる。それは、自分の記憶違いでなければ、先日河原で一打席勝負をした、他校の野球部員のものに違いなかった。あいつが、なぜここに。いや、弟が、なぜあいつと話をしているのだろう。ここが病院であることも忘れて、ボクは勢いよくベッドから乗り出した。
立ち上がると、痛めた足首がじわりと熱を持った。顔をしかめ、足元をみやる。怪我をするなど、三流選手のすることだ。あの日は朝から体調が優れなかったにも関わらず、練習を強行した己の思慮の浅さが招いたことであった。悔やんだところで時間は戻らないので、今は自分に出来ることをするだけだ。そう思って、大人しくイメージトレーニングにいそしんでいたところだというのに。
扉の向こうでは、相変わらず騒がしく会話をする声が聞こえてくる。無視をしようと思っても、どうにも気が散って仕方ない。そうしているうちに、自分の苛立ちの矛先がおかしな方向に向いてしまっていることに、気が付いた。
弟よ、そいつの相手をするのは、このボクだ。
「あっ、に、兄さん!」
「人が気持ちよくイメージトレーニングしているときに、大声出すんじゃない」
ガチャリ、不躾にドアノブを捻ると、そこには弟と女性の看護師、そして例の野球部員が床に転がっていた。フンと鼻を鳴らすと、弟が情けない声で言うのだった。
「その人、頭から血が出てるよ…」
「ほほう、たしかに。こんな怪我人がいるとは、さすが病院だな」
どうやら、ドアを開けたときにぶつけたらしい。ちら、と見ると、血を流しながらもケロリとした表情でこちらを見ているそいつと目が合うのだった。名前を確か、パワプロといっただろうか。ふうん。ボクの顔を見るといつも目を吊り上げて目の敵にするくせに、弟とはそんな顔で話をするのか。
「もう、いいかげんにしなさい!」
女性の看護師の一喝に、ボクら三人は同時にはっとして、弟とボクは有耶無耶に病室から追い出される格好になった。部屋から出る直前、真正面からパワプロと目が合って、ボクは瞳を瞬いた。
「もう、兄さん、あんまり無茶しないでよ」
「ああ」
「今日はもう僕は帰りますから、くれぐれも安静にしてくださいよ」
「ああ、分かってる」
「…どうかしたんですか?」
「いや」
尋ねたいことはあったが、やめた。パワプロとも、野球をしていれば、そのうちにまたどこかで会うだろう。ボクたちは、長話をするよりも野球をしていた方がずっと自然であろう。そのためにも、こんな怪我など早く治さなくてはならない。そうだろう、パワプロ。
「じゃあ、進。またグラウンドでな」
そう言って、ボクは弟の頭に一度だけ手をやって、自身の病室の戸を開けた。
了
ーーーーーーー
2年め4月4週。進くんの初登場定期イベントのときに入院してると病室で会えるんですね。
知らなかった!
散々遊んだのに、まだまだ知らないことあるなあ
(忘れてることも多数)
病室の外がうるさいと思って顔を上げると、弟の声がした。なんだろうと耳を済ませると、弟ともう一人男の声が混じる。それは、自分の記憶違いでなければ、先日河原で一打席勝負をした、他校の野球部員のものに違いなかった。あいつが、なぜここに。いや、弟が、なぜあいつと話をしているのだろう。ここが病院であることも忘れて、ボクは勢いよくベッドから乗り出した。
立ち上がると、痛めた足首がじわりと熱を持った。顔をしかめ、足元をみやる。怪我をするなど、三流選手のすることだ。あの日は朝から体調が優れなかったにも関わらず、練習を強行した己の思慮の浅さが招いたことであった。悔やんだところで時間は戻らないので、今は自分に出来ることをするだけだ。そう思って、大人しくイメージトレーニングにいそしんでいたところだというのに。
扉の向こうでは、相変わらず騒がしく会話をする声が聞こえてくる。無視をしようと思っても、どうにも気が散って仕方ない。そうしているうちに、自分の苛立ちの矛先がおかしな方向に向いてしまっていることに、気が付いた。
弟よ、そいつの相手をするのは、このボクだ。
「あっ、に、兄さん!」
「人が気持ちよくイメージトレーニングしているときに、大声出すんじゃない」
ガチャリ、不躾にドアノブを捻ると、そこには弟と女性の看護師、そして例の野球部員が床に転がっていた。フンと鼻を鳴らすと、弟が情けない声で言うのだった。
「その人、頭から血が出てるよ…」
「ほほう、たしかに。こんな怪我人がいるとは、さすが病院だな」
どうやら、ドアを開けたときにぶつけたらしい。ちら、と見ると、血を流しながらもケロリとした表情でこちらを見ているそいつと目が合うのだった。名前を確か、パワプロといっただろうか。ふうん。ボクの顔を見るといつも目を吊り上げて目の敵にするくせに、弟とはそんな顔で話をするのか。
「もう、いいかげんにしなさい!」
女性の看護師の一喝に、ボクら三人は同時にはっとして、弟とボクは有耶無耶に病室から追い出される格好になった。部屋から出る直前、真正面からパワプロと目が合って、ボクは瞳を瞬いた。
「もう、兄さん、あんまり無茶しないでよ」
「ああ」
「今日はもう僕は帰りますから、くれぐれも安静にしてくださいよ」
「ああ、分かってる」
「…どうかしたんですか?」
「いや」
尋ねたいことはあったが、やめた。パワプロとも、野球をしていれば、そのうちにまたどこかで会うだろう。ボクたちは、長話をするよりも野球をしていた方がずっと自然であろう。そのためにも、こんな怪我など早く治さなくてはならない。そうだろう、パワプロ。
「じゃあ、進。またグラウンドでな」
そう言って、ボクは弟の頭に一度だけ手をやって、自身の病室の戸を開けた。
了
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2年め4月4週。進くんの初登場定期イベントのときに入院してると病室で会えるんですね。
知らなかった!
散々遊んだのに、まだまだ知らないことあるなあ
(忘れてることも多数)
春と桜
春と桜(猪狩守)
部活動を終えた帰り道、コンビニエンスストアに寄った。二十四時間営業。年中無休。知識としては知っていたが、実際に立ち寄ったのは初めてだった。らっしゃーせー。店員の言ったそれが「いらっしゃいませ」であったと気が付いたのは、会計を済ませて店を出た後のことだ。手に下げた小さなポリ袋の中から、早速それを取り出す。透明のビニールには、確かに「1」と印字されたシールが付いていた。
きっかけは、パワプロが昼食に食べていた菓子パンだった。この頃のパワプロは、昼時になると気紛れにボクのクラスまでやって来ることがあったので、ときどき一緒に昼食をとるのだった。パワプロがなにを考えているのか知らないが、食べ終わったあとにキャッチボールをする時間がボクはきらいではなかった。
「キミ、昨日もそれ食べてなかったかい」
「ん?うん、結構うまいんだな、これが」
「ふうん」
「そんでもって、これ!」
じゃーん!と言いながらパワプロが大袈裟に掲げてみせたそれが、ボクには何なのか分からなかった。
「なんだい、それは」
「春のパン祭りシール!の、台紙!へへ、あとちょっとでたまるんだ〜」
何のことなのかさっぱり分からないボクに、パワプロは聞いてもいないのに意気揚々と説明を始めるのだった。要約するとこうだ。パンを買ったときに付いているシールを集めると物がもらえる。あと少しでそれがたまる。だから毎日パンばかりを食べている。
「集めると皿がもらえるんだけど、今年はなんとダブルチャンスで、ミゾットの最高級グラブが当たるんだ!」
嬉しそうに、パワプロはにこにこと笑っている。ミゾット製の、最高級グラブ。左利きピッチャー用のそれは、もちろんボクも愛用しているものだ。ボクが望めば、そんなものはいくらでも手に入る。「キミの分も」、言い掛けた言葉を飲み込んで、ボクは違うことを尋ねた。
「そのパンは、どこに売っているんだい」
そうして現在、部活動後にわざわざコンビニエンスストアに寄る自分自身を、ボクは不思議に思う。グラブが欲しいのなら、父に一言頼めばいいだけの話だ。息子のために私設球場まで作ってしまった父親からすれば、グラブの一つなど比べるにも値しないことだろう。
手に取ったパンの袋を改めて眺める。桜チーズ蒸しパン。そう書いてある文字を見ると、練習終わりのボクのお腹は確かにぐうと鳴ってみせるのだった。
袋には「桜味」と書いてあったが、桜の味とは果たしてどんなものなのだろう。食べていてもよく分からない。さしずめこれは「春」の味に違いないなどと、ボクはそんなことを考えているのだった。
了
ーーーーーー
猪狩守と春と桜と何かの芽生え
いいですね
部活動を終えた帰り道、コンビニエンスストアに寄った。二十四時間営業。年中無休。知識としては知っていたが、実際に立ち寄ったのは初めてだった。らっしゃーせー。店員の言ったそれが「いらっしゃいませ」であったと気が付いたのは、会計を済ませて店を出た後のことだ。手に下げた小さなポリ袋の中から、早速それを取り出す。透明のビニールには、確かに「1」と印字されたシールが付いていた。
きっかけは、パワプロが昼食に食べていた菓子パンだった。この頃のパワプロは、昼時になると気紛れにボクのクラスまでやって来ることがあったので、ときどき一緒に昼食をとるのだった。パワプロがなにを考えているのか知らないが、食べ終わったあとにキャッチボールをする時間がボクはきらいではなかった。
「キミ、昨日もそれ食べてなかったかい」
「ん?うん、結構うまいんだな、これが」
「ふうん」
「そんでもって、これ!」
じゃーん!と言いながらパワプロが大袈裟に掲げてみせたそれが、ボクには何なのか分からなかった。
「なんだい、それは」
「春のパン祭りシール!の、台紙!へへ、あとちょっとでたまるんだ〜」
何のことなのかさっぱり分からないボクに、パワプロは聞いてもいないのに意気揚々と説明を始めるのだった。要約するとこうだ。パンを買ったときに付いているシールを集めると物がもらえる。あと少しでそれがたまる。だから毎日パンばかりを食べている。
「集めると皿がもらえるんだけど、今年はなんとダブルチャンスで、ミゾットの最高級グラブが当たるんだ!」
嬉しそうに、パワプロはにこにこと笑っている。ミゾット製の、最高級グラブ。左利きピッチャー用のそれは、もちろんボクも愛用しているものだ。ボクが望めば、そんなものはいくらでも手に入る。「キミの分も」、言い掛けた言葉を飲み込んで、ボクは違うことを尋ねた。
「そのパンは、どこに売っているんだい」
そうして現在、部活動後にわざわざコンビニエンスストアに寄る自分自身を、ボクは不思議に思う。グラブが欲しいのなら、父に一言頼めばいいだけの話だ。息子のために私設球場まで作ってしまった父親からすれば、グラブの一つなど比べるにも値しないことだろう。
手に取ったパンの袋を改めて眺める。桜チーズ蒸しパン。そう書いてある文字を見ると、練習終わりのボクのお腹は確かにぐうと鳴ってみせるのだった。
袋には「桜味」と書いてあったが、桜の味とは果たしてどんなものなのだろう。食べていてもよく分からない。さしずめこれは「春」の味に違いないなどと、ボクはそんなことを考えているのだった。
了
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猪狩守と春と桜と何かの芽生え
いいですね
三途の川でクリスマス
三途の川でクリスマス
(パワポケ 主人公×四路智美)
高校生の頃、パワポケ君とホテルに行ったことがある。高校二年生の冬、クリスマス。
この季節、どこをどう過ごしても世間はやたと浮かれていて、街を歩けばイルミネーションの明かり、教室ではクラスメイトたちがクリスマスの予定やプレゼントといった話題に花を咲かせ、家でテレビを付ければ陽気なクリスマスソングと共に家族でチキンを食べるCMが映った。どうにも、苦手だ。テレビを切り、簡単な家事を済ませて床に就く。一人暮らしの住まいは、テレビを切るとしんと静かだった。布団を頭までかぶって、目を瞑る。そうしていると、ふいに瞼の裏に、ひとりの男の子が浮かび上がった。そうだった、今年は彼がいるんだった。布団を被り直しながら、私はこっそり唇を緩ませた。
クリスマス当日、私は彼を誘ってみた。ホテルに行かない?誘われた彼はどうにも衝撃的だったのか、固まっていた。ドギマギしていたその姿は、いつもよりずっとかわいらしく映った。
もちろんこの話にはオチがあって、私とパワポケ君はホテルの「ロビー」で一緒に過ごしたのだった。上等なソファに腰掛けながら、二人で他愛のない話をする。期待が外れてほっとしているのか、それとも残念なのか、彼は終始落ち着かない様子だった。高級ホテル、きらめく照明、沈み込む柔らかなソファ、隣にはパワポケ君。楽しかったからか、その日の私はいつも以上におしゃべりだったように思う。初めて、クリスマスを楽しいと思った。
帰り際、彼は私に尋ねた。どうして、あそこへ行こうと思ったの?一拍置いて、私は答える。きらびやかで、華やかで、きっと私には一生縁のない場所だからかな。彼はきょとんとしている。それで良かった。彼には、分からなくていい、分かってもらいたいとは、思わなかった。不思議そうな顔をしている彼の頬にチュッと口付けて、その日はそのまま別れた。間抜けな顔が、やっぱりかわいらしかった。
あれから、数年。また今年もクリスマスがやってきた。相変わらず街はきらきらと浮かれていて、歩く人の顔をきらびやかに照らしていく。
結局、高校生の彼と私が結ばれることはなくて、パワポケ君は別の女の人と結婚してしまった。それどころか、彼はそのすぐあとで崖から足を踏み外して、あっさりと事故死。死んでしまったのだ。
それを知ったとき、私は日本にいなかった。何しろ私は、悪の大組織プロペラ団の日本支部長だったのである。外国へ出張しての工作活動に忙しく、彼の死を知ったときは、それはもう悔しかったものだ。それと同時に、馬鹿馬鹿しくもあった。日本にさえいれば幾らでも打つ手があったという慢心、そして他の女と結婚した男のことを未だに気にしている自分も、そのすべてが。
「って、思ってたのにね」
「智美?」
「どうして死んだはずのあなたは生きていて、ついでに、銃弾を受けたはずの私もこうして生き延びているのかしらね」
「それは、オレがサイボーグになって復活していたからで、君はオレがあげた防弾チョッキを着ていて助かったんだろ」
「そう。そうなのよね。でも、そんな話って、信じられる?」
「まあ、言いたいことは分かるけど…」
困ったように笑う彼の横顔は、高校生の頃に見たものと全然変わっていない。再会した彼はサイボーグとして生まれ変わっていて、そして最近また人間に戻ることが出来たのだった。なに、それ。情報が渋滞を起こしている。ついでに今の私はプロペラ団の日本支部長でなくなって、というよりはプロペラ団ごと消滅してなくなっていた。パワポケ君はもう既婚者ではなくて、サイボーグでもないただの人間で、私はプロペラ団の支部長でなくなった。あらゆるしがらみがなくなって、ただの男と女になった。
「ねえ、どうして、また会おうと思ったの。それも、こんな日に」
「こんな日、って。クリスマスじゃないか」
「変な話ね」
「そうかな」
「そうよ。だって、ふたりとも死んだのに、生きてるんだもの」
「死んだのは、オレだけだろ?」
その言い回しもおかしなものだ。私もパワポケ君も、死んだはずなのに今もこうして会って、話をしている。ほんとうに、変な話。
「プロペラ団、なくなったわ」
「ああ、そうみたいだな」
「その一部は合法組織として、なんとか細々と活動を続けてる」
「智美が、がんばっているんだな」
「かなり厳しいけどね。もうやめちゃおうかな、いっそのこと」
「智美なら、出来るよ。オレにも手伝えることがあったらなんでも言ってくれよ」
「なんでも?」
「うん」
「前から思ってたんだけど、そういう無責任な発言は慎んだ方がいいわよ、パワポケ君」
「そんなつもりじゃあ…」
「……」
「智美がいいなら、オレは…」
「うそつき」
立ち止まって、じっと彼の目を見る。イルミネーションの光がきらきらと瞬いて、真っ直ぐな彼の瞳が眩しかった。きらびやかで、華やかで、きっと私には一生縁のないはずだったもの。
「智美」
「なに」
「…なんでもない」
「なあに、それ。…ねえ、パワポケ君。これからも「付き合って」くれる?」
一瞬驚いた顔をした彼は、まちがいなく高校生の頃のやり取りを覚えているに違いなかった。私から遊びに行こうと彼をデートに誘って、これからも「付き合って」くれるかどうか尋ねた、あのときのことを。満面の笑みで頷く彼は、あのときよりもずっと逞しく見えた。
「じゃあ、行きましょうか」
「行くって、どこへ」
「決まってるでしょ、今日はクリスマスなのよ。ホテルよ、ホテル」
「…ホテルのロビー、だろ?」
「ふふ」
隣を歩く彼の腕に自分の腕を絡ませて、私は笑った。きっとこの話にもオチがあるんだろう。だって、私とパワポケ君だもの。それでもいい、もうなんでもよかった。空を見上げると雪が降ってきて、私とパワポケ君は顔を見合わせて、また笑った。
了
ーーーーーーーーー
パワポケが熱い。チビの頃めちゃくちゃあそんだ1と3ばっかりやってたんですが、最近2も始めました。おもしろいです。ゆっくり、シリーズをあそんでいけたらいいな。
智美がかわいくて仕方ないので、とにかく幸せになってもらいたいです。3主ちゃんまじ好き
(パワポケ 主人公×四路智美)
高校生の頃、パワポケ君とホテルに行ったことがある。高校二年生の冬、クリスマス。
この季節、どこをどう過ごしても世間はやたと浮かれていて、街を歩けばイルミネーションの明かり、教室ではクラスメイトたちがクリスマスの予定やプレゼントといった話題に花を咲かせ、家でテレビを付ければ陽気なクリスマスソングと共に家族でチキンを食べるCMが映った。どうにも、苦手だ。テレビを切り、簡単な家事を済ませて床に就く。一人暮らしの住まいは、テレビを切るとしんと静かだった。布団を頭までかぶって、目を瞑る。そうしていると、ふいに瞼の裏に、ひとりの男の子が浮かび上がった。そうだった、今年は彼がいるんだった。布団を被り直しながら、私はこっそり唇を緩ませた。
クリスマス当日、私は彼を誘ってみた。ホテルに行かない?誘われた彼はどうにも衝撃的だったのか、固まっていた。ドギマギしていたその姿は、いつもよりずっとかわいらしく映った。
もちろんこの話にはオチがあって、私とパワポケ君はホテルの「ロビー」で一緒に過ごしたのだった。上等なソファに腰掛けながら、二人で他愛のない話をする。期待が外れてほっとしているのか、それとも残念なのか、彼は終始落ち着かない様子だった。高級ホテル、きらめく照明、沈み込む柔らかなソファ、隣にはパワポケ君。楽しかったからか、その日の私はいつも以上におしゃべりだったように思う。初めて、クリスマスを楽しいと思った。
帰り際、彼は私に尋ねた。どうして、あそこへ行こうと思ったの?一拍置いて、私は答える。きらびやかで、華やかで、きっと私には一生縁のない場所だからかな。彼はきょとんとしている。それで良かった。彼には、分からなくていい、分かってもらいたいとは、思わなかった。不思議そうな顔をしている彼の頬にチュッと口付けて、その日はそのまま別れた。間抜けな顔が、やっぱりかわいらしかった。
あれから、数年。また今年もクリスマスがやってきた。相変わらず街はきらきらと浮かれていて、歩く人の顔をきらびやかに照らしていく。
結局、高校生の彼と私が結ばれることはなくて、パワポケ君は別の女の人と結婚してしまった。それどころか、彼はそのすぐあとで崖から足を踏み外して、あっさりと事故死。死んでしまったのだ。
それを知ったとき、私は日本にいなかった。何しろ私は、悪の大組織プロペラ団の日本支部長だったのである。外国へ出張しての工作活動に忙しく、彼の死を知ったときは、それはもう悔しかったものだ。それと同時に、馬鹿馬鹿しくもあった。日本にさえいれば幾らでも打つ手があったという慢心、そして他の女と結婚した男のことを未だに気にしている自分も、そのすべてが。
「って、思ってたのにね」
「智美?」
「どうして死んだはずのあなたは生きていて、ついでに、銃弾を受けたはずの私もこうして生き延びているのかしらね」
「それは、オレがサイボーグになって復活していたからで、君はオレがあげた防弾チョッキを着ていて助かったんだろ」
「そう。そうなのよね。でも、そんな話って、信じられる?」
「まあ、言いたいことは分かるけど…」
困ったように笑う彼の横顔は、高校生の頃に見たものと全然変わっていない。再会した彼はサイボーグとして生まれ変わっていて、そして最近また人間に戻ることが出来たのだった。なに、それ。情報が渋滞を起こしている。ついでに今の私はプロペラ団の日本支部長でなくなって、というよりはプロペラ団ごと消滅してなくなっていた。パワポケ君はもう既婚者ではなくて、サイボーグでもないただの人間で、私はプロペラ団の支部長でなくなった。あらゆるしがらみがなくなって、ただの男と女になった。
「ねえ、どうして、また会おうと思ったの。それも、こんな日に」
「こんな日、って。クリスマスじゃないか」
「変な話ね」
「そうかな」
「そうよ。だって、ふたりとも死んだのに、生きてるんだもの」
「死んだのは、オレだけだろ?」
その言い回しもおかしなものだ。私もパワポケ君も、死んだはずなのに今もこうして会って、話をしている。ほんとうに、変な話。
「プロペラ団、なくなったわ」
「ああ、そうみたいだな」
「その一部は合法組織として、なんとか細々と活動を続けてる」
「智美が、がんばっているんだな」
「かなり厳しいけどね。もうやめちゃおうかな、いっそのこと」
「智美なら、出来るよ。オレにも手伝えることがあったらなんでも言ってくれよ」
「なんでも?」
「うん」
「前から思ってたんだけど、そういう無責任な発言は慎んだ方がいいわよ、パワポケ君」
「そんなつもりじゃあ…」
「……」
「智美がいいなら、オレは…」
「うそつき」
立ち止まって、じっと彼の目を見る。イルミネーションの光がきらきらと瞬いて、真っ直ぐな彼の瞳が眩しかった。きらびやかで、華やかで、きっと私には一生縁のないはずだったもの。
「智美」
「なに」
「…なんでもない」
「なあに、それ。…ねえ、パワポケ君。これからも「付き合って」くれる?」
一瞬驚いた顔をした彼は、まちがいなく高校生の頃のやり取りを覚えているに違いなかった。私から遊びに行こうと彼をデートに誘って、これからも「付き合って」くれるかどうか尋ねた、あのときのことを。満面の笑みで頷く彼は、あのときよりもずっと逞しく見えた。
「じゃあ、行きましょうか」
「行くって、どこへ」
「決まってるでしょ、今日はクリスマスなのよ。ホテルよ、ホテル」
「…ホテルのロビー、だろ?」
「ふふ」
隣を歩く彼の腕に自分の腕を絡ませて、私は笑った。きっとこの話にもオチがあるんだろう。だって、私とパワポケ君だもの。それでもいい、もうなんでもよかった。空を見上げると雪が降ってきて、私とパワポケ君は顔を見合わせて、また笑った。
了
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パワポケが熱い。チビの頃めちゃくちゃあそんだ1と3ばっかりやってたんですが、最近2も始めました。おもしろいです。ゆっくり、シリーズをあそんでいけたらいいな。
智美がかわいくて仕方ないので、とにかく幸せになってもらいたいです。3主ちゃんまじ好き
墓前より愛をこめて
墓前より愛をこめて
(パワポケ3 / 四路智美)
月に一度の墓参り。簡単に墓石を掃除して、花を手向けて、手を合わせる。今月は忙しくて、命日に来ることが出来なかった。だからといってどうということもなければ、それを知る人すらもいないのだけれど。ここに来ていること自体が、ただの自己満足であった。
「…他の女と結婚した上ポックリ死んじゃうあんたもあんただけど、ここに来ているあたしもあたしよね」
ぽつぽつと、目の前のお墓に向かって話し始める。いつものことだった。あの人が死んでからの三年間、私はこうして墓参りに訪れては取り止めのないことを話すのが習慣となっていた。
お墓の主の名前を、パワポケ君という。かつての私が、思いを寄せていた人の名前だ。ずっと好きだった。もしかしたら、今でもまだ、好きなのかもしれない。そうだとしたら、私は彼が死んでもなお、片思いを続けているということになる。
「そうそう、のりかさんは再婚したわよ。次の獲物を手に入れたってとこかしら」
自分で口にして、いやな気分になった。それでもやめられない。普段は抑えている感情が、ここに来ると我慢できなかった。抑圧されたそれが溢れ返っては逆流してくるような、そんな感覚だ。思うまま、脈絡なく私はパワポケ君に話し続けた。
彼が死んだとき、私は日本にいなかった。生きていて、これほど悔しいと思ったことはない。日本にさえいれば、いくらでも打つ手はあったはずなのに。何しろ今や私は、泣く子も黙る悪の大組織「プロペラ団」の日本支部長なのである。
私は幼少の頃に父も母も失くし、なんの縁かプロペラ団に拾われた。以来、組織に身を寄せて生きている。未成年、身寄りもなく、他に生きていく手段も選択も持たなかったのだ。パワポケ君とは、そんな頃に出会った。転校してきた初日、道端で見掛けた彼に何故だか妙に目を引かれたのをよく覚えている。野球部、彼のそばで過ごすようになってからは、あっという間に目が離せなくなった。彼はこちらの腹が立つほど純粋で、真っ直ぐで、そして馬鹿で、なにより眩しかった。
もしもこの世界が、何千何百と枝分かれする選択肢、可能性の上で出来ているのだとしたら、私はいま、何を選び、どこの可能性の未来に立っているのだろう。そこに彼はいない。墓の中に埋まる彼にはもう、選択も可能性もないのだ。
「……帰ろう」
自分の話していた声が止むと、いきなり静かになった。ここの墓場は、いつ来てもひと気がなく閑散としている。場所が場所とはいえ、もう少し墓参りに来る人と出くわしても良いのではないだろうか。
もう一度だけ手を合わせて、私はその場を後にした。手向けた花をちらりと見て、ああ、この花は彼ではなく、自分の心を供養しているのだなと今更ながらに気が付いた。
選択肢、可能性。未来。まさか、このすぐ後で、サイボーグになった彼と再会することになろうとは、今の私にはまだ、預かり知らぬことだ。
了
ーーーーーーーーー
ぱあぷろくんぽけっと!!!!!!
急にやりたくなって、久しぶりに1やって3やって、エモーショナルが爆発噴火しました。
1→3のシナリオまじ神。好き。
智美、好きです。
(パワポケ3 / 四路智美)
月に一度の墓参り。簡単に墓石を掃除して、花を手向けて、手を合わせる。今月は忙しくて、命日に来ることが出来なかった。だからといってどうということもなければ、それを知る人すらもいないのだけれど。ここに来ていること自体が、ただの自己満足であった。
「…他の女と結婚した上ポックリ死んじゃうあんたもあんただけど、ここに来ているあたしもあたしよね」
ぽつぽつと、目の前のお墓に向かって話し始める。いつものことだった。あの人が死んでからの三年間、私はこうして墓参りに訪れては取り止めのないことを話すのが習慣となっていた。
お墓の主の名前を、パワポケ君という。かつての私が、思いを寄せていた人の名前だ。ずっと好きだった。もしかしたら、今でもまだ、好きなのかもしれない。そうだとしたら、私は彼が死んでもなお、片思いを続けているということになる。
「そうそう、のりかさんは再婚したわよ。次の獲物を手に入れたってとこかしら」
自分で口にして、いやな気分になった。それでもやめられない。普段は抑えている感情が、ここに来ると我慢できなかった。抑圧されたそれが溢れ返っては逆流してくるような、そんな感覚だ。思うまま、脈絡なく私はパワポケ君に話し続けた。
彼が死んだとき、私は日本にいなかった。生きていて、これほど悔しいと思ったことはない。日本にさえいれば、いくらでも打つ手はあったはずなのに。何しろ今や私は、泣く子も黙る悪の大組織「プロペラ団」の日本支部長なのである。
私は幼少の頃に父も母も失くし、なんの縁かプロペラ団に拾われた。以来、組織に身を寄せて生きている。未成年、身寄りもなく、他に生きていく手段も選択も持たなかったのだ。パワポケ君とは、そんな頃に出会った。転校してきた初日、道端で見掛けた彼に何故だか妙に目を引かれたのをよく覚えている。野球部、彼のそばで過ごすようになってからは、あっという間に目が離せなくなった。彼はこちらの腹が立つほど純粋で、真っ直ぐで、そして馬鹿で、なにより眩しかった。
もしもこの世界が、何千何百と枝分かれする選択肢、可能性の上で出来ているのだとしたら、私はいま、何を選び、どこの可能性の未来に立っているのだろう。そこに彼はいない。墓の中に埋まる彼にはもう、選択も可能性もないのだ。
「……帰ろう」
自分の話していた声が止むと、いきなり静かになった。ここの墓場は、いつ来てもひと気がなく閑散としている。場所が場所とはいえ、もう少し墓参りに来る人と出くわしても良いのではないだろうか。
もう一度だけ手を合わせて、私はその場を後にした。手向けた花をちらりと見て、ああ、この花は彼ではなく、自分の心を供養しているのだなと今更ながらに気が付いた。
選択肢、可能性。未来。まさか、このすぐ後で、サイボーグになった彼と再会することになろうとは、今の私にはまだ、預かり知らぬことだ。
了
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ぱあぷろくんぽけっと!!!!!!
急にやりたくなって、久しぶりに1やって3やって、エモーショナルが爆発噴火しました。
1→3のシナリオまじ神。好き。
智美、好きです。
フェイス
フェイス (主人公←進)
顔だと思う。目の前の、いつもの光景を眺めながら、進は思ってもいないことをわざと考えるようにしていた。いつもの光景というのはつまり、チームメイト同士の小競り合い、もっと正確に言えば自分の兄と、先輩との言い争いであった。あまりに日常の光景であるため、もはや気に留める者は誰もいない。練習が終わり、各々後片付けをしながら引き上げている。
兄と先輩…パワプロさんは、顔を合わせるたびにこんな調子であった。これが猪狩カイザースの一軍選手、ひいては進が目にするあまりにいつも通りの日常であった。監督やコーチすらも、二人のやり取りに関しては触れなくなって久しい。もっともそれは、兄がこのチームのオーナーを父に持つことも原因の一端かもしれなかった。無論それは、自分もそうなのだが。
「キミ、なんだいこの前の試合は。あんなのでプロを名乗っているなんて、恥ずかしくないのかい」
「何言ってんだよ、猪狩お前だってなあ」
相変わらず二人は仲良くじゃれ合いながら練習をしている。他の選手がみな引き上げてしまった後、二人きりで行う自主練習であった。こんなところにいて、もしも見つかってしまえば、打席勝負をするからミットを構えてくれないか、などと言われかねない。そうは思うのに、進の足はどうにも動かないのだった。進は、兄と仲良く喧嘩をしている、その先輩に仄かな恋心を寄せていた。
よく飽きないなあ。そうは思いながらも、人の気持ちや機微に聡い進には、よく分かっていた。二人は別に、罵り合って喧嘩をするのが目的ではない。練習もその理由のひとつかもしれないが、要するに一緒にいられればなんだっていいのだ。そう、兄と先輩はとても仲が良い。それは、進が二人を見るようになってから今日までずっと、変わらない。
先輩はきっと、兄の顔が好きなのだろう。この頃の進は、そんなことばかり考えている。自分と兄の違うところ、性格、言動、趣味、野球のポジション、食べ物の好き嫌い、他にも違うところばかりだ。同じところは、思い人、そして、顔。兄と自分の顔は、よく似ていると思う。幼少期の頃には、双子に間違われることすらあった。二つ歳の離れた兄は、幼い頃は他の子供と比べても小柄だった。
ねえ、先輩。僕、学生時代は猪狩二号って呼ばれてたんです。二号でいいから、僕とも付き合ってもらえませんか?
馬鹿げている。そんなことを言う人間を先輩が相手にするはずもなくて、進は思わず笑ってしまった。そのせいで、とうとう進がここにいることが二人にもバレてしまった。
「なんだ進。まだ残ってたのか」
「そうだ進くん、もしよければキャッチャーやってもらえない?」
「キミがボクに勝てるはずがないけどね。まあ、暇つぶしに勝負してあげてもいいよ」
「なに言ってんだよ、この前はオレに負けたくせに」
「覚えてないな」
相変わらず賑やかしい二人に、進はにっこり笑って近付いた。その顔は、兄とは似ても似つかぬものであることを、よく分かっていた。
了
ーーーーーーー
みんな主人公のことが大好き
顔だと思う。目の前の、いつもの光景を眺めながら、進は思ってもいないことをわざと考えるようにしていた。いつもの光景というのはつまり、チームメイト同士の小競り合い、もっと正確に言えば自分の兄と、先輩との言い争いであった。あまりに日常の光景であるため、もはや気に留める者は誰もいない。練習が終わり、各々後片付けをしながら引き上げている。
兄と先輩…パワプロさんは、顔を合わせるたびにこんな調子であった。これが猪狩カイザースの一軍選手、ひいては進が目にするあまりにいつも通りの日常であった。監督やコーチすらも、二人のやり取りに関しては触れなくなって久しい。もっともそれは、兄がこのチームのオーナーを父に持つことも原因の一端かもしれなかった。無論それは、自分もそうなのだが。
「キミ、なんだいこの前の試合は。あんなのでプロを名乗っているなんて、恥ずかしくないのかい」
「何言ってんだよ、猪狩お前だってなあ」
相変わらず二人は仲良くじゃれ合いながら練習をしている。他の選手がみな引き上げてしまった後、二人きりで行う自主練習であった。こんなところにいて、もしも見つかってしまえば、打席勝負をするからミットを構えてくれないか、などと言われかねない。そうは思うのに、進の足はどうにも動かないのだった。進は、兄と仲良く喧嘩をしている、その先輩に仄かな恋心を寄せていた。
よく飽きないなあ。そうは思いながらも、人の気持ちや機微に聡い進には、よく分かっていた。二人は別に、罵り合って喧嘩をするのが目的ではない。練習もその理由のひとつかもしれないが、要するに一緒にいられればなんだっていいのだ。そう、兄と先輩はとても仲が良い。それは、進が二人を見るようになってから今日までずっと、変わらない。
先輩はきっと、兄の顔が好きなのだろう。この頃の進は、そんなことばかり考えている。自分と兄の違うところ、性格、言動、趣味、野球のポジション、食べ物の好き嫌い、他にも違うところばかりだ。同じところは、思い人、そして、顔。兄と自分の顔は、よく似ていると思う。幼少期の頃には、双子に間違われることすらあった。二つ歳の離れた兄は、幼い頃は他の子供と比べても小柄だった。
ねえ、先輩。僕、学生時代は猪狩二号って呼ばれてたんです。二号でいいから、僕とも付き合ってもらえませんか?
馬鹿げている。そんなことを言う人間を先輩が相手にするはずもなくて、進は思わず笑ってしまった。そのせいで、とうとう進がここにいることが二人にもバレてしまった。
「なんだ進。まだ残ってたのか」
「そうだ進くん、もしよければキャッチャーやってもらえない?」
「キミがボクに勝てるはずがないけどね。まあ、暇つぶしに勝負してあげてもいいよ」
「なに言ってんだよ、この前はオレに負けたくせに」
「覚えてないな」
相変わらず賑やかしい二人に、進はにっこり笑って近付いた。その顔は、兄とは似ても似つかぬものであることを、よく分かっていた。
了
ーーーーーーー
みんな主人公のことが大好き
オーダー
オーダー (主人公←友沢)
順番だと思う。目の前の、いつもの光景を眺めながら友沢はしみじみと思った。いつもの光景というのはつまり、チームメイト同士の小競り合い、さらに正確に言えばパワプロと猪狩守の言い争いであった。あまりに日常の光景であるため、もはや誰も気にしていない。各自練習の後片付けをしたり、すでに引き上げてしまった選手もいる。パワプロと猪狩は、練習後に顔を突き合わせてはこんな調子なのである。これが猪狩カイザースの一軍選手、ひいては友沢亮が目にするあまりにいつも通りの日常であった。
「猪狩、勝負だ!」
「ふん、ボクと勝負だなんて、十年早いね」
そう言った猪狩はマウンドに上がるし、挑発されたパワプロは真っ向から喧嘩を買いながらバットを構える。あまりにもいつも通り。あまりに見飽きた。
よくも飽きないものだな。さっきまで素振りをしていたバットを抱えながら、友沢は思う。それは彼ら二人に対してというよりも、自分に対して思うことであった。よくもまあ、飽きずに、毎度、毎回嫉妬出来るものだろう。友沢は、目の前の光景が大変にくらしい。
嫉妬。妬み。嫉み。そういった感情の諸々を、友沢は今まですっかり忘れていた。羨ましいとか、妬ましいとか、そんなことを考えている暇は友沢にはなかったし、そこまで執心する対象もいなかった。そうだと言うのに。
プロ入りをしてから、友沢はすっかり変わってしまった。腑抜けてしまった。自分でそう思う。念願のプロ入り、血を見る思いで手にしたプロ入りの切符、そうして開けた新しい世界の扉は、開けなくていい余計なところまで開いてしまったようだった。
友沢は、パワプロに恋をしていた。
色恋に疎い友沢には、パワプロが猪狩のどこを好いているのかさっぱり分からなかった。ついでに言えば、猪狩のパワプロに対する機微など、微塵も察することが出来なかった。友沢には分からないことばかりだ。
そんな友沢が導き出した唯一の回答、それすなわち「順番」であった。出会いの、順番。パワプロが猪狩を気にかけるのは、自分よりも先に出会っていたからであろう。ただそれだけのことだ。そうでなければ、自分がこんな惨めな思いをする理由などどこにもない、そう思い込もうとしていた。
なんでオレ、年下なんだろう。くだらない友沢の呟きは、勝負する二人の声に掻き消され、どこにも誰にも聞こえなかった。
了
ーーーーー
失恋沢すきすぎる
順番だと思う。目の前の、いつもの光景を眺めながら友沢はしみじみと思った。いつもの光景というのはつまり、チームメイト同士の小競り合い、さらに正確に言えばパワプロと猪狩守の言い争いであった。あまりに日常の光景であるため、もはや誰も気にしていない。各自練習の後片付けをしたり、すでに引き上げてしまった選手もいる。パワプロと猪狩は、練習後に顔を突き合わせてはこんな調子なのである。これが猪狩カイザースの一軍選手、ひいては友沢亮が目にするあまりにいつも通りの日常であった。
「猪狩、勝負だ!」
「ふん、ボクと勝負だなんて、十年早いね」
そう言った猪狩はマウンドに上がるし、挑発されたパワプロは真っ向から喧嘩を買いながらバットを構える。あまりにもいつも通り。あまりに見飽きた。
よくも飽きないものだな。さっきまで素振りをしていたバットを抱えながら、友沢は思う。それは彼ら二人に対してというよりも、自分に対して思うことであった。よくもまあ、飽きずに、毎度、毎回嫉妬出来るものだろう。友沢は、目の前の光景が大変にくらしい。
嫉妬。妬み。嫉み。そういった感情の諸々を、友沢は今まですっかり忘れていた。羨ましいとか、妬ましいとか、そんなことを考えている暇は友沢にはなかったし、そこまで執心する対象もいなかった。そうだと言うのに。
プロ入りをしてから、友沢はすっかり変わってしまった。腑抜けてしまった。自分でそう思う。念願のプロ入り、血を見る思いで手にしたプロ入りの切符、そうして開けた新しい世界の扉は、開けなくていい余計なところまで開いてしまったようだった。
友沢は、パワプロに恋をしていた。
色恋に疎い友沢には、パワプロが猪狩のどこを好いているのかさっぱり分からなかった。ついでに言えば、猪狩のパワプロに対する機微など、微塵も察することが出来なかった。友沢には分からないことばかりだ。
そんな友沢が導き出した唯一の回答、それすなわち「順番」であった。出会いの、順番。パワプロが猪狩を気にかけるのは、自分よりも先に出会っていたからであろう。ただそれだけのことだ。そうでなければ、自分がこんな惨めな思いをする理由などどこにもない、そう思い込もうとしていた。
なんでオレ、年下なんだろう。くだらない友沢の呟きは、勝負する二人の声に掻き消され、どこにも誰にも聞こえなかった。
了
ーーーーー
失恋沢すきすぎる

