忍者ブログ

今夜、真綿のベッドで

今夜、真綿のベッドで(R18)

 進は、セックスが好きではない。学生の頃、付き合っていた女性と初めて行為に至ったときには、こんなもんかと思った。もちろん射精したときには快感が得られたが、それで満たされるのならばマスターベーションとなんら変わりがない。そうではない、セックスからしか得られないものが、進には見出せなかった。

 そして現在、進が交際している相手は男性であり、自分は抱かれる側に回ったわけであるが、それでもやはりセックスを好きだとは思えなかった。相手は随分進に尽くしてくれていたし、少しでも身体に負担を掛けたくないという気遣いから前戯も大層丁寧で優しかった。しかし進からしてみれば、何度胸を触られたところで気持ちいいというよりはくすぐったいだけだったし、陰茎を擦って射精をするだけならば肌を重ねる必要性も感じなかったし、そもそも男同士で行為に至るまでの準備が面倒であった。準備は無論のこと、ローションや体液で濡れたシーツや下着を洗うのも手間であるし、本来排泄を行う身体の器官を用途以外に使えばどれだけ備えたところで違和感や疲れが残った。男のそこは、女のように自然には濡れないのだ。
 そうであるのに。
「進くん、好き、すき……進くんも、気持ちいい?」
 そうやって自分を抱く彼を見ていると、進は濡れるはずのないそこがじくじくと疼いて、胸の内に今まで感じたことのない感情でいっぱいに満たされていくのを実感していた。気持ち良くないはずなのに、気持ちがいい。あなたが僕を求めて、気持ち良さそうにしている姿を見るのが好きだった。特に好きではないセックスをする理由があるとすれば、進にはこれこそが唯一無二であった。
「恥ずかしいので、そんなこと聞かないでください……」
「ん、ごめんね。でも、そうやって恥ずかしがってる進くんもかわいい」
 彼にかわいいと言われれば、進は自分のことをかわいいと思うことが出来た。彼が気持ち良いのならば、進も気持ち良いと思うことが出来た。その証拠に、進の陰茎は先ほどから限界を知らせるように膨れて、先走りの液がひっきりなしに溢れて垂れている。そういう自分の姿を冷静に観察していると本当に恥ずかしくなってきて、進は顔に熱が集まるのを感じた。
「進くん、本当に好き」
「僕も、好きです、」
 唇を攫われる。息つく間もない激しいキスは、いつも優しい彼が唯一見せる粗暴な行為で、進はこれをされると弱かった。頭の芯から痺れるように興奮して、唇も陰茎も繋がっている部分も、彼が触れるところはすべて溶けてしまいそうなほど熱かった。このままふたり溶けてしまえればどんなに楽かと思いながら、達した彼に少し遅れて、進も熱を吐き出した。息を整え、抱き締められた腕の中で彼を見る。
「どうしたの?」
「もう、終わり、ですか?」
「!」
 夜はまだ、終わらない。




ーーーーーーーーー
こういう進が好きすぎるので、主人公ちゃん、頼んだぞ

拍手

PR

意味なしセンチメンタル

意味なしセンチメンタル

 今まで生きてきて、悲しいことはたくさんあった。飼っていた犬が死んだとき、友達とケンカしたとき、負けられない試合に負けたとき、ほかにも。数え切れないほどの悲しいことが山みたいにあって、そしてこれから先も生きている限りは続くのだ、なんでか知らないけど、今日はそういうことに気がついてしまった。胸が空くような、せつないような、親とはぐれた子供のような気持ちになって、なんだか無性に悲しくなった。そういう気持ちで目の前の恋人に手を伸ばしたとき、相手がどんな反応を見せるのか、そんなつまらないことも気になった。
「なんだいキミは。暑苦しい」
 いつも通りの猪狩だった。オレの悲しみとか切なさとか人肌恋しい気持ちなんて全然全く理解しないし、たぶん理解しようともしていない普段の猪狩だった。いつもと同じなのに、今日は悲しかった。抱き締める腕の力をゆるめないままその肩口に顔を埋めると、珍しく猪狩の腕が背中に回る。背に回る猪狩の温かな体温に包まれる。
「どうした?」
 問う音は、柔らかな音色だった。取り留めもなく話し出す自分の声を、猪狩は黙って聞いている。ぽつり、ぽつり。落ちては溶ける静寂の中、一言ずつ要領も得ないまま話していった。そうして全部聞いた後、猪狩は言ったのだ。
「バカだね、キミは。これだから凡人は困るよ」
 抱き締めてくれるし黙って話を聞いていてくれる今夜の猪狩は珍しく優しいなんて思っていたら、やっぱり全然優しくなかった。なんだよ。たまに落ち込んでる恋人を優しく元気付けるくらいのこと、してくれたっていいじゃんか。
「キミは、一体何を見ているんだ?」
 質問の意味がわからなかったから黙っていたら、背中にある猪狩の手がバシンと叩いた。なんだよ。痛いよ。
「キミにはね、いや、ボクにも、過去や未来なんてないんだよ」
 やっぱり、意味が分からない。猪狩の言うことは時々理解し難い。
「今しかないよ。キミにも、ボクにも」
 思いのほか猪狩の声の調子が真面目だったから、オレはおそるおそる顔を上げた。真っ直ぐとこちらを見る猪狩の目は落ち着いていて、それでいて勝負の時に見せるような静かな炎が灯っていた。
「いまこの瞬間だけが真実で、変えられることが出来るのも、今だけだ。それには過去も未来も含まれない。キミには、今しかないんだよ」
 分かったような、分からないような、猪狩は同じことを繰り返して、こちらを見る。
「いまキミが見ているものはなんだ?」
「……猪狩?」
「なぜ疑問系なんだ。キミの目は本当に節穴か」
「猪狩がいる」
「十分じゃないか」
 それこそ、凡人のキミには余りあるほどね。それが猪狩の言うとっておきの殺し文句だと気付いた時にはもう笑ってしまっていて、どうやらキザな猪狩にも羞恥と言う感情はあるようで、さっきの比ではないほどの力で背中を叩かれた。そのたびにごめんごめんと律儀に謝って、腕の中の猪狩を抱きしめ直した。




ーーーーーーーーーー
守さんの「バカだね」は「好きだよ」だから、私の書く守さんいっつもそれ言っちゃう

拍手

バズらなくていいよ

バズらなくていいよ

「おい」
 休日、朝食を食べて簡単な身支度を済ませてからソファでだらだらテレビを見ている時間、あからさまに不機嫌そうな猪狩に声を掛けられた。思えば、寝起きからそうだった。しかし猪狩のご機嫌斜めはいつものことで、放っておけば治ることも多かったのでそのままにしていた。学生の頃から見ている猪狩のことは、もしかしたら猪狩自身よりも分かっているかもしれない。
「どうしたんだ?」
「これ」
 目の前に携帯を突き出されたので、オレはそれを覗き込むようにして見る。スマホの画面に映っていたのは、オレの写真だった。
「なにこれ?」
「ボクが聞いている」
 それきり猪狩は黙ってしまったから、オレは携帯を受け取ってもう一度じっくりとそれを眺めた。よく見たらそれは球団が運営している公式SNSの画面で、各選手のプライベートタイムの紹介といった内容の企画のようだった。ますます、どうしてこんなところに自分の写真が載っているのか分からない。球団の公式SNSなのだから、無断に掲載されたというわけはないだろう。
「よく分かんないけど、球団の企画だろ?いつの写真かは分かんないけど。しかもオレ、酔ってるし」
 画面の中の自分は、なかなかに酔っ払っていた。どこかの居酒屋で飲んでいるときのもののようだ。背景など映り込まないよう上手く撮られていたし、店の名前や雰囲気なども特定出来ないようさりげなく加工がされている。猪狩が怒るほど、さして問題のある写真とは思えなかった。
「誰と行ってきたんだい」
 なるほど、そこか。ようやく合点がいって、オレは納得した。こう見えて猪狩は意外とやきもちを焼くし嫉妬もする。かわいいな。普段は知らぬふりをしているから、余計に。でもそんなことを言ったらまた怒らせるに決まっているので、オレは黙って粛々と真面目な顔をする。
 それにしても、誰といつ飲みに行った時の写真だろう。飲みに行った時にわざわざオレの写真を撮る物好きなど全く思い当たらない。ところで全然関係ないが、オレの写真にしては随分たくさんの反応が返ってきていた。リプライもたくさん付いている。それを順に読み始めたところで、再び猪狩の声が飛ぶ。
「答えられないのか?」
「そういうわけじゃなくて……あ、あのときのかも」
「あのとき?」
「ほらお前覚えてないか?友沢も一緒に三人で練習してさ、みんなで飯行くかって言ったらお前断って先に帰ったじゃん」
 そうだ思い出した、あのときだ。猪狩が帰ってしまったから友沢と二人で晩飯を食べたのだが、いつもの癖でいきつけの居酒屋に寄ってしまい、まだ未成年の友沢は飲めなかったというオチだ。いつもは生意気そうに振る舞っている友沢がずっとオレンジジュースを飲んでいるのはかわいかった。大人ぶっていても、まだ未成年の子供なのだ。
「いて」
「にやにや笑うな。きもちわるい」
「そういえば、この前友沢から連絡来てたっけ。なんのことか分かんなかったから適当に返事しといたけど、これのことだったんだ」
「キミの危機管理能力のなさには呆れるばかりだよ」
 これでようやく全部分かった。写真は友沢と飲みに行ったときのもの、それを球団に渡していいかの了承許可も自分がちゃんと出していた。一件落着。残るのは、目の前の猪狩だけ。猪狩が怒っていたのは誰と飲みに行ったのか分からなかったからだけど、それはもう解決したし、そもそも猪狩の方から断っているのだからこれ以上糾弾することもないだろう。だとしたら、あとは。
「オレの写真がバズってるから?」
 フンとそっぽを向いたところを見ると、当たりみたいだ。なるほど。そういうやきもちの焼き方もあるもんかと妙に納得をする。だがそれを言ったら、猪狩の方がすごいだろう。オレも猪狩も自分ではSNSをやっていないから、上げるのは球団やチームメイトであったが(猪狩の場合は進くんの場合も多い)、オレの比ではなく猪狩の写真には莫大な反応がある。学生の頃から、高校球界のプリンスだのマウンドの貴公子だのと持て囃されてきた猪狩の人気は、プロになってからも変わらない。
「猪狩、オレがバズったら、いや?」
「べつにそんなこと言ってない」
「でもさ、猪狩の方がすごいじゃん。それでもオレは、特に気にしないけど」
「ボクに興味がないということか?」
「そうじゃないよ」
 携帯を机に置いて、猪狩の手を取る。
「だって猪狩、オレのことしか好きじゃないじゃん」
 本当のことを言っただけなのに、ちょっと強めのパンチが飛んできた。なぜだ。利き手はやめろよなと言い置いて、オレはむくれる猪狩の唇にキスをした。





ーーーーーーーーー
かわいいなあ主守
食べちゃいたい

拍手

いつかくるお別れに向けて

「あ、このマグカップかわいいですね」
「ほんとだ。いいね、買っちゃおっか」
 そう言ったパワプロさんは嬉しそうに笑って、僕の指したカップを手に取った。いかにも恋人らしいペアカップだ。僕は元々、こういうものが特に好きではないし、あまり欲しいとも思わない。だって、家に帰ればまだ使えるマグカップはちゃんとあるし、おそろいで揃える必要性も別段感じない。いっそ無駄遣いと言って差し支えのない支出に思える。それでも僕は欲しがった。いつかくるお別れに向けて。
「あ、進くん。見てみて、これ」
「どれですか?わ、いいですね」
 二人並んで買い物をする穏やかなひと時は、どこをどう切り取っても幸せなものだ。最愛の恋人と過ごす休日、幸せな時間。だけど僕は知っている、これが永遠には続かないということを。
「そうだ、柔軟剤が切れそうだったから、あれも買っていかないと」
 隣で笑うこの人のことが、僕は確かに今日も好きだった。だけど、それがずっと続くなんてことは、絶対にない。生きている限りはいつか必ず死ぬことになるし、彼が僕のことを好きでなくなるかもしれないし、もちろん僕が彼のことを好きでなくなる日が来るかもしれない。ほかにも、想像もしないような理由で一緒にいられなくなる可能性だってある。だから、これは、始めたときから期間限定なのだ。そう思うと、このマグカップも、会話も、景色も、そのための準備だ。いつかくる別れのために。
「ふふ」
「どうしたの?」
「僕、パワプロさんのことが好きです」
「急にどうしたの?」
 振り返って、笑う。これもすべて。
「愛しています」

いつかくるお別れに向けて



ーーーーーーーーー
かなしいね

拍手

かわいいね

かわいいね

 女の子と付き合っていた学生の頃、その言葉をよく使った。かわいいね。言われた女の子たちは決まって頬を赤らめて、嬉しいと口に出して言う子もいれば、恥ずかしそうに俯いてしまう子もいた。それを見て、自分は同じ言葉を繰り返す。かわいいね。
 そういう過去の出来事を、進は隣にいる先輩を見ながら思い出していた。学生の頃は告白されるまま女の子と付き合っていたが、いま自分が付き合っているのは、同じ球団に所属するプロ野球選手の先輩であり、兄の同級生でもあり、つまりどこからどう見ても男だった。
 付き合う理由は、以前と変わらない。向こうが告白して来たから、進はそれに頷いたまで。昔から変わらない自身の主体性のなさに思わず笑ってしまうと、こちらを見ていたらしい彼は何度か瞬きを繰り返してから、視線を彷徨わせた。ここは街中だ、知っている人でも見つけて気まずくなったのだろうか。そういう進の仕草に気付いた彼は何事か口にしたが、人混み、雑踏、店頭から流れる広告、あらゆる雑音にかき消されて、進の耳までは届かなかった。
「どうかしましたか?」
「うん、いや、進くんって、笑った顔がほんとうにかわいいね」
 信号が青に変わった。スクランブル交差点になっているそこは、多くの人が一斉に歩き出すことで雑音がさらに増す。それにも関わらずその音は妙に耳に残って、進の胸の内に沈澱していった。かわいいね。自分が女の子たちにそう言っていたのは、そう言えば相手が喜ぶことを知っていたからだ。先輩も、同じ気持ちで言っているのだろうか。
「進くん?」
 呼ぶ声に振り返って、進はその手を取った。あ、という声は雑踏に溶けて、進は彼がかわいいと言った顔でにっこりと微笑んでみせた。





ーーーーーーーーー
私の書く進は性格が悪い!大変申し訳ございません。進くん大好きです。

拍手

金木犀

金木犀(友沢亮)

 自分がうんと幼かった頃、不安や不都合を感じたことがなかった。父と母がいて、そのうち朋恵と翔太が生まれ、家族仲はとても良かった。みんな笑っていて幸せだったが、ある日父親が蒸発していなくなった。自分が、中学生の時の話だ。
 そうして高校に上がり、自分は相変わらず野球を続けていた。もともとプロ志望ではあったものの、それはもう夢というより実現すべき課題であった。自分は、プロ入りしなくてはならない。いなくなった父の代わりに、病床に伏す母に代わって、朋恵を、翔太を、家族を養って幸せにしなければならない。そう思うたび投げ込みの量もバイトのシフトも増えていったが、それは大変というよりはむしろ遣り甲斐が大きくなったと感じるばかりで、疲れた身体と裏腹に友沢は誇らしい気持ちであった。
 そうした努力がようやく芽吹いて、友沢はプロ入り確実とまで言われるほどのピッチャーに成長した。嬉しかった。努力は身を結ぶということを自分の手で証明出来たことが、何より嬉しかった。それに比例するように、友沢の練習量はさらに増し続けた。肘が壊れて投げられなくなる、その瞬間まで。
 蕾がいつか花開くように、努力は必ず実を結ぶ。そんなことは断じてなくて、花が開く前に友沢の芽は呆気なく摘み取られた。それでも、今日が終われば明日がやってくる。絶望しても失望しても泣いていたって腹は減った。友沢はまた、バットを持った。
 そうして、血が滲むだの、泥水を啜るだの、月並みな表現の内の努力を以って、友沢はようやくプロ入りの切符を掴み取った。努力に裏切られた友沢は、さらなる努力を重ねた。だから、これでひとまずは安心だと思った気の緩みがいけなかったのかもしれない。プロ入りをしたその球団、チームメイト、もっと正確に言うなら先輩を、友沢は好きになった。
 家族に抱くような好意とは全く異なるそれは、時に暴力的なまでに友沢の心を支配した。こんな気持ちは、知らない。知らなかったから、友沢は知っていることで補おうと試みた。幼少期より続けてきた努力という誠意でその人に対峙した。自分には、それしかなかった。だがそれもきっと、近い将来無駄になるのだろう。自分がどれだけ好意を寄せようと、その先輩が振り向いてくれることはありそうになかった。
 困難が降りかかった時、壁に当たった時、友沢はいつだってさらなる努力を重ねることでそれを克服して来た。生きている限りそれは続くのだろう。そしてそれが報われない結果に終わることは、これから先もいくらでもあるにちがいない。そんな目にどれだけ遭おうとも、平気な顔をして通り過ぎていけば良いのだ。
 そうしていつもの道をランニングしていた友沢の鼻をくすぐるのは、金木犀だった。父と公園でキャッチボールをした帰り道に、よく嗅いだ匂いだった。隣に父はいなくても、季節は巡り、今年も金木犀が咲いている。自分はこれからも生きていく。
 嬉しいことも悲しいことも、時間がすべて連れて行ってくれるから。




ーーーーーーーーーー
すごく悲しい気持ちになったので、友沢くんに代弁してもらいました。ごめんね。

拍手

卒業

卒業

 さっきまであんなに騒がしかった部室には他に誰もいなくて、二人きりだった。三年間ミーティングのために使ったホワイトボードには、部員たちによる卒業の寄せ書きがいっぱいに書き詰められている。もちろんオレも書いた。オレが部室に入った時、友沢はそれを眺めていた。
「ばかだな」
 ボードを見たまま振り向きもせずにそう言った友沢の声には、特に何の感情も乗っていなかった。卒業式の後、つい感情が高じてこんなところにこんなことを書いてしまったオレとは大違いだ。なんだよ、と言い返そうとしたところで、もう一度友沢が同じ言葉を繰り返した。その音色の変化にオレはたまらず友沢の肩を掴む。振り返った友沢は、別にいつも通りだった。
「お前、こんなとこに書いてないで、口で言えよ」
「口で言えないから、書いたんだよ」
「オレが気付かなかったら」
「それならそれでいいと思ってた」
「やっぱり、ばかだ」
「もう分かったよ」
 オレがお手上げとばかりに両手を上げて降伏してみせると、友沢はようやくそこで少しだけ笑った。
「返事、くれないの」
 友沢は笑いながら、「言えない」と言ってオレを茶化す。こんなことになるなら、やっぱり初めからちゃんと言えば良かった。そう思って口を開こうとしたところに友沢の唇で塞がれて、オレはまた、言えないのだった。




ーーーーーーーーーーー
沢ピッピから主人公ちゃんにキチュするの好き好き侍

拍手

静謐な夜の隙間に

忘れ物を取りに室内演習場まで戻ると、明かりが漏れていた。こんな時間に、一体誰だろう。当然ながら、練習時間はとうに終わっている。終わっているどころか、こんな夜更けに練習していることがコーチや監督にでもバレたら、大変なことになるのではないだろうか。戸の隙間から、オレは中を窺い見た。
 中にいたのは、猪狩であった。猪狩守。同期入団、しかしオレとは違って即座に一軍レギュラー入りしたエリートで、その上相当な自信家かつ嫌味なやつだった。そんな猪狩が、一心不乱に投げ込みをしていた。
 猪狩は普段から自分のことを「天才」と称するが、さすがに自称するだけのことはある、どうやらとんでもない練習量をこなして今のポジションを維持しているらしい。しかし、今夜のこれはどうやらそうではないような、滅茶苦茶な練習のように見えた。何かを会得するための投げ込みというよりは、ただ一心不乱に球を掴んでは力任せに投げているだけに見える。
 いつも見ている猪狩との違和感と、その気迫に満ちた横顔からオレはすっかり目が離せなくなってしまっていた。忘れた携帯を取りに来たことなんてすっかり忘れてしまって、オレはただ黙って目の前の猪狩を見ていた。
 少ししたところで、手元にボールがなくなった猪狩が投球動作を止める。しかし、散らばったボールを拾う仕草も、片付けを始める様子もない。猪狩は、散乱するボールの真ん中で突っ立っていた。やっぱり、何かがおかしい。思わず乗り出して戸に手を掛けようとしたところで、猪狩が俯く。なんだろう、そう思うのも束の間、猪狩の肩が静かに上下し始めて、こちらにまで聞こえるほどの声で嗚咽を漏らし始めるのだった。猪狩は、泣いていた。
 オレは、猪狩のことをよく知らない。相当な自信家であること、どうやら資産家の息子であるらしいこと、嫌味を言う割にはチームメイトに誘われたすき焼きパーティにちゃんと肉を持参してやって来ること。オレは、猪狩のことをそれくらいしか知らない。
 だから、猪狩がどうしてこんなことになっているのか、さっぱり分からなかった。涙を流す猪狩の姿。成人した男が、肩を震わせながら泣くことなど、そうそうないだろう。猪狩に、何があったのだろう。今日の日中だって、いつもの猪狩のままだった。オレと矢部くんが話しているところにわざわざ割り込んで来て、嫌味と自慢を言っていったが、そういえば妙に浮かれていた。聞いてもいないことを勝手に話していくのは猪狩の癖なのでオレはさして気にしなかったが、そういえば今日は、特別にお喋りだった。こわいくらいにご機嫌で、浮かれながらニコニコしていた。あの、猪狩が。
 そこまで考えて、オレはようやく猪狩の話を思い出していた。要するに、自分と同じ巨人軍に入団すると思っていた弟が、逆指名で別球団に行ったという話だ。そういえばあの時の猪狩は、最初から最後までおかしかった。オレはそれを聞くまで猪狩に弟がいたことも野球をしていたことも知らなかったから、ただ単純に驚いて、黙っていたのだけど。
 猪狩は、まだ泣いている。正確には俯いていてよく見えなかったが、たぶん泣いているんだろう。いつもは上向きに持ち上がっている帽子のつばまでしょんぼりしたように下を向いている。
 オレは、猪狩のことを知らない。猪狩の弟のことは、もっと知らない。だけど、もしかしたら、猪狩が投げ込むその先には、弟の姿があったのかもしれない。そんなことを勝手に想像しながら、オレは佇む猪狩を黙って見つめていた。


2020.5.13執筆
2020.6.6「世界のまんなかで」改題


ーーーーーーーーー
急に昔書いたやつを書き直したくなったので、書いた
言葉を並べて遊ぶのはたのしいな

拍手

未必の故意

未必の故意

「なあ、猪狩って好きな人いる?」
「いるよ」
「えっ!?」
 思いがけない返事はオレを驚かせるのに十分すぎるほどで、思わず口に咥えていたアイスを落としそうになった。呆れたようにこちらを見る猪狩の顔はいつも通りだったが、もちろんオレはそれどころではなかった。アイスでベタベタになった手と口をタオルで拭いてから、オレは隣を歩く猪狩の顔を覗き込む。あからさまに嫌そうな表情を見せた猪狩が、オレから一歩分距離を取る。食べ終わったアイスのゴミを鞄に入れてから、オレは早足で追い付いた。部活動を引退したオレたちは、以前よりもずいぶん帰りが早い。夏過ぎて日が落ちるのも早くなったが、コンビニに寄り道してからゆっくり歩いていても、辺りはまだ明るかった。
「えー、なに、誰、教えろよ猪狩」
「なぜだ」
「なぜってそりゃ……だって、お前、マジかー!今までこの手の話一切無視だったのに」
 修学旅行で寝る前にみんなで話したこととか、部室でクラスの誰々がかわいいとか誰と誰が付き合ってるとか告白したとか、猪狩はその手の話題に一度も加わらず、知らん顔していた。だから、まさか返事にオレは色めき立った。
 確かに最近の猪狩は前よりも雰囲気が柔らかくなったような、嫌味も言うけどそれと同じだけ笑うようになったとか、そういうことを思ったから、なんとなく聞いてみたんだけど。返答を求めていたというよりは、半ば独り言のような質問だったのだ。だから、ここ最近でいちばん驚いた。
「猪狩、好きな人いるのかー」
「いたら悪いかい」
「なんでそう突っかかるんだよ。悪くないよ。ちょっとびっくりしただけ」
 何がなるほどなのか、なるほどねと何度も呟いたオレは、腕組みをして考える。猪狩とは高校に入ってからの付き合いではあるが、それでも野球部を通してほとんど毎日のように顔を見ていた。野球のことばかりではあったが、それでもいろんな話をしたし、多くの時間を共に過ごして来たつもりだ。現に今も、引退してからもわざわざこうして一緒に帰っている。癖と言ったらおかしな話だが、オレは高校三年間で猪狩と過ごすことが当たり前になってしまっていた。
「いつから好きなの?」
「高校入学してすぐ」
「へええ」
 驚きの連続だ。猪狩がオレの質問に素直に答えることも、そんなことを考えていたのも、ぜんぶぜんぶ、びっくりだ。高校入学ということは、相手はどうやら同じ学校の生徒らしい。まさか先生ということはあるまい。いや、どうだろう。オレは、猪狩のことをなんにも知らない。
「うん、オレ、応援するよ!」
「……」
「猪狩、好きな人と付き合えるようになるといいな」
「本当にそう思うかい」
「当たり前じゃんか!」
 なに水臭いこと言ってんだよ!と肩に腕を回すと、静かにそれをほどいてから猪狩はまた歩き始めた。つれない奴だ。口を開こうとしたところで、猪狩が振り返る。
「よろしく頼むよ」
「うん?」
「さっき、応援すると言っただろう」
「うん!もちろん!」
 それを聞いた猪狩は笑っていたから、オレも同じように笑って、もう一度頷いた。

未必の恋



ーーーーーーーーーー
主守じゃなかったらラストにどうしようもない一文足してたけど、主守ですので
主守は一生一緒にハッピーエンド
かわいいね

拍手

風邪ひいた

風邪ひいた

 電子レンジが、爆発した。正確に言えば、電子レンジで温めようとした卵が爆ぜたようだ。あんまり大きな音がしたものだから、猪狩はびっくりして何も出来ないままただ呆けていた。そうしているうちに、この家の家主が大慌てですっ飛んできた。
「なんかすごい音がしたけど、大丈夫か!?」
 戸を開けたパワプロは、そっちこそ大丈夫なのかと聞き返したくなる出立ちで、熱が上がってきたのか顔は赤いし、寒気がするらしく季節に削ぐわない妙な厚着に、仕上げは額に貼った冷却ジェルシートだ。ついでに、大きなクシャミをしてから鼻を啜った。
「あ〜……もしかして、レンジで卵あっためようとした?」
「……」
「お前、料理なんて全然出来ないのに、慣れないことするから……何作ってくれるつもりだったんだ?」
「べつに何だっていいだろう」
 何が嬉しいのか、パワプロはにこにこと笑う。パワプロのこういうところが、苦手だ。どんな顔をしていればいいのか分からない。
「ありがとな」
「礼を言われることは何もしてない」
「そうだな、レンジ完全に壊れてるし」
「……」
「でも、お前に怪我がないならそれでいいよ」
 そこまで言うと病人らしく咳き込み出すものだから、猪狩は見兼ねて布団に戻るようパワプロに促した。壊れた家電と片付けは後で家人に連絡してなんとかするとして、目下の問題は、こいつだ。
「風邪を引くなんて、キミはプロとしての自覚が足りない」
「へいへい。申し訳ありませんね」
「……」
「そんな顔するなよ。すぐ治るって」
「当たり前だ」
 息苦しそうに言って笑う。なんとかは風邪を引かないという言葉は迷信だったようだ。布団から顔だけ出したパワプロが言う。
「猪狩がキスしてくれたら、治るかも」
「移るからイヤだ。触るな」
「酷!」
「もう寝ていろ」
 頭を撫でてやると、パワプロは少しだけ驚いた顔をして、その後で嬉しそうに笑った。何がそんなに嬉しいんだか。だが、それを見て幸せだと思う自分こそ、風邪を引かないなんとかに違いないと猪狩は思った。




ーーーーーーーーー
私も守さんに看病されて電子レンジ爆発されてえな(病)

拍手

カレンダー

03 2026/04 05
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30

最新記事

ブログ内検索

忍者アナライズ