たまにはいいよね
たまにはいいよね
「最近、少なくないかい」
「え、何が」
猪狩の言葉には主語がない。いかにも不満そうな顔でじっとりこちらを睨め付けてくる。トレーニングから帰ってシャワーを浴び、一緒に夕食を食べ、今度は一体何が気に入らないというのか。学生の頃から猪狩とは一緒にいるが、いまだにこいつの考えていることはよく分からない。
大股で歩いてきた猪狩は、ソファに座っているこちらに乗り上げるようにして跨って座り、眉を釣り上げて睨んだ表情のまま顔を近付けた。キスされている。そう気付いた時には猪狩の舌が唇を舐めていって、その後で再びゆっくり重なった。柔らかい。猪狩は食事のあとすぐに歯を磨くから、歯磨き粉の味がした。差し出された舌を絡め取り、猪狩の口内を味わうようにキスを続ける。丹念に舐めて吸って互いの唾液が口の端を伝う頃には、歯磨き粉の味はもうしなくなっていた。猪狩の味だ。
「キスが、少なかったの?」
「違う」
「じゃあ、セックス?」
「違う」
「じゃあ、なに?」
「自分で考えろ」
こんないやらしい格好で自分から跨ってきたくせに、この言い草だ。いかにも猪狩らしい。再び唇を合わせながらシャツのボタンに手を掛けると、その手をぴしゃりとはたかれる。
「だから、違うと言っているだろ」
「だけど。猪狩、勃ってるじゃん、ぐへ」
「キミには、デリカシーというものがないのか」
「うーん、ない」
首筋に口付ける。シャツの上から胸をまさぐってそのまま唇を滑らせると、すかさず高い声が上がる。我慢なんてするわけもなくて、再び唇が重なった。もちろん、猪狩は本気で嫌がっているわけじゃない。むしろこれは、かなり機嫌の良い日のお誘いだった。他の人には分からないだろうけど、オレには分かる。
「それで、何が少なかったの?」
「……」
「教えて」
「あっ」
「猪狩」
「キミからの、愛情表現」
「ぶは」
思い切り吹き出した口を、猪狩に掴まれる。今度は本気で怒っているのが分かったから、慌てて謝る。
「ごめんって。はは、猪狩のあまえんぼ」
「恋人をさみしくさせるキミが悪い」
「そういうことに、しといてやるよ」
「……」
「好きだよ、猪狩」
「ボクも」
猪狩の腕が首に回る。長い口付け。目と目が合って、オレは猪狩を抱き上げた。その間黙って首に絡みついている猪狩の腕が何よりも雄弁だった。今夜はきっと眠れない。
ーーーーーーーー
原稿やってるんですけど、次の新刊が進くんの本なので主進とか書いてるとわたしの中の守さんがやきもち焼くんですよね〜っていう病人なので書きました。
たまにはいいよね。っていうそれだけ。
マジでこういうなんのヤマなしオチなしイミなしでいいなら主守いつまでも書けるよ。まかせろ。
「最近、少なくないかい」
「え、何が」
猪狩の言葉には主語がない。いかにも不満そうな顔でじっとりこちらを睨め付けてくる。トレーニングから帰ってシャワーを浴び、一緒に夕食を食べ、今度は一体何が気に入らないというのか。学生の頃から猪狩とは一緒にいるが、いまだにこいつの考えていることはよく分からない。
大股で歩いてきた猪狩は、ソファに座っているこちらに乗り上げるようにして跨って座り、眉を釣り上げて睨んだ表情のまま顔を近付けた。キスされている。そう気付いた時には猪狩の舌が唇を舐めていって、その後で再びゆっくり重なった。柔らかい。猪狩は食事のあとすぐに歯を磨くから、歯磨き粉の味がした。差し出された舌を絡め取り、猪狩の口内を味わうようにキスを続ける。丹念に舐めて吸って互いの唾液が口の端を伝う頃には、歯磨き粉の味はもうしなくなっていた。猪狩の味だ。
「キスが、少なかったの?」
「違う」
「じゃあ、セックス?」
「違う」
「じゃあ、なに?」
「自分で考えろ」
こんないやらしい格好で自分から跨ってきたくせに、この言い草だ。いかにも猪狩らしい。再び唇を合わせながらシャツのボタンに手を掛けると、その手をぴしゃりとはたかれる。
「だから、違うと言っているだろ」
「だけど。猪狩、勃ってるじゃん、ぐへ」
「キミには、デリカシーというものがないのか」
「うーん、ない」
首筋に口付ける。シャツの上から胸をまさぐってそのまま唇を滑らせると、すかさず高い声が上がる。我慢なんてするわけもなくて、再び唇が重なった。もちろん、猪狩は本気で嫌がっているわけじゃない。むしろこれは、かなり機嫌の良い日のお誘いだった。他の人には分からないだろうけど、オレには分かる。
「それで、何が少なかったの?」
「……」
「教えて」
「あっ」
「猪狩」
「キミからの、愛情表現」
「ぶは」
思い切り吹き出した口を、猪狩に掴まれる。今度は本気で怒っているのが分かったから、慌てて謝る。
「ごめんって。はは、猪狩のあまえんぼ」
「恋人をさみしくさせるキミが悪い」
「そういうことに、しといてやるよ」
「……」
「好きだよ、猪狩」
「ボクも」
猪狩の腕が首に回る。長い口付け。目と目が合って、オレは猪狩を抱き上げた。その間黙って首に絡みついている猪狩の腕が何よりも雄弁だった。今夜はきっと眠れない。
ーーーーーーーー
原稿やってるんですけど、次の新刊が進くんの本なので主進とか書いてるとわたしの中の守さんがやきもち焼くんですよね〜っていう病人なので書きました。
たまにはいいよね。っていうそれだけ。
マジでこういうなんのヤマなしオチなしイミなしでいいなら主守いつまでも書けるよ。まかせろ。
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ギフテッド
ギフテッド(主人公×猪狩守)
「えっ、猪狩って明日誕生日なの?」
それで部活が休みになるって、すごいなあー。間延びした話し方をするせいで、隣を歩く男が話すたびに息が白く残る。終業式はもう先週終わったから、今は冬休みだ。世間は冬休みであっても、伝統あるあかつき大附属高校野球部に休みはない。いつの間にか並んで歩くようになった帰り道、明日は休むことを男に告げると、物珍しそうにくるくると目を丸くして、あれやこれやと質問を飛ばしてくる。
明日は、十二月二十四日。クリスマス・イブ。そして、自分の誕生日。幼い頃から誕生日には毎年パーティを開いて祝いの席が設けられていたが、ここ数年は来賓を招いた本格的なものとなっていた。そこには、一代で猪狩コンツェルンを築いた父・猪狩茂の子息、要するに長男である跡取り息子を周りにお披露目するという意味合いが強くなっている。だから明日は、部活動に参加出来ない。それは事前に監督へ申し入れて許可を取っていることであり、もちろんキャプテンにも伝えてある。パーティと野球。どちらが望むべきものなのか自分にとって明白であるにも関わらず、自分は明日パーティに出席する。それが、決まりだからだ。
「あー、なんかあったかなあ。急に言うからさ、そういうのはもっと事前に教えといてくれるものなんだって」
ぶつぶつ言いながら、男はポケットの中に手を突っ込んでまさぐっている。べつに何もいらない、猪狩がそう言う前に、男はポケットから出した手をこちらに差し出していた。
「はい。これあげる」
「なんだ」
「消しゴム」
「消しゴム?」
「さっきコンビニで買ったんだけど、予備でもう一個余分に買ってたから、やるよ」
「べつに、いい。いらない」
「そんなこと言うなって、ほら!」
いいから貰っとけよ。とっさに広げてしまった手の平の上にころりと消しゴムがひとつ。返事をする前に男は出した手をまたポケットに突っ込んでしまっていて、返すに返せなくなった。
「誕生日、おめでと。猪狩」
笑う男の顔は鼻の頭が赤くなっていて、吐く息はやっぱり白いのだった。
***
「なあー、猪狩」
もちろん聞こえているだろうし呼ばれていることも分かっているのに、猪狩は返事をしないどころか微動だにしなかった。数えるのも面倒になるほど何年も一緒にいるのだからそんな態度にはとっくに慣れているが、それにしてもあまりにも昔から変わらないそのスタンスには息をつきたくなる。勿論、こんなことでめげていては猪狩と一緒にいることなんて出来ない。涼しい顔で本を読んでいるその横顔に、懲りずに話しかける。
「猪狩、その辺に消しゴムない?」
「ない」
「せめて見てから言ってくれよ」
誌面から顔も上げずに猪狩は言う。返事をしただけマシかもしれない。仕方がないのでその辺の引き出しを勝手に漁ることにしたのだが、そこで珍しく猪狩が反応した。
「おい。キミ、消しゴムくらい自分のものを使え」
「だから、ないからこうやって聞いてんだろ?確か前に、この辺で見たような気が……あ、あったあった」
まだ封を切っていない新品のそれを見つけ出して摘むと、いつの間にやって来たのか、猪狩に取り上げられてしまった。
「これは、ダメだ」
「もう、そういう意味わかんないいじわるすんなって」
「そういうことじゃない。いいから、これは、ダメなんだ」
引き出しの、今度はわざわざ鍵のかかるところに入れて、猪狩は目の前で鍵を掛けてしまった。そこまでされる理由が分からなくてさすがに面食らったが、そういえば、と思い出したことがあって、思い出話が口をつく。
「そういえばさあ、猪狩、覚えてる?オレさ、昔、お前に消しゴムあげたことあったよな。誕生日だっていきなり言うからさ、たまたまポケットに入ってたやつ」
「……」
「あれ、いつだっけ。高校の……一年とか二年の時だったような気がするけどなー。覚えてない?」
「……」
「猪狩、なに変な顔してんの」
「してない」
猪狩はもう、本を読んでいない。明後日の方を向く、その仕草には思い当たることがあって、オレはわざわざ覗き込むようにして猪狩の顔を見た。
「もしかして。さっきの消しゴムって、それ?」
「……」
「さっきの引き出しって、指輪とかしまってる棚じゃん。お前普段付けないから」
「……」
「消しゴム、今日までずっと持っててくれたの?」
そう言ったときには、もう猪狩を捕まえて腕の中に閉じ込めている。ぎゅうと抱きしめてからもう一度顔を覗くと、猪狩はほんのり頬を染めた。この感情は何と言えばいいのだろう。猪狩と一緒にいるようになってから何百、何千と体感しているのに、言葉に出来たことはない。
「猪狩、さすがにかわいすぎる。無理」
「無理って、なんだ」
「無理は無理。もうお前ほんと無理」
「だからそれは」
「死ぬほど好き。お前が好き」
「……フン」
「な、今年はなに欲しい?ちょっと早いけどさ、教えといてよ。何でもいいよ」
「何でもとは、大きく出たものだな」
猪狩が、耳打ちするように囁く。まるで内緒話をするみたいに言ったその言葉に、オレはいよいよ倒れてしまいそうになって、代わりに猪狩を強く抱きしめた。
了
ーーーーーーーーーーーー
守さん、お誕生日おめでとう。大好き。
守さんのいる毎日が祝日です。
「えっ、猪狩って明日誕生日なの?」
それで部活が休みになるって、すごいなあー。間延びした話し方をするせいで、隣を歩く男が話すたびに息が白く残る。終業式はもう先週終わったから、今は冬休みだ。世間は冬休みであっても、伝統あるあかつき大附属高校野球部に休みはない。いつの間にか並んで歩くようになった帰り道、明日は休むことを男に告げると、物珍しそうにくるくると目を丸くして、あれやこれやと質問を飛ばしてくる。
明日は、十二月二十四日。クリスマス・イブ。そして、自分の誕生日。幼い頃から誕生日には毎年パーティを開いて祝いの席が設けられていたが、ここ数年は来賓を招いた本格的なものとなっていた。そこには、一代で猪狩コンツェルンを築いた父・猪狩茂の子息、要するに長男である跡取り息子を周りにお披露目するという意味合いが強くなっている。だから明日は、部活動に参加出来ない。それは事前に監督へ申し入れて許可を取っていることであり、もちろんキャプテンにも伝えてある。パーティと野球。どちらが望むべきものなのか自分にとって明白であるにも関わらず、自分は明日パーティに出席する。それが、決まりだからだ。
「あー、なんかあったかなあ。急に言うからさ、そういうのはもっと事前に教えといてくれるものなんだって」
ぶつぶつ言いながら、男はポケットの中に手を突っ込んでまさぐっている。べつに何もいらない、猪狩がそう言う前に、男はポケットから出した手をこちらに差し出していた。
「はい。これあげる」
「なんだ」
「消しゴム」
「消しゴム?」
「さっきコンビニで買ったんだけど、予備でもう一個余分に買ってたから、やるよ」
「べつに、いい。いらない」
「そんなこと言うなって、ほら!」
いいから貰っとけよ。とっさに広げてしまった手の平の上にころりと消しゴムがひとつ。返事をする前に男は出した手をまたポケットに突っ込んでしまっていて、返すに返せなくなった。
「誕生日、おめでと。猪狩」
笑う男の顔は鼻の頭が赤くなっていて、吐く息はやっぱり白いのだった。
***
「なあー、猪狩」
もちろん聞こえているだろうし呼ばれていることも分かっているのに、猪狩は返事をしないどころか微動だにしなかった。数えるのも面倒になるほど何年も一緒にいるのだからそんな態度にはとっくに慣れているが、それにしてもあまりにも昔から変わらないそのスタンスには息をつきたくなる。勿論、こんなことでめげていては猪狩と一緒にいることなんて出来ない。涼しい顔で本を読んでいるその横顔に、懲りずに話しかける。
「猪狩、その辺に消しゴムない?」
「ない」
「せめて見てから言ってくれよ」
誌面から顔も上げずに猪狩は言う。返事をしただけマシかもしれない。仕方がないのでその辺の引き出しを勝手に漁ることにしたのだが、そこで珍しく猪狩が反応した。
「おい。キミ、消しゴムくらい自分のものを使え」
「だから、ないからこうやって聞いてんだろ?確か前に、この辺で見たような気が……あ、あったあった」
まだ封を切っていない新品のそれを見つけ出して摘むと、いつの間にやって来たのか、猪狩に取り上げられてしまった。
「これは、ダメだ」
「もう、そういう意味わかんないいじわるすんなって」
「そういうことじゃない。いいから、これは、ダメなんだ」
引き出しの、今度はわざわざ鍵のかかるところに入れて、猪狩は目の前で鍵を掛けてしまった。そこまでされる理由が分からなくてさすがに面食らったが、そういえば、と思い出したことがあって、思い出話が口をつく。
「そういえばさあ、猪狩、覚えてる?オレさ、昔、お前に消しゴムあげたことあったよな。誕生日だっていきなり言うからさ、たまたまポケットに入ってたやつ」
「……」
「あれ、いつだっけ。高校の……一年とか二年の時だったような気がするけどなー。覚えてない?」
「……」
「猪狩、なに変な顔してんの」
「してない」
猪狩はもう、本を読んでいない。明後日の方を向く、その仕草には思い当たることがあって、オレはわざわざ覗き込むようにして猪狩の顔を見た。
「もしかして。さっきの消しゴムって、それ?」
「……」
「さっきの引き出しって、指輪とかしまってる棚じゃん。お前普段付けないから」
「……」
「消しゴム、今日までずっと持っててくれたの?」
そう言ったときには、もう猪狩を捕まえて腕の中に閉じ込めている。ぎゅうと抱きしめてからもう一度顔を覗くと、猪狩はほんのり頬を染めた。この感情は何と言えばいいのだろう。猪狩と一緒にいるようになってから何百、何千と体感しているのに、言葉に出来たことはない。
「猪狩、さすがにかわいすぎる。無理」
「無理って、なんだ」
「無理は無理。もうお前ほんと無理」
「だからそれは」
「死ぬほど好き。お前が好き」
「……フン」
「な、今年はなに欲しい?ちょっと早いけどさ、教えといてよ。何でもいいよ」
「何でもとは、大きく出たものだな」
猪狩が、耳打ちするように囁く。まるで内緒話をするみたいに言ったその言葉に、オレはいよいよ倒れてしまいそうになって、代わりに猪狩を強く抱きしめた。
了
ーーーーーーーーーーーー
守さん、お誕生日おめでとう。大好き。
守さんのいる毎日が祝日です。
映画をみる
隣を見たら、猪狩が泣いていたから驚いた。えー。猪狩って映画見て泣くんだ。びっくりして、なんだか見てはいけないものを見た気になって、慌ててスクリーンに向き直る。とっくに食べ終わっているポップコーンの空箱に手を突っ込んで、息を吸う。こっちはまだ残っていた飲み物をジュウと飲み干してから、もう一回隣を見る。猪狩、まだ泣いてる。ハンカチなんてそんな気の利いたものを持ってるわけがなくて、どうしようかと思っているうちに、猪狩はどこから出したのか自分のハンカチで目元を抑えていた。はー。おまえのそんな顔、初めて見たよ。
「つまらなかったね」
にこにこしながら猪狩が言う。オレは猪狩のせいで映画の内容なんてこれっぽっちも入って来なかったから、何も言えない。その間も猪狩は饒舌にしゃべり続けている。猪狩がよくしゃべるのは、機嫌がいい証拠だ。映画はよっぽど面白かったに違いない。ちぇ、それならオレもちゃんと見とけば良かった。あのあともずっと隣の猪狩が気になって、映画なんて見てる場合じゃなかった。涙を流す猪狩の横顔。猪狩は追加で頼んだ食後の珈琲を飲みながら、まだしゃべっている。
「でもさ、猪狩おまえ泣いてたじゃん」
「は?ボクが?」
そんなの知らないよと猪狩は言う。そうかよとオレは答える。そうだよと猪狩は言う。それならそうかもなと、オレは猪狩の真似をして珈琲に砂糖をたくさん入れた。おまえが知らなくても、オレが知っている。おまえすら知らないことを、オレは知っているんだ。
ふふふと笑うと、猪狩が変なやつだなと言うので、オレはまた笑った。
ーーーーーーーーーーー
脈絡がないんだからもちろん意味もオチもない
いいの
主守が好きだから
「つまらなかったね」
にこにこしながら猪狩が言う。オレは猪狩のせいで映画の内容なんてこれっぽっちも入って来なかったから、何も言えない。その間も猪狩は饒舌にしゃべり続けている。猪狩がよくしゃべるのは、機嫌がいい証拠だ。映画はよっぽど面白かったに違いない。ちぇ、それならオレもちゃんと見とけば良かった。あのあともずっと隣の猪狩が気になって、映画なんて見てる場合じゃなかった。涙を流す猪狩の横顔。猪狩は追加で頼んだ食後の珈琲を飲みながら、まだしゃべっている。
「でもさ、猪狩おまえ泣いてたじゃん」
「は?ボクが?」
そんなの知らないよと猪狩は言う。そうかよとオレは答える。そうだよと猪狩は言う。それならそうかもなと、オレは猪狩の真似をして珈琲に砂糖をたくさん入れた。おまえが知らなくても、オレが知っている。おまえすら知らないことを、オレは知っているんだ。
ふふふと笑うと、猪狩が変なやつだなと言うので、オレはまた笑った。
ーーーーーーーーーーー
脈絡がないんだからもちろん意味もオチもない
いいの
主守が好きだから
雨の日
雨の日(主守)
「猪狩、先輩から伝令。今日雨だから、部活休みだって」
「そうか」
隣のクラスにも伝えて来て、と言ったところでどうせ猪狩のことだから、「なぜボクが」と言われて終わりだろうと思い、先回りして黙って廊下に出ると、猪狩が横に着いてきた。
「猪狩、どうした?」
「どうしたってキミ、隣のクラスに伝えに行く必要があるだろう」
フン、と鼻を鳴らした猪狩はどうあっても素直じゃない。素直じゃないが悪いやつでもなくて、そしてオレはというと、そういう猪狩の態度にはとっくに慣れてしまった。いつものことだ。笑って肩に触ると、やめろと睨まれたのでオレは素直に手を引っ込めた。当然のように利き腕の方には触れていないのだが、今日の猪狩はこれもお気に召さなかったらしい。
そんなことをしているうちにすぐ隣のクラスに着いたが、伝令の内容を話しているときも、猪狩は結局一言も喋らずに隣で黙っているだけだった。一体何のために着いて来たのやら。雨の日はいつもならば室内練習をすることになるのだが、今日に限ってはどこの場所も空いていないらしく、急遽休みになった。
隣のクラスの部員たちとひとしきり喜びを共有し、最後にはハイタッチまでして盛り上がったのだが、それを猪狩はやっぱり黙って見ていた。顔には出ていないだけで、呆れているに違いない。野球は好きだし、練習の重要性は嫌というほど理解しているが、いかんせん名門あかつき野球部の練習は地獄のようにきつく、厳しく、容赦のないものなので、たまの休みは物凄く嬉しい。そういう気持ちも、オレよりもよほどの野球馬鹿でストイックな猪狩にはきっと分からないに違いない。
「なあ、猪狩」
教室へ戻る道すがら、ホームルームが終わったばかりの廊下はざわざわと騒がしかったが、猪狩にはちゃんと聞こえていたようで、返事はせずに視線だけをこちらに寄越した。
ラーメン食べに行こ、と言おうとして、オレはすんでのところで言い直した。
「バッセン行かない?」
「ボクは練習があるんだ」
キミみたいな暇人と違ってね。予想通りすぎる猪狩の返答はどう考えても予定調和にしか過ぎなくて、オレはいっそ微笑ましい気持ちになる。そういう猪狩に返す言葉もまた、決まっている。
「ははーん猪狩。さてはおまえ、オレに勝てないのを恐れて逃げる気だな?」
「なに!キミ、寝言は寝てから言うものだよ」
「それなら」
「いいだろう」
「勝負だ!」
言った時には同時に机の上の鞄を掴んで、教室から飛び出した。
「なあなあ、負けた方はラーメン奢りな」
「キミはよほどボクにラーメンを奢りたいようだね」
「なんだと!」
靴を履いて傘を差して外に出ると、強い雨が降り続いていた。鞄も制服も濡れるし、ほとんど走るように歩いているから靴に泥が飛んだが、それよりもオレは楽しくて仕方がなくて、勢い余って大きくジャンプした。着地した先の水溜まりの水が猪狩の方に跳ねて、おかげでまた怒られたのは、言うまでもない。
了
ーーーーーーーーーーーー
今日誕生日なんです!祝ってください!!!!!!ヒュー!!!!!!
なんか嬉しい気持ちになったので主守書きました
「猪狩、先輩から伝令。今日雨だから、部活休みだって」
「そうか」
隣のクラスにも伝えて来て、と言ったところでどうせ猪狩のことだから、「なぜボクが」と言われて終わりだろうと思い、先回りして黙って廊下に出ると、猪狩が横に着いてきた。
「猪狩、どうした?」
「どうしたってキミ、隣のクラスに伝えに行く必要があるだろう」
フン、と鼻を鳴らした猪狩はどうあっても素直じゃない。素直じゃないが悪いやつでもなくて、そしてオレはというと、そういう猪狩の態度にはとっくに慣れてしまった。いつものことだ。笑って肩に触ると、やめろと睨まれたのでオレは素直に手を引っ込めた。当然のように利き腕の方には触れていないのだが、今日の猪狩はこれもお気に召さなかったらしい。
そんなことをしているうちにすぐ隣のクラスに着いたが、伝令の内容を話しているときも、猪狩は結局一言も喋らずに隣で黙っているだけだった。一体何のために着いて来たのやら。雨の日はいつもならば室内練習をすることになるのだが、今日に限ってはどこの場所も空いていないらしく、急遽休みになった。
隣のクラスの部員たちとひとしきり喜びを共有し、最後にはハイタッチまでして盛り上がったのだが、それを猪狩はやっぱり黙って見ていた。顔には出ていないだけで、呆れているに違いない。野球は好きだし、練習の重要性は嫌というほど理解しているが、いかんせん名門あかつき野球部の練習は地獄のようにきつく、厳しく、容赦のないものなので、たまの休みは物凄く嬉しい。そういう気持ちも、オレよりもよほどの野球馬鹿でストイックな猪狩にはきっと分からないに違いない。
「なあ、猪狩」
教室へ戻る道すがら、ホームルームが終わったばかりの廊下はざわざわと騒がしかったが、猪狩にはちゃんと聞こえていたようで、返事はせずに視線だけをこちらに寄越した。
ラーメン食べに行こ、と言おうとして、オレはすんでのところで言い直した。
「バッセン行かない?」
「ボクは練習があるんだ」
キミみたいな暇人と違ってね。予想通りすぎる猪狩の返答はどう考えても予定調和にしか過ぎなくて、オレはいっそ微笑ましい気持ちになる。そういう猪狩に返す言葉もまた、決まっている。
「ははーん猪狩。さてはおまえ、オレに勝てないのを恐れて逃げる気だな?」
「なに!キミ、寝言は寝てから言うものだよ」
「それなら」
「いいだろう」
「勝負だ!」
言った時には同時に机の上の鞄を掴んで、教室から飛び出した。
「なあなあ、負けた方はラーメン奢りな」
「キミはよほどボクにラーメンを奢りたいようだね」
「なんだと!」
靴を履いて傘を差して外に出ると、強い雨が降り続いていた。鞄も制服も濡れるし、ほとんど走るように歩いているから靴に泥が飛んだが、それよりもオレは楽しくて仕方がなくて、勢い余って大きくジャンプした。着地した先の水溜まりの水が猪狩の方に跳ねて、おかげでまた怒られたのは、言うまでもない。
了
ーーーーーーーーーーーー
今日誕生日なんです!祝ってください!!!!!!ヒュー!!!!!!
なんか嬉しい気持ちになったので主守書きました
my dear friend
my dear friend(主守)
「ボクとキミは、友達なのか?」
単純に疑問に思ったのでそれを口に出して言ったところ、目の前の男は一瞬言葉に詰まった顔をして、そのあとでいつもの間抜け面に戻ってボクの肩を叩いた。
「猪狩ってさ〜。ほんときついっていうか、おまえが「そう」なのはもう知ってるけど、さすがにそれは酷いだろ」
オレだって、傷付くんだからな。半分に割った肉まんをぱくぱくと三口くらいで食べ終わった男は、指をぺろりと舐めた後でそう言った。ボクは渡されたその半分をしばらく眺めていたが、男が黙って見ているので、静かに口を付けた。美味しい。今しがたコンビニで買って来たばかりのそれは、ほこりと湯気を立てている。
部活動の練習帰り、帰路に着く途中いつの間にか立ち寄ることが恒例となっている公園だった。いつもは犬の散歩をしている人やジョギングをする人、同じく学校帰りの学生たちをちらほらと見かけるものだが、今日に限っては妙に閑散としている。季節外れの寒波がやって来たとかで、びゅうびゅうと吹きつける風が原因かもしれない。手の中のそれを温かいうちに食べ終えて、ポケットから取り出したハンカチで口元を拭う。ボクはいらないと言ったのに、隣の男が「友達だから半分やるよ」などと言い、こちらの意向を確認もせずに寄越してきたものだから、ただ疑問を口にしただけだった。
「えーじゃあ、なに。猪狩って、オレのこと友達だと思ってないの」
「そういうことになるな」
「えー!なんで!さすがにその言い草は酷いだろ!毎日一緒に練習して、寄り道して、そのあとお前の家でも練習して、あと、この前はオレんちに矢部くんと一緒に遊びに来てゲームもしたのに、それでも友達じゃないの?」
「寄り道はキミが勝手にしてるんだろう」
現にボクは早く帰りたかった。私設球場で練習の続きを、この前から取り掛かっている新たな決め球の練習を、投げ込みをしたかった。ボクの胸中など露も知らぬ男は、分かりやすく不貞腐れた顔をして唇を尖らせた。
「じゃあ、猪狩はオレと一緒にいても楽しくないってこと?」
「そんなことは言ってないだろう」
「だって、そうじゃんか。一緒にいて楽しかったら、それはもう友達なんじゃないの」
なんでそんな酷いこと言うの。泣き言のような湿っぽい声はいかにも悲しそうで、実際落ち込んでいるらしい男は、しょげて背中を丸めていた。その情けない姿にボクは無意識に息を吐いていて、それが余計に男を刺激したようで、もういいよ猪狩の馬鹿、と暴言を吐いた。バカはどちらだと言いたくなるのを堪えて、ボクは男を呼んだ。
「おい」
「……」
「パワプロ」
「なんだよ」
「こっちを向け」
馬鹿正直にこちらを向いたその顔に、ボクはそっと近付いて顔を寄せた。少しにも満たないその一瞬間。唇と唇が触れて、離れる。男は驚いたように目を丸くして、口を開けたり閉めたりしていた。なんだその顔は。思わず吹き出すと、男はわあわあと何事かを言い連ねた。ボクはつとめて無視をして、男に尋ねる。
「これも、キミのいうところの友達なのかい」
返事は返ってこなかった。その代わりに、男の腕が伸びてきて、ぎゅうと身体を抱き締められる。それは苦しいくらいだったから、ボクは抗議の意を込めて男の名前を呼んだ。それなのに男は全然離してくれなくて、その代わりに何度も何度もボクの名前を呼んだ。それにいちいち律儀に返事を返してやるボクもボクだったけれど、たまにはいいかと、ボクはその背に腕を回して目を閉じた。これを友達だと言うのなら、世話のないことだ。
了
ーーーーーーーーーー
友達って言われて、ムッてする守さん、かわいいね
主守ちゃんは友達で好敵手で親友で恋人で家族で運命
「ボクとキミは、友達なのか?」
単純に疑問に思ったのでそれを口に出して言ったところ、目の前の男は一瞬言葉に詰まった顔をして、そのあとでいつもの間抜け面に戻ってボクの肩を叩いた。
「猪狩ってさ〜。ほんときついっていうか、おまえが「そう」なのはもう知ってるけど、さすがにそれは酷いだろ」
オレだって、傷付くんだからな。半分に割った肉まんをぱくぱくと三口くらいで食べ終わった男は、指をぺろりと舐めた後でそう言った。ボクは渡されたその半分をしばらく眺めていたが、男が黙って見ているので、静かに口を付けた。美味しい。今しがたコンビニで買って来たばかりのそれは、ほこりと湯気を立てている。
部活動の練習帰り、帰路に着く途中いつの間にか立ち寄ることが恒例となっている公園だった。いつもは犬の散歩をしている人やジョギングをする人、同じく学校帰りの学生たちをちらほらと見かけるものだが、今日に限っては妙に閑散としている。季節外れの寒波がやって来たとかで、びゅうびゅうと吹きつける風が原因かもしれない。手の中のそれを温かいうちに食べ終えて、ポケットから取り出したハンカチで口元を拭う。ボクはいらないと言ったのに、隣の男が「友達だから半分やるよ」などと言い、こちらの意向を確認もせずに寄越してきたものだから、ただ疑問を口にしただけだった。
「えーじゃあ、なに。猪狩って、オレのこと友達だと思ってないの」
「そういうことになるな」
「えー!なんで!さすがにその言い草は酷いだろ!毎日一緒に練習して、寄り道して、そのあとお前の家でも練習して、あと、この前はオレんちに矢部くんと一緒に遊びに来てゲームもしたのに、それでも友達じゃないの?」
「寄り道はキミが勝手にしてるんだろう」
現にボクは早く帰りたかった。私設球場で練習の続きを、この前から取り掛かっている新たな決め球の練習を、投げ込みをしたかった。ボクの胸中など露も知らぬ男は、分かりやすく不貞腐れた顔をして唇を尖らせた。
「じゃあ、猪狩はオレと一緒にいても楽しくないってこと?」
「そんなことは言ってないだろう」
「だって、そうじゃんか。一緒にいて楽しかったら、それはもう友達なんじゃないの」
なんでそんな酷いこと言うの。泣き言のような湿っぽい声はいかにも悲しそうで、実際落ち込んでいるらしい男は、しょげて背中を丸めていた。その情けない姿にボクは無意識に息を吐いていて、それが余計に男を刺激したようで、もういいよ猪狩の馬鹿、と暴言を吐いた。バカはどちらだと言いたくなるのを堪えて、ボクは男を呼んだ。
「おい」
「……」
「パワプロ」
「なんだよ」
「こっちを向け」
馬鹿正直にこちらを向いたその顔に、ボクはそっと近付いて顔を寄せた。少しにも満たないその一瞬間。唇と唇が触れて、離れる。男は驚いたように目を丸くして、口を開けたり閉めたりしていた。なんだその顔は。思わず吹き出すと、男はわあわあと何事かを言い連ねた。ボクはつとめて無視をして、男に尋ねる。
「これも、キミのいうところの友達なのかい」
返事は返ってこなかった。その代わりに、男の腕が伸びてきて、ぎゅうと身体を抱き締められる。それは苦しいくらいだったから、ボクは抗議の意を込めて男の名前を呼んだ。それなのに男は全然離してくれなくて、その代わりに何度も何度もボクの名前を呼んだ。それにいちいち律儀に返事を返してやるボクもボクだったけれど、たまにはいいかと、ボクはその背に腕を回して目を閉じた。これを友達だと言うのなら、世話のないことだ。
了
ーーーーーーーーーー
友達って言われて、ムッてする守さん、かわいいね
主守ちゃんは友達で好敵手で親友で恋人で家族で運命
ぶつかる
ぶつかる(主守)
ファーストキスはレモン味、まさかそこまで夢を見ていたわけではなかったが、これはないだろう。顔を上げたときにはもう向こうの唇が、唇というよりは歯が当たって、猪狩は顔を顰めた。痛い。唇が切れたのか、血が出たようだ。口の中に鉄の味が広がる。そんなところをそんな風に痛めた経験など皆無だったものだから、猪狩は静かな衝撃に固まっていたのだが、相手はそれでも構う様子はない。何故なら、気まずそうな表情をしながらも、再度猪狩の方へ顔を寄せて来たからだ。おい。言葉は声にならない。猪狩の声は音になる前に飲み込まれてしまった。
今度は歯をぶつけることなく、パワプロの唇は猪狩のそれに重なった。ん、と声を上げそうになり、猪狩はその感触と己の身に起きている変化に羞恥を覚えて逃れようとするが、いつの間にか腰に回された腕が猪狩をがっちりと抱いていて、それを許さない。後ずさる様に一歩ずつ後退すると、ついに壁際まで来てしまった。それで猪狩はここが部室であることを思い出したが、それでもパワプロは猪狩を離さない。口付けは終わらない。息継ぎのためにほんの一瞬唇が離れて、その拍子に猪狩は力が抜けて倒れそうになるが、背は壁にもたれかかり、猪狩を抱くパワプロの腕がそれを支えた。ぐい、と引き寄せられたかと思ったら、今度は両手で顔を包み込むようにいだかれて、キスは続く。ん、ん、と短い声が溢れて落ちて、恥ずかしいのに我慢することも出来なくて、それどころか頭がぼんやりして来て、自分がどんな状態なのかそれすらも定かではなくなってきた。気持ちが良い。唇と唇が触れ合うだけでなぜこうも快感を覚えるのか、初めてキスを経験した猪狩には分からない。
熱くて、二人分の境界線が曖昧になっていく感覚。力が抜ける、そう思ったとき、口の中にパワプロの舌が入って来て、猪狩はとうとう立っていられなくなった。ずるずると壁伝いに崩れ落ちて、床に座り込んでしまったが、それでもパワプロはやめなかった。パワプロは優しく猪狩を抱き起こし、覆い被さるようにして舌を差し入れた。猪狩が驚いている間にそれは口の中で好き勝手に動いていって、歯列を割り、舌先を絡め、上顎を舐めていったときには殊更高い声が出た。もう何がなんだか分からない。苦しくなって、しかしそれは向こうも同じなのか、少しだけ唇が離れて、それでもそのすぐ後にまた重なった。苦しいのに、それでもやめて欲しいとは思わなくて、猪狩は知らぬ間に自らの腕をパワプロの首に絡めていた。口を離されて、近距離で見つめ合う。そうして口の端を舐められるまで、猪狩は唾液が垂れていることにも気が付かなかった。互いに肩で息をしている。よほどの過酷なトレーニングをしたって、猪狩はこんなにも苦しくなったりしない。
欲しい。そう思ったとき、猪狩は今日初めて、自らパワプロに口付けていた。その時、勢い余って再び歯をぶつけてしまい、猪狩は声を上げて笑った。
了
ーーーーーーーーー
主守っていいよね。
十年で百本書いたけど、自分まだ主守やれます。やらせてください。
全然勝手にやりま〜す✌️✌️
ファーストキスはレモン味、まさかそこまで夢を見ていたわけではなかったが、これはないだろう。顔を上げたときにはもう向こうの唇が、唇というよりは歯が当たって、猪狩は顔を顰めた。痛い。唇が切れたのか、血が出たようだ。口の中に鉄の味が広がる。そんなところをそんな風に痛めた経験など皆無だったものだから、猪狩は静かな衝撃に固まっていたのだが、相手はそれでも構う様子はない。何故なら、気まずそうな表情をしながらも、再度猪狩の方へ顔を寄せて来たからだ。おい。言葉は声にならない。猪狩の声は音になる前に飲み込まれてしまった。
今度は歯をぶつけることなく、パワプロの唇は猪狩のそれに重なった。ん、と声を上げそうになり、猪狩はその感触と己の身に起きている変化に羞恥を覚えて逃れようとするが、いつの間にか腰に回された腕が猪狩をがっちりと抱いていて、それを許さない。後ずさる様に一歩ずつ後退すると、ついに壁際まで来てしまった。それで猪狩はここが部室であることを思い出したが、それでもパワプロは猪狩を離さない。口付けは終わらない。息継ぎのためにほんの一瞬唇が離れて、その拍子に猪狩は力が抜けて倒れそうになるが、背は壁にもたれかかり、猪狩を抱くパワプロの腕がそれを支えた。ぐい、と引き寄せられたかと思ったら、今度は両手で顔を包み込むようにいだかれて、キスは続く。ん、ん、と短い声が溢れて落ちて、恥ずかしいのに我慢することも出来なくて、それどころか頭がぼんやりして来て、自分がどんな状態なのかそれすらも定かではなくなってきた。気持ちが良い。唇と唇が触れ合うだけでなぜこうも快感を覚えるのか、初めてキスを経験した猪狩には分からない。
熱くて、二人分の境界線が曖昧になっていく感覚。力が抜ける、そう思ったとき、口の中にパワプロの舌が入って来て、猪狩はとうとう立っていられなくなった。ずるずると壁伝いに崩れ落ちて、床に座り込んでしまったが、それでもパワプロはやめなかった。パワプロは優しく猪狩を抱き起こし、覆い被さるようにして舌を差し入れた。猪狩が驚いている間にそれは口の中で好き勝手に動いていって、歯列を割り、舌先を絡め、上顎を舐めていったときには殊更高い声が出た。もう何がなんだか分からない。苦しくなって、しかしそれは向こうも同じなのか、少しだけ唇が離れて、それでもそのすぐ後にまた重なった。苦しいのに、それでもやめて欲しいとは思わなくて、猪狩は知らぬ間に自らの腕をパワプロの首に絡めていた。口を離されて、近距離で見つめ合う。そうして口の端を舐められるまで、猪狩は唾液が垂れていることにも気が付かなかった。互いに肩で息をしている。よほどの過酷なトレーニングをしたって、猪狩はこんなにも苦しくなったりしない。
欲しい。そう思ったとき、猪狩は今日初めて、自らパワプロに口付けていた。その時、勢い余って再び歯をぶつけてしまい、猪狩は声を上げて笑った。
了
ーーーーーーーーー
主守っていいよね。
十年で百本書いたけど、自分まだ主守やれます。やらせてください。
全然勝手にやりま〜す✌️✌️
気のいい隣人
気のいい隣人(主守)
「なあ猪狩、今度一緒に買い物行かない?」
「なんでボクがキミと行かなくちゃいけないんだい」
「ほら、前におまえが話してた、デパート。次の日曜は、練習も休みだろ?」
「ボクはキミと違って暇じゃないんだよ」
そんなことを言っていた猪狩を、日曜日のデパートで見つけた。オレは一瞬見間違いかと思って目を擦ってみたが、やっぱり猪狩だ。見慣れているいつものユニフォームや制服姿じゃないから別人かと思ってもう一度よく目を凝らしてみたが、どう見ても猪狩だった。
猪狩が憎まれ口を叩くのも、素直じゃないのも分かっていたつもりだったが、なるほどそう来たか。もしかして、わざわざオレが来るのを待っていたりしたんだろうか。オレは猪狩の連絡先を知らないし、猪狩も知らないはずだった。
声を掛けようか、どうしようか。プライドの高い猪狩のこと、下手なことはしない方が良いだろうとふんで、オレは知らぬ顔でエスカレーターに乗る。もしかしたら、本当に偶然同じタイミングで買い物に来ただけなのかもしれないし。猪狩のことは、よく分からない。やたらと突っかかってくるかと思いきや、こちらから話し掛けても素っ気なく、そうかと思えば自前の球場を持っているらしい猪狩家の私設球場で一緒に練習を誘われたこともある。自分にとっての猪狩は、未知数で、そして不思議な存在だった。
そういうことを考えているうちに、お目当てのスポーツショップに着いていた。高校生の自分には少々背伸びをした店だったが、その分品揃えもうんと充実していて、仮に買えなかったとしても、並んでいる野球道具を見ているだけで楽しかった。
そうして店の中を見て回っていると、見知った後ろ頭を発見する。もちろん、猪狩だ。オレが店に入ったのを見て、追いかけて来たんだろうか。さすがにそろそろ声を掛けてやろうかと思ったところで、ちょうど良く猪狩が振り返った。
「やあ、キミか。偶然だね」
さすがに苦しい言い訳だろうと言いたくなるのをぐっと押し込んで、オレはつとめて知らぬ顔をする。振り返った猪狩は、普段学校で見るよりも機嫌が良さそうだった。
「猪狩も買い物?」
「まあ、そんなところだ」
買い物じゃなかったら、逆に何の用なんだ。内心では突っ込みが止まらないが、なんとなくそわそわと嬉しそうにしている猪狩を見ていると、そういうことも全部どうでも良くなってくるもんだから、これまた不思議だ。
「キミはいつでもその格好なんだな」
「これが一番落ち着くし」
「落ち着くもなにも、キミは制服すら着てないじゃないか」
「いーじゃん、べつに」
「キミもボクを見習って、たまにはオシャレをするといいよ」
にこにこと笑う猪狩はどうやら自信満々、威風堂々といった風情であったが、オレは特に何も言わなかった。美意識というのは、人それぞれだ。それに、猪狩は猪狩の好きにするのが一番いい。
「オレ、新しいバッテ買いに来たんだけどさ、猪狩のオススメある?」
顔を上げた猪狩と、目が合った。パッと景色が明るくなったように、猪狩があんまり嬉しそうな顔をするものだから、オレは思わず笑ってしまった。
「し、仕方ないな。ボクは心が広いから、キミのような凡人にも教えてあげようじゃないか」
「……」
「なに笑ってるんだ」
「いや、楽しいなって」
固まる猪狩に、オレはまた笑う。その顔を見ているともうどうにでもなれと思って、オレはその手を掴んで歩き出した。
「バッテ、どこかな」
勝手に繋いだ手に猪狩はなんにも言わなかったから、オレは猪狩に携帯番号教えてよと尋ねた。次は待ち合わせをして、どこに行こうか。
了
ーーーーーーーーー
主守はいついかなる時も良いものです
ボツデータっぽいものがメモにそのまま残っていたので、頭から推敲していくついでにオチを付けて完成させました。その日の気分とか勢いとかあるけど、主守はいついかなる時も素晴らしいのですごいと思います。
(もう)去年の守さんの誕生日に書いた小話も上げてなかったので、ついでに載せました
守さん、おめでとう
守さんのいる毎日が祝日です。
「なあ猪狩、今度一緒に買い物行かない?」
「なんでボクがキミと行かなくちゃいけないんだい」
「ほら、前におまえが話してた、デパート。次の日曜は、練習も休みだろ?」
「ボクはキミと違って暇じゃないんだよ」
そんなことを言っていた猪狩を、日曜日のデパートで見つけた。オレは一瞬見間違いかと思って目を擦ってみたが、やっぱり猪狩だ。見慣れているいつものユニフォームや制服姿じゃないから別人かと思ってもう一度よく目を凝らしてみたが、どう見ても猪狩だった。
猪狩が憎まれ口を叩くのも、素直じゃないのも分かっていたつもりだったが、なるほどそう来たか。もしかして、わざわざオレが来るのを待っていたりしたんだろうか。オレは猪狩の連絡先を知らないし、猪狩も知らないはずだった。
声を掛けようか、どうしようか。プライドの高い猪狩のこと、下手なことはしない方が良いだろうとふんで、オレは知らぬ顔でエスカレーターに乗る。もしかしたら、本当に偶然同じタイミングで買い物に来ただけなのかもしれないし。猪狩のことは、よく分からない。やたらと突っかかってくるかと思いきや、こちらから話し掛けても素っ気なく、そうかと思えば自前の球場を持っているらしい猪狩家の私設球場で一緒に練習を誘われたこともある。自分にとっての猪狩は、未知数で、そして不思議な存在だった。
そういうことを考えているうちに、お目当てのスポーツショップに着いていた。高校生の自分には少々背伸びをした店だったが、その分品揃えもうんと充実していて、仮に買えなかったとしても、並んでいる野球道具を見ているだけで楽しかった。
そうして店の中を見て回っていると、見知った後ろ頭を発見する。もちろん、猪狩だ。オレが店に入ったのを見て、追いかけて来たんだろうか。さすがにそろそろ声を掛けてやろうかと思ったところで、ちょうど良く猪狩が振り返った。
「やあ、キミか。偶然だね」
さすがに苦しい言い訳だろうと言いたくなるのをぐっと押し込んで、オレはつとめて知らぬ顔をする。振り返った猪狩は、普段学校で見るよりも機嫌が良さそうだった。
「猪狩も買い物?」
「まあ、そんなところだ」
買い物じゃなかったら、逆に何の用なんだ。内心では突っ込みが止まらないが、なんとなくそわそわと嬉しそうにしている猪狩を見ていると、そういうことも全部どうでも良くなってくるもんだから、これまた不思議だ。
「キミはいつでもその格好なんだな」
「これが一番落ち着くし」
「落ち着くもなにも、キミは制服すら着てないじゃないか」
「いーじゃん、べつに」
「キミもボクを見習って、たまにはオシャレをするといいよ」
にこにこと笑う猪狩はどうやら自信満々、威風堂々といった風情であったが、オレは特に何も言わなかった。美意識というのは、人それぞれだ。それに、猪狩は猪狩の好きにするのが一番いい。
「オレ、新しいバッテ買いに来たんだけどさ、猪狩のオススメある?」
顔を上げた猪狩と、目が合った。パッと景色が明るくなったように、猪狩があんまり嬉しそうな顔をするものだから、オレは思わず笑ってしまった。
「し、仕方ないな。ボクは心が広いから、キミのような凡人にも教えてあげようじゃないか」
「……」
「なに笑ってるんだ」
「いや、楽しいなって」
固まる猪狩に、オレはまた笑う。その顔を見ているともうどうにでもなれと思って、オレはその手を掴んで歩き出した。
「バッテ、どこかな」
勝手に繋いだ手に猪狩はなんにも言わなかったから、オレは猪狩に携帯番号教えてよと尋ねた。次は待ち合わせをして、どこに行こうか。
了
ーーーーーーーーー
主守はいついかなる時も良いものです
ボツデータっぽいものがメモにそのまま残っていたので、頭から推敲していくついでにオチを付けて完成させました。その日の気分とか勢いとかあるけど、主守はいついかなる時も素晴らしいのですごいと思います。
(もう)去年の守さんの誕生日に書いた小話も上げてなかったので、ついでに載せました
守さん、おめでとう
守さんのいる毎日が祝日です。
三六五日の一
三六五日分の一(主守)
「あ、そういえば。猪狩、誕生日おめでとう」
隣にいる男が唐突にそんなことを言うものだから、驚いた。何を言えばいいのか、どんな顔をしていたら良いのか分からなくて、猪狩はぱちぱちと瞬きをしたまま黙っていた。
いつも河原でする三球勝負、今日も当然のように猪狩が勝って、グラブとボールをしまったところだ。互いに部活動の帰り道、猪狩は青いユニフォームを着ていて、男は赤いユニフォームを着ている。
男とは、猪狩がランニングをしている途中で肩をぶつけてから、なぜだか知らないがその後何度も顔を合わせることになった。走るコースを変えても、時間を変えても、曜日を変えても、男とはいつでもどこでも出くわすものだから、猪狩はそのうち観念することにした。他校の生徒である男が野球部であることはその姿を見れば一目瞭然で、言葉を交わすようになってからこうして三球勝負をするようになるまで、そう時間はかからなかった。だいたいいつも猪狩が勝って、男が悔しそうに負け惜しみを口にしたら、それに猪狩が応酬してそのまま解散する。
だから、これは、いつもの恒例の時間に、いつもとは違うことが起きている。バットをケースにしまって肩に提げた男は、猪狩が黙ったままでいるのも気にせずに続けた。
「お前さー、そういうことはもっと早く言えよ。って、まあ、言うタイミングとかないか」
「……なぜキミが知っているんだ」
「進くんに聞いたから」
疑問の上に疑問が重なって、猪狩はさらに黙ってしまう。質問が多すぎて言葉が出ない猪狩を置いてけぼりにして、男は一人で喋っている。進とはどうやら前から知り合いであるらしいこと、一緒にゲームセンターへ遊びに行くほど親しくしていること、昨日は偶然街で会って自分の誕生日について聞いたこと。弟のこと、男のこと、誕生日のこと。情報量が多くてついていけない。
「はい。これ」
「なんだい」
「誕生日プレゼントだよ」
差し出されたものを反射的に受け取ってしまってから、猪狩はその包みをまじまじと眺めた。袋には、ミゾットスポーツのロゴが書かれている。
「慌てて買ったからあんまりたいしたもんじゃないけど、文句言うなよな」
「……」
「あ!ちなみにオレの誕生日は来月だから、よろしく!」
にこにこと笑うその顔を見返して、猪狩はようやく声を出すことが出来た。
「……ありがとう」
「うん。なー、オレ腹減った。なんか食ってかない?」
「キミの奢りならいいだろう」
「なんでだよ」
「誕生日、だからな」
「プレゼントはもうやっただろ!」
ようやく調子が出てきた猪狩に男はいつものように唇を尖らせて、それでもいつものように帰ったりはしなかった。いつかぶつけた肩を並べて歩くのは初めてのことで、猪狩はもらった袋を握りしめたまま息をついた。なんだか変な感じだけれど、たまにはこういうのも悪くない。
了
「あ、そういえば。猪狩、誕生日おめでとう」
隣にいる男が唐突にそんなことを言うものだから、驚いた。何を言えばいいのか、どんな顔をしていたら良いのか分からなくて、猪狩はぱちぱちと瞬きをしたまま黙っていた。
いつも河原でする三球勝負、今日も当然のように猪狩が勝って、グラブとボールをしまったところだ。互いに部活動の帰り道、猪狩は青いユニフォームを着ていて、男は赤いユニフォームを着ている。
男とは、猪狩がランニングをしている途中で肩をぶつけてから、なぜだか知らないがその後何度も顔を合わせることになった。走るコースを変えても、時間を変えても、曜日を変えても、男とはいつでもどこでも出くわすものだから、猪狩はそのうち観念することにした。他校の生徒である男が野球部であることはその姿を見れば一目瞭然で、言葉を交わすようになってからこうして三球勝負をするようになるまで、そう時間はかからなかった。だいたいいつも猪狩が勝って、男が悔しそうに負け惜しみを口にしたら、それに猪狩が応酬してそのまま解散する。
だから、これは、いつもの恒例の時間に、いつもとは違うことが起きている。バットをケースにしまって肩に提げた男は、猪狩が黙ったままでいるのも気にせずに続けた。
「お前さー、そういうことはもっと早く言えよ。って、まあ、言うタイミングとかないか」
「……なぜキミが知っているんだ」
「進くんに聞いたから」
疑問の上に疑問が重なって、猪狩はさらに黙ってしまう。質問が多すぎて言葉が出ない猪狩を置いてけぼりにして、男は一人で喋っている。進とはどうやら前から知り合いであるらしいこと、一緒にゲームセンターへ遊びに行くほど親しくしていること、昨日は偶然街で会って自分の誕生日について聞いたこと。弟のこと、男のこと、誕生日のこと。情報量が多くてついていけない。
「はい。これ」
「なんだい」
「誕生日プレゼントだよ」
差し出されたものを反射的に受け取ってしまってから、猪狩はその包みをまじまじと眺めた。袋には、ミゾットスポーツのロゴが書かれている。
「慌てて買ったからあんまりたいしたもんじゃないけど、文句言うなよな」
「……」
「あ!ちなみにオレの誕生日は来月だから、よろしく!」
にこにこと笑うその顔を見返して、猪狩はようやく声を出すことが出来た。
「……ありがとう」
「うん。なー、オレ腹減った。なんか食ってかない?」
「キミの奢りならいいだろう」
「なんでだよ」
「誕生日、だからな」
「プレゼントはもうやっただろ!」
ようやく調子が出てきた猪狩に男はいつものように唇を尖らせて、それでもいつものように帰ったりはしなかった。いつかぶつけた肩を並べて歩くのは初めてのことで、猪狩はもらった袋を握りしめたまま息をついた。なんだか変な感じだけれど、たまにはこういうのも悪くない。
了
しじまのまにまに
しじまのまにまに
行かないで、なんて言えたら良かった。部活動のあとの自主練習、とっくに日の落ちたグラウンドはがらんとして広かった。煌々と照る照明の下、ぽつり、二人きり。やけに明るく見えるそれが逆に寒々しかった。ボールを片付けるその背に、何も言えないでいる。
「じゃあ、帰ろうか」
今日は、いつか思い出になる。ぜんぶが過去になって、過ぎていく。野球が上手くても、上手くなくても。勉強が出来ても、出来なくても。意中の相手と交際しても、しなくても。結婚しても、しなくても。子供を授かっても、授からなくても。お金があっても、なくても。好きでも、嫌いでも。今日一緒にいても、いなくても。あんなこともあったね、なんて、いつかすべてが思い出になるためだとしたら、言えなかった。悲しい気持ち、嬉しい気持ち。それは今ここにあって、ここにしかないものだった。すべてはいつか過去になって、通り過ぎていくだけの。それなら、なんて言葉で、どんな気持ちで、言えばいいのかな。キミなら知っているんだろうか。
「猪狩、どうしたの」
「なんでもない」
言っても、言わなくても。いつか思い出になる今日の日のために、口を開いた。
ーーーーーーーーー
本気ポエム 見せちゃうよ
行かないで、なんて言えたら良かった。部活動のあとの自主練習、とっくに日の落ちたグラウンドはがらんとして広かった。煌々と照る照明の下、ぽつり、二人きり。やけに明るく見えるそれが逆に寒々しかった。ボールを片付けるその背に、何も言えないでいる。
「じゃあ、帰ろうか」
今日は、いつか思い出になる。ぜんぶが過去になって、過ぎていく。野球が上手くても、上手くなくても。勉強が出来ても、出来なくても。意中の相手と交際しても、しなくても。結婚しても、しなくても。子供を授かっても、授からなくても。お金があっても、なくても。好きでも、嫌いでも。今日一緒にいても、いなくても。あんなこともあったね、なんて、いつかすべてが思い出になるためだとしたら、言えなかった。悲しい気持ち、嬉しい気持ち。それは今ここにあって、ここにしかないものだった。すべてはいつか過去になって、通り過ぎていくだけの。それなら、なんて言葉で、どんな気持ちで、言えばいいのかな。キミなら知っているんだろうか。
「猪狩、どうしたの」
「なんでもない」
言っても、言わなくても。いつか思い出になる今日の日のために、口を開いた。
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本気ポエム 見せちゃうよ
アテンション・プリーズ
アテンション・プリーズ
猪狩って、めちゃくちゃキザなんだよな。あと、あれで意外と真面目。
花束を抱えた猪狩を目の前に見ながら、そう思った。わざわざオレを迎えに来た車は、猪狩自慢の愛車だ。今日も変わらずボンネットには猪狩の名前が大きく書かれている。側から見ればなんの冗談だろうと思うが、猪狩は本気なのだ。花、車、猪狩。めかし込んできた猪狩の格好は、いつも見ているユニフォーム姿ではない。今すぐにでも素敵なパーティへ参加してしまいそうな出立ちだ。ついでに、さっきから両手で抱えている真っ赤な薔薇の花束なんて、マンガやアニメ、フィクションのお話の中でしか見たことがない。そのくらいでかい。薔薇って、束になるとこんな匂いがするものなんだ。
「猪狩。どうしたんだよ、急に」
「急ではないだろう。分かっているくせに」
分からないよ、何も。そう言いたかったが、猪狩があまりにも真剣なので声に出せないでいる。
「キミが、ボクのことを好ましいと…その、好意を寄せていることは分かっている」
そうなの?オレって猪狩のことが好きなんだっけ。そう言われるとちょっと自信がなくなってきた。そのくらい猪狩の様子は堂に入っていて真に迫るものがある。もしかしたら、そうだったかもしれないなんて思い始めている自分がいるくらいに。
「愛しているんだろう、ボクのこと」
愛!猪狩の口から出たこれまた突拍子もない言葉にオレはやっぱり何も言えなくて、出来ることといえばせいぜい口をぱくぱくさせることくらいだ。二の句が告げないオレを見て、猪狩は今まで見たこともない顔で微笑んでみせた。
「だが、順序は守らなくてはいけない。いくら好きだからといって、手順を飛ばすのはよくないぞ」
ぽっと頬を染める猪狩に、一体全体何がどうしてどんなボタンの掛け違いをしたらこんな事態になるのか、もう一度よく考えてみることにした。ことの発端は、たぶんじゃなくて、絶対に、断固誓って、美鈴さんのせいだ。
美鈴さんというのはオレの勤める「パワフル物産」の先輩社員であり、竹を割ったような性格は至って分かりやすく、そして大の酒好きの人だ。三度の飯より宴会好きで、美鈴さんに付き合うと次の日に支障が出るまで飲まされる。飲み会となればハシゴするのは当たり前、何軒目のどこで何を飲んだのか覚えていないこともザラだった。その美鈴さんと一緒にいるところを猪狩に見つかって、なんやかんやと色々あった。本当に、もう、いろいろと。思い出したくないことも多いのでここでは割愛させてもらう。
あの日も、初めは会社の皆で飲んでいた。ただ、美鈴さんがそれだけで満足するわけはなくて、そして会社の人たちも美鈴さんの酒豪ぶりはよく心得ていて、体良く押し付けられたオレがいつものように付き合っていた日のことだ。何軒目だったかは忘れたが、たまたま猪狩と出くわして、何故かは知らないが三人で一緒に飲むことになった。今日はもちろん飲んでいないのに、思い出すと頭が痛くなる。もう全部忘れてしまいたいのに、目の前の猪狩こそが現実だった。
「もっと早く言ってくれれば良かったんだ」
猪狩は続けた。
「あんなところでキス、してしまうほどボクのことが好きだなんて」
あの日のことを思い出して、オレは顔から火が出るような気持ちになって頭を抱える。酔っ払った美鈴さんがオレをけしかけ、そしてそれに乗ったオレは、隣にいた猪狩の肩をがばりと抱いた。たぶん。覚えていないけど、居酒屋中に響き渡る声で高らかに宣言したあとで、オレはその場で猪狩にキスをした。Kiss、チュウ、口付け、接吻、……熱ぅいベーゼをかますオレに、美鈴さんはゲラゲラ笑い転げていた。たぶん。猪狩に言ったら大変なことになりそうだが、実は全然全く覚えていない。記憶にないのだ。オレがこうして事実を認識しているのは、後から人づてに聞いただけのことだ。その時の猪狩の目がハートマークになっていたことなんて、これっぽっちも知るわけがない。
「キミはズボラで鈍臭くてボクみたいに格好良くもないし、気が利かないからね。今回はこちらで用意させてもらったよ」
さあ、乗りたまえ、なんていう猪狩は持っていたでっかい花束をこちらに寄越すと、空いた手でオレの手を取った。恭しく助手席の扉を開け、オレをエスコートする。為す術なく座席に収まったオレにシートベルトを付けるよう指示する猪狩は、鼻歌をうたいながらハンドルを握った。まさかこの花を持ったまま、オレは車に乗らなければならないのか。猪狩の車はオープンカーなので、外から丸見えだ。
「まずは着替えからだな。馬子にも衣装という言葉があるように、キミも多少はマシになるだろう」
猪狩は機嫌良さそうにいって、エンジンをふかした。一体どこに連れて行かれることやら。流れる景色を眺めながら、それもべつにいいかもな、なんてオレは酔っ払いのようなことを考えていた。鼻をくすぐる薔薇の花、慣れないその匂いに酔ってしまった。そういうことに、しておこう。
ーーーーーーー
なにがあった?
昔の守さんも超好き…ッッて思ったけどあんまり書いてないなあと思って書いた結果です。精進します。
猪狩って、めちゃくちゃキザなんだよな。あと、あれで意外と真面目。
花束を抱えた猪狩を目の前に見ながら、そう思った。わざわざオレを迎えに来た車は、猪狩自慢の愛車だ。今日も変わらずボンネットには猪狩の名前が大きく書かれている。側から見ればなんの冗談だろうと思うが、猪狩は本気なのだ。花、車、猪狩。めかし込んできた猪狩の格好は、いつも見ているユニフォーム姿ではない。今すぐにでも素敵なパーティへ参加してしまいそうな出立ちだ。ついでに、さっきから両手で抱えている真っ赤な薔薇の花束なんて、マンガやアニメ、フィクションのお話の中でしか見たことがない。そのくらいでかい。薔薇って、束になるとこんな匂いがするものなんだ。
「猪狩。どうしたんだよ、急に」
「急ではないだろう。分かっているくせに」
分からないよ、何も。そう言いたかったが、猪狩があまりにも真剣なので声に出せないでいる。
「キミが、ボクのことを好ましいと…その、好意を寄せていることは分かっている」
そうなの?オレって猪狩のことが好きなんだっけ。そう言われるとちょっと自信がなくなってきた。そのくらい猪狩の様子は堂に入っていて真に迫るものがある。もしかしたら、そうだったかもしれないなんて思い始めている自分がいるくらいに。
「愛しているんだろう、ボクのこと」
愛!猪狩の口から出たこれまた突拍子もない言葉にオレはやっぱり何も言えなくて、出来ることといえばせいぜい口をぱくぱくさせることくらいだ。二の句が告げないオレを見て、猪狩は今まで見たこともない顔で微笑んでみせた。
「だが、順序は守らなくてはいけない。いくら好きだからといって、手順を飛ばすのはよくないぞ」
ぽっと頬を染める猪狩に、一体全体何がどうしてどんなボタンの掛け違いをしたらこんな事態になるのか、もう一度よく考えてみることにした。ことの発端は、たぶんじゃなくて、絶対に、断固誓って、美鈴さんのせいだ。
美鈴さんというのはオレの勤める「パワフル物産」の先輩社員であり、竹を割ったような性格は至って分かりやすく、そして大の酒好きの人だ。三度の飯より宴会好きで、美鈴さんに付き合うと次の日に支障が出るまで飲まされる。飲み会となればハシゴするのは当たり前、何軒目のどこで何を飲んだのか覚えていないこともザラだった。その美鈴さんと一緒にいるところを猪狩に見つかって、なんやかんやと色々あった。本当に、もう、いろいろと。思い出したくないことも多いのでここでは割愛させてもらう。
あの日も、初めは会社の皆で飲んでいた。ただ、美鈴さんがそれだけで満足するわけはなくて、そして会社の人たちも美鈴さんの酒豪ぶりはよく心得ていて、体良く押し付けられたオレがいつものように付き合っていた日のことだ。何軒目だったかは忘れたが、たまたま猪狩と出くわして、何故かは知らないが三人で一緒に飲むことになった。今日はもちろん飲んでいないのに、思い出すと頭が痛くなる。もう全部忘れてしまいたいのに、目の前の猪狩こそが現実だった。
「もっと早く言ってくれれば良かったんだ」
猪狩は続けた。
「あんなところでキス、してしまうほどボクのことが好きだなんて」
あの日のことを思い出して、オレは顔から火が出るような気持ちになって頭を抱える。酔っ払った美鈴さんがオレをけしかけ、そしてそれに乗ったオレは、隣にいた猪狩の肩をがばりと抱いた。たぶん。覚えていないけど、居酒屋中に響き渡る声で高らかに宣言したあとで、オレはその場で猪狩にキスをした。Kiss、チュウ、口付け、接吻、……熱ぅいベーゼをかますオレに、美鈴さんはゲラゲラ笑い転げていた。たぶん。猪狩に言ったら大変なことになりそうだが、実は全然全く覚えていない。記憶にないのだ。オレがこうして事実を認識しているのは、後から人づてに聞いただけのことだ。その時の猪狩の目がハートマークになっていたことなんて、これっぽっちも知るわけがない。
「キミはズボラで鈍臭くてボクみたいに格好良くもないし、気が利かないからね。今回はこちらで用意させてもらったよ」
さあ、乗りたまえ、なんていう猪狩は持っていたでっかい花束をこちらに寄越すと、空いた手でオレの手を取った。恭しく助手席の扉を開け、オレをエスコートする。為す術なく座席に収まったオレにシートベルトを付けるよう指示する猪狩は、鼻歌をうたいながらハンドルを握った。まさかこの花を持ったまま、オレは車に乗らなければならないのか。猪狩の車はオープンカーなので、外から丸見えだ。
「まずは着替えからだな。馬子にも衣装という言葉があるように、キミも多少はマシになるだろう」
猪狩は機嫌良さそうにいって、エンジンをふかした。一体どこに連れて行かれることやら。流れる景色を眺めながら、それもべつにいいかもな、なんてオレは酔っ払いのようなことを考えていた。鼻をくすぐる薔薇の花、慣れないその匂いに酔ってしまった。そういうことに、しておこう。
ーーーーーーー
なにがあった?
昔の守さんも超好き…ッッて思ったけどあんまり書いてないなあと思って書いた結果です。精進します。

