I want
I want (主守)
例えるならそれは、喉の渇きに似ている。猪狩にとっての野球とは、おそらくそういうものであった。目指すべき地点に到達したと思ったそのときにはもう、足りなくなっている。もっと、もっと、どれだけ練習しても足りない。どんなにボールを投げても、いくらバットを振っても、満たされることはない。だからこそ、猪狩は野球が好きだった。さらなる高みへ。今日も喉が渇く。
「猪狩、帰りにラーメン食べて行かない?」
練習後、シャワーを浴びたあとはわざわざ新しいユニフォームに着替える男が言った。こいつは一年中、場所も季節も問わずにユニフォームを着ている。名前をパワプロと言って、猪狩とは高校時代のライバルであり、今ではチームメイトの男でもあった。
「またラーメンかい」
飽きれた口調を隠しもせずに言うと、万年ユニフォーム男はいいじゃん別になどと口を尖らせてみせた。こういう態度も物言いも、学生の頃から変わらない。野球にしか興味のない猪狩に、このように話しかけて来るのは今も昔もパワプロだけだった。
どうやらラーメンを食べに行くのは決定事項となってしまったようで、パワプロは上機嫌で鞄の中に荷物を放り込んでいる。適当に詰め込んでチャックを閉めたら完了だ。早く行こうぜ猪狩、そんなことを言う。いつの間にか当たり前になってしまった光景を見ながら、猪狩は手元のドリンクを一気に飲み干した。
パワプロと一緒にいると、喉が渇く。それは自分にとっての野球との関係性に似ていた。求めれば求めるほど足りない気がして、喉の渇きを感じる。それをなんと言うべきなのか、猪狩は一巡して、思ったことをそのまま口に出して言った。
「キミは、ボクに欲情しないのか」
「は!?」
「べつにおかしなことではないだろう。キミとボクは、恋人同士なのだから」
パワプロは目を白黒させて慌てている。変なやつだ、そう思いながら猪狩は続けた。
「そもそもボクたちがこうなって変わったことと言えば、せいぜい食事に行く回数が増えたくらいで、だいたいキミはいつもラーメンばかりだし、恋人らしいことどころか半年経ってもなんの進展もないし」
「猪狩、急にどうしたんだよ!?」
「キミがそんなだから、ボクは喉が渇いて仕方ないんだよ」
蛍光灯の下、ふたつの影がひとつになる。キス。唇と唇が触れるだけの、まるで羽のようなそれであった。猪狩がそっと離れると、パワプロはまだ状況が掴めていないように固まっていた。
「キスのときくらい目を閉じたらどうだい」
「い、い、い、猪狩」
「なんだ」
「もう一回!」
あんまり勢いよく言うものだから、猪狩は思わず吹き出してしまった。笑っているところをパワプロに肩を掴まれる。今度は向こうから重なるそれに、猪狩はそっと目を閉じた。
「なあ、猪狩」
「うん?」
「好きだ」
「……」
「なんで笑うんだよ」
吐息を交わしながら笑って、今度は二人揃って目を閉じた。腰を抱くパワプロに、猪狩は両手を背に回して返事をするのだった。
了
ーーーーーーーー
いつものやつーだけど、手を出されたい守さんは国宝なので
例えるならそれは、喉の渇きに似ている。猪狩にとっての野球とは、おそらくそういうものであった。目指すべき地点に到達したと思ったそのときにはもう、足りなくなっている。もっと、もっと、どれだけ練習しても足りない。どんなにボールを投げても、いくらバットを振っても、満たされることはない。だからこそ、猪狩は野球が好きだった。さらなる高みへ。今日も喉が渇く。
「猪狩、帰りにラーメン食べて行かない?」
練習後、シャワーを浴びたあとはわざわざ新しいユニフォームに着替える男が言った。こいつは一年中、場所も季節も問わずにユニフォームを着ている。名前をパワプロと言って、猪狩とは高校時代のライバルであり、今ではチームメイトの男でもあった。
「またラーメンかい」
飽きれた口調を隠しもせずに言うと、万年ユニフォーム男はいいじゃん別になどと口を尖らせてみせた。こういう態度も物言いも、学生の頃から変わらない。野球にしか興味のない猪狩に、このように話しかけて来るのは今も昔もパワプロだけだった。
どうやらラーメンを食べに行くのは決定事項となってしまったようで、パワプロは上機嫌で鞄の中に荷物を放り込んでいる。適当に詰め込んでチャックを閉めたら完了だ。早く行こうぜ猪狩、そんなことを言う。いつの間にか当たり前になってしまった光景を見ながら、猪狩は手元のドリンクを一気に飲み干した。
パワプロと一緒にいると、喉が渇く。それは自分にとっての野球との関係性に似ていた。求めれば求めるほど足りない気がして、喉の渇きを感じる。それをなんと言うべきなのか、猪狩は一巡して、思ったことをそのまま口に出して言った。
「キミは、ボクに欲情しないのか」
「は!?」
「べつにおかしなことではないだろう。キミとボクは、恋人同士なのだから」
パワプロは目を白黒させて慌てている。変なやつだ、そう思いながら猪狩は続けた。
「そもそもボクたちがこうなって変わったことと言えば、せいぜい食事に行く回数が増えたくらいで、だいたいキミはいつもラーメンばかりだし、恋人らしいことどころか半年経ってもなんの進展もないし」
「猪狩、急にどうしたんだよ!?」
「キミがそんなだから、ボクは喉が渇いて仕方ないんだよ」
蛍光灯の下、ふたつの影がひとつになる。キス。唇と唇が触れるだけの、まるで羽のようなそれであった。猪狩がそっと離れると、パワプロはまだ状況が掴めていないように固まっていた。
「キスのときくらい目を閉じたらどうだい」
「い、い、い、猪狩」
「なんだ」
「もう一回!」
あんまり勢いよく言うものだから、猪狩は思わず吹き出してしまった。笑っているところをパワプロに肩を掴まれる。今度は向こうから重なるそれに、猪狩はそっと目を閉じた。
「なあ、猪狩」
「うん?」
「好きだ」
「……」
「なんで笑うんだよ」
吐息を交わしながら笑って、今度は二人揃って目を閉じた。腰を抱くパワプロに、猪狩は両手を背に回して返事をするのだった。
了
ーーーーーーーー
いつものやつーだけど、手を出されたい守さんは国宝なので
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天才猪狩守の憂鬱
天才猪狩守の憂鬱 (主守)
「猪狩、水飲む?」
行為の後、ベッドの端に腰掛けながらパワプロが言った。ボクが答えないで黙っていても特に気にした様子はなく、パワプロはそのままペットボトルの水を飲み干した。空になったそれをくずかごに向かって放り投げる。役目を終えたペットボトルは、乾いた音を立てて静かにそこへ収まった。
「ボクたち、もう別れようか」
「へあ!?」
パワプロがわざわざ聞き返して来るものだから、ボクはもう一度、同じ言葉を一言一句違わずに口にした。パワプロは、なんで急に、などと言って騒いでいる。急な、ものか。そんなのはお前がいちばんよく分かっているだろうに。
「キミは、ボクのことを好きじゃないだろう」
「なんで!?」
「なんで、なんでとうるさい奴だな。そんなことまでボクに言わせるつもりか」
「急にそんなこと!」
「急じゃないよ」
「猪狩、オレのことが嫌になったのか?」
「……」
「今までずっと上手くいってたのに…」
「……」
「あっ、他に好きな人が出来たとか」
それは、キミの方だろう。よっぽど喉元まで出かかった声をボクは飲み込んだ。ボクに対して興味がなくなったのも、もしかしたら他に好意を寄せる相手がいるかもしれないのも、ぜんぶぜんぶ、キミの方じゃないか。馬鹿馬鹿しい。そう思うと、今まで我慢していた言葉が一気にこぼれ落ちた。
「キミは、ボクのことなんてもう飽きたんだろう。知っているよ。だいたい、キミは元々女性が好きだったしね。学生の頃から女生徒からモテたいモテたいと言って騒いでいたじゃないか。それがどういうつもりなのか知らないが、いっときの気まぐれでボクと付き合っていたのかもしれないけど、もう飽きたんだろう。もうボクに興味がなくなったんだろう。それなのにボクとまだこんなことをするのは、気まぐれの延長か、それとも」
「……」
「何も言えないか。そうだろうね」
「猪狩は、なんでそう思ったの」
「……」
言いたくなかった。くだらない。くだらないが、決定的なことでもあった。
「言いたくない」
「言ってよ」
「いやだ」
「猪狩」
「うるさい」
「猪狩」
「はあ」
「猪狩」
「…だって、キミ。一回しか、しなくなったじゃないか」
「へ?一回?」
「ボクが!疲れているときだって、やめろと言ったって、昔は何度も何度も好き勝手に抱いていたくせに、最近は、一度しかしないじゃないか、義務みたいに!」
「……、…」
「もういいよ。キミは元々女性が好きなんだし、男なんて抱けなくなったんだろ。別れよう。別れてやるよ」
「……」
なにも言わないのはつまり、図星なのだろう。ああ、終わってしまった。なにもかも。今日、言わなければ、おそらく次もまた、パワプロとこうしていたのだろう。そう考えると、余計に惨めだった。
「帰る」
「……」
「離してくれ」
「……」
「離せ!」
強く腕を引かれ、起き上がった身体が再びベッドに縫い付けられる。明かりが逆光になって、パワプロの表情はうかがえない。
「猪狩お前さあ、そんなことずっと考えてたの」
「……」
「馬鹿だな」
「ああ、バカだね。我ながら」
「ほんと、馬鹿だよ。ばかばか、大馬鹿」
「キミ、あんまり調子に乗って…」
「心配して損した。てっきり、他に好きな人が出来たとか、オレのこと嫌いになったとか、抱かれるのが嫌になったとか、そういうのかと思った。振られるかと思った。あー心配して損した。心臓止まった。死ぬかと思った。オレがお前のこと一回しか抱かなくなった?昔はもっとしてた?あーそうだねそうだなあの時は高校生だったし我慢も効かなかったしでも今ってオレら、プロだろ、大人だろ、オレだってもうそのくらい考えられるようになったし我慢も覚えたし、何よりあの頃より、むしろ付き合い長くなればなるほどお前のことが大事で、大切で、好きで、なんとか明日のトレーニングとか試合とかに影響出ないように一回だけに我慢してるんだよ。分かる?分かんないよなあ、猪狩には、ああ、猪狩には馬鹿なオレの気持ちなんて分かんないよなあ!あーあ!我慢するくらい、オレはお前が好きなんだよ。分かれよ。ばか猪狩。好きだけど。そういうとこも」
「……」
「猪狩、聞いてる?」
「…聞いてない」
顔を見ていられなくて、枕に押し付けるようにして逃れると、枕ごと奪われてしまった。逃げ場がない。ボクはいったい、今どんな顔をしているんだ。
「で、猪狩はつまり、オレにめちゃくちゃになるまで抱かれたいと、そう御所望しているわけだ」
「そんなこと言ってない」
「ごめんな、気付かなくて」
「……」
「これから猪狩のして欲しかったこと、ぜんぶしてあげる」
「…せいぜい、お手柔らかにたのむよ」
「仰せのままに、陛下」
どこでそんな悪ふざけを覚えてきたのか、パワプロはわざと大袈裟にボクの手を取って、その甲に口付けしてみせた。
「いやだって言っても、今日はやめてやれないからな」
「言わないよ、そんなこと」
「…これ以上、煽るな」
いつにない真剣な眼差しをボクは黙って受け止める。長い夜を思わせる熱い口付けに、ボクはうっとりと目を閉じた。
happy end!!
ーーーーーー
主守いい加減にしてくれ
(もっと)手を出されたい受けが好き好き侍
「猪狩、水飲む?」
行為の後、ベッドの端に腰掛けながらパワプロが言った。ボクが答えないで黙っていても特に気にした様子はなく、パワプロはそのままペットボトルの水を飲み干した。空になったそれをくずかごに向かって放り投げる。役目を終えたペットボトルは、乾いた音を立てて静かにそこへ収まった。
「ボクたち、もう別れようか」
「へあ!?」
パワプロがわざわざ聞き返して来るものだから、ボクはもう一度、同じ言葉を一言一句違わずに口にした。パワプロは、なんで急に、などと言って騒いでいる。急な、ものか。そんなのはお前がいちばんよく分かっているだろうに。
「キミは、ボクのことを好きじゃないだろう」
「なんで!?」
「なんで、なんでとうるさい奴だな。そんなことまでボクに言わせるつもりか」
「急にそんなこと!」
「急じゃないよ」
「猪狩、オレのことが嫌になったのか?」
「……」
「今までずっと上手くいってたのに…」
「……」
「あっ、他に好きな人が出来たとか」
それは、キミの方だろう。よっぽど喉元まで出かかった声をボクは飲み込んだ。ボクに対して興味がなくなったのも、もしかしたら他に好意を寄せる相手がいるかもしれないのも、ぜんぶぜんぶ、キミの方じゃないか。馬鹿馬鹿しい。そう思うと、今まで我慢していた言葉が一気にこぼれ落ちた。
「キミは、ボクのことなんてもう飽きたんだろう。知っているよ。だいたい、キミは元々女性が好きだったしね。学生の頃から女生徒からモテたいモテたいと言って騒いでいたじゃないか。それがどういうつもりなのか知らないが、いっときの気まぐれでボクと付き合っていたのかもしれないけど、もう飽きたんだろう。もうボクに興味がなくなったんだろう。それなのにボクとまだこんなことをするのは、気まぐれの延長か、それとも」
「……」
「何も言えないか。そうだろうね」
「猪狩は、なんでそう思ったの」
「……」
言いたくなかった。くだらない。くだらないが、決定的なことでもあった。
「言いたくない」
「言ってよ」
「いやだ」
「猪狩」
「うるさい」
「猪狩」
「はあ」
「猪狩」
「…だって、キミ。一回しか、しなくなったじゃないか」
「へ?一回?」
「ボクが!疲れているときだって、やめろと言ったって、昔は何度も何度も好き勝手に抱いていたくせに、最近は、一度しかしないじゃないか、義務みたいに!」
「……、…」
「もういいよ。キミは元々女性が好きなんだし、男なんて抱けなくなったんだろ。別れよう。別れてやるよ」
「……」
なにも言わないのはつまり、図星なのだろう。ああ、終わってしまった。なにもかも。今日、言わなければ、おそらく次もまた、パワプロとこうしていたのだろう。そう考えると、余計に惨めだった。
「帰る」
「……」
「離してくれ」
「……」
「離せ!」
強く腕を引かれ、起き上がった身体が再びベッドに縫い付けられる。明かりが逆光になって、パワプロの表情はうかがえない。
「猪狩お前さあ、そんなことずっと考えてたの」
「……」
「馬鹿だな」
「ああ、バカだね。我ながら」
「ほんと、馬鹿だよ。ばかばか、大馬鹿」
「キミ、あんまり調子に乗って…」
「心配して損した。てっきり、他に好きな人が出来たとか、オレのこと嫌いになったとか、抱かれるのが嫌になったとか、そういうのかと思った。振られるかと思った。あー心配して損した。心臓止まった。死ぬかと思った。オレがお前のこと一回しか抱かなくなった?昔はもっとしてた?あーそうだねそうだなあの時は高校生だったし我慢も効かなかったしでも今ってオレら、プロだろ、大人だろ、オレだってもうそのくらい考えられるようになったし我慢も覚えたし、何よりあの頃より、むしろ付き合い長くなればなるほどお前のことが大事で、大切で、好きで、なんとか明日のトレーニングとか試合とかに影響出ないように一回だけに我慢してるんだよ。分かる?分かんないよなあ、猪狩には、ああ、猪狩には馬鹿なオレの気持ちなんて分かんないよなあ!あーあ!我慢するくらい、オレはお前が好きなんだよ。分かれよ。ばか猪狩。好きだけど。そういうとこも」
「……」
「猪狩、聞いてる?」
「…聞いてない」
顔を見ていられなくて、枕に押し付けるようにして逃れると、枕ごと奪われてしまった。逃げ場がない。ボクはいったい、今どんな顔をしているんだ。
「で、猪狩はつまり、オレにめちゃくちゃになるまで抱かれたいと、そう御所望しているわけだ」
「そんなこと言ってない」
「ごめんな、気付かなくて」
「……」
「これから猪狩のして欲しかったこと、ぜんぶしてあげる」
「…せいぜい、お手柔らかにたのむよ」
「仰せのままに、陛下」
どこでそんな悪ふざけを覚えてきたのか、パワプロはわざと大袈裟にボクの手を取って、その甲に口付けしてみせた。
「いやだって言っても、今日はやめてやれないからな」
「言わないよ、そんなこと」
「…これ以上、煽るな」
いつにない真剣な眼差しをボクは黙って受け止める。長い夜を思わせる熱い口付けに、ボクはうっとりと目を閉じた。
happy end!!
ーーーーーー
主守いい加減にしてくれ
(もっと)手を出されたい受けが好き好き侍
あまのがわのほとり
あまのがわのほとり (主人公と猪狩守)
ライバルだった。友達だった。同級生だった。幼馴染みだった。恋人だった。家族だった。オレと猪狩って、たぶんそういう関係だった。
きらり、夜空を翔る流れ星。頭の上を通り過ぎていったそれを目に入れたとき、不意にそんなことを思い付いた。走馬灯のようで、デジャビュのようで、未来のことのようにも思えた。ぽかり、口を開けたままほうけているオレを、猪狩は不思議そうな顔で見ている。正面からかち合う猪狩の瞳。青。まるで海のようで地球のようで、星のようでもあった。オレにとってはさっき見た流れ星よりも美しいものだ。それはたぶんずっと、今までも、これからもそうだった。
「さっきの流れ星。見た?」
「どこだい」
「もう見えないよ」
空を仰いで星を探す猪狩の横顔。まあるいお月様の照らす光の下で、それはよく見えた。
「猪狩。さっきの返事」
「ボクの答えはいつだって決まってるよ」
そんなの初耳だ。そう言うと、猪狩はくすくすと楽しそうに笑ってみせた。隣におまえがいること自体が答えであると、今夜のオレはまだ、気が付けないでいる。
ーーーーーーー
おぼえているよ
ライバルだった。友達だった。同級生だった。幼馴染みだった。恋人だった。家族だった。オレと猪狩って、たぶんそういう関係だった。
きらり、夜空を翔る流れ星。頭の上を通り過ぎていったそれを目に入れたとき、不意にそんなことを思い付いた。走馬灯のようで、デジャビュのようで、未来のことのようにも思えた。ぽかり、口を開けたままほうけているオレを、猪狩は不思議そうな顔で見ている。正面からかち合う猪狩の瞳。青。まるで海のようで地球のようで、星のようでもあった。オレにとってはさっき見た流れ星よりも美しいものだ。それはたぶんずっと、今までも、これからもそうだった。
「さっきの流れ星。見た?」
「どこだい」
「もう見えないよ」
空を仰いで星を探す猪狩の横顔。まあるいお月様の照らす光の下で、それはよく見えた。
「猪狩。さっきの返事」
「ボクの答えはいつだって決まってるよ」
そんなの初耳だ。そう言うと、猪狩はくすくすと楽しそうに笑ってみせた。隣におまえがいること自体が答えであると、今夜のオレはまだ、気が付けないでいる。
ーーーーーーー
おぼえているよ
今日の日はさようなら
今日の日はさようなら (主人公と猪狩守)
受け取るんじゃなかった。そうは思っても後の祭り、猪狩は半ば無理矢理渡された包みに目を落とした。応援しています、シンプルなメッセージカードが添えられたそれは、菓子か何かだろうか。手の中のそれを見つめながら、猪狩にしては珍しく溜息をつくのだった。
廊下を歩いているところを呼び止められたのは、つい先程のことだ。あの、猪狩くん。恥じらいながらこちらを見つめる女生徒。正直なところ、猪狩にとってはそれほど珍しくもない日常であった。いつものようにファンの女生徒から声を掛けられたとばかり思った猪狩は、慣れた様子で振り返った。ファンサービス、雑誌の記者にする受け答えのように、スカウトへ人当たりの良い笑顔を見せるように、猪狩は微笑んだ。
「あの、これ、パワプロくんに渡してほしくって、あの」
だから、女生徒の口からそんな言葉がこぼれて落ちたとき、猪狩は自分がどんな顔をしたのか分からない。きっとさぞや間の抜けた顔をしていたことだろう。ぼんやりしている猪狩に構わず、女生徒の方は半ばまくしたてるように用件を告げるのだった。要するに、自分の代わりにパワプロへ差し入れを渡してほしいと言うことらしかった。最近の猪狩くん、パワプロくんとすごく仲が良さそうだから。
渡されたそれを猪狩が思わず受け取ってしまったときには、すでに女生徒は風のように姿を消していた。呆気にとられた猪狩は、誰もいない廊下の先を黙って見つめるほかなかった。
経緯はどうあれ、受け取ってしまったからには、渡さないわけにはいかないだろう。苦い気持ちになりながら、猪狩は手の中のそれを改めて見る。どうして、このボクが。よりにもよって、あのパワプロに。感情の矛先は、女生徒ではなく、パワプロの方に向いていた。的外れな感情が、ふつふつと沸いては止まらなかった。あの、パワプロに!
「よお、猪狩」
振り返らなくても、分かった。こんな風に呑気な声で自分の名前を呼ぶ男は、この学校に一人しかいない。それにしてもなんというタイミングであろう。もう少しこいつが早く現れていれば、ボクはこんな目に遭わずに済んだというのに。そんな気持ちはおくびにも出さず、猪狩はつとめていつも通りを装って振り返った。手の中のそれを、そっとパワプロの方へ差し出す。
「ほら。渡したからな」
「えっ?なにこれ?お前が、オレに?」
「そんなわけないだろう。キミのファンだという女生徒に、さっき頼まれたんだよ。確かに、渡したからな」
「えー!?オレに?」
嬉しそうに色めき立ったパワプロは、飛び上がるようにして喜んだ。その嬉しそうな顔を見ていると、先程まで沸き上がっていた感情が煮え立つようであった。腹の底が焦げ付くような居心地のわるさは、今までに感じたことのないものだ。だから、感情そのままに言葉がついて出る。
「甲子園に出ると、キミのような人間にもファンが現れるんだな」
「いちいち引っかかる言い方だなー。でもいいや、そっか、オレのファンかー!どんな子だった?名前は?」
「知らないよ」
本当に知らないのに、パワプロはしつこく尋ねてくる。やっぱり、受け取るんじゃなかった。後悔先に立たずとは、まさにこのことである。廊下ではしゃぎ回るパワプロを、さっきの女生徒に見せてやりたいと猪狩は思った。こんなに喜ぶのだ、やはり自分で伝えなければ、意味がない。この気持ちが、どこかの誰かに、先を越されてしまう前に。
自分ではない他の誰かに、とられてしまう前に。
そう思い付いたとき、猪狩は驚いて思わず声をあげていた。
「えっ?」
「猪狩?どうしたんだよ」
「いや…」
「あ、そうだ。ここで会ったついでに、数学の教科書持ってたら貸してくんない?」
「…また忘れたのかい」
「宿題ごとな!」
「胸を張るんじゃない」
いつもの調子が戻ったことにほっとして、猪狩は人知れず息をついた。芽吹いた感情がこれからどんな変化をもたらすのか、猪狩自身すらもまだ、預かり知らぬことだ。
吹き抜ける風は、いつの間にか夏から秋の匂いへと変わっていた。
了
ーーーーーーーーーーー
こんな女いる?(いねー!)
主守を主守たらしめる装置として登場してもらいましたよごめんなさいね
片思いする守さんがムーブメント
受け取るんじゃなかった。そうは思っても後の祭り、猪狩は半ば無理矢理渡された包みに目を落とした。応援しています、シンプルなメッセージカードが添えられたそれは、菓子か何かだろうか。手の中のそれを見つめながら、猪狩にしては珍しく溜息をつくのだった。
廊下を歩いているところを呼び止められたのは、つい先程のことだ。あの、猪狩くん。恥じらいながらこちらを見つめる女生徒。正直なところ、猪狩にとってはそれほど珍しくもない日常であった。いつものようにファンの女生徒から声を掛けられたとばかり思った猪狩は、慣れた様子で振り返った。ファンサービス、雑誌の記者にする受け答えのように、スカウトへ人当たりの良い笑顔を見せるように、猪狩は微笑んだ。
「あの、これ、パワプロくんに渡してほしくって、あの」
だから、女生徒の口からそんな言葉がこぼれて落ちたとき、猪狩は自分がどんな顔をしたのか分からない。きっとさぞや間の抜けた顔をしていたことだろう。ぼんやりしている猪狩に構わず、女生徒の方は半ばまくしたてるように用件を告げるのだった。要するに、自分の代わりにパワプロへ差し入れを渡してほしいと言うことらしかった。最近の猪狩くん、パワプロくんとすごく仲が良さそうだから。
渡されたそれを猪狩が思わず受け取ってしまったときには、すでに女生徒は風のように姿を消していた。呆気にとられた猪狩は、誰もいない廊下の先を黙って見つめるほかなかった。
経緯はどうあれ、受け取ってしまったからには、渡さないわけにはいかないだろう。苦い気持ちになりながら、猪狩は手の中のそれを改めて見る。どうして、このボクが。よりにもよって、あのパワプロに。感情の矛先は、女生徒ではなく、パワプロの方に向いていた。的外れな感情が、ふつふつと沸いては止まらなかった。あの、パワプロに!
「よお、猪狩」
振り返らなくても、分かった。こんな風に呑気な声で自分の名前を呼ぶ男は、この学校に一人しかいない。それにしてもなんというタイミングであろう。もう少しこいつが早く現れていれば、ボクはこんな目に遭わずに済んだというのに。そんな気持ちはおくびにも出さず、猪狩はつとめていつも通りを装って振り返った。手の中のそれを、そっとパワプロの方へ差し出す。
「ほら。渡したからな」
「えっ?なにこれ?お前が、オレに?」
「そんなわけないだろう。キミのファンだという女生徒に、さっき頼まれたんだよ。確かに、渡したからな」
「えー!?オレに?」
嬉しそうに色めき立ったパワプロは、飛び上がるようにして喜んだ。その嬉しそうな顔を見ていると、先程まで沸き上がっていた感情が煮え立つようであった。腹の底が焦げ付くような居心地のわるさは、今までに感じたことのないものだ。だから、感情そのままに言葉がついて出る。
「甲子園に出ると、キミのような人間にもファンが現れるんだな」
「いちいち引っかかる言い方だなー。でもいいや、そっか、オレのファンかー!どんな子だった?名前は?」
「知らないよ」
本当に知らないのに、パワプロはしつこく尋ねてくる。やっぱり、受け取るんじゃなかった。後悔先に立たずとは、まさにこのことである。廊下ではしゃぎ回るパワプロを、さっきの女生徒に見せてやりたいと猪狩は思った。こんなに喜ぶのだ、やはり自分で伝えなければ、意味がない。この気持ちが、どこかの誰かに、先を越されてしまう前に。
自分ではない他の誰かに、とられてしまう前に。
そう思い付いたとき、猪狩は驚いて思わず声をあげていた。
「えっ?」
「猪狩?どうしたんだよ」
「いや…」
「あ、そうだ。ここで会ったついでに、数学の教科書持ってたら貸してくんない?」
「…また忘れたのかい」
「宿題ごとな!」
「胸を張るんじゃない」
いつもの調子が戻ったことにほっとして、猪狩は人知れず息をついた。芽吹いた感情がこれからどんな変化をもたらすのか、猪狩自身すらもまだ、預かり知らぬことだ。
吹き抜ける風は、いつの間にか夏から秋の匂いへと変わっていた。
了
ーーーーーーーーーーー
こんな女いる?(いねー!)
主守を主守たらしめる装置として登場してもらいましたよごめんなさいね
片思いする守さんがムーブメント
ほしぞらは粉砂糖にかわる
主人公×猪狩守
ほしぞらは粉砂糖にかわる
夜の匂いがする。
そういうようなことを言うと、隣を歩く猪狩は興味がなさそうに、ふうんと言った。オレも猪狩も酔っていた。居酒屋からの帰り道、頬を撫ぜる夜風がすがすがしかった。
オレさ、猪狩のこと好きなんだ。ふうん。
そういうような会話を繰り返して、オレと猪狩は歩いている。夜。いつか、猪狩と三球勝負をした河原は、宵の闇にまぎれて水音だけが聞こえて来る。落っこちたら危ないだろう。川べり、もう少しすれば夜には蛍が飛び交うようになるだろう。
「猪狩、結婚しようぜ」
「いいよ」
オレも猪狩も酔っていた。だからオレは、隣を歩く猪狩の手をそっと掴んで繋いでみたし、猪狩もそれについて何も言わない。
酔っている猪狩は、いつも眠ってしまってこんな風に歩けないことをオレは知っている。酔っているオレは、こんな風に饒舌に話さないことを猪狩は知っている。オレたちは、知っているから、酔っているのだ。
夜空をまたたく星が、燦々と降り注ぐ太陽の光に変わるとき。オレも猪狩も今夜のことをちゃんと覚えているものだから、二人揃ってちゃんと恥ずかしい思いをするのだろう。
夜明けはもう、そこまで来ている。
ーーーーーーーー
ポエムーーーーーーー!!!!!!!!!
最大瞬間風速主守poem
いいよねだって主守だもん
ほしぞらは粉砂糖にかわる
夜の匂いがする。
そういうようなことを言うと、隣を歩く猪狩は興味がなさそうに、ふうんと言った。オレも猪狩も酔っていた。居酒屋からの帰り道、頬を撫ぜる夜風がすがすがしかった。
オレさ、猪狩のこと好きなんだ。ふうん。
そういうような会話を繰り返して、オレと猪狩は歩いている。夜。いつか、猪狩と三球勝負をした河原は、宵の闇にまぎれて水音だけが聞こえて来る。落っこちたら危ないだろう。川べり、もう少しすれば夜には蛍が飛び交うようになるだろう。
「猪狩、結婚しようぜ」
「いいよ」
オレも猪狩も酔っていた。だからオレは、隣を歩く猪狩の手をそっと掴んで繋いでみたし、猪狩もそれについて何も言わない。
酔っている猪狩は、いつも眠ってしまってこんな風に歩けないことをオレは知っている。酔っているオレは、こんな風に饒舌に話さないことを猪狩は知っている。オレたちは、知っているから、酔っているのだ。
夜空をまたたく星が、燦々と降り注ぐ太陽の光に変わるとき。オレも猪狩も今夜のことをちゃんと覚えているものだから、二人揃ってちゃんと恥ずかしい思いをするのだろう。
夜明けはもう、そこまで来ている。
ーーーーーーーー
ポエムーーーーーーー!!!!!!!!!
最大瞬間風速主守poem
いいよねだって主守だもん
blood night
※アプリ版ヴァンプ高校設定
主人公×猪狩守
blood night
血が飲みたい。練習中、チームメイトが転んで擦りむいた膝小僧、それを見てまさかそんなことを思う日が来るなんて。ごくり、飲み込んだ生唾を誤魔化すように、スポーツドリンクを手に取って一気に飲み干した。
ボールを落っことして、それを追いかけて転んで、気絶して、大きな屋敷のこれまた豪勢なベッドの上で目覚めたとき、自分は吸血鬼になっていた。そんなこと、信じられるだろうか。しかし、どれだけ否定しようともそれが真実だった。現に今の自分は、日光に弱く、血を吸わねば体調を崩す身体になってしまっていた。
そろそろ本当に血を飲まなければ、どうにかなってしまいそうだ。自分をこんなことにした本物の吸血鬼、神良美砂が言うには、そんなものは自分で調達してこいとのことだ。理屈は分かっていたとして、簡単に出来るのなら苦労はしない。
「なんだキミ。まだ残っていたのか」
ガチャリ、部室のドアノブを回して入って来たのは猪狩だった。今日も遅くまで自主練習していたのだろう、その額には大粒の汗が浮いている。それをタオルで拭った猪狩は、オレのことなんかちっとも気にしないそぶりで着替えを始めた。汗を吸ったアンダーシャツ、それを脱ぎ捨てると、猪狩の素肌が露わになった。ごくり。昼間と同じように、手元のドリンクを飲んでやり過ごそうとしても、渇きはちっとも収まらない。
いよいよ限界だ。もうどうなってもいい。そう思って背後から猪狩に近付いてそこへ唇を寄せたとき、不意に猪狩が振り返った。
「キミ。何してるんだい」
「えっと、その、あはは…」
「最近キミの様子がおかしいのは気が付いていたけど、それはさすがに失礼なんじゃないのかい」
「えっ、猪狩、お前まさか気付いて」
「いいか、こうやるんだ」
「んっ?」
猪狩の両腕が首の後ろに回されて、そのまま頭を固定される。なんだと思う間もなく、それは重なっていた。
キスされた。そう思ったときにはもう、猪狩はすでに腕を解いて離れてしまっている。
「なっなっな、猪狩、おまっ、なに」
「キミは、キスも知らないのか?」
「そうじゃなくて!なんで、いきなり!」
「キミが物欲しそうな顔をしているから、ボクからしてやったんだろう」
フン、と鼻をならしている猪狩がなにを考えているのかさっぱり分からないが、その顔は確かに血色良く上気していた。それを見て、あらゆる欲求が噴き出すように、身体が熱くなった。血が飲みたいどころの話ではない。火を付けたのは、お前だ。
「もう、我慢出来ない」
「……」
「猪狩、猪狩、猪狩、いかり」
「…聞こえているよ」
手始めに、その美味そうな、ずっとむしゃぶりつきたいと思っていた首筋に噛み付いた。猪狩が、小さく呻き声のような声を上げる。やめられない。やめられるわけがない。これがどんな欲求なのか、オレにはもう分からなかった。
「ああ、猪狩…」
物欲しそうに開いた猪狩の唇に自分のそれを押し付けて、オレはとうとう戻れない扉を開けてしまったのだった。今夜は長そうだと、それだけ思った。
了
ーーーーーーーーー
守さんの血を飲むってえっちすぎません?
私も飲みたい
主人公×猪狩守
blood night
血が飲みたい。練習中、チームメイトが転んで擦りむいた膝小僧、それを見てまさかそんなことを思う日が来るなんて。ごくり、飲み込んだ生唾を誤魔化すように、スポーツドリンクを手に取って一気に飲み干した。
ボールを落っことして、それを追いかけて転んで、気絶して、大きな屋敷のこれまた豪勢なベッドの上で目覚めたとき、自分は吸血鬼になっていた。そんなこと、信じられるだろうか。しかし、どれだけ否定しようともそれが真実だった。現に今の自分は、日光に弱く、血を吸わねば体調を崩す身体になってしまっていた。
そろそろ本当に血を飲まなければ、どうにかなってしまいそうだ。自分をこんなことにした本物の吸血鬼、神良美砂が言うには、そんなものは自分で調達してこいとのことだ。理屈は分かっていたとして、簡単に出来るのなら苦労はしない。
「なんだキミ。まだ残っていたのか」
ガチャリ、部室のドアノブを回して入って来たのは猪狩だった。今日も遅くまで自主練習していたのだろう、その額には大粒の汗が浮いている。それをタオルで拭った猪狩は、オレのことなんかちっとも気にしないそぶりで着替えを始めた。汗を吸ったアンダーシャツ、それを脱ぎ捨てると、猪狩の素肌が露わになった。ごくり。昼間と同じように、手元のドリンクを飲んでやり過ごそうとしても、渇きはちっとも収まらない。
いよいよ限界だ。もうどうなってもいい。そう思って背後から猪狩に近付いてそこへ唇を寄せたとき、不意に猪狩が振り返った。
「キミ。何してるんだい」
「えっと、その、あはは…」
「最近キミの様子がおかしいのは気が付いていたけど、それはさすがに失礼なんじゃないのかい」
「えっ、猪狩、お前まさか気付いて」
「いいか、こうやるんだ」
「んっ?」
猪狩の両腕が首の後ろに回されて、そのまま頭を固定される。なんだと思う間もなく、それは重なっていた。
キスされた。そう思ったときにはもう、猪狩はすでに腕を解いて離れてしまっている。
「なっなっな、猪狩、おまっ、なに」
「キミは、キスも知らないのか?」
「そうじゃなくて!なんで、いきなり!」
「キミが物欲しそうな顔をしているから、ボクからしてやったんだろう」
フン、と鼻をならしている猪狩がなにを考えているのかさっぱり分からないが、その顔は確かに血色良く上気していた。それを見て、あらゆる欲求が噴き出すように、身体が熱くなった。血が飲みたいどころの話ではない。火を付けたのは、お前だ。
「もう、我慢出来ない」
「……」
「猪狩、猪狩、猪狩、いかり」
「…聞こえているよ」
手始めに、その美味そうな、ずっとむしゃぶりつきたいと思っていた首筋に噛み付いた。猪狩が、小さく呻き声のような声を上げる。やめられない。やめられるわけがない。これがどんな欲求なのか、オレにはもう分からなかった。
「ああ、猪狩…」
物欲しそうに開いた猪狩の唇に自分のそれを押し付けて、オレはとうとう戻れない扉を開けてしまったのだった。今夜は長そうだと、それだけ思った。
了
ーーーーーーーーー
守さんの血を飲むってえっちすぎません?
私も飲みたい
溶けるアイスクリーム
溶けるアイスクリーム (主守)
「キミって、本当にバカなんだな」
斜向かい、二段重ねになったアイスクリームを食べている猪狩がそう言った。言いながら、アイスを食べる手はもちろん止めない。
「せめて、もう少し意義のある発言をしたらどうだい」
「オレにとっては、意義どころか超重要なことなんだけど」
オレがむくれてみせても、猪狩はどこ吹く風である。二人で映画を見た帰り、猪狩は大層機嫌が良さそうだった。だから軽口ついでにちょっと尋ねてみただけだ。猪狩って、ほんとにオレのこと好きなの?
「このボクが、ここまでしてやってるんだぞ」
「アイス食べてるだけだろ」
「そういうことじゃない」
猪狩の好きな、バニラとストロベリーのアイスクリーム。早く食べないと溶けてしまうのに、猪狩はいつもゆっくり食べる。オレはもう、とっくに食べ終わってしまったのに。
少し伸びた前髪をかきあげながら、猪狩がこちらを見る。そんな仕草すらいちいち様になっていて、格好良いなあなんて見惚れてしまうオレは、確かに猪狩の言う通り馬鹿には違いなかった。仕方ない、猪狩は格好良いのだ。
「このボクが、今日はトレーニングよりもキミを優先して付き合ってやってるんだぞ」
「いや、そもそもあの映画見たいって言ったの猪狩じゃん」
「そうだったかな」
しらじらしく言った猪狩が笑っている。やっぱり、今日は本当に機嫌が良さそうだ。何か良いことでもあったんだろうか。それをそのまま尋ねると、猪狩はどうしようもないものを見るような目でこちらを見返すのだった。
「どうしようもないな、キミは」
「何がだよ。猪狩がやけに楽しそうだから、なんかいいことあったのかって聞いただけだろ」
「そんなの、キミと一緒にいるからに決まっているだろ」
アイスを舐めながら、猪狩はなんでもないように言う。コーンの部分に辿り着いた猪狩が、それを美味そうに齧っているのをぼんやりと見ながら、オレはようやくその言葉の意味を理解して、一気に顔に熱が集まった。
「オレ、もう一個食べようかな」
「腹を壊すぞ」
「じゃあ、それ一口ちょうだい」
「あっ、おい!」
食べるのが遅い猪狩のせいで、アイスはすっかり溶けてしまっている。それは今まで食べたどんなアイスよりも美味しくて、オレはもう笑うしかなかった。つられて笑った猪狩の顔は、溶けたアイスクリームよりも甘かった。
了
ーーーーーーー
めちゃくちゃイチャイチャしてる。主守だから。
「キミって、本当にバカなんだな」
斜向かい、二段重ねになったアイスクリームを食べている猪狩がそう言った。言いながら、アイスを食べる手はもちろん止めない。
「せめて、もう少し意義のある発言をしたらどうだい」
「オレにとっては、意義どころか超重要なことなんだけど」
オレがむくれてみせても、猪狩はどこ吹く風である。二人で映画を見た帰り、猪狩は大層機嫌が良さそうだった。だから軽口ついでにちょっと尋ねてみただけだ。猪狩って、ほんとにオレのこと好きなの?
「このボクが、ここまでしてやってるんだぞ」
「アイス食べてるだけだろ」
「そういうことじゃない」
猪狩の好きな、バニラとストロベリーのアイスクリーム。早く食べないと溶けてしまうのに、猪狩はいつもゆっくり食べる。オレはもう、とっくに食べ終わってしまったのに。
少し伸びた前髪をかきあげながら、猪狩がこちらを見る。そんな仕草すらいちいち様になっていて、格好良いなあなんて見惚れてしまうオレは、確かに猪狩の言う通り馬鹿には違いなかった。仕方ない、猪狩は格好良いのだ。
「このボクが、今日はトレーニングよりもキミを優先して付き合ってやってるんだぞ」
「いや、そもそもあの映画見たいって言ったの猪狩じゃん」
「そうだったかな」
しらじらしく言った猪狩が笑っている。やっぱり、今日は本当に機嫌が良さそうだ。何か良いことでもあったんだろうか。それをそのまま尋ねると、猪狩はどうしようもないものを見るような目でこちらを見返すのだった。
「どうしようもないな、キミは」
「何がだよ。猪狩がやけに楽しそうだから、なんかいいことあったのかって聞いただけだろ」
「そんなの、キミと一緒にいるからに決まっているだろ」
アイスを舐めながら、猪狩はなんでもないように言う。コーンの部分に辿り着いた猪狩が、それを美味そうに齧っているのをぼんやりと見ながら、オレはようやくその言葉の意味を理解して、一気に顔に熱が集まった。
「オレ、もう一個食べようかな」
「腹を壊すぞ」
「じゃあ、それ一口ちょうだい」
「あっ、おい!」
食べるのが遅い猪狩のせいで、アイスはすっかり溶けてしまっている。それは今まで食べたどんなアイスよりも美味しくて、オレはもう笑うしかなかった。つられて笑った猪狩の顔は、溶けたアイスクリームよりも甘かった。
了
ーーーーーーー
めちゃくちゃイチャイチャしてる。主守だから。
夏が来る
夏が来る (主人公×猪狩守)
「おまえのことが、好きだ。」
そういうことを自分に向かって言った人間が、今日も呑気な顔をして隣を歩いている。そうして話す内容は実に平々凡々代わり映えのないもので、今日も天気が良いだとか、昨日のプロ野球の結果がどうだとか、そんなことだ。そんな話に無難な相槌を打っている自分も自分であった。
「なあ、猪狩」
そうやって自分の名前を呼ぶパワプロの顔は腑抜けた間抜け顔なのだが、なかなかどうして、その顔がボクはキライではなかった。よくもまあそんなに、嬉しそうにして笑うものだ。その顔をさせているのが他ならぬ自分自身なのだと思うと、今までに感じたことのない気持ちになる。だってパワプロは、ボクのことが好きなのだ。典型的な告白、そして模範的な回答。その結果が、現在の「これ」だった。
「そういえば、この前進くんに会ったんだけど」
急に弟の名前が出たことに、ボクはぴくりと眉根を動かした。どうやら、休日に偶然本屋で弟に会ったようだ。その日の進は、料理の本を見ていたらしい。「進くん、料理も得意なんてすごいね」、パワプロが言う。そうだ、ボクの弟はすごいのだ。野球が出来て、料理も出来て、もちろん勉強だって出来る。自慢の弟だ。そう思うのに、ボクの口は重く閉ざされたまま、何も言うことはなかった。
そのうち、本屋の後に二人で一緒にバッティングセンターに行った話が続いた。そんなのは、初めて聞いた。進も、そんなことは今まで一言も言っていなかった。ボクはこっそりと息をつく。何も変わらないのに、こんなところばかりが変わってしまった。変わらないというのは、交際を始めてからも今まで通りのパワプロと自分のことで、変わってしまったのは、くだらぬことに嫉妬心を覚えるようになったことを指す。大変バカらしいことだと思う。そうだとは思うのに、やめられないのもまた、バカのようだった。
ボクとパワプロの実質的な関係性が変わらないのなら、余計なことを言わないでいて欲しかった。そう思う。そうすれば、ボクは今まで通りに過ごしていて、余計な勘ぐりもしなければ、くだらぬ嫉妬心を抱くこともなかったのに。これはぜんぶお前のせいだ。
「猪狩さ。それって、わざとやってるの?」
なんのことだ。問おうと顔を上げたところで、パワプロが赤い顔でこちらを見つめているものだから驚いた。なんのことだ。やはり、声にはならなかった。パワプロが、覆いかぶさるようにしてこちらを覗き込む。声を上げようとした唇に、それは柔らかく重なった。ぎこちなく押し当てられただけのそれがゆっくりと離れていく。
「猪狩のばか」
「はあ?」
「ばーかばーか!」
「バカとはなんだ!」
勝手に先を行くパワプロを追い掛ける。わけの分からぬことばかりだ。さっきのあれも、パワプロの態度も、きちんと説明してもらわなければ困る。
「おい」
「なんか、やだ」
「なんの話をしてるんだ」
「オレばっかり、猪狩のこと好きみたいで」
「はあ?」
漏れたのは心からの声だったが、パワプロには不服であったらしい。
「そういうとこだよ」
「どういうところだ」
「猪狩、オレが告白した後もいつも通りの態度じゃん。オレが誘っても普通に断るし。野球の方が好きだし大事だし一番だし」
「当たり前だろう」
「なのに。オレが誰かと遊びに行った話とかすると、あからさまにヤキモチ焼くようになってさ。そんなのずるいよ。困る。猪狩のこと、もっと好きになっちゃうじゃんか」
「……」
「…黙るなよ」
何も変わらないなんて、ウソだった。自分もパワプロも、こんなにも変わってしまった。
「キミこそ」
「ん?」
「勝手にああいうことをするな」
「嫌だった?」
「…イヤじゃないから、困る」
「猪狩!!」
「いちいちくっ付くな、暑苦しい、そもそもここは往来だ!」
がばり、勢いよくこちらを抱くその腕の中に閉じ込められる。暑いのに、練習後で汗臭いのに、道端でみっともないのに、それを嬉しいと思ってしまう自分に言い訳するように目を閉じた。顔が熱いのは、夏のせいだ。そういうことにする。ぜんぶぜんぶ、夏のせいだ。だから、今度はゆっくりと降りてきたその唇に再び瞼を下ろしたのも、夏のせいに違いなかった。
了
ーーーーーー
日本の夏、主守の夏
たまにはこういう主人公ちゃんもかわいいですね
「おまえのことが、好きだ。」
そういうことを自分に向かって言った人間が、今日も呑気な顔をして隣を歩いている。そうして話す内容は実に平々凡々代わり映えのないもので、今日も天気が良いだとか、昨日のプロ野球の結果がどうだとか、そんなことだ。そんな話に無難な相槌を打っている自分も自分であった。
「なあ、猪狩」
そうやって自分の名前を呼ぶパワプロの顔は腑抜けた間抜け顔なのだが、なかなかどうして、その顔がボクはキライではなかった。よくもまあそんなに、嬉しそうにして笑うものだ。その顔をさせているのが他ならぬ自分自身なのだと思うと、今までに感じたことのない気持ちになる。だってパワプロは、ボクのことが好きなのだ。典型的な告白、そして模範的な回答。その結果が、現在の「これ」だった。
「そういえば、この前進くんに会ったんだけど」
急に弟の名前が出たことに、ボクはぴくりと眉根を動かした。どうやら、休日に偶然本屋で弟に会ったようだ。その日の進は、料理の本を見ていたらしい。「進くん、料理も得意なんてすごいね」、パワプロが言う。そうだ、ボクの弟はすごいのだ。野球が出来て、料理も出来て、もちろん勉強だって出来る。自慢の弟だ。そう思うのに、ボクの口は重く閉ざされたまま、何も言うことはなかった。
そのうち、本屋の後に二人で一緒にバッティングセンターに行った話が続いた。そんなのは、初めて聞いた。進も、そんなことは今まで一言も言っていなかった。ボクはこっそりと息をつく。何も変わらないのに、こんなところばかりが変わってしまった。変わらないというのは、交際を始めてからも今まで通りのパワプロと自分のことで、変わってしまったのは、くだらぬことに嫉妬心を覚えるようになったことを指す。大変バカらしいことだと思う。そうだとは思うのに、やめられないのもまた、バカのようだった。
ボクとパワプロの実質的な関係性が変わらないのなら、余計なことを言わないでいて欲しかった。そう思う。そうすれば、ボクは今まで通りに過ごしていて、余計な勘ぐりもしなければ、くだらぬ嫉妬心を抱くこともなかったのに。これはぜんぶお前のせいだ。
「猪狩さ。それって、わざとやってるの?」
なんのことだ。問おうと顔を上げたところで、パワプロが赤い顔でこちらを見つめているものだから驚いた。なんのことだ。やはり、声にはならなかった。パワプロが、覆いかぶさるようにしてこちらを覗き込む。声を上げようとした唇に、それは柔らかく重なった。ぎこちなく押し当てられただけのそれがゆっくりと離れていく。
「猪狩のばか」
「はあ?」
「ばーかばーか!」
「バカとはなんだ!」
勝手に先を行くパワプロを追い掛ける。わけの分からぬことばかりだ。さっきのあれも、パワプロの態度も、きちんと説明してもらわなければ困る。
「おい」
「なんか、やだ」
「なんの話をしてるんだ」
「オレばっかり、猪狩のこと好きみたいで」
「はあ?」
漏れたのは心からの声だったが、パワプロには不服であったらしい。
「そういうとこだよ」
「どういうところだ」
「猪狩、オレが告白した後もいつも通りの態度じゃん。オレが誘っても普通に断るし。野球の方が好きだし大事だし一番だし」
「当たり前だろう」
「なのに。オレが誰かと遊びに行った話とかすると、あからさまにヤキモチ焼くようになってさ。そんなのずるいよ。困る。猪狩のこと、もっと好きになっちゃうじゃんか」
「……」
「…黙るなよ」
何も変わらないなんて、ウソだった。自分もパワプロも、こんなにも変わってしまった。
「キミこそ」
「ん?」
「勝手にああいうことをするな」
「嫌だった?」
「…イヤじゃないから、困る」
「猪狩!!」
「いちいちくっ付くな、暑苦しい、そもそもここは往来だ!」
がばり、勢いよくこちらを抱くその腕の中に閉じ込められる。暑いのに、練習後で汗臭いのに、道端でみっともないのに、それを嬉しいと思ってしまう自分に言い訳するように目を閉じた。顔が熱いのは、夏のせいだ。そういうことにする。ぜんぶぜんぶ、夏のせいだ。だから、今度はゆっくりと降りてきたその唇に再び瞼を下ろしたのも、夏のせいに違いなかった。
了
ーーーーーー
日本の夏、主守の夏
たまにはこういう主人公ちゃんもかわいいですね
夏とタピオカ
夏とタピオカ(主守)
甘い。それが、この飲み物に対する感想であった。隣で同じものを飲んでいるパワプロが言うには、現在若者を中心に大変流行している飲み物だそうだ。なんでそんなものをこいつと一緒に、それもわざわざ並んでまで飲んでいるのか、よく分からない。
それでも、誘われるまま付いて行ってしまうのは、知らないものに対する好奇心、そしていつだって能天気すぎるパワプロの笑顔のせいであった。猪狩、行こうぜ。何にも考えていないこいつは、いつもそんな風にボクに声を掛ける。こちらの都合も機嫌も全然関係なさそうに、パワプロは笑ってボクを呼ぶのだ。それになんだかんだと小言をこぼしながらも付き合ってしまうのが、このところのお決まりだった。
ついこの間は、ハンバーガー。その次はラーメン。クレープというものを食べたこともあった。次々と提案されるそれに、次は一体何を食べに行くのか、内心で期待をするようになってしまっていることは断じて秘密だ。これもこれも、パワプロが悪い。そういうことにしておく。
「これがいま大流行中のタピオカドリンクか」
「甘すぎるぞ」
「確かに。でも、このモチモチした何かは美味いな」
「キミね。何か、って、それこそがタピオカという代物じゃないのかい」
「ていうか、タピオカって、なに?」
「キャッサバの根茎から製造したデンプンのことだ」
「え、キャッサバってなに?」
「……」
尋ねておきながら、パワプロはさして気にした様子もなく無邪気に笑っている。ボクは黙って手元のドリンクを吸い上げた。
「猪狩って、変なことは知ってるんだな」
「変なことって、なんだ」
他愛のない会話。それなのに、不思議と心地良いのはなぜだろう。気を使う必要がないからだろうか。思い返せば、部活動の入部の際に初めて会ったときから、ボクはこいつに対して気を使ったことがない。自分の好きなように振る舞うこと、それはいつも通りのボクであったが、それに対して真正面からぶつかって来るやつがいるのは、いつも通りではなかった。パワプロは、不思議なやつだった。
「でも猪狩、甘いの好きだろ?」
「キライじゃない」
「今度、猪狩の好きなロールケーキの店、教えてよ」
「なんで知ってるんだ」
パワプロは笑うばかりだ。おそらく、進辺りがパワプロに話したんだろう。弟は、自分と同じく甘いものが好物だった。
「なあ。次はどこ行こっか」
パワプロは笑っている。知らぬ顔で飲み干したタピオカドリンクは、やっぱりとても甘かった。
了
ーーーーーーーーー
タピオカて。細かいことはお気になさらず
主人公と守さんには、いろんなところに行っていろんな美味しいものをたくさん食べてほしい
甘い。それが、この飲み物に対する感想であった。隣で同じものを飲んでいるパワプロが言うには、現在若者を中心に大変流行している飲み物だそうだ。なんでそんなものをこいつと一緒に、それもわざわざ並んでまで飲んでいるのか、よく分からない。
それでも、誘われるまま付いて行ってしまうのは、知らないものに対する好奇心、そしていつだって能天気すぎるパワプロの笑顔のせいであった。猪狩、行こうぜ。何にも考えていないこいつは、いつもそんな風にボクに声を掛ける。こちらの都合も機嫌も全然関係なさそうに、パワプロは笑ってボクを呼ぶのだ。それになんだかんだと小言をこぼしながらも付き合ってしまうのが、このところのお決まりだった。
ついこの間は、ハンバーガー。その次はラーメン。クレープというものを食べたこともあった。次々と提案されるそれに、次は一体何を食べに行くのか、内心で期待をするようになってしまっていることは断じて秘密だ。これもこれも、パワプロが悪い。そういうことにしておく。
「これがいま大流行中のタピオカドリンクか」
「甘すぎるぞ」
「確かに。でも、このモチモチした何かは美味いな」
「キミね。何か、って、それこそがタピオカという代物じゃないのかい」
「ていうか、タピオカって、なに?」
「キャッサバの根茎から製造したデンプンのことだ」
「え、キャッサバってなに?」
「……」
尋ねておきながら、パワプロはさして気にした様子もなく無邪気に笑っている。ボクは黙って手元のドリンクを吸い上げた。
「猪狩って、変なことは知ってるんだな」
「変なことって、なんだ」
他愛のない会話。それなのに、不思議と心地良いのはなぜだろう。気を使う必要がないからだろうか。思い返せば、部活動の入部の際に初めて会ったときから、ボクはこいつに対して気を使ったことがない。自分の好きなように振る舞うこと、それはいつも通りのボクであったが、それに対して真正面からぶつかって来るやつがいるのは、いつも通りではなかった。パワプロは、不思議なやつだった。
「でも猪狩、甘いの好きだろ?」
「キライじゃない」
「今度、猪狩の好きなロールケーキの店、教えてよ」
「なんで知ってるんだ」
パワプロは笑うばかりだ。おそらく、進辺りがパワプロに話したんだろう。弟は、自分と同じく甘いものが好物だった。
「なあ。次はどこ行こっか」
パワプロは笑っている。知らぬ顔で飲み干したタピオカドリンクは、やっぱりとても甘かった。
了
ーーーーーーーーー
タピオカて。細かいことはお気になさらず
主人公と守さんには、いろんなところに行っていろんな美味しいものをたくさん食べてほしい
夏とハンバーガー
夏とハンバーガー (主人公と猪狩守)
もしかして猪狩は、今までにハンバーガーを食べたことがないんじゃないか。オレがそれを確信したのは、目の前の猪狩が「ナイフとフォークはどこだ」と尋ねてきたからだ。思えば、猪狩は店に入る前から妙にそわそわしていて、何がそんなに珍しいのか、店内をきょろきょろと眺めては落ち着かない様子だった。
猪狩の家が随分な資産家らしいことは知っていたが、まさかこれほどまでだったとは。言われてみれば確かに、猪狩とファーストフードの組み合わせはなかなか似合わない。
テーブルに置かれたハンバーガーセットが二つ。猪狩に先に席を取っておいてと頼んだオレが、一緒に注文したものだ。新発売、学生限定、この時間帯だけはなんと通常の半額で食べられるのだ。そういうわけでオレは猪狩を誘ったのだった。
「これは、このまま食べるんだよ」
包みを剥がしてそのまま口へ運ぶと、猪狩も同じように、ゆっくりとハンバーガーを口にするのだった。瞳を瞬かせ、黙って食べ進める様子を見ると、どうやら気に入ったようだ。それを見ながら、オレは口いっぱいに入れたパンをバニラシェイクで流し込んだ。美味い。
しかし、オレが食べているものと同じパンであるのに、猪狩が両手で掴んでいるだけでいやに恭しく見えるのは何故だろうか。ハンバーガーを食べているだけなのに、その口元は妙に涼しげで気品すら感じられた。
「猪狩、この前はテスト直前に悪かったな、ありがとう。おかげで、なんとか赤点だけは免れたよ」
「フン。このボクがわざわざ教えてやったんだ、当然だろう」
「これは一応、その御礼。オレの奢りで」
「そうかい」
「美味いな。これ、新発売なんだって」
「へえ」
言いながらポテトを摘んで口に入れると、猪狩は珍しいものを見るような目でそれを見ていた。なるほど、ナイフとフォークを要求した猪狩のことだ、こちらも珍しいに違いない。面白かったので、オレはポテトをひとつ摘んで、猪狩の口元に差し出してやった。
「なんだい」
「ん、いや、別に」
「……」
「食べないのか?」
食べるさ。そんな風に言う声が聞こえたような気がしたが、実際には猪狩は黙ってそれを口にするだけだった。静かに飲み込み、今度は自分から手を伸ばす。どうやらこちらもお気に召したらしい。誤魔化すように吸い上げたバニラシェイクは、なんだかいつもより甘かった。
「今度は、矢部くんも誘って一緒に来よっか」
「ああ」
いつになく素直な返事に、オレは笑った。今度は、牛丼を食べに行くのもいいかもしれない。ラーメンも捨てがたい。食券を買ってから食事をすること、猪狩は知っているだろうか。きっと、物珍しそうにボタンを押すんだろう。
「なに笑ってるんだ」
「いや、楽しいなって」
「急に、変なやつだな」
猪狩にしては珍しく、困ったような顔をするのだった。それもまた、楽しい。今年は猛暑になるらしい、ある夏の日のことだ。
了
ーーーーーーーーー
学生主守。ふたりでいっぱい思い出作ってくれい
もしかして猪狩は、今までにハンバーガーを食べたことがないんじゃないか。オレがそれを確信したのは、目の前の猪狩が「ナイフとフォークはどこだ」と尋ねてきたからだ。思えば、猪狩は店に入る前から妙にそわそわしていて、何がそんなに珍しいのか、店内をきょろきょろと眺めては落ち着かない様子だった。
猪狩の家が随分な資産家らしいことは知っていたが、まさかこれほどまでだったとは。言われてみれば確かに、猪狩とファーストフードの組み合わせはなかなか似合わない。
テーブルに置かれたハンバーガーセットが二つ。猪狩に先に席を取っておいてと頼んだオレが、一緒に注文したものだ。新発売、学生限定、この時間帯だけはなんと通常の半額で食べられるのだ。そういうわけでオレは猪狩を誘ったのだった。
「これは、このまま食べるんだよ」
包みを剥がしてそのまま口へ運ぶと、猪狩も同じように、ゆっくりとハンバーガーを口にするのだった。瞳を瞬かせ、黙って食べ進める様子を見ると、どうやら気に入ったようだ。それを見ながら、オレは口いっぱいに入れたパンをバニラシェイクで流し込んだ。美味い。
しかし、オレが食べているものと同じパンであるのに、猪狩が両手で掴んでいるだけでいやに恭しく見えるのは何故だろうか。ハンバーガーを食べているだけなのに、その口元は妙に涼しげで気品すら感じられた。
「猪狩、この前はテスト直前に悪かったな、ありがとう。おかげで、なんとか赤点だけは免れたよ」
「フン。このボクがわざわざ教えてやったんだ、当然だろう」
「これは一応、その御礼。オレの奢りで」
「そうかい」
「美味いな。これ、新発売なんだって」
「へえ」
言いながらポテトを摘んで口に入れると、猪狩は珍しいものを見るような目でそれを見ていた。なるほど、ナイフとフォークを要求した猪狩のことだ、こちらも珍しいに違いない。面白かったので、オレはポテトをひとつ摘んで、猪狩の口元に差し出してやった。
「なんだい」
「ん、いや、別に」
「……」
「食べないのか?」
食べるさ。そんな風に言う声が聞こえたような気がしたが、実際には猪狩は黙ってそれを口にするだけだった。静かに飲み込み、今度は自分から手を伸ばす。どうやらこちらもお気に召したらしい。誤魔化すように吸い上げたバニラシェイクは、なんだかいつもより甘かった。
「今度は、矢部くんも誘って一緒に来よっか」
「ああ」
いつになく素直な返事に、オレは笑った。今度は、牛丼を食べに行くのもいいかもしれない。ラーメンも捨てがたい。食券を買ってから食事をすること、猪狩は知っているだろうか。きっと、物珍しそうにボタンを押すんだろう。
「なに笑ってるんだ」
「いや、楽しいなって」
「急に、変なやつだな」
猪狩にしては珍しく、困ったような顔をするのだった。それもまた、楽しい。今年は猛暑になるらしい、ある夏の日のことだ。
了
ーーーーーーーーー
学生主守。ふたりでいっぱい思い出作ってくれい

