悪癖
悪癖 (主人公と猪狩進)
「オレ、進くんのことが好きなんだ」
目の前でそう言った人の顔をまじまじと見て、僕はにっこりと微笑んだ。それを了承の意とでも取ったのか、そのひとは嬉しそうに破顔した。大袈裟に両手を上げて、もう一度好きだと言って、僕を抱き締める。僕はされるまま、その人の腕の中でにこにこと微笑んでいる。あーあ。進くん、好きだ。僕も、好きですよ。嬉しい。僕も、嬉しいです。あーあ。ずっと前から好きだった。僕も、です。夢みたいだ。そうですね。夢なら良かったのに。
確かに僕は、この人のことが好きだった。兄のことを好きな、この人のことが、好きだった。僕なんかに目もくれず、兄の方を向いているその目と横顔が好きだった。それなのに、あーあ。自分には昔から、そういうところがあった。幼少期より続く兄へのコンプレックスを拗らせた産物だと自己分析したこともあるが、真実はもう自分にも分からない。
「オレと、付き合ってください」
そう言われて僕は、やっぱりいつものように笑っていた。
了
ーーーーーーー
すぐ進くんでこういう話書いてしまう
好きなんだ
進くん
「オレ、進くんのことが好きなんだ」
目の前でそう言った人の顔をまじまじと見て、僕はにっこりと微笑んだ。それを了承の意とでも取ったのか、そのひとは嬉しそうに破顔した。大袈裟に両手を上げて、もう一度好きだと言って、僕を抱き締める。僕はされるまま、その人の腕の中でにこにこと微笑んでいる。あーあ。進くん、好きだ。僕も、好きですよ。嬉しい。僕も、嬉しいです。あーあ。ずっと前から好きだった。僕も、です。夢みたいだ。そうですね。夢なら良かったのに。
確かに僕は、この人のことが好きだった。兄のことを好きな、この人のことが、好きだった。僕なんかに目もくれず、兄の方を向いているその目と横顔が好きだった。それなのに、あーあ。自分には昔から、そういうところがあった。幼少期より続く兄へのコンプレックスを拗らせた産物だと自己分析したこともあるが、真実はもう自分にも分からない。
「オレと、付き合ってください」
そう言われて僕は、やっぱりいつものように笑っていた。
了
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すぐ進くんでこういう話書いてしまう
好きなんだ
進くん
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類似品
類似品(5/猪狩進→主人公と猪狩守)
幼い頃は、よく双子に間違われた。僕と、一つ上の兄である猪狩守の顔はよく似ている。高校生となった今でこそ体格差があるものの、幼少期の頃の兄は他の子供と比べても小柄だった。よく似た兄弟。二人とも野球をする。態度が大きくて目立ちたがりの兄、謙虚で礼儀正しい弟の僕。マウンドに立つ兄はピッチャーで、それを受けるキャッチャーが僕、猪狩進だ。比べるなという方が無理な話であろう。まして、子供の世界であれば、なおさら。僕の人生は、兄が歩いた後に出来る影を踏んで歩くようなものだった。
「弟よ、この程度の奴に、あいさつする必要はないぞ。バカがうつるかもしれないからな」
そう言う兄はフンと笑って、それを見た他校の野球部員、名前をパワプロさんといって、その人は怒っていた。気になる人間にあらぬちょっかいをかけるのは、昔から兄の悪癖であった。兄はこの人のことを気に入っている。初めて会った時から、僕は分かっていた。なにしろ、僕と兄はよく似ている。
よくもまあこれほどまでに道端で偶然出会うものだと思ったが、不思議なほどパワプロさんとはよく遭遇した。今日は、兄と連れ立ってランニングをしている最中に出くわし、僕のトレーニングに付き合うといった兄は自転車に乗っていた。その自転車でわざわざ前方を歩いていたパワプロさんにぶつかりに行ったのだから、相当だ。まるで小学三年生程度の、気の引き方。当然だが案の定パワプロさんは怒り出して、僕は兄の隣でその様子を眺めていた。
「パワプロさん、こんにちは。兄が、すみません」
「あっ、進くん!いやいいんだよ、進くんが謝ることじゃないし」
「なんだ、ボクの弟にいやに馴れ馴れしいなキミは」
「この前、一緒にゲームセンターに行ったんですよ」
兄はきょとんとしている。大きな目を丸くして、二の句が継げないのか黙っている。もちろんそんなことに気付きもしないパワプロさんは、楽しそうに続けた。
「そうそう、進くんすっごく上手だからびっくりしたよ!」
「たまたまですよ。そうだ、せっかくですし、今日はこの前言ってたバッティングセンターに行きませんか?」
「いいね!行く行く!」
「兄さんは、どうします?」
「……」
兄がこんな顔をするのを初めて見た。自分の知らない僕の交友関係に戸惑っているのだろう。しかも相手は、無自覚ながら慕っているパワプロさんなのだから。
パワプロさんは、いい人だ。彼の友人に、初対面で「猪狩二号」だなんて紹介された僕に対して、全くそのように扱わず、振る舞わず、猪狩進として接してくれた。僕がこの人を慕うのは、息をするより自然なことであった。
パワプロさんは、魅力的だ。優しくて、おおらかで、野球が好きで、笑った顔が眩しい。兄さんには、よく分かることでしょう。なにせ、僕とあなたは大変よく似ている。
「ボクは、行かない」
「そうですか。じゃあパワプロさん、行きましょう」
「猪狩、お前も一緒に行こうぜ」
「フン。キミみたいなヘタクソと一緒に行くわけがないだろう」
「なんだとー!」
パワプロさん、あなたは優しい。そして、優しいあなたが僕を選んでくれないことを、僕はよく知っている。似ているだけで、僕は兄ではありませんから。
「ほら二人とも、喧嘩してないで早く行きましょう」
了
ーーーーーーーーー
進くんいつもごめんなそういう君が好きだ
11月のパワカプ5で、前に出した野球マスクのリメイク本を頒布します!イベント参加はせず、BOOTHでの通販頒布となります。ご興味ありましたら、pixivやTwitterなど覗いてみてやってください。
おかげさまで進くんのことばっかり考えていたらこんな感じになってしまいました。好きですね。
幼い頃は、よく双子に間違われた。僕と、一つ上の兄である猪狩守の顔はよく似ている。高校生となった今でこそ体格差があるものの、幼少期の頃の兄は他の子供と比べても小柄だった。よく似た兄弟。二人とも野球をする。態度が大きくて目立ちたがりの兄、謙虚で礼儀正しい弟の僕。マウンドに立つ兄はピッチャーで、それを受けるキャッチャーが僕、猪狩進だ。比べるなという方が無理な話であろう。まして、子供の世界であれば、なおさら。僕の人生は、兄が歩いた後に出来る影を踏んで歩くようなものだった。
「弟よ、この程度の奴に、あいさつする必要はないぞ。バカがうつるかもしれないからな」
そう言う兄はフンと笑って、それを見た他校の野球部員、名前をパワプロさんといって、その人は怒っていた。気になる人間にあらぬちょっかいをかけるのは、昔から兄の悪癖であった。兄はこの人のことを気に入っている。初めて会った時から、僕は分かっていた。なにしろ、僕と兄はよく似ている。
よくもまあこれほどまでに道端で偶然出会うものだと思ったが、不思議なほどパワプロさんとはよく遭遇した。今日は、兄と連れ立ってランニングをしている最中に出くわし、僕のトレーニングに付き合うといった兄は自転車に乗っていた。その自転車でわざわざ前方を歩いていたパワプロさんにぶつかりに行ったのだから、相当だ。まるで小学三年生程度の、気の引き方。当然だが案の定パワプロさんは怒り出して、僕は兄の隣でその様子を眺めていた。
「パワプロさん、こんにちは。兄が、すみません」
「あっ、進くん!いやいいんだよ、進くんが謝ることじゃないし」
「なんだ、ボクの弟にいやに馴れ馴れしいなキミは」
「この前、一緒にゲームセンターに行ったんですよ」
兄はきょとんとしている。大きな目を丸くして、二の句が継げないのか黙っている。もちろんそんなことに気付きもしないパワプロさんは、楽しそうに続けた。
「そうそう、進くんすっごく上手だからびっくりしたよ!」
「たまたまですよ。そうだ、せっかくですし、今日はこの前言ってたバッティングセンターに行きませんか?」
「いいね!行く行く!」
「兄さんは、どうします?」
「……」
兄がこんな顔をするのを初めて見た。自分の知らない僕の交友関係に戸惑っているのだろう。しかも相手は、無自覚ながら慕っているパワプロさんなのだから。
パワプロさんは、いい人だ。彼の友人に、初対面で「猪狩二号」だなんて紹介された僕に対して、全くそのように扱わず、振る舞わず、猪狩進として接してくれた。僕がこの人を慕うのは、息をするより自然なことであった。
パワプロさんは、魅力的だ。優しくて、おおらかで、野球が好きで、笑った顔が眩しい。兄さんには、よく分かることでしょう。なにせ、僕とあなたは大変よく似ている。
「ボクは、行かない」
「そうですか。じゃあパワプロさん、行きましょう」
「猪狩、お前も一緒に行こうぜ」
「フン。キミみたいなヘタクソと一緒に行くわけがないだろう」
「なんだとー!」
パワプロさん、あなたは優しい。そして、優しいあなたが僕を選んでくれないことを、僕はよく知っている。似ているだけで、僕は兄ではありませんから。
「ほら二人とも、喧嘩してないで早く行きましょう」
了
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進くんいつもごめんなそういう君が好きだ
11月のパワカプ5で、前に出した野球マスクのリメイク本を頒布します!イベント参加はせず、BOOTHでの通販頒布となります。ご興味ありましたら、pixivやTwitterなど覗いてみてやってください。
おかげさまで進くんのことばっかり考えていたらこんな感じになってしまいました。好きですね。
創傷被覆材
創傷被覆材 (主進)
「あ、進くん絆創膏とれそうだよ」
言われて、左頬を触る。いつも付けている絆創膏が、汗で取れかかっているようだった。確かに、今日は蒸し暑くて一段と汗をかいていた。
「それにしても、今日はちょっと張り切りすぎたかも。オレ、もう一歩も動けない」
「はは、僕もです」
神社の境内、地面にひっくり返ったままパワプロさんが笑う。部活動が終わったあと、二人でこっそり神社で練習をするようになって、しばらくが経った。僕が一人でバットを振っているのを、たまたまパワプロさんが見かけたのがきっかけで始まった習慣だった。今では約束をしていなくても、二人とも自然と足が向くようになっていた。だから、この人の前でならいいかと思った。とれかけている絆創膏を剥がして、僕はポケットに突っ込んだ。
「新しいの、ある?確かオレ、鞄の中に入れっぱなしになってるやつが」
「いいんです。怪我をしているわけではないですから」
「ん?」
「昔から、あんまり兄と間違えられるものですから」
「それって」
日の落ちた境内、蛍光灯の明かりの下でパワプロさんが訝しげな顔をしている。大の字になって寝転んでいた格好から、起き上がって僕の顔をまじまじと見る。しかし、明かりがあってもなくても、僕の頬には傷も怪我もない。僕は自然と笑っていた。にこにこといつも通り、笑っているはずだった。
「昔は、本当によく兄と間違えられたんです。同じ野球のユニフォームを着ていると、特に。だから、髪を伸ばしてみたり、帽子を後ろ向きに被ってみたり、子供なりにいろいろ試したんですよ」
「……」
「ある日、うっかり転んでしまったときに、鼻の頭を擦りむいてしまって。絆創膏を貼った顔を見て、これだと思ったんですよね」
起き上がって僕を見るパワプロさんは、ちょうど明かりの真下にいるせいでその表情はよく分からなかった。何か言いたそうにもごもごと口を動かしていたが、それを遮るように僕は続ける。
「兄さんや、他の人には内緒ですよ。今までずっと秘密にしてきたんですから」
軽口に聞こえるように、ただの冗談だと分かるように、僕はパチリとウインクをしてみせた。こんなのは、つまらないただの世間話。僕は後輩として、部活動の先輩と他愛のない話をしているだけだ。だから、僕は後輩らしく先輩の方へ尋ねてみせた。
「ね、パワプロさんの秘密も教えてください」
「えっ?」
「どんな些細なことでもいいので、僕が初めてになる秘密がいいな、なんて」
「……」
僕の言葉を受けて思案顔をするパワプロさんは、真面目で誠実で、そしてとても優しい。この人は、いつもちゃんと考えてくれる。僕の話を聞いてくれる。だから、少し困らせてみたかっただけ。もう十分ですよ。そう言おうと口を開いたところで、彼の身体が動いて影が重なった。それはほんの一瞬のことで、僕は何が起きたのかよく分からなかった。
「今の、ちゃんと秘密にしといてね」
明後日の方を向いた彼の頬は、赤かった。おそらく、絆創膏を剥がした僕の頬も同じように。彼がこんな風に触れてくれるなら、もう絆創膏はいらないかもしれないなあ。そんなことを考えながら、僕は左の頬に触れて、もう一度笑った。
了
ーーーーーーーーーーーー
進くんってさあ………
猪狩進くんの二次創作をしたことがある人なら皆一度は彼のそれについて考えたことがあるはずだ
絆創膏には愛も夢も詰まってる
「あ、進くん絆創膏とれそうだよ」
言われて、左頬を触る。いつも付けている絆創膏が、汗で取れかかっているようだった。確かに、今日は蒸し暑くて一段と汗をかいていた。
「それにしても、今日はちょっと張り切りすぎたかも。オレ、もう一歩も動けない」
「はは、僕もです」
神社の境内、地面にひっくり返ったままパワプロさんが笑う。部活動が終わったあと、二人でこっそり神社で練習をするようになって、しばらくが経った。僕が一人でバットを振っているのを、たまたまパワプロさんが見かけたのがきっかけで始まった習慣だった。今では約束をしていなくても、二人とも自然と足が向くようになっていた。だから、この人の前でならいいかと思った。とれかけている絆創膏を剥がして、僕はポケットに突っ込んだ。
「新しいの、ある?確かオレ、鞄の中に入れっぱなしになってるやつが」
「いいんです。怪我をしているわけではないですから」
「ん?」
「昔から、あんまり兄と間違えられるものですから」
「それって」
日の落ちた境内、蛍光灯の明かりの下でパワプロさんが訝しげな顔をしている。大の字になって寝転んでいた格好から、起き上がって僕の顔をまじまじと見る。しかし、明かりがあってもなくても、僕の頬には傷も怪我もない。僕は自然と笑っていた。にこにこといつも通り、笑っているはずだった。
「昔は、本当によく兄と間違えられたんです。同じ野球のユニフォームを着ていると、特に。だから、髪を伸ばしてみたり、帽子を後ろ向きに被ってみたり、子供なりにいろいろ試したんですよ」
「……」
「ある日、うっかり転んでしまったときに、鼻の頭を擦りむいてしまって。絆創膏を貼った顔を見て、これだと思ったんですよね」
起き上がって僕を見るパワプロさんは、ちょうど明かりの真下にいるせいでその表情はよく分からなかった。何か言いたそうにもごもごと口を動かしていたが、それを遮るように僕は続ける。
「兄さんや、他の人には内緒ですよ。今までずっと秘密にしてきたんですから」
軽口に聞こえるように、ただの冗談だと分かるように、僕はパチリとウインクをしてみせた。こんなのは、つまらないただの世間話。僕は後輩として、部活動の先輩と他愛のない話をしているだけだ。だから、僕は後輩らしく先輩の方へ尋ねてみせた。
「ね、パワプロさんの秘密も教えてください」
「えっ?」
「どんな些細なことでもいいので、僕が初めてになる秘密がいいな、なんて」
「……」
僕の言葉を受けて思案顔をするパワプロさんは、真面目で誠実で、そしてとても優しい。この人は、いつもちゃんと考えてくれる。僕の話を聞いてくれる。だから、少し困らせてみたかっただけ。もう十分ですよ。そう言おうと口を開いたところで、彼の身体が動いて影が重なった。それはほんの一瞬のことで、僕は何が起きたのかよく分からなかった。
「今の、ちゃんと秘密にしといてね」
明後日の方を向いた彼の頬は、赤かった。おそらく、絆創膏を剥がした僕の頬も同じように。彼がこんな風に触れてくれるなら、もう絆創膏はいらないかもしれないなあ。そんなことを考えながら、僕は左の頬に触れて、もう一度笑った。
了
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進くんってさあ………
猪狩進くんの二次創作をしたことがある人なら皆一度は彼のそれについて考えたことがあるはずだ
絆創膏には愛も夢も詰まってる
おぼえていてね
おぼえていてね (主人公×猪狩進)
例えば、ドラマの中で登場人物が涙を流すシーン。目尻からスッと一筋涙が流れて、旬の役者がぽろぽろと零す涙はまるで宝石のよう。オレにとって、他人が涙を流すシーンというのはそういうものだった。だから、目の前で嗚咽を漏らすその人に、オレは気の利いた一言すらも出てこない。
進くんが、泣いている。野球部の後輩である彼と、一緒になってこっそり居残り練習をした帰りであった。あまりに驚いて、オレは直前のやり取りすら思い出せない。それでも、オレのせいで彼がこんなになってしまっていることだけは分かった。ぼろぼろと零れる雫が、彼のユニフォームを濡らしていく。流れる涙を拭って、彼が目蓋をぐいぐい擦るものだから、目元はすっかり腫れてしまっていた。
「どうして、兄さんじゃなくて、僕のことが好きなんて、言うんですか」
嗚咽に紛れて、そんなことを言う。オレは本当に困ってしまって、何度同じことを尋ねられても同じことしか答えられない。悲しいというよりは、怒っているようなニュアンスで、彼は何度も尋ねる。会話は平行線だ。
「きみと猪狩を比べたことがないから、分からないよ」
そう言うと、ようやく収まってきた嗚咽がまた大きくなって、とうとう彼は堰を切ったようにわんわん泣き出してしまった。いつも朗らかに微笑んでいる聡明な彼が、鼻の頭を真っ赤にして、まるで子供のようだった。
「僕のこと、嫌いになったでしょう」
「まさか」
少し落ち着いたあと、ふて腐れたようにしながらぐずぐずと鼻を鳴らす彼は、本当に子供のようだった。一度も見たことのないその表情はあどけなくて、かわいらしかった。持っていたタオルを差し出すと、彼は素直に受け取って、しかし顔を埋めるようにして動かなくなってしまった。
「恥ずかしい、見ないでください」
「まあ、いいじゃないか。こんな日だって」
「いやだ、見ないで」
「進くん、あんな顔もするんだね」
「お願いです、忘れてください」
「忘れられるわけないよ」
「ごめんなさい、こんなみっともない」
「みっともなくはないけど、オレの前だけにしといてね。もったいないから」
「もったいない?」
「うん。それに、あんな顔を見たら、みんなきみのことが好きになっちゃう」
「そんな物好きな人、いません」
「ここにいるけど」
そう言うと、進くんはようやくタオルに押し付けていた顔を上げてくれるのだった。泣き腫らしたその顔は今までに見たこともない表情で、オレは笑った。
「ひどい。笑いましたね」
「ごめん、つい」
「ひどいです」
「ねえ。聞くけどさ。進くんのどの辺が、猪狩に似てるの?」
「え」
「進くんは、自分のどこが猪狩に似てると思うの」
「顔、とか」
「猪狩のそんな顔、見たことないけど」
「そういうことじゃないです」
「あとは?」
「野球、してる、ところとか」
「じゃあオレもじゃん。オレも野球してるから、猪狩に似てるってことになるけど」
「だからそういうことじゃないです。違います」
「違わないよ」
きょとんとしている彼の鼻の頭をつまんで、オレは呼び掛けた。
「進くん」
「……」
「進くん」
「はい」
「うん。進くんだ」
鼻をつままれた進くんは、不本意そうに眉をしかめて、そのあとで困ったような顔で笑ってくれた。ほろり、最後に一筋だけ頬をすべった美しい涙は、まるでドラマのワンシーンのよう。テレビの中の役者顔負けの真剣な表情で、オレは彼を抱き寄せる。寄せた唇、勢い余って歯をぶつけてしまったのは、なるほどご愛敬である。オレの恥ずかしさなど、彼の笑顔に比べたらなんでもないものだ。
ちょっぴりかしこまったあと、改めて目を瞑った進くんは、たぶんいまこの世界でいちばんかわいらしい。そういうことを考えながら、オレはかわいいかわいい彼の唇にそっと口付けた。
了
ーーーーーーーーー
考えるな感じてほしいし主進しあわせになってほしい
恋愛未満な二人が書きたかったのに勝手にイチャコラはじめおって!
例えば、ドラマの中で登場人物が涙を流すシーン。目尻からスッと一筋涙が流れて、旬の役者がぽろぽろと零す涙はまるで宝石のよう。オレにとって、他人が涙を流すシーンというのはそういうものだった。だから、目の前で嗚咽を漏らすその人に、オレは気の利いた一言すらも出てこない。
進くんが、泣いている。野球部の後輩である彼と、一緒になってこっそり居残り練習をした帰りであった。あまりに驚いて、オレは直前のやり取りすら思い出せない。それでも、オレのせいで彼がこんなになってしまっていることだけは分かった。ぼろぼろと零れる雫が、彼のユニフォームを濡らしていく。流れる涙を拭って、彼が目蓋をぐいぐい擦るものだから、目元はすっかり腫れてしまっていた。
「どうして、兄さんじゃなくて、僕のことが好きなんて、言うんですか」
嗚咽に紛れて、そんなことを言う。オレは本当に困ってしまって、何度同じことを尋ねられても同じことしか答えられない。悲しいというよりは、怒っているようなニュアンスで、彼は何度も尋ねる。会話は平行線だ。
「きみと猪狩を比べたことがないから、分からないよ」
そう言うと、ようやく収まってきた嗚咽がまた大きくなって、とうとう彼は堰を切ったようにわんわん泣き出してしまった。いつも朗らかに微笑んでいる聡明な彼が、鼻の頭を真っ赤にして、まるで子供のようだった。
「僕のこと、嫌いになったでしょう」
「まさか」
少し落ち着いたあと、ふて腐れたようにしながらぐずぐずと鼻を鳴らす彼は、本当に子供のようだった。一度も見たことのないその表情はあどけなくて、かわいらしかった。持っていたタオルを差し出すと、彼は素直に受け取って、しかし顔を埋めるようにして動かなくなってしまった。
「恥ずかしい、見ないでください」
「まあ、いいじゃないか。こんな日だって」
「いやだ、見ないで」
「進くん、あんな顔もするんだね」
「お願いです、忘れてください」
「忘れられるわけないよ」
「ごめんなさい、こんなみっともない」
「みっともなくはないけど、オレの前だけにしといてね。もったいないから」
「もったいない?」
「うん。それに、あんな顔を見たら、みんなきみのことが好きになっちゃう」
「そんな物好きな人、いません」
「ここにいるけど」
そう言うと、進くんはようやくタオルに押し付けていた顔を上げてくれるのだった。泣き腫らしたその顔は今までに見たこともない表情で、オレは笑った。
「ひどい。笑いましたね」
「ごめん、つい」
「ひどいです」
「ねえ。聞くけどさ。進くんのどの辺が、猪狩に似てるの?」
「え」
「進くんは、自分のどこが猪狩に似てると思うの」
「顔、とか」
「猪狩のそんな顔、見たことないけど」
「そういうことじゃないです」
「あとは?」
「野球、してる、ところとか」
「じゃあオレもじゃん。オレも野球してるから、猪狩に似てるってことになるけど」
「だからそういうことじゃないです。違います」
「違わないよ」
きょとんとしている彼の鼻の頭をつまんで、オレは呼び掛けた。
「進くん」
「……」
「進くん」
「はい」
「うん。進くんだ」
鼻をつままれた進くんは、不本意そうに眉をしかめて、そのあとで困ったような顔で笑ってくれた。ほろり、最後に一筋だけ頬をすべった美しい涙は、まるでドラマのワンシーンのよう。テレビの中の役者顔負けの真剣な表情で、オレは彼を抱き寄せる。寄せた唇、勢い余って歯をぶつけてしまったのは、なるほどご愛敬である。オレの恥ずかしさなど、彼の笑顔に比べたらなんでもないものだ。
ちょっぴりかしこまったあと、改めて目を瞑った進くんは、たぶんいまこの世界でいちばんかわいらしい。そういうことを考えながら、オレはかわいいかわいい彼の唇にそっと口付けた。
了
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考えるな感じてほしいし主進しあわせになってほしい
恋愛未満な二人が書きたかったのに勝手にイチャコラはじめおって!
フェイス
フェイス (主人公←進)
顔だと思う。目の前の、いつもの光景を眺めながら、進は思ってもいないことをわざと考えるようにしていた。いつもの光景というのはつまり、チームメイト同士の小競り合い、もっと正確に言えば自分の兄と、先輩との言い争いであった。あまりに日常の光景であるため、もはや気に留める者は誰もいない。練習が終わり、各々後片付けをしながら引き上げている。
兄と先輩…パワプロさんは、顔を合わせるたびにこんな調子であった。これが猪狩カイザースの一軍選手、ひいては進が目にするあまりにいつも通りの日常であった。監督やコーチすらも、二人のやり取りに関しては触れなくなって久しい。もっともそれは、兄がこのチームのオーナーを父に持つことも原因の一端かもしれなかった。無論それは、自分もそうなのだが。
「キミ、なんだいこの前の試合は。あんなのでプロを名乗っているなんて、恥ずかしくないのかい」
「何言ってんだよ、猪狩お前だってなあ」
相変わらず二人は仲良くじゃれ合いながら練習をしている。他の選手がみな引き上げてしまった後、二人きりで行う自主練習であった。こんなところにいて、もしも見つかってしまえば、打席勝負をするからミットを構えてくれないか、などと言われかねない。そうは思うのに、進の足はどうにも動かないのだった。進は、兄と仲良く喧嘩をしている、その先輩に仄かな恋心を寄せていた。
よく飽きないなあ。そうは思いながらも、人の気持ちや機微に聡い進には、よく分かっていた。二人は別に、罵り合って喧嘩をするのが目的ではない。練習もその理由のひとつかもしれないが、要するに一緒にいられればなんだっていいのだ。そう、兄と先輩はとても仲が良い。それは、進が二人を見るようになってから今日までずっと、変わらない。
先輩はきっと、兄の顔が好きなのだろう。この頃の進は、そんなことばかり考えている。自分と兄の違うところ、性格、言動、趣味、野球のポジション、食べ物の好き嫌い、他にも違うところばかりだ。同じところは、思い人、そして、顔。兄と自分の顔は、よく似ていると思う。幼少期の頃には、双子に間違われることすらあった。二つ歳の離れた兄は、幼い頃は他の子供と比べても小柄だった。
ねえ、先輩。僕、学生時代は猪狩二号って呼ばれてたんです。二号でいいから、僕とも付き合ってもらえませんか?
馬鹿げている。そんなことを言う人間を先輩が相手にするはずもなくて、進は思わず笑ってしまった。そのせいで、とうとう進がここにいることが二人にもバレてしまった。
「なんだ進。まだ残ってたのか」
「そうだ進くん、もしよければキャッチャーやってもらえない?」
「キミがボクに勝てるはずがないけどね。まあ、暇つぶしに勝負してあげてもいいよ」
「なに言ってんだよ、この前はオレに負けたくせに」
「覚えてないな」
相変わらず賑やかしい二人に、進はにっこり笑って近付いた。その顔は、兄とは似ても似つかぬものであることを、よく分かっていた。
了
ーーーーーーー
みんな主人公のことが大好き
顔だと思う。目の前の、いつもの光景を眺めながら、進は思ってもいないことをわざと考えるようにしていた。いつもの光景というのはつまり、チームメイト同士の小競り合い、もっと正確に言えば自分の兄と、先輩との言い争いであった。あまりに日常の光景であるため、もはや気に留める者は誰もいない。練習が終わり、各々後片付けをしながら引き上げている。
兄と先輩…パワプロさんは、顔を合わせるたびにこんな調子であった。これが猪狩カイザースの一軍選手、ひいては進が目にするあまりにいつも通りの日常であった。監督やコーチすらも、二人のやり取りに関しては触れなくなって久しい。もっともそれは、兄がこのチームのオーナーを父に持つことも原因の一端かもしれなかった。無論それは、自分もそうなのだが。
「キミ、なんだいこの前の試合は。あんなのでプロを名乗っているなんて、恥ずかしくないのかい」
「何言ってんだよ、猪狩お前だってなあ」
相変わらず二人は仲良くじゃれ合いながら練習をしている。他の選手がみな引き上げてしまった後、二人きりで行う自主練習であった。こんなところにいて、もしも見つかってしまえば、打席勝負をするからミットを構えてくれないか、などと言われかねない。そうは思うのに、進の足はどうにも動かないのだった。進は、兄と仲良く喧嘩をしている、その先輩に仄かな恋心を寄せていた。
よく飽きないなあ。そうは思いながらも、人の気持ちや機微に聡い進には、よく分かっていた。二人は別に、罵り合って喧嘩をするのが目的ではない。練習もその理由のひとつかもしれないが、要するに一緒にいられればなんだっていいのだ。そう、兄と先輩はとても仲が良い。それは、進が二人を見るようになってから今日までずっと、変わらない。
先輩はきっと、兄の顔が好きなのだろう。この頃の進は、そんなことばかり考えている。自分と兄の違うところ、性格、言動、趣味、野球のポジション、食べ物の好き嫌い、他にも違うところばかりだ。同じところは、思い人、そして、顔。兄と自分の顔は、よく似ていると思う。幼少期の頃には、双子に間違われることすらあった。二つ歳の離れた兄は、幼い頃は他の子供と比べても小柄だった。
ねえ、先輩。僕、学生時代は猪狩二号って呼ばれてたんです。二号でいいから、僕とも付き合ってもらえませんか?
馬鹿げている。そんなことを言う人間を先輩が相手にするはずもなくて、進は思わず笑ってしまった。そのせいで、とうとう進がここにいることが二人にもバレてしまった。
「なんだ進。まだ残ってたのか」
「そうだ進くん、もしよければキャッチャーやってもらえない?」
「キミがボクに勝てるはずがないけどね。まあ、暇つぶしに勝負してあげてもいいよ」
「なに言ってんだよ、この前はオレに負けたくせに」
「覚えてないな」
相変わらず賑やかしい二人に、進はにっこり笑って近付いた。その顔は、兄とは似ても似つかぬものであることを、よく分かっていた。
了
ーーーーーーー
みんな主人公のことが大好き
僕の恋人
主人公×猪狩進
僕の恋人
僕は、男だ。いくら中性的な顔立ちであっても、料理が上手くても、髪が長くても、男であることは変わらない。そして、恋人も正真正銘の男である。
「進くん」
夕食後、ソファで隣り合ってテレビを見ていた恋人が、唐突にしなだれかかってきて、頬に口付けを落とした。そのまま好きにさせていると、いつの間にか彼は僕の結んでいる髪に手をかけて、結わいていたゴムをとってしまった。ゆっくりと組み敷かれて、ソファの上に僕の髪が散らばる。それを一房、愛おしそうに持ち上げた恋人は、口元に近づけてキスをするのだった。こちらを見つめる視線はいやに熱っぽい。
「パワプロさん。急ですね、どうしたんですか?」
「恋人としたくなるのに、急も理由もないよ」
チュ、チュ、とリップ音がして、彼は僕の頬に口付けている。このまましてもいいかと尋ねる、彼からのサインだった。そんなことを聞かれなくても、僕の答えは決まっているのに、彼はとても律儀で真面目だ。共に暮らすようになってしばらく経つのに、そういうところがたまらない。好きだと思う。いつの間にか僕の方も期待が高まって、下腹部に熱が集まっているのが分かった。
キスを繰り返す彼に、僕はぎゅうと抱き付く。これが、僕からのオーケーのサイン。それにパワプロさんは嬉しそうに笑って、再三頬にくっ付けていたそれを、今度は僕の唇に重ね合わせるのだった。目を閉じると、すぐに彼の舌が差し入れられる。待ち切れなくて、僕の方から絡ませた。
「進くん」
行為のとき、彼は僕の名前を呼ぶ。とにかく、たくさん呼ぶ。そうされることを僕が好むのを知っているのか、知らないのか、僕からは何も言ったことがないけれど、彼は甘く熱く何度でも僕の名前を呼ぶのだった。耳の中に直接息が掛かるように呼び掛けられると、いやでも反応してしまう。ゾクリ、背中から這い上がるように欲が高まる。
着ていた服をたくし上げられ、彼は僕の胸元に舌を這わせた。何度も言うように僕は男なので、そこに膨らみもなければ、柔らかさもない。ついでに言うと、僕はそこを刺激されることに、さして快感を得ることはないのだった。何しろ、僕は男なのである。
「進くん…」
ズキンと痛むほどに、下腹部に熱が籠る。胸を触られて決して気持ち良いわけではないのに、彼にそうされるのは好きだったし、興奮した。僕が彼を求めているように、彼も僕を求めているのだと思うと、どうしようもなく気持ち良かったし、心のいちばん深い部分が濡れていく。僕は、彼に欲情している。
「パワプロさん」
「ん、なあに?」
「もっと、してほしい…です」
ぽかん、少しだけ驚いたような顔を見せた彼はすぐに破顔して、僕を思い切り抱き締めるのだった。
「もー進くんずるい!好き!大好き!」
「僕も大好きです」
二人して顔を見合わせて笑って、そのまま口付けを交わすのだった。夜はまだ長い。
了
ーーーーーーーーーーーーーー
進は胸を触られても吸われてもべつに気持ち良くはないんだけど、大好きな主人公にそうされるのは好きだし気持ち良いっていうそういうあれ
たまらん
主進、いきなりめちゃくちゃ書きたくなる。
僕の恋人
僕は、男だ。いくら中性的な顔立ちであっても、料理が上手くても、髪が長くても、男であることは変わらない。そして、恋人も正真正銘の男である。
「進くん」
夕食後、ソファで隣り合ってテレビを見ていた恋人が、唐突にしなだれかかってきて、頬に口付けを落とした。そのまま好きにさせていると、いつの間にか彼は僕の結んでいる髪に手をかけて、結わいていたゴムをとってしまった。ゆっくりと組み敷かれて、ソファの上に僕の髪が散らばる。それを一房、愛おしそうに持ち上げた恋人は、口元に近づけてキスをするのだった。こちらを見つめる視線はいやに熱っぽい。
「パワプロさん。急ですね、どうしたんですか?」
「恋人としたくなるのに、急も理由もないよ」
チュ、チュ、とリップ音がして、彼は僕の頬に口付けている。このまましてもいいかと尋ねる、彼からのサインだった。そんなことを聞かれなくても、僕の答えは決まっているのに、彼はとても律儀で真面目だ。共に暮らすようになってしばらく経つのに、そういうところがたまらない。好きだと思う。いつの間にか僕の方も期待が高まって、下腹部に熱が集まっているのが分かった。
キスを繰り返す彼に、僕はぎゅうと抱き付く。これが、僕からのオーケーのサイン。それにパワプロさんは嬉しそうに笑って、再三頬にくっ付けていたそれを、今度は僕の唇に重ね合わせるのだった。目を閉じると、すぐに彼の舌が差し入れられる。待ち切れなくて、僕の方から絡ませた。
「進くん」
行為のとき、彼は僕の名前を呼ぶ。とにかく、たくさん呼ぶ。そうされることを僕が好むのを知っているのか、知らないのか、僕からは何も言ったことがないけれど、彼は甘く熱く何度でも僕の名前を呼ぶのだった。耳の中に直接息が掛かるように呼び掛けられると、いやでも反応してしまう。ゾクリ、背中から這い上がるように欲が高まる。
着ていた服をたくし上げられ、彼は僕の胸元に舌を這わせた。何度も言うように僕は男なので、そこに膨らみもなければ、柔らかさもない。ついでに言うと、僕はそこを刺激されることに、さして快感を得ることはないのだった。何しろ、僕は男なのである。
「進くん…」
ズキンと痛むほどに、下腹部に熱が籠る。胸を触られて決して気持ち良いわけではないのに、彼にそうされるのは好きだったし、興奮した。僕が彼を求めているように、彼も僕を求めているのだと思うと、どうしようもなく気持ち良かったし、心のいちばん深い部分が濡れていく。僕は、彼に欲情している。
「パワプロさん」
「ん、なあに?」
「もっと、してほしい…です」
ぽかん、少しだけ驚いたような顔を見せた彼はすぐに破顔して、僕を思い切り抱き締めるのだった。
「もー進くんずるい!好き!大好き!」
「僕も大好きです」
二人して顔を見合わせて笑って、そのまま口付けを交わすのだった。夜はまだ長い。
了
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進は胸を触られても吸われてもべつに気持ち良くはないんだけど、大好きな主人公にそうされるのは好きだし気持ち良いっていうそういうあれ
たまらん
主進、いきなりめちゃくちゃ書きたくなる。
メロンソーダは知っている
メロンソーダは知っている(主人公×猪狩進)
「進くん。オレと付き合ってくれないかな」
映画館の帰り道。隣を歩くパワプロさんがそう言った。ちらり、腕時計を確認する。時刻はまもなく日が暮れる頃で、なるほどいつもならこの辺りで解散する頃合いだった。彼は、真面目な人なのだ。遅い時間に、後輩である自分を付き合わせることを悪いと思っているのだろう。
彼は僕の先輩で、兄の同級生であった。野球をきっかけに親しくなり、時々バッティングセンターに行ったり、時には息抜きにゲームセンターで遊んだり、今日は初めて一緒に映画館に行った。
パワプロさんと一緒にいるのは楽しい。彼は気さくで話しやすくて、その人柄をそのまま体現したようなおおらかさと優しさを持ち合わせていた。普段、他人に全く興味を示さない兄が、彼といるときだけはムキになったり笑ったり、楽しそうにしているのもなるほど納得のいくことだった。彼は、僕にも兄にも等しく優しい。
「いいですよ。どこに行くんですか?あ、この前新しいグラブが気になるって言ってましたから、それですか?」
「進くん、その、違うんだ。そうじゃなくって…」
珍しく困っているらしいパワプロさんは、どうにもいつもと様子が違う。その顔が赤いのは、どうやら夕焼けのせいだけではなさそうだ。パワプロさんは、うーだとかあーだとか、何やらずいぶん言い淀んで逡巡している。
その様子を見て僕は、ようやく気が付いたのだった。でも、まさか。そんなことがあるわけない。そんな風に期待してしまうのは、僕が彼のことを好きだから。そうに違いないのだ。
じっと彼を見つめると、パワプロさんは僕の方に向き直って、はっきりとした声で言った。
「ごめん、オレの言い方が悪くて。オレ、進くんのことが好きなんだ。オレと、付き合ってください」
本当に驚いたとき、嬉しいとき、人は声が出なくなるものなのだと、僕はそのときに初めて知った。嘘みたいだ。いや、夢みたいだ。まさか、こんな日が来るなんて、これっぽっちも想像したことがなかった。頭の中が混乱している。そのせいで、僕は彼の返事をするよりも先に、言わなくてもいい余計なことを口にしてしまうのだった。
「だって、パワプロさん、兄さんのことが好きなんだと…思ってました。兄さんの話ばっかりするし…」
「それは、なんていうか、口実っていうかさ…猪狩の話を出せば、進くんに話しかけやすかったから。うわ、オレいまめちゃくちゃ恥ずかしい」
嬉しさが、胸いっぱいに弾けるような感覚を覚えていた。今までのあれも、それも、これも、兄さんのことが好きだと思っていた彼の行動が全部、実は僕のことが好きだったから、なんて。
「わ、進くん」
今の気持ちを言葉にすることがどうしても出来なくて、僕はパワプロさんに抱きついていた。ずっと我慢していた。僕のものにしたかった。僕のことを好きになってほしかった。それがいま、こうして手が届くところにその人はいるのだ。
パワプロさんの腕が背中に回されて、僕は静かに顔を上げた。瞼を下ろすと、そっと唇が重なった。一瞬のようで、僕にとっては永遠のようなひととき。目を開けると、触れ合うほど近くに彼がいた。
「進くん」
返事は彼の唇に、今度は僕からキスをした。そこはほんのり甘くて、さっきまで彼が映画館で飲んでいたメロンソーダの味に違いないと、僕はこっそり笑った。
了
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主進しあわせになってくれ
「進くん。オレと付き合ってくれないかな」
映画館の帰り道。隣を歩くパワプロさんがそう言った。ちらり、腕時計を確認する。時刻はまもなく日が暮れる頃で、なるほどいつもならこの辺りで解散する頃合いだった。彼は、真面目な人なのだ。遅い時間に、後輩である自分を付き合わせることを悪いと思っているのだろう。
彼は僕の先輩で、兄の同級生であった。野球をきっかけに親しくなり、時々バッティングセンターに行ったり、時には息抜きにゲームセンターで遊んだり、今日は初めて一緒に映画館に行った。
パワプロさんと一緒にいるのは楽しい。彼は気さくで話しやすくて、その人柄をそのまま体現したようなおおらかさと優しさを持ち合わせていた。普段、他人に全く興味を示さない兄が、彼といるときだけはムキになったり笑ったり、楽しそうにしているのもなるほど納得のいくことだった。彼は、僕にも兄にも等しく優しい。
「いいですよ。どこに行くんですか?あ、この前新しいグラブが気になるって言ってましたから、それですか?」
「進くん、その、違うんだ。そうじゃなくって…」
珍しく困っているらしいパワプロさんは、どうにもいつもと様子が違う。その顔が赤いのは、どうやら夕焼けのせいだけではなさそうだ。パワプロさんは、うーだとかあーだとか、何やらずいぶん言い淀んで逡巡している。
その様子を見て僕は、ようやく気が付いたのだった。でも、まさか。そんなことがあるわけない。そんな風に期待してしまうのは、僕が彼のことを好きだから。そうに違いないのだ。
じっと彼を見つめると、パワプロさんは僕の方に向き直って、はっきりとした声で言った。
「ごめん、オレの言い方が悪くて。オレ、進くんのことが好きなんだ。オレと、付き合ってください」
本当に驚いたとき、嬉しいとき、人は声が出なくなるものなのだと、僕はそのときに初めて知った。嘘みたいだ。いや、夢みたいだ。まさか、こんな日が来るなんて、これっぽっちも想像したことがなかった。頭の中が混乱している。そのせいで、僕は彼の返事をするよりも先に、言わなくてもいい余計なことを口にしてしまうのだった。
「だって、パワプロさん、兄さんのことが好きなんだと…思ってました。兄さんの話ばっかりするし…」
「それは、なんていうか、口実っていうかさ…猪狩の話を出せば、進くんに話しかけやすかったから。うわ、オレいまめちゃくちゃ恥ずかしい」
嬉しさが、胸いっぱいに弾けるような感覚を覚えていた。今までのあれも、それも、これも、兄さんのことが好きだと思っていた彼の行動が全部、実は僕のことが好きだったから、なんて。
「わ、進くん」
今の気持ちを言葉にすることがどうしても出来なくて、僕はパワプロさんに抱きついていた。ずっと我慢していた。僕のものにしたかった。僕のことを好きになってほしかった。それがいま、こうして手が届くところにその人はいるのだ。
パワプロさんの腕が背中に回されて、僕は静かに顔を上げた。瞼を下ろすと、そっと唇が重なった。一瞬のようで、僕にとっては永遠のようなひととき。目を開けると、触れ合うほど近くに彼がいた。
「進くん」
返事は彼の唇に、今度は僕からキスをした。そこはほんのり甘くて、さっきまで彼が映画館で飲んでいたメロンソーダの味に違いないと、僕はこっそり笑った。
了
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主進しあわせになってくれ
おわりの呪文
おわりの呪文(主人公←猪狩進)
初めから、分かっていた。僕が好きになったあの人は、僕の兄のことが好きだった。つまり僕は、兄のことを好きなあの人のことを好きになったのだった。そこには一点の疑う余地もない。
僕の名前は、猪狩進という。野球をしていて僕を知る大抵の人間は、僕のことを「猪狩の弟」と呼んだ。猪狩の弟。昔から、それが僕の名前だった。
しかし、そんな僕にある日事件が起こった。僕のことを「猪狩の弟」と呼ばない人物に出会ってしまったのだ。その人は、初めて会ったその日に僕のことを「進くん」と呼ぶのだった。兄のことを知っていて、野球をしていて、僕よりも歳が上なのに、その人は、そう呼んだのだ。大袈裟だと嘲ってくれて構わない、しかし、僕にとってはまさしく事件のような出来事だった。
その日から僕は、あの人の前で「進くん」であることに徹するようになったのだ。
「進くん、聞いてよ。また猪狩のやつがさ〜」
「兄さんって、そういうところありますよね」
「だろ?さすが、進くんはオレの気持ちよく分かってくれる!」
今日もあの人は兄の話をしている。それを僕は「進くん」として相槌を打って、時々はアドバイスめいたことを言って、ふふふと言って笑った。会話の内容は、どうでも良かった。僕は好きな人と一緒にいられたら、それだけで嬉しい。きっと、そう思うのは僕だけじゃないだろう。ねえ、兄さん。パワプロさん。
「ああ、そうだ進くん。今日は折り入って、というか、報告しておきたいことがあってさ…」
そっぽを向いて頬をかく仕草は、この人が嬉しいときに見せる仕草だった。ほんのりと染めた頬、落ち着きなく視線を泳がせる動作は、あまりにも心当たりがありすぎた。
ついに来たか。僕はいつも通り柔和な仮面を被ったまま、凍りついていた。予想よりも、ずいぶん早かった。もしかしたら、僕のアドバイスが思いのほか効果てきめんだったのかもしれない。だって、僕は兄さんの弟なんだもの。なんだそれ、面白い。
「あのさ、進くん。オレ、猪狩とさ…」
「ねえ、パワプロさん」
にっこり笑ったつもりだった。だって、僕は「進くん」だからね。兄の弟で、この人の後輩で、物分かりが良くって、柔和で、いつも笑顔をたやさない、この人にとっての「進くん」でいたかった。
辛くない。苦しくない。だって、僕の恋は初めから終わっていた。この告白は、それを事実として確認するための、ただの呪文だ。
「パワプロさん。僕は、あなたのことが好きでした。」
了
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相変わらずこういうのが大好きすぎる
初めから、分かっていた。僕が好きになったあの人は、僕の兄のことが好きだった。つまり僕は、兄のことを好きなあの人のことを好きになったのだった。そこには一点の疑う余地もない。
僕の名前は、猪狩進という。野球をしていて僕を知る大抵の人間は、僕のことを「猪狩の弟」と呼んだ。猪狩の弟。昔から、それが僕の名前だった。
しかし、そんな僕にある日事件が起こった。僕のことを「猪狩の弟」と呼ばない人物に出会ってしまったのだ。その人は、初めて会ったその日に僕のことを「進くん」と呼ぶのだった。兄のことを知っていて、野球をしていて、僕よりも歳が上なのに、その人は、そう呼んだのだ。大袈裟だと嘲ってくれて構わない、しかし、僕にとってはまさしく事件のような出来事だった。
その日から僕は、あの人の前で「進くん」であることに徹するようになったのだ。
「進くん、聞いてよ。また猪狩のやつがさ〜」
「兄さんって、そういうところありますよね」
「だろ?さすが、進くんはオレの気持ちよく分かってくれる!」
今日もあの人は兄の話をしている。それを僕は「進くん」として相槌を打って、時々はアドバイスめいたことを言って、ふふふと言って笑った。会話の内容は、どうでも良かった。僕は好きな人と一緒にいられたら、それだけで嬉しい。きっと、そう思うのは僕だけじゃないだろう。ねえ、兄さん。パワプロさん。
「ああ、そうだ進くん。今日は折り入って、というか、報告しておきたいことがあってさ…」
そっぽを向いて頬をかく仕草は、この人が嬉しいときに見せる仕草だった。ほんのりと染めた頬、落ち着きなく視線を泳がせる動作は、あまりにも心当たりがありすぎた。
ついに来たか。僕はいつも通り柔和な仮面を被ったまま、凍りついていた。予想よりも、ずいぶん早かった。もしかしたら、僕のアドバイスが思いのほか効果てきめんだったのかもしれない。だって、僕は兄さんの弟なんだもの。なんだそれ、面白い。
「あのさ、進くん。オレ、猪狩とさ…」
「ねえ、パワプロさん」
にっこり笑ったつもりだった。だって、僕は「進くん」だからね。兄の弟で、この人の後輩で、物分かりが良くって、柔和で、いつも笑顔をたやさない、この人にとっての「進くん」でいたかった。
辛くない。苦しくない。だって、僕の恋は初めから終わっていた。この告白は、それを事実として確認するための、ただの呪文だ。
「パワプロさん。僕は、あなたのことが好きでした。」
了
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相変わらずこういうのが大好きすぎる
あなたに殺してほしかった
猪狩進→主守
口火を切ったのは兄の方だった。
「ボクたち、交際しているんだ」
いつもの柔和な仮面でやり過ごそうと試みたが、真正面から己を射抜く兄の視線がそれを許さなかった。笑おうとした頬は固まったまま動かず、無様な表情を見せたに違いない。兄は少しだけ戸惑ったようなそぶりを見せ、それでもいつものようにはっきりとした口調で言い切った。
ボクとパワプロは、少し前から付き合っている。その、いわゆる男女間における意味合いでの交際だ。こんなの、どうかしているだろう。それは、自分でもよく分かっているんだ。分かっているのに、どうしてもやめることが出来なかった。認めたくはないけど、ボクはパワプロのことが好きだったんだ。今まで、進にもたくさん迷惑をかけたな。パワプロとのことで、巻き込んで迷惑を掛けて悪かった。今後は、その、あいつとはもっと上手くやるようにするから、進にも迷惑を掛けることはなくなると思う。
お前には一度、きちんと話をしておこうと思っていたんだ。今までありがとう。
ありがとう、もう一度繰り返すと、兄は恥ずかしそうに少しだけ笑った。それが何を意味しているのか僕には理解できない。唯一理解できたのは、終わってしまったということだった。パワプロさんに片想いしていた僕の世界は、とうとう今日で終わりを告げてしまった。随分とまあ、あっけないものだ。
僕はずっとパワプロさんのことが好きだった。兄に思いを寄せているパワプロさんが好きだった。だって、僕が初めてパワプロさんに出会った日から、彼の目は兄だけを見ていたのだから。それでも、良かった。ただ近くにいられるだけで僕は満足だったし、「猪狩守の弟」という事実は、彼に近付くためのこの上ない最高の口実だったからだ。猪狩守の弟である僕に対して、彼はとても優しく接してくれた。
兄がパワプロさんに好意を抱いているということもとっくに見抜いていた。嘘をつくことが出来ない兄の態度はあまりにも分かりやすかったし、パワプロさんもまた、兄への好意を隠さなかった。彼らは、誰の目から見ても両想いなのであった。
それを知らないふりをして、いや、知った上でなかったことにして、僕はパワプロさんの傍にいた。彼らが喧嘩をすれば仲裁に入ったし、橋渡しのような役割を担っていた。兄が僕に対して詫びたのはおそらくこの部分に対してであろう。
僕は、彼らが喧嘩するたび密かに喜んでいたのだ。僕を頼ってくれるパワプロさんが嬉しかった。彼が零す兄の愚痴を聞きながら傍にいられるのが楽しかった。僕の口からは、思ってもいないことが次々と零れて落ちた。
「進くんは、優しいなあ」
そう言う彼は、とても優しかった。
「進?」
呼び掛けられて、兄の方を見る。いつだって、僕の前を行く兄だ。自らの手で道を切り開き、欲しいものは自分の力で手に入れてきた兄。成功と栄光は、兄の元へ惜しみなく降り注ぐためのものだった。僕はそれを、ずっと昔からいちばん近くで見てきたのだ。
「そう。兄さんおめでとう。パワプロさんと仲良くね」
その後に自分がなんと言ったのか、僕はもう忘れてしまった。思い出す必要も、覚えておく必要もないだろう。
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こういうのが好きすぎる
口火を切ったのは兄の方だった。
「ボクたち、交際しているんだ」
いつもの柔和な仮面でやり過ごそうと試みたが、真正面から己を射抜く兄の視線がそれを許さなかった。笑おうとした頬は固まったまま動かず、無様な表情を見せたに違いない。兄は少しだけ戸惑ったようなそぶりを見せ、それでもいつものようにはっきりとした口調で言い切った。
ボクとパワプロは、少し前から付き合っている。その、いわゆる男女間における意味合いでの交際だ。こんなの、どうかしているだろう。それは、自分でもよく分かっているんだ。分かっているのに、どうしてもやめることが出来なかった。認めたくはないけど、ボクはパワプロのことが好きだったんだ。今まで、進にもたくさん迷惑をかけたな。パワプロとのことで、巻き込んで迷惑を掛けて悪かった。今後は、その、あいつとはもっと上手くやるようにするから、進にも迷惑を掛けることはなくなると思う。
お前には一度、きちんと話をしておこうと思っていたんだ。今までありがとう。
ありがとう、もう一度繰り返すと、兄は恥ずかしそうに少しだけ笑った。それが何を意味しているのか僕には理解できない。唯一理解できたのは、終わってしまったということだった。パワプロさんに片想いしていた僕の世界は、とうとう今日で終わりを告げてしまった。随分とまあ、あっけないものだ。
僕はずっとパワプロさんのことが好きだった。兄に思いを寄せているパワプロさんが好きだった。だって、僕が初めてパワプロさんに出会った日から、彼の目は兄だけを見ていたのだから。それでも、良かった。ただ近くにいられるだけで僕は満足だったし、「猪狩守の弟」という事実は、彼に近付くためのこの上ない最高の口実だったからだ。猪狩守の弟である僕に対して、彼はとても優しく接してくれた。
兄がパワプロさんに好意を抱いているということもとっくに見抜いていた。嘘をつくことが出来ない兄の態度はあまりにも分かりやすかったし、パワプロさんもまた、兄への好意を隠さなかった。彼らは、誰の目から見ても両想いなのであった。
それを知らないふりをして、いや、知った上でなかったことにして、僕はパワプロさんの傍にいた。彼らが喧嘩をすれば仲裁に入ったし、橋渡しのような役割を担っていた。兄が僕に対して詫びたのはおそらくこの部分に対してであろう。
僕は、彼らが喧嘩するたび密かに喜んでいたのだ。僕を頼ってくれるパワプロさんが嬉しかった。彼が零す兄の愚痴を聞きながら傍にいられるのが楽しかった。僕の口からは、思ってもいないことが次々と零れて落ちた。
「進くんは、優しいなあ」
そう言う彼は、とても優しかった。
「進?」
呼び掛けられて、兄の方を見る。いつだって、僕の前を行く兄だ。自らの手で道を切り開き、欲しいものは自分の力で手に入れてきた兄。成功と栄光は、兄の元へ惜しみなく降り注ぐためのものだった。僕はそれを、ずっと昔からいちばん近くで見てきたのだ。
「そう。兄さんおめでとう。パワプロさんと仲良くね」
その後に自分がなんと言ったのか、僕はもう忘れてしまった。思い出す必要も、覚えておく必要もないだろう。
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こういうのが好きすぎる

